小山春夫『長編時代漫画 甲賀忍法帖』 ある意味夢の組み合わせ!? 最初の漫画版
山田風太郎の記念すべき忍法帖第一作『甲賀忍法帖』の漫画版といえば、やはりせがわまさき『バジリスク』が思い浮かびますが、本作はその実に40年前、原作発表の5年後に刊行された最初の漫画版――後に白土三平の赤目プロの大番頭となる名手・小山春夫作画による作品であります。
大御所家康が、徳川三代将軍を竹千代と国千代のどちらにするかを選ぶため、伊賀と甲賀それぞれ十人の代表を最後の一人まで殺し合わさせた忍法勝負――既にあまりに有名となったこの『甲賀忍法帖』。
50年代末から60年代初頭にかけて、この『甲賀忍法帖』を含む数々の名作によりブームとなった忍者小説ですが、その影響を受け、僅かに遅れて忍者漫画ブームもまた始まることとなりました。
その火付け役の一つである『伊賀の影丸』に『甲賀忍法帖』の影響が極めて濃厚であることは以前触れましたが、考えてみれば、それほどの作品自体が漫画化されていないはずはありません。というわけで貸本出版社から刊行された全3巻の漫画版が本作であります。
作画を担当したのは小山春夫――冒頭に触れたように、後に白土三平の下で大活躍した漫画家ですが、赤目プロに加わるのは本作の翌年の話。
本作の時点では、白土三平フォロワーの一人であったわけですが、やはり忍者漫画ブームの火付け役である『忍者武芸帳』の白土三平の影響を濃厚に受けた作家が、『甲賀忍法帖』を漫画化するというのは、ある意味夢の組み合わせと言えるかもしれません。
そう、この漫画版に登場する甲賀伊賀の代表選手たちは(作者の妻である小山弘子が担当した朧とお胡夷を除き)実に白土タッチのキャラクター。
白土画で山風忍法帖を見てみたい、というのは誰でも考えるのではないかと思いますが、まさにそれが実現した(というかそれを狙ったのでしょう)企画と言えます。
ちなみに上で述べたように小山春夫の手によらない二人は、他の登場人物とはかなり異なる絵柄なのですが――それが二人のキャラを際立たせることになっているのが面白い。
特にお胡夷は、原作とはある意味全く正反対の幼女めいたビジュアル。これであの忍法と使うのは、逆に凄惨なものを感じさせて印象に残ります。
閑話休題、もちろん画風だけでなく、その動かし方、漫画としての面白さも本作はお見事の一言。
特に冒頭の将監対夜叉丸の対決は、原作同様、忍者同士の死闘を描く物語の導入部として素晴らしい出来映えで、実に50年以上前の作品であっても今読んで十分に面白いのは、(原作の面白さはもちろん)この画の力によるものであることは間違いありません。
そんな本作ですが、残念な点はあります。それは後半の展開があまりに駆け足であること――以下のように、全3巻と原作の内容を比較してみれば一目瞭然であります。
第1巻:地虫十兵衛の最期まで(角川文庫版P78まで)
第2巻:伊賀に潜入した如月の変身が暴かれるまで(同P143まで)
第3巻:結末(同P298まで)
第3巻だけでほぼ全体の半分を消化しているわけで、第2巻までの内容がほぼ原作に忠実であっただけに実に勿体ない。
おかげで豹馬・刑部・陽炎・天膳・雨夜・小四郎・赤まむし(って誰!? と思いきや朱絹の代替であります)は、原作とは全く異なる形で作品から退場することになります。
特に対象が少年向けであったのか、性に関する描写が軒並みオミットされているため、陽炎などは忍法の内容も「死の間際に息が猛毒になる」と大きな改変となっているのは、これは仕方ないと言うべきか残念と言うべきか……
上記のような分量の問題も、あるいはこの辺りの描写の変更を踏まえてのものであったのかもしれません。
と、大事なことに触れるのを忘れていました。本作には原作と大きく異なる点が一つあります。実は、本作においては、何のための甲賀伊賀の戦いであるかを、弦之介も朧も、最後の最後まで知らないのであります。
それゆえ本作のラストの
「いったいわれらはなんのためにたたかったのか………それさえもわかってはおらぬ……だがもうよい すべてはおわった………」
という弦之介の言葉が実に突き刺さります。
この点、ささいなようでいて、物語の無常さをさらに高める、見事な改変と言えるのではないでしょうか。
もう一つの『甲賀忍法帖』として、漫画版『甲賀忍法帖』の先駆として、大きな価値を持つ作品であります。
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