『決戦! 忠臣蔵』(その二)
『決戦!』シリーズ中でも異色の一冊、赤穂浪士の討ち入りを描く『決戦! 忠臣蔵』の紹介の後編であります。
『与五郎の妻』(諸田玲子)
磯貝十郎左衛門の「妻」を主人公とし、昨年、『忠臣蔵の恋』のタイトルでNHKドラマ化された『四十八人目の忠臣』の作者が、今度は(?)神崎与五郎の妻――その前妻・ゆいを主人公とした物語であります。
かつて津山藩森家の家臣であった与五郎のもとに嫁ぎながら、藩が一度改易となった際に藩を離れた彼から離縁され、今は藩の江戸作事奉行の妻としてくらすゆい。
そんなある日、出入りの商人が、扇の行商人から託されたと持ってきた扇に、かつての夫の影を感じ、彼女は大きな戸惑いを覚えます。藩を離れた後は浅野家に仕え、今は新たな家庭を築いていたはずの与五郎が何故――と。
心は千々に乱れる中、一度だけと彼の呼びかけに応えて与五郎のもとに向かいながらも、面と向かっては彼の不実を詰ってしまうゆい。しかし与五郎が何のために行商人に身をやつしていたか知った彼女は……
赤穂浪士の中でも人気者の一人・神崎与五郎は、実は浅野家の前にも主家を取り潰されていたという、興味深い史実(もっとも、彼がその際に森家を離れたかは諸説あるようですが)を踏まえた本作。
それだけでも実に興味深いのですが、そこに彼の元妻を絡めることで、討ち入りの完全に外側からの――しかし全く無縁ではない――視点を設定してみせた点に唸らされます。
今の家庭とかつての夫との間で揺れるヒロインの心理を丹念に描くのはこの作者ならではですが、男の目から見ると損な役回りの現在の夫が器の大きさを見せる結末もよく、ラスト一行の爽やかさは見事としか言いようがありません。
その他の作品――『鬼の影』(葉室麟)は、山科隠棲時代の大石内蔵助を描いた作品。クライマックス堀部安兵衛との「対決」シーンが印象に残りますが、いささか淡白な印象ではあります。
一方、『妻の一分』(朝井まかて)は、同じく大石が題材ながら、その妻――を、飼い犬視点で描くという飛び道具的内容。語り手だけでなく、聞き手の側の仕掛けもユニークです。
『首無し幽霊』(夢枕獏)は赤穂浪士討ち入りよりもはるか後の時代の物語。以前、作者の別の短編にも登場した謎の知恵者・遊斎が、ある男のもとに出没する幽霊の謎を描くこれまたユニークな作品であります。
もっとも、オチは別の作品でも読んだことがあるような……
そしてラストの『笹の雪』(山本一力)は、こちらも外の目から忠臣蔵を描いた一編。討ち入りを終えて凱旋した浪士たちを迎えた泉岳寺の修行僧の目から、壮挙の直後の浪士たちの生の姿が描かれることになります。
決してドラマチックではなく、むしろ淡々とした筆致で描かれる物語は作者らしい印象ですが、浪士たちが「義士」となる結末は、本書の掉尾を飾るにふさわしいと言えるでしょう。
以上七編、概要をご覧いただければお気づきのように、人物一人に一作というわけではなく(変則的とはいえ大石は二作品の主役)、また吉良サイドは(これまた変則的な作品を含めても)二作品のみと、これまでの『決戦!』シリーズとは大きく異なる形式となっています。
これは『冥土の契り』以外は雑誌掲載という点にもよるのかもしれませんが、ユニークな形式が呼び物のシリーズであっただけに、残念な点ではあります。
もちろん、当代一流の作家たちの新作が集められたテーマアンソロジーとしては魅力的なのですが……しかし厳しいことをいえば、『決戦!』でなくともよかったのでは、という印象は否めないところです。
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