鳴海丈『王子の狐 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 ついに完成した事件と妖怪の関係性
妖怪・煙羅の力を借りる美少女・お光と、北町奉行所の切れ者同心・和泉京之介が、様々な怪事件に挑むシリーズもこれで4作目。今回も3つの事件が収録されている本作ですが、今回はシリーズの根幹に関わりかねない大きな秘密が明かされることに……
消息を絶った兄を探すために江戸に出てくる途中、「おえんちゃん」こと「煙羅」に取り憑かれ、その力で人助けをしてきたお光。
ある事件がきっかけで出会ったお光と京之介は、これまでも力を合わせて数々の妖怪絡みの怪事件を解決してきました。
その中で互いに憎からず思うようになったものの、奥手な二人はなかなか言い出せず――という構図もそのままに、今回も次々と不可思議な事件に二人は巻き込まれることになります。
旧暦とはいえ九月の晩にわずか半刻で男が凍死し、男の弟分夫婦と出会った京之介がある疑惑を抱く『雪の別れ』
長女が亡くなったばかりの加賀屋で番頭が何者かに階段で突き落とされたの背後の意外な真相をお光が解き明かす『加賀屋の娘』
殺した相手の右目を抉ることから「隻眼天狗」と呼ばれる凶悪な辻斬りを追う京之介が、王子稲荷で恐るべきその正体を知る「王子の狐」
正直なところ、どのエピソードも、ある意味オールドファッションな捕物帖であります。事件の真相が解き明かされてみれば、ちょっと拍子抜けするようなものもなくはありません。
少々内容を割ることになってしまい恐縮ですが、実のところこれらの事件は、妖怪が登場しなくても成立する内容なのですから……
しかし本作は、そこに妖怪を絡めることで、事件の複雑さ、ややこしさを幾重に増してみせるのが実に面白い。(というより妖怪を絡めることから逆算しての事件のシンプルさなのでしょう)
ある意味極めて現世的な人間の悪意や欲望が引き起こした事件に、超常的な存在が絡むことで、事件はより解決困難なものとなり、新たな被害が生まれていく――本作の物語にはそんな構図があります。
事件そのものは妖怪なしでも成立するが、しかし妖怪が絡むことで物語がより興趣に満ちたものとなる――もちろんその構図はこれまでのシリーズでも同様ではあります。しかし本作においては、その塩梅が実に良く、本シリーズ――というより妖怪時代小説として、一種の完成形となったのではないかとすら感じられるのです。
そして本作における、人間の悪意と妖怪の跳梁の一種の相補関係は、裏返せば京之介とお光の関係に対応するものであることは言うまでもないでしょう。
……が、本シリーズのややこしいのは、もう一人、人ならざる力を操るヒロイン・長谷部透流が登場する点にあります。
男装の美少女という、実に作者らしいキャラクターである透流。彼女は娘陰陽師として妖怪を使役し、人の世に仇なす魔を祓ってきたスーパーヒロインであります。
主人公たるお光が彼女自身は普通の少女であり、基本的に事件に受動的に関わるのに対し、能動的に事件に絡んでいく透流は、出番こそ少なめなものの、非常に目立つ存在です。
先に述べた相補関係は京之介と透流でも成り立つわけで(まあ二人の間に恋愛感情は全くないのですが)、一歩間違えればお光の存在を完全に食いかねないキャラクターなのです。
その点がこれまで大いにひっかかっていたのですが――しかし本作のラストで明かされるお光にまつわるある秘密が、その構図を一変させることになります。
その秘密の内容をここで明かすことはできませんが、なるほど、これであれば、お光は透流であれ誰であれ、決して他の人間で替えることのできない存在であり、そして京之介と対になるべき存在である――そう納得することができます。
この秘密がこの先、どのように物語に作用していくのか――それは伝奇的な意味でも気になるのですが、何よりも本作でついに完成した、本シリーズならではの事件と妖怪の関係性の点で、大いに気になるところなのです。
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