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2017.08.31

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻 戦いの理由、それぞれの理由

 ついにアニメ化も決定した『アンゴルモア 元寇合戦記』の最新巻であります。刀伊祓とともに蒙古軍を辛くも撃退した迅三郎たち。しかしこれより対馬に襲い来るのは蒙古軍の大軍――そしてその敵の側にも、それぞれの事情があることが描かれることになります。

 蒙古軍の猛襲を前に撤退を余儀なくされ、遥かな昔から海の向こうの敵に備えてきた刀伊祓の人々と手を組み、金田城に篭ることとなった迅三郎たち流人衆と宗家の人々。
 流人の一人・白石の裏切りにより窮地に陥りつつも、ウリヤンエデイ率いる蒙古軍を撃退した迅三郎たちですが、しかし微かな希望を打ち砕くように、そこに蒙古軍の本隊が……

 というところに来て、一旦時と場所を変え、この巻の4割近くの分量を割いて描かれるのは、なんと敵方である蒙古軍の一翼を担う高麗軍の物語。
 以前、迅三郎たちに息子を討ち取られた高麗軍大将・金方慶の回想として語られるそれは、同時に彼らを送り出した高麗王・諶(忠烈王)の物語でもあります。

 30年にも渡る戦いの末、蒙古に屈した高麗の王として、父がフビライの宮廷で辱めを受けていた無念から、蒙古における高麗の地位を上げるんと心に誓った諶。そのために彼は皇帝の娘婿の座を狙い、皇帝の親衛隊に加わることになります。
 そこでフビライが諶にぶつけたのは、娘が欲しければ武功をたてよという言葉。そのために、彼は蒙古に抵抗してきた三別抄(高麗の武力集団)を蒙古軍とともに滅ぼし、日本へ軍を派遣することに……

 侵略した国を次々と傘下に収め、そしてその国の兵を以って他の国を攻撃させる――この蒙古の基本政策によって、日本侵略の主力となった高麗。その史実を、本作は諶の変貌を通じて描き出します。

 はじめは気弱な部分も持ちつつも、祖国の地位向上という理想を燃やしていた一人の青年が、その理想へと向かう中で、自分にとっての「祖国」の意味を違えていく。その姿を愚かと笑うことは容易いかもしれません。
(たどたどしくも自分の言葉で語っていた諶が、やがて流暢にフビライへの忠誠を叫ぶようになる姿が実に象徴的)

 しかし金方慶が嘆じるように、三十年間かけて「多くが死に多くが灰となり何も残らなかった」虚しさから逃れるために足掻いてきた者たちが、ようやくそれを叶えるための術を見つけたとしたら……
 それが他者を、いや同胞をも踏みつけにするものであったとしても、その術に手を伸ばすことの是非を、ここですぐに言葉にするのは困難と感じます。


 しかし、それに対して明確に「否」と答えることができるのは、少なくともその彼らにまさに踏みつけに――昨日の彼らと同様の存在に――されようとしている者たちでしょう。
 そしてそれこそが本作の主人公・迅三郎と、彼が行動を共にする人々であることは言うまでもありません、

 絶望的な戦力差の前に逃亡する者も現れ、ついに当初の半数となった流人衆。そんな中でもなおも対馬に残り、戦い続けようとする迅三郎ですが――しかしその彼が戦う意味はかつてと今で異なってきたことが、この巻の終盤で語られることになります。
 かつては戦のために戦を求めていた彼が、ここで見つけた戦以外のための戦。その答えは、上で述べた高麗王の戦に対する、強烈なアンチテーゼと感じられます。

 もっともそれは、この戦いに勝って、いや生き延びてこそ言えること。
 頼りとしてきたか細い希望の糸が切れたことも知らぬまま、決戦に望む迅三郎たちの運命は――まだまだ対馬の戦いは続くのであります。


『アンゴルモア 元寇合戦記』第8巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon
アンゴルモア 元寇合戦記 第8巻 (角川コミックス・エース)


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2017.08.30

野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの

 やはりというべきか、まさかのというべきか、アニメ化が決定した『ゴールデンカムイ』。しかし物語はまだまだ刺青人皮争奪戦の真っ最中――呉越同舟となった杉元勢と土方勢の珍道中は続き、その一方で鶴見勢は新たな囚人と対決することになります。

 思わぬ成り行きから手を組むことになったものの、白石捕縛などのアクシデントから一部メンバーを入れ替え、二手に分かれた杉元勢と土方勢。現在杉元と行動を共にしているのは、アシリパ、白石、尾形の(見かけは)比較的常識派のメンバーであります。
 白石救出のために大きく道を逸れた杉元たちは、鶴見勢の追っ手を撒くと同時に、噂を耳にした釧路にいるという囚人を追うために、旅を続けることになります。

 その一方、複製人皮を手にした鶴見と二階堂、月島、鯉登の面々は小樽に向かいますが――そこで登場するのが今回のメイン、稲妻強盗と蝮のお銀のカップルであります。
 韋駄天の如き脚力を持つ強盗殺人犯・坂本慶一郎と、千枚通しを得物に次々と旅人を殺してきた凶悪犯・蝮のお銀――凶悪だからこそ惹かれ合った二人は、ここ蝦夷地において、明治のボニー&クライドとも言うべき暴れっぷりを見せていたのです。

 ちなみにこの二人、作中では「実在した」と語られていますが、少なくとも慶一郎の方は、ほぼ間違いなく、稲妻強盗(稲妻小僧とも)と呼ばれ、樺戸集治監から脱獄した経歴を持つ坂本慶次郎のもじり。
 蝮のお銀の方は明確なモデルが見つからなかったのですが――あるいは明治期に毒婦として知られた蝮のお政なのでしょうか。

 閑話休題、小樽で賭場荒らしを目論むカップルは、土方勢についた元・日泥一家の用心棒を味方に引き入れ、刺青人皮があるという賭場を狙うのですが――しかしそれは鶴見勢の罠。
 待ち構えていた鶴見たちの攻撃を受ける慶次郎らですが、賭場が油問屋で開かれていたことから、油を周囲に巻いて鶴見たちの動きを封じ、脱出を狙うことに……

 と、どちらが主役かわからなくなるような両者の戦いは、どちらもそれぞれのメンバーが持つ能力をフルに活用しての展開が見所。
 特に月島-二階堂-鯉登-鶴見と、鶴見勢が流れるような連携で慶一郎を追い詰めるくだりは、変態軍団の印象が強い彼らの地力というものを感じさせられます(その一方で、油を撒かれて真顔で滑り落ちる彼らの姿が異常におかしい)。

 しかしこのエピソードの真の見所は、その構成の妙と結末でしょう。
 この戦いが繰り広げられていた頃に杉元たちが何をしていたかと言えば、森林の中を彷徨いながら、白石が蝮に噛まれたり、伝説の大蛇に出くわしたりという珍道中。その一方で、愛なき家庭環境から生みだされたと言うべき、尾形の凄惨な過去の所業も描かれるのですが……

 一見無関係に見えるこれらのエピソードも、蝮と雷にまつわるアイヌ神話をアシリパに語らせることで慶一郎とお銀の深い繋がりを暗示。
 そして二人が遺したものが尾形の境遇と重ね合わされるような形で描かれる結末は、人間性というものの淵源に想いを馳せらずにはいられない、本作において屈指の感動的な場面となっているのです。


 ……が、その余韻を次の回で完膚なきまでにぶち壊すのもまた本作らしい展開。
 これまで物語に登場してきた変態の中でも群を抜く変態、全年齢向けのこのブログではその詳細を語ることが憚られる超弩級の変態・姉畑支遁の登場で、物語は一気に怪しい雲行きとなります。

 刺青囚人の一人であり、次々と凶行を繰り返す支遁。ようやく杉元たちと合流したものの、その支遁に銃を奪われ、濡れ衣を着せられた谷垣のためにも、後を追う杉元とアシリパという場面で次巻に続くのですが……
 いやはや、ここまで先が見たいような見たくないような展開は本作でも初めてなのであります。


『ゴールデンカムイ』第11巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 11 (ヤングジャンプコミックス)


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2017.08.29

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』 人間と魔法使いの間に

 1926年、ニューヨークを訪れた魔法生物学者のニュートは、人間の男・ジェイコブと鞄を取り違え、中の魔法生物を街中に逃がしてしまう。折しも街中では建物などが何者かに破壊される謎の現象が続発。その犯人として追われる身となったニュートは潔白を示し、魔法生物たちを捕まえることができるのか……

 今なお人気の衰えることのない『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフとして、本編開始の数十年前を舞台として描かれる物語であります。
 主人公は、シリーズにも登場する魔法生物学書の著者であるイギリスの魔法使いニュート・スキャマンダー。ちょっと頼りない彼が、本作においては異国であるアメリカはニューヨーク――すなわち人間界を舞台に奔走することとなります。

 現代ほど人間界と魔法界が融和しておらず、その危うい均衡も、悪名高き闇の魔法使いグリンデルバルドの数々の悪事で崩される寸前だった時代。
 ある目的のためにアメリカを訪れたニュートは、ちょっとしたトラブルからスーツケースの中の空間で保護していた魔法生物たちをニューヨーク中にばらまくことになってしまいます。

 魔法生物たちを再び保護するために奔走する彼を助けるのは、パン屋を開くことが夢の人間の男・ジェイコブ。さらに初めは彼らを誤解して追いかけていた元・闇祓いの女性ティナとその妹・クイニーらの助けにより、次々と魔法生物を取り戻すニュートですが……

 しかしニューヨークでは、目に見えぬ奇怪な力により、街中の建物や道路が破壊されていく現象が頻発。さらにその現象によって上院議員が殺され、この事態を重く見た合衆国魔法議会から、ニュートたちは一連の事件の犯人として追われることとなります。

 かくて、ニュートたちの魔法生物探しと、街を騒がす謎の存在――無関係に見えた二つの事件は、意外な形で交わることに……


 この世界に重なるようにして存在する魔法界の住人、魔法族(魔法使い)たちが繰り広げる物語を描いてきたシリーズ本編。しかし本作には、過去の時代を描く以上に、本編とは大きく異なる要素があります。
 それは現実世界が、人間界が舞台となること――ジェイコブのように魔法の存在も知らない人間がほとんどで、魔法使いたちも人間たちの間で姿を潜めている世界が、本作の舞台であるということです。

 これは全く個人的な感想ですが、シリーズ本編(の映画で)不満だったのは、舞台のほとんどが魔法界であり、そして魔法界と人間界の関係性がほとんど描かれないように感じられる点でした。
 もちろんこれはない物ねだり、本編ではさして重要ではない要素だったわけですが、しかし伝奇者としては、異なる二つの世界がクロスオーバーする姿が、そこから生まれる物語が観たい、と強く感じていたのです。

 そしてその願いは、半分が本作で叶うことになりました。ニュートが魔法生物(これがまた、可愛いものから危険な奴、不思議な奴と様々で実に楽しい)をニューヨークにばらまいたことで、彼らが街中で暴れ回るというシチュエーションが堪能できたのですから。
 さらにクライマックスには、怪物による街の大破壊もありと、至れり尽くせり(?)の展開であります。

 この辺りは本当に楽しい作品だったのですが――しかし、魔法使いと人間、二つの世界の住人の関係性は、期待したほどには描かれなかったと感じます。

 もちろんこれは、作中でも描かれているように、未だ(少なくともアメリカでは)魔法使いと人間が没交渉であったという設定によりますが、しかし折角人間界が舞台なのだから、その関係性が変化していく様を観たかった――というのも正直なところです。
 確かにそれはニュートとジェイコブの友情、ジェイコブとクイニーの愛情を通じて、パーソナルな部分では描かれているのですが――しかしジェイコブが終盤ほとんど活躍がなかった(これは本作最大の問題では)こともあって、それ以上の発展はなかったのが残念なところではあります。

 もちろん、本作の終盤で真の黒幕が語るように、ポジティブであれネガティブであれ、この関係性こそが、この先あと4本予定されているという本シリーズの鍵となるのではないかと思えるのですが……


 何はともあれ、大ヒットシリーズのスピンオフにして新シリーズ開幕編という重責はきっちりこなしてみせた本作。
 この先、面倒くさい伝奇ファンも喜ばせてくれるような展開になることを期待したいと思います。


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2017.08.28

西條奈加『猫の傀儡』 探偵猫、人間を動かす!?

 猫を題材にした時代小説、それもファンタジー風味の作品は決して少なくはありませんが、本作はその中でも極めてユニークな作品でしょう。というのも主人公は、人間を傀儡として操り、猫に降りかかった面倒事を解決させる猫・ミスジ。本作はそのミスジの一人称で展開する時代ミステリなのであります。

 江戸でも特に猫が多いことから「猫町」と呼ばれる一角。主人公のミスジは、その猫町でも特別な猫しかなれない「傀儡師」であります。
 先代猫の順松が姿を消したことから、新たな傀儡師に選ばれたミスジは、自分の傀儡である人間の阿次郎――商家の次男坊で自称・狂言作家の、普段は長屋で暇をもてあましている男を操り、猫に降りかかった様々な災難、猫絡みの事件を解決していくのです。

 そんな基本設定の本作は、アンソロジー『江戸猫ばなし』に収録された『猫の傀儡師』と、その後『ジャーロ』誌で連載された6話を収録した全7話の連作集であります。

 その表題作『猫の傀儡師』は、とある商家の隠居が育てていた珍しい変種朝顔の鉢を壊したという濡れ衣を着せられた猫を救うために、ミスジと阿次郎が活躍するエピソード。
 鉢が壊された際の状況に違和感を感じ取った一匹と一人は、やがて事件の背後に、ある想いの存在があることを知るのですが……

 と、アンソロジーで読んだ時も群を抜いて面白く感じられた作品ですが、今回読み返してもその印象は変わりません。
 何しろ、傀儡師として人を操るといっても、ミスジはあくまでも普通の猫。少しばかり人間の世界に詳しく、知恵も回るといっても、人間の言葉を喋ったり、人間を洗脳したりなどということはできないのです。

 とすればどうやって阿次郎を操るのか――といえば、それは彼が事件に興味を持ち、真実にたどり着けるように誘導するのみ。
 探偵役として、先に自分の方が真実にたどり着いてもそれを伝えることができない、そして人間に聞き込みしたり、ましてや裁いたりなどできないミスジが、如何に阿次郎を動かすか――という苦心ぶりがスパイスとなって、ミステリとしても猫ものとしても、実にユニークで楽しい作品となっているのであります。

 そして描かれる事件も、このユニークな設定を踏まえつつ、それに留まらない現代にも通じる事件を描いているのが実に面白い。
 幼い少女と共に行方不明になった猫の捜索から、少女の辛い境遇が明らかになる『白黒仔猫』、老猫を可愛がってきた知的障害者の男にかけられた濡れ衣を晴らす『十市と赤』、次々と猫や烏といった小動物を吹き矢で狙い惨殺する犯人を追う『三日月の仇』……

 どの物語も、「日常の謎」的側面を持つと同時に、いつの時代も変わらぬ、人間の心の暗い部分をも浮かび上がらせているのが、強く印象に残るのであります。


 しかし本作は、残る『ふたり順松』『三年宵待ち』『猫町大捕物』では、その趣を大きく変えることになります。連作エピソードとなっているこの3話で語られるのは、ある意味ミスジ自身にも関わる事件なのですから。

 先に述べたように、先代の順松が行方不明となったことから傀儡師となったミスジ。尊敬する兄貴分であった順松の行方を常に気にかけていた彼は、ある日思わぬことから順松の――その傀儡もまた、行方不明となっていたことを知ることになります。

 元々順松という名は、時雨という名のその傀儡が馴染みの芸者の名を取ってつけたもの。しかし猫の順松と同時期に、時雨も人間の順松も行方をくらましていたのです。
 それを知ったミスジと阿次郎が時雨の過去を探る中、明らかになっていく意外な過去と因縁。果たして一匹と一人は消えた二人を見つけ出すことができるのか……

 これまでが単発ものであった中、3話構成ということもあって、なかなかに入り組んだ物語が描かれるこのエピソードですが、しかしここで描かれるのは、ミステリとしての面白さだけではありません。
 ここにあるのは、これまでの物語で積み上げられてきた猫と人間の関係性の、ポジティブな結び付きの姿。そしてそれが本作の締めくくりとして、実にイイのであります。


 一般に猫は犬に比べて薄情だと申します。なるほど、本作においては人間を傀儡に使ってしまおうというくらいですが、しかしそれでも互いの間にはきっと情がある、あって欲しい――そんな願いが、本作には込められているといえるでしょう。

 ユニークな時代ミステリとして、猫と人間の関わりを描く物語として――まだまだこの先の物語を読みたい、そんなことを思わせる快作の誕生であります。


『猫の傀儡』(西條奈加 光文社) Amazon
猫の傀儡(くぐつ)


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2017.08.27

仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ

 半年ぶりに故郷に帰り、高校時代の旧友たちと再会した信之。早速海に出た信之たち7人はそこで天変地異に遭遇し、気がつけば神々と人間が共存するギリシャ神話の世界に転移していた。しかも強大な(はずの)魔神テューポーンと融合してしまった信之は、仲間と元の世界へ戻る道を探し始めるが……

 思うところあって仁木英之作品を再読していますが、まだ紹介していなかった作品を。
 代表作『僕僕先生』をはじめ、日本や中国などアジア圏を題材とする作品が多い作者が、古代ギリシャ――それも神話の世界を舞台として描くシリーズの開幕編であります。

 と、神話の世界といっても、主人公となるのは現代の大学生・信之とその仲間たち。高校を卒業して、進学・就職とそれぞれの道を歩んでいた旧友たちが再会とくれば、ほろ苦い青春ドラマが始まりそうですが――そして本作にももちろんその要素はあるのですが――さにあらず。
 仲間の船で海に出た彼らは、沖合で巨大な雷の巨人に遭遇、気を失って目覚めてみれば、そこは古代ギリシャだった、という展開なのであります。

 とくれば流行の転生もののようですが、しかしちゃんと実体を持ってこの世界にやってきた信之。しかしその代わり(?)彼は、テューポーン――大地の女神ガイアの子にしてデウスの宿敵である強大なる魔神――と融合してしまっていたのであります。
 が、この思わぬ合体事故のためか、テューポーンは本来の姿とはまったく異なるお子様の姿に変異し、力もそれなりのレベルに。魔神どころかほとんどお荷物のテューポーンを道案内に、ほとんど見知らぬ世界に足を踏み出す羽目になる信之ですが……


 というわけで、人間とそれ以外のバディものでもある本作ですが、面白いのは、その状態となっているのが主人公一人ではなく、同時に難に遭った仲間たちも同様である点です。
 格闘家を目指す勇次にはヘラクレスが、漁師の望にはイアソンが、双子の真奈・里奈にはヒュラース(ヘラクレスの従者)が――それぞれ融合した状態。そんな彼らと再会した信之たちは、やがてゼウスの力が込められたというコルキスの黄金の羊の毛皮を求めて旅立つことになるのです。

 ……とくれば、ギリシャ神話好きの方であれば、「あれか!」と思われることでしょう。そう、本作の題材となっているのは、ギリシャ神話の中でもオールスターキャストの冒険活劇、アルゴノーツの物語であります。

 テッサリアの王の子でありながら王位を奪われたイアソンが、王位返還のための条件である黄金の羊の毛皮を求めて、数十名の英雄たちとともに乗り組んだアルゴ船。本作はその冒険譚をなぞって描かれるのです。
(航海がヘラの加護によるものだったり、ヒドラが出現したりと、むしろ『アルゴ探検隊の大冒険』がベースかも……)

 とはいえ、もちろん本作は神話のノベライズではありません。メンバーは大幅に整理されて、上に挙げた英雄たちの他には、テセウス、オルフェウス、北風の神の子であるカライスとゼテスといった面々のみになっているのです
 もちろん、それでも非常に豪華なメンバーであることは間違いありませんが……

 そしてまた、最大のイレギュラーとして、神話ではここに加わっているはずもないテューポーンと、何よりも信之たち現代人が加わっているのですから、神話においても波乱万丈であったこの冒険行が、ただで済むわけはありません。
 かくて本作の後半で描かれるレームノス島――美しい女性たちだけで構成された島での冒険も、原典と大きく異なり、より凄惨なものとなっていくことになります。

 そしてこれらの冒険の背後で糸を引くのは、テューポーンの宿敵であり、オリンポス十二神の主神たるゼウス――そして彼と融合した信之の親友・健史。
 ゼウスは何を企むのか、そして別人のように変貌し、上から目線となった健史に何が起きたのか?

 ここで描かれるその一端は、まさしく作者の作品にしばしば登場する、超越者とその力に溺れる者のそれなのですが、さて彼らとの対決――というところで水入りとなってしまうのは、いささか残念ではあります。
 が、まだ冒険は始まったばかりであることを考えれば、この展開も妥当というべきでしょう。

 この後の、彼らおかしなアルゴノーツたちの冒険――現代から転移した最後の一人であり、アルゴノーツの物語のヒロインであるメディアと融合した信之の幼馴染・海晴との再会も描かれる次巻も、近日中にご紹介の予定です。


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2017.08.26

『風雲ライオン丸』 第23話「ライオン丸アグダーを斬る!!」

 冬の太刀を奪うため、各地で刀狩りを行うトビゲラ。一方、太刀の打ち直しを刀鍛冶・小吉に依頼した獅子丸は、代わりの太刀を与えられるが、小吉は地虫たちの襲撃を受けてしまう。瀕死の小吉を看取った志乃たちは、獅子丸が小吉から借りた太刀こそが冬の太刀であることを知るが……

 気がつけば本作も今回を入れてわずか3回。ここ数回を引っ張ってきた春夏秋冬のアイテム探しも、ここにラストのアイテムが(あっさり)登場することになります。その正体は太刀――その太刀を奪還せんと、アグダーはトビゲラに命じ、各地で刀狩りを実行させるのでした。……何という泥縄感。
 そうとは知らず、各地で蛮行を働く地虫たちと戦ううちに刃毀れしてきた太刀を打ち直してもらうために、刀鍛冶のもとを訪れた獅子丸。その彼の人品骨柄を見ていた刀鍛冶・小吉は、何やら意味ありげに代太刀(?)として一本の太刀を獅子丸に預けるのでした。

 そして自ら獅子丸のたちの打ち直しに当たる小吉ですが、そこに襲いかかる地虫たち。太刀は奪われて弟子たちは殺され、自らも深手を負いつつも、小吉は唯一隠しおおせた獅子丸の太刀を必死に打ち直すのでした。
 そして志乃と三吉が鍛冶場の近くを偶然通りかかった時、太刀を手によろよろと歩み出る小吉。と、何という因縁か、小吉は二人の父・勘介の相弟子――小吉は二人に獅子丸の太刀を託し、獅子丸に冬の太刀を預けたこと、そして「冬は春と触れ合うとき、稲妻を呼ぶ」という言葉を残して息を引き取ります。

 そうとは知らない獅子丸ですが、襲ってきたトビゲラがご丁寧に説明。そして冬の太刀を奪うべく襲いかかってくるのですが――トビゲラは後が詰まっているせいか、驚くくらいあっさりと敗北。そして追いかけてきた志乃たちと合流する獅子丸ですが――アイテムは4つ揃ったものの何も起きず、そして秘密の正体もわからずと手詰まりになった獅子丸は、とりあえずアイテムを取り返しに敵が来るのを待つことにしたのでした。
 が、ここで父に会いたい気持ち余って、冬の太刀を持ち去ってしまう三吉。といってもただ海岸をブラブラするだけなのですが……(そしてそれを陰から見守る獅子丸

 と、そこにもう後がなくなったアグダーの六能陣車が飛来。獅子丸が変身しようとした瞬間、磁力か何かで二本の太刀を奪ってしまいます。変身できずに(太刀がないと変身できないのかしら……)苦しむ獅子丸ですが、しかしそこに駆けつけた志乃が投じた春の短刀を、思わずアグダーが冬の太刀で弾いた時、そこに激しく稲妻が……
 その隙に太刀無し(何故か「変身 ライオン丸」のかけ声で)変身を敢行した獅子丸は、そのままロケットで六能陣車に突撃して二本の太刀を奪還。アグダーも空中から連発銃、バリア、砲撃と様々な攻撃で獅子丸を苦しめるのですが、獅子丸は再度突撃して陣車を破壊、車椅子でなおも宙に浮かぶアグダーの首を叩っ斬り、風返しで爆破するのでした。

 そしてついに秘密――「マントル帝国怪人生産地の図を手に入れた獅子丸。限られた場所でしか生きられない(らしい)マントル怪人の生産拠点、そしてマントルゴッドが潜む(らしい)地を知った獅子丸は、決着をつけることを誓うのでした。


 幹部アグダーとの決着、そしてアイテムが揃い秘密が判明と大きく話が動くものの、演出的にはどこか淡々としていて、何となくイベントを進めただけという印象の今回。錠之助も虹之助も登場しないのも寂しいところです(錠之助、登場した頃はアグダーを狙え狙えと言っていたのに……)
 そして今回退場となった車椅子に乗る幹部という悪之宮博士に先立つキャラだったアグダーは、六能陣車の万能っぷりは面白かったものの、しかしその「動けなさ」が祟って、あっさり倒された印象なのが残念なところではあります。

 一方、今回ついに判明した秘密(結構アバウトな日本地図)は怪人の生産拠点という、微妙に現実的なもので、マントル一族が破滅するほどの秘密かどうかはともかく、ここを潰されたら後がないのはまあ確かでしょう。しかしマントルゴッドの居場所は、先日獅子丸も突入した、志津のいた地下要塞ではなかったのかしら……
 それにしてもわかりにくかったのはこの地図の出どころ。どうやら春の短刀と冬の太刀がぶつかった時、そこから地図の一部がそれぞれ飛び出したようですが――だとしたら夏と秋の立場は(春と冬がぶつかればこちらも地図を吐き出すようになっていたのかしら)。


今回のマントル怪人
トビゲラ

 冬の太刀奪還のための刀狩りを指揮する怪人。四枚刃の槍を武器にする。獅子丸に戦いを挑むが、空を飛んで襲撃してみせたほかは特に芸も無くあっさりと敗北。トビケラモチーフの怪人はほとんど唯一――のはず。


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2017.08.25

山口貴由『衛府の七忍』第4巻 怨身忍者も魔剣豪も食らうもの

 天下を力で支配する徳川家康に挑むまつろわぬ民たちの化身・怨身忍者の戦いを描く本作も、この巻において五人目の怨身忍者が誕生。このペースでいけば七人集結も遠くないことでは――と思いきや、この巻のメインとなるのは、彼らの敵となるべき剣豪の物語であります。その名は魔剣豪・宮本武蔵……

 琉球に逃れた豊臣秀頼の馬廻り衆である隻腕の青年・犬養幻之介(ゲンノスキ)。そこでニライカナイの戦士を名乗る刺青の青年・猛丸(タケル)と出会った彼は、タケルとの語らいの中で、不思議な安らぎを覚えることになります。
 しかしそこに秀頼を出迎えんと島津義弘率いる島津武者たちが上陸。秀頼の命でタケルら琉球の人々を撫で切りにせんとした彼らを前に、ゲンノスキは、あえてタケルを「犬」と呼ぶことで守ろうとするのですが……

 この巻の冒頭にラスト一話が収められている霹鬼編の主人公であるタケルとゲンノスキ。スターシステムが採用されている本作において、ゲンノスキの原典は言うまでもなく『シグルイ』の藤木源之助ですが、しかし彼が同作で辿った運命を思えば、不安にならざるをえません。
 本作においてもその運命は繰り返されるのか――そんな我々の不安は、しかし予想もしなかった形で裏切られることになります。

 犬として秀頼に飼われた末、狂気に満ちた薩摩武者たちの蛮行の犠牲となったタケル。その仇を討つため、ただ一人、ゲンノスキが薩摩武者に挑んだ時、起きた奇蹟とは……
 本作らしく、どこまでも悍ましく、しかし美しい、怨身というその奇蹟。そこから生まれたものは、ゲンノスキとタケルの想いが生み出した自由の化身と言うべきでしょう。

 ここに源之助の魂は救われた――と評するのはもちろん言いすぎなのですが、しかし『シグルイ』の読者としては、ゲンノスキが身分の檻から解かれたことは、嬉しすぎる読者サービスであることは間違いありません。


 そして続いて描かれるのは、第六の怨身忍者の物語と思いきや、タイトルすら変えて描かれる新たな物語――その名を『魔剣豪鬼譚』。主人公となるのは、その名を千載に残すことを望み、できないと言われればやらずにはおれぬ虎の如き男・宮本武蔵――言うまでもなく、あの剣豪であります。

 作者で武蔵といえば、この物語のタイトルの原典である『魔剣豪画劇』にも登場した人物。あちらでは悍ましい狂気を湛えた人物として描かれていたのに対し、本作の武蔵は、少なくとも見かけは精悍を絵に描いたような偉丈夫、むしろイケメンであります。

 しかし己の前に立ち塞がるものに対しては一切の加減はせぬその言動はまさしく魔剣豪。腕試しに襲いかかる薩摩武者たちを容赦なく叩き潰し、お忍びの薩摩藩主・家久(忠恒)との立ち会いでも、一切加減せずトドメを刺さんとするその姿は、全く別の意味で身分の檻から自由な男と言うべきでしょうか。

 そんな彼が薩摩からの懇請で挑むことになったのは、新たなる怨身忍者――吸血鬼・狼男・人造人間(っぽい外見)の三人を従えた、切支丹の姫君(明石全登の遺児!)・明石レジイナが怨身した雹鬼。
 薩摩の武者たちすら及ばぬ不死身の魔性に、武蔵の剣は及ぶのか……


 というこの武蔵の物語、なるほど無敵の怨身忍者に対するにはこれだけのキャラクターでなくては、と言いたくなるような濃さ。この巻に収録された武蔵を主人公とする四話は、ひたすら彼のキャラクターの積み上げに費やされたと言ってもよいでしょう。

 が――実を言えば、そんな彼のキャラクターも完全に食っているのが、薩摩のぼっけ者たちのチェストっぷり。いや武蔵編だけでなく、冒頭の霹鬼編も含め、この巻を通じて彼らの大暴走はこちらの脳に強烈に突き刺さります。

「おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」(切腹)
「チェスト関ヶ原」(サムズアップしながら)
「誤チェストにごわす」「チェストん前 名前訊くんは女々か?」「名案にごつ」
「おはんの名は?」「名を申せ!」「もう言わんで良か!」

 文字面だけで危険な香りが漂うチェストっぷりにやられたのか、武蔵までも「チェストとは”知恵捨て”と心得たり」と言い出す始末。

 正直に申し上げて、『悟空道』の時のようなオーバーヒートぶりを感じてしまい、不安ではあるのですが、しかしこのテンションの高さも本作の魅力。
 チェストはさておき、怨身忍者たちを食いかねない武蔵の物語がどこまで行くのか、まずは見届けましょう。


『衛府の七忍』第4巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍(4)(チャンピオンREDコミックス)


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2017.08.24

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第2巻 悩みと迷いを癒やす「食」、史実の背後の「食」

 新撰組に集った若者たちの姿を、「食」というユニークな切り口から描いてみせる新撰組漫画の第2巻であります。それぞれに悩みを抱えながらも楽しく暮らしてきたものが、ある事件がきっかけで離れ離れになった斎藤一と沖田総司。それぞれ京に向かう彼らを待つものは……

 江戸の試衛館にたむろっていた若き剣客たちの中でも、同い年でともに剣の腕が立ちながらも、性格は正反対の山口一と沖田総司。
 それでも腐れ縁と言うべきか、何かと行動を共にしてきた二人は、やがて浪士組結成のため、試衛館の面々と京に向かうことになります。

 しかしその前日、一はある事件が原因で一方的に恨みを持つ相手に襲われ、思わず返り討ちにしてしまうことになります。
 自首しようとしたものの、土方に名を捨てて生きろと諭され、一は斎藤一と名を変えて、一足先に江戸を出ることとなります。
 一方、中山道を京に向かう試衛館組ですが、総司は一が人を斬ったのは自分のせいだと、罪の意識を感じて……

 と、非常にシリアスに始まったこの巻では、総司と一、それぞれの姿が交互に「食」を交えて描かれることとなります。

 罪の意識から食欲を無くした総司に土方が作った鍋の味、一人京に上った一が戸惑う京のうどんの薄味……
 彼らが悩み、迷う時でも、常に「食」は彼とらと共にあります。

 どれほど苦しく辛くても、人は生きている限り物を食べなくてはなりません。
 総司と一ももちろん同様。二人の悩みと迷いを受け止め、癒やすように、彼らが様々な「食」と出会い、それに力をもらって少しずつ前に歩んでいく姿の、本作ならではのしみじみとした味わいが実にいいのであります。


 しかし、そんな彼らのパーソナルな物語が展開していく一方で、大きな歴史の流れも――すなわち、新撰組結成に向けた動きも加速していくこととなります。

 幕府のために結成されたはずの浪士組が、清河八郎の新徳寺での演説によって一転、尊皇攘夷の尖兵として江戸に向かうことになる……
 これに反発した近藤派と芹沢派が京に残留、彼らが新撰組の母体に――というのはあまりにも有名な史実ですが、この巻で描かれるその史実の背後にも「食」が、というのは、これも別の意味で実に本作らしくて面白い。

 何しろその新徳寺での会合前日に、それまで不仲だった近藤派と芹沢派――というより芹沢鴨を宥め、近づけるため、近藤派の面々が料理に挑むというのですから驚かされます
 酒乱の芹沢を抑えるには、酒だけでなく何か食べさせればいい。それも彼が喜ぶような、郷土の食を――という彼らの作戦は、いささか即物的ではありますが、重いエピソードが続いていた中で、これはこれでホッとさせてくれる展開であります。

 しかしそこで彼らが選んだ料理が、あまりにも意外というか――水戸と言ってコレか! というようなものなのには驚かされますが、それが思わぬところで芹沢と清河の人物像の違いを浮き彫りにするくだりは実にうまい。
 ユルいようでいて鋭い視点を持つ、本作の面白さをここで改めて見せられた思いであります。


 そして騒動が続く中、思わぬ形で再会することとなった一と総司。これがまた、ある意味実に本作らしい形で微笑ましいのですが、一転、総司の口からは衝撃的な言葉が吐かれることになります。

 まだまだ激動の展開が予想される中、一と総司は再び肩を並べて戦うことができるのか、そしてそこに「食」はどのような形で絡んでいくのか?
 「食」という味付けのおかげで、なかなか先が読めない――そしてそれがもちろん大きな魅力の本作、ドラマCD化などの企画もあるようですし、今後の展開にも期待して良さそうです。


『だんだらごはん』第2巻(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) Amazon
だんだらごはん(2) (KCx)


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2017.08.23

杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第10巻 知りたい、と想う気持ちが暴く秘密

 じゃじゃ馬女学生・菊乃と元伊賀忍びの清十郎のもどかしい恋模様を描いてきた本作も、ついに二桁の大台に達しました。この巻では、清十郎のことを少しでも知りたい菊乃が、清十郎とともに彼の実家の旧知行地に足を運んだことから来る騒動が描かれますが、それが思わぬところに波及することに……

 散々紆余曲折を経た果てに、互いの間に契約などではない真実の愛情があることを確かめ合った菊乃と清十郎。
 元々婚約を交わしていることですし、二人の間に障害はない――と言いたいところですが、しかし菊乃にとっては(そして読者にとっても)まだまだ清十郎のことはわからないことだらけでありますす。

 かくてこの巻のメインとなるのは、清十郎が、彼の旧知行地である荻窪村の庄屋の婚礼に招かれたのを良い機会に、少しでも彼のことを知りたいと同行を申し出た菊乃が巻き込まれる騒動の数々。
 そもそも今でこそ東京で住みたい街として人気の荻窪ですが、この時代では全く以て地方の部類、そんな旧弊が大手を振って通用している土地に開化の先頭を行く女学生たる菊乃が顔を出して、ただですむわけがありません。

 土地の人々の好奇の目やいびりで済むならマシな部類、密室のはずの彼女の部屋で物が動く怪現象が起きたり、どこかで見たような老人の下で花嫁修業をする羽目になったり……
 それだけならまだしも、村が、近隣の農民と不平士族による蜂起のターゲットにされたりと、騒動に次ぐ騒動の連続なのであります。


 というわけで、この巻でもある意味相変わらずの菊乃と清十郎(の周囲)ですが、今回も感心させられるのは、まず、時代背景をきっちりと踏まえた物語展開やガジェットであります。
 特に一揆のエピソードで、庄屋という一揆に狙われる側の視点から描かれる物語に加えて、その一揆が「(旧幕の頃の)作法を知らない一揆」(それ故行動が予測できず恐ろしい)というのが、実に面白いのではありませんか。

 しかしそれ以上に注目すべきは、これもこれまでも同様、明治初期という舞台ならではの時代ものとしての面白さと、何時の時代も普遍的な恋愛ものとしての面白さを、きっちり両立――いや双方を生かした物語作りが為されている点でしょう。

 大好きな相手のことは何でも知りたい、全てを知っておきたい――おそらくは、恋した人間であれば誰にでも共通するであろうこの想い。その想いが、今回菊乃を突き動かしているのは上で述べたとおりですが……
 しかしそれが、これまで清十郎がひた隠してきた彼の最大の秘密――すなわち「清十郎が清十郎になる前の過去」、言い換えれば「清十郎が実は清十郎ではないこと」の証拠暴きに繋がっていくのですから、たまりません。

 この数巻ばかりで少しずつ読者に明かされてきたこの秘密は、間違いなく清十郎にとっては最も菊乃に知られたくないはずのもの。
 己が人に、いや菊乃に愛されることにいまだ馴れない清十郎が、今の自分の名と過去――すなわち今の彼の存在までもが偽りであると菊乃に知られることを怖れていることは間違いありません。

 それが図らずも、愛する人のことは何でも知りたいという乙女心によって揺るがされるとは――清十郎だけでなく、こちらも予想だにしなかった、しかし本作ならではのものと頷くほかない、見事な展開であります。


 しかし時代は、二人の周囲の状況は、あるいは時が解決したかもしれないそんな秘密の存在を巻き込んで、否応なく動いていきます。
 これまで物語の遠景として幾度となく描かれてきた不平士族の反乱。その最大のものが――すなわち西郷の反乱が、いよいよ勃発したのですから。

 清十郎が清十郎になる前の過去を知り、そしてその頃から彼を縛ってきた男「若」によって、その時代のうねりに巻き込まれることとなる清十郎。
 ここで一端が明かされた彼の過去からすれば、絶望的なこの状況から、彼が生還することができるのか。そして何よりも、彼は過去を断ち切り、未来を掴むことが出来るのか……

 ついに「若」の軛から逃れることを決意した清十郎。彼と菊乃の物語の結末もそう遠くはない――そう感じられます。


『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第10巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータCOMICSα) Amazon
明治失業忍法帖~じゃじゃ馬主君とリストラ忍者~(10) (ボニータ・コミックスα)


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2017.08.22

唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!

 ついに正伝『曇天に笑う』の巻数を超え、なおも続く本作。義兄弟の契りを交わして立った佐吉と曇の双子が巻き込まれるのは、彼らにとっては共に強敵である信長と伊賀の戦いであります。しかしその戦いを目前に、伊賀の百地丹波が語る驚くべき真実を耳にした芭恋は……

 大蛇の器も九人に絞られた中、その一人として追い詰められた佐吉の前に生還した曇芭恋と阿国。安倍の邪術と百地八咫烏を打ち破った三人は義兄弟の契りを交わし、ここに「石田三成」が誕生することになります。
 しかしその間も大蛇を狙う織田信長、そして百地丹波の暗躍は続き、ついに正面からの激突は目前の状態に。そんな中、曇神社に現れた丹波は、芭恋に対して語りかけます。「我が息子よ」と。

 いきなりの爆弾発言に当然ながら荒れ狂う芭恋ですが、しかし丹波は真剣。どうやら嘘ではないと知った芭恋は、(当然ながらもう一人の子である)阿国に事情を告げず、ただ誘いに乗って伊賀に潜入すると言い残して佐吉と阿国から離れます。
 一方、佐吉は信長からの召喚を受け、伊賀攻めの間、信長の小姓として仕えることに。そして残された阿国も、織田軍に潜入して、戦の混乱の中、隙をうかがうことに……


 というわけでこの巻ではついに第二次伊賀の乱が勃発。言うまでもなく、信長によって伊賀が殲滅されたことで知られる戦ですが、本作においては、大蛇を狙う二大勢力の正面からの激突として、また違う意味を持つことになります。

 しかしその前に衝撃の事実が明かされたことで、さらにややこしくなる状況。この巻ではその状況――芭恋の伊賀(百地)入りを中心に、物語が展開していくことになります。

 何しろ芭恋たちと百地一党といえば、つい前の巻まで本気で殺し合っていた相手同士。
 特に八咫烏の一人・秋水は芭恋によって倒され、また深手を負わされた者もいる中、いかに絶対的な力を持つ丹波の子とて、そう易々と受け容れられるはずもありません。

 それに加え、丹波が織田迎撃戦の指揮官として芭恋を指名、八咫烏を預けたことで(そしてその任にあらずば殺しても可、などと言い出したことで)、なおさら大変な状況に。
 さしもの人を食った芭恋も苦闘を強いられるのですが――しかし実際に戦が始まってみれば!


 正直なところ、物語展開は今回もあまり早くないのですが、しかしおそらくはこの戦いは中盤(?)のクライマックス。信長と丹波の戦いに加え、芭恋の去就という新たな要素が加わったことで、この先が一層見えなくなったのは歓迎すべきでしょう。

 一方の阿国の方も、それほど出番は多くはないものの、亡き母に絡んで髑髏鬼灯こと牡丹に対して感情を露わにしたり、佐吉への慕情を垣間見せたり(!)、潜入の際にはショートカット姿を披露したりと、これまで以上に表情豊かなキャラクターとなっているのも嬉しいところであります。


 しかしこの巻のラストページで描かれたのは、どう考えても明るい未来とはほど遠いものを感じさせるもの。サイコパス野郎・安倍晴鳴の暗躍も続き、さらなる悲劇を予感させます。
 そんな状況において、信長の側にあって動けぬ状況の佐吉に何ができるのか――まだまだ先の見えぬ物語、今から早く次の巻を、と言いたくなってしまうのであります。


 しかしカバー裏といい折り込みといい、オマケ四コマの内容が本当にヒドい(褒め言葉)


b>『煉獄に笑う』第7巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う7 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2017.08.21

紗久楽さわ『あだうち 江戸猫文庫』 ブレイクした作者の原点たる作品集

 つい最近『百と卍』でブレイクした紗久楽さわの、デビュー当初から今に至るまでの作品を収録した一冊であります。私は『百と卍』は未読ではありますが、本書に収録された作品が「お江戸ねこぱんち」誌に掲載された頃から大いに気になる作家だっただけに、今回の短編集刊行は実に嬉しいところです。

 全8編が収録されている本書ですが、「おとなのねこぱんち」誌掲載の2作品を除けば、いずれも「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されていた作品。一番古い作品が2010年発表、最新は2017年ですから、実に7年間に渡る作者の歩みが収録されていることになります。

 以下、駆け足となりますが、収録作品を紹介いたします。

 『あだうち』は、主の親の仇を50年待ち続けて年老いた男を描く物語。中間であった彼は、身分を超えた友情で結ばれた主と、その弟とともに旅を続けていたものの、主は病で倒れ、さらに弟も仇討ちを止めることを望んで……
 そんな過去を抱える彼の前に現れた者とは、彼の悔恨と執念を洗い流すものとは――互いが相手を想い合いながらもすれ違う悲しみを描いた上で、それが昇華される姿を美しく描いてみせた本作は、表題作に相応しい作品と言って間違いないでしょう。
(そして初読時に色々と考えさせられた主の弟の言葉は、やっぱり……)

 続く『にゃんだかとってもいい日和』は、若い夫婦と猫の騒々しくも温かい日常を描く掌編。
 また『とらとらとら』は、「傾城反魂香」を題材に、なかなか芽が出ずに悩む国芳門下の若き絵師と、恋に恋する年頃の大店の少女の触れ合いを瑞々しく描く物語。文句を言いながらも二人のために骨折りするイケメン手代がイイ味を出しています。

 『しばふね』は、雪見舟に乗った二人の青年の他愛もないやり取りに、思うに任せぬ青春の切ないアレコレを交えて描かれる物語。
 青年の一人が妙に猫に絡まれるという、その理由がまた可笑しくも切ないのです(そしてあとがきを読んで、二人の名前に納得)。

 『かがやくひのみや』は、己を捨てた母を探す旅の途中、おかしな縁から宿場町の女郎屋に一夜の宿を借りた青年僧と、彼の前に現れた子を孕んだ天真爛漫な遊女の物語。
 内容的にはある程度予測できるものの、それでも親を探す子と、子を待つ親の想いが胸を打つのは、作者の時に柔らかさを強く感じさせる絵柄ならではでしょう。結末で描かれる一つの奇蹟が、この上なく美しく感じられる名品です。

 また、妻子を置いて江戸勤番となった青年武士を主人公とする『ふるさと戀し』は、彼の先輩藩士たちの呑気な暮らしぶりがまず楽しい一編。
 そしてその空気に馴染めずにいた青年の前に、やはり勤番であった父を知るという若衆が現れたことから、いつも明るく振る舞っていた父の心中を彼が知り、それが彼を――というのが泣かせるのです。

 あとがきによれば「江戸版『綿の国星』」という『きんととととと』は、なるほど猫耳少女のととが主人公の物語。
 猫でありながら生まれつき人の姿に変じることができる(ただしサイズは猫大で、人間の目には猫にしか見えない)彼女の冒険が、姉猫のきんととの目を通じて微笑ましく描かれます。

 そしてラストの『にゃんだかとっても江戸日和』は、題名から察せられるように『にゃんだかとってもいい日和』の7年後の続編。
 作中でもそれだけの時間が経ったものか、子供が生まれた夫婦と年老いた猫の日常が、温かく描き出される掌編ですが、お歯黒いうこの時代の当然を、違和感なく漫画の絵としてアレンジしているのにも感心します。


 以上、非常に駆け足で紹介しましたが、江戸時代の風俗や古典芸能等を踏まえつつも、時にシャープな線で、時に柔らかい線で描かれる物語の数々は、何度読んでも、何時読んでも魅力的に感じられます。
(ただ、ディフォルメされた猫のビジュアルには違和感があるかもしれません)

 冒頭に述べたとおり、ブレイクした作者の原点として(ちなみに匂わせる以外はBL要素はありません)、是非ご覧いただきたい逸品揃いであります。


『あだうち 江戸猫文庫』(紗久楽さわ 少年画報社ねこぱんちコミックスねこの奇本) Amazon
あだうち 江戸猫文庫 (ねこぱんちコミックス ねこの奇本)

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2017.08.20

『風雲ライオン丸』 第22話「南蛮寺の秘密」

 旅の途中に訪れた教会で神父と浪人、少年と出会う獅子丸。翌朝、実は強盗殺人犯だった少年を追って役人が現れ、浪人はライオン丸の名を騙って少年を突き出す。が、教会をヒトデロと地虫たちが襲撃、獅子丸によって一度は撃退されるが、既に教会は包囲されていた。その中で人々は次々と本性を現し……

 志乃たちとは別行動を取ったのか、一人旅の途中に教会の戸を叩く獅子丸。それに応えて中から現れた神父(を演じるの)は――大月ウルフ! この時点でもう厭な予感が濃厚に漂います(案の定、秋の十字架のことを尋ねようとした獅子丸に、露骨に怪しい素振りを見せる)。ここで浪人と少年と共に一夜の宿を借りることになった獅子丸ですが――翌朝、教会に役人たちが訪れます。
 この近くで人を殺し、金を奪って逃げた少年を探しているという役人に対し、あからさまに不審な態度を取る少年。その少年を捕らえて役人に突き出した浪人は、役人から名を問われ、自慢げにライオン丸と名乗るのでした(ここでエッと思っても口に出さない獅子丸の奥ゆかしさ)。

 浪人たちを口汚く罵りながら連行されていく少年ですが――次の瞬間役人たちの悲鳴が響き、よろめきながら教会に戻ってきた役人たちの顔には不気味なヒトデが! 続いて押し入ってきたのは、アグダーからの命で教会を襲撃した怪人ヒトデロ。猛然と獅子丸はこれを迎え撃って教会の外に追い払い、陰でライオン丸に変身してヒトデロと対決します。
 吸血ヒトデを両目に食らって苦しむ獅子丸に襲いかかりながらも、一発食らっただけで逃げ出すヒトデロ。隠れていただけの浪人はそれを自分の手柄のように誇るのでした。

 ひとまず危機を脱した教会ですが、敵はまた戻ってくると、逃げることを促す獅子丸の言葉を神父は拒み、浪人に護衛を頼みます。一方、獅子丸は少年の縛めを解き、その身の上を訪ねますが、返ってくるのは、自分の家族が飢えで苦しんでいる時に見殺しにした大人たちの怨嗟の言葉のみでした。
 と、そこに飛び込んできた矢に背中を刺される神父。やはり始まった地虫たちの総攻撃に対し、逃げるように促す獅子丸ですが、神父は礼拝堂から離れるのを拒み、浪人は少年から金を奪い、ついでにそこに置かれていた獅子丸のロケットを掴んで教会から逃げ出すのですが、あっさりと殺されるのでした。

 少年も浪人の懐からこぼれ落ちた金を取り戻そうとして地虫に襲われ、大人たちに呪いの言葉を残して絶命。地虫たちと外で戦っていた獅子丸は、後から現れた虹之助に教会を任せるとロケットを取り戻して変身、ヒトデロに挑みます。
 しかし今回も弱いヒトデロは、刀を取り落としたライオン丸に素手でも圧倒される始末。一瞬の隙を突いて再び吸血ヒトデでライオン丸の目と口を塞ぎ、ブーツに隠していたナイフで襲いかかるヒトデロですが――ライオン丸の刃に身を抉られ倒れるのでした。

 戦いが終わり、教会に戻った獅子丸を待っていたのは瀕死の神父。神父は、やはり秋の十字架だった黄金の十字架に執着を抱き「誰にも渡さないネ! ノォ! ノォーッ!」と逃げなかったのです。「人間というのは己の欲でしか動けんもんだ。結局あんたは一人でもがいてくんだな。ざまあみろ!」と、獅子丸に呪いの言葉を吐いて息絶える神父……
 「話を聞くと、ここには人間のクズばかりが集まっていたみたいでごわすな」とさすがに呆れ顔の虹之助を前に、「金、欲――そんなもののためにしか人間は生きることができんのか!!」と、獅子丸は苦い顔で絶叫することしかできないのでした。


 閉鎖空間に閉じ込められ、追い詰められた人間たちが醜い本性を剥き出しにして――という物語は枚挙に暇がありませんが、それを特撮ヒーローものでやってしまうのが本作。ゲストキャラ全員がどうしようもない人間の業――という言葉も生ぬるい、剥き出しの欲を出して死んでいくのには、鬱とか曇りというより、むしろ暗黒という言葉が似合います。
 その中でももちろん最強の暗黒キャラが大月ウルフ演じる神父だったのですが――見た目は怪しくも、言動は唯一マトモだった彼が、ラストに突然呪いの言葉を無駄に獅子丸に叩きつけて死んでいくラストにはただ絶句で、獅子丸の心にはまた深刻なダメージが……

 そしてそんなエピソードに対して、モミアゲ周辺のみ残った禿頭にカエル口、道化師みたいな衣装というどうしようもないデザインのヒトデロがむしろ癒やしに――アグダーに特に命じられた割りに異常に弱かったし。


今回のマントル怪人
ヒトデロ

 アグダーから教会に隠された金奪還を命じられたヒトデの怪人。幅広の剣と、手裏剣のように投げつけて相手の目や口を塞ぐ吸血ヒトデが武器。ライオン丸の目をヒトデで塞ぎ、隠し持っていたナイフを手に躍りかかるが、逆にライオン丸の刀に貫かれる。


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2017.08.19

梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして

 信長と本願寺の決戦の最中に傷を負い、記憶の一端を取り戻したケン。果たして彼の過去に何があったのか、そして二人の同時代人との関係はどうなるのか――ケンにとって大きな出来事が待ち受ける巻であります。

 信長の本願寺攻めに際して、明智光秀を利用して信長を討とうとする松永久秀と果心居士こと松田。ケンは松田が動かした歴史にない援軍――毛利軍を辛うじて阻み、信長も天王寺砦で光秀との強い絆を見せることにより、辛うじて最大の危機を突破するのでした。
 ……が、ケンの周囲は、むしろこれからが大戦であります。

 同時代人であり、本願寺に身を寄せていたようこ、そして策に破れて久秀に見捨てられた松田――二人の同時代人と再びまみえることとなったケン。
 さらに戦の中で傷を負い、記憶の一端を取り戻した彼は、ようこから、自分たちの過去に何があったかを聞かされることになるのですから……


 ケンが記憶喪失であったことから、今まで謎に包まれていたタイムスリップ当時の状況。
 今回ついに語られたそれは、全貌を明かしたわけではないにせよ(むしろこれ以上が語られる必要はないのでしょう)、しかしケンにとっては、一つの足がかりになるであろう確かな「過去」であります。

 しかしケンが、そしてようこが見るべきものは、過去ではなく未来――そしてその二人の未来は、もはや同じものではないことが、ようこ自身の口からはっきり語られることになります。
 自分にとってはまさしく地獄に仏であった顕如のもとへ帰ることを切望するようこ。しかし今の彼女は織田家の捕虜、そんな好き勝手が許されるはずもないのですが……

 もちろんここで一肌脱ぐのがケン。この先に待つものが織田と本願寺の決戦であり、その先に苦しみしかないとしても、顕如の傍らにありたいと願う彼女のために奔走するケンですが――しかし気になるのは、当の顕如の心であります。
 これまで信長と相対しても全く動じることなく、冷然たる態度を崩さなかった顕如。その彼にとって、ようこはどれだけの価値を持つのか。そして彼だけでなく、本願寺を動かすことができるのか?

 ケンの機転により、この上もない形で示されたようこの想い。そしてそれに対する顕如の答えも、ここではっきりと示されることになります。それも、ケンにとってもこの上もない形でもって。
 なるほど、顕如の真情を示すために、ここでこれを持ってきたか! とシビれる展開に、こちらも笑顔になってしまうのであります。


 そしてもう一つ、この巻ではケンと同時代人の別れが描かれることになります。それはもちろん松田――果心居士として暗躍し、今は捕らわれて死を待つばかりの彼を救うのは、ようこの時以上に困難極まりないことですが、もちろんここで彼を見捨てられるはずがありません。

 口封じに果心居士を処刑を進言する久秀に一泡吹かせんとする秀吉と組んだケンの奇策とは――なるほどこう来たかと、いいたくなるような変化球。
 史実――というか果心居士の伝説を知っていればニヤリとできるようなそれは、虚実の合間に出没した果心居士ならではの結末として、こちらも大いに納得できるのであります。


 歴史の動きでいえば、ほとんど足踏み状態であったものの、しかしケン自身のドラマとしてはこの上ない内容を――もちろんそこに巧みに料理を絡めて――見せてくれたこの巻。

 ラストには二人の新キャラクター(だったはず)が登場、この先の絡みも楽しみなところに、さらにタイムスリップものとしての爆弾が落とされるなど、この先の展開への目配せも巧みで、いやはや満腹の一冊であります。


『信長のシェフ』第19巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 19 (芳文社コミックス)


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2017.08.18

天野純希『信長嫌い』 「信長」という象徴との対峙

 最近は戦国時代を中心に次々と作品を発表している作者が、戦国時代最大の有名人ともいうべき織田信長を題材にしつつ、しかし信長本人ではなく、彼に敗れた人々を主人公に描く、極めてユニークな短編集であります。

 歴史小説で最も題材となっている戦国大名ではないかと思われる織田信長。言い換えれば信長はそれだけ手垢の付いた題材ということになりますが――しかし、本書はその信長を遠景におくことにより、彼に振り回され、歴史に埋没していった人々の姿を、時にシニカルに、時にユーモラスに描き出します。。

 そんな本書は全七話構成。一話ごとに変わる主人公は、今川義元・真柄直隆・六角承禎・三好義継・佐久間信栄・百地丹波・織田秀信――いやはや、今川義元(一部の人にとっては百地丹波も)を除けば、失礼ながらマイナー武将揃いであります。
 いや、その義元も、後世の人々に芳しからざるイメージを持たれていることは言うまでもありません。余裕ぶって油断をした挙げ句、信長に首を取られた公家武将――などと。

 しかし本書はそんな義元の、いやその他六人の武将――信長に苦しめられ、信長に囚われ、信長に敗れた武将たちそれぞれにも、考えてみれば当然のことながら、望みが、夢が、そして人生があったことを、丹念に描き出します。

 例えば第一話「義元の呪縛」で描かれるのは、一度は仏門に入ったものの、兄弟子である太原雪斎に導かれるままに還俗し、今川家の当主として京を目指す義元の姿であります。
 雪斎亡き後もその教えのままに京を目指す義元。その前に現れた、あたかも雪斎に教えを受けたかのような戦いぶりを見せる信長に妬心を抱いたことから、彼の運命の歯車が狂っていく様が描かれるのであります。

 そしてその他の物語においても――
 朝倉家に迫る信長の脅威に挑もうとする真柄直隆が、その武辺者としての偏屈さから家中で浮き上がっていく姿を描く第二話「直隆の武辺」。
 名門の自負だけを胸に、全く及ばぬ信長に対し(時にほとんどギャグのような姿で)挑み続ける六角承禎の妄執が描き出される第三話「承禎の妄執」。
 将軍弑逆などの汚名を背負いながらも、三好家の当主としてしぶとく立ち回ってきた義継が、最後の最後に自らの矜持に気付く第四話「義継の矜持」。
 織田家の宿老・佐久間信盛を父に持ちながらも戦に馴染めぬ信秀が、茶の湯に傾倒していくも、意外な形で自らの誤算に気付かされる第五話「信栄の誤算」。
 伊賀を滅ぼされるのを止められなかった悔恨から執拗に信長暗殺を狙う百地丹波が、ついに本能寺で信長と対峙する第六話「丹波の悔恨」。
 祖父・信長と瓜二つの容貌を持ち、祖父に強い憧憬を抱く織田秀信(三法師)が、織田宗家の栄光を取り戻すため関ヶ原に臨む第七話「秀信の憧憬」。

 いずれも信長なかりせばまた違った人生を歩んでいたであろう者たち、自らを魔王と称するような男を前にあまりに凡人であった者たちの姿が、ここにはあります。


 さて、これらの物語の中心に屹立するのが信長ですが、しかしその人物像自体は、実はさほど斬新なものではなく、従来の信長像を敷衍したものという印象もあります。
 しかしそれこそが、本作が真に描こうとするものを導き出す仕掛けであるように、私には感じられます。

 本書における信長を見ていると、こう感じられるのです。信長という個人であると同時に、主人公の前に立ち塞がる戦国という時代の混沌を、恐怖を、理不尽を象徴する存在――それこそ「時代」あるいは「天下」そのものを擬人化したような存在ではなかったか、と。
 だからこそ本書の信長はしばしば主人公たちが呆れるほどの強運を以て窮地を切り抜け、圧倒的な力によって戦国に君臨していたのではなかったのでしょうか。

 だとすれば、本書で描かれるのは、信長一個人(だけ)ではなく、戦国時代そのものと対峙した末に、苦しめられ、囚われ、敗れた人間たちの姿なのでしょう。
 そしてそんな彼らの姿は、この時代この舞台でしかあり得ないものでありながらも、だからこそどこか普遍的な共感を以て我々の胸に響くのではないか――と。

 もちろんそれは牽強付会に過ぎるかもしれません。
 しかし少なくとも、本書で描かれた七人が、それぞれの物語の結末において、それぞれ自分自身の生きる道を見出す姿は、我々に対しても、ある種の希望を与えてくれることは間違いないでしょう。


『信長嫌い』(天野純希 新潮社) Amazon
信長嫌い

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2017.08.17

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)

 「乱ツインズ」誌9月号の紹介、後半戦であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から『梅安蟻地獄』がスタート。往診の帰りに凄まじい殺気を放つ侍に襲われ、背後を探る梅安。自分が人違いで襲われたことを知った彼は、その相手が山崎宗伯なる男であること、そして町人姿のその兄が伊豆屋長兵衛という豪商であることを探り出します。

 そしていかなる因縁か、自分に対して長兵衛の仕掛けの依頼が回ってきたことをきっかけに、宗伯を狙う侍に接近する梅安。そして侍の名は……

 というわけで、彦次郎に並ぶ梅安の親友かつ「仕事」仲間となる小杉十五郎がついに登場。どこか哀しげな目をした好漢といった印象のその姿は、いかにもこの作画者らしいビジュアルであります。
 しかし本作の場合、ちょっと彦さんとかぶってるような気もするのですが――何はともあれ、この先の彼の活躍に期待であります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 来月再来月と単行本が連続刊行される本作、里見の八犬士と服部のくノ一の死闘もいよいよ決着間近であります。
 里見家が八玉を将軍に献上する時――すなわち里見家取り潰しの時が間近に迫る中、本多佐渡守邸では、半蔵やくノ一たちを巻き込んで、歌舞伎踊りの一座による乱痴気騒ぎが繰り広げられて……

 と、ある意味非常に本作らしいバトルステージで行われる最後の戦い。己の忍法を繰り出し、そして己の命を燃やす角太郎に、壮助に、さしもの服部半蔵も追い詰められることになります。
 ちなみに本作の半蔵には原作とも史実とも異なる展開が待っているのですが、しかしその一方で原作以上に奮戦したイメージがあるのが面白いところであります。すっとぼけた八犬士との対比でしょうか。

 そして残るは敵味方一人ずつ。最後の戦いの行方は……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 信長鬼の血肉を喰らって死後に鬼と化した武将たちの死闘が描かれる鬼神転生編も三話目。各地で暴走する鬼たちに戦いを挑んだ鈴鹿と鬼切丸の少年ですが、通常の鬼とは大きく異なる力と妄念を持つ鬼四天王に大苦戦して……

 と、今回描かれるのは、鬼切丸の少年vs丹羽長秀、鈴鹿vs豊臣秀吉・前田利家のバトル。死してなお秀吉に従う利家、秀吉に強い怨恨を抱く長秀、女人に自分の子を生ませることに執着する秀吉――と、最後だけベクトルが異なりますが、しかし鬼と化しても、いや化したからこそ生前の執着が剥き出しとなった彼らの姿は、これまでの鬼以上に印象に残ります。

 その中でも最もインパクトがあるのはやはり秀吉。こともあろうに鈴鹿の着物を引っぺがし、何だか別の作品みたいな台詞を吐いて襲いかかりますが――しかし彼女も鬼の中の鬼。
 鬼同士の壮絶な潰し合いの前には、さすがに少年の影も霞みがちですが、さてこの潰し合い、どこまで続くのか……


 その他、『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、今月も伊達軍vsと佐竹義重らの連合軍の死闘が続く中、景綱が一世一代の(?)大活躍。
 また、『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)は、こちらもまだまだ家慶の日光社参の大行列が続き、次々と騒動が勃発。その中で八瀬童子の猿彦、八王子千人同心の松岡と、これまで物語に登場したキャラクターが再登場して主人公を支えるのも、盛り上がります。


 と、いつにも増して読みどころの多いこの9月号でありました。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.16

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)

 「乱ツインズ」誌9月号は、野口卓原作の『軍鶏侍』が連載スタート。表紙は季節感とは無縁の『鬼役』が飾りますが、その隅に、『勘定吟味役異聞』のヒロイン・紅さんがスイカを手にニッコリしているカットが配されているのが夏らしくて愉快であります。今回も印象に残った作品を取り上げます。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 というわけで新連載の本作は、原作者のデビュー作にして、現在第6作まで刊行されている出世作の漫画化。
 原作は南国の架空の小藩・園瀬藩を舞台に、秘剣「蹴殺し」を会得した隠居剣士・岩倉源太夫が活躍する連作シリーズですが、12月号で池波正太郎の『元禄一刀流』を見事に漫画化した山本康人が作画を担当しています。

 第1話は、藩内で対立する家老派と中老派の暗闘に巻き込まれながらも、政の世界に嫌気がさして逃げていた主人公が、自分の隠居の背後にあるある事情を知り、ついに剣士として立つことを決意して――という展開。
 どう見ても家老派が悪人だったり、よくいえば親しみやすい、厳しくいえば既視感のある物語という印象ですが、家老の爬虫類的な厭らしさを感じさせる描写などはさすがに巧みなで、今回は名前のみ登場の秘剣「蹴殺し」が如何に描かれるか、次回も期待です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新展開第2話の今回は、敵サイドの描写にが印象に残る展開。吉原に潜み、荻原重秀の意向を受けて新井白石の命を狙わんとする紀伊国屋文左衛門、白石に御用金下賜を阻まれ、その走狗と見て聡四郎の命を狙う本多家、そしてそれらの動きの背後に潜んで糸を引く柳沢吉保――と、相変わらずの聡四郎の四面楚歌っぷりが際立ちます。

 そのおかげで(?)、奉行所の同心に絡まれるわ、刺客に襲われるわ、紅さんにむくれられるわと大変な聡四郎ですが、紅さん以外には脅しつけたり煽ったりとふてぶてしく対応しているのを見ると、彼も成長しているのだなあ――と思わされるのでした。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 北海道編の後編。広大な北海道に新たな、理想の鉄道を敷設するために視察に訪れた島と雨宮。そこで鉄道に激しい敵意を燃やし、列車強盗を繰り返す少女率いる先住民たちと雨宮は出会うことになります。

 そして今回は、先住民の殲滅を狙う地元の鉄道員たちが、島が同乗する列車を囮に彼女たちを誘き寄せようと企みを巡らせることに。それに気付いた雨宮は、一か八かの行動に出るものの、それが意外な結果を招くことになるのですが……

 各地の鉄道を訪れた雨宮が、現地の鉄道員たちとの軋轢を経験しつつ、その優れた運転の腕でトラブルを切り抜け、鉄道の明日に道を繋げていく――というパターンが生まれつつあるように感じられる本作。しかしこの北海道編で描かれるものは、一つのトラブルを解決したとしても、大勢を変えることは到底出来ぬほど、根深い問題であります。

 そんな中で描かれる結末は、さすがに理想的に過ぎるようにも感じますが――その一方で、島に対する雨宮の「自分でも気付かないうちに北海道を特別視していませんか?」という言葉、すなわち島の中にも北海道を「未開の地」、自分たちが好きなように扱える地と見なしている部分があるという指摘には唸らされるのであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.15

樹なつみ『一の食卓』第5巻 斎藤一の誕生、そして物語は再び明治へ

 明治時代、築地の外国人居留地のパン屋に身を寄せる藤田五郎(斎藤一)と、パン職人の少女・明を主人公に描く本作、この第5巻の前半で描かれるのは、前の巻から引き続き、新選組に加わる前の斎藤の物語。明治の彼に至る前に何があったのか――その一端が描かれることになります。

 築地のパン屋・フェリパン舎に、ある日ふらりと現れた藤田。今は新政府の密偵として働く彼は、フェリパン舎を起点にして様々な事件を解決、一方、明も謎めいた藤田に惹かれつつ、パン職人として懸命に奮闘する毎日を送ることに……
 という本作ですが、第4巻のラストから展開しているのは藤田の――すなわち斎藤一の過去編。いや、ここで描かれているのは彼がまだ山口一だった時代、いわば斎藤一誕生編とも言うべき物語であります。


 貧乏御家人の次男坊として鬱屈した毎日を送る山口一は、退屈しのぎに破落戸から賭場の借金の取り立てを請け負い、とある道場に向かうことに。そこで彼は、売り言葉に買い言葉の末に、生意気な少年と立ち会うことになります。

 一方、その頃、山口の父親のもとを訪れる会津藩の人間。実は会津藩の人間であった父親は、不始末から藩を抜け、それを見逃される代わりに会津藩の「草」として御家人となっていたのであります!
 そして会津藩が京都守護職を任じられたことから、新たな「草」として山口家の人間を京都に送り込もうとする藩の意向を受け、父親が白羽の矢を立てたのは……


 フィクションの世界などではすっかりこの時代の有名人ながら、特に新選組参加以前の経歴は今ひとつはっきりしない斎藤一。
 試衛館組とは江戸にいたころから交流がありつつも、浪士組募集には参加せず、京で合流するという少々変わったルートを辿っていたり、そもそもその頃には旗本を斬って江戸から京に逃げていたりと、なかなかドラマチックな前半生であります。

 この江戸編では、その「史実」をベースに、本編ではほとんど完成された人格である――明からは仰ぎ見られる存在である――斎藤の、悩める青年時代を描き出します。
 自分の未来が、居場所が、やるべきことが見いだせず、ただ焦燥感に駆られるばかりの毎日。そんな誰にでも経験のありそうな青春の姿を、本作は瑞々しくも微笑ましく、そして物悲しく描くのであります。

 もちろんそれだけでなく、斎藤の父にに関する伝奇的秘密を絡めることで、その後の斎藤の人生にも関わる物語を垣間見せ、そして件の「旗本斬り」についても、本作ならではの切ないドラマを用意してみせる点など、とにかく物語運びの巧さが光ります。
 江戸編が前後編できっちりと終わるのも、明治の物語を食わず、良い意味の物足りなさを感じさせるという、何とも心憎いところであります。


 そして後半では、再び舞台は明治に戻り、一話完結のスタイルで、明を主人公とする物語が描かれることとなります。
 一つ目のエピソードは、通詞を目指して築地の外国人による英語塾の門を叩いた男装の少女の物語。実家が横浜で外国人相手の商人を営む彼女と意気投合した明ですが、しかしまだまだ夢は遠く……

 「女だてらに」という言葉が、当たり前に使われていたこの時代。明と彼女は、その言葉の対象にされるという共通点を持ちます。
 そんな二人の姿と、それを見守る藤田という構図は、これまで描かれてきた物語の延長線上ではありますが、その一方で、明が決して一人ではない、ということを別の方向から描いた物語と言えるかもしれません。

 そして二つ目のエピソードでは、とある大店から大口の注文が舞い込み、フェリパン舎は他店の職人も加わって大わらわの状況に。
 実は大店の跡取り息子は、藤田のことを知っているようなのですが、藤田は彼のことを無視。そんな中パンに異物が混入して――という大事件が発生して……

 と、ストーリー的にはある程度読めるのですが、明の物語と藤田の物語が平行して描かれ、相互作用することでポジティブな方向に変わっていくのが、実に本作らしい展開であるこのエピソード。
 特に物語冒頭から繰り返し描かれてきた悩みを、今回の経験を踏まえて明が乗り越える姿が、実に気持ちの良い展開であります。


 というわけで江戸から明治に戻って続く物語。いまだ遠景ではありますが廃刀令や不平士族の動きも描かれ、藤田と明の関係性に加え、この時代のこれからがそこにどのように絡むのか、気になるところであります。


『一の食卓』第5巻(樹なつみ 白泉社花とゆめCOMICS) Amazon
一の食卓 5 (花とゆめCOMICS)


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2017.08.14

山村竜也『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』 泰平と動乱の境目に立っていた青年の姿

 幕末に勇名を馳せた剣客・伊庭八郎の京都行きの日記全文を書き下し文で収録し、解説を付した、タイトルにも負けないユニークな新書であります。その内容そのものもさることながら、『新選組!』などの時代考証で知られる著者による詳細な解説が、面白さや興趣を幾倍にも増してくれる一冊です。

 最近では岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』などでも知られる「伊庭の小天狗」こと伊庭八郎。その彼の日記に、グルメなどという言葉を付すとは――と、本書の題名だけを見て憤慨される方もいるかもしれません。
 が、実はこの題名は正鵠を射たもの。実はこの「征西日記」、勇ましい題名とは裏腹の内容で、一部で有名な日記なのです。

 この日記は、元治元年(1864年)に時の将軍家茂が上洛した際、その一行に随行した八郎が、その年の1月から6月まで163日間分を記したもの。
 この家茂上洛は、基本的に無事に終わったイベント。それゆえこの日記に記されているのも、八郎ら随行の侍たちの勤務ぶりと、毎日の食事や、非番の時に出かけた場所など、ある意味「普通」の内容にすぎません。

 ……が、それが実に面白い。(上洛という特殊事態とはいえ)ここに記されているのは、この当時の幕臣の日常的な勤務や生活の状況であり、それが垣間見られるだけでも、歴史好きには相当興味深いものです。

 しかしそれにも増して面白いのは、それ以外の部分であります。
 もちろん八郎らしく(?)、勤務の傍ら、毎日のように剣術の稽古に参加していたことも記されているのですが、この日記で圧倒的に目に付くのは、彼がうまいものを食べ、暇さえあれば観光地に出かける姿なのですから。

 好物の鰻やお汁粉に舌鼓を打ち(八郎は甘いもの好きでもあったのが窺われるのがまた楽しい)、お馴染みの観光地を巡り――ここで描かれるのは、後の剣士としての活躍とは裏腹の、我々とほとんど全く変わらない、等身大の人間像。そしてそれがまた、実に微笑ましく、魅力的に観じられるのです。


 そして、そんな等身大の八郎の日記を楽しむのを助け、そしてその楽しさを大いに増しているのが、著者による解説であります。

 日記というものは――この八郎の日記に限らず――その人物の日常を記すもの。それはその人物にとっては当たり前のことであり、特別なことでもなければ、内容にわざわざ説明が付すようなものではありません。
 しかし、彼にとって当たり前でも、記されているのは約150年も前の出来事。さらに八郎の周囲の人間関係なども、我々がその内容を知る由もありません。

 その当たり前だけにスルーされていることの一つ一つを、本書は拾い上げ、解説してみせるのです。日記に登場する言葉は何を指しているのか。姓のみ、名のみ登場する人物は何者なのか……
 時に別の記録と照合しつつ、丹念に解説することで、我々はいささかの違和感なく、まるで昨日記されたもののように八郎の日記を、彼の生活を楽しむことができるのです。

 言葉にすれば当たり前のようでいて、これがどれだけ難しいことか……


 それにしても八郎が戊辰戦争に参加し、その命を散らしたのはこのわずか5年後。ここに記された日常の姿と、5年後の非常の姿と、どちらが本当の彼の姿だったのか……本書を読んでみれば、つくづく考えさせられます。
 あるいはこの日記に描かれているのは、泰平の江戸時代と、動乱の幕末の境目に立っていた八郎の、一人の青年武士の姿と言うべきかもしれません。

 そしてそれを象徴するように感じられるのが、日記の終盤に記された、ある出来事であります。

 江戸に帰還途中の八郎のもとに飛び込んできた報せ――それは、幕末ファンであれば知らぬものとてない、ある超有名な事件の発生を告げるものであります。
 それまで「幕末」らしさとはほとんど無縁な、平和な日常を記したこの日記。そこに唐突にこの事件の報が飛び込み、そして八郎をも巻き込んでいく様は、まさしく「事実は小説より奇なり」と言うほかありません。

 が、この事件が彼にとってはほとんどニアミス状態で終わるのが、また「らしい」ところでなのですが……

 しかしここは、この日記があくまでも泰平を楽しむ伊庭八郎の姿を描いて終わってくれることに、感謝すべきなのかもしれません。
 本書の中の伊庭八郎は、いつまでも平穏な日常を楽しむ、一人の青年としての姿を留めているのですから。


『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書) Amazon
幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む (幻冬舎新書)

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2017.08.13

『風雲ライオン丸』 第21話「危うし! 伊賀の三兄弟」

 秋の十字架を持つという一郎左率いる伊賀忍者殲滅を狙う怪人ザソリは、一郎左の弟・次郎太を惨殺し、一郎左を襲う。割って入った獅子丸により助かった一郎左だが、今度は彼の屋敷に忍び込んだ錠之助が一郎左の妹・百合香をさらっていく。ザソリの一味となって秋の十字架を要求する錠之助の真意は……

 前回その存在が語られた春・夏・秋・冬のアイテム。その三番目、秋の十字架を持つという伊賀忍者の頭領・一郎左率いる伊賀忍者が、今回のマントルのターゲット。しかし伊賀忍者もさるもの、地虫忍者を一蹴するのですが――アグダーから命を受けたザソリが、三兄弟の二番目・次郎太を襲います。
 いかにも腕自慢らしい次郎太ですが、あれっ、橋の下にぶら下がったと思ったら、次のシーンでは地面に半身埋もれてる!? と思いきや、ザソリの刃に真っ二つにされ、下半身は橋の下に残り、上半身は地面の上に落ちたのでした。残酷!

 と、そうとは知らない太郎左は、末妹の百合香とともに弟を探しに来ますが、そこで惨殺体を目撃。さらにザソリたちが襲いかかり窮地に陥るのですが――折よく通りかかった獅子丸が変身して登場、ザソリはあっさりと逃げ出すのでした。しかし一郎左はライオン丸のことを見ておらず、自分の力で窮地を脱したと勘違いしたままであります。
 そして二人に同行して屋敷に足を運んだ獅子丸たち(なお、虹之助は今回お休み。甲賀者的には伊賀に近づきたくなかった?)は、ザソリが秋の十字架を探していたことを知りますが、一郎左は全く心あたりがないと……。しかしこの一郎左、獅子丸の腕前を見抜けず、上から目線で接する困った人物ですが、どこか憎めない印象の男であります。

 その頃、荒野を行くのは久々に現れた錠之助。しかしいきなり乱射してきたザソリの秘密兵器・ガトリング砲を辛くもかわすと、何を思ったのかザソリの仲間に入るため、伊賀屋敷から百合香をさらっていくのでした。それでも半信半疑のザソリに、「俺は嘘と坊主の髪は言(結)ったことがない……おかしくなかったか?」などとほざきながら、地虫相手に相手を皮一枚残して切る「タイガー一枚斬り」を披露(もちろん地虫は死ぬ)し、ザソリを信用させるのでした。
 しかしこのガトリング砲、第13話で伊賀の小太郎が発明し、命がけで葬り去った連発銃では――伊賀だけに嫌がらせなのか!?

 それはさておき、磔にした百合香と引き換えに秋の十字架を要求するザソリ。しかし一朗太は普段は頼りないながらも、妹への情に流されず、マントルには従えないとこれを拒絶。百合香も騒がずこれを受け入れるのですが――そこで錠之助が刃を一閃! 斬れども斬れず、血も出ないなどとうそぶいて彼女を磔柱から降ろして連れて行くのでした(それ、単に斬ってないだけでは――と思いきや、次の瞬間倒れる磔柱)
 仇討ちだとマントル一味に襲いかかる伊賀忍者。マントル側も、大凧に乗った地虫が空から攻撃をかけるなど、総攻撃であります。獅子丸も錠之助への怒りに燃えてロケット変身、そのまま大凧の地虫を空中で斬るなど奮戦しますが――そこにザソリのガトリング砲が狙いをつけます。

 危うしライオン丸、と思いきや、次の瞬間ガドリング砲が大爆発! もちろん、味方のふりをした錠之助の工作であります。そしてタイガージョーJrに変身した錠之助は、またもや一枚斬りでザソリの首を一閃! 駆け付けた獅子丸にもドヤ顔ですが――背を向けた後ろでザソリの首がもとに戻り、逆に一刀のもとに斬られる錠之助。仇討ちとばかりにザソリと対決した獅子丸はザソリを一蹴、ライオン風返しで爆破するのでした。

 そして深手を負いながらも立ち上がり、減らず口を叩きながら去っていく錠之助。その後から、やっぱり斬られていなかった百合香が現れます。秋の十字架は、彼女が旅の途中でとある刀鍛冶にお守りとして与えられ、そして京の教会のパードレに預けたと語る百合香。その彼女と、ようやく獅子丸がライオン丸と知った太郎左に見送られ、獅子丸たちは京を目指すのでした。

 重い話続きのところに、アクション多めの娯楽編の今回。比較的ゆるい雰囲気でホッとしますが、これは太郎左のすっとぼけたキャラによるところが大きいでしょう。大物なのか鈍いのかよくわからないのが愉快でした。
 それにしても久々に登場したと思ったら何を考えているのかいまいちわからず、最後は結構間の抜けた扱いだった錠之助。いや、この人の場合、わからないのは前からですが……


今回のマントル怪人
ザソリ

 秋の十字架を持つ伊賀忍者・太郎左一派を狙う怪人。人の胴体を両断するほどの二刀流を操る。タイガージョーJrに首を斬られても再生、返り討ちにしたが、ライオン丸には全く及ばなかった。サソリモチーフらしいがそれらしい能力はなく、造形もらしくない。


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2017.08.12

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 8月早々台風が来て猛烈に暑くなって――と夏真っ盛り。新刊の方も8月は大変なラインナップでしたが、もう8月の時点でこんなに熱くなったら、9月はそこまでではないのでは、とも思ったらさにあらず。9月も熱い新刊が並ぶ、9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 8月は漫画の新刊が大変な内容でしたが、9月は文庫小説の新刊がすごい。

 何よりも注目は、『素浪人半四郎百鬼夜行』の芝村凉也『鬼変 討魔戦記』。現時点で内容は一切不明ですが、この作者でこのタイトルであれば、期待しない方が無理というものです。

 また、先日『縁見屋の娘』が話題となったばかりの三好昌子も、時代ミステリ『京の絵草紙屋満天堂 空??の夢』で再登場。
 上田秀人の新シリーズ『奏者番陰記録 遠謀』も気になります。

 そしてシリーズものの方では、何と言っても武内涼『妖草師 無間如来』! 「この時代小説がすごい!」で第1位を獲得したシリーズが復活であります。
 その他、霜島けい『お父っつぁんの泪 九十九字ふしぎ屋商い中』、さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』第2巻と、楽しみな続巻が登場です。

 また、復刊・文庫化の方では、シリーズ完結編となる大塚英志『木島日記 もどき開口』(こちらは単行本)刊行を控えて、既刊の『木島日記』『木島日記 乞丐相』が復刊。
 その他、輪渡颯介『ばけたま長屋』、後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』にも期待です(特に後者の文庫化には吃驚)。

 そしてまた、水滸伝ファンには絶対見逃せない、井波律子訳『水滸伝』第1巻が登場いたします。


 一方、漫画の方は少々寂しい状況。新登場は、二ヶ月連続刊行の山口譲司&山田風太郎『エイトドッグス 忍法八犬伝』第1巻が要チェック。

 一方、シリーズの続巻では、吉川景都『鬼を飼う』第3巻、伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第2巻、北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第2巻と並びます。
 なお、『ますらお 秘本義経記』は、新装版が全3巻で登場。未読の方はぜひ。



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2017.08.11

武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第9巻 一気呵成の激闘の末に選ばれた道

 六韜により超絶の力を得た者たちによる源平合戦の物語もついにこの巻にて完結。藤原秀衡vs平清盛、そして源義仲vs平教経の決戦を皮切りに、次々と激突する英傑たちの戦いの行方は、そしてその中で弁慶の、義経の、遮那の戦いの意味は……

 日本に混乱をもたらすため、宋国皇帝の命を受けた鬼一法眼により持ち込まれた六韜。それを手にした清盛、秀衡、義仲、教経、後白河法皇、源頼朝は、頼朝を除いてその力に心を蝕まれ、我こそが天下を取らんと激しく相争うこととなります。
 一方、六韜の力を激しく求める義経、そして唯一六韜に抗する力を持つ傀韜の力を持つ弁慶もまた、それぞれの思惑を秘めて六韜の戦いに割って入らんといたします。

 そして積年の因縁がついに爆発した清盛と秀衡の決戦に参戦する二人ですが――その中でついに義経は怨敵・清盛を討って六韜を手にする一方で、弁慶は傀韜の力を暴走させて完全に鬼と化すことに。
 遮那の存在により辛うじて弁慶は力を抑えたものの、その間に六韜の力を得た義経は次々と六韜の持ち主を襲い、兄・頼朝までも手に掛けるのでした。

 かくて、六韜を三本ずつ手にした教経と「頼朝」の間で繰り広げられる源平の合戦。「頼朝」に力を貸すこととなった「義経」と弁慶もまた、その戦いに加わるのですが……


 さて、この巻を手にする前に、どうにも気になってならないことが二つありました。その一つは「あと1冊で全ての物語に――六韜を巡る物語と、弁慶と義経の物語に――決着をつけることができるのか?」ということ。
 そしてもう一つは「決着がつくとして、それは史実の枠内で終わるのか(完全にパラレルな歴史となってしまうのではないか)?」ということであります。

 何しろこの巻の冒頭の時点で六韜の持ち主はほぼ健在、そして史実に照らせば、まだ義仲が挙兵したばかりと、源平の合戦は始まったばかり。その一方で清盛と秀衡が史実にない正面衝突を繰り広げた末に、清盛が義経に討たれるのですから……

 しかしそれは杞憂でありました。実に本作は、この1巻を以てきっちりと完結し、そしてそれは史実の枠の中にほぼ収まっているのですから。(上で述べた秀衡や清盛については、まあ「経過」としてフォロー可能と言うことで……)

 そしてそれだけではありません。本作は壇ノ浦のその先、すなわち、義経と弁慶の物語の「結末」まで描いてみせるのです。
 本作ならではの設定――ふたり義経とも言うべき、義経と遮那の存在にもきっちりと意味を与えてみせた上で。

 もちろん、さすがに物語展開が駆け足となっていることは否めません。ここで描かれる数々の戦い、そして何よりも個々のキャラクターの描写については、もう少し余裕があれば……と思わないでもありません(特に久々に、それも思わぬ「正体」を与えられた上で登場したあのキャラなど勿体ない)。

 しかし、六韜による超常の力のぶつかり合いは、これくらのスピード感が相応しい、とも感じます。その時代もの・歴史もの離れしたパワーの前には、小さな描写の積み重ねはむしろ足かせになりかねない――ただ一気呵成に突き進むことが正解ではないか、と。
 そしてそれはもちろん、これまでの物語の積み重ねがあってこそ描けるものであることも間違いないのですが……

 その一方で本作は、描くべきものは――本作の常に中心にあった弁慶、義経、遮那の物語は――決して省くことなく、きっちりと描き切ってみせたと言うことができます。
 平家打倒という目的は共通しながらも、その背負ったもの、目指すところは大きく異なる三人。そんな彼らが、戦いの先に何を見出すのか、見出すべきなのか――その答えは、間違いなく描かれるべきものでしょう。

 そして本作はそこにはっきりと答えを出しました。地獄のような生の中で、修羅のような戦いの中で、なおも選ぶべき道、人の道を……


 さらにまた、最後の最後で「あっ、そういえば義経は……」と思わせるような展開を用意しているのも実に心憎く、そのダイナミックな結末は、本作に真に相応しいものであったと感じます。

 「天威無法」の名に相応しい、希有壮大にして豪快無比の物語を、最後の最後まで楽しませていただきました。満足、の一言です。


『天威無法 武蔵坊弁慶』第9巻(武村勇治&義凡 小学館クリエイティブヒーローズコミックス) Amazon
天威無法-武蔵坊弁慶(9) 完 (ヒーローズコミックス)


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2017.08.10

入門者向け時代伝奇小説百選 鎌倉-室町

 初心者向け時代伝奇小説、今回は日本の中世である鎌倉・室町時代。特に室町は最近人気だけに要チェックです。
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) 【ミステリ】 Amazon
 鎌倉時代の京を舞台に、「新古今和歌集」の歌人・藤原定家と、藤原頼長の孫・長覚が古今伝授の謎に挑む時代ミステリであります。
 古今伝授は「古今和歌集」の解釈に纏わる秘伝ですが、本作で描かれるのは、その中に隠された天下を動かす大秘事。父から古今伝授を受けるための三つの御題を出された定家がその謎に挑み、そこに様々な陰謀が絡むことになるのですが……
 ここで定家はむしろワトソン役で、美貌で頭脳明晰、しかし毒舌の長覚がホームズ役なのが面白い。時に極めて重い物語の中で、二人のやり取りは一服の清涼剤ともなっています。

 政の中心が鎌倉に移ったことで見落とされがちな、この時代の京の政争を背景とするという着眼点も見事な作品であります。

(その他おすすめ)
『華やかなる弔歌 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) Amazon
『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子) Amazon


57.『彷徨える帝』(安部龍太郎) Amazon
 南北朝時代の終結後、天皇位が北朝方に独占されることに反発して吉野などに潜伏した南朝の遺臣――いわゆる後南朝は、時代伝奇ものにしばしば登場する存在です。
 本作はその後南朝方と幕府方が、幕府を崩壊させるほどの呪力を持つという三つの能面を求めて暗闘を繰り広げる物語であります。

 この能面が、真言立川流との関係でも知られる後醍醐天皇ゆかりの品というのもグッと来ますが、舞台が将軍義教の時代というのも実に面白い。
 ある意味極めて現実的な存在たる義教と、伝奇的な存在の後醍醐天皇を絡めることで、本作は剣戟あり、謎解きありの伝奇活劇としての面白さに加え、一種の国家論、天皇論にまで踏み込んだ骨太の物語として成立しているのです。

(その他おすすめ)
『妖櫻記』(皆川博子) Amazon
『吉野太平記』(武内涼) Amazon


58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 混沌・殺伐・荒廃という恐ろしい印象の強い室町時代。本作は、それとは一風異なる室町時代の姿を、妖術師と使用人のカップルを主人公に描く物語です。

 南都(奈良)で金貸しを営む青年・楠葉西忍こと天竺ムスル。その名が示すように異国人の血を引く彼には、妖術師としての顔がありました。そのムスルに、借金のカタとして仕えることになった少女・葉月は、風変わりな彼に振り回されて……

 「主人と使用人」もの――有能ながらも風変わりな主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というスタイルを踏まえた本作。
 それだけでなく、「墓所の法理」など、この時代ならではの要素を巧みに絡めて展開する、極めてユニークにして微笑ましくも楽しい作品であります。


59.『妖怪』(司馬遼太郎) Amazon
 室町時代の混沌の極みであり、そして続く戦国時代の扉を開いた応仁の乱。最近一躍脚光を浴びたその乱の前夜とも言うべき時代を描く作品です。

 熊野から京に出てきた足利義教の落胤を自称する青年・源四郎。そこで彼は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれることになります。それぞれ幻術師を味方につけた二人の争いの中で翻弄される源四郎の運命は……

 どこかユーモラスな筆致で、源四郎の運命の変転と、奇妙な幻術師たちの暗躍を描く本作。しかしそこから浮かび上がるのは、この時代の騒然とした空気そのもの。「妖怪」のように掴みどころのない運命に流されていく人々の姿が印象に残る、何とも不思議な感触の物語であります。


60.『ぬばたま一休』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 最近にわかに脚光を浴びている室町時代ですが、この20年ほど、伝奇という切り口で室町を描いてきたのが朝松健であり、その作品の多くで活躍するのが、一休宗純であります。

 とんち坊主として知られてきた一休。しかし作者は彼を、優れた禅僧にして明式杖術の達人、そして諧謔味と反骨精神に富んだ人物として、その生涯を通じて様々な姿で描き出します。

 悍ましい妖怪、妖術師の陰謀、奇怪な事件――室町の闇が凝ったようなモノたちに対するヒーローとして活躍してきた一休。
 その冒険は長編短編多岐に渡りますが、シリーズタイトルを冠した本書は、バラエティに富んだその作品世界の入門編にふさわしい短編集。室町の闇を集めた宝石箱のような一冊であります。

(その他おすすめ)
『一休破軍行』(朝松健) Amazon
『金閣寺の首』(朝松健) Amazon



今回紹介した本
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)彷徨える帝〈上〉 (角川文庫)南都あやかし帖 ~君よ知るや、ファールスの地~ (メディアワークス文庫)新装版 妖怪(上) (講談社文庫)完本・ぬばたま一休


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 仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師
 「ぬばたま一休」 100冊の成果、室町伝奇の精華

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2017.08.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ

 単行本累計150万部突破と、既にジャンプ人気作品の一角を占めることとなった『鬼滅の刃』単行本最新巻であります。戦いの傷も癒え、新たな力を手にした炭治郎たちが、「柱」の一人・煉獄杏寿郎とともに挑む戦いの舞台は、何と疾走する列車の中……!

 炭治郎が蜘蛛鬼との死闘の最中に、かつて父が舞ったヒノカミ神楽の記憶から繰り出した火の呼吸。その謎を知る可能性のある「炎柱」の煉獄と会うため、そして新たな任務のため、炭治郎・善逸・伊之助(と禰豆子)は、新たな任務の地に向かうことになります。
 その任務の地とは、鉄道――行方不明者が多発し、鬼殺隊の隊士も次々と消息を絶ったという、鬼の存在が疑われる地だったのであります。

 ヒノカミ神楽も火の呼吸も全く知らないとあっさり煉獄に告げられた炭治郎ですが、鬼の攻撃は、彼らも気づかぬ間に始まっていて……


 というわけで新章の舞台は鉄道。大正時代を舞台としつつ、正直なところそれらしいところはこれまであまりなかった本作ですが、なるほど、鉄道というのはなかなか面白い。

 鉄道=文明開化という印象がありますが、鉄道の敷設が全国に広がり始めたのは明治中頃、日本のほぼ全域に路線網が引かれた(といっても全線合わせて1万キロ未満なのですが)のが明治末期、東京駅開業が大正3年と、鉄道がポピュラーになってきたのは、明治かなり遅くとなります。

 そう考えると炭治郎や伊之助が鉄道を目の前にしてのリアクションもそれなりにアリかと思いますが、いずれにせよ、珍しくもそれなりに作中で好きなように扱える程度には普及してきたという意味で、うまいチョイスだと思います。

 そして動く密室とも言うべき鉄道内で繰り広げられるのは、それにふさわしい奇怪な攻撃。鉄道に巣食った十二鬼月最後の下弦・魘夢の能力は、その名の通り「夢」の中に相手を閉じ込めるというもの。
 さらに、好きな夢を見せるという甘言で仲間に引き入れた人間を用いて、夢の中の炭治郎たちを襲わせるという、陰険に陰険を重ねたような手段であります。
(人が多数集まり、それでいて一定時間外部からの干渉がないという点で、魘夢の能力と鉄道は相性がいいと、ここでも感心)

 かくてそれぞれ夢の中に囚われた炭治郎たち四人ですが――ここでも本作ならではの構成のうまさが光ります。
 まず、ほぼ予想通りというか期待通りにコミカルさ全開で善逸と伊之助の夢を描いておいて、次にほぼ初登場に近い煉獄の夢を通じて彼の過去を描いてみせるのには感心させられました。

 列車内で登場するなり「うまい」連呼で弁当を食いまくるシーンのように「豪快」「空気読まない」印象の強かった煉獄。
 しかしこの夢――過去の中で描かれるのは、彼が柱になった直後の、彼と父との哀しい記憶であり、そしてその中でも弟を鼓舞し、前向きに進もうとする、極めて好もしい人間としての彼の姿なのであります。

 そして炭治郎ですが――物語の冒頭で無惨に奪われた彼の母と弟・妹たちとの平和な暮らしが描かれるというのが、その平穏さ故に、我々読者の精神にもダメージを与えます。
 この手の精神攻撃は(本作においては攻撃準備の時間稼ぎ的な面も大きいものの)、対象に、現実に背を向けて虚構の世界に埋没したいという想いを植え付けるものが大半ですが、これはその中でも最強のものでしょう。

 果たしてその中からどうやって脱出するのか――それを、多分に偶然(とギャグ)の要素を含みつつも、炭治郎の強さ(そして主人公としての資格)の源と言うべき、彼の心の強さを改めて強調しつつ、そして十二分の説得力を以って描くのには唸らされるばかりです。
(この巻の冒頭で、彼が感情を見せない同期の少女に「心の強さ」を語っていたのを考えればなおさら)


 かくて夢から覚醒した炭治郎と仲間たち。ここから始まる主人公サイド五人がそれぞれの特性を発揮しての、変形のチームバトルも盛り上がり(特にこういう時に猛烈に頼もしい伊之助)、一挙に逆転、といきたいところですが――さて、このままうまくいくでしょうか。
 随所に「らしさ」を見せつつも、また本領を発揮していない煉獄の真価も含め、まだまだ油断はできない物語であります。


『鬼滅の刃』第7巻 (吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 7 (ジャンプコミックス)


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2017.08.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?

 家族を殺した「鬼」と戦うため、「鬼殺隊」に加わった少年・竈門炭治郎の死闘を描く本作も、めでたく連載一周年を突破しました。今回紹介する第6巻では、その作品世界がより広がる展開が描かれることになります。鬼殺隊最強のメンバー、「柱」の登場によって……

 那田蜘蛛山に潜む鬼との死闘を辛くも生き延びた炭治郎と禰豆子。しかし、「鬼」である禰豆子と、彼女を庇う(そして他の鬼にも哀れみの念を抱く)炭治郎に対し、疑念を抱く者たちにより、二人は鬼殺隊の本部に連行されることになります。

 そこで二人を待つのは、鬼殺隊最強の戦力、鬼側最強の十二鬼月を討つ力を持つ九人――水・蟲・炎・音・恋・岩・霞・蛇・風の流派を代表する「柱」たちであります。
 しかし、炭治郎と禰豆子を襲った最初の悲劇の時から面識を持ち、炭治郎が鬼殺隊に加わるきっかけを作るなど、浅からぬ縁を持つ水柱の冨岡は格別、その他の柱にとっては二人は鬼とそれを庇う異端分子に過ぎません。

 かくて、二人は鬼殺隊柱合裁判にかけられることに……


 主人公が組織に所属する戦士である少年漫画の場合、しばしば登場する、それよりもランクが上の戦士集団の存在。
 彼らは主人公にとっては頼もしい先輩にもあれば乗り越えるべき最強の敵にもなるわけですが――鬼という明確な敵が存在する本作において後者のパターンはないかなと思えば、なるほどこの手があったか、と感心いたします。

 それにしてもこの九人の柱、これまで登場した冨岡と蟲柱のしのぶは普通の人間だった一方で、新登場の面子はビジュアル的にも言動的にもキャラが立ちすぎていて、ちょっと不安になるくらいだったのですが……

 ちょっとした描写で、そのキャラクターの印象を変えたり、深みを与えたり――という本作のキャラ描写と造形の巧みさはこれまで同様で、一歩間違えれば嫌味な先輩集団になりかねないところに、きっちりと(ギャグを交えつつ)人間味を与えているのには感心させられます。


 そしてこの巻の後半、何とか鬼殺隊に改めて迎えられた炭治郎たちを待つのは、傷の治療と特訓――と言いつつ、その地味そうな印象とは裏腹に、半ばギャグパートになっているのが面白い。
 少しの間出番のなかった善逸と伊之助が再登場するも、二人とも戦いのダメージは深刻で――と、本来であれば洒落にならないところに、強引に笑いを突っ込んでくるのも、実に本作らしいところであります。

 それでいて、これまで鬼に対して情を見せる炭治郎に対して否定的な態度を見せてきたしのぶが、その慇懃かつ冷徹な仮面の下に秘めてきた過去と、炭治郎への希望を語るくだりなど、ドラマとしても、キャラクターの肉付けとしても、実と面白い。
 前巻までの蜘蛛鬼との死闘、この巻前半の柱との対面、そしてこの後半と――静と動、戦いと笑いなど、緩急の付け方が実に巧みとしか言いようがありません。


 そして静の展開が続けば、次に来るのは動――鬼との死闘。傷が癒え、新たな力を得た炭治郎たちを待つものは――次の巻の紹介にて。


『鬼滅の刃』第6巻 (吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 6 (ジャンプコミックス)


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2017.08.07

辻真先『あじあ号、吼えろ!』 人々の怒りの叫びに込められたもの

 アニメ界のレジェンドにして小説家としても活躍を続け、そして大の鉄道マニアである作者が、ソ連軍の侵攻の始まった終戦直前の満州を舞台に、南満州鉄道の伝説の超特急・あじあ号で必死の逃避行を試みる人々の姿を描いた、鉄道冒険小説の白眉であります。

 あじあ号とは、戦前の日本の満州経営の中心となった南満州鉄道、通称満鉄のシンボルとも言うべき存在――大連から哈爾浜までの千キロ弱を12時間余りで走破したという超特急であります。
 その無骨かつどこか未来的な印象すらある機関車の独特の流線型のフォルムは、鉄道には明るくない私でも知っているほどですが――本作はそのあじあ号と、そこに乗り合わせた人々が繰り広げる危機また危機の大冒険行を描いた物語なのです。

 日本軍の劣勢が囁かれる中、国策映画撮影のために満州に渡った売れっ子俳優の神住。哈爾浜で彼を待っていたのは、二年前に引退したものの、今回の撮影のために特別に復活することとなったあじあ号でした。
 神住と彼の付き人のほか、そのあじあ号に乗ることになったのは、神住に強引についてきた高級料亭の芸者、甘粕正彦の愛人だという満映女優とその付き人、銃の名手の青年新聞記者、満鉄の生き字引の機関士に、元マタギの運転士。さらに豪快な関東軍の脱走兵もどさくさで加わるのですが……

 しかしそこに飛び込んできたのは、ソ連軍の侵攻開始の報。急遽あじあ号で哈爾浜から脱出した一行ですが、しかしあじあ号の運行を指示する関東軍は幾度も不可解な動きを見せます。
 そして途中、厳戒態勢の基地からあじあ号に積み込まれた謎の積み荷。積み荷の正体を知るらしい軍医と少年兵、さらにあの川島芳子までも乗り込んだあじあ号は、一路大連を目指すのですが――しかしその間も幾度となくロシア軍や中国ゲリラが襲いかかります。

 行く先々に現れるゲリラに情報を流しているのは誰なのか。関東軍の不可解な動きの理由は、そして彼らがひた隠す積み荷の正体とは。何よりも、超特急に命を賭けて逃避行を続ける12人を待つ運命は……


 作者が『駅馬車』を意識したという本作。なるほど、それぞれに事情を抱えた人々が一つ乗り物に乗り合わせ、そこでドラマが展開していくというスタイルは、共通するものがあります。

 しかし本作が『駅馬車』と決定的に異なるのは、言うまでもなくその舞台背景――太平洋戦争終結直前、ソ連軍の参戦により大陸での日本の敗勢が決定的となった、まさにその時という設定であります。
 単にある場所からある場所に移動するだけでなく、座していればほぼ確実に死かそれに等しい運命が待つ状況下。そこからの必死の逃避行――それが本作に、これ以上ないほどの緊迫感を与えているのです。

 そして何よりも、必ずしも軍人だけではない――いやむしろ民間人が大半というキャラクター配置は、この状況を生み出した戦争に対するキャラクターたちの立ち位置に、行動に、大きな影響を及ぼすことになります。

 そしてそれはある意味必然的に、戦争という巨大な理不尽、いやそれを自らの意志でもたらすものたちへの巨大な怒りを込めて描かれます。
 しかし決してお説教臭くも、イデオロギー的でもなく、ただ、必死の逃走劇という極限状態に追い込まれた人々の怒りの叫びという形でもって……


 もちろん本作は、ジャンルで言えば、あくまでも――それも、如何にも作者らしいサービス精神満点の、ミステリ味すら巧みに織り込まれた――戦争冒険小説であります。
 特に、冒頭から結末に至るまで、物語に登場する要素の一つたりとて無駄のない構成、そしてそれが生み出す見せ場の数々には、ただただ興奮させられるほかありません。

 それでもなお、興奮と痛快さの奥に、鋭い痛みと深い苦みが残るのは、この「怒り」の力によるものであることは、間違いないでしょう。

 血沸き肉躍るエンターテイメントでありつつ、同時に戦争とそこに群がる人々の愚かさ、醜さを描く。言葉にすればよくあるようで、しかしとてつもなく難しいそれを成し遂げてみせた――それも失われた超特急への愛情をたっぷりと効かせた上で――超一級の物語であります。


 それにしても、ヒロインの名前の由来はやはり……


『あじあ号、吼えろ!』(辻真先 徳間文庫) Amazon
あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)


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2017.08.06

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第11巻 浅ましき「敵」との戦いの末に

 原作通りの天草四郎のあっけない最期と、原作にはない意外なゲストキャラの登場が描かれた前巻。しかし四郎の残した呪いの言葉に衝撃を受けた十兵衛を含め、プレイヤーが入り乱れた状態で道中双六はなおも続きます。そしての果てに待つのは、その十兵衛の最も恐れる相手であります。

 粉河寺での決闘の末、お品を喪い、そして四郎を倒した十兵衛。しかし四郎が今際の際に十兵衛に告げたのは、残りの転生衆の中に、彼の父・宗矩がいることでした。
 仮に父が加わっているとすれば、紀州大納言・頼宣の陰謀を明らかにするわけにはいかない。悩んだ末に十兵衛は、密書を託した弥太郎を柳生十人衆の二人に追わせ、自分たちは、なおもお雛を捕らえた頼宣一行を追うことになります。

 というわけで、和歌山から柳生にかけて入り乱れる敵味方は、
・十兵衛と柳生十人衆(いわば本隊)
・頼宣一党と転生衆三名
・弥太郎
・弥太郎を追う十人衆
・弥太郎を追う根来衆
となかなかにややこしい状況。

 幸いと言うべきか、この辺りの状況はテンポよく展開していくのですが……ついに柳生に弥太郎がたどり着き、これはこれで一大事――となったところに出現したのはかつての柳生の主・宗矩。
 かつての家臣を、門人たちを無惨に斬り捨て、捕らえた弥太郎を責め苛む宗矩に対し、十兵衛は(自分たちが望んだとはいえ)お縫、おひろをただ二人で敵陣に遣わすという非情の奇策を取るのでした。

 それこそは父・宗矩おびき出しの策。宗矩の父、自分にとっては祖父たる石舟斎が遺した、新陰流正統の秘奥書と三人娘の引き替えを持ちかける十兵衛ですが、しかし魔人と化した宗矩が、それを黙って受け入れるはずもありません。
 かくて、皮肉にも宗矩の墓のある法徳寺を舞台に、父子の禁断の決闘が始まることに……


 というわけで、毎回クライマックスの本作でも特に山場とも言うべき十兵衛と宗矩の決闘。
 同門対決という点では既に如雲斎とのそれが描かれていますが、しかし今回のそれは、それ以上に父と子というより大きな要素が加わっていることで、非常に重いことは言うまでもありません(深作版ではラストバトルなのもむべなるかな)。

 ……が、そのドラマ性も、当の宗矩が変態ツインテじじいとなってしまったことで、だいぶ薄れてしまった印象は否めません。
 確かに漫画的には、精神の怪物性を示す意味でも必要なデコレーションなのだとは思いますが、しかしそれによって、「父と子」が死闘を繰り広げるという悲劇性は薄まり、「ヒーローと敵」の戦いの色がより強くなってしまったようにも感じられます。

 とはいえ、謹厳実直を絵に描いたような人物が、かような変態めいた姿になり、幽冥の境を越えての再会を喜ぶどころか、青筋立てて相伝書をよこせと迫る姿は、ただ浅ましいとしか言いようがありません。
 そんな父を目の当たりにした十兵衛の心中を思えば、胸が塞がるばかりで、決着の後に彼の隻眼に光るものがあったことは、これはもう当然というほかありません。
(それでもなお、一種の「ゲーム」をここで仕掛けるしかなかった非情!)


 しかしそれでもなお、魔界転生衆との戦いは続きます。三人娘奪還は果たせず、心に深い傷を負った十兵衛に何ができるのか。彼女たちに頼宣の毒牙が迫る中、それを止めることができる者はいるのか……

 残る転生衆は荒木又右衛門と宮本武蔵の両巨頭。いよいよクライマックスも近づいてきたと言うべきでしょうか。


 そして頼宣といえば、この第11巻の表紙は頼宣。この巻では魔界転生は不要とすら言い放つ頼宣ですが、彼もまた転生衆並みのビジュアルゆえ、それに妙なおかしみが沸いてしまうのは、これはもちろん個人の感想ですが……

 しかし偶然とはいえ、冒頭とラストの両方で落花狼藉に及ぼうとする姿が描かれるのも、なんとも。


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2017.08.05

輪渡颯介『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』 犠牲者の、死んだ後のホワイダニット!?

 時代怪談ミステリの第一人者、輪渡颯介の新シリーズ、早くも第二弾の登場です。「幽霊がわかる」ようになってしまう長屋の祠にお参りした四人の悪ガキたちの行く先々に現れる幽霊の男。現れるたびにその男が告げる人間の名前に込められた意味とは……

 やたらとたむろしている猫が溝に入り込んでいることから「溝猫長屋」の異名を持つ裏長屋。ある一点を除けばごく普通のこの長屋に住む忠次、銀太、新七、留吉の四人が、しきたりに従って長屋の祠に詣でたのがすべての物語の始まることとなります。
 実はかつて長屋で非業の死を遂げた少女を祀るこの祠は、詣でれば幽霊がわかるようになってしまうという曰く付き。しかもそれは、「嗅覚」「聴覚」「視覚」の形で、その時によって別々の子供に訪れるのです。

 かくて、おかしな形で幽霊と関わり合うこととなった四人は、それがきっかけでとある事件を解決することになり、まずはめでたしだったのですが――彼らがその後おとなしくしているはずもありません。

 寺子屋に建て替えの話が出たのをきっかけに、その間の仮移転先になる仏具屋・丸亀屋の空き店を訪れ、そこでかくれんぼを始める四人。しかしその最中、忠次は目の前でみるみるうちに腐っていく男の幽霊に遭遇し、一方で留吉は、幽霊が「おとじろう」と告げるのを耳にするのでした。

 そしてその直後に店の裏手から発見されたのは、その幽霊として現れた男・儀助の死体。丸亀屋の娘の婿になるはずだった彼は、半年前に行方不明になっていたのです。
 そして次の婿候補の名が「乙次郎」だったこと、そして乙次郎も行方不明となったことを知った子供たちは……


 これまで(本来であれば)恐ろしい幽霊騒動を、たっぷりのユーモアと、ひねりの効いたミステリ味で描いてきた作者。もちろん本作においても、その味わいは健在です。

 そんな中でも何よりも特徴的なのは、幽霊が現れるたびに、子供たちが一人一人、別々の三つの感覚で幽霊を感じ取ってしまう点であることは間違いないでしょう。
 一度に全て感じてしまうのではなく、ある時は幽霊の姿を、ある時は幽霊の声を、またある時は幽霊(というか死体)の臭いを……子供たちがバラバラに感じ取ることで、恐ろしい状況が、何やらややこしい状況に一変してしまうのが楽しい。何しろ幽霊までも困惑してしまうのですから……

 しかもこの遭遇がローテーション性(一度ある感覚に当たれば、同じ感覚はそれ以降回ってこない)だったり、今回も子どもたちの中で銀太だけ、毎回どの感覚にも当たらない(幽霊を感じられない)仲間外れ状態だったりというお約束が今回も健在なのが、実に愉快なのです。


 しかし本作の面白さはそれにとどまりません。本作の最大の魅力は、幾度も子供たちの前に現れる儀助の幽霊の行動――現れる度に別々の人間の名前を口にする、その行動の謎にあるのです。

 幽霊が誰かの名前を口にする――怪談話ではしばしば見られるこのシチュエーションですが、その内容は文字通りダイイングメッセージ、すなわち自分を殺した犯人の名を告げるのが一つの典型でしょう。
 しかしそうだとしたら、毎回違う人物の名前が出るのに平仄が合わない。実は儀助が告げる名前には、ある共通点があり、警告としての意味があるのですが――しかしそうだとすれば、なぜそんな回りくどい行動を取るのか? 自分を殺した下手人の名を告げれば、一度に解決するはずなのに……

 ミステリには、ある人物の行動の理由を解き明かすホワイダニットというスタイルがあります。ほとんどの場合、それは犯人の反抗理由なのですが――本作の場合、何と犠牲者の、それも犠牲になった後の行動のホワイダニットだったとは。
 これは間違いなく、怪談ミステリというスタイルでなければ描けない内容であります。

 正直なところ、犯人の正体自体は、容易に予想がつくところではあります。しかしこの変化球のホワイダニットにより、物語に意外性と、新たな興趣が生まれているのは間違いありません。


 そして今回もまた、厳しくも温かく子供たちを見守る大人たちが、事件を丸く収めるために奔走するのですが――怖っ! この人たちの方がよっぽど怖い……
 四人の子どもたちを引きずり回す自称箱入り娘のお紺も含め、幽霊や悪人とは別のベクトルでおっかない大人たちの「活躍」にも肝を冷やすことになる、何とも最後の最後までユニークな作品です。


『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪


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2017.08.04

『風雲ライオン丸』 第20話「敗れたり! ライオン丸」

 志津から託された短刀と父からもらった櫛に謎の文字があったことから、べっこう職人の弥助を訪ねる一行。しかし弥助と甲賀忍者・ふくろう隊はゲジムに襲撃され、弥助は「秋の十字架」と言い残して息絶える。一方、ゲジムに敗れて深手を負い、塞ぎ込んでしまう獅子丸。そんな獅子丸に対して虹之助は……

 冒頭で甲賀忍者・ふくろう隊を襲撃するゲジム。そのギザギザの刃は忍者たちの首を切り落とし、女頭領も、打ち合ったゲジムの刃から火花が散り目をくらます「火花崩し」によって退却を余儀なくされます。その後から通りかかった獅子丸一行は、虹之助のかつての仲間たちであるふくろう隊の無残な姿に驚くのでした。
 そこで彼らがマントルの秘密を何か知っているのではないかと考えた一行は、以前志津が今際の際に志乃に託した短刀に「春」の文字が刻まれているのに気付きます。さらにそれを見た志乃は、以前父からもらったべっこうの櫛に「夏」の字が刻まれているのを発見。その櫛を作った職人・弥助のもとに、手掛かりを求めて向かうことになりますが……

 しかしそこでは既にゲジムたちとふくろう隊が死闘の最中。獅子丸と虹之助が加勢する間に、深手を負った弥助に問いかける志乃ですが、「秋の十字架」と口走ったところで弥助はとどめをさされてしまいます。そしてライオン丸に変身してゲジムと対峙する獅子丸ですが火花崩しの前に敗退、深手を負って辛くもその場から逃れるのでした。ゲジムの「ライオン丸敗れたり!」の声を背に……

 ……と、そこから再び始まる獅子丸の落ち込み。敗北から十日間も、口も利かずじっと何か考え込んでいるというのですから、前回の立ち直りは一体――と言いたくもなります(が、完全に目が死んでいた前回に比べ、今回は口を尖らせてムッとしているように見えるという違いが)。そこは温かく見守ろうとする志乃と三吉ですが、仲間が死んでいることもあってか、虹之助は珍しく獅子丸を見損なったと辛辣な態度を見せます。そして用事を思い出したとどこかに消えるのですが……
 ややあって、獅子丸たちの前に現れる飴売り屋――と思いきやいきなり獅子丸に襲いかかったその姿は、物影に隠れたとみるや次の瞬間には怪しの浮浪者に。そしてさらに修験者姿となり、獅子丸を追い詰めたその正体は――もちろん虹之助であります。

 悩むだけだったら誰だってできる。しかしそれだけじゃゲジムたちは倒せないと冷たく言い放つ虹之助に対し、獅子丸は己の胸中を語ります。ゲジムに敗れて落ち込んでいたのではなく、マントル一族にいかに挑むかを考え込んでいたのだと……。いかにも生真面目な獅子丸らしい悩み方ですが、虹之助の荒っぽい励ましに立ち直った獅子丸は、志乃と三吉を虹之助に託すと、自分は当たって砕けろと単身西の国に向かいます(極端)。

 と、一人馬を走らせていた獅子丸の前に現れて襲いかかるふくろう隊の頭領。自分が虹之助と行動していたことを語った獅子丸に、頭領はマントルの秘密が隠された品物に春・夏・秋・冬の文字が刻まれていることを語ります。とすれば志乃たちが危ない……!
 ライオン丸に変身して戻った獅子丸は、やはり志乃たちを襲っていたゲジムと対峙。トリッキーな技に苦しめられつつも、ゲジムを粉砕。アイテムが四つ揃えばマントルを倒せる(いつの間にかそんなことに……)と、獅子丸は決意を新たにするのでした。


 壮絶な落ち込みっぷりを見せた前回に対し、今回は安心して見られるかと思えばこのサブタイトル。シリーズ構成的にいかがなものかと思いますが、マントル帝国の根幹に関わるらしい4つのアイテムが登場し(しかしいきなり2つ揃うのがまた本作らしい)、なかなか盛り上がります。
 そして今回の虹之助はなかなかの儲け役。甲賀者でありつつも一人で放浪しているのはちょっと謎ではありますが――何故か女性のふくろう隊頭領も印象に残ります。

 あ、そういえばいつの間にかライオン丸が兜を……


今回のマントル怪人
ゲジム

 春夏秋冬の4つのアイテムに関わるふくろう隊と弥助抹殺の命を受けた(言われないと気付かないすっとぼけた造形の)毛虫の怪人。鋸状の刃の剣と毒手裏剣を打ち出す棒を武器とし、剣で打ち合った時に火花で目潰しをかける忍法火花崩しの遣い手。また体中の毛は鋭い針で、体を回転させて襲いかかる。一度は火花崩しで獅子丸を倒したが、再戦では毒手裏剣を変わり身の術で躱され、一刀の下に倒された。


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2017.08.03

皆川亮二『海王ダンテ』第3巻 植民地の過酷な現実と、人々の融和の姿と

 超古代文明の力を秘めた本と魔導器を持つ若き英国海軍人、ダンテ・ホレイショ・ネルソンの冒険を描く本作、新たなるエピソードは英国の植民地たるアメリカを舞台とした冒険であります。英国陸軍と前首相の息子を護衛しての任務は次々と意外な方向に転がり、その中で彼が見たものとは……

 この世界を構成する分子を自らの意思で組替え、自分の体の一部を触媒に物理的な力に変える力を持つ古代の書『要素』と魔導器を持つ少年ダンテ。海軍に入隊した彼はインドで大冒険を繰り広げ、その功績もあって晴れて士官候補生に仲間入りであります。

 そんな彼らの次なる任務は、ボストン茶会事件の余波で揺れる新大陸アメリカに向かう英国陸軍の船団を、そして現地の視察を行う英国前首相ウィリアム・ピット――の同名の次男を護衛すること。
 わがままで世間知らずのウィリアム少年に手を焼きつつ、新たにジャックとトビーの二人の黒人水夫を仲間に迎えたダンテたちの船は、快調に新大陸に向かうのですが……

 しかしアメリカが目前となった頃、気さくだったジャックが豹変、ダンテの本を狙う死人海賊、海の最強の殺し屋オルカとしての正体を露わにします。
 そしてウィリアムを人質に船を占拠した彼が向かう先は、逃亡した黒人奴隷たちが作り上げた海岸の集落。しかしそこをフランス軍に扇動された先住民が襲撃し、さらにダンテたちを巻き込んでの大混戦の中、ウィリアムとトビーが行方不明となって……


 今回のゲストキャラ、そして物語の中心人物の一人であるウィリアム少年は、絵に描いたような高慢ちきで我が儘の、皆川作品ではお馴染みの造形のキャラクター。
 なるほど、今回は彼が冒険の中で、ダンテたちと触れ合ううちに成長していく物語なのだな――と思いきや、それは当たってはいたものの、こちらの想像を超える形で描かれることになります。

 何しろアメリカ到着早々に始まるのが、黒人奴隷と先住民の戦い。さらにそこに英国軍まで加わって……という展開には、思わず天を仰ぎたくなりました。そこまで容赦ない展開を描くのか、と。

 そう、冒頭で触れたとおり、この時代のアメリカは英国の植民地。そしてそれは先住民の住む地を追い、そして黒人奴隷を牛馬の如く使って得られたものであります。
 ダンテも知らなかったその現実(「現在」のことは『要素』も知らず、ダンテが自分で学ぶしかないという設定がまた見事)を、しかしお説教ぽくならずに如何に描くか? その難題に対し、本作はダンテの、オルカの、そしてウィリアムズの姿を通じて、過酷な現実を生々しく描き出すのです。(後半に描かれる奴隷の闇市に関するエピソードはただ絶句……)

 しかし本作はそれだけでは終わりません。これまで人間という存在が根源的に持つ邪悪さを描きつつも、それに対峙する人間一人ひとりが持つ善き心を描いてきた皆川作品――その構図は、本作においても健在なのです。

 刻一刻と状況が変わっていく中、立ち位置を変えていくキャラクターたち。その一人ひとりが対立を超え、少しずつ歩み寄っていく姿を、本作は丹念に、自然に、それでいてエモーショナルに描き出します。
 特にクライマックスのナポリオとの対決は、ダンテの能力ゆえのピンチの打開に、人々の融和の姿を重ねて見せるという展開に、ただ唸らされるばかりなのです。

 もっともここで、ナポリオが「便利な敵」という一種の装置になってしまった印象は否めませんが、この点は、この時代とそこに生きる人々を描く狂言回しとして、ナポリオが(そしてダンテも)機能していると見るべきかもしれません。
 このあたりの展開は、あるいは本作の今後の方向性を示しているのかもしれない……というのは穿った見方かもしれませんが。


 何はともあれ――この巻を読み終えた後、その後の史実を紐解いてみれば、そこに我々はある事実を見出すことになります。

 ネルソン率いる英国艦隊がナポレオンの海軍に決戦を挑んだトラファルガー海戦時の英国首相の名が、ウィリアム・ピット――俗に言う小ピットであったことを。
 そして彼が、その生涯を通じて、奴隷貿易廃止のために尽力したことを。

 その背後に、彼の少年時代の経験があったとしたら――それはセンチメンタルではありますが、幸福な妄想でしょう。


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2017.08.02

にわのまこと『変身忍者嵐Χ』第1巻 新たなる嵐、見たかった嵐、見参!

 あのにわのまことが、あの石ノ森章太郎の『変身忍者嵐』をベースに新たな嵐の世界を描く、ファンであれば見逃せない作品の第1巻であります。舞台を戦国時代に移して描かれる本作、まだ序章とも言うべき印象ながら、ファンの期待を裏切らない内容です。

 時は1600年、徳川家康と石田三成が、関ヶ原で激突を目前としていた頃――徳川軍本隊を率いて西へ向かう徳川秀忠の前に現れた正体不明の青年・風のハヤテ。
 優れた忍びの技を持ちながら過去の記憶を持たず、しかし自分と同じく父の存在に屈託を抱えるらしいハヤテに、秀忠は不思議な親しみを覚えるのでした。

 そしてその晩、徳川の陣に現れた奇怪な怪物。人間から巨大なオオサンショウオに変化したその怪物――化身忍者ハンザキは、秀忠を攫うと徳川の陣から脱出。追いすがる伊賀忍者・タツマキの攻撃をものともせず、その目的を達したかに見えたのですが……
 その場に現れた謎の鳥人が二人を救い、深手を負いつつもハンザキを撃退、そして鳥人は、二人の前でハヤテの姿に戻るのでした。

 秀忠とタツマキの命で、ハヤテの看護に当たるカスミ。目を覚ましたハヤテは、同時に自分が何者であるか、自分の身に何が起きたのかを思い出します。
 そんなハヤテを再び襲撃するハンザキ。記憶を取り戻したハヤテは、父から授けられた愛刀を手に印を結び……「変身忍者嵐見参!」


 という最初のエピソードは、嵐ファンであれば感涙ものの格好良さ。
 設定、登場人物は石ノ森章太郎の漫画版をベースとしているものの(骸骨丸でではなく骨餓身丸が登場)、原作のデザインを踏まえつつも、作者らしいスタイルでリライトされた嵐は、実に精悍でいいのです。(嵐のデザインは、特にその大きな目など、一歩間違えるとかなり気の抜けた印象になるので……)

 しかし何よりも盛り上がるのは、その初変身シーンであります。

 襲いかかるハンザキと下忍たちを前に、すっくと立って印を結ぶハヤテ。その脳裏によぎるのは父の言葉――ケダモノに化けるのではなく、人の心を持って身が変わる。そう、化身忍者ではなく、変身忍者! 
 そして「吹けよ嵐、嵐、嵐!」のかけ声とともに天空高く舞い、地に降り立つや高々と天に刀を掲げ、名乗る姿の格好良さ!。

 そう来たか! と膝を打ちたくなるような解釈(鬼十とハヤテは風一族の出身で、そこから「風を超えて嵐となれ」という嵐のネーミングもいい)からの、雷鳴をバックの秘剣影うつしも見事で、見たかった嵐、理想の嵐を見せていただいた気持ちであります。

 ちなみにここで、変身の口上も秘剣影写しも、石ノ森章太郎の漫画版には登場してないのでは……と半可通的にイヤラシイ感想も頭によぎったのですが、大丈夫。

 確かに少年マガジン版には登場していませんが(「忍法影うつし」は登場)、希望の友版には登場しております。
 この辺り、うまく配慮(?)しつつ、一番嵐らしさを感じさせる、そして何よりも格好良い嵐を描いているのは、ヒーローマニアの作者らしい描写と感心いたします。


 と、ビジュアルや演出にばかり触れてしまいましたが、本作の最大の特徴かつ相違点が舞台設定であることは間違いありません。

 (明確に年代が登場したのは少年マガジン版のみであったものの)江戸時代前期を舞台としてきた原作に対して、本作の舞台は関ヶ原の戦と、戦国時代末期。
 しかも最初のエピソードから秀忠ら実在の有名人たちが登場と、史実とはほとんど関わってこなかった原作に比して大きくそのスタンスを変えてきた印象があります。

 その意図が、意味が奈辺にあるかこの時点ではまだわかりませんが、これまで人知れず行われてきた嵐と血車党の戦いが、本作においては、表の歴史と大きく関わる形で展開していくことは間違いないでしょう。
 そして泰平の時代ではなく、戦乱の時代を舞台とすることで、その規模と内容も激しくなることも……

 この第1巻に収録された後半のエピソードでは、この時に秀忠ら徳川軍と戦い、散々に翻弄してみせた真田昌幸・幸村父子が登場。
 そこに化身忍者マシラ(ちなみハンザキ、マシラともに少年マガジン版の第1話に登場した化身忍者)が忍び寄り、いかなる史実との絡みが生じることになるのか……早くも波乱含みの展開となります。

 その中で新たな嵐が如何なる活躍を見せるのか……期待に胸躍るではありませんか。


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2017.08.01

牧秀彦『月華の神剣 壬生狼慕情』 神剣が映し出す幕末剣士伝

 剣豪ヒーローが活躍する物語を得意とする作者が手がける新シリーズは、「常勝の御太刀」と呼ばれる神剣を巡る幕末もの。神剣が原因で父を殺され、京に向かうことになった青年・祝井信吾が、新選組の面々とともに歴史のうねりに巻き込まれることになります。

 神官の家に生まれながらも、修行そっちのけで剣術三昧の日々を送っていた信吾。時はペリーの黒船が来航してから十年、江戸と京の間で不穏な空気が漂う中、彼の父が守る神社には、何やら曰くありげな武士たちが次々と訪れるのですが……

 そんなある日、神社を訪れた武士の一団によって信吾の父が無残にも斬殺されるという事件が起きます。犯人の狙いは、神社で守られてきた大太刀の強奪――信吾は今際の際の父から、隠されていた大太刀を守り、しかるべき人物に託すことを命じられるのでした。

 誰に託すあてもなく江戸に向かい、行き倒れかかった信吾を救った若き剣士たちの一団。彼ら試衛館の剣士たちが、浪士組として京に向かうのに同行する道を選んだことで、信吾は思わぬ戦いに巻き込まれることに……


 タイトルに掲げられている「神剣」とは、「常勝の御太刀」と呼ばれる伝説の刀。無銘のその三尺の太刀は、古くは源義経に、その後は北条時宗、新田義貞、織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康と、とんでもない面々に授けられたという太刀であります。
 それを手にした者は、あらゆる戦いに勝ち、天下を取ることができるという伝説の太刀は、いつしか田舎神社に納められていたのですが――この激動の幕末に再び世に出ることになって、というのが本作の基本設定であります。

 ……と書けば、それこそ作者がスタッフに加わっていたアニメ『幕末機関説いろはにほへと』のような伝奇活劇のようですが、その辺りの要素は、実のところかなり抑え目。
 むしろ本作は、神剣伝説を背景に、そして信吾を狂言回しに、幕末の複雑怪奇な政治の力学と、その渦中に巻き込まれた剣士たちの姿を描くのが目的ではないかと――そんな印象を受けます。


 そしてそれこで最初に描かれるのが、近藤・土方・沖田……そして芹沢ら、新選組の面々なのであります。

 清河八郎(本作においては信吾と旧知の人物であり、そして神剣を狙う奸物として描かれるのですが)の献策により結成された浪士隊に加わり、武士として一旗上げるために京に上った近藤たち。
 縁あって彼らと行動を共にすることとなった信吾は、やがて彼らが近藤派と芹沢派に分かれ、ついには刀を以て対峙するまさにその真ん中に立つこととなるのです。

 ここで描かれる黎明期の新選組の面々は、ある意味鉄板の人物造形なのですが、それだけに親しみが持てるのも事実。そして悪役として描かれることが多い芹沢も、単純粗暴なわけではなく、様々な屈託を抱えた人物として描かれるのも好感が持てます。

 そして芹沢はともかく、近藤たちは信吾と負けず劣らずピュアな存在として描かれるのですが――それが幕末という混沌、そしてより直接的には神剣という存在を前にやがて変わっていくのは、ある意味それが世の必然とはいえ、何とも苦く物悲しいものをこちらの胸に残します。


 と、異色の幕末剣士列伝としてユニークな本作ですが、第1弾である本作の時点では、まだ少々薄味という印象は否めません。
 それは信吾のキャラクターが、良くも悪くもまだニュートラルな点によることが大きいかと思いますが(その他、名のある人物の去就がさらりと流されてしまうのも勿体ない)、これから物語の中で彼が成長していくことによって、そこは変わっていくのでしょうか。

 いきなり新選組という有名人集団との出会いと別れを描いたその次に、果たして誰が来るのか――その点も気になるところではあります。


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月華の神剣 壬生狼慕情 (角川文庫)

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