『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』 北宋史に見る物語と史実の間の皮肉な関係
久々の水滸伝紹介、今回はなかなかの変わり種――中央公論社から刊行されていた中公コミックス『中国の歴史』のうちの第8巻『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』であります。いわゆる学習漫画シリーズの1冊なのですが、学習漫画で水滸伝!? と思いきや、これがなかなか面白い内容なのです。
この『中国の歴史』は、今からほぼ30年前の1986年から87年にかけて全12巻刊行されたシリーズ。今から考えるとちょっと驚かされるような企画ですが、監修が陳舜臣と手塚治虫と、なかなか気合いの入っていたようです。
もっとも、全巻のシナリオは武上純希が担当。アニメや特撮もので活躍してきた脚本家ですが、小説家としても『不死朝伝奇ZEQU』や『古代幻視行』シリーズなどの古代中国を題材とした作品を発表していたことを考えれば、それなりに納得の人選であります。
このシリーズ、作画担当は各巻で異なるのですが(玄宗皇帝と楊貴妃の巻は小林智美が!)、この巻の作画は堀田あきお。最近ではご夫妻でのアジア紀行ものでの活躍が中心のようですが、このシリーズでは「項羽と劉邦」の巻も担当している模様です。
さて、こうした背景はともかく、内容を見てみれば、冒頭は百八星解放――は納得として、そこから大きく飛んで、後半のクライマックスということか、呼延灼戦がいきなり描かれているのがなかなか面白いところ。
その他、原典の内容としては、林冲受難と魯智深の活躍(本作では二竜山に行かずにそのまま梁山泊入り)、武松の虎退治、晁蓋の逃走と林冲のクーデター、江州での宋江(と戴宗)の危機、宋江の頭領就任が描かれています。(ちなみに呉用のうっかりシーンもあり)
と、これだけであれば非常に粗めのダイジェストといった趣きですが、先に述べた通り本書は中国の歴史の学習漫画。あくまでも架空の物語である水滸伝を描くのは大いに不思議に感じられますが――実は本書の冒頭とラストで、二つの史実が描かれるのであります。
冒頭で描かれる史実とは、徽宗皇帝の時代の姿――社会の爛熟と花石綱の収奪。そしてラストで描かれる史実は、遼との戦争と、それに続く金の侵攻、北宋の滅亡であります。
どちらもこの時代の象徴的な出来事ではありますが――注目すべきは、この二つが、水滸伝においても、舞台背景として存在していたことでしょう。
すなわち、この二つの出来事において、水滸伝という物語と、北宋の史実は重なり合っていたわけであり、この重なり合いを利用して、北宋の歴史を切り取って見せるという本書の趣向はなかなか興味深いものがあります。
(「歴史をうつす武勇伝」という本書のサブタイトルにもそれは表されているでしょう)
ちなみに冒頭では「史実」の宋江、宋江三十六人の宋江の姿も描かれているのが、また面白いところであります。
とはいえ、このような本書の構造(あくまでも想像ですが)は面白いものの、やはり本書は中国史の学習漫画としてはいささかアンバランスな内容であることは否めません。
結局虚構部分(水滸伝部分)は、全体の2/3と決して少なくはない割合を占めるのは、仕方ないとはいえやはり違和感が残ります。
またエピソードについても、史実との繋がりが薄い(もっとも林冲や宋江も、実在の人物である高キュウや蔡京(の息子)に苦しめられた、という以上のリンクではないですが)武松の虎退治が含まれているのには疑問符がつきます。
この辺り、宋代に1巻割かないわけにはいかないけれども、他の時代に比べると題材として苦しかったからなのかな、と邪推したくもなるのですが……
しかし、このようなスタイルだからこそ浮かび上がる構図もあります。
物語の上では豪傑たちを利用して遼という外敵を除き、豪傑たちも除いて最後まで生きながらえた皇帝や奸臣たちが、豪傑たちが登場しない史実においては、外敵に蹂躙された末に悲惨な末路を迎える……
水滸伝には、このような物語と史実の間のある種の皮肉が存在することを、浮かび上がらせてくれた本書に対しては、ファンとしてはなかなか愉快な気分になるのであります。
『中国の歴史 8 水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』(堀田あきお&武上純希 中央公論社中公コミックス) Amazon
| 固定リンク