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2017.07.01

松尾清貴『真田十勇士』 「嘘」を軸に描くもう一つの真田十勇士

 昨年から今年にかけて全7巻刊行され、児童書とは思えぬ伝奇性とドラマ性で驚かせてくれた松尾清貴版『真田十勇士』。本作はその作者によるもう一つの真田十勇士――2014年に初演され、2016年に再演と映画化が行われたマキノノゾミ版十勇士のノベライゼーションであります。

 14年前、関ヶ原に向かう徳川勢を信州上田で散々悩ませ、紀州九度山村に流刑となった真田幸村。天下の智将として知られ、今なお崇敬を集める幸村は、しかしその実は凡庸な男、周囲の期待を負担に思い続けるままに年を重ねてきた男に過ぎなかったのです。
 そんな中、幸村の前に現れた、大名の御落胤と騙って諸国を荒らしてきた男・猿飛佐助。自分の「正体」を包み隠さず語った幸村に興味を抱いた佐助は、幸村を名将として担ぎ上げ、天下に名を挙げることを目論みます。

 同じ忍びの里で生まれ育ち、共に抜忍となった霧隠才蔵とその子分の三好清海・伊佐。幸村にただ一人仕えてきた海野六郎。さらに望月六郎、筧十蔵、由利鎌之助、根津甚八、真田大介と、幸村の下に集った十人の勇士。
 折しも、幸村を大坂城に迎えるために密かに淀殿が九度山を訪れ、ついに大坂城入りを決断した幸村を操り、佐助は真田丸で大活躍するのですが……


 あの英雄・真田幸村が、実はいかにも名将然とした外見だけの凡人、その背後に控える猿飛佐助が操っていた……というユニークなアイディアの本作。
 白状すれば、恥ずかしながら舞台版・映画版ともに未見の私ですが、このアイディアと基本的な物語展開は、そちらとも共通する模様であります。

 本来であれば、少なくとも舞台版を観てからこの小説版を取り上げるべきかもしれませんが、あえて小説版から取り上げるのは、冒頭で触れたとおり、本作の作者である松尾清貴の同名の別作品(本当にややこしいとは思います)の大ファンだったというのが理由の一つなのですが……
 しかしそれだけでなく、本作がノベライゼーションという域を越えて、一つの小説として、完成度が高い作品だから、というのが最大の理由であります。


 先に述べたように、本作の最大の特徴である、幸村の「嘘」。本作はその幸村と佐助の、いわば共犯関係を中心に展開していく物語ですが――しかし「嘘」をついているのは、幸村だけではありません。
 彼に仕える十勇士や、さらには淀殿やその他の人々に至るまで、本作の登場人物の多くが、それぞれの「嘘」を抱えているのであります。

 それは時に自分の経歴を、人となりを偽るものであります。そしてまた時に自分の気持ちを、望みを偽るものであります。それは他人を偽り、傷つけるものであれば、自分を偽り、傷つけるものでもあります。
 こうでありたい、こうでありたくない――人が自分自身に、周囲との関係性に抱くイメージとのギャップを埋めるために用いる方便が嘘であるとすれば、本作の登場人物の大半が嘘をついていると言えるでしょう。

 そんな本作の物語は、当然と言うべきか、こうした登場人物たちの心中を掘り下げて描いていくこととなります。そしてそれは、舞台や映画に比して、小説というメディアにおいてアドバンテージがある手法でしょう。
 かくて本作は、血沸き肉躍る戦国アクションであると同時に、戦国の世をさすらってきた人々の群像劇を描く一個の小説として、独立した魅力を生み出しているのです。

 そしてそんな本作は、先に述べた作者のもう一つの『真田十勇士』とはもちろん全く異なる内容であるものの、その一方で大きな共通点があると感じられます。
 それは自分自身を見失った者たちによる、人間性の回復――あちらでは超常的な伝奇物語との対比で描かれていたそれが、本作においては「嘘」を軸に描いていたと言うべきでしょうか。

 手法や内容は違えど、そこで描かれるものは、英雄物語の背後で悩み、苦しみ、そして立ち上がる人間たちの力強さなのです。


 正直なところ、そのシビアなドラマ性の印象が強いあまり、(おそらくは舞台版から存在する、この物語の肝である)ラストの大どんでん返しに、逆に違和感がないわけではないのですが――それは些細なことでしょう。
 ノベライゼーションという枠を超え、松尾清貴によるもう一つの『真田十勇士』として、本作は十分以上に魅力的なのですから。


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真田十勇士 (小学館文庫)


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