入門者向け時代伝奇小説百選 鎌倉-室町
初心者向け時代伝奇小説、今回は日本の中世である鎌倉・室町時代。特に室町は最近人気だけに要チェックです。
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) 【ミステリ】 Amazon
鎌倉時代の京を舞台に、「新古今和歌集」の歌人・藤原定家と、藤原頼長の孫・長覚が古今伝授の謎に挑む時代ミステリであります。
古今伝授は「古今和歌集」の解釈に纏わる秘伝ですが、本作で描かれるのは、その中に隠された天下を動かす大秘事。父から古今伝授を受けるための三つの御題を出された定家がその謎に挑み、そこに様々な陰謀が絡むことになるのですが……
ここで定家はむしろワトソン役で、美貌で頭脳明晰、しかし毒舌の長覚がホームズ役なのが面白い。時に極めて重い物語の中で、二人のやり取りは一服の清涼剤ともなっています。
政の中心が鎌倉に移ったことで見落とされがちな、この時代の京の政争を背景とするという着眼点も見事な作品であります。
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『華やかなる弔歌 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) Amazon
『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子) Amazon
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎) Amazon
南北朝時代の終結後、天皇位が北朝方に独占されることに反発して吉野などに潜伏した南朝の遺臣――いわゆる後南朝は、時代伝奇ものにしばしば登場する存在です。
本作はその後南朝方と幕府方が、幕府を崩壊させるほどの呪力を持つという三つの能面を求めて暗闘を繰り広げる物語であります。
この能面が、真言立川流との関係でも知られる後醍醐天皇ゆかりの品というのもグッと来ますが、舞台が将軍義教の時代というのも実に面白い。
ある意味極めて現実的な存在たる義教と、伝奇的な存在の後醍醐天皇を絡めることで、本作は剣戟あり、謎解きありの伝奇活劇としての面白さに加え、一種の国家論、天皇論にまで踏み込んだ骨太の物語として成立しているのです。
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『妖櫻記』(皆川博子) Amazon
『吉野太平記』(武内涼) Amazon
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵) 【怪奇・妖怪】 Amazon
混沌・殺伐・荒廃という恐ろしい印象の強い室町時代。本作は、それとは一風異なる室町時代の姿を、妖術師と使用人のカップルを主人公に描く物語です。
南都(奈良)で金貸しを営む青年・楠葉西忍こと天竺ムスル。その名が示すように異国人の血を引く彼には、妖術師としての顔がありました。そのムスルに、借金のカタとして仕えることになった少女・葉月は、風変わりな彼に振り回されて……
「主人と使用人」もの――有能ながらも風変わりな主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というスタイルを踏まえた本作。
それだけでなく、「墓所の法理」など、この時代ならではの要素を巧みに絡めて展開する、極めてユニークにして微笑ましくも楽しい作品であります。
59.『妖怪』(司馬遼太郎) Amazon
室町時代の混沌の極みであり、そして続く戦国時代の扉を開いた応仁の乱。最近一躍脚光を浴びたその乱の前夜とも言うべき時代を描く作品です。
熊野から京に出てきた足利義教の落胤を自称する青年・源四郎。そこで彼は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれることになります。それぞれ幻術師を味方につけた二人の争いの中で翻弄される源四郎の運命は……
どこかユーモラスな筆致で、源四郎の運命の変転と、奇妙な幻術師たちの暗躍を描く本作。しかしそこから浮かび上がるのは、この時代の騒然とした空気そのもの。「妖怪」のように掴みどころのない運命に流されていく人々の姿が印象に残る、何とも不思議な感触の物語であります。
60.『ぬばたま一休』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
最近にわかに脚光を浴びている室町時代ですが、この20年ほど、伝奇という切り口で室町を描いてきたのが朝松健であり、その作品の多くで活躍するのが、一休宗純であります。
とんち坊主として知られてきた一休。しかし作者は彼を、優れた禅僧にして明式杖術の達人、そして諧謔味と反骨精神に富んだ人物として、その生涯を通じて様々な姿で描き出します。
悍ましい妖怪、妖術師の陰謀、奇怪な事件――室町の闇が凝ったようなモノたちに対するヒーローとして活躍してきた一休。
その冒険は長編短編多岐に渡りますが、シリーズタイトルを冠した本書は、バラエティに富んだその作品世界の入門編にふさわしい短編集。室町の闇を集めた宝石箱のような一冊であります。
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