廣嶋玲子『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』 新たな子預かり屋(?)愛のために大奮闘!
最近は少数精鋭となった感のある妖怪時代小説の一つ――妖怪の子預かり屋になってしまった少年・弥助と、その育て親で実は元・大妖怪の千弥を中心とする騒動を描く本シリーズも本作で第5弾。今回は、しかし弥助ではなく、意外な人物が主役を務めることになります。遊び人のボンボン・久蔵が……
貧乏長屋に二人で暮らす弥助と千弥ですが、弥助が妖怪の世界と関わり合うようになり、千弥の正体を知る前から――すなわち彼らが世間とほとんど接触せず、ひっそりと暮らしていた頃から、強引に関わってきた久蔵。
これがもう、いいところのボンボンで両親が甘いのをいいことに、放蕩三昧の遊び人――彼の方は何故か千弥と弥助を気に入っているものの、特に弥助の方はいい加減な久蔵のことを毛嫌いしている状態であります。
そんな彼がある日出会ったのは、初音という美少女――姿の妖怪、それも見目麗しさと気位の高さで知られる華蛇族の姫君。
恋に恋する高飛車娘だった初音は、かつて千弥を初恋の相手に選んだものの、(弥助一筋である)千弥から手酷くはねつけられて意気消沈していたところに久蔵と出会い、彼の心の優しさに惹かれたのであります。
久蔵もいつにない真面目さで彼女に応え、結婚の約束まで交わした二人ですが……
というところで前作の引き、千弥と弥助のところに「許嫁がさらわれた! 取り返すから手を貸してくれ」と、久蔵が飛び込んでくる場面から、この物語は始まります。
妖怪たちに連れ去られたという初音を連れ戻すため、妖怪である千弥(しっかり正体に気付いていたという、意外な久蔵の切れ者ぶりも楽しい)たちを頼ってきた久蔵。
嫌々ながら(ほんの少し)手を貸すこととなった二人の紹介で、初音姫の親友であり厄介事好きの妖猫族の姫・王蜜の君の力を借りて、初音姫の後を追った久蔵ですが、実は初音をさらったのは、彼女の乳母であり、やはり華蛇族の萩乃だったのです。
人間などと夫婦になるなどとんでもないと、初音を閉じこめた萩乃ですが、久蔵の思わぬ大胆さとしぶとさ、そして初音の想いの強さに手を焼き、それならばと久蔵に三つの試練を課すことに……
シリーズタイトルにあるとおり、「妖怪の子預かり屋」が中心となる本作。今回は久蔵が実質的に主人公ということで番外編的な趣向のように思えますが――しかしその要素は、今回もしっかりと物語の中心に据えられることとなります。
と言えば、鋭い方であればおわかりでしょう。そう、久蔵に課せられた三つの試練とは――というわけで、ここに新たな(!?)妖怪の子預かり屋が誕生するのです。
しかし元々完全に嫌がらせであるだけに、今回登場する妖怪たちは、子供とはいえ強烈な連中揃い。心身どころか身上までまで痛めつける妖怪たちの容赦のなさは(特に二番手の不気味さ・妖しさは、さすがはこの作者ならではというべきでしょう)、これまでのシリーズでも屈指のものかもしれません。
しかし――これまでの作品同様、本作は妖怪の子供と人間との、恐ろしくも愉しい攻防戦にのみ留まるものでは決してありません。
ここで描かれるものは、それまで出会ったことのないような異界の存在と出会うことで、自分を見つめ直し、人間として生まれ変わる一人の男の成長譚と、その原動力となる愛の強さ・貴さなのですから。
妖怪ものの魅力というのは、決して妖怪そのものの――いわばキャラクターとしての魅力にのみあるものではありません。
妖怪ものを真に魅力的なものとするのは、(人間臭い面をある程度持ちつつも)人間とは大きく異なる存在である妖怪と、我々人間が出会った時に生まれる化学反応――特に人間側のそれ――の存在でしょう。
言い換えれば、自分とは異なるレイヤーに生きる存在と出会った時に、ある種の多様性と接した時に、人は何を想い、何を為すのか――それこそが、妖怪を題材とする物語の魅力であり、醍醐味ではないでしょうか。
本作は、欠点だらけながらもある意味人間味に溢れた人間である久蔵を主人公にすることにより、そして彼がある意味極めて「純粋な」妖怪の子供たちと接する姿を描くことにより、これまで以上にその要素を濃厚に感じさせるものとなっているのです。
人間と妖怪はあくまでも異なる存在――時に互いが害となる存在ですらあります。しかしそれでも、人間は、妖怪は変わることができる。そしてそこに生まれるものがある……
恐ろしくも愉しく、そして甘々で幸せな本作は、それを何よりも雄弁に描く物語なのであります。
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