横山光輝『伊賀の影丸 由比正雪の巻』 質量ともにベストエピソード!?
『伊賀の影丸』全エピソード紹介、第二番は「由比正雪の巻」――実は生き延きていた由比正雪を追って、影丸たち公儀隠密と正雪を守る忍者たちが死闘を繰り広げる、シリーズ最長にして、個人的には最高傑作と考えているエピソードであります。
由比正雪といえば、言うまでもなく浪人たちを率いて幕府転覆を目論んだ、いわゆる慶安の変の首謀者。史実では事前に企てが露見、事破れて自害したのですが――しかしこの物語は、その正雪の死から始まります。
自害したかに見えたものが、実は替え玉であった正雪。これを知った松平伊豆守は、五代目半蔵に対し、秘密裏に正雪を抹殺するよう命じるのですが――しかし最初に派遣された公儀隠密たちは、正雪を守る陰流忍者たちによって瞬く間に全滅させられてしまいます。
これに対し、第二波として派遣されることになった影丸たち六人の精鋭。大坂で再起せんとする正雪を追う影丸たちと守る陰流忍者たち――双方は次々と犠牲を出しつつ、東海道で死闘を繰り広げていくことになります。
そんな中、若葉城を巡る戦いで影丸に敗れた不死身の忍者・阿魔野邪鬼が出現、影丸を狙う彼の登場により、事態はより一層混迷の度合いを深めることに……
というわけで公儀隠密vs陰流忍者vs阿魔野邪鬼の三つ巴の戦いを描くこのエピソードですが、最大の特徴は、慶安の変という史実を背景としている点であります。
各エピソードにおいて、基本的に公儀隠密と各地で陰謀を企む忍者との戦いが描かれる本作ですが、その大半は、「この頃の江戸時代」を背景としてはいるものの、史実と結びつくことはほとんどないのが事実。
それがこのエピソードにおいては、慶安の変を題材とすることで、物語に一定の現実味と緊迫度を与える効果を上げているのです。それでいて変の後を舞台とすることで、自在に物語を展開することを可能としているのも、見事というべきでしょう。
そしてここで展開していくトーナメントバトルがまた素晴らしい。「若葉城の巻」が、敵地への潜入を巡る攻防戦だったのに対し、今回は次々と場所を変え、逃げる敵を追うという一種の道中もの。
これが物語に独特のスピード感を与えることに成功しているだけでなく、戦いの場も、街道あり山中あり森林あり雪山ありと様々、バトルのシチュエーションもそれによって豊富なものとなっているのです。
そして登場する敵味方のゲスト忍者も、いずれも「若葉城の巻」以上にキャラクター的にもビジュアル的にも個性派揃い。
特に味方の公儀隠密は、単なるやられ役ではなく、明確に一人一芸の、影丸と並ぶ戦力として描かれており――つまりは敵と味方の戦いのバリエーションが、それだけ豊富になっているわけであります。
特に公儀隠密の中でも印象に強く残るのが、前髪立ちの大振袖、盲目で独楽使いの美少年という、属性盛りまくりの左近丸。
得意技が「蜘蛛糸渡り」という、縄術で相手の動きを封じ、その縄の上に刃付きの独楽を走らせて相手を倒すというある種嗜虐的な忍法なのも相まって、インパクト大なので。
そしてそんな中に、前回あれだけ影丸を苦しめた阿魔野邪鬼がワイルドカードとして乱入し、散々戦いを引っ掻き回してくれるのですから、面白くならないわけがないのです。
しかし興味深いのは、今回の敵である陰流忍者が、比較的(忍者漫画としては)オーソドックスな忍法の使い手であることです。
陰流忍者は、その1/3以上が幻術使いというのが一つの特徴かと思いますが、ここに表れているように、彼らの中には、特異な肉体を武器とする者はおりません。「若葉城の巻」の甲賀七人衆の大半が、その特異な肉体を武器としていたことを思えば、その違いは明らかでしょう。
そして以前触れたように、その「若葉城の巻」のベースとなったのが山田風太郎の『甲賀忍法帖』であったことを思えば、この敵の能力の変化は、ここで早くも本作が山風忍法帖からの影響を脱して独自の路線を歩み始めた、とも言えるのではないでしょうか。
(もっともそれは、忍者ものとして先祖返りとも言えるのかもしれませんが……)
そしてそれは、ラストに影丸の前に現れる最大の敵にも表れているように感じられます。この人物、戦闘力でも影丸と互角ながら、その最大の武器は、肉体でも技術でもなく、ある意味究極の忍法なのですから。
こうした様々な点において独自性を持ち、そして『伊賀の影丸』という物語を特徴づけたこの「由比正雪の巻」。本作の最高傑作と、私が考える所以であります。
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