夏乃あゆみ『暁の闇』第1-2巻 伝説の廃皇子を巡る群像劇にして陰陽師もの
帝の第一皇子でありながらも、皇位に就くことなく、隠者として生涯を終えた惟喬親王。本作はその惟喬親王に心酔する若き陰陽師をはじめとする若者たちが、宮中の権力の闇と対峙する、なかなかにユニークな平安漫画であります。
陰陽道の名門に生まれ、幼い頃からその才能を顕し、将来を嘱望されていた青年・賀茂依亨。しかしその陰陽道の才はいつしか失われ、貴族の使い走りのような暮らしを送るようになった彼の運命は、小野を訪れたことで大きく変わることになります。
ある貴族に遣わされて向かった小野で、とある屋敷に迷い込んだ依亨。そこである部屋に踏み込んだ時、彼は巨大な龍と出くわしたのであります。
――が、それは彼の見た幻であったか、そこにいたのは先の東宮であり、今は廃太子して小野に隠棲する惟喬親王。親王はやはり幼い頃からその天賦の才を謳われながらも、ある事件を引き起こして流罪となり、赦されて都に戻ったものの、訪れる人のない屋敷に暮らしていたのであります。
しかしその聡明で拘らぬ人柄に触れた依亨は親王に心酔、彼に認められ、仕えることを望むのでした。
そして親王と出会ったのがきっかけであったか、それ以来かつての霊力を取り戻し、陰陽師として頭角を現していく依亨。彼は親王の腹心である武人・三位中将源由朔、宮中にその人ありと知られる頭中将藤原冬智らとともに、親王の復帰を助けようとするのですが……
冒頭でも触れたように、文徳天皇の第一皇子でありながらも、権勢著しい藤原良房の娘が新たに皇子(清和天皇)を生んだことから遠ざけられ、皇位に就くことができなかったとも言われる惟喬親王。
隠棲した先で杣人たちに技を教え木地師の祖と呼ばれるようになった、歌人・在原業平と親交があった等、様々な逸話が残されているものの、やはり歴史に埋もれた人物と言えるでしょう。
本作は、その惟喬親王を物語の中心に据えた物語であり――少なくとも今回ご紹介する第2巻までの時点では――親王を再び世に出そうと望む者たちの姿が描かれることになります。
しかしそんな者たちも、決して一枚岩ではありません。
親王と接したことで力を取り戻し、その力を親王のために振るいたいと望む依亨。かつて妹が親王に寵愛され、自らも親王を深く敬愛しながらも、流罪の時に見捨てたと罪の意識を持つ由朔。そして左大臣に押される一族が浮き上がるために親王に近づいた(らしい)冬智――その思うところは様々であります。
そして、その動きは敵と味方とを問わず、幾重にも波紋を呼び、次々と広がっていく――そんな宮廷劇が、本作の大きな魅力と感じられます。
それに加えて、力を取り戻した依亨が対峙する通り神――傀儡に憑き、凶事を予言する妖神の奇怪な姿や、依亨を取り込まんとする左大臣邸に仕掛けられた強力な結界など、いわゆる「陰陽師もの」としての要素もまた、本作の魅力と言えるでしょう。
そしてこの二つの魅力を繋ぐところにいるのが、親王の存在であります。
本作は、依亨が親王と出会い、失った力が甦る場面から始まりました。しかしそれは何故なのか――いやそもそも、何故依亨の力は失われたのか。
それはまだ語られませんが、おそらくはその答えに最も近いところにいる者は、また親王なのでしょう。
第2巻で親王が垣間見せた異形の闇。それは間違いなく、未だその内容も理由も語られることのない「あの事件」と繋がるものであり――そしてそれはおそらくは、依亨とも無縁のものではないのではないかと、そう感じさせられます。
宮中の群像劇として、謎多き陰陽師ものとして、他では得難いものを感じさせる本作。
あえて言えば、親王以外が皆架空の人物である(と思われる)ことだけが残念ですが、それが小さなものと感じられる、そんな大きさを感じさせる物語になると期待できます。
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