『決戦! 新選組』(その二)
新選組の隊士たちを主人公とした幕末版「決戦!」の紹介後編であります。いよいよ幕府が崩壊に向かう中、彼らの運命は……
『決死剣』(土橋章宏)
幕府の敗勢が決定的となった鳥羽伏見の戦いを舞台に描かれるのは、新選組二番隊隊長にして最強の剣士の呼び名も高い永倉新八であります。
近藤が傷つき、沖田が倒れる中、なおも剣を以て戦わんとする永倉。薩長の近代兵器の前に劣勢を強いられ、そして将軍までもが逃げ出した戦場において、なおも剣士たらんとする彼は、もはや命の尽きる日が目前に迫った沖田に対して、真剣での立ち会いを申し出るのですが……
代表作である『超高速! 参勤交代』から、ちょっとゆるめの物語を得意とするという印象のあった作者ですが、しかし本作は、この一冊の中でも最も時代劇度というか、剣豪もの度が高い作品。
すでに剣と剣、剣士と剣士の戦いの時代ではなくなった中、様々な意味で最後の決闘を繰り広げる永倉と沖田の決闘は、本書一の名シーンと言って差し支えないでしょう。
『死にぞこないの剣』(天野純希)
そして新選組は敗走を続け、次々と仲間が去っていく中、戦いの舞台は会津戦争へ。そう、ここで描かれるのは斎藤一の物語であります。
多くのフィクションにおける扱いがそうであるように、本作においても無愛想で人付き合いの悪さから、隊の中でも孤独な立場にあった斎藤。
そんな彼が、最も近しい存在であった土方の北上の誘いを蹴ってまで会津に残った理由、それは、彼と新選組を心から頼りにしていた松平容保公の存在だった……
という本作、内容的には戦闘また戦闘という印象ですが、終盤に明かされる、斎藤が戦い続ける理由の切なさが印象に残ります。
武士は己を知る者のために死す――そんな想いを抱えてきた彼が、死にぞこなった末にラストに見せる戦いの姿にも、ホッと救われたような想いになった次第です。
『慈母のごとく』(木下昌輝)
そしてトリを務めるのは、いま最も脂の乗っている作者による土方歳三最後の戦い――函館五稜郭の戦いであります。
かつて、新選組を、近藤勇を押し上げるために、粛正に次ぐ粛正を重ね、鬼の副長と呼ばれた土方。しかし意外なことに、この五稜郭の戦いの際には、隊士から「慈母の如く」慕われていたというのも、また記録に残っております。
本作で描かれるのは、「鬼」が「慈母」になった所以。仏の如く隊士たちから親しまれてきた近藤からの最後の言葉を胸に、鬼を封印することとなった土方の姿が描かれることになります。
最愛の友の願いを叶えるためとはいえ、これまでの自分自身の生き方を否定するにも等しい行為に悩む土方。そんな彼の姿は、しかし数少ない残り隊士たちを惹きつけ、そして彼自身をも変えていくのであります。
それでもなお、慈母ではいられない極限の戦場、再び鬼と化そうとした土方が見たものは……
その美しくも皮肉な結末も含めて、深い感動を呼ぶ本作。極限の世界を題材にしつつ、なおもその中に人間性の光を見いだす作品を描いてきた作者ならではの佳品です。
以上6編、冒頭に述べたように、一つの戦場ではなく、時とともに変わっていく新選組と隊士たちの姿を描いてきた本書。そのほぼ全ての作品に共通するのは、主人公である隊士「個人」と、新選組という「場」との一種緊張感を孕んだ関係性が、そこに浮かび上がることでしょうか。
実は各話には、主人公と対になるような副主人公的な存在が設定されているのが、その印象をより強めます。
我々が新選組に魅せられるのは、隊士個々人の生き様もさることながら、新選組という「場」に集った彼らの関係性にこそその理由があるのではないかと、個人的に以前から感じてきました。
今回、彼ら一人一人を主人公とした本書を手にしたことで、一種逆説的に、その想いを確かめることができたようにも思えます。
そして戦国時代だけでなく、多士済々の幕末を舞台とした「決戦!」は、まだまだ描けるのではないか――という想いもまた、同時に抱いているところであります。
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