西條奈加『猫の傀儡』 探偵猫、人間を動かす!?
猫を題材にした時代小説、それもファンタジー風味の作品は決して少なくはありませんが、本作はその中でも極めてユニークな作品でしょう。というのも主人公は、人間を傀儡として操り、猫に降りかかった面倒事を解決させる猫・ミスジ。本作はそのミスジの一人称で展開する時代ミステリなのであります。
江戸でも特に猫が多いことから「猫町」と呼ばれる一角。主人公のミスジは、その猫町でも特別な猫しかなれない「傀儡師」であります。
先代猫の順松が姿を消したことから、新たな傀儡師に選ばれたミスジは、自分の傀儡である人間の阿次郎――商家の次男坊で自称・狂言作家の、普段は長屋で暇をもてあましている男を操り、猫に降りかかった様々な災難、猫絡みの事件を解決していくのです。
そんな基本設定の本作は、アンソロジー『江戸猫ばなし』に収録された『猫の傀儡師』と、その後『ジャーロ』誌で連載された6話を収録した全7話の連作集であります。
その表題作『猫の傀儡師』は、とある商家の隠居が育てていた珍しい変種朝顔の鉢を壊したという濡れ衣を着せられた猫を救うために、ミスジと阿次郎が活躍するエピソード。
鉢が壊された際の状況に違和感を感じ取った一匹と一人は、やがて事件の背後に、ある想いの存在があることを知るのですが……
と、アンソロジーで読んだ時も群を抜いて面白く感じられた作品ですが、今回読み返してもその印象は変わりません。
何しろ、傀儡師として人を操るといっても、ミスジはあくまでも普通の猫。少しばかり人間の世界に詳しく、知恵も回るといっても、人間の言葉を喋ったり、人間を洗脳したりなどということはできないのです。
とすればどうやって阿次郎を操るのか――といえば、それは彼が事件に興味を持ち、真実にたどり着けるように誘導するのみ。
探偵役として、先に自分の方が真実にたどり着いてもそれを伝えることができない、そして人間に聞き込みしたり、ましてや裁いたりなどできないミスジが、如何に阿次郎を動かすか――という苦心ぶりがスパイスとなって、ミステリとしても猫ものとしても、実にユニークで楽しい作品となっているのであります。
そして描かれる事件も、このユニークな設定を踏まえつつ、それに留まらない現代にも通じる事件を描いているのが実に面白い。
幼い少女と共に行方不明になった猫の捜索から、少女の辛い境遇が明らかになる『白黒仔猫』、老猫を可愛がってきた知的障害者の男にかけられた濡れ衣を晴らす『十市と赤』、次々と猫や烏といった小動物を吹き矢で狙い惨殺する犯人を追う『三日月の仇』……
どの物語も、「日常の謎」的側面を持つと同時に、いつの時代も変わらぬ、人間の心の暗い部分をも浮かび上がらせているのが、強く印象に残るのであります。
しかし本作は、残る『ふたり順松』『三年宵待ち』『猫町大捕物』では、その趣を大きく変えることになります。連作エピソードとなっているこの3話で語られるのは、ある意味ミスジ自身にも関わる事件なのですから。
先に述べたように、先代の順松が行方不明となったことから傀儡師となったミスジ。尊敬する兄貴分であった順松の行方を常に気にかけていた彼は、ある日思わぬことから順松の――その傀儡もまた、行方不明となっていたことを知ることになります。
元々順松という名は、時雨という名のその傀儡が馴染みの芸者の名を取ってつけたもの。しかし猫の順松と同時期に、時雨も人間の順松も行方をくらましていたのです。
それを知ったミスジと阿次郎が時雨の過去を探る中、明らかになっていく意外な過去と因縁。果たして一匹と一人は消えた二人を見つけ出すことができるのか……
これまでが単発ものであった中、3話構成ということもあって、なかなかに入り組んだ物語が描かれるこのエピソードですが、しかしここで描かれるのは、ミステリとしての面白さだけではありません。
ここにあるのは、これまでの物語で積み上げられてきた猫と人間の関係性の、ポジティブな結び付きの姿。そしてそれが本作の締めくくりとして、実にイイのであります。
一般に猫は犬に比べて薄情だと申します。なるほど、本作においては人間を傀儡に使ってしまおうというくらいですが、しかしそれでも互いの間にはきっと情がある、あって欲しい――そんな願いが、本作には込められているといえるでしょう。
ユニークな時代ミステリとして、猫と人間の関わりを描く物語として――まだまだこの先の物語を読みたい、そんなことを思わせる快作の誕生であります。
『猫の傀儡』(西條奈加 光文社) Amazon
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