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2018.01.05

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その二) 怪異の向こうの真実と現実

 若き日の藤原道長が、平安京を騒がす怪事件の謎に挑む姿を、謡曲を題材に描く連作集の紹介の後編であります。今回は全5話の後半3話を紹介いたします。

『妖曲小鍛冶』

 藤原道兼から一条天皇の守り刀を打つよう命じられ、半ば監禁状態に置かれた三条宗近。宗近が神助を求めて稲荷社に篭った後、密室である鍛冶場に謎の童子が現れる。

 名刀数あるなかでも、狐が向こう鎚を務めたという不思議な伝説が残る小狐丸の謎を、合理的に解いてしまおうというのだから驚かされます。

 そもそもお稲荷様が子供の姿をして登場するという時点で合理性以前の問題に思えますが、それを本作は一種の○○ものに落とし込むことで解決してしまうのだから面白い。
 そこに本書の背景である、三条天皇から一条天皇への攘夷を巡る混乱と、藤原兼家とその息子たちの野望を絡めることで、道長が探偵役として登場するある種の必然性を生み出しているのも巧みなところです。


『妖曲草紙洗』

 大の小野小町ファンである道綱の妻・中の君に対して、小町の「草紙洗」の伝説の不合理さを説明する道長。しかし何と言っても中の君は反論を繰り出してきて……

 本書は道長らの周囲で、つまり同時代に起きた怪事件の謎を解く作品集ですが、その中で唯一過去を題材としたのが本作。
 歌合で大伴黒主から盗作の疑いをかけられた小野小町が、証拠として示された万葉集の草紙を水洗いすれば、黒主が後から書き足した部分が消えて潔白が示される――という「草紙洗」の真偽が問われることになります。

 過去のある事件や逸話に対して、後世の人間たちがディベート形式で謎解きするというのは作者の作品のパターンの一つ。本作ではそのスタイルで、道長と中の君の論争をユニークに描くことになります。
 それまで小面憎いほどの名探偵ぶりを示してきた道長が理路整然と繰り出してくる反証を、中の君が次々と正面していく様には、ある意味マニアの愛情の極まるところとして感動すら覚えたのですが……

 しかしやがて、「おや?」と思わされ、やがてうそ寒いものを思わされるのが本作。そう、ここで描かれているのは、いわゆるオルタナティブファクトに対する論争そのものなのですから。
 客観的常識的な証拠をどれだけ理性的に示しても、結論ありきの人間の後付けの理屈には通用しない――現実世界でいやというほど見せられてきたものを、本作はユーモラスな物語の中で突きつけてくるのです。

 その「現実」を前に、「そんなことがあるものか」と呟くことしかできない道長の姿は、我々の姿でもあります。国家の成立にまつわる虚偽を抉り出した『蜃気楼の王国』の作者ならではの一遍であります。


『妖曲羅生門』

 羅城門跡で馬に乗せた女から突如襲われ、撃退した渡辺綱。その場には男の腕が残されていた。一方、大盗賊・袴垂は、かつて出会った恐ろしい人物のことを語る……

 本書の表題作である本作は、それにふさわしい題材と、凝った構成の作品。謡曲の「羅生門」、誰もが知る羅生門の鬼の物語に合理的な解釈を与えると同時に、そこにもう一つの(ある意味より不可解な)物語――袴垂と藤原保昌の逸話を絡めてみせるという、作者ならではの離れ業が楽しめる逸品です。

 剽悍な盗賊である袴垂が、ある晩、笛を吹きながら道を往く保昌を狙いながらも恐ろしく感じて果たせず、逆に屋敷に連れて行かれて衣を与えられたというこの逸話。
 それ自体、非常に風雅かつ奇妙で面白い内容であり、また確かに保昌は綱や道長とは同一時代人ですが――しかしそれがどうすれば羅生門の鬼と結びつくのか?

 その内容はそのまま本作の核心になってしまうため語れませんが、これまで背景事情として描かれてきた武士という存在のある側面をえぐり出し、そしてそれが本作の「トリック」に直結してくるのには唸らされます。
 そして道長が推理してみせた袴垂の心情を踏まえた上でもう一度読み返してみせれば、思わずニヤニヤ……内容といいキャラ描写といい、本書の掉尾を飾るに相応しい一編です。


 というわけで駆け足の紹介となりましたが、極めてユニークで、そして作者らしい捻りが随所に効いた作品揃いの本書。
 道長と道綱、頼光と四天王、晴明、そして保昌と袴垂と魅力的なキャラ揃いということもあり、是非とも続編を――と今から期待してしまうような快作であります。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記


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