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2018.01.31

恒川光太郎『金色機械』 時を超え、人の嘘と真を見つめるもの

 デビュー以来、奇妙な味わいと世界観の物語を描いてきた作者の初の時代小説にして第67回日本推理作家協会賞受賞作――謎の存在・金色様を中心に、様々な人々の想いと生き様が絡み合い、人の世の善と悪、喜びと悲しみを浮かび上がらせる、非常にユニークな物語であります。

 江戸時代後期、某藩の城下で隆盛を誇る舞柳遊郭――その創業者の男・熊悟朗の前に、ある日現れた遊女志望だという女・遥香。
 幼い頃から人の殺意や悪意を見る能力を持つ熊悟朗の目にも得体の知れぬ者を感じさせる遥香は、自分にも常人にない能力があると語ります。

 幼い頃から、生き物の命の存在を感じ取り、それを痛みもなく奪う――すなわち死に至らしめる力を持っていた遥香。医師の父の頼みで、不治の老人たちを安楽死させるようになった彼女は、ある日自分が、父の実の子ではないことを知ります。
 かつて何者かによって虐殺された流民たち――遥香は、母に守られてその事件を生き延びた赤子だったというのです。

 その事実を教え、自分に乱暴しようとした破落戸を殺したこと、そして老人を安楽死させるのが耐えられなくなったことから、一人山に入った遥香。
 そこで彼女は、老人たちから「金色様」と呼ばれる存在と出会うことになります。上から下まで金色のつるりとした鎧とも皮膚ともつかぬものをまとい、男とも女ともつかぬ存在。あらゆる物事を知り、長き時を生きてきた存在と……

 そして金色様の存在は、熊悟朗もまた知るところでした。幼い頃に父に殺されかけ、逃げた先で彼が拾われた、「極楽園」とも「鬼御殿」とも呼ばれる山賊たちの根城――その首領・半藤剛毅の傍らには、彼の一族に代々仕えるという金色様の存在があったのです。
 しかし金色様と因縁を持つのは二人だけではありません。正義の権化のように悪と戦う同心、鬼御殿から逃げ出した遊女、半藤剛毅のひ弱な嫡男――様々な人々の運命が金色様を中心に繋がりあい、結びついた先にあるものは……


 時代と場所を次々と変え、そのたびに主人公となる人物を変えて物語られる本作。その魅力の最たるものは、その様々な角度から語られる断片が、徐々に結びつき、繋がりあうことで、巨大な物語を浮かび上がらせるという点にあると言えるでしょう。
 一見全く関係ないかに見えた要素が繋がりあい、意外な真実を見せるのは、よくできたミステリに通じるものすらあります。

 そして、その実に数十年、いや数百年にも及ぶ人と人との結びつきが生み出す一種のダイナミズムの中心に居るのが金色様――決して死なず、朽ちず、無尽蔵とも思える知識と力を持ち、時を越えて在り続ける存在であることは言うまでもありません。
 時に狂言回しとして、時に物語の主人公の一人として、そして何よりも観察者として、金色様は在り続けるのであります。

 そう、金色様の存在を評するとすれば、観察者というのが最も正しいのかもしれません。金色様は自分では判断しない――基本的に主に仕え、その命じるままに振る舞う者なのですから。
 そしてそれだからこそ、金色様のみが、物語に無数に散りばめられた人間の生の諸相、すなわち善と悪、嘘と真実(ちなみに作中で、真実を語った者の命を奪う雪女が、何度かモチーフとして描かれているのが興味深い)を見届け、見抜くことができる……

 というわけでは実はないのも面白い。あくまでも金色様は観察するのみ、人間の価値判断とは無縁の存在なのであります。
 そしてそれが本作を貫く一種の無常感と、それと背中合わせの人間の必死さ、懸命さと、その源である生命力を際だたせるように感じられます。(そもそも、本作において最も重要な真実は、金色様さえ知ることはないのですが……)


 終盤に至り、やや突然にユーモアやアクションが飛び出してきた感はありますし、そして何よりも文字通りのデウス・エクス・マキナとして金色様が機能してしまっている印象は否めません。

 それでも、物語を包む謎と嘘の皮が一枚ずつ剥がれ、そしてその先に人間の生の真実の姿が見えるという構造は極めて魅力的です。
 そしてその先に微かに見える、金色様が語るところの「テキモミカタモ、イズレハマジリアイ、ソノコラハムツミアイ、アラタナヨ」という希望の存在もまた。

 もっともっと金色様とともに、物語を、人間の生を見ていたい――そんな気持ちにさせられる、不思議な物語でありました。

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2018.01.30

速水時貞『蝶撫の忍』第1巻 昆虫の力持つ忍者たちの死闘開幕

 『アラクニド』『キャタピラー』など、昆虫をモチーフ・題材にした作品を描いてきた原作者による時代漫画――昆虫をモデルとした異能を持つ忍びたちが死闘を繰り広げる、どんでん返しの連続の忍者活劇であります。

 本能寺の変から一年後、京の色里のとある店を訪れた羽柴家の足軽を名乗る青年・半坐。そこで待っていたのは噂に名高い辻君・鱗。指先だけで男を快楽に導くという美女であります。
 しかし彼女の正体は「胡蝶」の別名を持つ甲賀の忍び――鱗の忍術で動きを封じられ、驚く半坐ですが、そこに鱗を狙う甲賀の忍びが出現。実は伊賀の忍びであった半坐は成り行きから鱗を助けて刺客を退けることとなります。

 敵の狙いは鱗のみが在り処を知るある人物の首級。二人はそれを狙う甲賀最強の十忍衆を向こうに回して旅に出ることになります。
 果たして鱗の背負った過去とは、そして彼女の守る首級の正体は……


 絵柄的には比較的かわいらしい(パッと見には時代ものらしからぬ印象もある)本作。しかし誰が味方か、誰が敵か――どこに敵が潜み、誰がどんな顔を隠しているかわからない中で、襲い来る敵との死闘は凄絶、壮絶の一言であります。
 そしてそこで双方が繰り出す忍術が実に面白い。この忍術合戦こそは忍者ものの華であることは言うまでもありませんが、本作のそれは、他の作品にはない強い異彩を放つものなのです。

 冒頭に述べた通り、登場する忍者たちは、いずれも「昆虫」にまつわる術を用います。そう、本作においては、あの小さな昆虫たちが持つ、驚くべき能力をベースとした忍術の数々を、ケレン味たっぷりに描かれるのであります。

 例えば主人公たる鱗は、その「胡蝶」の別名が示すとおり、蝶の能力をベースとした忍術を用いる忍び。
 蝶の触覚にも比される、その生まれついての鋭敏すぎる手の感覚を用いて相手の耳のツボを刺激して動きを封じる「快楽縛」、蝶の鱗粉を着物に塗り込むことによりその超撥水効果で水をも斬り裂く刃に変える「鱗翅刃」など――実にらしい技揃いなのです。

 もちろんこれは敵の側も同様、様々な昆虫の能力を持った/模した者たち同士の死闘となっていくのですが――主人公が元々強力な蜘蛛などではなく(蜘蛛は昆虫ではない、というのはさておき)、一見か弱い蝶の能力持ちというのは、バトルものとしてもなかなかに考えられていると感じさせられます。

 あるいは、互いが忍術を繰り返すたびに解説が入るのは煩わしいと感じる向きもあるかもしれませんが――この辺りの一種疑似科学的とはいえ、一つ一つの術に説得力を与えようとする姿勢は、山田風太郎の忍法帖のそれを思い出させるものであって、好感が持てるところであります。

 そしてもちろん、物語の方も魅力的であります。物語の中核である、鱗が守る首級の正体は、これは物語が本能寺の変から始まるのを見ればすぐにわかりますが、それでは何故彼女がそれを守ろうとするのか?
 その理由には、伝奇性はもちろんのこと、本作ならではの説得力と、ドラマ性があるのです。

 そこには、昆虫という人外の力を持ち、そして心まで人間のそれを捨てることを求められた忍びでありながらも、なお人間であろうとする鱗の心の在り様があると言えるかもしれません。
 そしてそれが、本作を忍者同士のバトル漫画に終わらせない効果を挙げているのではないか――そうとも感じられます。


 しかし彼女がどれだけ人間であろうと望んでも、敵は容赦なく襲いかかります。それも全く予想もしない場所から、予想もしない形で。
 この第1巻のラストでは、それが最悪の形で現実のものとなるのですが――さてそれで彼女が終わるのかどうか。

 甲賀といえば――と、新たなる敵も参戦する中、鱗の戦いが、物語がどこに向かうのか。大いに気になる物語の始まりであります。

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2018.01.29

ごうだあぶく『でらしねをどり』第1巻 長命者が旅の先に求めたもの

 普通の人間とは異なる時を生きる少年が辿る数奇な運命を描く物語の開幕編であります。戦国から江戸という時代が激しく動く中で、少年が見たもの、得たものとは……

 とある山寺で暮らす少年・慶。親代わりの仁慶・悟慶兄弟に庇護されながらも、山寺から出ることなく暮らす彼には、一つの秘密がありました。
 それは常人に比べ、遙かに成長が遅いこと――まだ少年にしか見えない彼は、実は生まれてから数十年、この寺で暮らしていたのであります。

 人と異なる時の流れを生き、常人よりも遙かに長命であるという、「永命族」とも「蛇」とも呼ばれる者たち。
 その一人である慶は、周囲の好奇の目や、迫害から身を守るため、仁慶らによって人里離れた寺の中で守られてきたのですが――慶にとってそれは牢獄暮らしも同然であります。

 しかしそんな慶の暮らしは、突然終わりを告げることとなります。時あたかも戦国時代、無縁に見えた外界の激しい争いがついに寺にまで波及し、寺を自領に収めようという織田の軍勢が押し寄せてきたのであります。
 その炎の中で、悟慶が自分と同族であったことを知る慶。仁慶の犠牲で寺を逃れた二人は、悟と啓と名を変え、当て所ない根なし草として放浪の旅を続けることに……


 誰もが逃れぬことのできぬ老いという現象。それ故か、その老いから無縁の――少なくとも常人よりも老いを長く遠ざけることができる――長命の人々の存在は、古今東西の神話や伝説、あるいは物語の中に数多く登場してきました。

 しかしそんな長命族は、同時に極めて孤独な存在であります。常人と異なる時を生きるということは、常人と共には生きられないということをほとんどの場合意味するのですから。
 時に生死で引き裂かれ、時に迫害を受け――様々な形で孤独を味わう彼ら。本作もまた、そんな彼らを描く物語の一つであることはいうまでもありません。

 そして本作のユニークな点は、主人公たる慶=啓が求めるのが、己の孤独を癒すものだけでなく、「夢」である点と言えるかもしれません。
 生まれてからずっと寺の中で暮らしてきた啓は、孤独である以上に(少なくとも彼には共に旅をする悟がいるのですから)、己が生きる目的を、「夢」を持たぬまま生きてきたのですから。

 人は何のために生きるか、というのは極めて普遍的な問いかけであります。それが、まだ己の人生を歩み始めた若者にとってはなおさら。
 本作の啓もまた、肉体年齢はともかく、そうした若者に等しい存在。本作は長命の者の悲哀を描く以上に、一種の青春ものという性格を、色濃く持つのです(そしてそれはある意味、悲哀の前段階というべきものかもしれませんが……)

 そして本作の場合面白いのは、啓の夢探し、自分探しの一つの手段となるのが、タイトルにもある「踊り」であることでしょう。
 長き旅の途中、悟と啓が身を寄せた「場」――それはかぶき踊りの一座。そう、ここであの出雲の阿国が絡んでくるのであります。

 いかにもわけありの二人をさして疑いもせずに受け入れ、旅を続ける阿国。なるほど、一つところに留まらずに漂泊を続ける旅芸人たちほど、長命の者たちが加わるに相応しい存在はないかもしれません。
 そしてその暮らしの中で啓は、単に己の生に流されるのではなく、「今」を生きることに自覚的になっていくのですが……


 と、この辺りの展開はなかなか面白いのですが、実はこの第1巻であっさりと終わってしまうのがなんとも勿体ない(阿国とくればこの人、の名古屋山三郎もちょい役なのが残念)。
 そのためか、この巻は設定紹介編的な趣さえ漂うようのですが――しかしこの巻のラストで描かれる啓の姿には驚かされます。

 それは彼が自分の夢を掴んだ姿なのか、はたまた夢を受け継いだ姿なのか――連載は一年ほど中断しているようですが、そろそろその先の物語を見たいところではあります。

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2018.01.28

都戸利津『嘘解きレトリック』第6-8巻 探偵の正体、少女の想いの正体

 人の嘘を聞き分ける能力を持つ少女・鹿乃子と貧乏探偵・祝左右馬のコンビによる昭和探偵物語もいよいよ佳境であります。物語の焦点はいよいよ左右馬の周辺に移っていくことになります。

 左右馬の助手を勤めるうちに、己の能力を少しずつ肯定的に受け止めることができるようになった鹿乃子。しかしそんなある日、左右馬が殺人事件の容疑者として捕らえられることになります。
 何者かの手紙に呼び出され、とある旅館に泊まった左右馬。しかし何事も起きず旅館を出たその直後に、彼が泊まっていた部屋から死体が発見されたというのですが……

 というわけで第7巻のメインとなるのは、鹿乃子が左右馬の濡れ衣を晴らすために奔走するエピソード。探偵不在の状態で助手が探偵役を務める――というのは探偵もののシリーズでは定番ではありますが、今回驚かされるのは、前巻に登場した「史郎」が鹿乃子の協力者となることでしょう。

 とある名家の跡取りを探す中で、跡取りを騙って現れた「史郎」。人当たりのよい美青年ながら、得体の知れぬところを持つ彼は、何と鹿乃子が嘘を見抜くことができることを知っており、そして協力を申し出たのです。
 彼の思惑はどこにあるのか、何故鹿乃子の力を知っているのか。そして何より二人は事件の謎を暴き、左右馬を救えるのか?

 ミステリとしては小粒ながらトリックも面白く、そしてラストの左右馬と鹿乃子のやりとりが楽しくも温かいものなのが実にいいのですが――しかしそれ以上にラストで「史郎」が語る、彼と鹿乃子のある共通点に度肝を抜かれるエピソードであります。


 そして続く第7巻から第8巻にかけては、先の事件が自分の実家に絡んでいたこと、そしてその企てに「史郎」自身が絡んでいたことを知った左右馬が、「史郎」の正体を知るため、兄・篤嗣を訪ねることになります。

 左右馬の実家が実は大富豪というのは、ある意味お約束、そして彼が家を出た理由と篤嗣との確執も予想できるものではあります。そして実家で事件が、というのも定番ですが――しかし面白いのは、それが篤嗣の妻・澄子にまつわる事件であることでしょう。
 澄子に近づき、告白といってもよいような言葉をかける若い男。しかし鹿乃子はその言葉に嘘を感じ取ります。その真実を追って、左右馬と鹿乃子は、篤嗣や澄子が参加する園遊会に紛れ込むことになるのです。

 周囲からは「おかめ」「家柄だけが取り柄」と揶揄される澄子。篤嗣もまた彼女に対してそっけなく振る舞うのですが――ここで澄子の事件が進展していくにつれ、彼の「真実」をも明らかになるという構成が巧みの一言。
 特に澄子に対する篤嗣の「家柄以外を望むのはおこがましい」という言葉が、全く意味を変えて浮かび上がる結末には、驚かされたりニッコリさせられたり、であります。


 さて、こうして左右馬自身の事件もひとまず落着したのですが――しかし第8巻の後半では、思わぬ波乱が鹿乃子と左右馬を(特に鹿乃子を)襲うことになります。

 ある日、二人の事務所に突然転がり込んできた美女・レイコ。事務所に居候することになった彼女はその美貌と明るさでたちまち周囲を引きつけるのですが、しかし鹿乃子の耳に聞こえるその言葉は嘘だらけなのです。
 そして鹿乃子も、レイコの「左右馬先生が結婚したらどうする?」の言葉に鹿乃子は動揺しまくる羽目に……(その言葉に、左右馬が誰かと結婚する夢を見てしまった翌朝の鹿乃子の表情が絶品!)

 しかしこのレイコのちょっと意地悪な言葉は、実は彼女自身に向けられた言葉であって――と、レイコの正体を追う左右馬と鹿乃子がたどり着いたその真実が実に切ない(人によってはその真実には一発で気付くかもしれませんが……)

 しかしそのその残酷な真実を前に、ただ嘘をつき続けるしかなかったレイコに対する左右馬の言葉が、これまた素晴らしいのです。
 そこで語られるのは、人は何故嘘をつくのか、つかなければならないのかという、人が嘘をつくことの意味。そしてそれは、本作で描かれてきた嘘と真実の数々をここに来てもう一度見つめ直すことにほかなりません。

 レイコが最後に選んだ道と、そこに込められた真実と嘘を浮かび上がらせる、本作ならではの、本作でなければ描けない結末も本当に素晴らしいのですが――しかしラストでこれまた本作ならではの形で爆弾が大爆発!
 鹿乃子が知ってしまった「嘘」が、この先彼女に何をもたらすのか――おそらくは残り2巻、その結末が、もう楽しみで楽しみでならないのであります。

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2018.01.27

中村理恵『JIN−GAI』 人気歌舞伎役者が挑む怪奇の事件

 化政時代に華やかに開いた江戸の大衆文化――その中でも花形中の花形というべき人気女形が次々と引き起こされる奇怪な事件に挑む、連作怪奇捕物帖といった趣向の物語であります。

 江戸三座の一つ・中村座でも一番人気の女形・香川蘭之丞。彼が舞台で藤娘を演じる最中、突如頭上から血しぶきとともに男の死体が落下、場内は騒然となります。
 そこに駆けつけたのは、自称岡っ引き見習いの少女・風花と、蘭之丞の友人の医師・志賀温斎。死体は蘭之丞への差し入れの菓子を裾分けされた小屋の下働きであったことから、蘭之丞を狙った犯行と思われたのですが――その騒動の渦中で、蘭之丞の背中に、カギ爪の傷跡があることを知る風花。

 それこそは、江戸を騒がした盗賊団の首領・紅蜥蜴が犠牲者に残すという傷――実は蘭之丞には、元は武士の生まれながら紅蜥蜴に両親を殺されて家を失い、役者となった過去があったのです。
 自分も岡っ引きであった父を紅蜥蜴に殺されていた風花は、蘭之丞とともに紅蜥蜴を追おうとするのですが、手酷くはねつけられて……


 という第1話から始まる本作。美女と見紛うほどの美しい容貌とは裏腹に性格はオレ様な蘭之丞、少女ながらに岡っ引きを目指して様々な事件に首を突っ込む風花、蘭之丞のファン第1号を自認する(そしてちょっと妖しい雰囲気の)温斎のトリオが、4つの怪事件に挑むことになります。

 歌舞伎役者が主人公という物語のスタイルは決して珍しいわけではありませんが、本作の場合、蘭之丞は両親を亡くした子供時代に蔭間茶屋に拾われ、そこから這い上がってきたという設定はなかなかに生々しく、印象に残ります。
 特に第1話では、その名の通り紅色の蜥蜴の刺青を持つという紅蜥蜴を見つけだすため、様々な男に肌を許していると語られるのにも驚かされるのです。

 そしてその後も、歌舞伎役者としての蘭之丞、そして歌舞伎というある種の幻の世界を舞台としたエピソードが続きます。

 お練りの最中の蘭之丞が、何者かに芝居で使う「人魂」を投げつけられた事件の背後に、千両役者を夢見る男の哀しい想いが浮かぶ第2話。
 演じたものは鬼女に取り殺されるという鶴屋南北の「化野恋道行」を演じた蘭之丞の前に謎の女中が現れ。蘭之丞たちが鬼女の潜む屋敷に招かれる第3話。
 「仮名手本忠臣蔵」の舞台に立つ蘭之丞に対し、少年が父の仇討の助太刀を求めてきたものの、しかし当の父は……という第4話。

 オカルティックな怪異譚あり、人情譚ありと、各話の趣向は様々ですが、第2話以降のエピソードは、悩める人々(人以外も)を蘭之丞の「芸」が、芸に対する「覚悟」が救うという趣向は面白いと思います。
 特に第2話のラスト、華やかな世界を夢見るあまり死霊に憑かれた男を、衣装も装飾もなしに鎮魂の舞いを踊ってみせることで、死霊も男の魂も同時に救うくだりは、本作ならではのものと感じます。
(それを受けて温斎のセリフもなかなかよいのです)


 ただ残念だったのは、ある意味本作の中ではメインの物語とも言える第1話が、ミステリかと思えば実は――という展開だったこと。
 普段であれば大歓迎の趣向なのですが、描写が今ひとつだったこともあり、展開的に意外性というよりもちょっと安直さを感じさせられてしまうものだった、というのが正直なところでした。

 あるいは本作がもう少し続けば、この辺りの印象も変わったのかもしれませんが、本作は全4話で完結。風花の存在が蘭之丞にとっての救いになることが仄めかされていただけに、少々もったいない気がする――というのも正直な気持ちではあります。

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2018.01.26

皆川亮二『海王ダンテ』第4巻 新章突入、新大陸で始まる三つ巴の戦い

 超古代の「書」の力によって異能を発揮する英国海軍の若き士官ダンテことホレイショ・ネルソンの活躍を描く海洋伝奇活劇ももう第4巻。この巻からは舞台をオーストラリアに移し、ナポリオ率いるフランス軍や死の眠りから覚めた海賊女王との戦いが始まります。

 アメリカ大陸での冒険から数年、中尉に昇進したダンテは、4年前に発見された新大陸オーストラリアへ、流罪人の護送と航路の調査を行うという新たな任務を与えられます。

 航海にはオーストラリアを発見したキャプテン・ジェームズ・クックその人も加わり、無事目的地に到着したダンテたち。しかしそこではナポリオらフランスが一足先に上陸し、石油採掘基地を建設して傍若無人に振る舞っていたのであります。
 さらにナポリオの兄・ジョゼによって甦ったスカンディナビアの女王アルビダがダンテを襲撃。前巻に登場したオルカの助っ人で辛うじて難を逃れたダンテとクックですが、ナポリオを野放しにできるはずもなく……


 南極、インド、アメリカときて、今度はオーストラリアと、世界の全大陸を制覇する勢いの本作。アメリカ編では小ピットがゲストキャラとして登場しましたが、今回は日本ではさらに有名なクック船長が登場するのが、まず嬉しいところであります。

 このクック船長、いわゆる史実上の業績については作中で解説されていますが、初登場シーンなどで、陽気で身分に拘らない自由な人物という、本作ならではのキャラクターを見せてくれるのがまず楽しい。
 その一方で、彼は、自らの発見がオーストラリアを害する結果になりかねないことに対して、強い責任感と罪の意識を抱く人物としても描かれます。それが、ダンテのメンターにしてバディ役として行動する理由となっているのも巧みなところでしょう。

 そしてバディと言えばもう一人、前巻で強烈な印象を残した自由人、不死者の青年海賊・オルカが、助っ人として実に格好良いところを見せてくれるのも、これまた嬉しいところであります。

 さらに今回の敵の一人であるアルビダも、かつて深く動物たちを愛し、そして自由を求めて国を捨て海に出たという生前の記憶を強く残した、単純な悪役とは言えない造形となっているのが印象に残るところです。
(にしても、本来ラスボス格でありながら、復活させた海賊たちに振り回されるジョゼが実に可笑しい)

 もちろんアクションの方も、ダンテの操る書の力や、ナポリオのオーバーテクノロジーはもちろんのこと、動物を自在に操る能力を持つアルビダの大暴れもあり、皆川作品ならではのダイナミックなビジュアルが続出。この巻も、これまで同様の楽しさがある、と言いたいところですが……


 しかし少々引っかかったのは、ナポリオとフランス軍の存在であります。

 作中で互いに呆れ、嘆くように、ダンテが行く先々に現れては、悪事を行っているナポリオ。
 この宿命のライバル同士の対決が物語の太い柱である以上、それは当然の展開なのかもしれませんが――しかしこうも続くとさすがにどうかという印象はあります。

 しかしそれ以上に引っかかるのは、(少なくとも現時点においては)植民地主義の強い負の側面を、ほとんどフランス側に押しつけているように感じられる点であります。
 あるいはそれは、ダンテが主人公でありナポリオが悪役という、描写の都合であるかもしれませんが――しかしイギリス側も何ら変わることはなかったのもまた史実でしょう。

 もちろんイギリス側にも非があることは、これまでも何度も描写されているところではあり、特に今回ダンテは強い反省の弁を口にするのですが、さてそれが実を持ったものとしてこの先描かれるのかどうか。
 この物語の時点から十数年後に始まるイギリスの入植が、オーストラリアに何をもたらしたのかを考えれば、いささか複雑な想いに駆られるところであります。


 もちろん、このオーストラリア編はまだ半ば。この先に何が描かれるか、ダンテやクックの想いが、物語をどこに導くのかはわかりません。
 それがこれまで同様、人の善性と希望を感じさせるものであることを祈りつつ、第5巻を待ちたいと思います。

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2018.01.25

ブラム・ストーカー『七つ星の宝石』 古代の魔女王を巡る謎と怪奇と「愛」

 『吸血鬼ドラキュラ』で怪奇小説家として不朽の名を残したブラム・ストーカーの知られざる作品――20世紀初頭のイギリスを舞台に、古代エジプトの忘れられた女王の遺物が奇怪な事件を引き起こす、長編オカルトホラーの佳品であります。

 ある晩、突然の急報に叩き起こされた青年弁護士マルコム・ロス。最近パーティーで知り合ったマーガレット嬢が、父であり、エジプト学の権威として知られるトレローニー氏が、何者かに襲われて倒れために助けを求めて来たのです。
 密かに憎からず思う美女の頼みにトレローニー邸に駆けつけたロスが見たのは、密室となった自室で腕に傷を負って倒れたトレローニーの姿。しかも傷の深さはさほどでなかったにもかかわらず、彼は深い昏睡状態となっていたのです。

 駆けつけた医師や刑事たちとともに調査に当たるロス。しかしトレローニーが、この時を予想していたかのようにマーガレットに対して奇妙な指示書を残していたことから、ロスたちは、不寝番をすることになります。
 しかし、不寝番の者たちも原因不明の催眠状態に陥り、再びトレローニーが襲撃されるなど、なおも続く不可解な事件。そんな中、トレローニーの友人であり、彼の求めでエジプトに向かっていたという男・コーベックが屋敷に現れます。

 トレローニーと共に、かつてエジプトの魔術師の谷と恐れられる場所で、数々の魔術を操り、歴史上から抹消された女王テラの墓を訪れたとロスに語るコーベック。
 そしてテラのミイラと、一緒に埋葬されていた北斗七星が彫られた宝石は、この屋敷に運び込まれていたというのです。

 その魔力で死後の再生を計画していたというテラを現代に復活させようとしていたトレローニー。その企てと、一連の怪事には関係があるのか。そしてマーガレットとテラの容貌が酷似しているのは果たして偶然なのか。
 事件は思わぬ方向に展開、恐るべき最後の実験の先に待つものは……


 ミステリアスな導入部から始まり、丹念な状況説明と数々の事件の積み重ね、それらを支える客観的な証拠――と、『ドラキュラ』にも通じる手法で描かれた本作。
 ロスの一人称で語られること、そしてロスとマーガレットのロマンスが物語上で大きなウェイトを持つことから、受ける印象はいささか異なるかもしれませんが、その独特のリアルさは、今読んでも十分に魅力です。

 特に前半部など、舞台はほとんど屋敷内に限定されている(というより本作、回想シーンを含めても主な舞台がほとんど3、4ヶ所に留まるというのが凄い。この辺りは演劇人としてのストーカーの手腕でしょうか)にもかかわらず、息詰まるようなサスペンスと怪奇性に圧倒されること請け合いであります。

 その一方で、後半に入るといささか物語の趣が変化し、思索的な部分や解説的な部分が多くなることで――その中には特に現代人からみれば科学的にどうかというものもあり――少々違和感を感じないでもありません(上で述べたロマンス描写もいささかくどい)
 そしてその先に待つ結末も、少々、いやかなり意外なものであって――本作に厳しい評価を下す向きが少なくないのも理解できるところではあります。


 しかし、『ドラキュラ』と同じく異国から、そして長き時を超えて現れた魔人と現代人の対峙と描きつつも、本作においてはその現代人側のベクトルが逆方向を向いているというのは、非常に興味深く感じます。
 そしてその関係性を、両者をそれぞれ代表する二人の女性――それも外見はほとんど同一の――「愛」の存在を以て描き出すというのも、実に面白い(もっとも、この点が難解さに繋がっているきらいもあるのですが)。

 この「愛」はそれぞれに異なる意味を持つものではあり、テラ女王のそれは、一般にいうものと大きく意味は異なります。しかしついに姿を現したテラの意外な姿をも含めて考えると、この女性たちの持つロマンチシズムと、男性たちの傲慢ですらある合理性のすれ違いが、あの結末を招いたのではないかとすら、考えてしまうのです。

 もちろんこの着地点は、もちろん私の勝手な想像ですし、やはりいかにも怪奇小説然とした前半からは、遠く離れたものではあるかもしれませんが……


 ちなみに本作は後に別バージョン(短縮版)が発表され、そちらではほとんど全く正反対な結末となっているのも面白い。本書にはそちらの結末も併録されており、読み比べてみるのもまた、大いに想像力を刺激されるところであります。


『七つ星の宝石』(ブラム・ストーカー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
七つ星の宝石 (ナイトランド叢書)

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2018.01.24

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第4巻 彼にとっての「家」、ねこまたにとっての「家」

 軒に一匹、必ず一匹。それは人を見守るだけ、けれど確かに存在している――そんな不思議な存在「ねこまた」。常人には見えないそのねこまたたちを見ることができる――どころか五匹ものねこまたに囲まれて暮らす岡っ引きの仁兵衛の日常を静かに、暖かく描く四コマシリーズの最新巻であります。

 京の町にその人ありと慕われる名岡っ引きながら、いつも独り言を呟いていることから、「ささめ(つぶやき)の親分」というあまり有り難くない渾名で呼ばれる仁兵衛。
 実はその身に一匹(さらに家には四匹)のものねこが憑いている彼は、常人には見えないそのねこまたに話しかけているだけなのですが……

 何はともあれ、言葉は喋れず、周囲のものに触れることはできず、上に述べたように普通は見ることもできない存在ながら、人の側に確かに居るねこまた。
 猫に似ているけど猫じゃない(今回、改めて図解されているのが非常に可笑しい)、基本的に非常にかわいいけれども、ちょっと不気味なねこまたに囲まれて、今日も仁兵衛は元気に暮らしているのであります。

 というわけで、ある意味「日常系」の四コマ漫画である本作。それゆえこの巻もまた、非常に内容を紹介しにくいところではあります。
 しかし夏の暑さに秋の紅葉、冬の寒さなどなど、その季節ならではの風物と不思議なねこまたたち、そして仁兵衛親分のやりとりは、変わらない空気感だからこそ、実に心地よく、尊さすら感じさせられます。

 ねこまたたちが居る家が住む者に安らぎを感じさせるように、というのはいささか格好良すぎる表現かもしれませんが……


 しかしこれまで同様、この巻においても、四コマだけでなく、数ページに渡る長編エピソードが収録されています。
 その一つは、前の巻で初登場した浪人・三好――お尋ね者を斬ってその首にかけられた賞金で暮らす流れ者であり、そしてその三度笠には白ねこまたが憑いているという謎の男の、過去の物語であります。

 かつては歴としたさる藩の侍であった三好。その彼が、何故血腥い渡世に生きる浪人となったのか――ここで描かれたその物語は、ある意味、この世界には(=時代ものでは)ごくありふれたものであるかもしれません。

 しかしそれは三好にとって、ここにしかない彼にとっての「家」が永遠に失われてしまったということであります。武士にとってそれがどれだけ重いことであるか――彼が自らを野良犬と自嘲する姿からは、それが痛いほど伝わってきます。
(ちなみに、この巻で、彼が「新しい砥石を買わねば」と独りごちることで、その背後の出来事を想像させる描写には、大いに唸らされました)

 しかしその一方で――いささか奇妙なことではあるかもしれませんが――彼の「家」は、まだまだ失われていないのかもしれない、とも感じさせられます。
 かつては彼の家に憑いていた白ねこまた。そのねこまたが、彼の三度笠に憑いて(もっとも三好はそれを知らないのですが)共に旅を続けているということは、ある種極めて象徴的に感じられるのですが――それはセンチメンタルに過ぎる見方でしょうか。

 しかしそれを承知の上でも、そうあって欲しいと思ってしまうのは、やはり本作がどこまでも優しさを感じさせる物語であるからでしょう。
 そしてそれが三好にとっての優しさでもあって欲しいと――この巻を読んで改めて感じさせられました。

 この巻のもう一つの長編、仁兵衛の家に憑いた四匹のうち二匹の過去を描いた物語のラストカットを見れば――それは偶然の相似なのかもしれませんが――なおさら、そう感じさせられるのであります。


『ねこまた。』第4巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス) Amazon
ねこまた。(4) (芳文社コミックス)


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2018.01.23

北方謙三『岳飛伝 十三 蒼波の章』 健在、老二龍の梁山泊流

 いよいよ物語も後半戦に突入した北方岳飛伝、前巻でついに北進への第一歩を踏み出した岳飛と秦容ですが、まだまだ道は遠い状況。その一方、金国では新帝・海陵王が南宋占領を目論んで南進を開始するなど目まぐるしく状況が動く中で、今回気を吐くのは老いたる二龍であります。

 五万の大軍を以て南方侵攻を狙った南宋の辛晃を、秦容との連携で完膚なきまでに打ち破った岳飛。南宋国内に潜伏した三千の岳家軍と、そしてもちろん秦容と連携して、いよいよ北進、中華からの金国放逐を目指した戦いが始まる――のはまだ先、という印象です。
 確かに、一つの国――いや、その前に南宋とも戦わねばならないことを考えれば、決して短い道のりでないのは当たり前のお話。かつて梁山泊が北宋に挑んだ時のことを思えば、岳飛の戦いは、遥かに早く、そして勝ち目を持ったものとして感じられるのも事実です。

 しかしやっぱりもう少し大きく動いてもらえないかな、と思ってしまうのも正直なところではあります。南宋も金も、そして梁山泊も大きな動きを見せているだけに……
 そしてその動きの一つが、先帝を弑するという手段で以て帝位に就いた海陵王の、子午山侵攻――そう、あの子午山であります。


 これまで、梁山泊はもちろんのこと、他の勢力においても一種の聖域として――あるいは存在しないものとして扱われてきた子午山。王進が没し、彼に育てられた男たちが皆山を降りても、それは変わることはありませんでした。
 が、兀朮に対して対抗意識を燃やす海陵王は、兀朮もスルーした子午山に手を伸ばすことで自分の力を示そうという、非常に子供じみた意識で、禁軍の大軍勢を率いて子午山周辺に侵攻することになります。

 が――これが一番怒らせてはいけない男を怒らせることになります。そう、子午山で育てられた最初の世代の最後の生き残り、九紋龍史進を。
 最近では老武人の幕引き役か、生意気な若造シメ役となってきた史進ですが、これは単なる若造のイキリではすまない、絶対にやってはいけない行為。まさしく逆鱗に触れられた史進によって、金国禁軍は散々に叩きのめされることに……

 これはもう、始まる前から結果は分かり切った戦いなのですが、むしろ見どころは、戦いの前、子午山の王進と王母の墓を訪れた史進の言葉でしょう。『水滸伝』からの読者にとっては感涙必至の名場面であります。


 そして九紋龍が大暴れした一方で、もう一人の龍もまた、渾身の活躍を見せることになります。史進と並び、今では梁山泊最古参の一人――混江龍李俊が。
 前巻では韓世忠を一刀両断にするという剛勇をみせた李俊ですが、この巻では引き続いて、一度は梁山泊に放棄され、南宋に奪われた沙門島奪回に動き出すことになります。

 しかし沙門島には数多くの戦船を有した五千の大軍が島を要塞化して駐屯。名のある敵はいないとはいえ、この困難な状況から如何に島を奪回してみせるのか……
 と、これまで死亡フラグを何度も立てている李俊だけに非常に心配にもなりますが、ここで繰り広げられるのは、「元気」としか言いようのない李俊たちの暴れっぷり。最近おとなしめの戦いが続く本作において、久々にド派手な戦いを見せていただいた、という気分であります。

 そして、数は少なくとも精兵で大軍を散々に打ち破るという史進の戦い、そして強敵難敵に対して奇策で挑むという李俊の戦い――この二つの戦いは、(北方版に限らない)「水滸伝」の魅力である、「梁山泊流」とも言うべきものであります。
 その梁山泊流がこうしてまだまだ健在であることを示してくれたのは、何とも嬉しいことではありませんか。

 その先で李俊を待っていたのが、言葉を失うような事態だったのは、これはこれで本作らしい展開ですが……


 しかしその間も、中華を巡る動きは激動の一言。懲りない海陵王は大軍を率いてついに南宋に侵攻し、これに対して南宋軍の新たな総帥・程雲が南宋全軍を率いて対峙。
 作中でも秦檜に茫洋としていると評されるなど、今ひとつ目立たない人物でしたが、ここでその真価を発揮することになります。

 古強者が活躍する一方で、次々と登場する新たな力。その間に挟まれた格好の岳飛の活躍はいつか――繰り返しになりますが、そろそろ大きく動いて欲しいものであります。
 そして個人的には、子午山を出て以来、流される一方に見える(同時に梁山泊の存在に縛られている)王清の行方も気になるのですが……


『岳飛伝 十三 蒼波の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 十三 蒼波の章 (集英社文庫)


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2018.01.22

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第5巻 激突、大力の士vs西楚の覇王!

 漢の高祖・劉邦に仕えて天下を取らせたという奇才・張良の姿をユニークな視点から描く異伝の第5巻であります。窮奇と項羽、ついに出会った二人の怪物ですが、そのファーストコンタクトは、ある意味極めて「らしい」展開に……

 兵を借りた相手が項梁に滅ぼされ、自分たちも窮地に陥ったものの、しかし張良の策と己の度量でこれを乗り切り、客将として小さいながらも己の足掛かりを得た劉邦。
 張良と窮奇、黄石も、項梁のもとで黥布や韓信ら後世に名を残す者たちと出会うことになります。

 そんな中、豊を落とした帰路で項羽と遭遇した張良たち。黄石が気に入ったと己の馬に乗せて走り去った項羽に対し、後を追った窮奇は、項羽と一触即発の状態となって……

 という前巻のラストを受けたこの巻は、窮奇と項羽の激突からスタート。窮奇と項羽、強者同士の一対一の、素手でのぶつかり合い――とくれば、名作『修羅の門』の作者にとっては独壇場であることは言うまでもありません。

 そう、ここで繰り広げられるのは、互いに規格外の怪物同士の格闘は、久々の実に作者の作品らしい緊迫感とスピード感溢れるバトル。
 窮奇が戦いの中で「技」「防御」を使ってみせるのに対し、項羽は一切防御もせずにひたすら剛力を振るう(その一方で、投げられながら体を畳んで相手を蹴るというどこかで見たようなムーヴを繰り出すのも驚き)という描き分けも見事で、川原節を大いに堪能させていただきました。

 それにしても、大力の士vs西楚の覇王とは、これはこれである意味ドリームマッチと言うべきでしょうか……


 何はともあれ、開幕早々のド迫力マッチに目を奪われるこの巻ですが、本作の面白さは、もちろんそれに留まるものではありません。

 張良の決死の覚悟――というより黄石の言葉で――項羽が引いた後に描かれるのは、これは史実通りの、項梁による楚王・懐王の擁立。
 この場面で、また項羽と劉邦がそれぞれ実に「らしい」姿を見せるのですが――本作らしさを見せるのは、それに続く場面であります。

 新たな旗頭ともいうべき懐王の擁立が、項梁に新たに仕えた老人・范増の献策と知った張良。これに対し、彼は単身項梁と范増のもとに乗り込み、自らの策を以て挑むことになります。
 その策とは、韓王家の公子・韓成の韓王擁立――懐王擁立と同様の策ではありますが、しかし韓は張良の故国。そして同時に韓王は、劉邦にとっての後ろ盾にもなる存在でもあります。

 この策に対して項梁は、いや范増はどう出るか――この辺りの展開は、比較的あっさり目の描写ではありますが、しかし見せ方のうまさで盛り上がる場面。
 張良の目に映った范増の人物像が、張良の行動の内容と結果に繋がっていくという展開も面白く、この先幾度となく激突するであろう両者の戦いの前哨戦としても、実に興味深いところであります。

 そして一度劉邦の下を離れた張良たちは、韓成と対面するのですが――この韓成のキャラクターがまた面白い。
 本作にはこれまでいなかったような、あるいはこの物語にはそぐわぬような人物でありつつも、だからこそ印象に残る造形で、さてこのような人物を戴いて、張良は如何に戦うことになるのか……

 というところで次の巻というのは如何にも殺生、物語の展開スピード(と電子書籍化)の遅さが本作唯一の欠点ですが、こればかりはじっと待つほかないでしょう。


 さて川原作品の単行本の楽しみと言えばあとがき。この巻では、項羽の重瞳に言及していますが――なるほど言われてみれば重瞳とはわかったようでわからない代物です。

 しかし本作においてはそれを見事にビジュアライズ。文字通り一目見てコイツはただ者ではない、とわかる項羽の存在感に繋がっているのですから、これまたさすがは――と唸らされたところです。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第5巻 (川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(5) (月刊少年マガジンコミックス)


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2018.01.21

「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)

 今年も充実のスタートの『コミック乱ツインズ』誌、2月号の紹介の続きであります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 いつ果てるとも知れない吉原からの刺客との戦いに苦戦する聡四郎。同門の弟弟子である俊英・玄馬を家士とした聡四郎ですが、はじめての人斬りに玄馬は目からハイライトがなくなって……
 という上田作品ではお馴染みの展開ですが、こういう時体育会系の聡四郎は役に立たない。では誰が――といえば当然この人! というわけで紅さんがその煽りスキルをフル活用。煽りの中に聡四郎への惚気を交えるという高等テクニックで玄馬の使命感を奮い立たせ、見事復活させることになります。

 そして白石からの催促に決戦を決意した二人は、師・入江無手斎に最後の稽古をつけてもらうことに――というわけで後半は無手斎無双。紅と無手斎、さらに玄馬と、聡四郎以外のキャラの活躍も増えてきたのが嬉しいところであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 犬神娘の悲恋を描く物語の後編――一族を失い、ようやく愛する人との平穏な暮らしを手に入れた犬神使いの少女・なつ。しかし彼女の夫となった元一領具足の甚八は、新領主である山内一豊の卑劣なだまし討ちにより、仲間共々命を落とすことになります。怒りと怨念に燃えるなつの犬神は鬼と化して……

 というわけで前編を読んだ時の不吉な予感は半分当たり半分外れて、鬼と化したのはなつ自身ではなく犬神の方。しかし鬼殺すマンにとっては見過ごせる事態ではなく、久々になつの前に現れた鬼切丸の少年は、彼女に刃を向けることとなります。
 しかし人間への不信と怨念に燃えるなつに対して、誰も恨むことなく命を擲った自分の母の話をする少年はちょっと悪手。予想通り、火に油を注ぐことになるのですが――しかし母への想いが、人間に怨みは向けないという少年の行動原理となっているのは面白いところです。

 なにはともあれ、最悪の事態は避けられたものの、かつて愛しあった相手に対しても、犬神使いとしての使命を果たさざるを得なかったなつを何と評すべきか。しかしそうすることこそが、相手が愛してくれた自分だと、しっかりと二本の足で立つなつの姿は、哀しくも一つの強さを感じさせます。
 とはいえ、ラストの山内一豊の妻の言葉のおかげで、「まこと女子は業が深い」という少年の言葉でオチとなってしまうのは、正直なところちょっと残念ではあります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 年齢も境遇もバラバラながら、西へ東へ放浪を続ける用心棒稼業という点のみ共通する三人の男を描く新連載の第2回。
 終活、仇討、鬼輪(いつの間にかこれが渾名に)とそれぞれを呼び合う三人のうち、今回は仇討――海境坐望の主役回となります。

 三人分の宿代のための用心棒仕事に急ぐ坐望が、その途中で出会った、これから仇討ちの決闘に向かうという兄弟。まだ幼いその姿にかつての兄と自分の姿を見た彼は、一度は見過ごしながらも、とって返して助太刀を買ってでることに……
 と、物語的には定番の内容ながら、絵の力で大いに読まされてしまう本作。坐望が、自分の稼業を擲ってまで兄弟のもとに駆けつけるまでの心の動きの描写もさることながら、何よりも、吹雪の中での決闘シーンが10ページに渡ってほとんど無音(擬音なし)で描かれるのが素晴らしいのであります。

 それにしても海境坐望という名前は原典がありそうですが――わからない自分の浅学ぶりがお恥ずかしい。


 その他、『エンジニール』は、ドイツ出張中でほとんど登場しない島の代わりに、その子・秀雄が主役となるエピソード。当時の都電の弱点を解消するための実験が、後の彼の偉大な業績に繋がるという展開は、面白くはありますが、さすがに逆算めいたものになっているのは残念。
 また、『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、芦名家の跡継ぎを巡る各勢力の思惑の描写がメインで、合戦続きだった最近に比べれば動きは少ない回ですが、兄への複雑な想いを覗かせる伊達小次郎の描写はさすがであります。(夫を亡くした悲しみからの義姫の復活方法もさすが)


 次号は久々に『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)が復活。今号の新連載のようにすっ飛ばす一方で、人気小説の漫画化作品も着実に掲載するのが、本誌の強みだと今更ながらに感じます。


『コミック乱ツインズ』2018年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年2月号 [雑誌]


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2018.01.20

「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)

 今年最初の『コミック乱ツインズ』は、連載再開の『鬼役』が表紙ですが、なんと言っても注目は巻頭カラーで新連載の『カムヤライド』。この作品をはじめとして今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『カムヤライド』(久正人)
 というわけで最注目の新連載の本作、独特のビジュアルとアイディアで熱狂的なファンを持つ作者は、これがもちろん本誌初登場ですが、物語の舞台も、これまた本誌初であろう古墳時代。そして主人公は鎧装ヒーローという、実際にその目で見てみなければ信じられない作品です。

 200年前の天孫降臨(という名の巨大隕石落下?)によって、九州を離れたヤマト族が、列島の中心に強大なクニを樹立した畿内を中心とする国家を樹立した4世紀。しかし各地ではヤマトへの反乱が相次ぎ、ヤマトの皇子・オウスは、九州を騒がす熊襲の王・カワカミタケルの討伐に向かうことになります。

 しかしオウスの前に現れたタケルは、巨大な蜘蛛が入り交じったような異形の怪物。その恐るべき力にオウスは配下を皆殺しにされ、追い詰められることになります。
 と、そこに現れたのは、オウスが旅の途中で出会った、道ばたで埴輪なる人形を売っていた奇妙な男・モンコ――そしてモンコは、鎧をまとった戦士・神逐人(カムヤライド)の姿に変身して……!

 というわけで、古代を舞台とした変身ヒーローアクションとも言うべき本作。最近はスーパー戦隊ものにデザイナーとして参加しているから、というわけではないと思いますが、外連味のたっぷり効いた台詞回しとアクションには、濃厚な特撮風味が漂います。

 かつて封印されたものの今また眠りから覚めた異形の国津神、そしてそれを封印する者・神逐人という設定も面白いのですが、しかしどこかで見たようなクマめいた外観の国津神、オウスはいきなり緊縛触手責め、そして、モンコの「芸術(わざすべ)は爆発だ(はぜたちぬ)!!」などという怪台詞ありと、第1話から飛ばしっぱなし。
 それでいて「俺の立つここが境界線だ!」「ここより人の世 神様立ち入り禁止だ」という決め台詞(?)から繰り出す封印キックは、ギミックも含めて実に格好良く、まずは快調な滑り出しであります。

 本誌の読者層とマッチするかはさておき、個人的には大歓迎の作品であります。


『薄墨主水地獄帖 獣の館)(小島剛夕)
 今号も登場の小島剛夕の名作復刻特別企画は、作者が昭和44年から46年にかけて発表した、地獄から来た男と嘯く謎の素浪人・薄墨主水を主人公とする連作シリーズの一編です。

 主水が訪れた城下町で跳梁する婦女暴行殺人鬼。その怪人と剣を交えた主水は、残された着物の切れ端を手がかりに、ある名家を訪ねることになります。そこに暮らすのは気弱そうな青年と、彼を溺愛する美しい母、そして二人にかしずく青年の妻。屋敷に泊まった主水は、そこで三人の異常な関係を目の当たりにするのですが……

 どことなく柴練ヒーローを思わせる着流し総髪のニヒルな浪人の主水ですが、ユニークなのは、彼が白面の美形などではなく、むしろ悪相の不気味な男であること。
 そんな彼だからこそ、本作で描かれる奇怪な人間関係を断ずるに相応しい――と感じさせる一方で、彼の、そして読者の予想を遙かに上回る異常な精神の存在を描く結末に驚かされるのです。

 ちなみに本作、当然のような顔をして主水が登場するのですが、実はシリーズ第1話とのことで、こちらにも驚かされました。


『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 公儀の隠密仕事を請け負う美人姉妹・桃香と桜紅の活躍を描く物語の第二話です。
 前回、旗本の長男・佑馬と花魁・黄瀬川の恋路を助けるため、二人の間を裂くという依頼を無視して黄瀬川を助けた桃香。これで一件落着かと思いきや、まだやることがあるという彼女の真意は……

 というわけで今回描かれるのは、佑馬サイドの物語対面を重んじる父によって座敷牢に入れられた佑馬の元に忍んだ桃香が、彼に対して与えたモノとは……という展開は予定調和的ではありますが、自分で手を下せば簡単なものを、敢えて回り道することで男の真意を試すというのは、なるほど女性主人公ならではの視点というべきでしょうか。。

 相変わらず主人公の公儀隠密としての設定は謎ですが、魅力的な物語ではあります。


 残りの作品はまた明日。


『コミック乱ツインズ』2018年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年2月号 [雑誌]


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2018.01.19

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』 新たな子預かり屋(?)愛のために大奮闘!

 最近は少数精鋭となった感のある妖怪時代小説の一つ――妖怪の子預かり屋になってしまった少年・弥助と、その育て親で実は元・大妖怪の千弥を中心とする騒動を描く本シリーズも本作で第5弾。今回は、しかし弥助ではなく、意外な人物が主役を務めることになります。遊び人のボンボン・久蔵が……

 貧乏長屋に二人で暮らす弥助と千弥ですが、弥助が妖怪の世界と関わり合うようになり、千弥の正体を知る前から――すなわち彼らが世間とほとんど接触せず、ひっそりと暮らしていた頃から、強引に関わってきた久蔵。
 これがもう、いいところのボンボンで両親が甘いのをいいことに、放蕩三昧の遊び人――彼の方は何故か千弥と弥助を気に入っているものの、特に弥助の方はいい加減な久蔵のことを毛嫌いしている状態であります。

 そんな彼がある日出会ったのは、初音という美少女――姿の妖怪、それも見目麗しさと気位の高さで知られる華蛇族の姫君。
 恋に恋する高飛車娘だった初音は、かつて千弥を初恋の相手に選んだものの、(弥助一筋である)千弥から手酷くはねつけられて意気消沈していたところに久蔵と出会い、彼の心の優しさに惹かれたのであります。

 久蔵もいつにない真面目さで彼女に応え、結婚の約束まで交わした二人ですが……

 というところで前作の引き、千弥と弥助のところに「許嫁がさらわれた! 取り返すから手を貸してくれ」と、久蔵が飛び込んでくる場面から、この物語は始まります。

 妖怪たちに連れ去られたという初音を連れ戻すため、妖怪である千弥(しっかり正体に気付いていたという、意外な久蔵の切れ者ぶりも楽しい)たちを頼ってきた久蔵。
 嫌々ながら(ほんの少し)手を貸すこととなった二人の紹介で、初音姫の親友であり厄介事好きの妖猫族の姫・王蜜の君の力を借りて、初音姫の後を追った久蔵ですが、実は初音をさらったのは、彼女の乳母であり、やはり華蛇族の萩乃だったのです。

 人間などと夫婦になるなどとんでもないと、初音を閉じこめた萩乃ですが、久蔵の思わぬ大胆さとしぶとさ、そして初音の想いの強さに手を焼き、それならばと久蔵に三つの試練を課すことに……


 シリーズタイトルにあるとおり、「妖怪の子預かり屋」が中心となる本作。今回は久蔵が実質的に主人公ということで番外編的な趣向のように思えますが――しかしその要素は、今回もしっかりと物語の中心に据えられることとなります。
 と言えば、鋭い方であればおわかりでしょう。そう、久蔵に課せられた三つの試練とは――というわけで、ここに新たな(!?)妖怪の子預かり屋が誕生するのです。

 しかし元々完全に嫌がらせであるだけに、今回登場する妖怪たちは、子供とはいえ強烈な連中揃い。心身どころか身上までまで痛めつける妖怪たちの容赦のなさは(特に二番手の不気味さ・妖しさは、さすがはこの作者ならではというべきでしょう)、これまでのシリーズでも屈指のものかもしれません。

 しかし――これまでの作品同様、本作は妖怪の子供と人間との、恐ろしくも愉しい攻防戦にのみ留まるものでは決してありません。
 ここで描かれるものは、それまで出会ったことのないような異界の存在と出会うことで、自分を見つめ直し、人間として生まれ変わる一人の男の成長譚と、その原動力となる愛の強さ・貴さなのですから。


 妖怪ものの魅力というのは、決して妖怪そのものの――いわばキャラクターとしての魅力にのみあるものではありません。
 妖怪ものを真に魅力的なものとするのは、(人間臭い面をある程度持ちつつも)人間とは大きく異なる存在である妖怪と、我々人間が出会った時に生まれる化学反応――特に人間側のそれ――の存在でしょう。

 言い換えれば、自分とは異なるレイヤーに生きる存在と出会った時に、ある種の多様性と接した時に、人は何を想い、何を為すのか――それこそが、妖怪を題材とする物語の魅力であり、醍醐味ではないでしょうか。
 本作は、欠点だらけながらもある意味人間味に溢れた人間である久蔵を主人公にすることにより、そして彼がある意味極めて「純粋な」妖怪の子供たちと接する姿を描くことにより、これまで以上にその要素を濃厚に感じさせるものとなっているのです。

 人間と妖怪はあくまでも異なる存在――時に互いが害となる存在ですらあります。しかしそれでも、人間は、妖怪は変わることができる。そしてそこに生まれるものがある……
 恐ろしくも愉しく、そして甘々で幸せな本作は、それを何よりも雄弁に描く物語なのであります。


『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
妖怪姫、婿をとる (妖怪の子預かります5) (創元推理文庫)


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2018.01.18

新井隆広『天翔のクアドラブル』第2巻 生きていた信長、戦国のメフィストフェレス!?

 紹介が遅れているうちに急転直下の完結ということになってしまい、ちょっと驚かされた天正遣欧少年使節異聞、起承転結の承から転にかかる第2巻であります。マレー半島で総督の牢に囚われてしまったマンショとミゲル。彼らは牢の中で、死んだはずのあの人物に出会うことになるのですが……

 悪魔が蔓延するヨーロッパを救うため、ヴァリニャーノに招請されて海を渡ることとなった4人の志能便の少年――伊東マンショ・千々石ミゲル・中浦ジリアン・原マルチノ。
 それぞれ呪禁・修験・機関・帰神の異能を持つ彼らの航海は、マカオを経てマレーに至ることになります。

 しかし上陸したマレーで、無実の罪で囚われ、牢に放り込まれてしまったマンショとミゲル。そんな二人の前に「オッサンだけど仲良くしてちょーだいな♪」と飄々とした態度で現れた先客、その名は織田信長……!

 という、さすがに予想だにしなかった展開から始まるこの第2巻。絶大な権力と富を持ち、恣に振る舞う総督の娯楽のため、3人は闘技場に引き出されて総督の配下と戦わされる羽目になるのですが――信長はさておき、志能便の2人が並の相手に苦戦するはずがありません。
 そんな彼らに対し、総督が向かわせたのは、卵から生まれた異形のドラゴン。さしもの2人も徒手空拳では及ばぬ相手を前に、しかし信長は喜びの表情を浮かべて……


 少年使節たちの師ともいうべきヴァリニャーノとは縁浅からぬ信長。そして信長生存説は、フィクションの世界ではもうお馴染みに近いところですが――しかし信長と少年使節との絡みはフィクションの世界でもほとんど見たことがないように思います。
 それが全く思わぬ形で飛び出してきた本作。その信長がマレーに現れた理由自体は非常にファンタジー的なものではありますが、この信長の、虚実正邪陰陽入り混じったような混沌とした人物像はなかなかに魅力的です。

 そして、少年たち――特にミゲルの過去の行動によって余命幾ばくもない身となっているマンショが心のなかに秘め隠したものを丸裸にし、奪い去ろうとする信長。
 その真意はまだまだ不明ではありますが、一種メフィストフェレスめいた姿は強烈に印象に残ります。

 さらに去り際にジリアンに対して残した言葉が、その先の展開に繋がっていくのもいい。
 4人の中ではひ弱な印象のあるジリアンですが、彼もまた親をなくして志能便の里に引き取られ、唯一の肉親である懸命に生きてきた少年であります。

 その彼の兄貴分として支えてくれたのがミゲルであり、そしてそのミゲルがマンショに対して深い罪の意識を持っているとすれば――なんとかしたいと考えるのは当然の成り行きでしょう。
(ちなみに彼の回想で、親が唯一残してくれた名前を捨てて洗礼名を名乗る行為が、彼の決意とミゲルとの絆の表れとして描かれる場面があるのですが――そこから感じられるある種の「居心地の悪さ」は、やはり狙って描いているものでしょう)

 しかしそれはミゲルをはじめとして、誰にも知られてはならない決意であり、また物語を複雑なものにするのが、実に意地悪くも面白いところなのであります。


 そしてその本作の一筋縄ではいかない複雑さが爆発するのが、次の寄港地であるインドはゴアであります。
 既に悪魔の撒き散らした呪いである黒死病が蔓延し、死の大地と化したインド。そのインドでもヴァリニャーノの恩人がいるゴアに急ぐ一行ですが、そこで彼らを待っていたのは、思わぬ惨劇の姿でありました。

 ゴアの聖職者たちを襲い、無残に殺害していったのは、本当にその現場にいた信長なのか。そしてジリアンの悩みが、彼が抱えた秘密が一行の足を引っぱる形となって……
 というのは定番の展開ではありますが、しかしこれまで積み上げてきた物語の(背後に見え隠れする)不穏さが、そうと感じさせないのも巧みであります。

 そして再びヴァリニャーノを襲う信長たちの真意はどこにあるのか。残るはおそらくあと2巻、不穏極まりない折り返し地点の先に真実が見えたとき、本作の真の姿が見えるのであります。
 まずは2月発売の第3巻で語られるものを楽しみにいたしましょう。


『天翔のクアドラブル』第2巻(新井隆広 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
天翔のクアドラブル 2 (少年サンデーコミックス)


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2018.01.17

都戸利津『嘘解きレトリック』第3-5巻 人の中の嘘と本当を受け止める少女の成長

 昭和初期を舞台に、人の嘘を聞き分ける能力を持つ少女・鹿乃子と貧乏探偵・左右馬のコンビが様々な事件の中の嘘を解いていく連作シリーズの第3巻から第5巻の紹介であります。左右馬とともに様々な人々と出会う中、鹿乃子にも変化が……

 人の言葉の中の嘘を聞き分ける力故に、周囲から嫌悪の目に晒されてきた鹿乃子。両親に迷惑をかけまいと九十九夜町に出てきた彼女が出会ったのは、貧乏だが驚くべき洞察力を持つ青年・祝左右馬でした。
 成り行きから一緒に事件を解決した鹿乃子は、自分の能力を知り、そしてそれを自然に受け容れてくれた左右馬の助手として探偵事務所に住み込むことになるのでした。

 というわけで、鹿乃子が左右馬を助けて難事件を次々と解決していく姿を描く本作――と言いたいところですが、二人が真面目に事件に挑むエピソードが少ないのが、むしろちょっと楽しい。

 何しろ左右馬は貧乏のくせに大の怠け者で、その月の家賃さえ払えれば後は働きたくないという男。そのため、偶に来た依頼にも(家賃を払った後は)露骨にイヤな顔をするという困った人物なのであります。
 それゆえ、二人が巻き込まれる事件も、いきおい「日常の謎」的なものが多くなるのですが――しかしそれが本作の緩やかで温かいムードとよく似合います。


 が、そんな二人が珍しく大事件に挑むことになるのが、第3巻に収録された長編「人形殺人事件」であります。

 両親を亡くし、人里離れた屋敷で、自分の成長に合わせて作られた人形たちと暮らす少女。その屋敷の女中が崖から落ちて死んだのですが――彼女は死の直前、人形を殺してしまったと怯えていたのでした。
 家賃が払えず夜逃げの途中、左右馬の親友の姉で雑誌記者の雅と出くわしたことから、彼女の助手として屋敷を訪れた二人は、そこで事件の真相を追うことに……

 と、人里離れた屋敷・奇怪な風習・謎の美少女と、ザ・探偵小説的なこのエピソード。
 正直なところ事件自体はかなり豪腕な真相なのですが、それを嘘を見抜くはずの鹿乃子の能力が逆にミスリードするという展開が実に面白いのです(そして左右馬が気付く真相の伏線がまたフェアなのが素晴らしい)。

 そして何よりも、事件を解決した後に明かされる真相を生み出した巨大な「嘘」と、そこから救済の姿が、実に本作らしい清々しさなのであります。(特にラスト1ページに描かれた嘘からの解放の美しさ!)


 そして続く第4巻・第5巻は日常の謎を描く短編エピソードが主体で、コミカルさとハートウォーミングさのブレンドも絶妙な、キャラクターものとしても楽しいお話揃い。
 その一方で、孤島での殺人事件や、老婦人の生き別れの孫探しといった、比較的ストレートなミステリもキッチリ用意されているのも心憎いところであります。

 しかし、そんなバラエティに富んだ物語に共通するのは、人の心の中の嘘と本当の存在――そしてそれを受け止め、人を信じることの意味を鹿乃子が学んでいく姿であります。

 嘘を見抜く能力があるということは、本当を知ることができるのイコールではありません。そしてその能力があるからといって、相手を信じられるわけでもありません。
 それは事件に対する鹿乃子の能力の位置づけにも当てはまるものですが――同時に事件に挑む中で、そのことを知り、向き合うことによって鹿乃子が少しずつ成長していく姿が、本作の最大の魅力であると感じます。

 そしてそんな鹿乃子の成長譚の集大成が、第5巻に収録された、彼女の母との再会のエピソードであります。

 冒頭に述べたように、両親のためにも家を出た鹿乃子ですが、それは彼女が親を捨てたわけでも、その逆でもありません。
 むしろ互いを思うが故の行動だったのですが――しかしもしその想いが嘘であったら、それを知ってしまったらという悩みが、両者の間に、微妙な距離を開けていたのです。

 しかしこのエピソードにおいて、鹿乃子が、その母親が知ったものは――それを巧みに導く左右馬の存在もまた実にいい――ここで鹿乃子の物語は一区切りと言ってよいのではないかとも思います。


 その一方、第5巻のラストでは、鹿乃子の能力に気付いているらしい謎の美青年「史郎」が登場。果たして彼の正体は――と、一つの大きな物語としても、この先が気になるところです。


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2018.01.16

友藤結『影に咲く花』 影獣との戦いの中で結びつく二人の救い

 時は江戸時代初期、人々は「影獣」と呼ばれる物の怪に苦しめられていた。公儀の手も及ばぬ中で影獣と異能を以て戦う影祓師を父に持つ少女・樋花は、ある日、武力で以て影獣と戦う影狩人の青年・黒門鶫と出会う。凄まじい力を持ちつつも、体内に救う影獣に苦しむ鶫に対して樋花は……

 少女漫画の中の時代伝奇漫画を探す中で出会った作品――奇怪な魔物が跳梁する世界での一風変わったボーイ・ミーツ・ガールを描く物語であります。

 その名の通り、野獣の影のような姿を持ち、人間を襲う凶暴な「影獣」が出没し、多くの被害が出ていた江戸時代初期。
 幕府や藩が対処のために置いた同心たちによる駆除も限定的なものでしかなく、その手から漏れた地で人々を救うのは、影祓師や影狩人といった在野の者たちでした。

 影獣との戦いの中で帰らぬ人となった影祓師の父を持つ樋花は、父の仇である影獣たちに無鉄砲にぶつかるものの、その力はまだまだ影獣を一瞬押さえるくらいの微弱なもの。その彼女を危機から救ったのは、流浪の影狩人・鶫でありました。

 実は幼い頃に心を食らう影獣に襲われ、姉が身代わりとなったことで、己の心を保ったまま影獣をその身に宿す鶫。いつ己の中の影獣に取って代わられるかわからぬまま戦いを続ける鶫を前に、樋花はある決意を固めて……


 という第1話に始まり、全3話構成の本作。以降、鶫の中の影獣を抑えるために共に旅に出た樋花が、彼の力になるべく奮闘する第2話。鶫を影獣として付け狙う影狩人の出現に揺れ動く樋花の心を描く第3話と、物語は続いていくことになります。

 (一見)無愛想な戦士と、一本気な少女のペアというのは、これは鉄板の組み合わせ。こうしたシチュエーションでは、ほとんどの場合、戦士が少女を庇護しながらも、少女の存在に心を救われて――というのが定番ですが、本作においては、鶫が文字通りの意味で心を救われるというのが特色でしょう。

 その身に巣くった影獣に、いつ心を喰らい尽くされ、体を奪われるかわからない鶫(この辺りの設定を掘り下げた第3話はなかなかに興味深い)。
 休んでいる時も寝ている時も、心の安まらる時のない彼の唯一の救いは、樋花が持つ影祓師としての能力――影獣の力と動きを抑える力なのであります。

 そしてまた、樋花にとっても鶫の存在は救いとなります。
 影祓師であり尊敬していた父を喪ってから、己の身の危険も省みず、影獣に立ち向かってきた樋花。その半ば自暴自棄の行動の理由は、自分の無力さに対する苛立ちと、そんな自分が誰にも必要とされないのではないか――その想いからであります。

 そんな彼女を指して、作者自らが「強気ネガティブ主人公」と評するのは、さすがと言うべきか非常にマッチしているのですが、そんな彼女にも、いや彼女にしかできないこと――言うまでもなく鶫の影獣を抑えること――があるというのは、大いなる救いなのであります。

 一歩間違えればもたれ合いになりかねないこの二人の関係を、本作は影獣との戦いというアクセントをうまく利用することにより、起伏に富んだ――そして何よりも、初々しく美しく描くことに成功していると感じます。


 正直なところ、本作の舞台が江戸時代初期である必然性はかなり薄く、別の時代でも支障はないように見える――物語に官製影狩人である同心などが絡んでくればまた違ったと思うのですが――という、大きな弱点はあります。

 しかし、本作が初単行本とは思えぬ作者の筆――特にアクション描写はなかなか達者な印象――も相まって、わずか3話ではありながらも、いやそれだからこそ、この先の二人が見たい、とも思わされる作品ではありました。

 本作は2011年の作品、そして作者は現在別の作品を連載中と、その想いが叶うことはまずないのだとは思いますが……


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影に咲く花 (花とゆめCOMICS)

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2018.01.15

上田秀人『旅発 聡四郎巡検譚』 水城聡四郎、三度目の戦いへの旅立ち

 昨年7月に大団円を迎えた『御広敷用人大奥記録』。その続編、水城聡四郎の戦いを描く第3シリーズが早くも開幕することとなりました。「道中奉行副役」なる役目を与えられた彼の新たな戦いの始まりであります。

 新井白石に手駒として見出されたことから、幕府の金を巡る闇の数々と戦うこととなった『勘定吟味役異聞』。
 その最中に出会った徳川吉宗に命じられ、大奥改革のため、そして吉宗の愛する人のために奔走した『御広敷用人大奥記録』。

 いずれも四面楚歌の危険極まりないお役目をくぐり抜け、一時の平穏を得た聡四郎ですが――使える人間ほどこき使われるのが上田作品、あいや、吉宗の配下であります。
 久々に吉宗に召し出された聡四郎が任じられたのは、「道中奉行副役」という聞いたこともない役目。聞いたこともないのは道理、吉宗が聡四郎のために新たに作った役目だったのです。

 大奥の改革をひとまず終えた吉宗ですが、さらなる改革の最大の支障となるのは、吉宗を徳川の傍流とみて侮る諸大名や旗本たち。
 そんな自分の改革を妨げる者を炙り出すための監察役――目付へのステップとして、吉宗は道中奉行副役、すなわち主要街道の巡検使を設置したのであります。

 かくて聡四郎は、まずは三ヶ月世の中を見てこいという吉宗の命を受け、玄馬らを伴に東海道に旅立つのですが……


 というわけで、聡四郎三度目の受難の開幕編たる本作。今までに比べると「なにもなく旅をするだけでもかまわぬ」と、送り出す吉宗に言われているだけマシにも感じられますが、もちろんそれで済むわけがありません。

 何しろ、早速吉宗の決定が自分たちの権益を侵すと役人根性丸出しの目付たちが妨害活動を開始(しかし「水城? 勘定吟味役だから剣は駄目なんだろ?」的な彼らの勘違いが可笑しい)。
 そして前シリーズで散々聡四郎を逆恨みして襲いまくり、散々叩きのめされた末に江戸の暗黒街の住人にまで堕ちた伊賀者がしつこく彼を狙うことになります。

 さらに京では、これまた前シリーズで散々吉宗の恋路を妨害した末に隠居の身に追いやられた天英院の縁者までもが聡四郎を狙って――と、早くも聡四郎の四面楚歌状態がスタートした感があります。
(そこに、京と江戸の暗黒街の覇権争いが絡んでくるのがまた面白い)

 この巻では聡四郎の東海道中もまだ小田原・箱根どまりですが、この先旅が進めば、また雪だるま式に彼の敵は増えていくのでしょう。もちろん、そうなればなるほど、読む側の楽しみは増えるのですが……


 と、生まれたばかりの娘と相変わらずの奥さんから引き離されての苦行旅の聡四郎ですが、そんな彼――そしてお供の玄馬にとって、この旅にも一つの楽しみがあります。
 それは、二人の師である入江無手斎が用意した各地の道場への紹介状――長い間廻国修行を続けていた無手斎が知り合った各地の道場への紹介状を手にした二人は、各地の剣客たちとの出会いに胸躍らせるのです。

 そしてその第一弾が、小田原の一尖流道場。聞いたことのない名前ですが、あの無手斎が認めた相手なのですから、ただの道場のわけがありません。
 そこで聡四郎と玄馬は、強敵と対峙することになるのですが――その戦いは、これまでのシリーズになかったような、純粋かつ爽快なものであるのが嬉しいのです。

 これまでのシリーズでの聡四郎の戦いは、ほとんどの場合、任務の途上で襲ってきた者との対決でした。ということは、その戦いに絡むのは様々な欲であり、悪意であり、恨みであり――どうにも「暗い」ものばかりであります。
 しかしこの道場での戦いは、純粋な剣術家たちの競い合い。いわば剣豪ものとしての要素がここで大きくクローズアップされてきたとも言えますが、それが意外かつ魅力的なのです。

 もちろん、聡四郎は剣術家である以前に幕臣。あくまでも任務が優先であり、あまり剣術修行に現を抜かすわけにはいきません。
 しかしここで聡四郎を上回る剣の腕を持つ玄馬(もちろん彼も聡四郎の家士ではありますが)をより前面に押し出すことで、剣豪もの要素に違和感を感じさせない工夫がなされているのにも感心いたします。

 先に述べた通り、この先で聡四郎が出会う苦難の数々も気になりますが――それと同時に、この各地の剣術道場での、純粋な剣術(に終わる保証はないのですが……)との対峙も、大いに気になる新要素であります。


『旅発 聡四郎巡検譚』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
旅発: 聡四郎巡検譚 (光文社時代小説文庫)


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 「茶会の乱 御広敷用人大奥記録」 女の城の女たちの合戦
 『操の護り 御広敷用人大奥記録』 走狗の身から抜け出す鍵は
 上田秀人『柳眉の角 御広敷用人大奥記録』 聡四郎、第三の存在に挑むか
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 9 典雅の闇』 雲の上と地の底と、二つの闇
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 10 情愛の奸』 新たなる秘事と聡四郎の「次」
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』 ただ一人の少女のために!
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 12 覚悟の紅』 物語の結末を飾る二人の女性の姿

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2018.01.14

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 短かったとはいえ楽しかった年末年始のお休みも終わってはや一週間あまり。今から次の年末年始を楽しみにしたいところですが、その前に毎月の新刊を楽しみにすることにしましょう。特に今年の2月は、短いにもかかわらず結構な充実ぶりで――というわけで2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 2月の文庫は、新刊・文庫化と隙の無いラインナップ。
 まず新刊では、平谷美樹の久々の義経もの『義経暗殺』と、菊地秀行の剣豪もの『野獣王剣 柳生一刀流(仮)』(1月発売予定だった気も……)に注目。
 さらに新美健『焔の剣士 幕末蒼雲録』、峰守ひろかず『大正フォークロア・コレクターズ(仮)』も楽しみなところです。

 そして文庫化では、岡田秀文の名探偵月輪シリーズ第3弾『海妖丸事件』、風野真知雄の怪作『密室本能寺の変』、そして谷津矢車のデビュー作『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』が登場。

 さらに、集英社文庫での復刊が続いてとても嬉しい瀬川貴次『暗夜鬼譚 3 夜叉姫恋変化』をはじめ、岡本綺堂『岡本綺堂読物集 6 異妖新篇』、北方謙三『岳飛伝 16 戎旌の章』と続きます。


 そして漫画の方では、いよいよ1月からアニメもスタートしたシヒラ竜也『バジリスク 桜花忍法帖』第2巻と、その前作の作画者・
せがわまさき『十 忍法魔界転生』第12巻が登場。
 また、夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の映画版の漫画化である睦月れい『空海 KU-KAI』上巻も注目(大西版は……)。

 そして嬉しいような悲しいような気持ちなのは、碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第6巻、樹なつみ『一の食卓』第6巻、杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第11巻と、3作品の最終巻が刊行されること。
 どの作品も大変楽しませていただけに、最後まで見届けたいと思います。

 その他、新井隆広『天翔のクアドラブル』第3巻、木原敏江『白妖の娘』第3巻、永尾まる『猫絵十兵衛御伽草紙』第19巻、伊藤勢『天竺熱風録』第3巻、かどたひろし『勘定吟味役異聞』第3巻と並び、小説以上に漫画の充実ぶりに驚かされる2月。

 もう一つ、『お江戸ねこぱんち 梅の花編』も必見であります。



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2018.01.13

新井隆広『天翔のクアドラブル』第1巻 少年たちは欧州の戦場に旅立つ

 いまだ戦国の世であった天正年間、日本から遙かヨーロッパに渡った四人の少年――天正遣欧少年使節。その史実を踏まえつつ、四人の志能便(しのび)の少年がヨーロッパを席巻する悪魔たちを滅ぼすために海を越えるという奇想天外な物語の開幕篇であります。

 悪魔たちの跳梁により、暗黒の地と化したヨーロッパ。この事態を憂慮したイエズス会の宣教師ヴァリニャーノは、人知を超えた力を持つ日本の志能便たちをヨーロッパに送り込むことを提案するのでした。

 これに応えて志能便の里から選ばれ、勇躍海を渡ることになったのは、血よりも濃い絆で結ばれたのは以下の四人――
己の血を媒介に攻撃・回復様々な術を操る「呪禁」を究めた伊東マンショ
又鬼(マタギ)として鳥獣を駆使し射撃を行う「修験」を究めた千々石ミゲル
銃火器など科学知識を生かした発明を行う「機関(からくり)」を究めた中浦ジリアン
様々な能力を持つ付喪神を使役する「帰神」を究めた原マルチノ。

 海で襲い来る海賊たちを軽々と蹴散らし、最初の寄港地・マカオでは奇怪な二胡の調べで数多くの子供たちを連れ去った妖女を倒した一行。
 そして次なる寄港地・タイでは、思わぬ誤解から獄に繋がれることとなったマンショとミゲルが、そこで意外極まりない人物と出会うことに……


 歴史上名高い天正遣欧少年使節。しかしそのスケール――旅路の長さ故か、時代伝奇もので描かれることは非常に少ないように感じます。
 本作はその少年使節を、大胆にもそれぞれ異能の力を持つ孤児たちとして設定。そしてその目的も、ヨーロッパに蔓延る悪魔たちと対決するためなのですから、ユニークといえばユニーク、豪快といえば豪快であります。

 この第1巻は、この壮大な物語の設定紹介篇という印象も強く、冒険の中で、四人の少年たちそれぞれの能力が解説されることとなります(ただし原マルチノは第2巻での描写)。
 なるほど、わざわざ海を渡っての悪魔との戦いを求められるだけあって、彼らの力は絶大。志能便というよりは異能者というに相応しい彼らの暴れぶりはなかなかに痛快ですし、一歩間違えれば悲壮感漂う旅路も、少年故の明るさで中和しているようにも感じられます。


 しかし、本作が単純明快な冒険活劇であるかといえば、それはおそらく、いや間違いなく否、でしょう。なんとなればこの第1巻の時点でも、この旅が、そして少年たちが抱えたものが、決して単純でも軽いものでもないことは随所から伺えるのであります。
 それが最もはっきり描かれたのは、マカオでの戦いの中で描かれた、ミゲルとマンショの過去でしょう。

 志能便の里に来る前は、人買いに買われ、売り飛ばされたミゲルと、彼と同じ身の上であり、そして彼に救い出されたマンショ。
 海外だけではなく、戦国時代の日本においても行われていた人身売買をこのような形で少年漫画で描くことは珍しく、それだけに彼らの過去の物語は、かなりのインパクトを持ちます。

 しかし本作の凄みはそれに留まりません。その悲惨な境遇から逃れるための行為が生んだミゲルの罪――そしてそこから生まれる、マンショに対するミゲルの深い屈託が、物語に深い陰影を与えるのであります。

 先に述べたように――いずれもそれなりの身分を持っていた史実とは異なり――志能便の里で育った孤児である四人の少年。それは裏を返せば、彼らが戦争の申し子であるとも言えます。
 その彼らが、彼ら自身が語るように、戦うことしか教わっていない彼らが遠くヨーロッパにまで戦いに赴く。その物語が、明朗快活なだけで終わるはずがありません。


 本作の冒頭においては、ヴァリニャーノによる日本スゴイの賛美がいささか鼻につくのですが、どうやらこれも字義通りには受け取れない様子。
 その一方で、マカオでの二胡の妖女の過去にもほのめかされているように、単純にキリスト教を、ヨーロッパを是とするだけではない空気も漂います。

 果たしてその不確かな戦場で、彼ら四人が何を見るのか、何を得るのか――この第1巻のラストに登場した、とんでもない人物の真実も含めて、気にならないはずがありません。
 発売中の第2巻も、早々に紹介いたします。


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天翔のクアドラブル 1 (少年サンデーコミックス)

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2018.01.12

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』下巻 刀と武士が移り変わるその先に

 名刀匠として知られる虎徹こと長曽祢興里。半百――齢五十近くになってから故あって刀匠を志し、江戸に出てきた彼の半生を、鬼姫こと女剣士・邦香をはじめとする彼を取り巻く人々の姿を通じて描く物語の後編であります。江戸有数の刀匠となった興里は、しかし次々と難事に巻き込まれることに――

 藩主の前での兜割りの試技における振る舞いによって相手の刀鍛冶が命を落としたことをきっかけに、甲冑師を辞め、刀匠を目指すこととなった興里。
 江戸に出て、「鬼姫」と異名を持つ試し切り役の娘・邦香、がめつい刀屋の幸助、朴訥な弟子の興正、邦香の父で名うてのかぶき者・鵜飼十郎右衛門といった人々と出会い、興里は刀匠として次第にその名を知られていくようになります。

 そんなある日、吉原からの使いで、勝山太夫と対面することとなった興里。吉原の作法も無視して興里に迫る勝山と割りない仲となる興里ですが、彼と勝山の間には、意外な因縁が存在したのでした。

 そしてその勝山との出会いを皮切りに、興里は騒動や難事件に、次々と巻き込まれていくことになります。
 興里の住む不忍池周辺に埋められたという由井正雪の隠し軍資金争奪戦と、その中で明らかになるある人物の意外すぎる正体。興里とは因縁を持つ柳生宗冬からの正宗贋作の依頼。そして、刀鍛冶を通じて出会った伊達綱宗と仙台藩を巡る暗闘と……


 刀鍛冶に関する丹念な描写でもって、刀匠としての興里の苦闘と成長を描いてきた上巻。もちろんその要素がこの下巻でも健在であることは言うまでもありませんが、興里が刀匠として大成しつつあるためか、むしろ彼が巻き込まれる事件の数々が前面に描かれた印象があります。
 そしてそれが実に伝奇的で、実に面白いから大歓迎なのであります。

 下巻の冒頭で描かれる勝山太夫との因縁については、正直なところすぐに予想できる内容だったのですが、それに続く由井正雪の埋蔵金を巡るエピソードでの、ある人物を巡るどんでん返しは、全くもっての予想外で度肝を抜かれる展開(この人物、ラストもある意味予想外……)。

 そしてそこから物語は柳生宗冬と酒井忠清らの陰謀に繋がり、クライマックスは伊達騒動のプロローグとも言うべき大川上の屋形船での高尾太夫吊し斬りになだれ込んでいくのですから、本作を以て時代伝奇小説と言い切っても支障はないでしょう。
(ちなみに本作、この高尾吊し斬りをはじめ、いわゆる巷説・俗説を積極的に取り込みつつ、そこに史実との整合性を巧みに取ってみせるのが実に面白いのです)

 そしてその事件の数々に挑むのが、興里を中心に、邦香・幸助・興正・十郎右衛門に勝山を加えた、チーム興里ともいうべき個性豊かな面々であるのも嬉しい。
 刀という存在を中心に固く心を結びあった面々が、金と権力を巡る醜い陰謀を企てる者たちに挑む姿は、実に痛快であります。


 しかし、本作において興里は何故そうしたヒーロー的な役割をも背負っているのか? それは上巻の紹介でも触れたように、興里の生きた時代において、刀の――その持ち主である武士の生き様、そして役割が大きく変わってしまったことと無縁ではないでしょう。
 本作の舞台となるのは、もはや戦はなくなった天下泰平の時代――戦士であった武士が、政治家や官僚へと変貌していくプロセスが完了した時代。そこにおいては、刀剣の持つ意味も、武器から身分の象徴、そして美術品へと大きく変わっていくことになります。

 そんな時代において刀も見かけの華美さがもてはやされるようになった中、美しさはもちろんのこと、刀の切れ味を求め続けた興里の姿は、そんな時代へのアンチテーゼと言えるのではないでしょうか。
 そしてそんな変わりゆく武士と刀の姿は、興里の宿敵とも言うべき柳生宗冬が、剣術家としてよりも政治家として策謀を巡らせる姿に、より色濃く表れていると感じます。


 しかしもちろん、時代は移り変わります。興里が切れ味と美しさを両立させた刀を完成させ、その名を千載のものとして残すに至ったことは、彼が新たな武士の形を示す者として完成されたことをも意味するのでしょう。
 それは戦いと冒険の日々の終わりを告げるものではありますが、しかし人の生の終わりを告げるものではありません。

 「わんざくれ、我が命の尽きるまで」虎徹と鬼姫の挑戦は続く――半百から始まった物語の結末として、それは胸躍るものではないでしょうか。


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2018.01.11

都戸利津『嘘解きレトリック』第1-2巻 嘘を知ること、人の内面を知ること

 先日このブログでご紹介した『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で知ることができた作品――昭和初年を舞台に、他人の嘘を聞き分ける能力を持った少女と、頭は極めて切れるが貧乏な探偵のコンビが様々な事件に挑む、人情味の強いミステリであります。

 幼い頃から、他人が嘘をついた時にその声が固くぶれて聞こえるという不思議な能力を持ち、そのために周囲から忌避されてきた少女・浦部鹿乃子。他者が自分に向ける嫌悪の視線と、それによって母親が傷つくことに耐えきれなかった彼女は、生まれ故郷を出て九十九夜町に出て来るのでした。
 しかし職も行く宛もなく、行き倒れてしまった彼女を助けたのは、町で探偵事務所を開く貧乏探偵の祝左右馬。彼の行きつけの和食屋に連れて行かれた鹿乃子は、成り行きから、店の子供の行方不明事件を左右馬とともに追うことになって……

 というエピソードから始まる本作ですが、その最大の特徴が、他人の嘘を聞き分けることができる鹿乃子の能力の存在であることは言うまでもありません。
(ちなみに彼女がこの能力を発揮する時、その嘘の言葉のフキダシの色に、斑になったようなエフェクトがかかるという漫画ならではの描写となっているのがまず楽しい)

 事件捜査の上で、誰が嘘をついているかを聞き分けることができるというのは、もちろん大きな武器であることは間違いありません。しかしそれは同時に、(主に作品の構造的な点で)一歩間違えれば諸刃の剣となりかねないものでもあります。
 何故ならば、まさしく直感的に相手の嘘を見抜くことができるのであれば、そこに推理の余地はなくなってしまうのですから。

 しかしもちろん、本作にはそこに大きな工夫があります。これは第2話で左右馬によって明確に示されるのですが、この能力は隠れた真実がわかるのではなく、発言者の嘘の意識がわかる――すなわち、思い込みや勘違いでも、相手が嘘だと思っていないことは嘘とわからない――ものに過ぎないのであります。
 つまりこの力は謎を解く上で大きなヒントになることはもちろんですが、しかしそれには大きな制限と、解釈の余地があるのです。そこに本来の意味での名探偵である左右馬の活躍の余地があり、さらに左右馬と鹿乃子がコンビを組む意義があるのです。

 そしてそれ以上に、この制限には大きな意味があります。鹿乃子が嘘を聞き分けることができるということは、決してそれ以上でもそれ以下でもなく――彼女はある意味表層に出ている部分のみを感知しているだけであり、その内面、言い換えれば相手がなぜ嘘をついているのかまではわからないのです。
 そしてまた、その嘘が相手にとって、そして周囲の人間にとってどんな意味を持つかも……


 実に本作でミステリとして側面と並んで大きく描かれるのは、こうした能力を持ったことから他人以上にナイーブな心を抱えることとなった鹿乃子の成長物語であります。

 人が嘘をつくこととそれを知ることは、言い換えれば他者の心に触れ、そして自分の心の内面と向き合うことであります。
 誰かの嘘を暴くことは、自分や人の心身を守ることに繋がることが多いのはもちろんですが――しかしそれは必ずしも正しい行為となるわけではありません。幼い頃の彼女がそうしてしまったように、嘘を暴くことが誰かを傷つけることも少なくないのですから。

 そんな嘘と、そしてそれを知ってしまう自分自身とどう向き合うか――探偵という隠された物事を暴き、それと対峙する役割は、その営為と極めて似たものであり、彼女が左右馬の探偵助手を務めることは、同時に彼女がそれを身につける道筋にほかならないのです。
 そしてそれが本作がミステリである意味の一つなのでしょう。

 そしてそんな本作をより感動的なものとしているのは、そんな鹿乃子を信じ、見守り、導く左右馬の存在にあることは間違いありません。

 貧乏でセコく、金に汚い左右馬でありますが、彼は深い洞察力を持つ有能な探偵であり――そして何よりも、人間として非常に温かい心を持つ人物です。
 そんな彼の存在が、悩める鹿乃子を優しく受け止める姿にはこちらまで嬉しくなってしまうのですが――それが人間の数々の嘘を描きつつも、本作の読後感を極めて爽快で暖かく、感動的なものとしているのであります。

 実は私が現時点で読んでいるのは単行本が第9巻まで出ているうちの第2巻まで。ほんの序盤の段階でこのように結論めいたことを申し上げるのは恐縮ですが――この印象に嘘はないと、これは自身を持って言うことができるのです。


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2018.01.10

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第3巻 生き抜くという想いの先に

 本阿弥光悦の玄孫・光健が、人生に希望を失った棄人たちとともに不可能に挑む物語もいよいよ結末を迎えることになります。江戸に新酒を運ぶ新酒番船のレースに参加した光健たちが、ライバルたちとともに危険極まりない航路を行った先にあったものは……

 同じ奴隷船に捕まったことをきっかけに出会い、光健の目利きによって自由を勝ち取った棄人たち。その一人で船頭のとっつぁんこと桐下は、光健と棄人たちに、新酒番船に出ることを宣言します。
 かつては腕利きの船頭として新酒番船に参加したこともあったとっつぁん。彼はこれまで誰も突破できなかった「寛政の早走り」の記録――江戸まで二日半という記録を破ることを悲願としていたのであります。

 桐下の執念と光健の目利きに引き寄せられ、新酒番船に乗り込むこととなった棄人たち。しかし彼らはほとんど素人同然、その一方でライバルは、とっつぁんと深い因縁を持つ大廻船問屋・海老屋に一昨年のチャンピオンの座頭船主・波の市、そしてとっつぁんを兄の仇と狙う倭寇の我太郎と、一癖も二癖もある連中であります。

 そんな中、ついにスタートした新酒番船で、とっつぁんは驚くべき策を披露します。それは「地獄回り航路」――黒瀬川、すなわち黒潮に乗って江戸に向かうこと。
 一度乗ってしまえば凄まじいと速度で走れる一方で、降りるタイミングを誤れば遙か太平洋の真ん中まで流される黒瀬川に、光健たちは一か八かで乗ることになります。

 しかし3艘のライバル船もまた黒瀬川に突入、危険な海域で、命がけのぶつかり合いが始まることに……


 何をやっても落ちこぼれだった連中が、一度その価値を見出され、団結することによって、それぞれの特技を活かして大逆転を演じる――本作は、そんな「落ちこぼれチーム」ものとしての性格を色濃く持つ物語であると、第2巻までを読んで感じていました。
 しかしこの第3巻において、物語はそうした枠を超えて、更に大きく、激烈なドラマを描き出すことになります。

 トラブルとアクシデント続きの地獄回り航路で文字通りのデッドヒートを繰り広げる4艘。自分たちの命を賭けたギリギリの戦いの中で、棄人たちはもちろんのこと、そのライバルたちもまた、それぞれの生を見つめ直すことになります。
 自分たちは何のためにここにいるのか、自分は本当は何を求めているのか――そして、自分たちにとって最も価値あるものとは何なのか、と。

 しかし彼らが挑むのは、そんな人間たちの想いすら呑み込み、押し流してしまおうとする恐るべき大海であります。互いを敵対視する彼らにとっても共通の、そして真の敵である海を向うに回してのサバイバルの中で、この新酒番船に挑む彼ら全員に、太い絆が生まれることになるのです。
 ただ一つ、生き抜くことを目的として……

 その想いが重なった末に生まれたものの姿は、ある意味極めて即物的――というよりもむしろ象徴的なものとして、その想いの強さを伝えてくれるのです。そしてその先に生まれたものの素晴らしさをも。


 本作の主人公・本阿弥光健は、目利きであります。その目利きの力は、相手の本質を見抜き、銘をつけることで、その価値を相手自身と周囲に理解させること――そう表すことができるでしょう。
 それはしかし、あくまでも相手に対して行うもの。その意味で彼はどこまでも観察者であり、そして狂言回しという立場に留まらざるを得なかったとも感じます。
(それは物語の結末を語る者が彼自身でなかったということに、逆説的に現れているのかもしれません)

 本阿弥の家に生まれ、光悦に比されるほどの才を持ちながらも、それゆえに家を追われ、心に満たされぬものを抱えた光健。
 それはあるいは、彼自身を目利きできる者が誰もいなかった、ということによる悲劇によるものであったと言えます。

 しかしこの第3巻、いやこの物語全てで描かれたもの全てが、彼の存在あってこその、彼の存在があって初めて生まれたものであることを思えば、本作という物語全てが、彼の価値を示すものなのでしょう。
 だとすれば、それを見届けた我々が、彼とこの物語を目利きしたのだと――そう言ってもよいのではないでしょうか。

 そしてその目利きの結果は――決して長くはなかったものの、本作という物語を読み通すことができてよかったと、今、そう心から思っていると言えば十分でしょう。そしてまた会えるものなら光健に会いたいとも……


『本阿弥ストラット』第3巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(3) (ヤンマガKCスペシャル)


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2018.01.09

大柿ロクロウ『シノビノ』第2巻 大乱入、狂気の天才!

 ペリーの黒船に潜入したという実在の忍び・沢村甚三郎を主人公とする忍者アクションの続巻であります。ペリー暗殺の命を受けて黒船に潜入した甚三郎ですが、そこに思わぬ男たちが乱入、事態は全く想定外の方向に転がっていくことに……

 浦賀沖に来航したペリー艦隊に対して幕閣が右往左往する中、老中・阿部正弘に招かれた最後の忍び・沢村甚三郎。事態を収めるためにペリー暗殺の命を受けた甚三郎は、着々と準備を整え、黒船への潜入に成功します。
 そこに待ち受けるは、日本攻撃の野望を秘めたペリーの秘密戦力「部外戦隊」。しかし甚三郎はその一人を軽々と粉砕し、ペリーの旗艦に向かうのでした。

 しかしここで、甚三郎も、ペリーも予想だにしなかった事態が発生することになります。黒船の来航に、大望の実現するとき来たれりと狂気――いや狂喜したある人物が、動き出したのです。
 その名は吉田松陰――言うまでもなく松下村塾の創設者として、維新の志士たちを数多く生み出した人物であります。

 この松陰、松下村塾設立に先立つこと3年前、渡米のため黒船に密航しようとするも失敗したという史実が確かにあるのですが――しかし本作の松陰は、それを踏まえつつも大変な人物として登場することになります。
 何しろ、確かに渡米のために黒船に乗り込んだものの、彼が求めたのは黒船に乗せてもらうことではなく、黒船を自分のものにすることだったのですから……!

 かくて、配下を引き入れた松陰は黒船乗っ取りのために行動開始。もうこの辺りの松陰は狂熱的――というより明らかに狂っているレベルですが、しかし多分にデフォルメされているものの、これはこれで実に松陰らしい。
 こんな松陰が見たかった、と言ったらさすがに怒られるかもしれませんが……

 そしてここでさらなるサプライズキャラが登場いたします。松陰の黒船乗っ取りの切り札として並み居る米兵相手に刀一本で大暴れする少年の名は藤堂平助――ってあの平助!?

 なんと松陰に心酔する少年として、ここで藤堂平助が登場。もちろん後の新選組八番隊長の平助ですが――史実では松陰との接点はなかったはず。
 実は新選組の隊長クラスの中でも前歴に不明な点が多い人物だけに、そこに本作の設定の余地があるのかもしれませんが、いずれにせよ、意外な人物の登場であります。

 そして、そんな松陰と平助の暴れっぷりは完全に主人公である甚三郎を食うほどのものなのですが――それは同時に、甚三郎の任務の重大な障害であることはもちろんのこと、この国の将来にとっても大きな危機が生まれたということでもあります。

 先に述べたように、本作におけるペリーの真の狙いは日本攻撃。さすがに問答無用で戦端を開くわけにはいかないものの、何かきっかけがあれば即座に攻撃を開始せんと、彼は虎視眈々と待ち構えていたわけであります。
 その前にペリーを――というのが甚三郎の任務であったわけですが、ここで松陰が黒船に攻撃を仕掛けたことで、ペリーは開戦の大義名分を得たことになったわけです。

 江戸攻撃が始まる前にペリーを討ち、任務を果たさんとする甚三郎。しかしもちろんペリーの部外戦隊が黙って見ているはずもなく(巨大な獣使いが現れたと思いきや、それが○○○○○○の獣だったのには驚いたり喜んだり)、そして平助が暴れ回る中、三つ巴の戦いが始まることに……


 上で述べたように、この巻では松陰たちに主役の座を奪われかねない状態だった甚三郎。しかしここでペリーたちとの戦いだけが描かれていたとしたら、物語が盛り上がったかどうかは疑問です。

 何しろ甚三郎は作中ではほとんど規格外の存在、部外戦隊を含めて艦隊一つを敵に回したとしても、あまり苦戦するような気がしない――というのが正直なところ。
 それはそれで良いかもしれませんが、しかしそれが面白いかといえば別なわけで――それが松陰と平助というこれまた規格外かつ想定外の連中が登場したことで、物語の先が全く読めなくなったことは大歓迎であります。

 そして先が読めないといえば、史実との繋がりであります。果たして甚三郎のペリー暗殺は成功するのか、ペリーは江戸を攻撃してしまうのか――どちらに転んでも史実とは大きくかけ離れた展開になるわけで、さてその整合性を如何につけようというのか?

 それはもちろん物語の先行きと密接に絡み合うものですが――ここまで広げた風呂敷を如何に畳んでみせるのか、大いに興味をそそられるではありませんか。


『シノビノ』第2巻(大柿ロクロウ 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
シノビノ 2 (少年サンデーコミックス)


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2018.01.08

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻 虚構で補う奇妙な刀匠の半生

 まだまだ熱い「刀剣」の世界。本作はそんな刀剣の中でも現代にまで名を残す名刀を残した刀工――長曽祢興里(虎徹)を主人公に、彼が名工として歴史に名を残すまでを伝奇風味たっぷりに描く物語であります。

 明暦の大火からようやく江戸が復興した頃に、無骨な刀を手にして日本橋の刀屋に現れた男・長曽祢興里。なかなか江戸の刀剣界の様子を掴めず苦労する彼に声をかけたのは、「鬼姫」の異名を取る試し斬り役・鵜飼家の娘である邦香でありました。
 邦香に誘われるまま彼女の屋敷を訪れ、彼女が自分の太刀で死体を二つ胴に試し斬りしてみせるのを目の当たりにした興里。彼は問われるままに、彼女に自分の過去を語ることになります。

 かつては越前で代々の家業である甲冑師を営んでいた興里。しかしある事件がきっかけで彼は故郷と甲冑師の生業を捨て、齢五十を過ぎてから刀匠を志して江戸に出てきたのでした。
 彼のその過去と、流行とは無縁の無骨な拵えながら無類の切れ味を持つ太刀、そして彼女の知るある人物に瓜二つのその風貌に興味を持った邦香は、興里の太刀を売り出すべく、一計を案じることになります。

 やがてその太刀が柳生厳包(連也斎)の目に留まり、一気にその名を挙げることとなった興里。
 邦香をはじめ、江戸で出会った人々の協力で腕をめきめきと上げ、刀匠・虎徹としてその人ありと知られるようになった彼は、ある出来事がきっかけで、由井正雪の埋蔵金の存在を知ることになるのですが……


 近藤勇の愛刀などでその名を知られる長曽祢虎徹。しかしその盛名に比べ、その前半生は謎が多い人物と言えます。
 何しろ初めから刀匠として修行したわけではなく、その前半生は甲冑師、そして刀匠として名を上げたのは五十代になってから――というのは、上で述べたとおり本作でも描かれていることですが、興味深いといえば、これだけ興味深い人物はいないでしょう。

 本作はその長曽祢虎徹の半生を、史実を拾い集めた上で、その隙間を虚構で埋めるという形で描いていくことになります。そしてその虚構の最たるものは、虎徹と並んで本作のサブタイトルに冠された鬼姫こと邦香の存在であることは言うまでもありません。

 かぶき者として泣く子も黙る荒武者を父に持ち、そして自身も男を男とも思わぬ言動を見せる邦香。
 本作の冒頭、試し斬りで服を血で汚さぬためとはいえ、初対面の興里の前に半裸で現れるくだりなど、そのインパクト(と大衆小説としてのサービス精神)もさることながら、彼女の心の持ちようが良く現れた場面と言えるでしょう。

 その邦香が興里に心を開くのは、いささか因縁めいた物語が用意されているのですが、それがきっかけで、生まれも育ちも、年齢も大きく異なる興里と邦香が、刀を仲立ちに交流を深めていく様はなかなか微笑ましい。
 そしてそんな二人の生きざまに、明暦という時期の刀と武士の在りようが重なっていく物語展開は、明暦の大火で数多くの刀が焼失し、刀の需要が高まったという背景も含めて、実に興味深く感じられます。

 この流れは、刀匠を描く作品としてある意味当然なのかもしれませんが、本作におけるフィクション――すなわち伝奇味の源とも言える、尾張柳生と江戸柳生の確執や由井正雪の乱もまたここに繋がってくるものであることは言うまでもありません。
 興里という奇妙なな刀匠の人生を補完しつつ、エンターテイメント性を高め、そしてその中でこの時代特殊の刀と武士の在りようを描く――この辺りをさらりとこなしてみせるあたり、作者の筆の巧みさに感心させられるのです。


 しかし興里の、そして邦香の物語はこの上巻の時点ではいまだ半ば。上巻のラストで興里の前に現れ、吉原のルールもものともせずに彼に迫る勝山太夫の真意は、そして正雪の埋蔵金の行方はと、まだまだ気になることだらけであります。

 興里が稀代の名匠として名を成すまでに、二人がこの先如何なる事件と出会い、そしてその中で何を見ることになるのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻(長辻象平 講談社文庫) Amazon
半百の白刃(上) 虎徹と鬼姫 (講談社文庫)

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2018.01.07

横山光輝『伊賀の影丸 由比正雪の巻』 質量ともにベストエピソード!?

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介、第二番は「由比正雪の巻」――実は生き延きていた由比正雪を追って、影丸たち公儀隠密と正雪を守る忍者たちが死闘を繰り広げる、シリーズ最長にして、個人的には最高傑作と考えているエピソードであります。

 由比正雪といえば、言うまでもなく浪人たちを率いて幕府転覆を目論んだ、いわゆる慶安の変の首謀者。史実では事前に企てが露見、事破れて自害したのですが――しかしこの物語は、その正雪の死から始まります。
 自害したかに見えたものが、実は替え玉であった正雪。これを知った松平伊豆守は、五代目半蔵に対し、秘密裏に正雪を抹殺するよう命じるのですが――しかし最初に派遣された公儀隠密たちは、正雪を守る陰流忍者たちによって瞬く間に全滅させられてしまいます。

 これに対し、第二波として派遣されることになった影丸たち六人の精鋭。大坂で再起せんとする正雪を追う影丸たちと守る陰流忍者たち――双方は次々と犠牲を出しつつ、東海道で死闘を繰り広げていくことになります。
 そんな中、若葉城を巡る戦いで影丸に敗れた不死身の忍者・阿魔野邪鬼が出現、影丸を狙う彼の登場により、事態はより一層混迷の度合いを深めることに……


 というわけで公儀隠密vs陰流忍者vs阿魔野邪鬼の三つ巴の戦いを描くこのエピソードですが、最大の特徴は、慶安の変という史実を背景としている点であります。

 各エピソードにおいて、基本的に公儀隠密と各地で陰謀を企む忍者との戦いが描かれる本作ですが、その大半は、「この頃の江戸時代」を背景としてはいるものの、史実と結びつくことはほとんどないのが事実。
 それがこのエピソードにおいては、慶安の変を題材とすることで、物語に一定の現実味と緊迫度を与える効果を上げているのです。それでいて変の後を舞台とすることで、自在に物語を展開することを可能としているのも、見事というべきでしょう。

 そしてここで展開していくトーナメントバトルがまた素晴らしい。「若葉城の巻」が、敵地への潜入を巡る攻防戦だったのに対し、今回は次々と場所を変え、逃げる敵を追うという一種の道中もの。
 これが物語に独特のスピード感を与えることに成功しているだけでなく、戦いの場も、街道あり山中あり森林あり雪山ありと様々、バトルのシチュエーションもそれによって豊富なものとなっているのです。

 そして登場する敵味方のゲスト忍者も、いずれも「若葉城の巻」以上にキャラクター的にもビジュアル的にも個性派揃い。
 特に味方の公儀隠密は、単なるやられ役ではなく、明確に一人一芸の、影丸と並ぶ戦力として描かれており――つまりは敵と味方の戦いのバリエーションが、それだけ豊富になっているわけであります。

 特に公儀隠密の中でも印象に強く残るのが、前髪立ちの大振袖、盲目で独楽使いの美少年という、属性盛りまくりの左近丸。
 得意技が「蜘蛛糸渡り」という、縄術で相手の動きを封じ、その縄の上に刃付きの独楽を走らせて相手を倒すというある種嗜虐的な忍法なのも相まって、インパクト大なので。

 そしてそんな中に、前回あれだけ影丸を苦しめた阿魔野邪鬼がワイルドカードとして乱入し、散々戦いを引っ掻き回してくれるのですから、面白くならないわけがないのです。


 しかし興味深いのは、今回の敵である陰流忍者が、比較的(忍者漫画としては)オーソドックスな忍法の使い手であることです。
 陰流忍者は、その1/3以上が幻術使いというのが一つの特徴かと思いますが、ここに表れているように、彼らの中には、特異な肉体を武器とする者はおりません。「若葉城の巻」の甲賀七人衆の大半が、その特異な肉体を武器としていたことを思えば、その違いは明らかでしょう。

 そして以前触れたように、その「若葉城の巻」のベースとなったのが山田風太郎の『甲賀忍法帖』であったことを思えば、この敵の能力の変化は、ここで早くも本作が山風忍法帖からの影響を脱して独自の路線を歩み始めた、とも言えるのではないでしょうか。
(もっともそれは、忍者ものとして先祖返りとも言えるのかもしれませんが……)

 そしてそれは、ラストに影丸の前に現れる最大の敵にも表れているように感じられます。この人物、戦闘力でも影丸と互角ながら、その最大の武器は、肉体でも技術でもなく、ある意味究極の忍法なのですから。


 こうした様々な点において独自性を持ち、そして『伊賀の影丸』という物語を特徴づけたこの「由比正雪の巻」。本作の最高傑作と、私が考える所以であります。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第2巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon
原作愛蔵版 伊賀の影丸 第2巻 由比正雪 (2) (KCデラックス)

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2018.01.06

『ワンダーウーマン』 彼女が第一次世界大戦を戦った理由

 舞台は1918年だから、という屁理屈で、このブログで取り上げさせていただきます。昨年世界中で大ヒットを収めたDCコミックス原作の映画――ガル・ガドットがダイアナ=ワンダーウーマンを演じた、初の女性スーパーヒーローを主人公とした映画であります。

 神話の時代から女性だけで構成されたアマゾン族が住む外界から隔絶された島・セミッシラで、戦士となることを夢見て鍛錬を重ねてきたダイアナ。
 ある日、ドイツ軍に追われて島に現れた連合国の諜報員スティーブ・トレバーと出会ったことから外界のことを知った彼女が、トレバーとともに島を出て、人間の世界とのギャップを経験する……

 という、ある意味『ローマの休日』の変奏曲(ちゃんとアイスに舌鼓を打ちますし)といった味わいもある本作ですが、もちろんその主な舞台は戦争。
 ドクター・ポイズンが開発した新型の毒ガスによって劣勢となった状況を逆転し、さらなる戦いを続けようとする狂的なドイツ軍人ルーデンドルフを止めるため、ダイアナはトレバーと彼が集めた独立愚連隊的な面々とともに、欧州の戦場を行くことになります。

 しかし外界とは隔絶した世界で暮らしていたダイアナにとって、この戦いは人ごととも言えるはず。それなのにこの戦いに加わったのは、その背後に、アマゾン族の宿敵であり、世界中に戦火を広げんとする戦いの神アレスの存在を察知したためであります。
 ルーデンドルフこそがアレスであり、彼を倒せば戦いが終わると考えたダイアナは、トレバーの制止も振り切って、ルーデンドルフに挑むのですが……


 元々は1941年という第二次世界大戦期に生まれたヒーローの物語を、それよりも早い時代――第一次大戦末期に移し替えた本作。
 そのオフィシャルな理由を私は存じ上げないのですが、おそらくはその最大の理由は、第一次大戦が、人類にとっての最初の世界戦争であったことではないでしょうか。

 一つの地方や国、大陸に留まらず、世界中に戦火を広げた第一次世界大戦。
 この世界大戦においては、本作にも登場した飛行機や戦車、そして毒ガスといった兵器の登場が戦場と被害を広げ、そして大規模化した戦いを支えるために「総力戦」――まさに本作のルーデンドルフのモデルであろうエーリヒ・ルーデンドルフが著書の題名に据えた――が展開されることとなりました。

 いわば戦いが戦士のものに留まらず、銃後の人々までも巻き込むこととなった初めての戦い――そこに無辜の民を守り、戦いの元凶を終わらせるために戦うというヒーローが登場する余地と必然性があると感じるのです。


 もっとも(大方の予想通り)ルーデンドルフはただの邪悪な人間であり、彼を倒しても戦いは終わりません。そして彼をはじめ、戦いを始め、終えることができない人類の愚劣さに。彼女も一度は絶望を経験することとなります。
 そんな、人類を救うための戦いに挫折したヒーローの心を、ただの一人の人間の行為が救うという展開は、定番とはいえやはり素晴らしい。いや、ここで初めて彼女は神話を信じる愚直な戦士から、人間を守るヒーローとなったと言えるでしょう。

 ヒーローはヒーローに生まれるのではなく、ヒーローになるのだと私は常々思っています。本作のクライマックスで描かれたものは、まさにこのヒーロー誕生の瞬間であり、ワンダーウーマンのオリジンを描く物語として相応しい内容であったと思います。


 もちろん、そこに至るまでの彼女の思考があまりに単純に見えるのは事実ですし、その後に本物のアレスが出現してしまうのも、物語的に仕方ないとはいえ、引っかかるところではあります。
 それ以上に、アレスを倒したらやっぱり戦争が終わった(ように見える)のは、いかがなものかと思わなくもありません。
(さらに言えば、女性映画的な視点がほとんどなかったのも残念でしたが、本作にその立場を期待すること自体が差別的な視点かもしれないと反省)

 それでもなお、世界最初の大戦争において人類を救うために戦い、その中で戦士からヒーローとして生まれ変わったワンダーウーマン(そして一人の人間として戦い抜いたトレバー)を描いた本作は、現代的な意味と魅力を持つスーパーヒーロー映画であったと、この文章を書いて、改めて感じた次第です。

(なお現代的といえば、ダイアナの外界での最初の戦いが難民を救うためというシチュエーションは『アイアンマン』と重なるのですが――これが現代における明確な正義のアイコンなのかな、と興味深く感じた次第)


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2018.01.05

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その二) 怪異の向こうの真実と現実

 若き日の藤原道長が、平安京を騒がす怪事件の謎に挑む姿を、謡曲を題材に描く連作集の紹介の後編であります。今回は全5話の後半3話を紹介いたします。

『妖曲小鍛冶』

 藤原道兼から一条天皇の守り刀を打つよう命じられ、半ば監禁状態に置かれた三条宗近。宗近が神助を求めて稲荷社に篭った後、密室である鍛冶場に謎の童子が現れる。

 名刀数あるなかでも、狐が向こう鎚を務めたという不思議な伝説が残る小狐丸の謎を、合理的に解いてしまおうというのだから驚かされます。

 そもそもお稲荷様が子供の姿をして登場するという時点で合理性以前の問題に思えますが、それを本作は一種の○○ものに落とし込むことで解決してしまうのだから面白い。
 そこに本書の背景である、三条天皇から一条天皇への攘夷を巡る混乱と、藤原兼家とその息子たちの野望を絡めることで、道長が探偵役として登場するある種の必然性を生み出しているのも巧みなところです。


『妖曲草紙洗』

 大の小野小町ファンである道綱の妻・中の君に対して、小町の「草紙洗」の伝説の不合理さを説明する道長。しかし何と言っても中の君は反論を繰り出してきて……

 本書は道長らの周囲で、つまり同時代に起きた怪事件の謎を解く作品集ですが、その中で唯一過去を題材としたのが本作。
 歌合で大伴黒主から盗作の疑いをかけられた小野小町が、証拠として示された万葉集の草紙を水洗いすれば、黒主が後から書き足した部分が消えて潔白が示される――という「草紙洗」の真偽が問われることになります。

 過去のある事件や逸話に対して、後世の人間たちがディベート形式で謎解きするというのは作者の作品のパターンの一つ。本作ではそのスタイルで、道長と中の君の論争をユニークに描くことになります。
 それまで小面憎いほどの名探偵ぶりを示してきた道長が理路整然と繰り出してくる反証を、中の君が次々と正面していく様には、ある意味マニアの愛情の極まるところとして感動すら覚えたのですが……

 しかしやがて、「おや?」と思わされ、やがてうそ寒いものを思わされるのが本作。そう、ここで描かれているのは、いわゆるオルタナティブファクトに対する論争そのものなのですから。
 客観的常識的な証拠をどれだけ理性的に示しても、結論ありきの人間の後付けの理屈には通用しない――現実世界でいやというほど見せられてきたものを、本作はユーモラスな物語の中で突きつけてくるのです。

 その「現実」を前に、「そんなことがあるものか」と呟くことしかできない道長の姿は、我々の姿でもあります。国家の成立にまつわる虚偽を抉り出した『蜃気楼の王国』の作者ならではの一遍であります。


『妖曲羅生門』

 羅城門跡で馬に乗せた女から突如襲われ、撃退した渡辺綱。その場には男の腕が残されていた。一方、大盗賊・袴垂は、かつて出会った恐ろしい人物のことを語る……

 本書の表題作である本作は、それにふさわしい題材と、凝った構成の作品。謡曲の「羅生門」、誰もが知る羅生門の鬼の物語に合理的な解釈を与えると同時に、そこにもう一つの(ある意味より不可解な)物語――袴垂と藤原保昌の逸話を絡めてみせるという、作者ならではの離れ業が楽しめる逸品です。

 剽悍な盗賊である袴垂が、ある晩、笛を吹きながら道を往く保昌を狙いながらも恐ろしく感じて果たせず、逆に屋敷に連れて行かれて衣を与えられたというこの逸話。
 それ自体、非常に風雅かつ奇妙で面白い内容であり、また確かに保昌は綱や道長とは同一時代人ですが――しかしそれがどうすれば羅生門の鬼と結びつくのか?

 その内容はそのまま本作の核心になってしまうため語れませんが、これまで背景事情として描かれてきた武士という存在のある側面をえぐり出し、そしてそれが本作の「トリック」に直結してくるのには唸らされます。
 そして道長が推理してみせた袴垂の心情を踏まえた上でもう一度読み返してみせれば、思わずニヤニヤ……内容といいキャラ描写といい、本書の掉尾を飾るに相応しい一編です。


 というわけで駆け足の紹介となりましたが、極めてユニークで、そして作者らしい捻りが随所に効いた作品揃いの本書。
 道長と道綱、頼光と四天王、晴明、そして保昌と袴垂と魅力的なキャラ揃いということもあり、是非とも続編を――と今から期待してしまうような快作であります。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記


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2018.01.04

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その一) 若き道長、怪異に挑む

 史実や巷説・逸話に描かれた内容を合理的に謎解きし、「真実」を提示してみせる作品を得意とする作者が、「ジャーロ」誌で『平安京妖曲集』のタイトルで連載してきた連作シリーズの単行本化であります。後の御堂関白・藤原道長が、謡曲を題材とした奇怪な事件の謎に挑むことになります。

 本作の舞台となるのは、987年――藤原兼家と道兼が花山天皇を唆して出家退位させ、一条天皇が即位した翌年。振り返れば、兼家の一族が摂関を独占するきっかけとなった出来事の翌年であります。

 上に述べたように、後に御堂関白と呼ばれ、「御堂関白記」という日記を残すことになる道長ですが、この時点では兼家の五男坊――要するに上に何人も父の後継者がいた状態で、ある意味気楽といえば気楽な状態。
 本作はその道長が、鉄輪・土蜘蛛・小鍛冶・草子洗・羅生門と、謡曲を題材とした(後に謡曲として遺される)事件の意外な「真実」を解き明かすことになります。

 以後、一話ずつ紹介していきましょう。


『妖曲鉄輪』

 宇治に毎夜現れるという藤原惟成の妻が変じたという鬼女。ある晩、鬼女は卜部季武と坂田金時に追いつめられるが、川の中から発見された死体は死後数日を経たものだった……

 本作の題材となった「鉄輪」は、不実な夫に捨てられた妻が、貴船神社に詣でて神託を得て、顔を赤く塗って鉄輪を頭に逆さにかぶり、その脚に蝋燭を立てた姿で生霊となったものに、安倍晴明が対峙するという謡曲。
 晴明が登場すること、そしてその鬼女の姿の凄まじさからも有名な能ですが、本作はそのシチュエーションを巧みに史実に移し替えて奇怪な謎解きとして成立させています。

 頼光四天王のうち二人という、ある意味これ以上確かな相手はないという証人の前に現れ、その直後になって腐乱死体となって発見された鬼女は真実の鬼であったのか。
 怪異といえばこの人、というわけで引っ張り出された晴明ですが、彼が鬼女の死体の首に、何者かに扼殺された後を発見したことから、鬼女はこの女性の怨霊であったかと思われたのですが……

 シリーズ第一話にふさわしく、レギュラー陣の紹介編でもある本作。道長と兄の道綱(史実を踏まえて「脳筋」キャラという造形なのが楽しい)のコンビ、源頼光と四天王、安倍晴明らが短い中に次々と登場し、「らしい」キャラを見せてくれるのが、平安ファン的には何とも楽しいところであります。

 そしてもちろんそれだけでなく、鬼女の謎解きが実に面白い。登場人物のキャラ造形そのものも伏線にしつつ、奇怪な謎に合理的な解決を与えてみせるのには唸らされますが――しかしその先に、何ともこの時代らしい「動機」が設定されているのには脱帽と言うほかありません。


『妖曲土蜘蛛』

 病床の頼光の前に現れたという化生の者。相手に一太刀浴びせたという頼光の証言通り、滴る血の跡を追って塚に辿り着いた道長らだが、そこから現れた死体は……

 歌川国芳の浮世絵などでも知られる頼光と土蜘蛛の逸話。夜な夜な頼光の寝所に現れては呪いをかけてきた怪しの僧に、頼光が家宝の太刀・膝丸で斬りつければ退散、後を追ってみれば塚の中で巨大な蜘蛛が――という、派手なお話であります。

 本作はその逸話をほぼ忠実に敷衍しますが、一点異なるのは、塚の中で死んでいたのが、僧は僧でも、菅原道真を祀る北野神宮寺を牛耳る僧・最鎮だったことであります。
 何故最鎮が塚の中で死んでいたのか。果たして彼が頼光を呪詛していたのか。この怪事に呼ばれた晴明は、「怪異の気配はどこにもない」と語るのですが……

 たまたま頼光の見舞いに来ていて騒動に巻き込まれ、好奇心から道長が道綱とともに調査を始めるというスタイルの本作。
 面白いのは、事件そのものの謎もさることながら、いつしか道長の調査が、菅原道真の左遷と御霊化にまつわる「真実」の探求へと繋がっていくことであります。

 この辺り(ここで慶滋保胤が登場するのも嬉しい)は実に作者らしい内容でありつつも、いささか煙に巻かれたような印象もありますが――そこから一気に事態は急展開、事件の真相から意外な結末になだれ込む様は、一つの物語として楽しむことができます。


 長くなりましたので、残る三話につきましては次回に紹介いたします。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記

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2018.01.03

細谷正充『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で芳醇な奥深い世界へ

 昨年刊行された時代小説関連書籍の中でも群を抜いてユニークかつ極めて内容が濃い一冊であった『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』。その姉妹編とも言うべき書籍が登場しました。タイトルのとおり、少女マンガの中の歴史・時代ものの100人100作を紹介するガイドブックです。

 おそらくはいま時代小説の解説を、最も多く書いている人物である著者は、実は大の――という言葉では足りないほどの漫画愛好家でもあります。
 本書はその著者が、少女漫画(本書のラインナップ的にはレディースコミックも含めた「女性向けの漫画」と考えていただければよいかと思います)の歴史・時代ものに限定して紹介するガイドブック。漫画のガイドブク自体は最近ではあまり珍しくありませんが、このような単一ジャンルに絞ったものは、非常に珍しいことは間違いありません。

 ……いえ、単一と申し上げましたが、一口に歴史・時代ものといっても、その内容は多岐にわたることは言うまでもありません。本書も以下のように、幾つかの地域と時代に分類した内容となっています。

Ⅰ 日本(古代―戦国時代/江戸時代―新選組/明治・大正・昭和) 51作品
Ⅱ フランス(ルネッサンスからバロック、ロココへ/フランス革命―ナポレオン戦争期/近代) 12作品
Ⅲ ヨーロッパ(中世―ルネッサンス期/近世/近代) 16作品
Ⅳ ロシアとアメリカ(ロシア/アメリカ) 7作品
Ⅴ アラブ・インド(エジプト、オリエント/インド) 5作品
Ⅵ 中国・西域(中国/西域) 9作品

 なかなかユニークな区分とも思えますが、実際のラインナップを見ればそれも納得。この区分そのものが、「少女漫画」における歴史・時代ものの対象の分布になっていると言うのも、本書のユニークな点でしょう。

 それはさておき、本書に取り上げられているのは、大御所の作品からフレッシュな若手の作品まで、非常にバラエティに富んだ内容であります。
 例えば『日出処の天子』(山岸凉子)、『はいからさんが通る』(大和和紀)、『ベルサイユのばら』(池田理代子)、『キャンディ・キャンディ』(いがらしゆみこ)、『王家の紋章』(細川智栄子)など、あまりにメジャーすぎて、そういえば歴史・時代ものであったかと再確認してしまうような作品が並ぶかと思えば、この数年間にスタートした作品も数多く含まれているのが、本書のユニークで魅力的な点であります。

 非常に個人的なことを言えば、『子どもと十字架』(吉川景都)を取り上げ、連載は完結しているにもかかわらず、単行本が上巻しか刊行されていないことに憤るなど、まさに我が意を得たりであります。
 いや、これは本当に個人的な感想で恐縮ですが、このように非少女漫画誌に連載された、決して恵まれた扱いとは言い難い作品も取り上げている辺り、著者の目配りの広さ、確かさが感じられるではありませんか。

 ちなみに本書で取り上げられた100作品のうち、私が本書の内容を目にする前に読んでいたものは、わずか15,6作品、それも日本を舞台とした作品のみ。
 作品名はおろか、作者名も存じ上げなかった作品も数多くあったのですからお恥ずかしい限りですが、それだけ未知の作品を知ることができたのですから、これは大いに喜ぶべきでしょう。

 内容の方も、作品内容の紹介はもちろんのこと、作者自身の紹介や作品の成立過程の紹介も行われている充実ぶり。
 1作品あたり2ページと、分量的には決して多くはないものの、誠に当を得た内容は、先に述べたように数多くの解説を執筆してきた著者ならではのものでしょう。


 そんな本書において、敢えて難点を上げれば、現在では入手困難な作品が幾つか含まれている点と、長編の場合でもデータとして総巻数が記載されていない(本文中で言及されているものはあり)ことでしょうか。
 特に後者については、連載期間が長期に渡ることも少なくない漫画という媒体を扱うだけに、実際に作品を読む際の大きな参考データとなるだけに、少々残念ではあります。

 とはいえ、それももちろん小さなことであることは間違いありません。
 本書が、「少女漫画」の中の歴史・時代ものという、極めて芳醇な、そして奥深い世界に分け入る唯一無二の、そしてもちろん極めて優れたガイドであることは間違いないのですから――

 この先しばらく、このブログで少女漫画を取り上げる頻度が増えたとすれば、それは本書の影響であることは間違いありません。


『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社) Amazon
少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド


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2018.01.02

『風雲児たち 蘭学革命篇』

 2018年の正月時代劇として元旦夜にNHKで放映された『風雲児たち 蘭学革命篇』を観ました。言うまでもなく、みなもと太郎の漫画『風雲児たち』を原作に、三谷幸喜の脚本によって、一昨年の大河ドラマ『真田丸』の出演陣でドラマ化した作品であります。

 物語の始まりは、1792年(寛政4年)――それぞれ古希を迎えた前野良沢と還暦を迎えた杉田玄白の老いた姿から始まります。
 その20年ほど前、彼らが「ターヘル・アナトミア」を翻訳して、刊行した「解体新書」。しかし何故かそこに良沢の名はなく、以来、袂を分かっていた二人。果たして二人の間に何が起きたのか……

 と、ここから物語は過去に遡り、二人が「ターヘル・アナトミア」を手に入れ、千住骨ヶ原で死体の腑分けを見学した日から始まる悪戦苦闘が描かれることになります。

 中川淳庵、桂川甫周を加え、翻訳どころか単語の意味から辿るという気の遠くなるような挑戦を、一歩一歩進めていく良沢と玄白。
 それでも開始から三年を経て、ほぼ翻訳を終えることができたのですが――しかし良沢は翻訳が不完全であることを恐れて刊行の延期を主張、一方玄白は少しでも刊行を早めることがそれだけ多くの人々を救うことになると反発するのでした。

 さらにオランダ医学をはじめとする蘭学を危険視し、弾圧しようとする人々の存在など、刊行に至るまでの問題を前に苦闘する玄白。そんな中で玄白の下した決断は、良沢との関係を決定的に変えることに……


 日本の医学だけでなく蘭学の進歩に、いや西洋そのものへの関心を高めたことによって、歴史を変える原動力となったとも言える「解体新書」の刊行。
 本作は、そのほとんど暗号解読のような翻訳の過程を、コミカルにユーモラスに描きます。時折入り交じる第四の壁を超えるような演出も楽しく、わずか1時間半という時間の中で、テンポ良く展開する物語は、それだけで実に魅力的であります。

 そしてその魅力をさらに高めているのは、豪華なキャストとその好演であることは言うまでもありません。冒頭で触れたとおり、本作のキャストはメインどころだけでも、良沢の片岡愛之助(大谷吉継)、玄白の新納慎也(豊臣秀次)、さらに平賀源内の山本耕史(石田三成)、田沼意次の草刈正雄(真田昌幸)と『真田丸』のメンバーの再結集。
 この他、高山彦九郎や工藤平助、林子平といった本作ではチョイ役(それにしても豪華な面子!)に至るまで、どこかで見たようなメンバーが再結集しているのは、『真田丸』ファンには思わぬサービスであります。

 しかし同時に本作は、こうした顔ぶれの豪華さだけに頼った作品ではありません。
 本作の根幹に据えられているのは、こうした登場人物たち――歴史上に実際に生きた人々の想いと生き様が交錯し、ぶつかり合い、絡み合うその姿そのものなのですから。


 「解体新書」刊行を巡る最大の謎――それは、メンバーの中核であった前野良沢の名がクレジットされていないことであります。本作は後半に至り、その謎を――そこに至るまでの良沢と玄白の心の動きを中心に描き出すことになります。

 お互いに純粋な想いを抱きつつ、しかしそこにほんの僅かのエゴが絡んだこともあって亀裂は決定的となり、二人は袂を分かつことになる――この辺りのすれ違い、行き違いの描写は、ある意味我々も日常的に経験しているようなものだけに、強く胸に刺さります
 そしてれ以上に、袂を分かった二人が、しかしそれぞれほとんど全く同じ想いを抱いていたことが描かれるくだりには大いに泣かされるのです。そしてまた、物語の時点が冒頭に戻り、老いて再会した二人の万感の想いを込めた表情にもまた……
(さらに言えば、この出演陣が、皆『真田丸』では敗者となった側を演じた面々というのもグッときます)

 本作を観て、歴史というものは、決して無機質な出来事の羅列ではなく、その背後に、その時代に生きた人々の想いや生き様が詰まったものであることを――すなわち、一人一人の人生が積み重なって生まれるものであることを、つくづくと再確認させられました。
 そしてそれこそが、私が歴史好きになったそもそもの理由であったことも。


 そしてまた、ラストに流れる有働アナ(こちらもまた『真田丸』組)の「そして時代は、良沢たちの意思を継いだ数多の風雲児たちによって幕末の大革命へと歩みを進めていくのである」というナレーションもたまらない。
 もうこうなったら、この先も毎年『風雲児たち』をドラマ化して欲しい! と心から願う次第です。


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2018.01.01

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 昨年もこのブログを毎日更新することができました(12年連続毎日更新!)。また、「入門者向け時代伝奇小説百選」を(なんとか)アップすることができました。本年ももちろん毎日更新を続けていきますので、ご覧いただければ幸いです。
 ちなみに今年は、山田風太郎の忍法帖を一から読み返したい――などと考えております。

 ちなみに商業出版のほうでは、『でんでら国』『くるすの残光 最後の審判』の解説、『俺の嫁が信長の妹』推薦文、「週間読書人」での『日雇い浪人生活録』紹介、「このマンガがすごい! 2018」と週刊朝日「2017年歴史・時代小説ベスト10」のアンケートと、色々と参加させていただきました。

 可能であれば、今年もこの方面でも頑張っていけたらと思います。
 繰り返しとなりますが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。



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