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2017.09.05

瀬川貴次『百鬼一歌 月下の死美女』 凸凹コンビが追う闇と謎

 ユニークなラインナップが並ぶ講談社タイガに、平安京を舞台とした作品を得意とする瀬川貴次が参戦しました。舞台となるのは長い戦乱が終わったばかりの京の都。和歌狂いの青年貴族と、怪異譚を集める少女が、その都の闇に蠢く怪異と謎を追う物語の開幕であります。

 源平の合戦が終わって数年、世情騒然たる京の都。そんなまだまだ物騒な京の闇の中を開幕早々吟行していたのが、本作の主人公の一人である青年貴族の希家であります。
 和歌をよくする家に生まれ、自らも和歌をこよなく愛する彼は、闇を怖れるでもなく、ひたすら詩作に没頭していたのですが――そんな彼がとある路地で出くわしたのは、花に囲まれた美しい女性の死体だったのです。

 ほどなく彼女を殺した下手人は判明したものの、話に尾ひれが付いて、たちまち怪談めいた物語の目撃者扱いとなってしまった希家。
 その「犯人」は、まだ幼い帝のもとに入内したばかりの中宮に仕える山出しの少女・陽羽。彼女は、中宮が帝の心を掴むために、市井の怪異譚を集めて回っていたのであります。

 そんな中、御所で夜ごと響く不気味な鵺の声。さらに中宮の女房が烏帽子姿の亡霊を目撃し、ついには希家の同僚が何者かに噛み殺される事件までもが発生。
 帝をはじめとする皆が恐怖におののく中、何とか事態を打開すべく、希家と陽羽は一計を案じるのですが……


 『暗夜鬼譚』『鬼舞』といった陰陽師もの、さらには現在も刊行が続く『ばけもの好む中将』など、平安の都を舞台としたコミカルでちょっと恐ろしい物語を得意としてきた作者。
 本作もその流れに属する作品ではありますが、面白いのは場所は平安の都でありつつも、時代は平安ではなく、鎌倉初頭の物語であるという点でしょう。

 源氏と平氏の激しい戦いは終わったものの、国の政の中心は東国に移り、その一方で帝がおわす都でもう一つの政が行われていた時代。
 殺伐とした空気と雅な空気がブレンドされた、何があっても不思議ではない混沌とした時代――本作はそんな世界で繰り広げられる物語なのです。

 そしてその主人公となる希家と陽羽の凸凹コンビなのですが――この希家の和歌狂い、というより和歌バカなキャラクターがまず楽しい。
 副題である月下の死美女を前にして和歌解釈に夢中になっているうちに検非違使にしょっ引かれ、そこでも講釈を続けるうちに、犯人が勝手に恐れ入って自白してしまう――という物語冒頭など、これぞ瀬川節! と言いたくなるような展開なのであります。

 そしてバディとなる陽羽は、まだ都に出て日が浅い下働きながら、バイタリティに溢れる元気少女。敬愛する中宮のためとはいえ、怪異の出そうなところに積極的に突撃していくのは、なかなか将来が楽しみなキャラクターであります。
 そして、実は○○○の孫という出自も伝奇ファン的には大いに魅力的なのです。


 そんな二人が挑むのが御所の鵺騒動。単なる怪異譚かと思いきや、人死にはでるわ中宮の将来にも関わるわとどんどん広がっていく中で唸らされたのは、事件の鍵となる、ある人物の造形であります。
 その詳細は読んでのお楽しみですが、これが作者の作品も含め、これまでほとんど目にしたことのないようなキャラクター(××好きは以前にも強烈なのがいましたが……)。

 描き方によっては面白おかしい扱いになりそうなところ、しかし本作は決して色物として扱うことなく丁寧に、ある種の現代性すら感じさせる人物として描き出します。
 この辺りは、これまでもエキセントリックな趣向の中に叙情性を織り交ぜた物語を描いてきた作者ならでは――と大いに唸らされた次第です。

 そしてこの人物が抱いてきた切ない夢が、思わぬ形で死者を生んでいく皮肉さ、残酷さにも……


 しかしその一方で主人公コンビはやや地味な印象で、もう少し弾けても良かったのではないかな、という部分も正直なところあります(特に希家は思ったよりも常識人なのが……)。

 もちろん舞台となる時代と場所を踏まえつつ、笑いと怪異と謎を織り交ぜ、そしてさらにはそこに関わる人々の想いを掘り下げてみせる点には見るべき点が多いのも間違いありません。
 まだ完全には明かされていない謎、何よりもドキリとさせられるような結末の描写もあり、おそらくは刊行されるであろう今後の物語を、大いに楽しみにしたいところです。


『百鬼一歌 月下の死美女』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 月下の死美女 (講談社タイガ)

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