仁木英之『魔神航路 Z ゼウスとの決戦』 彼らの絆、最後の絆
ギリシャ神話の世界に転生し、神々や英雄、そして魔神と融合してしまった若者たちが繰り広げる冒険を描いてきたシリーズもいよいよ最終巻。元の世界に戻るための鍵である金羊皮を手にするべく、コルキスに到着した一行を待つものは、最強の敵・ゼウスと……
これまでの生活で密かに溜め込んできたコンプレックスを晴らすべく、融合したゼウスの力を振るう健史によってギリシャ神話の世界に転移してしまった信之たち6人。
それぞれテューポーン、イアソン、ヘラクレス、ヒュラース、メディアと融合した彼らは、アルゴ船に集った英雄たちとともに、コルキスに向かうことになります。
途中に待ち受ける魔物や古き神々、そしてゼウスの妨害を突破してコルキスに近づいた一行。しかし新たに仲間になったメディアの人間離れした強大な魔力に不審を抱いたヘラクレスと勇次が離脱、その一方でイアソンとメディアが結ばれ、賑やかなムードとなったアルゴ船ですが……
というわけで、最終巻の主な舞台となるのは、この冒険の目的地であるコルキス。ヒロインの一人である海晴と融合したメディアの祖国であります。
かつて祖国を追われた王子が、ゼウスの遣わした黄金の羊に乗って逃れたというコルキスの地。信之たちが求めるのは、その黄金の羊の皮なのですが――しかしその前に最強の番人が立ち塞がります。
かつてメディアがその持てる魔力の限りを注ぎ込んで生み出したという炎の牛。かつてコルキスを滅ぼしかけたという無敵の存在を突破したとしても、その先には眠りを知らぬ黄金の龍が待ち構えます。
そして金羊皮を求めるのは彼らだけではありません。この世界を超え、他の世界――信之や健史の世界をも支配すべく、ゼウスもまた、金羊皮を求めていたのであります。さらにその傍らには、ヘラクレスと勇次の姿までもが……
ゼウスすら手を焼く炎の牛を、そしてその先の難関を突破することはできるのか。ゼウスに加えヘラクレスを打ち破ることはできるのか――そして金羊皮を目前とした時、意外な裏切りが彼らの繋がりを揺さぶることになるのです。
これまで幾度も述べたように、ギリシャ神話のオールスター戦のようなアルゴ船の物語。その一方で、神話での彼らの冒険の結末(というよりもクライマックス)は、実は後味が良いものではありません。
その大部分は、メディアの行動によるものなのですが――本作は、神話どおりの結末となりかねない要素を描きつつも、しかし全く異なる方向へと向かっていきます。
それは神話とは異なるものの、しかしこれまでの物語を見ればなるほどあり得ないわけではない展開――そこで描かれ、問われるのは、その内容以上に、これまでの物語において培われてきた人と神、人と英雄、人と魔神の絆の存在であります。
全く異なる世界に生まれ、そして全く異なる考えを、力を持って生きてきた彼ら。思わぬ運命に見舞われ、融合という形で行動を共にすることになりながら、彼らの間にはある種の絆が生まれてきました。
その絆の形は、強さは、しかしそれぞれであります。どこまでも強く揺るがぬものもあれば、最初からぶつかり合いながらも決して切れないものもある。結びついていたものが裏切られることすらあります。
そしてその絆の多様性――というよりも一筋縄ではいかなさ――は、同じ人と人でも同様であります。そもそもこの冒険のきっかけとなった健史のコンプレックス自体が、一見仲の良い友達同士であった信之たちと健史の間の溝にあったのですから。
しかし本作は、その一筋縄ではいかない絆の中にこそ、か細くも一つの希望を見出します。
絆は永遠ではないかもしれない。それどころか結びたくとも結べない絆もある。それでも、それでも新たな絆は生まれます。望んだ形と違うかもしれない、思いもよらぬ相手とかもしれなくとも……
そんな人と他者との絆の姿を描いてきた本シリーズ。
その題材がギリシャ神話であったのは、もちろん多士済々のアルゴ船という魅力的な題材はあれど、それ以前に、神も魔神もひどく「人間くさい」存在だからではないのか――物語の結末に至り、いまさらながらに感じた次第です。
そして彼らの新たな絆に乾杯!
(信之はこれでいいのかな、いいんだろうな……)
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