入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その二
入門者向け時代伝奇小説の百選に含められなかった作品の紹介であります。今回は条件のうち、現在電子書籍も含めて新刊で手に入らない8作品を紹介いたします。
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) 【剣豪】【江戸】
『秘剣水鏡』(戸部新十郎) 【剣豪】【江戸】
『十兵衛両断』(荒山徹) 【剣豪】【江戸】
『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆) 【古代-平安】【怪奇・妖怪】
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『真田三妖伝』シリーズ(朝松健) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『写楽百面相』(泡坂妻夫) 【江戸】
『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎) 【江戸】
歴史に残すべき名作、刊行してあまり日が経っていないはずのフレッシュな作品でも容赦なく絶版となっていく今日この頃。電子書籍はその解決策の一つかと思いますが、ここに挙げる作品は、言い換えればその電子書籍化がされていない作品であります。
まずはともに剣豪ものの名品ばかりを集めた名短編集二つ――いわずとしれた柳生ものの名手の代表作である二つの表題作をはじめとして、切れ味鋭い短編を集めたいわばベストトラックともいうべき『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐)。
そして一瞬の秘剣に命を賭けた剣士たちを描く『秘剣』シリーズの中でも、奇怪な秘剣を操る者たちの戦いの中に剣の進化の道筋を描く『水鏡』を収録した『秘剣水鏡』(戸部新十郎)。どちらも絶版であるのが信じられない大家の作品であり、名作であります。
そしてもう一つ剣豪ものでは『十兵衛両断』(荒山徹)。一時期荒山伝奇のメインストリームであった柳生ものの嚆矢にして、伝奇史上に残る表題作をはじめとした本書は、伝奇性もさることながら、権に近づくあまり剣の道を見失っていった柳生一族の姿を浮き彫りにした作品集であります。
また古代-平安では博覧強記の作者が、源平の合戦をどこかユーモラスなムードで描いた『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆)があります。
司馬遼太郎の『妖怪』の源平版とも言いたくなる本作は、貴族から武家に社会の実権が移る中、武家たちの争いと妖術師の跳梁が交錯する様が印象に残ります。
そして戦国ものでは、なんと言っても作者の絢爛豪華にして異妖極まりない伝奇世界が炸裂した『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明)。
関白秀次の聚楽第に隠された錬金の魔境を巡る大活劇は、作者の特徴である異国趣味を濃厚に描き出すと同時に、もう一つの特徴である深い孤独と哀しみを漂わせる物語であります。
そして戦国ものでもう一つ、『真田三妖伝』『忍 真田幻妖伝』『闘 真田神妖伝』(朝松健)の三部作は、作者が持てる知識と技量をフルに投入して描いた真田十勇士伝であります。
猿飛佐助と柳生の姫、豊臣秀頼の三人の運命の子を巡り展開する死闘は、作者の伝奇活劇の総決算とも言うべき大作。ラストに飛び出す秘密兵器の正体は、これまた伝奇史上に残るものでしょう。
続いて江戸ものでは、今なおその正体は謎に包まれた東州斎写楽の謎を追う『写楽百面相』(泡坂妻夫)。
江戸文化に造詣が深い(どころではない)作者の筆による物語は、伝奇ミステリ味を濃厚に漂わせつつ、史実と虚構の合間を巧みに縫って伝説の浮世絵師の姿を浮かび上がらせます。
さらに今回紹介する中でもっとも最近の作品である『ヤマダチの砦』に始まる『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎)も実にユニークな江戸ものです。
品性下劣な武家のバカ息子と精悍な山の民の青年が謎の忍びに挑むバディものとしてスタートした本シリーズは、あれよあれよという間にスケールアップし、海を越える大伝奇として結実するのです。
というわけで駆け足で紹介した8作品ですが、それぞれに事情はあるにせよ、媒体の違いだけで後の世の読者が――今はネット書店で古書も手にはいるとはいえ――アクセスできないというのは、残念というより無念な話。
ぜひともこれらの名作にも容易に触れることができるような日が来ることを、心から祈る次第であります。
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「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
「打てや叩けや 源平物怪合戦」 二つの物怪の間で
「聚楽 太閤の錬金窟」 超越者の喪ったもの
写楽とは何だったのか? 「写楽百面相」
『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと
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