梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
信長と本願寺の決戦の最中に傷を負い、記憶の一端を取り戻したケン。果たして彼の過去に何があったのか、そして二人の同時代人との関係はどうなるのか――ケンにとって大きな出来事が待ち受ける巻であります。
信長の本願寺攻めに際して、明智光秀を利用して信長を討とうとする松永久秀と果心居士こと松田。ケンは松田が動かした歴史にない援軍――毛利軍を辛うじて阻み、信長も天王寺砦で光秀との強い絆を見せることにより、辛うじて最大の危機を突破するのでした。
……が、ケンの周囲は、むしろこれからが大戦であります。
同時代人であり、本願寺に身を寄せていたようこ、そして策に破れて久秀に見捨てられた松田――二人の同時代人と再びまみえることとなったケン。
さらに戦の中で傷を負い、記憶の一端を取り戻した彼は、ようこから、自分たちの過去に何があったかを聞かされることになるのですから……
ケンが記憶喪失であったことから、今まで謎に包まれていたタイムスリップ当時の状況。
今回ついに語られたそれは、全貌を明かしたわけではないにせよ(むしろこれ以上が語られる必要はないのでしょう)、しかしケンにとっては、一つの足がかりになるであろう確かな「過去」であります。
しかしケンが、そしてようこが見るべきものは、過去ではなく未来――そしてその二人の未来は、もはや同じものではないことが、ようこ自身の口からはっきり語られることになります。
自分にとってはまさしく地獄に仏であった顕如のもとへ帰ることを切望するようこ。しかし今の彼女は織田家の捕虜、そんな好き勝手が許されるはずもないのですが……
もちろんここで一肌脱ぐのがケン。この先に待つものが織田と本願寺の決戦であり、その先に苦しみしかないとしても、顕如の傍らにありたいと願う彼女のために奔走するケンですが――しかし気になるのは、当の顕如の心であります。
これまで信長と相対しても全く動じることなく、冷然たる態度を崩さなかった顕如。その彼にとって、ようこはどれだけの価値を持つのか。そして彼だけでなく、本願寺を動かすことができるのか?
ケンの機転により、この上もない形で示されたようこの想い。そしてそれに対する顕如の答えも、ここではっきりと示されることになります。それも、ケンにとってもこの上もない形でもって。
なるほど、顕如の真情を示すために、ここでこれを持ってきたか! とシビれる展開に、こちらも笑顔になってしまうのであります。
そしてもう一つ、この巻ではケンと同時代人の別れが描かれることになります。それはもちろん松田――果心居士として暗躍し、今は捕らわれて死を待つばかりの彼を救うのは、ようこの時以上に困難極まりないことですが、もちろんここで彼を見捨てられるはずがありません。
口封じに果心居士を処刑を進言する久秀に一泡吹かせんとする秀吉と組んだケンの奇策とは――なるほどこう来たかと、いいたくなるような変化球。
史実――というか果心居士の伝説を知っていればニヤリとできるようなそれは、虚実の合間に出没した果心居士ならではの結末として、こちらも大いに納得できるのであります。
歴史の動きでいえば、ほとんど足踏み状態であったものの、しかしケン自身のドラマとしてはこの上ない内容を――もちろんそこに巧みに料理を絡めて――見せてくれたこの巻。
ラストには二人の新キャラクター(だったはず)が登場、この先の絡みも楽しみなところに、さらにタイムスリップものとしての爆弾が落とされるなど、この先の展開への目配せも巧みで、いやはや満腹の一冊であります。
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