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2017.12.31

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

 自分一人でやってます2017年のベストランキング、今日は単行本編。2016年10月から2017年9月末までに刊行された作品の中から、6作品を挙げます。単行本はベスト3までは一発で決まったもののそれ以降が非常に難しいチョイス――正直に申し上げて、4位以降はほぼ同率と思っていただいて構いません。

1位『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社)
2位『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA)
3位『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ)
4位『決戦! 新選組』(葉室麟・門井慶喜・小松エメル・土橋章宏・天野純希・木下昌輝 講談社)
5位『さなとりょう』(谷治宇 太田出版)
6位『大東亜忍法帖』(荒山徹 アドレナライズ)

 今年ダントツで1位は、デビュー以来ほぼ一貫して伝奇アクションを描いてきた作者が、それを一切封印して描いた新境地。あの安土桃山時代最大の悲劇である三条河原の処刑を題材としつつも、決して悲しみだけに終わることなく、権力者の横暴に屈しない人々の姿を描く、力強い希望を感じさせる作品です。
 作者は一方で最強のバトルヒロインが川中島を突っ走る快作『暗殺者、野風』(KADOKAWA)を発表、ある意味対になる作品として、こちらもぜひご覧いただきたいところです。

 2位は、時代小説としてある意味最もメジャーな題材の一つである宮本武蔵を、彼に倒された敵の視点から描くことで新たに甦らせた連作。その構成の意外性もさることながら、物語が進むにつれて明らかになっていく「武蔵」誕生の秘密とその背後に潜むある人物の想いは圧巻であります。
 ある意味、作者のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』とは表裏一体の作品――人間の悪意と人間性、そして希望を描いた名品です。

 デビュー以来一作一作工夫を凝らしてきた作者が、ホームグラウンドと言うべきスペインを舞台に描く3位は、今この時代に読むべき快作。
 支倉使節団の中にヨーロッパに残った者がいたという史実をベースに、無頼の生活を送る二人の日本人武士を主人公とした物語ですが――信仰心や忠誠心を失いながらも、人間として決して失ってはならないもの、芸術や愛や理想といった人間の内心の自由のために立ち上がる姿には、大きな勇気を与えられるのです。

 4位は悩んだ末にアンソロジーを。今年も幾多の作品を送り出した『決戦!』シリーズが戦国時代の合戦を題材とするのに対し、本書はもちろん幕末を舞台とした番外編とも言うべき一冊。
 合戦というある意味「点」ではなく、新選組の誕生から滅亡までという「線」を、隊士一人一人を主人公にすることで描いてみせた好企画でした。

 そして5位は、2017年の歴史・時代小説の特徴の一つである、数多くの新人作家の誕生を象徴する作品。千葉さなとおりょうのバディが、坂本竜馬の死の真相を探るという設定の時点で二重丸の物語は、粗さもあるものの、ラストに浮かび上がる濃厚なロマンチシズムがグッとくるのです。

 6位は不幸な事情から上巻のみで刊行がストップしていた作品が転生――いや転送(?)を遂げた作品。明治を舞台に『魔界転生』をやってみせるという、コロンブスの卵もここに極まれりな内容ですが、ここまできっちりと貫いてみせた(そしてラストで思わぬひねりをみせた)のはお見事。
 ただやっぱり、敵をここまで脳天気に描く必要はあったのかな――とは思います(あと、この世界での『武蔵野水滸伝』の扱いも)

 ちなみに6位は電子書籍オンリー、今後はこうしたスタイルの作品がさらに増えるのではないでしょうか。


 なお、次点は幽霊を感じるようになってしまった長屋の子供たちを主人公としたドタバタ怪談ミステリ『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社)。事件の犠牲者である幽霊の行動の理由が焦点となる、死者のホワイダニットというのは、この設定ならではというほかありません。

 そのほか小説以外では、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書)が出色。キャッチーなタイトルですが、あの「伊庭八郎征西日記」の現代語訳+解説という一冊です。


 ――というわけで今年も毎日更新を達成することができました。来年も毎日頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 良いお年を!


今回紹介した本
駒姫: 三条河原異聞敵の名は、宮本武蔵天の女王決戦!新選組さなとりょう大東亜忍法帖【完全版】


関連記事
 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で
 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その一) 敗者から見た異形の武蔵伝
 鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち
 『決戦! 新選組』(その一)
 谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

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2017.12.30

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年は週刊朝日のランキングに参加させていただきましたが、やはり個人としてもやっておきたい……ということで、2017年のベストランキングであります。2016年10月から2017年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、6作ずつ挙げていくところ、まずは文庫編であります。

 これは今年に限ったことではありませんが、普段大いに楽しませていただいているにもかかわらず、いざベストを、となるとなかなか悩ましいのが文庫書き下ろし時代小説。
 大いに悩んだ末に、今年のランキングはこのような形となりました。

1位『御広敷用人大奥記録』シリーズ(上田秀人 光文社文庫)
2位『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫)
3位『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫)
4位『宿場鬼』シリーズ(菊地秀行 角川文庫)
5位『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫)
6位『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫)

 第1位は、既に大御所の風格もある作者の、今年完結したシリーズを。水城聡四郎ものの第2シリーズである本作は、正直に申し上げて中盤は少々展開がスローダウンした感はあったものの、今年発売されたラスト2巻の盛り上がりは、さすがは、と言うべきものがありました。
 特に最終巻『覚悟の紅』の余韻の残るラストは強く印象に残ります。

 そして第2位は、非シリーズものではダントツに面白かった作品。明治の北海道を舞台に、天皇の行幸列車を巡る暗闘を描いた本作は、設定やストーリーはもちろんのこと、主人公の斎藤一をはじめとするキャラクターの魅力が強く印象に残りました。
 特にヒロインの一人である狼に育てられたアイヌの少女など、キャラクター部門のランキングがあればトップにしたいほど。さすがはリビングレジェンド・辻真先であります。

 第3位は、4社合同企画をはじめ、今年も個性的な作品を次々と送り出してきた作者の、最も伝奇性の強い作品。「鉄」をキーワードに、歴史に埋もれた者たちが繰り広げる活躍には胸躍らされました。物語の謎の多くは明らかになっていないこともあり、続編を期待しているところです。
 また第4位は、あの菊地秀行が文庫書き下ろし時代小説を!? と驚かされたものの、しかし蓋を開けてみれば作者の作品以外のなにものでもない佳品。霧深い宿場町に暮らす人々の姿と、記憶も名もない超人剣士の死闘が交錯する姿は、見事に作者流の、異形の人情時代小説として成立していると唸らされました。

 そして第5位はライト文芸、そして英国ものと変化球ですが、非常に完成度の高かった一作。
 狂気の医師の手術によって生み出された異能者「スナーク」を取り締まる熱血青年刑事と、斜に構えた中年スナークが怪事件に挑む連作ですが――生まれも育ちも全く異なる二人のやり取りも楽しいバディものであると同時に、スナークという設定と、舞台となるヴィクトリア朝ロンドンの闇を巧みに結びつけた物語内容は、時代伝奇ものとして大いに感心させられた次第です。

 第6位は悩みましたが、シリーズの復活編であるシリーズ第4弾。今年は歴史小説でも大活躍した作者ですが、ストレートな伝奇ものも相変わらず達者なのは、何とも嬉しいところ。お馴染みのキャラクターたちに加えて新たなレギュラーも登場し、この先の展開も大いに楽しみなところであります。


 その他、次点としては、『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫)と『半妖の子 妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫)を。
 前者は京を舞台に男女の情の機微と、名刀を巡る伝奇サスペンスが交錯するユニークな作品。後者は妖怪と人間の少年の交流を描くシリーズ第4弾として、手慣れたものを見せつつもその中に重いものを内包した作者らしい作品でした。


 単行本のベストについては、明日紹介させていただきます。


今回紹介した本
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)義経号、北溟を疾る (徳間文庫)鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)宿場鬼 (角川文庫)刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)妖草師 無間如来 (徳間文庫)


関連記事
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』 物語の結末を飾る二人の女性の姿
 辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ
 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの
 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択
 武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

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2017.12.29

友野詳『ジャバウォック Ⅱ 真田冥忍帖』 決着、真田大介vs十幽鬼!

 信長により魔界の蓋が開き、奇怪な妖魔妖術が世を席巻した魔界戦国――その締めくくりと言うべき大坂の陣から十年後、今またこの世に魔界をもたらさんとする者たちに対して真田大介が挑む伝奇アクションの第2巻にして完結編であります。果たして魔王と十幽鬼が狙う豊臣の黄金の正体とは……

 大坂の陣で豊臣家が滅び、魔界戦国の世が終結してから十年――本多家に嫁した千姫を狙う、十幽鬼を名乗る魔人たち。千姫を守り、その魔人たちに挑むのは、生きていた真田大介――同じく大坂城を脱し、儚くも身罷った主・秀頼の命を受けた彼は、千姫と彼女がその秘密を知るという豊臣の黄金を守るため、再び姿を現したのであります。

 その前に立ち塞がる十幽鬼ことは、大介のかつての師であり仲間であり友であった十勇士のなれの果て。大坂の陣で命を落とし、世界中の悪神たちを見に宿して甦った彼らに加え、さらにやはり悪神を宿した大介の妹・茜までもが現れます。
 大介は、千姫付の蜘蛛糸使いのくノ一・あとら、そして謎の伊賀忍者・四貫目とともに、千姫を守って死闘を繰り広げ、辛くも十幽鬼のうち二人と茜を倒したのですが……


 という第1巻を受けて始まる本作の冒頭で描かれるのは、茜の力によって大介が目の当たりにした、彼女が体験した最期の刻――すなわち大坂落城の姿。
 そもそも、父・幸村に率いられ、魔界戦国を終わらせるために戦っていた十勇士と茜が、何故その尖兵と成り果てたのか。そしてこの戦いの陰で糸を引く者は――それがここでは語られることとなるのです。

 しかし、大介が記憶の世界を彷徨う間も、事態はいよいよ悪化していきます。千姫を狙い「天馬城」の異名を持つ(この異名の由来は伝奇ファンなら思わずニッコリ)真田信之の城を十幽鬼が襲撃してきたのであります。
 大介の意識が戻らぬ中、追い詰められていくあとらと四貫目。そして記憶の世界でも、大介の精神には大きな危機が……


 と、開幕からいきなり全力疾走状態の本作。三好ベールゼバブ伊佐入道、由利カーリー鎌之助、海野テトカポリトカ六郎、三好ダゴン清海入道――と、名前を見ただけでこちらの体温が上がりそうな連中が次々登場するだけでテンションが大いに上がります。
 ただでさえ個性的な十勇士いや十幽鬼が、世界中の魔神の力を手にして大暴れするのですからこれが盛り上がらないはずがない。この天馬城の死闘だけで普通の作品のクライマックス並みなのですが、しかしそこから物語は意外な場所に舞台を移すことになります。

 そこでもなおも続く大介たちと十幽鬼たちとの戦い。その中で意外な形で復活を果たした魔王に対し、これまた意外な正体を現したある人物の力を借りて、大介は最後の決戦に臨むことになります。
 そして登場した十幽鬼最後の切り札、恐るべき巨体と魔力を誇る最強の怪物を前に打つ手はあるのか。そして信長が求め、秀頼が封じた豊臣の黄金の正体とは!?

 ……ってそれか! 黄金ってそれなのか! と叫びたくなるラストバトルは、良い意味でツッコミどころの塊。もう最後の最後まで、とんでもない作品なのであります。


 正直なことを、申し上げれば、前作に比べて十幽鬼たちがあっけない――というよりも駆け足で終わった印象はあります。
 この点はまあ、物語の流れと考えるべきかと思いますが(事実、とてつもない化け物を次々とブッ潰していくのはかなり爽快)、ラストバトルをはじめ、色々とやりすぎと感じる方はいるかもしれません。

 しかし本作は、本作の舞台となった魔界戦国という世界は、そのやりすぎを可能にするためのものなのだから仕方がありません。そのやりすぎを正面から受け止めて、ツッコミを入れながら大いに楽しむのが、本作の楽しみ方と言うべきでしょう。
 それは、時代ものに馴染みのない、ともすれば拒否反応を示しかねない層を、この素晴らしい時代伝奇の世界に誘うための仕掛けでもあるのでしょうから。

 もっとも、その仕掛けが逆に、二昔前の伝奇バイオレンス的な描写も相まって、プロパーの時代ものファンを引かせてしまったのではないか――という印象もあるのですが……
(そもそもこれくらいであれば、魔界戦国でなくても出来たのでは、というのは頭のおかしい時代伝奇ファンの戯言として)


 などと言いつつも、最後まで一気呵成に楽しませていただいた本作。ラストに登場するあの人物の存在も実に面白いことですし、もう一丁、と言いたくなってしまう気持ちは確かにあるのです。


『ジャバウォック Ⅱ 真田冥忍帖』(友野詳 KADOKAWA Novel 0) Amazon
ジャバウォック II ~真田冥忍帖~ (Novel 0)


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 友野詳『ジャバウォック 真田邪忍帖』 勃発、何でもありの忍者大戦!

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2017.12.28

野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?

 いよいよ2018年4月からアニメ放映スタートと、秒読み段階に入った『ゴールデンカムイ』の最新巻であります――が、この巻で繰り広げられるのは、およそアニメ化できない(されても嬉しくない)ようなエピソードの連続。変態と男の裸体が乱舞する、悪夢のような展開が繰り広げられることになります。

 黄金争奪戦の全ての始まりとなった怪人のっぺら坊――網走監獄で厳重に監視される彼こそが、実はアシリパの父ではないかという疑惑を確かめるため、網走に向かうこととなった杉元・土方混成チーム。
 色々あってメンバーをシャッフルしたまま二チームに分裂した彼らを追ってきた谷垣が、土地のアイヌから動物たちを汚したという濡れ衣を着せられたため、杉元とアシリパはその真犯人を追うことに……

 という前の巻を受けて始まるこの巻ですが、杉元たちが追うことになるのは、刺青囚人の一人・姉畑支遁。動物学者である彼は、自分の愛情の赴くまま、動物たちを追っては獣k――あ、いや、ウコチャヌプコロを繰り返していたのであります。
 そしていま、ヒグマに恋してしまった支遁が、ヒグマ相手にウコチャヌプコロしようとして食い殺される(刺青が失われる)ことを恐れた杉元たちは、必死に彼を止めようとするのですが……

 と冒頭から「もうやだこのマンガ」な展開ですが、何とか谷垣もチームに合流し、いい話的に終わって一安心、釧路に出て海で一時の平穏とグルメ展開を――と思いきや、そのグルメが次なる大波乱を招くことになるから恐ろしい。

 思わぬ蝗害の発生に番屋に閉じ込められたチームの男衆が、空腹を癒すためにラッコの肉を煮てみれば――その煮える臭いに欲情を刺激する成分が含まれていたために、一触即発のムードに……!
 と、本当にもう、この漫画をどこに連れていきたいのか、という大変な展開であります。(しっかりとめておいたはずの谷垣のシャツのボタンが吹っ飛び「このマタギ……スケベ過ぎる!!」という白石のリアクションは爆笑)

 しかしそれと並行して、インカラマッの口からアシリパに対して、のっぺら坊の正体とアシリパの父・ウイルクの死の「真実」が語られ、それが新たなサスペンスに繋がっていくのですから、まったく油断できません。
 そしてその中で、幼い頃にウイルクと出会ったというインカラマッの想い、さらにアシリパがそれに自分と杉元を重ね合わせるなど、キャラクターの心理描写も相変わらず上手い。

 そしてその末にチーム内に、そして何よりもこれから自分たちが向かう網走に待つものに疑念を抱かせるという展開も、見事というほかないのであります。
(もっとも、大変な展開のきっかけになった蝗害が、今のところその前フリにしかなっていなかったのには悪い意味で驚きますが……)


 それでもなんとか、杉元の一同ドン引きのキラージョークに紛らわせて旅は続き、塘路湖を訪れた杉元一行が知ったのは、近辺を荒らし回るという全員盲目の盗賊団の存在。そしてその頭目の身体には奇妙な入れ墨が……
 と、ここで新たな強豪刺青囚人が登場、網走を前にしてまた盛り上がる展開が! と思いきや、何故かチームの男衆による温泉回が繰り広げられ(見開きで何故か全員カメラ目線の衝撃)、最後の最後までアニメ目前とは思えないこの巻なのであります。


 しかしその一方で、網走監獄では典獄の犬童四郎助と鶴見中尉一派との暗闘が早くもスタートし、その一方で土方と永倉は、釧路新聞社で記者をしていた石川啄木(!!)と接触――と、物語は着々と進行。
 いよいよ次巻では杉元たちも網走監獄に到着するようですが、あるいは杉元・鶴見・土方に加えて犬童一派の四つ巴の戦いが展開されるのか!? 

 そして本作では比較的珍しい実在人物、そして何よりもナニっぷりでは本作のキャラクターに勝るとも劣らぬ石川啄木登場の意味は……
 色々言いつつも、この先の展開を展開して、胸躍らせているところであります。


『ゴールデンカムイ』第12巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ(12): ヤングジャンプコミックス


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 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの

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2017.12.27

週刊朝日「2017年歴史・時代小説ベスト10」に参加しました

 その年に発表された作品のランキング、ベスト10は年末の風物詩ですが、その一つ――週刊朝日の「歴史・時代小説ベスト10」が今週発売の2018年1月5-12日合併号で発表されました。このランキングに私も投票させていただいております。

 今年で9回目となったこのランキングは、文芸評論家や書評家、新聞や雑誌の書評担当者、編集者、書店員らを対象として2016年11月から2017年10月まで刊行された歴史・時代小説の中から、ベスト3を選ぶというものであります。

 ありがたいことに初めて今年お声掛けをいただきました私、しれっと文芸評論家の肩書きで投票させていただいたのですが――3作品というのは、少ないようでなかなか丁度良い点数、ほとんど悩むことなく、投票作品を決めることができました。

 参加者の名前やその投票作品が紹介されることはないランキングゆえ、ここで私がどの作品に投票したかは伏せますが、投票した3作品のうち、第4位までに2作品が入ったのは、かなり嬉しい結果であります。

 そしてありがたいことに、そのうちの一つには、コメントを掲載していただいています。正直なところ、ちょっと踏み込んだコメントだったのでどうかな――と思ったものを掲載していただき、驚きつつも大喜びしている次第です。


 もちろん、私の投票内容は置いておいて、ランキング自体が非常に興味深い内容。恒例の第1位となった作品の作者の方(なんと……!)へのインタビューもあり、一年の締めくくりとして、ぜひご覧いただければと思います。


『週刊朝日』2018年1月5-12日合併号(朝日新聞出版) Amazon
週刊朝日 2018年 1/5-1/12 合併号【表紙:KinKi Kids】 [雑誌]

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2017.12.26

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第2巻 激動の幕末にあの強敵登場!?

 あまりの異次元の組み合わせに仰天し、そしていざ読んでみれば(作中に登場する料理同様)その美味さに感嘆させられた『ミスター味っ子 幕末編』の第2巻であります。相変わらず勝海舟によって幕末に召喚される味吉陽一ですが、いよいよ時代は激動の渦へ。そして陽一の前にもとんでもない強敵が……

 いかなる理由か、寝ている間に幕末にタイムスリップするようになってしまった陽一。どうやら、海舟が空腹になると呼び出されるようになってしまったようですが――しかしそのタイミングが、いずれもやっかいな事件が起きたときばかり。
 かくて陽一は、海舟の腹を満たすだけでなく、その料理で歴史を揺るがしかねない大事件を解決することに……

 と、何ともすっとぼけた設定の本作ですが、第1巻のラストのカレー勝負で登場した堺一馬も同じくタイムスリップするようになり、坂本龍馬ともどもレギュラー入りと、何とも賑やかな展開に。
 もうタイムスリップするのが当たり前になってしまったのも愉快ですが、しかし時代の流れの激しさは、笑い話ではありません。

 この巻の冒頭で描かれるのは、徳川家茂上洛のエピソード。三代将軍家光以来の上洛となった家茂ですが、しかし二百年前とは違い、攘夷を巡って朝廷相手に厳しい舵取りを迫られる局面であります。
 朝廷に対し、攘夷の無意味さを――時に応じて海外のものを取り入れることの大切さを説こうとする家茂と海舟ですが、しかし勅使は、彼らの前にある菓子を出します。

 それは洋酒に漬けたドライフルーツを埋め込んだ羊羹。わざわざ海外のものを取り入れるまでもないと勅使に豪語させしめたその羊羹を作った者こそは、宮中の料理を司る御厨子所預・村田源壱郎……
 と、ここで味っ子ファンであれば激しいリアクションで驚くことでしょう。味っ子で村田と来れば、言うまでもない味皇様。そう、ここに登場したのは、あの味皇・村田源二郎――のご先祖様ではありませんか!

 陽一にとっては良き師であり、そして越えるべき高い高い壁であった味皇。その先祖が相手とくれば、盛り上るのはもう当然。しかもそこにかかるものが、日本の行く先であるとくればなおさらです。
 ここで陽一が一見料理とは無関係なところで得たヒントから、意外極まりない、しかし食べた者を猛烈に感動させる料理を創り出して――というのは定番の展開ながら、このシチュエーションもあって冒頭から盛り上がりは最高潮なのです。

 そして陽一との勝負の末、自分たちも新たなる料理道を行くべきことを悟った味皇様が、これまたどこかで見たようなおっちゃん(のたぶん先祖)を相手に、その想いを語るのですが……
 それを表す言葉がまた味っ子ファンであれば感涙必至のもので、いやはや素晴らしいサービスなのです(冷静に考えると、何言ってるのこの人!? ではあるのですが)


 そしてこの先も物語は――陽一が目撃する歴史の流れは、禁門の変、四ヶ国艦隊下関砲撃、薩長同盟と勢いを殺すことなく突き進んでいくことになります。
 しかしここで描かれる歴史は、一見学習漫画的「正しい」歴史かと思いきや、龍馬がグラバーと組んで日本の内戦状態を煽り(新たなものを生み出すためとはいえ)更なる混沌を生み出そうとするなど、なかなかユニークかつ毒を含んだものであるのも面白いところであります。

 それゆえさらにややこしい状況となっていくのですが――それでも陽一が少年としてのの、そして料理人としての純粋な視点から、こうした状況と、それに翻弄されていく人々に対峙しようとする姿が実に清々しい。
 ここに本作が描かれる一つの意義があるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、単なる色物ではない確とした味わいが感じられるのは間違いありません。


 そして思わぬ成り行きから薩長の料理勝負に巻き込まれることとなった陽一と一馬。その前には、この時代の天才少年・少女料理人が登場して――とまだまだ盛り上がる本作。

 味っ子ファンはもちろんのこと、一風変わった幕末ものを求める方は是非味わっていただきたい名品であります。


『ミスター味っ子 幕末編』第2巻(寺沢大介 朝日コミックス) Amazon
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2017.12.25

三好昌子『京の絵草紙屋満天堂 空蟬の夢』 絡み合う人情と伝奇サスペンス

 『縁見屋の娘』で第15回『このミステリーがすごい! 大賞』優秀賞を受賞した作者の第二作――過去を捨て名を捨て、今は京で戯作者として暮らす男が、迫る過去の影から己と己の大切な者を守るために奔走する、伝奇風味も漂う時代サスペンスの佳品です。

 諸国を彷徨った末、京に辿り着いた月夜乃行馬。そこで懇意となった絵草紙屋・満天堂から京の案内本の執筆を頼まれた行馬は、挿絵師として京で一番の人気を誇る女絵師・冬芽に引き合わされることになります。
 目を引くような美貌を持ちながらも、人を寄せ付けぬ雰囲気を持つ冬芽に気圧されながらも、少しずつ打ち解けていく行馬。今度は絵草紙の執筆を依頼された行馬は、再び冬芽と組むことになりますが、やがて彼女の抱えた重い過去と現在を知るのでした。

 そんな中で行馬は、自分を尋ねてきたかつて国元で同じ役目についていた親友から、同じ役目についていた者たちが、次々と何者かに殺害されていると告げられます。
 かつて藩命で無数の命を奪った行馬たち。仲間の殺害はその時の恨みによるものではないかと考えた行馬ですが、やがて一連の事件には、いや彼の過去には大きを秘密が隠されていたことを知ることに……


 前作と同じく京を舞台とした作品、そして人情ものとしての性格を色濃く持ちつつも、同時にそれとは大きく異なる顔を――前作は伝奇ファンタジー、本作はサスペンス・ミステリ――持つ本作。
 その前者――人情ものの要素の中心となるのは、絵草紙屋を舞台に交錯する、行馬と冬芽を中心とする人々の姿であります。

 上で述べたように、刀を振るって数多の人を殺めた過去を持つ行馬と、道ならぬ恋に溺れ、今なおその残り火に苦しむ冬芽。
 その歩んできた道は全く異なりますが――しかしともに深い孤独と傷を抱え、今この時の平穏がかりそめのものでしかないと悟っている点で、二人は大きな共通点を持ちます。

 本作の主題の一つは、この二人の魂が次第に距離を縮め、そして傷を癒やしていく姿であり――それを時に静かに、時に真剣にに、あるいは時に賑やかに見守る周囲の人々の姿なのです(特に、妻に逃げられてアル中になった彫師の存在がなかなか面白い)。
 そしてそんな物語の中でも、個人的に特に印象に残ったのは冬芽の造形であります。

 運命のいたずらとはいえ、女性として、人間として大きな過ちを犯した冬芽。その傷を押し殺しながらも絵師として大成し、しかしその絵師としての未来も長くはないということに内心恐れおののく……
 自立した強い女性としての顔と、脆く弱い女性としての顔――そんな相反するものを抱えた彼女の姿は、ひどく生々しいものではありますが、しかしそれだからこそ非常に魅力的に感じられるのです。

 そしてそんな彼女の人間らしさが、半ば彼岸に踏み出しかけていた行馬を繋ぎとめるという構図もいい。
 特に決戦を前に、行馬が冬芽に残そうとした「もの」など、その内容もさることながらその形(そこに彫師の存在が大きな意味を持つのも巧い!)、そしてそれが必要になる理由ともども、実に泣かせるのです。


 そして、人情ものの部分が冬芽に代表されるとすれば、サスペンスの部分を代表するのは、もちろん行馬を巡る物語であります。
 過去に所属した場で犯した罪とその復讐、そしてそこに隠された秘密と陰謀という展開は、時代ものに限らずある種普遍的なものではありますが、そこに本作は「般若刀」というキーアイテムを設定しているのが面白い。

 かつて名匠が主のために打ちながらも、「斬れない刀」であったために怒りを買い、その刀で殺されたという曰くを持つ般若刀。
 以来、その刃に血を吸わせることを禁じられ、しかし行馬によって無数の血を吸うこととなった(「斬れない刀」を用いるための刀術が編み出されたという設定も、また非常に面白い)この刀は、様々な形で本作の中心に位置することになるのです。

 そしてそこに実は伝奇的な秘密が存在し、それがまた本作の人間ドラマと思わぬところで絡み合って――というのも実に面白い。
 尤も、この辺りは少々風呂敷を広げすぎたきらいもあって(特にその謎解きが少々反則気味だったこともあり)、個人的には大歓迎ながら少々さじ加減を誤ったかな、という点はあるかもしれません。


 そんなマイナス面はあるものの、物語の二つの側面が溶け合う様が実に魅力的な本作。
 正直に申し上げて、第一作を遙かに上回る完成度であり――作者には、このスタイルをさらに洗練させた作品をこの先も書いていって欲しいと、心より感じた次第です。


『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ) Amazon
京の絵草紙屋満天堂 空?の夢 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2017.12.24

山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ』新機軸! 未来から始まる難事件

 東京と江戸で二重生活を送るヒロインが、怪事件解決に奔走する「八丁堀のおゆう」シリーズ第4弾は、これまでとはいささか趣を変えた物語。現代で発見された葛飾北斎の未発表肉筆画の真贋を巡り、江戸で調査に当たることになったおゆうが、思わぬ連続殺人に巻き込まれることになります。

 祖母が遺した家で江戸時代へのタイムトンネルを見つけたことから、江戸時代での二重生活を送ることになった優佳(おゆう)。
 平凡な元OLの彼女も、持ち前の推理力と、分析ラボを営む友人・宇田川の科学力で名探偵に早変わり、江戸では南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎に十手を預けられた女親分として活躍するのであります。

 そんな本シリーズですが、今回は意外な場面からスタートすることに――近日オープンする「東京青山美術館」の目玉の一つ、葛飾北斎の未発表の肉筆画に贋作疑惑が持ち上がり、宇田川のラボに持ち込まれたのです。

 売り手が買い主に対して記した由来書きが添付されていたこの画。この画にはかつて贋作が作られたものの、これは本物なので安心してほしい――というような、逆に安心できないこの書き付けがあったことから、この画が本物か贋作か、頭を抱えていた美術館のスタッフ。
 状況から見て、この画が描かれたのはちょうどおゆうが江戸で暮らすのと同時代、だとすれば北斎本人に真贋を確かめることもできるのではないか――そんなずいぶん乱暴な宇田川の発想で、おゆうは江戸に向かうことになります。

 しかしおゆうが調査を始めた途端、画を扱った仲買人が何者かに殺害され、さらに彼と組んで贋作を描いていたという女絵師までもが死体で発見。
 悪いことにどちらもおゆうが関わった直後に殺された上に、何故北斎の画を探っているか、伝三郎にも話せない(話しようがない)おゆうは、伝三郎にまで不信の目で見られ、思わぬ窮地に陥ることになります。

 そこで北斎の娘・阿栄の思わぬ助けを得たおゆうは、疑いを晴らし、真贋を解き明かすために事件を追うのですが……


 これまでは、江戸時代に訪れていたおゆうが事件に巻き込まれるという導入であった本シリーズ。正直なところ、スタート時には目新しかったこのスタイルも、巻を重ねてくると当たり前になってしまった感があったのですが――なるほどこう来たか、と本作の導入は好印象です。

 過去からではなく、現代の(つまり過去から見れば未来の)出来事がきっかけで始まる事件というのは、これは本作のような設定でなくては描けない物語。
 しかもそれが理由で、おゆうが伝三郎に真実を語りたくても語れず、シリーズ始まって以来の窮地に陥るという展開になるのが、実に面白いのであります。

 さらにこれまでのシリーズでは、現代の科学力で謎を解き明かしたとしても、それを
江戸でいかに辻褄が合うように説明してみせるか――という面白さがあったのですが、本作ではそれとは逆パターンの展開。
 江戸で明らかになった真実を如何に現代で説明するか(しかもえらい豪快なアイディアでそれを解決!)、非常に新鮮な気持ちで最後まで読むことができました。

 そして本作に用意されている更なる新機軸は、阿栄とその父の北斎という、歴史上の人物が物語に大きく関わることでしょう。

 これまで、江戸時代を舞台としつつも、歴史上の人物や史実とはほとんど関わってこなかった本シリーズ(設定年代が明記されたのも初めてでは……?)。それはそれで理由があることかと思いますが、しかし折角(?)のタイムスリップなのだから、という気持ちがあるのは否めません。

 それが今回は、当然と言えば当然ながら、北斎の存在が大きく関わる内容なのが実に面白い。さらに阿栄の、おゆうとある意味対等に話せる人物というこれまでいなかったキャラクター造形が実に魅力的なのであります。

 そして贋作にまつわる事件の二転三転する謎解き、さらに事件を引き起こした複雑でそしてもの悲しい人間の心の綾なども印象的で――正直に申し上げて、これまでのシリーズで最も魅力的な作品であったと感じます。


 これも毎回恒例の、ラストで明かされる伝三郎の胸中が、こちらは今ひとつ盛り上がらないのが少々残念ではありますが、タイムスリップ時代ミステリとして、本作がシリーズに新たな魅力をもたらしたことは言うまでもありません。
 読み終わった後、カバーを見返してまたにっこりとできる――そんな快作であります。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2017.12.23

藤田和日郎『黒博物館 キャンディケイン』 聖夜に博物館を訪れたもの

 これまで『スプリンガルド』『ゴーストアンドレディ』と発表されてきた藤田和日郎の伝奇奇譚、「黒博物館」シリーズが、クリスマスに再びその扉を開くことになりました。「モーニング」誌の35周年読み切り祭りの一つである本作――聖夜に黒博物館に現れた思わぬ来訪者を描いた短編であります。

 スコットランド・ヤードの中に開設された、犯罪の凶器や証拠品を展示した秘密の博物館――黒博物館(ブラック・ミュージアム)。
 一般人には公開されぬ博物館に収められた曰く付きの品々にまつわる奇譚を、金髪で左目を隠した美しい(ちょっと天然の気のある)キュレーターを狂言に描くのが、「黒博物館」シリーズであります。

 そんなシリーズの最新作は、一話限りの掌編。クリスマスの晩に、乱れたドレスのままで黒博物館に駆け込んできた美女にまつわる物語であります。

 本来であれば一般人には――それもクリスマスの晩には――開かれない黒博物館。しかし女性の求めるものが、ここに展示された「狼男」を殺すための銀の弾丸と拳銃とくれば、話は別であります。
 1852年の秋から冬にかけて3名を射殺した男、ジェイコブ・ベイカーの恋人であったという女性が語るには、ベイカーが殺した相手は狼男――銀の弾丸でなければ殺せぬ相手であったというではありませんか。

 いま、その狼男の仲間が自分を追っていると怯える女性を匿うキュレーター。一方その頃、「スコットランドヤードの機関車男」率いるヤードの警官隊は、多くの人間の命を奪った殺人鬼の行方を追っていたのですが……


 わずか22ページと、本当に短い作品である本作。しかし登場する題材やアイテムのおどろおどろしさや、キュレーターの思わぬ側面、そしてタイトルのキャンディケイン(クリスマスの飾りなどに使う杖の形をしたキャンディ)の使い方など、よくできた短編のお手本のような作品であります。

 うるさいことをいえば、狼男が銀の弾丸に弱いというのは20世紀の映画の副産物ですし、ジェイコブ・ベイカーというのは本作の創作ではないかなあと思いますが――小さい小さい。
 懐かしのキャラのゲスト出演というサプライズもあって、ファンにとってはまったくもって嬉しいクリスマスプレゼントというべき作品でありました。


 それにしても連載作品のほとんどが大長編の作者ですが、しかし中編・短編も切れ味の良い作品揃いなのは、ファンであればよくご存じのとおり。
 これからも本作のような作品をもっともっと読んでみたい――と、強く感じます。

 もちろんこれは大長編も並行して読みたい、という非常に強欲な願いなのですが……


『黒博物館 キャンディケイン』(藤田和日郎 「モーニング」2018年2・3号掲載) Amazon
モーニング 2018年2・3号 [2017年12月14日発売] [雑誌]


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2017.12.22

平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 唐紅色の約束』 謎を解き、心の影から解き放つ物語

 江戸時代の出版業界を舞台とした時代ミステリ連作の快調第3弾であります。頭の回転の早さでは右に出る者がない新米戯作者・鉢野金魚と、残念イケメンの先輩戯作者・本能寺無念をはじめとする草紙屋薬楽堂の賑やかな面々が、今日も怪事件に挑むことになります。さらに今回はおまけエピソードも……

 これまで、ただいま売り出し中の女戯作者・金魚が世話になっている草紙屋・薬楽堂に集う一癖も二癖もある面々が、幽霊の仕業としか思えぬような事件に挑む様を描いてきた本シリーズ。
 (この時代の)常識では計りきれないような事件に男たちが右往左往しているのを尻目に、リアリストの金魚姐さんの推当(推理)が、その背後の人間の企みを一刀両断するのが、何とも楽しい連作であります。

 そんなシリーズの最新作である本作は、全3話構成。
 金魚の長屋に、彼女が昔世話になっていた旦那の幽霊が訪れるという怪異に薬楽堂の面々が挑む「盂蘭盆会 無念の推当」
 金魚の新作のために用意した特製の表紙紙が、刷物師のもとから百枚だけ消え失せた謎の先に、思わぬ人間関係が垣間見える「唐紅 気早の紅葉狩り」
 毎年師走に数日姿を消す無念を追っていた金魚が、彼の哀しい過去と、思わぬ現在の苦境を知る「無念無惨 師走のお施餓鬼」

 タイトルから察せられるように、夏・秋・冬とそれぞれの季節の情景も楽しいエピソード揃いですが、今回それ以上に印象に残るのは、その中で掘り下げられる登場人物たちの心象風景であります。
 一見、苦しくもそれぞれ賑やかに楽しく生きているように見える薬楽堂の面々ですが、しかしもちろん、金魚や無念たちには――決して楽しいばかりではない――積み重ねてきた過去があり、そして現在があります。

 たとえば、金魚の前歴は実は女郎。そこから身請けされて妾となったものの、愛する旦那を早くに失い、正妻に追い出された過去の持ち主であります。
 一方、その金魚が何かと気になって仕方ない無念の方は、これまで過去が伏せられてきたのですが、しかし彼にも重く哀しい過去が――そして彼の現在のある癖(?)に繋がるものが――あることが、今回描かれるのです。

 そう、こうした重い過去や、現在の仕事と家族の間での悩みなど、当たり前といえば当たり前かもしれませんが、登場人物たちはみなそれぞれに悩みや悲しみを抱える身。
 もちろんほとんどの本作の登場人物たちが大人なだけに、それを無神経につつくようなことはありません。しかし何かの拍子に姿を見せるそれは、普段の彼らの姿が明るいだけに、鋭くこちらの胸に突き刺さるのです。

 そして――本作で描かれる謎の数々、事件の数々は、見方を変えれば、そんな登場人物たちが抱えた過去や現在にまつわる心の影から生まれるものと言うことができるでしょう。
 だとすれば、その謎を解き明かし、事件を解決するということは、その影からの解放に等しいとも言えるのではないでしょうか。たとえ今は完全に解決はしなくとも、そこに向けての始まりとなるような……

 本作のサブタイトル『唐紅色の約束』の由来であろう第2話など、江戸の製本・装丁事情というなかなか珍しい題材だけでも非常に面白いエピソードなのですが――この心の影からの解放という点においても、特に印象に残る物語。なるほど、ある意味表題作として相応しいと感じさせられる内容なのです。


 そして本作は、実はこの3話のみでは終わりません。各話の後にそれぞれもう3話、「聞き書き薬楽堂波奈志」と題する掌編が収録されているのです。
 薬楽堂の小僧・松吉と竹吉が、それぞれ藪入りに対して抱える屈託を描く「藪入り」
 元・御庭之者で読売りの貫兵衛が、突如謎の強敵の襲撃を受ける「名月を盃に映して」
 薬楽堂の隠居・長兵衛が、前作に登場した只野真葛の『独考』出版に向けて苦闘する「生姜酒」

 これらはそれぞれ謎解き要素はほとんどないのですが――しかしやはりそれぞれに心の中に抱えたものを浮き彫りにするエピソード揃い。
 ほとんど忍者アクションものの貫兵衛のエピソードなど、本編ではなかなかできない内容であったりして、実に楽しい(そして内容は実にもどかしい)のであります。

 本シリーズはレギュラー陣も結構な人数となるだけに、こうした形の掘り下げは実にありがたいサービス(?)であります。


 第3話で語られた薬楽堂一大イベントの顛末など、この先も気になる本シリーズ。謎を解き明かし、心の影から人を解き放つ物語を、この先も末永く読んでいきたいものです。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 唐紅色の約束』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon
草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 唐紅色の約束 (だいわ文庫 I 335-3)


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2017.12.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?

 ついに20巻という大台に突入した『信長のシェフ』の最新巻であります。本願寺包囲戦が続く中、二人の現代人との別れを経験したケン。この時代で夏とともに生きていく覚悟を決めたケンですが、しかしある事実が、彼の心を揺るがせることに……

 最後の実戦とも言うべき本願寺包囲戦において、松永久秀と果心居士――実は現代人の松田の罠を乗り越えた信長。その最中に傷を負ったのがきっかけで記憶の一部を取り戻したケンは、松田、そしてようことそれぞれ別れを告げることになります。

 そして改めて夏と生きることを誓うケンですが――しかしここで判明したのは、本来であればここで傷を負っていたはずの信長が、無傷で戦いを終えたこと。
 自分が信長に代わって傷を受けたことで歴史が変わってしまったのではないか――その疑惑が、ケンを苦しめるのであります。

 しかし、ケンはこれまでも歴史を――親しい人の死を回避するなど――変えようとしながら果たせなかったはず。それがなぜ今回だけは……? と、ここで示される謎の答え(かもしれないもの)が実に興味深いのであります。


 実のところ、作中でケンが語るように、歴史が変わらないことがある種の「安心感」に繋がっていた本作。
 歴史が変わらない、変えられないのであれば、少なくとも信長は本能寺まで生き延びるのであり、そしてケンもまたその傍らで活躍するのであろうと、既定路線として、それこそ安心して読んでいられたのですが――その根幹をここにきて揺るがせてみせるというのは、実に心憎い展開であります。

 歴史が変えられるかもしれないというのは、あるいは、本能寺に消えるはずの信長の運命を変えることができるかもしれない。それは、信長という人物の向かう先を見届けたいという想いを抱えてきたケンにとっては、強い魅力でしょう。
 しかしそれは同時に諸刃の剣。彼の存在が、あるべき歴史を歪めてしまうのかもしれないのですから……

 何はともあれ、いずれ歴史の分岐点が来る(かもしれない)というのは、良い意味で安心できない展開、先が読めない展開になってきたと言うべきで、大いに歓迎すべき展開でしょう(もっとも、本当に歴史が変わってしまったらそれはそれで不満なのですが……)。


 しかし今はまだその時ではありません。本願寺との合戦はいまだ終わることなく、そして新たな信長包囲網が誕生しつつあるのですから。
 そしてこの巻では、その包囲網の最右翼とも言うべき上杉謙信が本格登場。一般には世俗の欲は薄く、ただ義のために戦うと描かれることの多かった謙信を、一風変わった角度から描くのがなかなか興味深いのですが――それ以上に、ここで物語が思わぬ方向に舵を切るのが実に面白い。

 信長と謙信という、接点があるようでない、ないようである二人の関係をどのように描くのか。もちろんそこで一役買うのがケンであることは間違いありませんが、しかしこの巻のラストで信長が出した指示はあまりにも予想外すぎて、これはこれで早くも先の読めない展開なのです。


 と、歴史ものとして静かに、しかし大きなうねりを見せ始めたこの巻なのですが――しかし少々残念なのは、お楽しみのケンの料理、いやケンの料理による難局突破というシチュエーションが、ほとんどなかったことであります。
 この辺り、物語自体が嵐の前の静けさ的展開であったことともちろん密接に関わるのだと思いますが……

 この巻でほとんど唯一、ケンの「料理」が活躍する信忠のエピソードが、実に微笑ましくも美しく、かつひねりの効いた内容であるだけに(個人的にはこれまでの中でも屈指の内容かと感じました)、この点は少々残念には感じられたところであります。

 もちろん、先に述べたように、この先は予想のつかない波乱含みの展開になるのは間違いない本作。すなわち、そこでケンの料理が活躍することになることは間違いありません。
 毛利相手にもある種のフラグを立てることとなったケンの明日はどちらか――次の巻が一層楽しみになるのであります。


『信長のシェフ』第20巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 20 (芳文社コミックス)


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 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして

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2017.12.20

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)

 創刊15周年記念号の「コミック乱ツインズ」2018年1月号の紹介の後編であります。新連載あり名作の再録あり、バラエティに富んだ誌面であります。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 今号もう一つの新連載は、約1年前に読み切りで本誌に登場した原秀則のヒロインもの。前回登場時も達者であった筆致は今回も健在であります。

 主人公・桃香は腕利きの漢方医として吉原にも出入りするお侠な美女――ながらその裏の顔は将軍から裏の仕事を受ける隠密。これまでも様々なトラブルを陰で処理してきた、という設定であります。
 今回彼女が挑むのは、武家の嫡男が吉原の花魁・黄瀬川に入れあげた末にプレゼントしてしまった家宝の印籠を取り戻すというミッション。しかし黄瀬川は桃香の患者、しかも真剣に二人は惚れあっていて……

 という今回、「公儀隠密」と「将軍から裏の仕事を受ける隠密」の微妙な違いや、そもそも(おそらくは旗本が)自分の家の不祥事の後始末をそんな家の人間に託してしまってマズくはないのか、などと気になる点はありますが、喜怒哀楽表情豊かなキャラクターたちが飛び回るだけでも十分楽しい内容であります。
 一件落着かと思いきや、ラスト一コマで次回へ引いてみせるのも巧みなところでしょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇多田ヒカルもオススメの本作、今回の舞台は関ヶ原後の土佐。どこかで見たような少女が――と思いきや「戦国武将列伝」連載時の本作に登場した犬神娘・なつの再登場であります。
 その術で土佐を鬼から守ってきたものの、長宗我部元親によって一族を滅ぼされ、ただ一人残された犬神使いのなつ。今も一人戦い続けてきた彼女は、一領具足組の生き残りである青年・甚八と巡り合い、幸せを手に入れたのですが……

 浦戸一揆から続く、新領主である山内一豊に対する長宗我部の一領具足組の抵抗を背景とした今回。鬼切丸の少年の出番はごくわずかで、完全になつが主人公の回なのですが――彼女が幸せになればなるほど不安が高まるのが本作であります。
 今回は前編、後編で何が起こるのか――もうタイトルも含めた今回の内容全てがフラグとしか思えないのが胸に痛い。病みキャラっぽいビジュアルの山内一豊の妻の存在も含めて、次回が気になります。


『柳生忍群』(小島剛夕)
 前回小島剛夕の『孤狼の剣』が再録された「名作復活特別企画」、巻末に収録された第二回・第三回は、同じく小島剛夕が昭和44年という雑誌での活動初期に発表した『柳生忍群』から「使命」「宿命」を掲載。
 タイトルにあるように、柳生新陰流を徳川幕府安定のために諸大名を監視する、柳生十兵衛をトップとした忍者集団として描いた連作集であります。

 半年に一度の柳生忍群の会合を舞台に、復讐のために会合に潜入した者、武士として自分の任務に疑問を持った者らの姿を通じて、柳生忍群の非情極まりない姿を描く「使命」(シリーズ第1作?)。
 自分が柳生忍群の草であることを突然知らされた某藩の青年武士が、恋人との婚礼を間近に控えた中、柳生忍群から藩取り潰しのための密命を受けて悩み苦しむ「宿命」。

 どちらも、無情・無惨としかいいようのない地獄めいた武士の――いや隠密の世界を描いてズンと腹に堪える内容で、ある意味巻末にに相応しい、非常に重い読後感の二作品であります。
 ちなみに本作、記憶ではまだ単行本化されていなかったはずですが――これを期にどこかでまとめてもらえないものか、と強く思います。


 というわけで充実した内容だった今号(まことに失礼ながら、小島剛夕の作品が埋め草的に見えてしまうほどの……)。

 今号では2作品がスタートした新連載ですが、次号でも1作品スタート。しかしそれが、あの久正人の古代ヒーローファンタジーというのには、猛烈に驚かされました。 15周年を過ぎても変わらない、いやそれ以上の凄まじい攻めの姿勢には感服するほかありません。


『コミック乱ツインズ』2018年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年 01 月号 [雑誌]


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2017.12.19

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)

 今年最後の、そしてカウント上は来年最初の「コミック乱ツインズ」誌は、創刊15周年記念号。創刊以来王道を征きつつも、同時に極めてユニークな作品を多数掲載してきた本誌らしい内容であります。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介していきます。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 新連載第一弾は、流浪の用心棒たちが主人公の活劇もの。
 用心棒といえば三人――というわけかどうかは知りませんが、自分の死に場所を探す「終活」中の老剣士、仇を追って流浪の旅を続ける「仇討」中の剣士、そしてお人好しながら優れた忍びの技を操る青年と、それぞれ生まれも目的も年齢も異なる三人の浪人を主人公とした物語であります。

 連載第一回は、宿場町を牛耳る悪いヤクザと、昔気質のヤクザとの対立に三人が巻き込まれて――というお話で新味はないのですが(でっかいトンカチを持った雑魚がいるのはご愛嬌)、端正な絵柄で手慣れた調子で展開される物語は、さすがにベテランの味と言うべきでしょう。

 ……と、今回驚かされたのは、忍びの青年が「鬼輪番」と呼ばれることでしょう。作中の言葉を借りれば「天下六十余州をまわり幕府に抗おうとする大名たちの芽を摘む」のが任務の忍びたちですが――しかし、ここでこの名が出るとは!
 『優駿の門』の印象が強い作者ですが、デビュー作は小池一夫原作の『鬼輪番』。その名がここで登場するとは――と、大いに驚き、そしてニンマリさせられた次第です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 吉原という底知れぬ相手を敵に回すことになったものの、同門の青年剣士・大宮玄馬を家士として味方につけた聡四郎。今回は早くもこのコンビが、ビジュアル的にも凄い感じの刺客・山形をはじめとする刺客団と激闘を繰り広げることになります。
 死闘の末に刺客たちを退けたものの、はじめて人を殺してしまった玄馬は、その衝撃から目からハイライトが消えることに……

 というわけで上田作品お馴染みの、はじめての人斬りに悩むキャラクターという展開ですが、体育会系の聡四郎はいまいち頼りにならず――というか、紅さんが話してあげてと言っているのに、竹刀でぶん殴ってどうするのか。この先が、江戸城内の不穏な展開以上に気になってしまうところであります。


『大戦のダキニ』(かたやままこと)
 特別読み切りとして掲載された本作は、なんと太平洋戦争を舞台とするミリタリーアクション。といっても、主人公は日本刀を片手に太腿丸出しで戦う戦闘美少女というのが、ある意味本誌らしいのかもしれません。
 作者のかたやままこと(片山誠)は、ここしばらくはミリタリーものを中心に活動していたのようですが、個人的には何と言っても會川昇原作の時代伝奇アクション『狼人同心』が――というのはさておき。

 物語は、江戸時代に流刑島であった孤島に上陸した日本軍を単身壊滅させた少女・ダキニが、唯一心を開いた老軍人・亀岡とともに、ニュージョージア島からの友軍撤退作戦に参加することに――という内容。
 銃弾をも躱す美少女が、日本刀で米軍をバッサバサというのは、今日日ウケる題材かもしれませんが、ダキニが異常なおじいちゃん子というのは、それが狙いの一つとは思いつつも、あまりにアンバランスで乗れなかったというのが正直なところであります。
(見間違いしたかと思うような無意味な特攻描写にも悪い意味で驚かされました)


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本の鉄道の広軌化を目指す中で、現場の技術者たちとの軋轢を深めることとなってしまった島。それでも現状を打開し、未来にも役立てるための新たな加熱装置を求め、島はドイツに渡ったものの……

 という今回、主人公が二年もの長きに渡り日本を、すなわち物語の表舞台を離れるということになってしまいましたが、後任が汚職役人で――という展開。
 これを期に雨宮たち現場の技術者も島の存在の大きさを再確認する――という意味はあるのですが、あまりに身も蓋もない汚職役人の告白にはひっくり返りました。

 そして未来に夢の超高速鉄道を開発することになる少年も色々と屈託を抱えているようで、こちらも気になるところであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2018年1月号(リイド社) Amazon
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2017.12.18

芝村涼也『楽土 討魔戦記』 地獄絵図の向こうの更なる謎の数々

 『素浪人半四郎百鬼夜行』の芝村涼也による新たな時代怪異譚の第二弾――人間から変化し人間を喰らう異能の鬼と、それを斃すべく戦う人間たちの死闘を描く物語は早くも佳境。この戦いに巻き込まれてしまった少年と、戦いの存在に迫る同心のさらなる物語が展開することになります。

 身寄りをなくし、ある商家に奉公することとなった少年・一亮。しかし彼の日常は、ある晩突然、店の主人夫婦が奉公人を皆殺しにし、そして自分たちも謎の男女に殺害されたことから終わりを告げることになります。

 実はその男女――健作と桔梗、そして一亮を救った僧侶の天蓋は、人間社会に潜む「鬼」を討ち滅ぼす討魔衆の一員。人が「芽吹く」ことにより変化する異形異能の鬼を、彼らは表に出ぬように始末していたのであります。
 そして惨事から逃れたのが、鬼の存在を察知する能力を持っていた故であったことが明らかになった一亮は、彼らの一員に加わることになるのでした。

 一方、一亮が生き延びた一件をはじめとして、数々の奇怪な事件を担当することとなった南町奉行所の老練な臨時廻り同心・小磯は、一連の事件の陰に繋がるものがあることを悟ります。
 経験で培った勘と卓抜した推理力、そして執念で、ついに新たな惨劇の場である向島百花園に駆けつけた小磯は、その現場で、一亮と一瞬の遭遇を果たすことに……


 人の世に跳梁する人ならざる者と人知れず戦う人々というのは、時代ものに限らず、伝奇ものでは定番のシチュエーションの一つであります。
 本シリーズもまた、そうした構図を踏まえた物語ではありますが――しかしユニークな点は、その戦いを、戦いの最前線に立つ討魔衆の視点からではなく、その一員となったとはいえまだよそ者に近い一亮と、鬼と討魔衆の存在も知らぬ小磯という、外側の視点から描くことでしょう。

 そしてその視点と、そこから生まれる地に足のついた感覚は、特に本作の前半――小磯が中心となるパートに顕著であります。
 前作のラスト、百花園で起きた事件の後始末に始まり、新たに起きた少女拐かしへと繋がるこのパートは、もはや完全に奉行所ものの呼吸なのが実に面白いのであります。

 与力同心岡っ引きたちが事件解決に向けて燃やす闘志だけでなく、無関係とされた過去の事件を掘り返されることへの恐れや忖度、さらには帰宅してからの平凡な日常まで……
 そんな数々の要素を交えて描かれた物語は、「普通の」奉行所ものと何ら変わらないだけに、かえってその先の非日常的な怪異の世界を際だたせるのです。
(特に途中に一亮らのチームと拐かしの犯人である鬼との戦いが挿入されることもあって、その印象はさらに色濃く感じられます)

 そしてその一方で、本筋とも言える討魔衆パートも、前作よりもさらにパワーアップ。
 小磯らの追求が迫ったこともあって、一時的に江戸を離れた天蓋チームと一亮は、大飢饉により地獄絵図と化した奥州路に向かうこととなるのですが――その途中、飢えに苦しむ者たちを救うという楽土の噂を聞くことになります。そして、一亮の導きもあって、その楽土にたどり着いた彼らが見たものは……

 周囲の飢餓地獄が嘘のようなその楽土に隠された秘密がなんであったか――それは伏せますが、そこにあるのは更なる地獄絵図と、さらに物語の根幹に迫る謎の数々である、とだけは申し上げられます。
 そしてその先には、更なる謎と、悲劇の予感があることも……
(更に言えば、本作のモチーフを想像すると色々と考えさせられるものがあるのですが)


 意外な真実の一端と新たな謎が提示されて終わることとなる本作。上で述べたそのスタイルも含めて、大いに引き込まれてしまったのですが――その一方で、隠された世界観がなかなか明かされないことに、隔靴掻痒の印象があることは否めません。
 また、前半の小磯パートと、後半の一亮パートで、物語の繋がりが一端断たれることに違和感を感じないでもありません。

 もっともこれは、上に述べた本シリーズの魅力を生み出す基本構造とは表裏一体のものであり、むしろそのもどかしさや違和感をこそ、狙って描いていると言うべきかもしれませんが……

 何はともあれ、本作の不穏な結末をみれば、いよいよ物語が大きく動き出す日も近いと感じられる本シリーズ。数々の謎の先に何があるのか、そしてそこで一亮が、小磯が何を見るのか――心して見届けたいと思います。


『楽土 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
楽土 討魔戦記 (祥伝社文庫)


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2017.12.17

紅玉いづき『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』 怪人と箱娘の間にある「秘密」

 新米新聞記者と「開けぬ箱もなく、閉じれぬ箱もない」という謎の箱娘が、様々な事件に挑む大正ミステリの第2弾であります。今回のメインとなるのは、サブタイトルのとおり隠された悪事を暴き立てる怪人カシオペイヤの謎。その正体とは、そして箱娘との関わりとは……

 帝京新聞の新米記者・英田紺が、ある日先輩記者の紹介で訪れた神楽坂の謎めいた屋敷で出会った、箱娘と呼ばれる浮世離れした美少女・回向院うらら。
 謎めいたうららの知遇を得た紺は、「箱」絡みの事件に次々と巻き込まれ、そしてうららの助けを得て、事件を解決し、そこに秘められた真実を明らかにしていくことに……

 そんな設定を踏まえて展開する第2弾は、全3話構成の物語であります。
 万病に効くと評判の「箱薬」を求める異国の血を引く少年と出会った紺が、箱薬を巡る狂奔に巻き込まれる第1話。
 怪人カシオペイヤからの予告状が届いた伯爵邸に居合わせた紺が、そこで起きた猟奇殺人事件と、悍ましい真実に対峙する第2話。
 怪人カシオペイヤに狙われているという新薬の発表パーティーに潜入した紺の眼前で薬の開発者が怪死。怪人の犯行が疑われる中、ついにカシオペイヤの正体の一端が明かされる第3話。

 そしてこれらの物語の中心となるのが、冒頭で述べた怪人カシオペイヤの存在です。
 前作の第3話にも登場したこの怪人、予告状を送りつけて世を騒がす一種の劇場型犯罪者ですが、彼が奪うのは金銀財宝ではなく秘密――それも悪事の秘密。その目的も正体も、一切が謎に包まれた仮面の怪人なのです。

 そして世の新聞記者同様、紺もその動向と正体を追っているのですが、本作でに彼女はついにその謎の一端に迫ることになります。
 それは時村子爵の三男・燕也――前作の同じく第3話に登場し、ある事件を巡って紺と激しくぶつかり合った青年。傲岸不遜で、その力を他人に振るうことを躊躇わない彼が、再び、いや三度、カシオペイヤの影のあるところに現れるのであります。

 果たして彼がカシオペイヤなのか? 紺は彼に翻弄されながらも、謎に近づいていくのですが――その最中に彼女は、横暴な燕也の隠された側面を知ることになるのです。


 と、前作が「市井の怪事件」を中心としていたのに対して、より大仕掛けな――後述のある描写によってその印象はさらに強まるのですが――連続物語となった感のある本作。
 キャラクターの方も、前作では厭な奴という印象の強かった燕也が様々な形で活躍したり、うららは一歩下がった出番となったり(もっともそれが彼女らしいのですが)物語の印象は前作から少しく変わったようにも感じられます。

 しかし、本作で描かれるのが、「箱」に秘められたものであることは、前作から変わるところではありません。それが前作の「女」から、「出自」に変わったとしても。
 そう、本作の物語の背景には「出自」にまつわる様々な人の想いがあります。生まれつき変えられぬ肉体的特徴、生まれつき変わらぬ身分――そんな持って生まれてしまったものを厭い、離れ、変えたいと願う人の想いが、物語を動かしていくのです。

 そしてしばしば秘め隠されるその想いは、「秘密」として怪人カシオペイヤの標的となるものであります。そして、「箱」を開く箱娘と「秘密」を暴く怪人カシオペイヤ――紺を挟んで、その両者がある種合わせ鏡のように存在しているのは、何とも興味深いことではありませんか。
 しかしもちろん、両者の目指すところは大きく異なると感じられます。本作で語られたカシオペイヤのそれは、ある種極めて現世的なものであり、浮き世離れした箱娘とは対極のものなのですから。

 しかしそれではその「世界」とは何なのか? 実はこの点において本作は、とんでもない「秘密」の存在をほのめかすことになります。そんなものがあるとは全く予想もしていなかったようなものを……
(それが、近現代を舞台とした作品にはよくある措置によるものだと思っていたものに絡めて語られるとは!)


 カシオペイヤがその「出自」にまつわる「秘密」を暴く側にあるとすれば、それと対する側と縁浅からぬように見える箱娘とは何者なのか――ここに来て一気にその姿を変貌させてきたようにも感じさせられる本作。

 そしてその物語の中で、紺はいかなる位置を占めることになるのか――それが彼女と彼女の「箱」に如何なる意味を持つのか。先が全く見えないだけに、大いに気になる物語となってきました。


『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』(紅玉いづき 講談社タイガ) Amazon
大正箱娘 怪人カシオペイヤ (講談社タイガ)


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2017.12.16

輪渡颯介『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』 パターン破りの二周目突入!?

 コミカルで、そしておっかない時代怪談を書かせたら右に出る者がいない作者の人気シリーズも三作目。幽霊を「嗅いで」「聞いて」「見て」しまう溝猫長屋の悪ガキ四人組が、今回も様々な幽霊騒動に巻き込まれることになるのですが――今回は何と「二周目」アリ!?

 大量にいる猫が溝にはまって寝ていることから「溝猫長屋」と呼ばれる長屋にある祠。
 溝猫長屋では、かつてある事件で亡くなった女の子・お多恵を祀るこの祠に、毎年最年長の子供がこの祠に詣でるしきたりがあったのですが――お参りをした子供は、なんと幽霊に出くわすようになってしまうのでした。

 今年この順番に当たったのは、忠次、銀太、新七、留吉の四人組。しかし銀太を除く三人は、同じ幽霊に対して、それぞれ分担する形で「嗅いで」「聞いて」「見て」しまうようになってしまい、さらにそれが順繰りでやってくることになってしまいます。そして仲間はずれの形となった銀太には、最後に三つの感覚がまとめて襲いかかることに……

 と、おかしな形で幽霊に出くわす形になってしまった子供たちの冒険を描く本シリーズですが、今回はちょっと変化球。
 上の基本設定ゆえに、これまで全四話構成(三つの感覚が忠次・新七・留吉で一周+三つまとめて銀太)だった本シリーズですが、今回はなんと七話構成なのです。

 つまり二周目が――というわけなのですが、その理由が、冒頭で銀太が銭を入れた巾着袋をなくしたのを、お多恵ちゃんのおかげで幽霊に出くわしたからと嘘をつこうとした上に、毎回パターンに忠実なお多恵ちゃんのことを「芸がない」と罵ったからというのが、何ともすっとぼけていておかしい。
 おかげで本物の幽霊に出くわした上に、二周目という新パターンにまで突入され――と、今回も四人組は大いに幽霊に振り回されることになるのです。


 シリーズの毎回の物語展開に定番のパターンがあるというのは、うまくいけばその安定感に心地よさを感じるものですが、同時にワンパターンに陥りかねないという諸刃の剣でもあります。それも、そのパターンが特殊であればあるほど、その危険性が高まると感じられます。
 しかし本作においては、その危険性を逆手にとって、パターン破りを一つの題材としてしまう点に、何とも人を食った面白さがあります。

 実際、本作では作中で登場人物たちが「いつもだったらここで○○が出て来て……」とか「いつもだったら一連の出来事が実は裏で繋がってるはず」などと言い出す、メタ一歩手前の発言を連発。
 危険球スレスレではありますが、物語構造を逆手にとっての半ば捨て身の展開は実に楽しい。キャラクター造形や会話の妙も相まって、これまで以上に、読みながら幾度となく吹き出してしまった――というのは決して大げさな表現ではありません。

 もちろんその一方で、怪談としてもキッチリ成立しているのも本作の魅力であることは間違いありません。
 話数――すなわち怪異の数がこれまでの倍近いということは、そのバラエティもまた同様というわけで(特に二周目は一種の縛りもなくなったということもあって)これまで以上に楽しませていただきました。

 そして怖いだけでなく、切ない怪異があるのもまた本シリーズの魅力。
 本作で描かれた固く締め切られているはずの無人の長屋で人の生活の気配が――というエピソードなどは、その真相も相まって、温かみすら感じさせてくれる、ある意味本シリーズらしい人情怪談であります。


 とはいうものの、やはりパターン破りを売りにするというのは、シリーズとしては一度限りの大ネタ、窮余の一策という印象は否めません。
 内容的にも、毎度お馴染みの、あるキャラクターの「活躍」がおまけのようになってしまったりと(結果としてそのキャラの異常性をより浮き彫りにしているようにも感じますが)、マイナスの影響も感じます。

 本作の中で何度かほのめかされているように、いよいよ四人組とも別れの時が近いのかもしれませんが、いずれにせよ次回が正念場となることだけは間違いないでしょう。
 その時が来るのが楽しみなような怖いような――そんな気分なのであります。


『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪


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2017.12.15

井浦秀夫『魔法使いの弟子』 メスメリズムが照らす心の姿、国家の姿

 明治時代初期、新国家の安定のために辣腕を振るう参議・鬼窪は、外国人居留地はずれの洋館に召魔と名乗る妖術使いが住んでいるという噂を聞く。一笑に付す鬼窪だが、愛妾の妙が召魔のもとに通い始めたと知り、洋館に乗り込むことになる。しかし妙は、鬼窪の背後に憑いた幽霊を見たと語り……

 『弁護士のくず』『刑事ゆがみ』の作者が、明治時代初期を舞台に、人間の心の不思議を描いたユニークな物語であります。

 舞台となるのは明治6年頃――新政府は樹立されたものの、まだ政治・社会・外交・文化全てにおいて混沌とした時代。
 その新政府の参議である元薩摩藩士・鬼窪巌は、征韓論に端を発する西郷隆盛らとの争いに奔走する毎日を送っていたのですが――体調を崩していた愛妾の妙が、召魔(めすま)と名乗る怪しげな外国人のもとに通い始めたことを知ります。

 「動物磁気」なる力で病人を癒やし、降霊術で死者の霊を呼び出すという美青年・召魔。当然ながら彼を騙り扱いして妙を連れ戻す鬼窪ですが、一種の気鬱状態の妙の状況は一向に良くならず、やむなく召魔に妙を託すことになります。
 治療の甲斐あってか回復していく妙。しかし彼女は、鬼窪の背後に、彼を弾劾する死者の姿を見たと語り、それを聞かされた鬼窪は、驚きから顔色を失うことになります。その死者こそは、鬼窪がひた隠す過去の所業にまつわる人物だったのですから……


 本作で一種の狂言回しを務める謎の青年・召魔。作中でも語られるように、その名と使う技は、フランツ・アントン・メスメルと彼が提唱した動物磁気(メスメリズム)に基づくものであります。
 このメスメリズム、近代日本を舞台とした物語で、外国人が操る妖しげな技というと結構な確率で登場する印象がありますが――一種の催眠状態を用いた治療であったと言いますから、その扱いもわからないでもありません。

 つまり非常に大雑把に言ってしまえば、オカルトと科学の中間に(過渡期に)存在するこのメスメリズムですが、それを用いて本作が描き出すのが、過去を断罪する幽霊というのが面白い点でしょう。
 果たして妙が見た幽霊は単なる神経の作用なのか、本物の幽霊なのか。そのどちらであったとしても、何故妙の目に映るようになったのか? 本作はその謎解きの中に、人間の心と意識と魂の三者の姿とその関係を浮かび上がらせるのであります。

 そして本作は、その物語の中で暴かれる鬼窪の罪を、同時にこの国が辿ってきた血塗られた歴史と重なるものとして描きだします。あたかも国家(の歴史)にも、心と意識と魂に照合するものが存在するかのように……
 そしてさらにそこに、終盤で明らかになる召魔自身の過去(にまつわる死)が重ね合わせられることで、本作は一種の断罪と贖罪の物語を浮かび上がらせることになるのです。

 正直なところ、なかなか物語が向かう先が見えない作品ではあります。題材的にも、短編向きに感じる内容ではあります(事実、本作は単行本1巻という短い作品なのですが)。
 そんなどこか窮屈さを感じさせる作品なのですが、それだからこそ、結末で描かれるものには、不思議な感動と解放感を感じさせられる――それこそ、魔法にでもかけられたような、不思議な後味の作品であります。


 ちなみに鬼窪は、島津久光に重用されたという過去といい、征韓論での西郷との対立といい、何よりもそのネーミング(とビジュアル)といい、モデルは明らかに大久保利通でしょう。
 他の登場人物が実名で描かれているものが、彼のみこのように改変されているのは奇妙にも感じますが、これは物語の核心である彼の過去を自由に描くためのものでしょうか。


『魔法使いの弟子』(井浦秀夫 小学館ビッグコミックス) Amazon
魔法使いの弟子 (ビッグコミックス)

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2017.12.14

北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男

 いよいよ物語が大きく動き出した感のある『岳飛伝』。呼延凌と兀朮の決戦が決着がつかぬまま終わった後も海上で、南方で戦いは続き、そして長きに渡り戦い続けてきた男が、また一人静かに退場していくことに……

 梁山泊打倒のために総力を結集した兀朮をやはり総力で迎え撃った呼延凌。その戦いは両軍に多大な犠牲を払いつつも痛み分けで終結し、梁山泊は金、南宋という大敵からの攻撃をひとまず凌ぎきったのでした。
 しかしもちろん、それはあくまでも新たな戦いの始まりにすぎません。海上では、張朔に敗れて左遷された韓世忠が梁山泊の交易船を次々と襲い、南方では、ついに北上の意思を固めた岳飛と秦容が戦いの準備を進め――一触即発の状況はそこかしこに存在しているのであります。

 そしてここで動いたのが、梁山泊の長老格の一人・李俊。これまで己の死に場所を求めてきた彼は、水軍を動かして韓世忠討伐に向かったのであります。
 韓世忠が潜む孤島に目星をつけ、韓世忠の周到な策を躱して迫る李俊。追い詰める李俊と追い詰められた韓世忠、両者の運命が交錯したとき……

 というわけで、今回まず退場することとなったのは韓世忠。梁山泊の前に幾度となく立ち塞がりつつも、特に『岳飛伝』に入ってからは梁山泊の男たちと変わらぬウェイトで描かれてきた彼の生も、ついに結末を迎えることとなります。
 肉親に対する屈折した情と女性に対する不信感を抱き、優れた才を持ちつつも負けぬための戦いしかできず、最後はみじめと言ってもよいような最期を遂げた韓世忠――なかなか共感を抱くのが難しい人物ではあります。

 しかし、彼がなぜそのような結末を迎えることとなったのか――同じ男として、個人的には大いに考えさせられたところであります。
(彼の女性に対する態度には全く共感できなかった一方で、「本気なのに本気になっていないつもり」の生き方は身につまされるものがあったので……)

 それは作中でも触れられていたように、彼が周囲の人間との正常な関係を築けなかった、周囲の人間と向き合えなかったということなのでしょう。そしてそれは、梁山泊や岳家軍に集った者たちとは対局にある生き方であったと言うべきでしょうか。


 一方、南方での戦いは、五万の大軍を擁する辛晃に対して、秦容と岳飛の同盟軍がついに動き出すことになります。
 南方制圧軍を率いて駐留する辛晃は、岳飛の悲願である国土奪還のためのいわば第一関門。北征のためにはここで立ち止まっているわけにはいかないのですが――しかし辛晃もさるもの、堅牢な城塞と独自に編み出した森林戦略で二人を苦しめるのであります。

 この辺りの戦いは、本当に久々に感じる攻城戦あり、秦容側の思わぬ危機あり(それを救ったのが、いわば南方に来てからの彼らの積み重ねにあったというのが熱い)となかなか盛り上がるのですが、正直に申し上げて岳飛の道のりはまだまだ険しい――という印象。
 二人ともほとんどゼロからのスタート、将軍クラスがほとんど自身のみという状況ではありますが、この調子では南宋に、金に辿り着く頃には皆退場して誰もいなくなっているのでは――と少々不安にもなります。

 死にゆく孫範を前にして素直になれなかったり、姚平と脱走兵ネタでじゃれあう姿などキャラクター的には本当に好感しかない岳飛。その未完の大器が今度こそ立ち上がることを期待したいと思います。


 そして退場といえば、感慨深いのはこの巻で描かれる梁山泊長老(という印象が全くなかった人物なのですが……)の一人の退場。
 本作においては既に一歩引いた立ち位置にあったキャラクターですが、しかしここで描かれたその最期は、それが結果だけ見れば必然ではなかったもと感じられるだけに、かえって彼の強い想いを感じさせます。

 思えば本作は、場所としての「梁山泊」を離れて若い力が立ち上がる様を描く物語であると同時に、「梁山泊」を造った老いた者たちが退場していく姿を描く物語でもあります。
 その中で彼は、自分の望んだ時に、自分の望んだ人と対面して去ったという点で、恵まれたものであったのかもしれません。


 梁山泊・南宋・金で若い力と老いた力が幾重にも絡み合う中、物語はどこに落着するのか。
 胡土児がついに自分の出自の一端を知ることとなった(そのくだりがまた実に「巧い」としか言いようがない)ことが、この物語で如何なる意味を持つのかも含め、まだまだ結末が見えない物語であります。


『岳飛伝 十二 瓢風の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 12 瓢風の章 (集英社文庫)


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2017.12.13

サックス・ローマー『魔女王の血脈』 美しき魔人に挑む怪奇冒険譚

 一定年齢層以上のホラーファンにとっては懐かしい国書刊行会のドラキュラ叢書――その幻の第二期に予定されていた作品、『怪人フー・マンチュー』シリーズのサックス・ローマーが、奇怪な魔術妖術を操り行く先々に災厄をまき散らす魔青年の跳梁を描く、スリリングな怪奇冒険小説であります。

 著名なエジプト研究者を父に持ち、類い希な美貌と洗練された物腰で周囲の女性たちの注目の的である青年アントニー・フェラーラ。父同士が親友同士であったことから、幼なじみとして育ったロバート・ケルンは、彼が時折部屋に籠もって何かに耽っているのに不審を抱きます。

 やがて、ロバートの周囲で次々と起きる奇怪な事件と、不可解な人の死。フェラーラの父までもが命を落とす中、ロバートに現実とは思えぬ奇怪な現象が襲いかかります。
 医師であり隠秘学の泰斗である父により、すんでのところで救われたロバートは、フェラーラが奇怪な魔術の使い手であり、その力で様々な人々を犠牲にしてきたことを知ります。

 父とともにフェラーラの凶行を阻むために立ち上がったロバート。しかし彼らをあざ笑うように跳梁し、犠牲を増やしていくフェラーラの魔手は、やがてロバートの愛する人をも狙うことに……


 かのラヴクラフトが、評論『文学と超自然的恐怖』でその名を挙げている本作。冒頭で触れたように、実に40年ほど前に邦訳を予告されつつも果たされなかった、ある意味幻の作品であります。
 それがこのたび、古典ホラーの名品を集めたナイトランド叢書で刊行(こちらも第二期なのは奇しき因縁と言うべきか)されたことから、ようやく手軽にアクセスできるようになりました。

 その本作、発表は1918年と、ほぼ一世紀前の作品ですが――さすがは、と言うべきでしょうか、今読んでみてもほとんど色あせることなくエキサイティングな作品であります。
 何よりも印象に残るのは、本作の闇の側の主人公とも言うべきフェラーラの造形でしょう。美女とも見紛う容姿で周囲の人間を魅了し、次々と破滅させていく彼は、古怪な魔力を用いる邪悪の化身でありつつも、どこまでも洗練された「現代的」なキャラクターとして感じられるのです。

 さて本作は、そのフェラーラとケルン父子の対決を描く長編ですが、
ロバートがフェラーラの暗躍に気付く
→フェラーラを追うも術中にはまりかえって危機に
→間一髪で父に助けられる
→父子で反撃に転じるもフェラーラは逃げおおせた後
というパターンの連続。ケルン父子はほとんどフェラーラに翻弄されっぱなしなのであり――フェラーラこそが本作の真の主人公と言っても差し支えはないでしょう。

 しかし、上記のパターンを見ると、本作が単調な繰り返しに終始するように思われるかもしれませんが、心配ご無用。各エピソードでフェラーラが操る魔術は千差万別、幻覚から物理的力を持つ呪い、様々な使い魔による攻撃、さらには○○を用いた呪いとバラエティ豊かなのですから。

 そして、その良くも悪くも派手さを抑えた魔術描写は、作者が実在の魔術結社・黄金の夜明け団に参加していた故でしょうか。
 特に、中盤で展開するエジプト編の冒頭、疾病をもたらす奇怪な風に怯える人々が、風を避けて集まったホテルに奇怪なセト神の仮面を被った男が現れ――というくだりは、恐怖の実体を明らかにせず、雰囲気だけで恐怖を煽る作者の筆が実に見事で、本作の魅力がよく現れた、本作屈指の名シーンではないでしょうか。


 もっとも、本作にも困ったところは皆無ではなく、フェラーラの正体を知っている(らしい)ロバートの父が、毎回それをロバートに問われてもはぐらかして、終盤まで語らないのは、さすがに引っ張りすぎと感じます。
 また、ラストも、それまでの展開に比べれば、いささかあっさり目と感じる方も少なくないでしょう。

 とはいえ、終盤でついに語られるフェラーラの出自は、こう来たか! と大いに驚かされましたし、結末のある意味皮肉な展開も、強大な悪の魔術師の末路として、相応しい結末であることは間違いありません。

 怪奇冒険小説として、魔術小説として、一種のピカレスクものとして――今なお様々な、一級の魅力に満ちた作品であります。


『魔女王の血脈』(サックス・ローマー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
魔女王の血脈 (ナイトランド叢書2-7)

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2017.12.12

「このマンガがすごい! 2018」のアンケートに参加しました

 お仕事というようなものではありませんが、告知であります。先日発売された「このマンガがすごい! 2018」の、今年のベストマンガアンケートに回答させていただきました。毎年恒例のアンケートですが、参加させていただいたのは今年が初めてであります。

 今更言うまでもないことはではありますが、「このマンガがすごい!」は、毎年この時期に刊行される、この1年のマンガ作品のランキングを中心にしたムック。
 2005年をスタートに、今年で実に12年、「○○がすごい!」系の確たる一角を占めているものであります(この辺り、ちょっと刺さるものがありますがそれはさておき)。

 オトコ編とオンナ編に分けられたこのランキングは、書店員や雑誌編集部、そして各界のマンガ好きの投票から成り立っていますが、今年はその数を増やして過去最高の700人以上とのこと。おかげさまで私のもとにも声をかけていただけました。
 といっても「伝奇時代劇アジテーター」という肩書きであるからして、それを裏切るような投票はできません。かくて、オトコ編にて時代(伝奇)マンガベスト5(+オンナ編1作品)を挙げさせていただいたのですが……

 その内容についてはぜひ本誌をごらんいただくとして、ベスト20までに2作品しか入らないとは、我ながらさすがに驚きました(というかベスト50まででも変化なし!)。
 この辺り、自分のチョイスの偏りによるところはもちろんなのですが――しかしそれ以上に、日本のマンガというものの多様性、はっきり言ってしまえば作品数の多さによるものではないか、と改めて感心いたしました。

 読んでないマンガがこんなにたくさん――というのは自分の不勉強を晒すようで恥ずかしいのですが、しかしこうしてランキングの形で並んでいると、本当に驚かされます。
 自分が日頃行っているアジテーションは、このマンガの山を前にして少しは役に立っている――とは今回の結果を見ると正直なところ言い難いのですが、その山の大きさは、むしろこちらをワクワクさせてくれるようなものであります。

 正直来年も呼んでいただけるかは自信がありませんが、アンケートに答えようと答えまいと、来年は自分の勧める作品が少しでも高い順位になればいいなあ……と思っているところです。


 燃やすといえば「このキャラクターがすごい!」コーナーオトコ編にはあのアニキが……これはさすが、と言うべきでしょう。


「このマンガがすごい! 2018」(宝島社) Amazon
このマンガがすごい! 2018

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2017.12.11

鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作

 これまでも一作ごとに趣向を凝らした作品を発表してきた鳴神響一の新作は、何と時代ミステリ、それも本格的な密室殺人もの。『影の火盗犯科帳』シリーズで知恵袋役を担当していた博覧強記にして多芸多才の浪人・多田文治郎が探偵役をつとめる本格ミステリであります。

 浪人の気楽さで江ノ島・鎌倉見物に出た文治郎が今回巻き込まれたのは、猿島――かつて流罪となった日蓮上人を島の猿が助けたという伝説を持つ小島で起きた殺人事件。
 地元の住民からは不入の聖地とされていたこの島に、江戸の大商人が建てた豪勢な寮(別荘)が事件の舞台となるのですが――これが常識では考えられないような奇怪な惨劇だったのであります。

 布団の中で焼死体となっていた老武士、無数の蜂に襲われて悶死した浪人、何かの刃物で首筋を裂かれた役者、矢で貫かれ目をくり貫かれた使用人、毒殺され切断された首を屋根に晒された妾、撲殺され血染めの文字を遺した囲碁棋士……
 身分も出自も年齢も全て異なる、共通点も不明な六人の男女が、そこでそれぞれ無惨に殺害されていたのであります。

 しかし現場は対岸から舟でなければ渡れない孤島、寮も周囲を断崖と塀で囲まれ、外部からの浸入は不可能という状態。
 そこで誰がどうやって、六人の男女を次々と惨殺し、姿を消したのか――この事件を担当することになった浦賀奉行所の与力・宮本甚五左衛門が偶然学友であったことから、文治郎は謎解きを依頼されることになります。

 そしてそんな不可解な状況の検分を行う中、文治郎と甚五左衛門が見つけた手記。犠牲者の棋士が遺したそれには、六人が何者であり如何に集ったか、そして島で何が起こったのかが克明に記されていたのですが……


 ミステリでいえば、クローズ・ドサークルものの一つ、孤島ものである本作。人の行き来が制限された、一種の密室となった孤島で事件が発生して――というあれであります。

 本作はその典型と言いましょうか、孤島に集った人々が一人一人殺されていくのですが――本作が面白い(という言葉が適切かはわかりませんが)のは、物語開始時点で、既に全員が殺されて発見される点でしょう。
 いきなり一切が不明な状況で、生存者なしの皆殺し! というインパクトは強烈で、一気に物語に引き込まれる構成の巧みさにまず感心させられます。

 もちろん、ミステリに肝心なのは事件そのものの謎解きですが、これも本作が作者の初ミステリとは思えぬ堂々たる内容。
 本作で描かれる、不可能としか思えないような六人六様の奇怪な殺人のトリックと、それらの凶行の犯人の正体は、どれも意外かつフェアなもので、本作を本格ミステリと呼んでも差し支えはないでしょう。

 また、文治郎による推理の前に、手記の形で経緯を語ることで、いわば証拠のみを先に提示した形(一部、後出し的に感じるものがなくもありませんが)で、一種読者への挑戦的な構造となっているのも楽しいところです。


 しかし、本作はそれのみに終わりません。文治郎の手で一連の事件のトリックが解き明かされ、犯人が暴かれてもなお残る謎――つまりハウとフーが解き明かされた先の、ホワイダニットにおいて、本作は優れて時代小説としての顔を見せるのです。

 これの詳細はもちろん語れませんが、終盤に明かされる犯人の動機――犯人が犯行に至るまでの経緯は、それ自体が一編の時代小説と成立するような内容。
 無惨な殺人の陰に潜む、それ以上に無惨な人の世の姿――一種の残酷な人情もの時代小説としても、本作は読むことができるのです。

 そしてその犯人の過去が、その動機そのものが、本作で描かれるような「劇場型犯罪」につきまとう不自然さ――そんな派手な事件を起こせば、かえって明るみに出て捕まりやすくなるのでは?――に対する、明確な答えになっているのには、脱帽するほかありません。
(ちなみに本作、実は犠牲者の多くが実在の人物なのですが――終盤の一ひねりでその点に整合性を与えているのは、作者の時代小説家としての生真面目さでしょう)


 ちなみに本作は、「幻冬舎時代小説文庫」ではなく「幻冬舎文庫」からの刊行。これは時代小説ファンに留まらず、一般のミステリ読者にもアピールするためのものと思いますが――その意気や良し。
 時代小説としてはもちろんのこと、ミステリとしても一級の魅力を持つ本作は、その試みに相応しい作品なのですから。


『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)


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2017.12.10

2018年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もういくつねるとお正月――という歌詞がいよいよ現実味を増してきた今日この頃。今年は終わってしまいますが、来年になれば来年の1月の新刊が出る――ということで、それを楽しみに頑張りましょう。前向きか後ろ向きかわかりませんが、2018年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 まず文庫小説、何と言っても注目は上田秀人『水城聡四郎、隠密剣(仮)』であります。タイトルからして水城聡四郎ものの第3シリーズかと思いますが、さて次はいかなる厄介事に巻き込まれるのでしょうか。
 また、光文社のwebサイトで連載されていたものが一冊にまとまった菊地秀行『柳生一刀流(仮)』も大いに気になるところです。

 その他、シリーズものの新刊では一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録』第3巻(仮)、廣嶋玲子『妖怪の子預ります 5 妖怪姫、婿をとる』が登場します。

 また、内容がわからないものの、作者が過去にコバルト文庫で室町伝奇ものを発表していたことから注目したいのが阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』です。
 さらに、前月に突然『信長を騙せ 戦国の娘詐欺師』が復刊した富田祐弘の『忍びの乱蝶』はおそらく新作と思われ、こちらも気になるところであります。

 一方、文庫化・復刊では折口真喜子『恋する狐』、翔田寛『影踏み鬼』新装版、矢野隆『凛と咲きて(仮)』と並びます。
 また、文庫オリジナル編集の笹沢左保『流れ舟は帰らず 木枯し紋次郎ミステリ傑作選』は、以前眠狂四郎もので編まれた時代ミステリ傑作選の第2弾といったところで、こちらも楽しみな企画であります。

 その他、中国ものでは井波律子訳『水滸伝』第5巻、北方謙三『岳飛伝 15 照影の章』、八木原一恵『封神演義 後編』が登場。
 さらに、最近戦前の作家の作品を集中的に復刊している河出文庫から、今度は小栗虫太郎『人外魔境』が刊行されるのも楽しみなところです。


 一方、漫画の方はかなり寂しい状況。新登場は村田真哉『蝶撫の忍』第1巻くらいでしょうか。

 その他、シリーズものの新刊では、琥狗ハヤテ『ねこまた。』第4巻、玉井雪雄『本阿弥ストラット』第3巻、川原正敏『龍帥の翼 史記留侯世家異伝』第7巻、皆川亮二『海王ダンテ』第4巻が気になるところであります。



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2017.12.09

響ワタル『琉球のユウナ』第1巻 異能の少女と伝説の王が抱えた孤独感

 琉球、それも15世紀のいわゆる古琉球期を舞台とした、ユニークな少女漫画――朱色の髪と不思議な力を持つヒロインが、後に琉球の黄金時代を築いたと言われる尚真王と出会ったことから始まる、ちょっと不思議で実に甘いラブコメディであります。

 時は1482年の琉球、主人公は朱色の髪を持ち、人ならざるものと交信する力を持つことから、幼い頃より周囲の人々から時に利用され、時に忌避されてきた少女・ユウナ。
 二匹のシーサー以外友達もなく、極度の引っ込み思案だったユウナが、今日もまたその力を利用しようとする者たちに絡まれていた時――そこに現れたのは、なんとお忍びでやってきた時の琉球王・尚真王だったのです。

 実は何者かの呪いにより、体中に奇怪な模様を浮かび上がらせていた尚真王。それが何者かの生き霊によることを見抜いたユウナに、尚真王は自分の即位が偽りの神託によって成され、そのために一度は王位についた叔父が命を落としたことを語ります。
 幼い頃から王として生きざるを得なかった尚真王に自分と同じ孤独を見たユウナは、彼を救うために一大決心をすることに……


 琉球を舞台とした物語は、もちろん決して少なくありませんが、しかしその大半は、薩摩に征服された、17世紀以降の琉球を描いたものではないでしょうか。
 それに対して本作は、それ以前の琉球(古琉球)を舞台とするのが、まず大きく興味をそそります。

 本作の舞台となる15世紀末は、第二尚氏王朝の時代(琉球王国を樹立した尚氏をいわばクーデターで除いた、臣下による王朝のため「第二」)。
 そして本作のもう一人の主人公である尚真王は、わずか12歳で即位した後、実に50年間に渡り統治を行い、中央集権体制を固めたという、なかなかにドラマチックな人物であります。

 本作に登場するのは17歳の頃の尚真王ですが、その存在及びビジュアルは、文字通りの「王子様」。美形で優しく、そして身分と力を持った人物――まず非の打ち所のないキャラクターに見えます。
 が、本作を面白くしているのは、ちょっとチャラめの彼が、しかしその実、王として深い孤独感に苛まれている人物として描かれることでしょう。

 先に触れたように、本来は叔父(先王の弟)が王位に就いていたものが、母の画策による偽りの神託により、王に選ばれることとなった尚真王。
 それ故に在位当初から暗い影を背負うことになった上に、その父の行動を見ればわかるように、いつその座を覆されるかもわからない――そんな彼が、自分を一人と感じ、幼い頃から本心を韜晦する人物となったのはむしろ当然でしょう。

 ……と、尚真王のことばかり書いてしまいましたが、ユウナの方もその異能によって過酷な過去を重ねてきたことから、深い孤独を抱えてしまった少女であります。
 つまり本作の主役カップルは共に深い孤独感を抱えたキャラクターであり、一見どれだけ甘々に見えようとも、二人が互いの傷を慮り、癒しあう姿は、どこか切なくそして暖かく感じられるのです。

 実は尚真王には、側室が天女の子だった(那覇に伝わる羽衣伝説)という説があるそうですが、作者によればユウナの設定はそれを踏まえてのものとのこと。
 極めてロマンチックでファンタジー的なその伝承を踏まえつつも、どこか現代的なキャラクター造形となっているのが、なかなか興味深いところであります。


 そんななかなかに個性的な本作ですが、しかしその一方で、物語的には少々おとなしめ(上で紹介した第1話は、尚真王の史実とリンクして面白いのですが)という印象は否めません。

 また、これは残存する資料の関係等もあるかと思いますが、描かれる琉球の姿は、あくまでもファンタジーの中の琉球、琉球の記号的なものと、意地悪に見れば言えるかもしれません。
 もちろんその点を差別化するのが尚真王の史実であることは間違いありませんが、もう少し史実(伝承としてのそれ)に絡めてきてもよいのかな、と感じてしまうのは、これはマニアの視点ではありますが……

 何はともあれ、本作は一端完結したものが、好評により来春から連載開始、早くも単行本2巻の刊行も決まっているとのこと。
 であれば、この先、二人が互いの孤独感を癒し、新たな歴史を作っていく姿を期待して続巻を楽しみにするとしましょう。それだけのポテンシャルはある作品なのですから……


『琉球のユウナ』第1巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
琉球のユウナ 1 (花とゆめCOMICS)

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2017.12.08

平谷美樹『江戸城 御掃除之者! 地を掃う』 掃除のプロ、再び謎と怪事件に挑む!?

 発表した作品の数とその個性という点では、平谷美樹は今年有数の活躍を見せた時代小説家ではないでしょうか。その個性を象徴するようなシリーズ――江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちの活躍をコミカルに、ペーソス豊かにに描く物語、待望の第2弾の登場であります。

 その名のとおり江戸城の御殿の清掃等を担当した御掃除之者。その職務から察せられるように下から数えた方がよいような身分の御家人であります。
 本作はその一人、江戸城御掃除之者組頭の山野小左衛門とその配下たちの活躍を描く連作シリーズ。毎回のように掃除絡みで発生する意外な事件や厄介事に対し、彼らが持ち前の御掃除技とプロ意識で難題を解決していく姿が描かれることになります。

 例えば本作の最初のエピソード「楓山秘閣御掃除御手伝の事」の舞台は、楓山秘閣――将軍家の図書館、後世に言ういわゆる紅葉山文庫であります。
 そこに所蔵された本が紛失され、担当の御掃除之者が疑われかねない事態となったことから、前作で様々な事件を解決してきた小左衛門に紛失本捜索の指示が下ったのです。

 それが掃除之者の任かどうかは別として、同じ御掃除之者たちの運命がかかっているとくれば、無視するわけにもいきません。かくて、普通であれば全く無縁の紅葉山文庫の掃除を経験できるという職業的な興味もあって、小左衛門と6人の配下は紛失本捜索に乗り出すことに……


 ファンにとっては今更言うまでもありませんが、実はかなりの割合でミステリ的な趣向の作品を手がけている作者。前作もそうでしたが、特にこのエピソードは、ミステリ味が強い内容となっております。

 紛失本は、シリーズものの途中2冊のみが抜けた漢籍と、内容もわからない蘭書という、何とも共通性のなさそうな代物。果たしてそれらには何が書かれているのか。そして誰が、何のために持ち出したのか……
 その謎を、一つ一つロジカルに解き明かしていく様は、まさしくミステリの魅力に溢れています。

 そして書物の、何ともあちゃーな内容と、意外な持ち出し主の正体を解き明かしたその先で、事を荒立てぬための思いやりに満ちた作戦が展開されるのもいい。
 掃除之者をライバル視する黒鍬者との対決も絡んでくるのも楽しく、本作の約半分を占めるだけはある、ユニークにして爽やかな後味の一編です。


 そして本作の残る二つのエピソードも実に面白いのは言うまでもありません。

 まず「浜御殿御掃除御手伝いの事」で小左衛門が巻き込まれることになるのは、タイトル通り浜御殿(今の浜離宮)の掃除。
 江戸城担当の彼らからすればこれまた所轄外の事案ですが、既に掃除絡みの事件とくれば小左衛門、となっているために巻き込まれるのがなんとも哀しくも可笑しいのです。

 この浜御殿でうち続く魚の減少という怪事の解明を求められた小左衛門たちですが、謎の偉丈夫や怪生物が出没、何とも不穏な展開が繰り広げられることになります。
 そんな騒動の末に、この時代が舞台であればいつか出てくると思っていたあの人が登場、全てを攫っていくのもまた愉快なのであります。

 そしてラストの「中奥煤納めの事」は、これまでのエピソードと些か趣を変えた物語が描かれることとなります。

 日頃懸命に掃除を行い、時に怪事件を解決してと外では大活躍の小左衛門ですが、家に変えれば二人の息子との関係が悩みのタネ。
 そろそろ家を継いでもおかしくない年頃の彼らですが、しかし彼らは御掃除之者の役目に不満を抱き、小左衛門に対して反抗的だったり冷笑的だったり――という状況なのです。

 この辺り、世のお父さんたちには何とも身につまされる展開ではないかと思いますが――しかしこのエピソードでは、そんな状況に大きな変化が生じることになります。
 その一方で、思わぬことから江戸城の抜け穴の存在を知った凶賊の群れが、江戸城侵入を狙って――と、一見全く関係ない二つの流れが、思わぬ形で合流するクライマックスは、本作の掉尾を飾るに相応しい盛り上がりでしょう(結末の微笑ましさも実にいい)。


 というわけで、ラストで少しだけ未来に踏み出すことになる小左衛門ですが、もちろん彼ら御掃除ものが掃除する相手がなくなることはありません。
 だとすればこの先の物語も――と期待したくなるのが当然の快作であります。


『江戸城 御掃除之者! 地を掃う』(平谷美樹 角川文庫) Amazon
江戸城 御掃除之者! 地を掃う (角川文庫)


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2017.12.07

『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』 北宋史に見る物語と史実の間の皮肉な関係

 久々の水滸伝紹介、今回はなかなかの変わり種――中央公論社から刊行されていた中公コミックス『中国の歴史』のうちの第8巻『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』であります。いわゆる学習漫画シリーズの1冊なのですが、学習漫画で水滸伝!? と思いきや、これがなかなか面白い内容なのです。

 この『中国の歴史』は、今からほぼ30年前の1986年から87年にかけて全12巻刊行されたシリーズ。今から考えるとちょっと驚かされるような企画ですが、監修が陳舜臣と手塚治虫と、なかなか気合いの入っていたようです。
 もっとも、全巻のシナリオは武上純希が担当。アニメや特撮もので活躍してきた脚本家ですが、小説家としても『不死朝伝奇ZEQU』や『古代幻視行』シリーズなどの古代中国を題材とした作品を発表していたことを考えれば、それなりに納得の人選であります。

 このシリーズ、作画担当は各巻で異なるのですが(玄宗皇帝と楊貴妃の巻は小林智美が!)、この巻の作画は堀田あきお。最近ではご夫妻でのアジア紀行ものでの活躍が中心のようですが、このシリーズでは「項羽と劉邦」の巻も担当している模様です。


 さて、こうした背景はともかく、内容を見てみれば、冒頭は百八星解放――は納得として、そこから大きく飛んで、後半のクライマックスということか、呼延灼戦がいきなり描かれているのがなかなか面白いところ。
 その他、原典の内容としては、林冲受難と魯智深の活躍(本作では二竜山に行かずにそのまま梁山泊入り)、武松の虎退治、晁蓋の逃走と林冲のクーデター、江州での宋江(と戴宗)の危機、宋江の頭領就任が描かれています。(ちなみに呉用のうっかりシーンもあり)

 と、これだけであれば非常に粗めのダイジェストといった趣きですが、先に述べた通り本書は中国の歴史の学習漫画。あくまでも架空の物語である水滸伝を描くのは大いに不思議に感じられますが――実は本書の冒頭とラストで、二つの史実が描かれるのであります。

 冒頭で描かれる史実とは、徽宗皇帝の時代の姿――社会の爛熟と花石綱の収奪。そしてラストで描かれる史実は、遼との戦争と、それに続く金の侵攻、北宋の滅亡であります。
 どちらもこの時代の象徴的な出来事ではありますが――注目すべきは、この二つが、水滸伝においても、舞台背景として存在していたことでしょう。

 すなわち、この二つの出来事において、水滸伝という物語と、北宋の史実は重なり合っていたわけであり、この重なり合いを利用して、北宋の歴史を切り取って見せるという本書の趣向はなかなか興味深いものがあります。
(「歴史をうつす武勇伝」という本書のサブタイトルにもそれは表されているでしょう)

 ちなみに冒頭では「史実」の宋江、宋江三十六人の宋江の姿も描かれているのが、また面白いところであります。


 とはいえ、このような本書の構造(あくまでも想像ですが)は面白いものの、やはり本書は中国史の学習漫画としてはいささかアンバランスな内容であることは否めません。

 結局虚構部分(水滸伝部分)は、全体の2/3と決して少なくはない割合を占めるのは、仕方ないとはいえやはり違和感が残ります。
 またエピソードについても、史実との繋がりが薄い(もっとも林冲や宋江も、実在の人物である高キュウや蔡京(の息子)に苦しめられた、という以上のリンクではないですが)武松の虎退治が含まれているのには疑問符がつきます。

 この辺り、宋代に1巻割かないわけにはいかないけれども、他の時代に比べると題材として苦しかったからなのかな、と邪推したくもなるのですが……


 しかし、このようなスタイルだからこそ浮かび上がる構図もあります。
 物語の上では豪傑たちを利用して遼という外敵を除き、豪傑たちも除いて最後まで生きながらえた皇帝や奸臣たちが、豪傑たちが登場しない史実においては、外敵に蹂躙された末に悲惨な末路を迎える……

 水滸伝には、このような物語と史実の間のある種の皮肉が存在することを、浮かび上がらせてくれた本書に対しては、ファンとしてはなかなか愉快な気分になるのであります。

『中国の歴史 8 水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』(堀田あきお&武上純希 中央公論社中公コミックス) Amazon

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2017.12.06

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)

 今年は一躍、週刊少年ジャンプの連載漫画の中でもダークホースからゴボウ抜きして本命に躍り出た感のある『鬼滅の刃』。その今年最後の単行本、第9巻が刊行されました。今回の舞台となるのは色町・吉原――表紙を独占した音柱・宇髄天元を中心に、新たなる死闘が始まることになります。

 夢を自在に操り、鉄道と一体化する下限の壱・魘夢、真っ正面から相手を叩き潰す恐るべき戦闘力の持ち主である上弦の参・猗窩座との死闘の果てに、「柱」の一人である炎柱・煉獄杏寿郎を眼前で失った炭治郎・善逸・伊之助。
 一時は悲しみに沈みながらも、杏寿郎の遺志を受け止めた三人組は、鬼との戦いを続けていたのですが――そんな中、蝶屋敷に現れ、女性隊員たちを強引に連れだそうとしていた天元と、三人組は対峙して……

 と、女性隊員の代わりに天元の下で任務に就くことになった三人組。その向かう先は吉原――というわけで、何となくこの先の展開に予想がついたと思えばその通りで、三人組は女装させられて吉原に潜入することになります。
 実は鬼の存在を察知した天元により送り込まれた彼の三人の嫁(ここで当然のように善逸が嫉妬を大爆発させるのが非常に可笑しい)が消息を絶ったことから、彼は三人を追って吉原に向かおうとしていたのであります。

 ちなみに吉原遊郭といえばやはり江戸時代の印象が強いのですが、遊郭がなくなったのは終戦後しばらく経ってからなので、この時代に遊郭があることはおかしくはありません。
(ちなみに花魁道中も、明治時代に一度途絶えたものが、大正初期に復活しているので作中に登場するのは問題なし)

 というわけでほとんど女衒のような言動の天元(しかし冷静に考えると、当初の予定どおり女性隊員たちが連れて行かれていたら、コレ大問題だったのでは)によってそれぞれ別の女郎屋に放り込まれた三人組。
 行方を断った人々を探す彼らは、やがて色町に潜む邪悪な存在に気付くことに……


 と、まさに「遊郭潜入大作戦」だったこの第9巻(の前半)ですが、ここで猛威を振るったのは、本作ならではの緩急の(緩緩の?)ついたギャグシーンの数々であります。。

 この吉原編の陰の主役とも言うべき天元ですが、派手メイクを落とせば超イケメンながら、しかし自らを「派手を司る神、祭りの神」と自称する怪人物。そんな天元と三人組の絡みが絶品で、感受性が豊かすぎる三人組のリアクションにいちいち同じレベルで返す姿が、とにかく可笑しい。
 特に、三人組がそれぞれ女郎屋に放り込まれながらも、それぞれの特技(?)を活かして活躍するシーンは抱腹絶倒であります。

 黙っていれば超美少女フェイスの伊之助、持ち前の音感で吉原一の花魁を目指す善逸、生真面目さと体力で甲斐甲斐しく働く炭治郎……
 一番まともなはずの炭治郎までもが変顔を披露するなど、潜入捜査とくれば緊迫感に満ちた展開のはずですが、相変わらず全く油断できない作品です。


 ……が、「緩」が大きければ大きいほど、「急」の部分がさらに大きくなるのが本作。闇深き街、吉原に潜むのは、花魁の姿を隠れ蓑にした上弦の陸・堕姫であります。
 吉原で密かに語り継がれてきた、何十年かごとに現れる、美しくも邪悪な花魁――その正体である彼女は、既に吉原中に魔手を及ぼしていたのです。

 そしてそれぞれの立場から、堕姫の脅威を知り、対峙することになる三人組と天元(この辺り、四人がバラバラに分かれて探索しているという状況を巧みに使って、緊迫感を高めるのがお見事!)。
 炭治郎が単身堕姫と遭遇、孤独な戦いを始める一方で、伊之助が、善逸がそれぞれの戦いを始め、そしてそこに――!


 という猛烈に盛り上がる展開で引きとなったこの第9巻。今まで以上に読み始めると止まらない巻でしたが、決して勢いだけでないうまさ、巧みさがあることを単行本で再確認させられました。

 実はこの紹介を書いている時点で、まだ決着していないこの戦い。その先の展開に想いを馳せつつ、もう何回か、読み返すことになるかと思います。


『鬼滅の刃』第9巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 9 (ジャンプコミックス)


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2017.12.05

森美夏『八雲百怪』第4巻 そして円環を成す民俗学伝奇

 9年ぶりに2ヶ月連続で単行本が刊行されることとなった大塚英志の民俗学三部作の第3弾、『八雲百怪』の第4巻であります。見えぬ片目に異界のものを映す小泉八雲、そして隠した両目で異界とこの世の境を探す甲賀三郎の見たものは……

 世界を放浪した末に日本に落ち着き、日本を愛して日本人となった小泉八雲。そんな彼は、その片目の力ゆえか、明治の世に消えゆく異界のものにまつわる事件に次々と巻き込まれることになります。
 その中で八雲の前に現れるのは、両目を包帯で隠した異形の男・甲賀三郎。柳田國男に雇われ、異界とこの世を繋ぐ門を封じて回る彼は、異界に憧憬と哀惜の念を抱く八雲を時に導き、時に阻むことになるのであります。

 そんな二人を中心に描かれる物語の最新巻の前半に収録されているのは、第3巻から続くエピソード「隘勇線」の後半であります。

 死の行軍として知られる八甲田山での軍の遭難事件。その背後には、八甲田山で目撃されたという、伝説のコロポックル族を探さんとする軍のある思惑が秘められていました。
 その調査に向かった柳田と三郎に同行していたのが台湾帰りの青年学者・伊能嘉矩であり、その伊能を追ってきた山岳民族の少年・マクと出会ことから、八雲もこの一件に巻き込まれることになります。

 マクの境遇に共感し、伊能たちを追って青森に向かう八雲。さらにマクに目をつけた台湾総督府の刑事が怪しげな動きを見せる中、八甲田山に集った人々が見たものとは……


 毎回この表現を使ってしまい恐縮ですが、今回のエピソードも、伝奇三題噺と言いたくなるような奇想の塊。
 八甲田山+コロポックル+台湾先住民(さらにはオシラサマ)という組み合わせから生まれる物語は、意外としか言いようもありませんが、しかしそれ故の興奮と、不思議な説得力とをもって描かれることになります。

 そしてその幻想的な物語で描かれるのは、これまでの本作で描かれた、いや民俗学三部作に通底する、近代化していく日本の中で、あってはならないものとして切り捨てられていく者たちの姿であります。
 特にこのエピソードにおいては、当時の台湾という日本のある種鏡像めいた世界を遠景に置くことにより、その存在がより鋭く浮かび上がります。終盤でのマクの血を吐くような言葉の哀しさたるや……

 さらにもう一つ、柳田絡みで『北神伝綺』読者にはニヤリとさせられるシーンがあるのも見逃せないところであります。


 そして後半で描かれるのは最新のエピソードにして甲賀三郎の過去を描く、八雲の登場しない前日譚「蝮指」であります。

 九州某所で講演を行っていた際、近くの山中に山民の村があると聞かされ、興味を持った柳田國男。その前に案内人として現れたのは、着物に散切り頭、黒眼鏡という異装の男・甲賀三郎でした。
 枝の代わりに市松人形を用いる三郎のダウジングで導かれた村が、隠れキリシタンの村であることを見抜いた柳田。三郎とともに村で一夜を明かすことになった柳田は、そこで思わぬ怪物と遭遇し、三郎の過去を知ることになるのであります。

 民俗学三部作それぞれに登場する「仕分け人」あるいはそれに類する立場の怪人物――本作でそれに当たるのが甲賀三郎であることは言うまでもありません。
 甲賀三郎といえば、血族の裏切りの末に地底に落とされ、遍歴の末に蛇体と化して地上に戻ったという諏訪地方の伝説の人物。その名をそのまま冠する彼が登場した時には、彼と初めて出会った柳田同様、偽名(あるいはファンサービス)と思ったものですが……

 しかしここで描かれる三郎変生は、まさしく伝説のそれに重なるもの。そしてその陰惨極まりない過去の物語を見れば、三郎が八雲に接する時に見せる冷たさ、敬意、同情――それらが入り混じったような表情の淵源がわかるというものです。

 そしてもう一つ注目すべきは、彼との出会いが、柳田をして日本近代化のための手段に気づかせたことでしょう。
 民俗学三部作に共通する柳田の立ち位置――異界に心惹かれながらも近代化のための「神殺し」たらんとする柳田の誕生を描くこのエピソードは、柳田が陰の主役であり、本作の未来に位置するシリーズ第一作『北神伝綺』へと円環を描いたと感じられます。

 幸いにも本作は今後も新作の発表が予定されているとのこと。次なる物語に触れるのがいつの日かわかりませんが――過去と未来の繋がりの一端が描かれた本作の広がりを楽しみに待ちたいと思います。


『八雲百怪』第4巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
八雲百怪 (4) (単行本コミックス)


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2017.12.04

日野真人『殺生関白の蜘蛛』 平蜘蛛と秀次を結ぶ驚愕の時代伝奇ミステリ

 全く予想もしないところから、素晴らしい作品が現れることがあります。『アラーネアの罠』のタイトルで第7回アガサ・クリスティー賞優秀賞受賞の本作はまさにそんな作品――松永久秀が秘蔵したという名器・平蜘蛛の茶釜と、関白・豊臣秀次の最期を結びつける、見事な時代伝奇ミステリであります。

 秀吉に仕え、今は秀次付きの家臣として暮らす舞兵庫。ある日秀吉に呼び出された彼は、「本物の」平蜘蛛の茶釜を持つと称する者が現れたことを告げられ、その入手を厳命されることになります。
 実はかつては松永久秀に仕え、その最期の時に平蜘蛛の茶釜を手土産に秀吉に寝返った過去を持つ兵庫。しかしその平蜘蛛が偽物であると言われた彼は、老耄の天下人の怒りを恐れつつ、探索に乗り出すことになるのでした。

 が、その矢先に今の主である秀次に呼び出されて先年に切腹した千利休が遺した平蜘蛛の切型(絵図)を見せられ、やはりその探索を銘じられる兵庫。
 時あたかも再びの朝鮮出兵が目前となった上、秀吉に待望の男児が生まれて、太閤秀吉と関白秀次の不仲が噂される頃。その二人の間に挟まれることとなった彼は、どちらにつくかも決めかねながら、真の平蜘蛛を持つという男を追うことになります。

 秀次付きの武人・大山伯耆とともに探索を続ける中、幾度となく謎の刺客に襲われる兵庫。そして一癖もふた癖もある者たちを向こうに回しながら探索を続ける二人は、松永久秀の隠された過去と、平蜘蛛に秘められた恐るべき力を知ることに……

 果たして平蜘蛛の力は、太閤と関白の争いに如何なる役割を果たすのか。両者の対立が深まる中、兵庫は驚くべき真実を知ることになるのです。


 そんな本作のユニークな点は幾つもありますが、まず挙げるべきは、主人公となるのが、舞兵庫(前野忠康)である点でしょう。あるいはむしろ歴史ゲーマーの方がよく知るかもしれない彼は、後に石田三成の下で、島左近と並ぶ猛将として知られた人物なのですから。

 その彼がかつて松永久秀に仕えたというのは、そこで果たした役割も含めておそらくは架空の設定ではないかと思いますが、三成の前に秀次に仕えていたのは紛れもない史実。
 本作でも大きな役割を果たす三成は、秀次に対しては悪役として描かれることも少なくありませんが、その三成が、兵庫のような(そして大山伯耆も)秀次の遺臣を引き取っていたというのは、何とも興味深いことではありませんか。

 そしてその兵庫を探偵役にした物語で描かれるのが秀次の最期というのは、本作のタイトルの「殺生関白」から察することができますが、しかしそれに大きな意味を持つのが「蜘蛛」――すなわち平蜘蛛の茶釜という取り合わせの妙には、ただ唸らされるほかありません。

 あの信長が引き替えに久秀の助命を認め、そして久秀はそれを拒否し、火薬を詰めて壮絶な爆死を遂げたという逸話で知られる名器・平蜘蛛。
 それが密かに持ち出されて秀吉に渡っていたというだけでも胸が躍ります、実はそれが偽物で、本物の在処を巡って秀吉と秀次が暗闘を繰り広げるとくれば、素晴らしいとしか言いようがありません。

 しかもその正体というのが……! と、それをここで書くわけにはいきませんが、その秘密が秀次の運命に密接に繋がり、さらには――という展開は唸らされっぱなしでありました。。
 正直に申し上げれば、ミステリ味はもの凄く強いというわけではない(どんでん返しは用意されてはいるものの、実は意外性は低め)のですが、ミステリ味のある時代伝奇小説として、かなりのレベルにある作品であることは間違いありません。


 それにしても本作のアイディアもさることながら、これだけの要素を破綻なくまとめ、さらに歴史小説としても読ませる(クライマックスで描かれる、秀次と三成の「合戦」は名場面!)手腕は、とても新人の手によるものとは思えない……
 と思いきや、実は作者の日野真人は、『銭の弾もて秀吉を撃て』(同作で第3回城山三郎経済小説大賞を受賞)などを発表した指方恭一郎の別名義(というより本名)と知り、さてこそは――と納得。

 思わぬ一人二役(?)に驚きつつも、新たな名を得た作者のこれからの活躍に、期待しないわけにはいきません。


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殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

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2017.12.03

久保田香里『氷石』 疫病の嵐吹き荒れる中に道を照らす小さな奇蹟

 天平9年(737年)といえば、当時の権力者であった藤原四兄弟が全て急死したほどの天然痘大流行の真っ只中。その混沌に翻弄されながらも、やがて自分の生きるべき道を見出していく少年の姿を厳しくも美しく描く、良質の児童文学であります。

 死に至る疫病が大流行する都の市場で、病に効く護符と称して河原で拾った石を売る少年・千広。
 父は数年前に遣唐使船に乗って渡った唐に残り、その間に母を疫病で失った千広は、自分の身を案じる従兄弟の学生・八尋に背を向けたまま、日銭を稼いで生きていたのであります。

 そんなある日、彼の売る石が氷石(水晶)のようで美しいと語る貴族の下働きの少女・宿奈と出会い、惹かれるようになった千広。
 やがて、かつて父から学んだ書を頼りに、宿奈の協力を得て病除けの護符を売り出した千広の生活には、少しずつ張りが生まれていくのでした。

 しかしそれもつかの間、千広は疫神の魔の手により、最も親しかった人を失うこととなります。さらに市で幅を効かせるならず者に逆らった彼は、ひどく叩きのめされ、旧知の法師・伊真が働く施薬院に運び込まれるのですが……


 冒頭に述べたように、歴史に残るほどの天然痘の大流行が人々を苦しめた天平年間。富める者も貧しき者も平等に――いや、貧しき者はより一層苦しい生を強いられたこの時代に生きた、少年の絶望と再生を本作は瑞々しく描きます。

 たった一人、周囲から顔を背けるようにして生きてきた主人公・千広は、かつては温かい家庭に暮らし、学問好きの父の下で、やはり学問に興味を持ってきた少年。
 そんな彼の心は、しかし、父が自分と母を置いて唐に渡り、そして十数年後まで帰国しない道を選んだことから、深く傷つくことになります

 父が自分や母よりも学問を選んだと思い、そして遣唐使が唐から持ち込んだとも噂された疫病によって母を失ったことから、幾重にも父や周囲の人々への怨みを募らせていく千広。
 彼は生きるために、河原の石を磨いただけのものを護符と称してインチキ商売を始めるのですが――しかしそれは同時に、自分たちに目もくれなかった世間の人々を嘲り、大袈裟に言えば復讐するための哀しい行為にほかなりません。

 そしてそんな歪みは、ヒロインたる宿奈もまた抱えていることが本作では示されることになります。
 身寄りもなく、先輩格の下働きに虐待されながら、豊かに暮らす貴族の屋敷で朝から晩まで働き続ける宿奈。水汲みを命じられた彼女が、疫病で死んだ死体が沈んだ井戸から平然と水を汲んで屋敷に持ち帰るくだりは、何とも衝撃的であります。

 しかしそんな千広も宿奈も、変わることができる。大切に想える相手を、あるいは自分が懸命になれるものを見つけることができれば――世間と正面から向き合いより良い生を生きることができると、本作は静かに、力強く訴えかけるのです。

 もちろんそれは容易いことではありません。身近な人を失うかもしれない。心身に傷を負うかもしれない。親しい人と離ればなれになるかもしれない。
 それでも、それでも――この生には生きる意味が、価値があるのだと、千広と宿奈の姿が、二人が出会う小さな奇蹟が教えてくれるのです。


 そんな物語は、一歩間違えれば、悪い意味でお話めいていたり、お説教めいたものになりかねないかもしれません。
 しかし本作は、生と死が隣り合わせになった過酷な時代を舞台に、容赦ない物語を展開することで、物語にこれ以上ない現実感を与えることに成功していると言えるでしょう。

 あるいはこの時代にいたかもしれない少年少女の姿を描くことにより、いつの時代も変わらないあるべき生の姿を描く。
 良質の歴史物語であり、それだからこそ成し得た良質の児童文学であります。


『氷石』(久保田香里 くもん出版) Amazon
氷石 (くもんの児童文学)

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2017.12.02

菊地秀行『宿場鬼 妖剣乱舞』 超人剣士という鏡に映る人の情

 菊地秀行による新たな時代小説――古代からの技を受け継ぐ剣士たちの戦いと、とある宿場町に生きる人々の生きざまが交錯する『宿場鬼』待望の第2弾であります。過去と心を失い、宿場に現れた剣士・無名と今回関わる者は……

 深い霧が発生することを除けば、何の変哲もない中山道の宿場町・鬼利里宿。ある日、その霧の中から忽然と現れた美貌の青年は、しかし、全ての記憶と人間らしい感情を失いながらも、恐るべき剣技の持ち主でありました。

 彼を引き取ることとなった町の元用心棒・清玄と娘の小夜と触れ合ううちに、「無名」と名付けられた青年。少しずつ人間味を見せ始めるようになる無名ですが、しかし彼を狙って、宿場町には奇怪な剣技の遣い手たちが次々と現れることになります。

 そんな無名が、古代から伝わる伝説の武術・臥鬼を受け継ぐ者ではないかと睨む清玄。
 そんな中、また霧の中から現れたのは、無名のように人の情を持たぬ、しかし年端もいかぬ子供で……


 このような本シリーズの基本設定を見れば、作者お得意の超伝奇アクションと思われるかもしれません。そしてそれはもちろん、ある側面においては外れてはおりません。
 本作に登場する無名を襲う謎の遣い手たちが操るのは、己の気配を一切断って襲いかかる、あり得ざる角度からの一撃を放つ、光を失った眼で必殺のカウンターを放つ――いずれも常人ならざる秘剣なのですから。

 しかしそうした点がありながらもなお、本シリーズは、本作は、第一印象を覆す内容を持ちます。
 なんとなれば、そんな妖剣士たちの死闘を描くと同時に――いやその死闘を用いて描かれるものは、日常からほんの少し踏み出した人々の営みの中に浮かび上がる、人の情の姿なのですから。

 一日に二度も立て籠もり男の人質となった遊女、旅の途中に連れとはぐれた商家の令嬢、預かった子供に折檻を加える女郎屋の女主人……
 本作の陰の主人公たちと言うべきは、そんないわば市井の人々。彼女たちは、中にはこの世の表街道から外れた者もおりますが、しかしあくまでもこの世の則からは外れていない、普通の人々であります。

 本作は実に、無名を狂言回しに、彼の繰り広げる死闘を背景に、そんな普通の人々の物語を描き出すのです。

 食い合わせが悪いのではないか――などとは、名手を前に考えるも愚かでしょう。そもそも、作者がどれほど巧みに「人情」を描くかは、『インベーダー・サマー』や『魔界都市ブルース』、あるいは同じ時代ものでいえば『幽剣抄』を見れば一目瞭然なのですから。

 そんな名手の筆による、妖剣士たちという歪んだ鏡に映し出される人の世の営み――それは思わぬほど鋭く、そして美しくも儚い像を結びます。

 例えば本作のラスト、霧の中から現れた子供と、彼を預かった女郎屋の主に対する無名の行動。
 普通の人間であればいささか鼻につきかねないそれは、無名という、異常な存在が行うことによって、よりストレートに、強い感動をもたらすのです。

 人の情を持たぬ者を通してこそ描ける、人の情の姿として……


 しかしもちろん、そんな彼にも、少しずつ人間らしさ――というより人間臭さが生まれていることは、本作の随所に描かれることになります。
 今はまだ、物語のスパイスとも言うべきレベルに留まる(本作で描かれる、村の見回りに出かけた先での出来事が何ともほほえましい)それが、どのような形に成長していくのか……

 人情すなわち人の情ならぬ、超人の情がいかなる姿で描かれるのか、その点も含めてこの先が大いに気になる物語であります。


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宿場鬼 妖剣乱舞 (角川文庫)


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2017.12.01

武内涼『はぐれ馬借』 弱肉強食という悪循環を超える生き様を求めて

 『駒姫 三条河原異聞』『暗殺者、野風』といった新作や『妖草師』シリーズの復活など、今年は活躍著しかった武内涼の新作は、これらの作品に負けず劣らず個性的な作品。混沌の室町時代を舞台に、諸国を自由に往来するはぐれ馬借衆の活躍を描く活劇です。

 物語の始まりは坂本――室町時代中期、京都の財界とも言うべき比叡山領で馬借を営む青年・獅子若が本作の主人公。
 並外れた体躯の持ち主であり、印地(石投げ)の達人である彼が、比叡山の有力者の娘と出会ったことから、物語は始まります。

 彼女の馬である春風の面倒を見たことがきっかけで、急速に惹かれ合っていく二人。しかし身分違いの恋は彼女の父の逆鱗に触れ、獅子若は私刑を受けた末、叡山領立ち入りを禁じられて追放されることになります。

 自分に懐いた春風とともに、当てもない放浪に出た獅子若の前に現れたのは、美少女・佐保をはじめとする「はぐれ馬借」の面々。
 ある依頼の途中に行方不明となった前頭領の愛馬を追っている彼女たちと行動を共にすることになった獅子若は、敵であっても命を奪わないというはぐれ馬借の掟に戸惑いつつも、少しずつ心を開いていくことに……


 そんな本作でまず印象に残るのは、タイトルともなっている「はぐれ馬借」という存在でしょう。
 当時の馬を使った運送業者である馬借。彼らは、ある土地を拠点として活動を行うのが普通ですが――しかしはぐれ馬借は、特定の地に腰を落ち着けることなく、旅から旅への稼業なのであります。

 そしてそれを可能とするのが、彼らの祖が落ち延びる義経を助けた功績により与えられたという「源義経の過書」。
 関銭を払わずに諸国往来自由を認められるというその力により、彼らは一つところに落ち着くことなく生きることが可能なのです。

 このはぐれ馬借、義経の過書という伝奇的アイテムの存在も面白いのですが、何より興味を惹かれるのは、それによって彼らが土地の軛から離れることができたという設定であります。
 それは一見、不安定極まりない暮らしに見えるかもしれません。しかし見方を変えれば、それは土地の権力者の庇護を受けることなく――すなわちその代償を払うことなく――生きることができるということであります。

 そしてそれは、本作の主人公たる獅子若の生き様とも大きく関わっていきます。
 馬借という仕事を持ち、そして印地の世界でもその人ありと知られていた獅子若。しかしそんな彼の胸中は、常に不満と苛立ちに満ちていました。

 時あたかも、あの義教が将軍になる直前の、世情が不安定極まりなかった室町時代中期。
 そんな、権力者は下の者を守ることなく、弱き者はより強き者の力に怯える時代――そして生まれついての身分がそれを支えていた時代は、強い力と心を持ち、しかし身分の低い獅子若には生きにくい時代だったのです。

 弱肉強食で全ては自己責任の世の中に苛立ち、そこで生まれた凶暴な衝動を印地に叩きつける――そしてその果てに、より強い力に叩きのめされ、住む土地を失った獅子若。
 そんな彼が身を寄せ、そして何よりも自分らしく生きるために、はぐれ馬借以上の世界があるでしょうか?

 しかしそんな自由なはぐれ馬借にも、強い掟があります。先に述べたような不殺というその掟は、ある意味この時代においては甘きに過ぎるものであり――そして獅子若にとっても理解の外にあるものです。
 しかしその掟は、終わりない暴力と遺恨を避けるための知恵。同時に弱肉強食の世界の則には従わないという宣言と言えるでしょう。

 力が全ての時代に苛立ちつつも、それを発散するために力を用いれば、それはそんな世の理を認め、その一部になることにほかなりません。
 そんな悪循環に背を向けるはぐれ馬借の生き様は、獅子若にとっての救いであり――さらにそれは、同じく混沌の時代に生きる我々にとって、強く共感できるものであります。


 一冊の物語の中に様々なエピソードが散りばめられているため、一つ一つが少々食い足りない印象はあります(伝奇性が思ったほど濃くないのも残念)。
 それでも、はぐれ馬借という生き方と、それと共に少しずつ成長していく獅子若の姿は、大いに魅力的に感じられます。

 時代の混沌がいよいよ深まっていく中、獅子若ははぐれ馬借とともに自由を貫けるのか、人としての希望を見出すことができるのか――この物語の先をまだまだ見てみたい、そう感じます。


『はぐれ馬借』(武内涼 集英社文庫) Amazon
はぐれ馬借 (集英社文庫)

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