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2018.01.04

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その一) 若き道長、怪異に挑む

 史実や巷説・逸話に描かれた内容を合理的に謎解きし、「真実」を提示してみせる作品を得意とする作者が、「ジャーロ」誌で『平安京妖曲集』のタイトルで連載してきた連作シリーズの単行本化であります。後の御堂関白・藤原道長が、謡曲を題材とした奇怪な事件の謎に挑むことになります。

 本作の舞台となるのは、987年――藤原兼家と道兼が花山天皇を唆して出家退位させ、一条天皇が即位した翌年。振り返れば、兼家の一族が摂関を独占するきっかけとなった出来事の翌年であります。

 上に述べたように、後に御堂関白と呼ばれ、「御堂関白記」という日記を残すことになる道長ですが、この時点では兼家の五男坊――要するに上に何人も父の後継者がいた状態で、ある意味気楽といえば気楽な状態。
 本作はその道長が、鉄輪・土蜘蛛・小鍛冶・草子洗・羅生門と、謡曲を題材とした(後に謡曲として遺される)事件の意外な「真実」を解き明かすことになります。

 以後、一話ずつ紹介していきましょう。


『妖曲鉄輪』

 宇治に毎夜現れるという藤原惟成の妻が変じたという鬼女。ある晩、鬼女は卜部季武と坂田金時に追いつめられるが、川の中から発見された死体は死後数日を経たものだった……

 本作の題材となった「鉄輪」は、不実な夫に捨てられた妻が、貴船神社に詣でて神託を得て、顔を赤く塗って鉄輪を頭に逆さにかぶり、その脚に蝋燭を立てた姿で生霊となったものに、安倍晴明が対峙するという謡曲。
 晴明が登場すること、そしてその鬼女の姿の凄まじさからも有名な能ですが、本作はそのシチュエーションを巧みに史実に移し替えて奇怪な謎解きとして成立させています。

 頼光四天王のうち二人という、ある意味これ以上確かな相手はないという証人の前に現れ、その直後になって腐乱死体となって発見された鬼女は真実の鬼であったのか。
 怪異といえばこの人、というわけで引っ張り出された晴明ですが、彼が鬼女の死体の首に、何者かに扼殺された後を発見したことから、鬼女はこの女性の怨霊であったかと思われたのですが……

 シリーズ第一話にふさわしく、レギュラー陣の紹介編でもある本作。道長と兄の道綱(史実を踏まえて「脳筋」キャラという造形なのが楽しい)のコンビ、源頼光と四天王、安倍晴明らが短い中に次々と登場し、「らしい」キャラを見せてくれるのが、平安ファン的には何とも楽しいところであります。

 そしてもちろんそれだけでなく、鬼女の謎解きが実に面白い。登場人物のキャラ造形そのものも伏線にしつつ、奇怪な謎に合理的な解決を与えてみせるのには唸らされますが――しかしその先に、何ともこの時代らしい「動機」が設定されているのには脱帽と言うほかありません。


『妖曲土蜘蛛』

 病床の頼光の前に現れたという化生の者。相手に一太刀浴びせたという頼光の証言通り、滴る血の跡を追って塚に辿り着いた道長らだが、そこから現れた死体は……

 歌川国芳の浮世絵などでも知られる頼光と土蜘蛛の逸話。夜な夜な頼光の寝所に現れては呪いをかけてきた怪しの僧に、頼光が家宝の太刀・膝丸で斬りつければ退散、後を追ってみれば塚の中で巨大な蜘蛛が――という、派手なお話であります。

 本作はその逸話をほぼ忠実に敷衍しますが、一点異なるのは、塚の中で死んでいたのが、僧は僧でも、菅原道真を祀る北野神宮寺を牛耳る僧・最鎮だったことであります。
 何故最鎮が塚の中で死んでいたのか。果たして彼が頼光を呪詛していたのか。この怪事に呼ばれた晴明は、「怪異の気配はどこにもない」と語るのですが……

 たまたま頼光の見舞いに来ていて騒動に巻き込まれ、好奇心から道長が道綱とともに調査を始めるというスタイルの本作。
 面白いのは、事件そのものの謎もさることながら、いつしか道長の調査が、菅原道真の左遷と御霊化にまつわる「真実」の探求へと繋がっていくことであります。

 この辺り(ここで慶滋保胤が登場するのも嬉しい)は実に作者らしい内容でありつつも、いささか煙に巻かれたような印象もありますが――そこから一気に事態は急展開、事件の真相から意外な結末になだれ込む様は、一つの物語として楽しむことができます。


 長くなりましたので、残る三話につきましては次回に紹介いたします。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記

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