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2017.10.30

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第13巻 無双、宇都宮城 そして束の間の……

 まだまだ続く地獄道、『PEACE MAKER鐵』の第13巻は、前巻に続き宇都宮城の戦いが描かれることとなります。近藤を救うため、宇都宮城を包囲する新政府軍と決死の思いで激闘を繰り広げる土方。その一方で、新政府軍の陣を脱出して逃避行を繰り広げる当の近藤の向かう先は――

 新政府軍の伊地知に捕らえられた近藤を救うために勝の力を借りる交換条件として、大鳥圭介率いる伝習隊と行動を共にすることとなった土方。しかし宇都宮城で新政府軍と交戦することになった土方は、多勢を前に殿として戦い、窮地に陥いることになります。
 と、そこで土方のもとに駆けつけたのは、なんとなんと袂を分かったはずの原田左之助! 土方の剣に原田の槍、さらには辰之助の銃も加わり、一騎当千の大暴れを繰り広げることとなります。

 一方、野村利三郎の活躍(というより彼に引っ張られて)伊地知の陣を脱出した近藤は、伊地知の放った熊(!)の追跡をかわしながらも必死の逃避行を続けることに……


 というわけで、原田参戦、近藤脱出と、一見史実と異なるルートに入ったかに見える本作。それはいかがなものか、という方もいらっしゃるかもしれませんが、ここのところの鬱展開の中で見えた一筋の光明にすがりたいのがファン心理というものであります。

 そしてそんな気持ちに応えるかのように、この巻の冒頭で繰り広げられる土方&原田&辰之助の大暴れは実に気持ちがいい。
 敵兵を当たると幸いなぎ倒す、まさしく無双状態の彼らは、こんな新選組が見たかった! と言いたくなるような痛快さであります。
(ここに丸太を担いだ島田も加わってもう大騒ぎ)

 と、そんな中でも不気味な冷静さを保っているのが辰之助。目からハイライトが消えた彼は、ここのところ狙撃手として急成長――と思いきや、成長しすぎて何だかスゴい感じの面白ガンマンキャラとして参戦することになります。

 ロングコートを思わせる羽織の下に死神めいた支持架(?)を装着した彼は、ロングライフルと自作の携帯用ダブルガトリングガンを手に、手のつけられない死神(あっ)ぶりを発揮するのですから驚くほかありません。

 この巻で宇都宮城を包囲するのは、大鳥の教え子である薩摩藩士・大山弥助。言うまでもなく後の大山巌――西郷隆盛の従兄弟にして、日本陸軍を率いて日清・日露の両戦争を戦い抜いた豪傑であります。
 その大山が持ち込んだ最新鋭の連発砲台を相手に、単身辰之助がガンバトルを繰り広げるのがこの巻の前半の山場とも言うべき展開なのですからもうたまりません。


 しかしこの巻の真の山場は、この先にあります。白兵戦での奮闘ももむなしく、圧倒的な物量の前に押される新選組勢。大山軍の一斉砲火の前に目も霞み、立ち上がるのがやっとの土方の前に現れ、彼をかばって火砲の前に立った男とは……

 それが誰であるかはここでは述べますまい。しかし、それが、ここで土方が最も会いたかった男である――と申し上げれば十分でしょう。
 あくまでも一瞬の出会い、あまりに皮肉すぎるすれ違いではありますが――しかし、ここで男が土方にかけた言葉に込められた無限の想いには、もう胸を熱くするほかありません。(そしてその言葉の意味するところも……)

 ここまでの史実を離れた展開は、このシーンのためであったか! と大いに納得したと同時に、新選組ファンにとっての大きな不満、あるいは無念をこんな形で晴らしてくれるとは――と作者の粋な計らいに頭が下がるばかりであります。

 もちろん、この場面があったからこそ、この先がますます辛くなるのもまた真実なのですが……


 意外な出会いを経て、土方の戦いはどこに向かうのか。そしてやはり歴史は変わらないのか。
 今回はほとんど出番のなかった鉄之助の役割も気になるところ、やはり先を早く読みたいような読みたくないような――そんな物語であります。


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