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2017.08.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ

 単行本累計150万部突破と、既にジャンプ人気作品の一角を占めることとなった『鬼滅の刃』単行本最新巻であります。戦いの傷も癒え、新たな力を手にした炭治郎たちが、「柱」の一人・煉獄杏寿郎とともに挑む戦いの舞台は、何と疾走する列車の中……!

 炭治郎が蜘蛛鬼との死闘の最中に、かつて父が舞ったヒノカミ神楽の記憶から繰り出した火の呼吸。その謎を知る可能性のある「炎柱」の煉獄と会うため、そして新たな任務のため、炭治郎・善逸・伊之助(と禰豆子)は、新たな任務の地に向かうことになります。
 その任務の地とは、鉄道――行方不明者が多発し、鬼殺隊の隊士も次々と消息を絶ったという、鬼の存在が疑われる地だったのであります。

 ヒノカミ神楽も火の呼吸も全く知らないとあっさり煉獄に告げられた炭治郎ですが、鬼の攻撃は、彼らも気づかぬ間に始まっていて……


 というわけで新章の舞台は鉄道。大正時代を舞台としつつ、正直なところそれらしいところはこれまであまりなかった本作ですが、なるほど、鉄道というのはなかなか面白い。

 鉄道=文明開化という印象がありますが、鉄道の敷設が全国に広がり始めたのは明治中頃、日本のほぼ全域に路線網が引かれた(といっても全線合わせて1万キロ未満なのですが)のが明治末期、東京駅開業が大正3年と、鉄道がポピュラーになってきたのは、明治かなり遅くとなります。

 そう考えると炭治郎や伊之助が鉄道を目の前にしてのリアクションもそれなりにアリかと思いますが、いずれにせよ、珍しくもそれなりに作中で好きなように扱える程度には普及してきたという意味で、うまいチョイスだと思います。

 そして動く密室とも言うべき鉄道内で繰り広げられるのは、それにふさわしい奇怪な攻撃。鉄道に巣食った十二鬼月最後の下弦・魘夢の能力は、その名の通り「夢」の中に相手を閉じ込めるというもの。
 さらに、好きな夢を見せるという甘言で仲間に引き入れた人間を用いて、夢の中の炭治郎たちを襲わせるという、陰険に陰険を重ねたような手段であります。
(人が多数集まり、それでいて一定時間外部からの干渉がないという点で、魘夢の能力と鉄道は相性がいいと、ここでも感心)

 かくてそれぞれ夢の中に囚われた炭治郎たち四人ですが――ここでも本作ならではの構成のうまさが光ります。
 まず、ほぼ予想通りというか期待通りにコミカルさ全開で善逸と伊之助の夢を描いておいて、次にほぼ初登場に近い煉獄の夢を通じて彼の過去を描いてみせるのには感心させられました。

 列車内で登場するなり「うまい」連呼で弁当を食いまくるシーンのように「豪快」「空気読まない」印象の強かった煉獄。
 しかしこの夢――過去の中で描かれるのは、彼が柱になった直後の、彼と父との哀しい記憶であり、そしてその中でも弟を鼓舞し、前向きに進もうとする、極めて好もしい人間としての彼の姿なのであります。

 そして炭治郎ですが――物語の冒頭で無惨に奪われた彼の母と弟・妹たちとの平和な暮らしが描かれるというのが、その平穏さ故に、我々読者の精神にもダメージを与えます。
 この手の精神攻撃は(本作においては攻撃準備の時間稼ぎ的な面も大きいものの)、対象に、現実に背を向けて虚構の世界に埋没したいという想いを植え付けるものが大半ですが、これはその中でも最強のものでしょう。

 果たしてその中からどうやって脱出するのか――それを、多分に偶然(とギャグ)の要素を含みつつも、炭治郎の強さ(そして主人公としての資格)の源と言うべき、彼の心の強さを改めて強調しつつ、そして十二分の説得力を以って描くのには唸らされるばかりです。
(この巻の冒頭で、彼が感情を見せない同期の少女に「心の強さ」を語っていたのを考えればなおさら)


 かくて夢から覚醒した炭治郎と仲間たち。ここから始まる主人公サイド五人がそれぞれの特性を発揮しての、変形のチームバトルも盛り上がり(特にこういう時に猛烈に頼もしい伊之助)、一挙に逆転、といきたいところですが――さて、このままうまくいくでしょうか。
 随所に「らしさ」を見せつつも、また本領を発揮していない煉獄の真価も含め、まだまだ油断はできない物語であります。


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