森美夏『八雲百怪』第4巻 そして円環を成す民俗学伝奇
9年ぶりに2ヶ月連続で単行本が刊行されることとなった大塚英志の民俗学三部作の第3弾、『八雲百怪』の第4巻であります。見えぬ片目に異界のものを映す小泉八雲、そして隠した両目で異界とこの世の境を探す甲賀三郎の見たものは……
世界を放浪した末に日本に落ち着き、日本を愛して日本人となった小泉八雲。そんな彼は、その片目の力ゆえか、明治の世に消えゆく異界のものにまつわる事件に次々と巻き込まれることになります。
その中で八雲の前に現れるのは、両目を包帯で隠した異形の男・甲賀三郎。柳田國男に雇われ、異界とこの世を繋ぐ門を封じて回る彼は、異界に憧憬と哀惜の念を抱く八雲を時に導き、時に阻むことになるのであります。
そんな二人を中心に描かれる物語の最新巻の前半に収録されているのは、第3巻から続くエピソード「隘勇線」の後半であります。
死の行軍として知られる八甲田山での軍の遭難事件。その背後には、八甲田山で目撃されたという、伝説のコロポックル族を探さんとする軍のある思惑が秘められていました。
その調査に向かった柳田と三郎に同行していたのが台湾帰りの青年学者・伊能嘉矩であり、その伊能を追ってきた山岳民族の少年・マクと出会ことから、八雲もこの一件に巻き込まれることになります。
マクの境遇に共感し、伊能たちを追って青森に向かう八雲。さらにマクに目をつけた台湾総督府の刑事が怪しげな動きを見せる中、八甲田山に集った人々が見たものとは……
毎回この表現を使ってしまい恐縮ですが、今回のエピソードも、伝奇三題噺と言いたくなるような奇想の塊。
八甲田山+コロポックル+台湾先住民(さらにはオシラサマ)という組み合わせから生まれる物語は、意外としか言いようもありませんが、しかしそれ故の興奮と、不思議な説得力とをもって描かれることになります。
そしてその幻想的な物語で描かれるのは、これまでの本作で描かれた、いや民俗学三部作に通底する、近代化していく日本の中で、あってはならないものとして切り捨てられていく者たちの姿であります。
特にこのエピソードにおいては、当時の台湾という日本のある種鏡像めいた世界を遠景に置くことにより、その存在がより鋭く浮かび上がります。終盤でのマクの血を吐くような言葉の哀しさたるや……
さらにもう一つ、柳田絡みで『北神伝綺』読者にはニヤリとさせられるシーンがあるのも見逃せないところであります。
そして後半で描かれるのは最新のエピソードにして甲賀三郎の過去を描く、八雲の登場しない前日譚「蝮指」であります。
九州某所で講演を行っていた際、近くの山中に山民の村があると聞かされ、興味を持った柳田國男。その前に案内人として現れたのは、着物に散切り頭、黒眼鏡という異装の男・甲賀三郎でした。
枝の代わりに市松人形を用いる三郎のダウジングで導かれた村が、隠れキリシタンの村であることを見抜いた柳田。三郎とともに村で一夜を明かすことになった柳田は、そこで思わぬ怪物と遭遇し、三郎の過去を知ることになるのであります。
民俗学三部作それぞれに登場する「仕分け人」あるいはそれに類する立場の怪人物――本作でそれに当たるのが甲賀三郎であることは言うまでもありません。
甲賀三郎といえば、血族の裏切りの末に地底に落とされ、遍歴の末に蛇体と化して地上に戻ったという諏訪地方の伝説の人物。その名をそのまま冠する彼が登場した時には、彼と初めて出会った柳田同様、偽名(あるいはファンサービス)と思ったものですが……
しかしここで描かれる三郎変生は、まさしく伝説のそれに重なるもの。そしてその陰惨極まりない過去の物語を見れば、三郎が八雲に接する時に見せる冷たさ、敬意、同情――それらが入り混じったような表情の淵源がわかるというものです。
そしてもう一つ注目すべきは、彼との出会いが、柳田をして日本近代化のための手段に気づかせたことでしょう。
民俗学三部作に共通する柳田の立ち位置――異界に心惹かれながらも近代化のための「神殺し」たらんとする柳田の誕生を描くこのエピソードは、柳田が陰の主役であり、本作の未来に位置するシリーズ第一作『北神伝綺』へと円環を描いたと感じられます。
幸いにも本作は今後も新作の発表が予定されているとのこと。次なる物語に触れるのがいつの日かわかりませんが――過去と未来の繋がりの一端が描かれた本作の広がりを楽しみに待ちたいと思います。
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