原ちえこ『白の悠久 黒の永遠』 清盛に迫る海魔 伝奇ホラー+恋愛もの+歴史物語の名品
深草の里から六波羅の平清盛邸を訪れた少女・明日菜。清盛がかつて恋した母の形見である翡翠の玉を届けに来た彼女は、清盛の周囲に奇怪な黒い影を目撃する。それは清盛の魂に魅せられた海の魔・龍媛が遣わした妖魔・烏洞だった。清盛の近侍・渡とともに清盛を守ろうとする明日菜だが……
「なかよし」「月刊プリンセス」で活躍した大ベテランによる平安ロマン漫画の名品――平清盛の魂に魅せられた魔と、清盛の養女となった少女たちの戦いを、平安末期の激動の時代を背景に描く物語であります。
清盛と海の繋がりは決して弱いものではない――いや、その海によって清盛は富と力を蓄え、後の平家の隆盛を迎えることとなったのは、歴史が示すところであります。
しかし本作は、その背後にある因縁の存在を描きます。若き頃、海で高波に飲まれ、溺れ死にかけた清盛。彼はその魂の輝きに魅せられた龍媛に救われた過去があったのであります。
果たしてその輝きが示すように都で頭角を現していく清盛。しかし清盛が天寿を全うするまで待てなくなった龍媛は、彼の魂を奪うために配下の魔物たちを遣わしてきたのであります。
主人公たる明日菜は、そんな清盛がかつて恋した女性の子であり、生まれついて霊能を持つ少女。その明日菜が清盛を訪ねた時、偶然彼を狙う魔の存在を察知してしまったために、彼女は人と魔の戦いに巻き込まれることとなるのですが――しかし事態はさらにややこしい方向に向かっていくことになります。
龍媛が送り込んだ魔の先鋒であり、人間に変身し、あるいは人間に憑く力を持つ烏の妖魔・烏洞。清盛の近侍である渡をはじめ、周囲の人間に次々と憑いて清盛を狙う彼は、自分の前に立つ明日菜の純粋な心に惹かれ、やがて彼女に恋してしまうのであります。
強烈に明日菜にアタックする烏洞ですが、明日菜が密かに恋するのは渡で……
というわけで、清盛の魂を巡る人と魔の戦いを縦糸に、明日菜の心を巡る恋の鞘当てを横糸に展開する本作。
作品自体が20年以上前のものということもあり、特に後者の展開には、いささかオールドファッションな味わいもあるのですが――しかしこれが猛烈に面白い。いや、恋の鞘当てだけではなく、本作に登場する人も魔も、その人物造形が、その心の動きが、実に魅力的なのであります。
特別に奇をてらったわけではない、むしろストレートな内容なのですが、それでも、いやそれだからこそ、登場人物たちの一挙手一投足から目が離せない。
純粋無垢な明日菜、フィクションでは珍しく陽性の快男児である清盛、堅物で女嫌いの渡、そして初めて知った人の愛の優しさに目覚めていく烏洞――その一人一人の行動が、心をグイグイと掴んでくるのであります。
そしてそんなキャラクターたちの中でも、特に心に残るのが、中盤から登場する顕仁上皇――父に疎まれた末に皇位を追われ、不遇に追いやられた悲劇の人物であります。
再び皇位に返り咲かんと宮中に味方を求める中、清盛に接近した上皇は、その養女である明日菜と出会い(これまた)激しく恋するようになるのですが――もちろん清盛が、明日菜がその想いに応えることはありません。
そこに烏洞の裏切りを受け、新たに龍媛が送り込んできた双頭の魔が二人の白拍子(その名も祗王・祗女!)に変じて接近。海からの魔と、己の中の魔が共鳴し、上皇は暴走していくことに……
と、この人物が後世如何なる謚で呼ばれ、如何なる伝説を残したかは伏せますが、なるほどこの人物をこう描いてきたか! と唸らされるとともに、そのあまりに哀しい運命に、大いに胸かきむしられる思いをさせられた次第。
、それぞれに魅力的な本作。しかしそれに留まらず、歴史物語としてもまた大いに魅力的に感じさせられるのは、この上皇の存在に依るところが大きいのではないか――そんなことすら考えさせられるのです。
そして物語は一つの、ひとまずは明るい結末を見ることとなります。しかし清盛の、その子供たちの未来に何が待つか――それを我々は知っています。
本作は、その中で描かれた清盛と海の因縁をも感じさせるその未来を、ただ数ページの番外編をもって、無言のうちに描き出します。
その描きようもまた、歴史物語としての見事さを感じさせる――本作はそんな作品であります。
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