細谷正充『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で芳醇な奥深い世界へ
昨年刊行された時代小説関連書籍の中でも群を抜いてユニークかつ極めて内容が濃い一冊であった『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』。その姉妹編とも言うべき書籍が登場しました。タイトルのとおり、少女マンガの中の歴史・時代ものの100人100作を紹介するガイドブックです。
おそらくはいま時代小説の解説を、最も多く書いている人物である著者は、実は大の――という言葉では足りないほどの漫画愛好家でもあります。
本書はその著者が、少女漫画(本書のラインナップ的にはレディースコミックも含めた「女性向けの漫画」と考えていただければよいかと思います)の歴史・時代ものに限定して紹介するガイドブック。漫画のガイドブク自体は最近ではあまり珍しくありませんが、このような単一ジャンルに絞ったものは、非常に珍しいことは間違いありません。
……いえ、単一と申し上げましたが、一口に歴史・時代ものといっても、その内容は多岐にわたることは言うまでもありません。本書も以下のように、幾つかの地域と時代に分類した内容となっています。
Ⅰ 日本(古代―戦国時代/江戸時代―新選組/明治・大正・昭和) 51作品
Ⅱ フランス(ルネッサンスからバロック、ロココへ/フランス革命―ナポレオン戦争期/近代) 12作品
Ⅲ ヨーロッパ(中世―ルネッサンス期/近世/近代) 16作品
Ⅳ ロシアとアメリカ(ロシア/アメリカ) 7作品
Ⅴ アラブ・インド(エジプト、オリエント/インド) 5作品
Ⅵ 中国・西域(中国/西域) 9作品
なかなかユニークな区分とも思えますが、実際のラインナップを見ればそれも納得。この区分そのものが、「少女漫画」における歴史・時代ものの対象の分布になっていると言うのも、本書のユニークな点でしょう。
それはさておき、本書に取り上げられているのは、大御所の作品からフレッシュな若手の作品まで、非常にバラエティに富んだ内容であります。
例えば『日出処の天子』(山岸凉子)、『はいからさんが通る』(大和和紀)、『ベルサイユのばら』(池田理代子)、『キャンディ・キャンディ』(いがらしゆみこ)、『王家の紋章』(細川智栄子)など、あまりにメジャーすぎて、そういえば歴史・時代ものであったかと再確認してしまうような作品が並ぶかと思えば、この数年間にスタートした作品も数多く含まれているのが、本書のユニークで魅力的な点であります。
非常に個人的なことを言えば、『子どもと十字架』(吉川景都)を取り上げ、連載は完結しているにもかかわらず、単行本が上巻しか刊行されていないことに憤るなど、まさに我が意を得たりであります。
いや、これは本当に個人的な感想で恐縮ですが、このように非少女漫画誌に連載された、決して恵まれた扱いとは言い難い作品も取り上げている辺り、著者の目配りの広さ、確かさが感じられるではありませんか。
ちなみに本書で取り上げられた100作品のうち、私が本書の内容を目にする前に読んでいたものは、わずか15,6作品、それも日本を舞台とした作品のみ。
作品名はおろか、作者名も存じ上げなかった作品も数多くあったのですからお恥ずかしい限りですが、それだけ未知の作品を知ることができたのですから、これは大いに喜ぶべきでしょう。
内容の方も、作品内容の紹介はもちろんのこと、作者自身の紹介や作品の成立過程の紹介も行われている充実ぶり。
1作品あたり2ページと、分量的には決して多くはないものの、誠に当を得た内容は、先に述べたように数多くの解説を執筆してきた著者ならではのものでしょう。
そんな本書において、敢えて難点を上げれば、現在では入手困難な作品が幾つか含まれている点と、長編の場合でもデータとして総巻数が記載されていない(本文中で言及されているものはあり)ことでしょうか。
特に後者については、連載期間が長期に渡ることも少なくない漫画という媒体を扱うだけに、実際に作品を読む際の大きな参考データとなるだけに、少々残念ではあります。
とはいえ、それももちろん小さなことであることは間違いありません。
本書が、「少女漫画」の中の歴史・時代ものという、極めて芳醇な、そして奥深い世界に分け入る唯一無二の、そしてもちろん極めて優れたガイドであることは間違いないのですから――
この先しばらく、このブログで少女漫画を取り上げる頻度が増えたとすれば、それは本書の影響であることは間違いありません。
『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社) Amazon
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