山口貴由『衛府の七忍』第4巻 怨身忍者も魔剣豪も食らうもの
天下を力で支配する徳川家康に挑むまつろわぬ民たちの化身・怨身忍者の戦いを描く本作も、この巻において五人目の怨身忍者が誕生。このペースでいけば七人集結も遠くないことでは――と思いきや、この巻のメインとなるのは、彼らの敵となるべき剣豪の物語であります。その名は魔剣豪・宮本武蔵……
琉球に逃れた豊臣秀頼の馬廻り衆である隻腕の青年・犬養幻之介(ゲンノスキ)。そこでニライカナイの戦士を名乗る刺青の青年・猛丸(タケル)と出会った彼は、タケルとの語らいの中で、不思議な安らぎを覚えることになります。
しかしそこに秀頼を出迎えんと島津義弘率いる島津武者たちが上陸。秀頼の命でタケルら琉球の人々を撫で切りにせんとした彼らを前に、ゲンノスキは、あえてタケルを「犬」と呼ぶことで守ろうとするのですが……
この巻の冒頭にラスト一話が収められている霹鬼編の主人公であるタケルとゲンノスキ。スターシステムが採用されている本作において、ゲンノスキの原典は言うまでもなく『シグルイ』の藤木源之助ですが、しかし彼が同作で辿った運命を思えば、不安にならざるをえません。
本作においてもその運命は繰り返されるのか――そんな我々の不安は、しかし予想もしなかった形で裏切られることになります。
犬として秀頼に飼われた末、狂気に満ちた薩摩武者たちの蛮行の犠牲となったタケル。その仇を討つため、ただ一人、ゲンノスキが薩摩武者に挑んだ時、起きた奇蹟とは……
本作らしく、どこまでも悍ましく、しかし美しい、怨身というその奇蹟。そこから生まれたものは、ゲンノスキとタケルの想いが生み出した自由の化身と言うべきでしょう。
ここに源之助の魂は救われた――と評するのはもちろん言いすぎなのですが、しかし『シグルイ』の読者としては、ゲンノスキが身分の檻から解かれたことは、嬉しすぎる読者サービスであることは間違いありません。
そして続いて描かれるのは、第六の怨身忍者の物語と思いきや、タイトルすら変えて描かれる新たな物語――その名を『魔剣豪鬼譚』。主人公となるのは、その名を千載に残すことを望み、できないと言われればやらずにはおれぬ虎の如き男・宮本武蔵――言うまでもなく、あの剣豪であります。
作者で武蔵といえば、この物語のタイトルの原典である『魔剣豪画劇』にも登場した人物。あちらでは悍ましい狂気を湛えた人物として描かれていたのに対し、本作の武蔵は、少なくとも見かけは精悍を絵に描いたような偉丈夫、むしろイケメンであります。
しかし己の前に立ち塞がるものに対しては一切の加減はせぬその言動はまさしく魔剣豪。腕試しに襲いかかる薩摩武者たちを容赦なく叩き潰し、お忍びの薩摩藩主・家久(忠恒)との立ち会いでも、一切加減せずトドメを刺さんとするその姿は、全く別の意味で身分の檻から自由な男と言うべきでしょうか。
そんな彼が薩摩からの懇請で挑むことになったのは、新たなる怨身忍者――吸血鬼・狼男・人造人間(っぽい外見)の三人を従えた、切支丹の姫君(明石全登の遺児!)・明石レジイナが怨身した雹鬼。
薩摩の武者たちすら及ばぬ不死身の魔性に、武蔵の剣は及ぶのか……
というこの武蔵の物語、なるほど無敵の怨身忍者に対するにはこれだけのキャラクターでなくては、と言いたくなるような濃さ。この巻に収録された武蔵を主人公とする四話は、ひたすら彼のキャラクターの積み上げに費やされたと言ってもよいでしょう。
が――実を言えば、そんな彼のキャラクターも完全に食っているのが、薩摩のぼっけ者たちのチェストっぷり。いや武蔵編だけでなく、冒頭の霹鬼編も含め、この巻を通じて彼らの大暴走はこちらの脳に強烈に突き刺さります。
「おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」(切腹)
「チェスト関ヶ原」(サムズアップしながら)
「誤チェストにごわす」「チェストん前 名前訊くんは女々か?」「名案にごつ」
「おはんの名は?」「名を申せ!」「もう言わんで良か!」
文字面だけで危険な香りが漂うチェストっぷりにやられたのか、武蔵までも「チェストとは”知恵捨て”と心得たり」と言い出す始末。
正直に申し上げて、『悟空道』の時のようなオーバーヒートぶりを感じてしまい、不安ではあるのですが、しかしこのテンションの高さも本作の魅力。
チェストはさておき、怨身忍者たちを食いかねない武蔵の物語がどこまで行くのか、まずは見届けましょう。
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