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2018.02.28

原ちえこ『白の悠久 黒の永遠』 清盛に迫る海魔 伝奇ホラー+恋愛もの+歴史物語の名品

 深草の里から六波羅の平清盛邸を訪れた少女・明日菜。清盛がかつて恋した母の形見である翡翠の玉を届けに来た彼女は、清盛の周囲に奇怪な黒い影を目撃する。それは清盛の魂に魅せられた海の魔・龍媛が遣わした妖魔・烏洞だった。清盛の近侍・渡とともに清盛を守ろうとする明日菜だが……

 「なかよし」「月刊プリンセス」で活躍した大ベテランによる平安ロマン漫画の名品――平清盛の魂に魅せられた魔と、清盛の養女となった少女たちの戦いを、平安末期の激動の時代を背景に描く物語であります。

 清盛と海の繋がりは決して弱いものではない――いや、その海によって清盛は富と力を蓄え、後の平家の隆盛を迎えることとなったのは、歴史が示すところであります。
 しかし本作は、その背後にある因縁の存在を描きます。若き頃、海で高波に飲まれ、溺れ死にかけた清盛。彼はその魂の輝きに魅せられた龍媛に救われた過去があったのであります。

 果たしてその輝きが示すように都で頭角を現していく清盛。しかし清盛が天寿を全うするまで待てなくなった龍媛は、彼の魂を奪うために配下の魔物たちを遣わしてきたのであります。
 主人公たる明日菜は、そんな清盛がかつて恋した女性の子であり、生まれついて霊能を持つ少女。その明日菜が清盛を訪ねた時、偶然彼を狙う魔の存在を察知してしまったために、彼女は人と魔の戦いに巻き込まれることとなるのですが――しかし事態はさらにややこしい方向に向かっていくことになります。

 龍媛が送り込んだ魔の先鋒であり、人間に変身し、あるいは人間に憑く力を持つ烏の妖魔・烏洞。清盛の近侍である渡をはじめ、周囲の人間に次々と憑いて清盛を狙う彼は、自分の前に立つ明日菜の純粋な心に惹かれ、やがて彼女に恋してしまうのであります。
 強烈に明日菜にアタックする烏洞ですが、明日菜が密かに恋するのは渡で……


 というわけで、清盛の魂を巡る人と魔の戦いを縦糸に、明日菜の心を巡る恋の鞘当てを横糸に展開する本作。
 作品自体が20年以上前のものということもあり、特に後者の展開には、いささかオールドファッションな味わいもあるのですが――しかしこれが猛烈に面白い。いや、恋の鞘当てだけではなく、本作に登場する人も魔も、その人物造形が、その心の動きが、実に魅力的なのであります。

 特別に奇をてらったわけではない、むしろストレートな内容なのですが、それでも、いやそれだからこそ、登場人物たちの一挙手一投足から目が離せない。
 純粋無垢な明日菜、フィクションでは珍しく陽性の快男児である清盛、堅物で女嫌いの渡、そして初めて知った人の愛の優しさに目覚めていく烏洞――その一人一人の行動が、心をグイグイと掴んでくるのであります。

 そしてそんなキャラクターたちの中でも、特に心に残るのが、中盤から登場する顕仁上皇――父に疎まれた末に皇位を追われ、不遇に追いやられた悲劇の人物であります。
 再び皇位に返り咲かんと宮中に味方を求める中、清盛に接近した上皇は、その養女である明日菜と出会い(これまた)激しく恋するようになるのですが――もちろん清盛が、明日菜がその想いに応えることはありません。

 そこに烏洞の裏切りを受け、新たに龍媛が送り込んできた双頭の魔が二人の白拍子(その名も祗王・祗女!)に変じて接近。海からの魔と、己の中の魔が共鳴し、上皇は暴走していくことに……
 と、この人物が後世如何なる謚で呼ばれ、如何なる伝説を残したかは伏せますが、なるほどこの人物をこう描いてきたか! と唸らされるとともに、そのあまりに哀しい運命に、大いに胸かきむしられる思いをさせられた次第。

 、それぞれに魅力的な本作。しかしそれに留まらず、歴史物語としてもまた大いに魅力的に感じさせられるのは、この上皇の存在に依るところが大きいのではないか――そんなことすら考えさせられるのです。


 そして物語は一つの、ひとまずは明るい結末を見ることとなります。しかし清盛の、その子供たちの未来に何が待つか――それを我々は知っています。

 本作は、その中で描かれた清盛と海の因縁をも感じさせるその未来を、ただ数ページの番外編をもって、無言のうちに描き出します。
 その描きようもまた、歴史物語としての見事さを感じさせる――本作はそんな作品であります。

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2018.02.27

杉山小弥花 『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第11巻 大団円、そして新たな時代と物語へ

 開化の世に夢を膨らませるじゃじゃ馬女学生・菊乃と、元伊賀忍び(?)の清十郎、二人のいささか不穏な恋模様を描いてきた本作も、ついにこの巻にて完結。菊乃に秘め隠してきたもう一つの顔の存在を知られた末、姿を消した清十郎。果たして彼の正体は、そして二人は再会できるのか――!?

 清十郎の実家の旧知行地に足を運んだ際、そこにあった清十郎の手形が、現在の彼のものと異なることを偶然知ってしまった菊乃。清十郎は清十郎ではないのか、それでは彼は本当は何者なのか?
 そんな中、清十郎の方も周囲が大きく動き出します。太政官監部課が清十郎の調査を始め、そして何よりも清十郎の過去を知り、支配する男・杠こと栗栖靱負が出現、清十郎を追い詰めることになります。

 西郷の挙兵により事態は風雲急を告げる中、ついに栗栖に連れ去られる清十郎。菊乃に、清十郎にそれぞれ危機が迫る中、果たして二人の愛の行方は……


 と、何とも気になり過ぎる展開から始まったこの最終巻、前半は本作におけるもう一組のカップルの想いの行方、土佐の楡大尉を頼った菊乃の前に現れる強烈な新キャラ(?)と、ある意味通常運転の展開が続くことになります。

 が、もちろんこれは細かな伏線の積み重ね。後半、ついに清十郎の真実にたどり着いた菊乃は、思わぬ形で彼と再会して――と、ここからが怒涛の盛り上がりであります。

 物語の核心に触れてしまうため、詳細を語るわけにはいかないのが全くもって弱ってしまうのですが、しかし、ここで描かれたある「トリック」があまりにも素晴らしかった、ということはできます。
 これまで、様々な形でほのめかされてきた清十郎の過去。それが本作の後半部の物語を様々な形で引っ張ってきたわけですが、ここで明かされるその真実のどんでん返しぶりが凄まじい。これはよほどの歴史好きでなければ気づかないのでは――と思わされる見事な仕掛けには大きく嘆息させられます。

 元々全編に渡ってミステリ味が強かった本作ですが、ここに至り時代ミステリ史上に残る作品になったのではないか――というのは少々大げさに聞こえるかもしれませんが、これは偽りのない思いであります。
(このトリック、かなり前から考えていたものと思いますが、果たしてどこから思いついたものか……感心)


 しかしもちろん、本作の根本はもどかしい二人のラブロマンス。西南戦争の混沌の中に男たちが飲み込まれていく中、残された菊乃を待つものは――と、こちらもこれまた見事な大団円。全ての因縁に決着をつけた上で物語はこれ以上ない結末を迎えることになります。

 武士たちの最後の戦いが終わり、維新の立役者たちが去った後――真に旧幕が終わり、明治が始まった時、菊乃が問われて答えた言葉は、物語の全てを受け止め、そしてその上で新たな扉を開く、非常に素晴らしいものであり、思わず本当に良かった――とホロリ。
 これまでの巻の紹介でも繰り返し繰り返し述べてまいりましたが、歴史・時代ものと、恋愛・ラブコメものが非常に高いレベルで融合していた本作。その本作の魅力は、最後の最後まで変わることなく、見事に昇華されたと自信を持っていうことができます。

 この後に続く新たな物語、幸福な物語の内容を笑顔で想像することができる――そんな素晴らしい作品でした。

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2018.02.26

木原敏江『白妖の娘』第3巻 陽だけでなく陰だけでないキャラクターたちの魅力

 ベテラン作家による新たな妖狐伝もいよいよ佳境の第3巻であります。白妖の力を借りてついに姉の仇を討った十鴇。しかしその復讐はいまだ終わることなく、彼女と白妖の暗躍は続きます。白妖を倒し、十鴇を救うために修行を続ける直ですが、しかし白妖によって彼の周囲でも悲劇が……

 白妖を我が身に取り憑かせ、姉を弄んで死に至らしめた貴族を罠にかけて破滅に追いやった十鴇。
 しかし彼女の望みは、貴族が弱き者を虐げるこの世そのものをひっくり返すこと――そのために、彼女は宮中に入り込み、この国の頂点を掌中に収めようとしていたのであります。

 そんな十鴇と白妖の企てを知った葛城直ですが、天性の強大な霊力を持ちながらも、その修行は未だ道半ば。白妖から十鴇を救い出さんとする直と、直の命を白妖から守るため彼を避ける十鴇と――互いを想い合う二人は、しかしそれ故に捻れた関係となってしまうのでした。

 そんな中、十鴇が宮中に入り込むために名乗った玉藻姫という存在に疑いを持つ者が現れます。それに対して白妖と十鴇は、己の身の証を立てるために、ある品を持つ貴族の家に狙いを定めることに。
 しかしその家の娘・椋はかつて直に救われ、親しく言葉を交わす間柄。嫉妬混じりに椋を襲う十鴇と、椋を守り十鴇がこれ以上邪妖に近づくのを阻もうとする直――しかし白妖の力の前に直は窮地に陥ることに……


 前巻までの紹介でも幾度となく述べてきたように、「玉藻前」伝説――というより岡本綺堂の『玉藻の前』を題材とした本作。
 しかしこれらの作品と本作の決定的な違いは、妖狐の依代となった十鴇が、妖狐に文字通り魂を奪われることなく、あくまでも自分自身として存在していることであります。

 これはもちろん、彼女を救い出そうとする直にとっては大きな福音と言えますが――しかしそれは同時に、十鴇が己の意志でもって白妖の行為に荷担し、人々に害を成しているということにほかならないのです。

 あるいは、それが姉の復讐という目的のためであり、そして犠牲となるのがその仇であれば、それはまだ許容されるものかもしれません。しかしこの巻において、彼女は自分が宮中に入るために――それも彼女にとっては復讐の一幕ではあるのですが――無辜の一家を犠牲にすることになります。
 目的のために手段が正当化されるとは決して言えないことを思えば――そしてそこに嫉妬が絡んでいればなおさら――彼女の心は、彼女のままで魔物と化してしまったかにも思えます。

 白妖とともにあっても自分自身の意志を失わない十鴇のキャラクターは、ある意味非常に現代的な造形だと感心してきました。
 しかしそれは同時に直にとって(そしてやがては十鴇自身にとっても)地獄の始まりであったかと、今更ながらに思い知らされた次第であります。


 しかしそれでも十鴇を応援したくなってしまうのは、直を巡るライバルが多すぎ、彼女の分が悪すぎるから――というのは冗談としても、やはり彼女があくまでも人間として魅力的な、言い替えれば血の通った人間として共感できる部分があるためなのでしょう。

 そしてその魅力は彼女のみならず、彼女の側と直の側、双方のキャラクターの多くにとっても言えることであるかもしれません。
 時に(かなり?)コミカルに、時にシリアスに――緩急自在の筆で描かれる登場人物たちは、みな陽の部分だけでも陰の部分だけでもなく、その両方を併せ持った存在として、確かな存在感を持ちます。

 だからこそ本作のキャラクターたちは皆愛おしく、そしてそれだからこそ、先に悲劇が待ち受けているとしか思えない物語の先行きが大いに気にかかってしまうのですが――それは、陰の部分しか持たないように見える白妖にも当てはまります。

 己の敵には容赦せず、無惨な死を与える白妖。今は十鴇の復讐に手を貸しているものの、その真の目的はこの国を覆すことにある白妖。そんな邪妖の中にも、複雑な想いが存在しているように感じられるのは、これは深読みのしすぎでしょうか。
 そしてその想いが、物語の向かう先を左右するかもしれないと考えることも……

 昨年発売されたムック「総特集 木原敏江 エレガンスの女王」によれば、本作は全4巻を予定しているとのこと。だとすれば残り1巻で何が描かれるのか――登場人物一人一人の向かう先が気になって仕方がないのであります。

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2018.02.25

山田睦月『コランタン号の航海 水底の子供』 海洋冒険もの+伝奇時代ホラーの快作、出撃!

 ナポレオン戦争のただ中、コランタン号に着任した青年士官ルパート・マードック。しかし海軍きっての曰く付きの艦で彼を待つのは怪人と怪現象の数々だった。そんな中、20年前の革命を逃げ延びた貴族救出の指令を受け、フランス沿岸に向かうコランタン号。そこは伝説の都が眠る死者の海だった……

 昨年末の刊行以来、ずっと参考にさせていただいている『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社)。実はその中でも最も気になっていたのが本作でした。何しろ、海洋冒険もの+伝奇時代ホラーだというのですから、気にならないわけがないではありませんか。
 そしてようやく手に取ったシリーズ第1弾の本作は、期待を大きく上回る素晴らしい作品でした。

 物語の舞台は1811年――欧州を席巻したナポレオンがトラファルガーで敗北した後、帝位に返り咲き、各地で激戦を繰り広げている時代。そして様々な技術が大きく発展し、欧州各国が世界各地に版図を広げていた時代。
 そんな頃に、主人公たるルパート青年がコランタン号に着任する場面から物語は始まります。

 チームもの、部隊ものでは、新任の主人公が新たな環境と個性豊かな仲間たちと出会い、戸惑いながらも成長していく――というのが定番ですが、本作もそれを踏まえた展開。
 なのですが、その彼を待ちかまえている艦と、そこに集う面々が個性豊かどころではない面白さなのであります。

 何しろコランタン号は20年近く前に現艦長が拿捕した幽霊船。そのためか、コランタン号はポルターガイスト現象が当たり前のように起き、見たこともないような猿や奇怪な仮面を被った呪医が闊歩する、とんでもない艦だったのであります。
 当然、そこに集う面々も、気のいいながらも一癖も二癖もある強者揃い。ごくごく常識的な人間であるルパートは、大いに振り回されることになるのですが、その姿がまず楽しいのであります。

 それなりに経験を積んできた彼にとっても異界と言うほかないコランタン号ですが、しかし我々現代の読者にしてみれば、そもそも19世紀の帆船と海軍そのものが異界のようなもの。そのいわば二重の異界を、ルパートの目を通じて、本作は丹念に描写していきます。
 そしてそれを通じて本作が成し遂げているのは、海洋冒険ものという、かつては娯楽の花形であったジャンルのいわば再発見でしょう。その古くて新しい題材の新鮮さ、面白さだけでも本作の個性は際立っているのですが――しかしそれだけに終わりません。

 そう、本作は冒頭で述べたとおり、海洋冒険ものにして伝奇時代ホラー。それもこれまた個性的かつスケールの大きなものなのですから……


 今回のコランタン号の任務は、フランス革命の際、暴徒が迫る館から忽然と姿を消したというカンペール伯救出。その向かう先はフランスはフィニステール地方――死者の海と呼ばれる地であります。
 しかしその地こそは、かつて王女ダユーの下で悪徳と虚栄の限りを尽くし、ついには海の底に沈んだという伝説のイス王国(日本では有名ゲームの題材となったあのイースであります)があったと伝えられる地。

 そもそもそのダユーを諫めたというキリスト教の聖人から名を取っているコランタン号にとっては因縁極まりないその地で、ルパートはナポレオンの懐刀である妖人ベシャール大佐の罠に落ち、海底の都に迷い込むことになります。
 そしてそこで彼を待っていたのは、本作の副題にあるとおりの……

 というわけで、何ともそそられる展開が続くのですが、たまらないのはクライマックスの海戦で姿を現す、コランタン号の真の姿。
 その意外さと格好良さが描かれるこのシーンは、漫画ならではの迫力と説得力に満ちた名場面。これこそは海洋冒険ものと伝奇ホラーという本作の二つの特色を象徴するものと言うべきでしょう。


 そんな物語を描く一方で、ルパート青年の成長物語としても読める本作。
 心の奥底では不思議な世界に憧れつつも、少年時代の経験からそれを否定してしまうルパート青年を通じて、彼岸と此岸にあるものの存在と人との接し方を静かに描く点も大いに好感が持てます。

 全8巻、4部構成の物語はまだ始まったばかり、近々に残る物語も紹介させていただきます。

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2018.02.24

立野真琴『月虹伝書』 晴明の「弟」、時を超える!?

 安倍晴明の逸話・伝説は様々ありますが、その一つが信太狐――彼が人間の父と狐の母の間に生まれたという伝説であります。本作はその伝説を踏まえ、晴明の異父弟・月虹丸が活躍する、一風変わった平安(に留まらない)陰陽師伝奇漫画であります。

 突如京の都で起き始めた怨霊騒ぎ。次々と人々を襲い、害をなす怨霊への対処に追われる安倍晴明の前に、月虹丸と名乗る青年が現れます。
 人よりも獣の気配を漂わせる彼の正体は、晴明の母が父のもとを去った後に、別の人間との間に生まれた異父弟。兄同様に優れた霊力を持つ彼は、兄と共に都を騒がす怨霊に挑むことになります。

 しかし騒動の源となっているのは、実は月虹丸の許嫁・桜女。狐の里で愛し合った間柄ながら妖狐と化して暴れ回る彼女の真意を糺し、連れ戻そうと奮闘する月虹丸ですが、事態は意外な方向に展開していくことに……


 というわけで、晴明は強烈な存在感を放ちつつも脇に回り、月虹丸と桜女、かつては愛し合った二人の哀しい戦いが中心となる本作。
 冒頭に述べたように、晴明の母の伝説は有名でありますが、その母が晴明の後も子を生んでいたという設定はユニークで、おそらくは他に類を見ない設定ではないかと思います。

 しかし本作は第2話以降、この設定をさらに上回る、意外かつユニークな展開をみせることになります。
 それはタイムスリップ――月虹丸と晴明に追い詰められた桜女は時空を飛び越え、未来の(我々にとっては過去の)時代に害をなさんと跳梁するのであります。

 かくて第2話では200年近く未来に飛んだ桜女が、安倍泰親に倒されて殺生石と化した玉藻前を復活させ、ダブル妖狐として大暴れ。
 これに対して、彼女を追って時を超えた月虹丸と泰親、さらに魂を飛ばして泰親に宿った晴明のトリプル安倍が戦いを挑む――と思わぬオールスターバトル(?)になる、実に楽しい展開が描かれることになります。

 第3話ではさらに時を超え、桜女は晩年の太閤秀吉の側女に潜り込み、対して月虹丸と晴明は千利休の元に現れ……
 と、時代も物語もあまりに飛んだ展開に驚かされますが、実は晴明と利休の間には、史実の上で因縁(恥ずかしながら本作を読むまで知りませんでした)があることを踏まえた物語に感心させられます。

 そしてそれが、晴明と利休のもう一つの繋がりに結びついて終わるという展開もまた、唸らされるところであります。


 と、意外な展開の連続である本作ですが、残念ながら第4話で完結。
 再び元の平安時代に戻って語られる桜女の真実とは――ここでは伏せますが、月虹丸の回想で描かれる、ある意味獣らしい(と言っては大変失礼に当たるかもしれませんが)あけすけな彼女の言葉が、思わぬ悲しい結末に結びつくのにもまた、驚かされるところであります。

 やはり全4話というのは短く、また上で触れたとおり、全く無関係ではなくてそれどころか面白い因縁があるとはいえ、やはり桃山時代まで舞台が飛ぶのはいささか違和感はあります。
(あるいはもっと話数が多く、様々な時代に飛べばこの辺りの印象も異なったかもしれませんが……)

 しかし、幾度も述べたように、信田狐の伝説を巧みに生かして新たなキャラクターを創造し、そしてさらにこのキャラクターならではの物語を描いてみせた点は、大いに評価できます。
 作者はこれが初の時代もの(あとがきによれば本作を描くのには大苦戦したようですが――)とのことですが、そうとは思えぬ水準の作品であったかと思います。

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2018.02.23

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

 連載開始から10年以上を数え、そして単行本も20巻目前の『猫絵十兵衛 御伽草紙』。その最新巻である本書は、久々にピンで表紙に登場した猫姿のニタが目印であります。

 猫絵師の十兵衛と元猫仙人のニタのコンビを時に中心人物として、時に狂言回しとして、市井で起きる様々な猫絡みの事件・出来事を描いてきた本作。
 今回も毎回一話完結のエピソードが七話収められていますが、何と言っても注目すべきは、巻頭に収められた異色作中の異色作「時翔け猫」でしょう。

 何しろこのエピソードの主人公は、現代の中学生・あやめ。親と進路のことで喧嘩して家を飛び出し、近所の猫石神社で怪我をした猫を見つけ、追いかけるうちに意識を失ってしまった彼女が、意識を取り戻した時に見たものは……

 というわけで、まさかのタイムスリップもののこのエピソード、当然というべきかあやめは十兵衛とニタと出会うことになるのですが――しかしあくまでも二人は脇役で、あやめと接することになるのは、サブレギュラーである蜆売りの少年・松吉とその家族なのが、何ともユニークなところであります。

 なるほど、以前も松吉たちは、猫石神社絡みのエピソードに登場したキャラクターではあります。
 しかしそれ以上に、自分の将来に、自分がどのように生きていくか悩むあやめと交流するのが――ある種浮世離れした十兵衛やニタではなく――彼女と同年代であり、そして既に一家を背負って働く松吉という構造が、実に巧みなところと感じさせられます。

 ある意味タイムスリップもののお約束とも言うべき結末も美しく、異色作ながら本作らしい好編であります。


 もちろん、その他のエピソードもいつもながらのクオリティの高さですが、幾つか特に印象に残った作品を挙げれば、まず「産婆猫」でしょうか。

 前話の「いちご猫」で登場した産婆の弟子の少女・子路を主人公とした本作は、ひょんなことから猫の御方様の子を取り上げる羽目になるというお話。
 神や獣など異類の者のお産を人間が助ける物語は民話にしばしば登場する印象がありますが、本作の見事な点は、子路が産婆としては未だ見習いであり、しかし少しでも早く立派な産婆になろうと努力する少女であることでしょう。

 ここに物語は人間に化けた猫のお産というファンタジーと、命を救うために奮闘する少女の成長譚が見事に結び付くことになり、これも実に本作らしい味わいの物語が生み出されているのです。

 そしてまた、ファンタジーだけではないのも本作の魅力であります。陰険で横暴な夫に虐げられ、ついに耐えかねて可愛がっていた猫とともに家を出た女性を描く『事解猫』は、本作を通じても非常に現実的な、重い題材を扱っていることが印象に残ります。

 もちろん、重い・辛いだけでなく、そこに人の強さと猫との絆を絡め、力強く希望に満ちた物語に仕上げてみせるのもまた本作ならでは。
 時にコミカルな描写を交えつつ描かれるこのエピソードにあるのは、そんな人の、女性の強さとそれに対するエールであることは言うまでもありません。


 冒頭に述べたように、一話完結のエピソードを積み重ね、積み重ねて(本書に収録されたところまでで実に128話!)きた本作。
 それでもなお、この巻に見られるように、それぞれに個性的で内容豊かな、本作ならではの人と猫の物語が描き継がれていることは、読者として大きな驚きであり、喜びであります。

 この巻に収められたものだけでなく、この先も描き継がれていくに違いない、本作らしい物語の数々が今から楽しみになる――そんな一冊であります。


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 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

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2018.02.22

「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」誌3月号掲載作品の紹介その2であります。今回はオリジナル作品メインの紹介となります。

『カムヤライド』(久正人)
 前号で衝撃のスタートを切った古墳時代変身アクション・ファンタジー、今回は設定紹介編という趣もありますが、その尖った画面作りと設定の面白さは健在であります。

 前回、カムヤライドに変身したモンコに助けられたオウスの皇子。一度は姿を消したモンコを見つけたオウスは、彼に国津神の正体を問います。そこでモンコが語るのは、200年前の天孫光臨とヤマト王家の真実、そして国津神とカムヤライドの関係……
 と、一見奇想天外ながらも筋の通った設定・物語展開を得意とする作者らしく、伝奇ものとして実に面白く思わず納得させられる設定が描かれる今回。「神」誕生のメカニズムとそれに抗するカムヤライドの力などの「らしさ」には感心させられます。

 その一方で、「神」復活を目論む謎の旅人も、出番は少ないながらもその描写が実に面白い。彼が復活させた新たな国津神の微妙なネタっぽさも楽しいところであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前回、犬神娘・なつの悲恋を描いた本作、これで四国編は完結かと思いきや、何と引き続き今回も四国が舞台――それもなつの子供たちが新たに登場することになります。

 相変わらず鬼を斬り続ける少年の前に現れたなつ。犬神で鬼を狩り続けてきた彼女は、宇和島に出現した鬼を斬って欲しいと願います。宇和島藩の御家騒動でその子もろとも無惨に殺され、妻も後を追ったという山家清兵衛。その怨霊が化したと言われる鬼――牛鬼と対峙したなつは、しかし己の二人の子供に気を取られて……

 と、今回驚かされたのは、牛鬼という強敵感溢れる相手(巨大な蜘蛛の体に牛の頭というビジュアルはやはり凄まじい)もさることながら、それが山家清兵衛事件――和霊騒動と結びつけて語られる点。
 なるほど、宇和島近辺では牛鬼の伝承が多く、何よりも清兵衛が祀られる和霊神社では牛鬼の山車などがあるのですが、この両者を結びつけた作品はほとんどなかったはずであります。しかもこの宇和島の牛鬼と対決するのが土佐の犬神というのはある意味ドリームマッチではありませんか。

 なつの悲痛な想いに応えて牛鬼との対決を決意する少年ですが、同時になつの子供たち(これがまたビジュアル等なかなかのキャラ立ち)も動きだし、後編に向けて盛り上がる物語。構造的に牛鬼の正体はおそらく――ですが、さてそれに対峙した少年は、なつの子供たちは何を想うのか、今から楽しみであります。(ただ、浦戸一揆が1600年、和霊騒動が1620年なので微妙に年が合わないという気がしないでも――とこれは蛇足)


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 前回から引き続き、芦名家の当主を巡る佐竹家と伊達家の争いを描いた回なのですが、驚かされるのはその大半が芦名家内の評定である点であります。
 (物理的な)動きのない評定シーン、それもそこに加わっているのは誠に失礼ながらあまり有名ではない面々と、漫画として盛り上げるのが大変そうな要素ばかりなのですが、しかしそれが実に面白いのです。それも四コマギャグ漫画としても。

 考えてみれば作者の『信長の忍び』がスタートして早10年、その積み重ねがここにも現れていると言うべきでしょう。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 三人の用心棒の流浪旅を描く本作、今回は己の死に場所を求める老武士・終活の主役回。旅の途中、リストラの肩叩きという憎まれ役を演じながらも自分も閑職に回され、しかし家族のために不平を言うことも叶わない気弱な武士と出会った終活は、その武士の姿に自分の過去を思い出して……

 と、宮仕えの辛さ・味気なさと、それでも生きていかねばならない者の生き様を静かに、しかし力強く描いた今回。相変わらず剣戟シーンが見事(今回も無音で剣戟を描くセンスが冴える)ですが、何よりも印象に残るのは、普段眠ったような糸目の終活が、怒りに目を見開いたシーンの迫力。
 今回、終活の本名が雷音大作というのが明かされるのですが、なるほどあのビジュアルは獅子のたてがみに相応しいものであります。そしてその終活がラストの大立ち回りで決める台詞が、また実に熱く、イイのであります。


 というわけで今月の「コミック乱ツインズ」紹介でありました。

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2018.02.21

「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)

 あまりに連載陣が充実しすぎて、逆にスタメンが揃わないこともあった「コミック乱ツインズ」ですが、今月は巻頭カラーの『鬼役』をはじめ、『軍鶏侍』『仕掛人藤枝梅安』『勘定吟味役異聞』の小説原作4作品が揃い踏みであります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 久々登場の本作、第3回の今回は前後編エピソードの前編。藩主の改革遂行の刃として活躍した軍鶏侍こと岩倉源太夫が、再びその刃を振るうことになります。

 前回の功績により藩より道場を与えられ、剣術指南を行うことになった源太夫。息子夫婦の薦めで若い後妻を娶ることとなり、にわかに慌ただしくなった源太夫ですが――しかし上意により、脱藩した藩士・立川を討つことを命じられることになります。
 問題は立川がかつて道場破りを木剣でまっぷたつに斬り裂いたと言われる達人というだけでなく、彼が新妻の前夫であること。複雑な心境で源太夫は出立することになります。

 一度は引退していたものが、功績を上げて請われて職場復帰、しかも若くて美人で自分の趣味に理解のある新妻まで――と書くと、中年男性の願望充足すぎてちょっと驚かされる本作。とはいえ、結局は上意で人斬りに差し向けられる立場には色々と考えさせられます(個人的には、源太夫が自分より年下だったのにショック)。
 そんな仇し事はさておき、源太夫が軍鶏小屋で新妻の気持ちを確かめる場面の(軍鶏の視点から二人を描くという)画面作りは実に叙情的で美しく、感心いたしました。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 まだまだ続く島不在編。今回登場するのは、米国の機関車メーカーの青年営業マン・清水。日本のためにも新製品を売り込もうとするも、鉄道院に手ひどくはねつけられた彼と出会った雨宮はドイツの島に直訴するよう促します。
 敦賀から大陸に渡る船に急ぐ清水とともに箱根越えの列車に乗った雨宮ですが、そこで思わぬトラブルに巻き込まれることに……

 本作の素晴らしさは、島と雨宮という天才コンビを主役としつつも、鉄道に対する愛情では彼らに勝るとも劣らない、「普通の」人々の姿を描き出すことでしょう。言うまでもなく今回は清水青年がそれに当たりますが、その熱意がある人物を動かすという展開は、お約束とはいえ、そこに至るまでの物語の面白さもあって素直に受け取れます。

 それにしても雨宮氏が清水にアドバイスを与える(?)場面、彼らしい無茶ぶりの中にも熱さがあって実に良かったと思います。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 今回から新エピソード「闇の大川橋」がスタート。町の騒動の中で彦さんが出会った御用聞き・豊治郎。腕利きで人柄もいい豊治郎に好感を抱く彦さんですが、その晩、往診帰りの梅安は、大川橋の上で何者かに斬られた豊治郎を看取ることになります。
 その直後、梅安のもとを仕掛けの依頼で訪れる音羽の半右衛門。その相手と、豊治郎の末期の言葉に出てきた名が同じだったのは偶然か……

 というわけで、今回ついに重要キャラである音羽の元締が登場、原作では矮躯の一見好々爺として描かれる人物でありますが、面白いのはその初登場シーン。本作の特徴の一つである、重低音の擬音とともに、戸板一つ挟んで巨大な迫力を感じさせ、開けてみれば! るという描写は、ある意味本作ならではのもので、この手があったか! と膝を打った次第です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 吉原の公許取り消しを命じる新井白石の命により、吉原との決戦を決意した聡四郎は、完全復活した玄馬とただ二人、吉原に正面から乗り込むことに――と、いよいよ第2章もクライマックスの本作、当然ただですむはずもないのですが、気合いの入りまくった二人に敵はない、と思わせてくれる描写が嬉しい。
 その直前、わずかな動きから聡四郎が相手の企てを見抜く様も見事で、彼も成長しているのだなあ……と感慨深くなります。

 その一方で江戸城の内外では色々と権力亡者たちの醜い動きが描かれることになりますが、注目は初登場の間部詮房。猿楽師出身の彼は、思わずなるほどと感心させられるビジュアルで、これまでとはまたベクトルの異なる奸臣ぶりが印象に残るところです。
(にしても聡四郎はこの頃から大奥、というか月光院と因縁があったのだなあ……)


 長くなりましたので次回に続きます。

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2018.02.20

碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第6巻 変わらない歴史の中で物語が生み出した希望

 源義経の身にその魂を宿し、源平合戦を戦い抜いた少女・皆鶴の物語もこの第6巻でついに完結となります。ついに平家を滅ぼし、分離した皆鶴と義経。しかし源頼朝に追われ逃避行を続けることになった義経主従は、一人、また一人と散っていくことになります。過酷な旅の果てに皆鶴が得たものとは……

 相手に大いなる力を与えるという父・鬼一法眼の術が失敗し、義経と一体化してしまった皆鶴。
 その魂が深い眠りについてしまった義経に代わり、弁慶、佐藤継信・忠信兄弟、伊勢三郎らと合戦を続けてきた彼女は、愛する継信の死という犠牲を払いつつも、義経の宿願たる平家打倒を成し遂げたことで、ついに義経と分離することに成功します。

 しかし皆鶴と義経に異常な執心を抱く頼朝に追われることとなった義経主従は、身重の静御前を連れ、かつて彼らを迎えてくれた奥州に向けて必死の旅を続けることになって……

 と、残念ながらと言うべきか、歴史の流れは変わることなく(その最大の相違点であった皆鶴と義経の関係も元に戻り)、史実通りに追いつめられることとなった義経主従。
 前巻のラストで伊勢三郎が一行を守って散り、さらに追求の手が強まる中、彼らの絶望的な旅は続くことになります。

 その中での最大の救いは、そして最大の力となるのは、義経と皆鶴の関係を主従全員が理解し、皆が二人を――そして二人もお互いを――支えようと力を尽くすことでしょう。
 平家打倒という目的を遂げ、そしてこの国そのものを敵に回しても――いやそれだからこそ一層強く結びついた彼らの絆は、読者たる我々にとっても、大きな救いとして感じられます。

 しかし、それでも歴史の無情が、運命の非情が彼らに忍び寄ります。奥州に向けての旅の中で、そして安住の地のはずの奥州で、静が、忠信が、弁慶が、義経が――皆、それぞれの運命に殉じていくことになるのであります。

 そう、歴史は、後世に残された記録は、本作において変えられることはありません。死ぬべき者は死に、滅びるべき者は滅びるのです。


 それでは、本作には一切の救いはないのでしょうか? その答えは――言うまでもないでしょう。物語は、伝奇は、歴史に対する一つの希望を生み出す力を持つのですから。

 残念ながら、その希望の姿をここで詳しく述べることはできません。しかし皆鶴の、義経の、弁慶の、静の――皆の旅は決して無駄ではなかった、彼女たち一人一人の存在があったからこその、この物語の結末であると、そう申し上げれば十分ではないでしょうか。
(そしてもう一つ、本作のサブタイトルに込められたある想いに、私は胸を熱くしてしまうのであります)


 作者は、その作品のうち、かなりの割合において、歴史もの・時代ものを描いてきました。

 そこに共通するのは、変えられない歴史という流れや定められた運命、大きすぎる社会制度といったもの――言い換えれば、人間個人が自由に生きることを妨げる壁の存在。そしてその壁にぶつかり、それでもなお乗り越えて進もうとする人間の力強い姿と、それがもたらす希望の姿ではなかったかと、私は感じます。

 そしてその姿勢は、本作においても貫かれています。歴史は変わらない、変えられない。それでも、そこに物語という手段によって、新たな希望を生み出すことができる――本作はそんな希望を生み出してみせた歴史ロマンの名品、新たな義経記なのであります。


『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第6巻(碧也ぴんく 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
義経鬼~陰陽師法眼の娘~ 6 (プリンセスコミックス)


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2018.02.19

『お江戸ねこぱんち 梅の花編』 リニューアルから約一年、堅実な面白さの猫時代漫画誌

 早いものでリニューアルから約一年、新生第四弾の『お江戸ねこぱんち』であります。今回も、特に印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 平賀源内と赤毛の少女・文緒、猫の「えれきてる」を主人公とする本シリーズで今回描かれるのは、長崎屋に毎年やって来るオランダ人を巡るエピソード。鎖国下であり、おいそれと長崎遊学も難しい状況で、新しい知識に飢える江戸の蘭学者たち――その一人である中川淳庵が、今回の主役となります。

 海外の知識を吸収するため、オランダ人と面会しようとする淳庵ですが、しかし伝手もない彼にはそれは不可能な話。一方、源内の方は、ちゃっかりと面会手段を確保していたものの、彼には彼の目的があって……
 と、毎回いくつもの題材を巧みに組み合わせて、一つの物語を織りなしてみせる本シリーズですが、今回は比較的シンプルな筋立て。しかしながらどこまでも純粋に新しい知識を求める淳庵の、そして天才肌ながら同じ想いを持つ源内の、それぞれの向学心を描く物語はなかなかに心地よいものがあります。

 そしてその向学心は彼らだけではなく、彼らが会おうとする相手も――という展開も楽しく、それがある美しい史実に結実するラストが印象に残ります。(淳庵の語学の才が、意外な史実を導き出す展開にも感心)


『新春ねこまんざい』(下総國生)
 今回も画力の点ではトップクラスの作者が描く本作は、もちろん物語の点でも見事な物語。大風で止まった渡し船を待つ八人の男女が、それぞれの立場から猫への想いを語るというなかなかユニークな構成の物語ですが、これが人情ものとして実にいい。

 里帰りのため江戸を離れる少年武士、愛猫を失ったばかりの大工と彼を気遣う芸者、もうすぐ飼い猫が子を産む老夫婦、猫に興味を持ち始めた白酒売り、ツンデレな愛猫を自慢する町人、――
 そんな生まれも育ちも全く異なる人々、偶然この場に集った人々が、「猫」という存在を軸に結びつき、新たな関係性を築いていく様には心温まるものがあります。

 何よりも猫好きが一瞬のうちに猫話でうちとけてしまう様は、本書を読むような方であれば皆覚えがあるはずで、その意味からも本書に実に相応しい一作と言えるのではないでしょうか。


『のら赤』(桐村海丸)
 遊び人の赤助の他愛もない、しかしどこかホッとさせられる日常を描くシリーズ、今回は一面雪景色となった町が舞台となります。

 転がり込んでいた遊女のもとから、酒を調達してこいと放り出された赤助が馴染みの酒屋の親爺を訪ねてみれば、気鬱の病らしいその親爺は死にたいとこぼしている有様。
 餞別代わりの酒と引き替えに、棺桶が欲しいという親爺の望みを叶えることになった赤助は――と、今回も落語のようなすっとぼけた物語が展開することになります。

 そしてすったもんだの末に棺桶を調達した赤助が、親爺と末期の雪見酒を酌み交わすのですが――ここで赤助の見せる表情が実に格好良い。もしかして今回の騒動はこのために――というのは買いかぶりかもしれませんが、おかしくも何とも気持ちのいい人情ものに仕上がっています。


『猫鬼の死にぞこない』(晏芸嘉三)
 瀕死の重傷を負いながらも謎の女の力で甦り、さらに江戸の闇に跳梁する謎の怪物と戦う羽目となった元隠密の彪真を主人公とする本作は、本誌では異色の変身ヒーロー譚と言うべき作品。一連の事件が真丹(中国)由来のものであると考えた彼は、真丹に詳しい学者を訪れるも、そこでも新たな怪異が……

 というわけで濃厚な伝奇色が嬉しい本作。猿の死体が現れ消えるという、なるほどどこか大陸の怪談めいた事件が描かれることとなりますが、クライマックスでは彼の不具となった片手片足が巨大な猫のそれに変わり、超人的な力を発揮するというけれん味が実にイイのであります。
 彪真の手下の、シリアスなのにどこかすっとぼけた造形も良く、早くも次回が楽しみな作品であります。……が、誰かが付け髭で変装しているかのような学者のビジュアルだけは本当にどうにも。


 というわけで、今回も堅実な面白さの本誌。
 その他の作品では、女だからと剣を持たせてもらえぬ剣術道場の娘が、放浪の猫剣士・ぶち丸の指南を受ける『猫師範ぶち丸』(芋畑サリー・キタキ滝)が印象に残ったところ。絵的には完成しているので、物語にもう一ひねりあれば言うことなしだったかと思います。


『お江戸ねこぱんち 梅の花編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち 梅の花編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2018.02.18

ドラマ版『荒神』 名作怪獣時代劇を見事に映像化 しかし……

 宮部みゆきの『荒神』が、BSプレミアムのスーパープレミアムドラマとしてドラマ化されました。原作は東北の小藩を舞台に謎の怪物の脅威に立ち向かう人々の姿を描いた怪獣時代小説の傑作、それを映像化するのはかなり難しいのではないかと思っていましたが、それを実現してのけた力作であります。

 東北の永津野藩家老・曽谷弾正の妹・朱音が暮らす名賀村での祭りの最中、深手を負い、旅の浪人・榊田宗栄によって担ぎ込まれた少年・蓑吉。朱音の屋敷に運び込まれた蓑吉は、住んでいた隣の香山藩の山村が、怪物に襲われて壊滅したと語ります。
 国境の砦に警告に向かう朱音と宗栄ですが、時既に遅く、怪物の襲撃を受けて砦は全滅。名賀村の人々は生き延びていた蓑吉の祖父とともに怪物を迎え撃とうと防備を固めます。

 一方、怪物の出現を知った弾正は、怪物が永津野藩主の血筋を狙うことを知り、藩主の娘である自分の妻を生贄にして怪物をおびき寄せんと、名賀村に現れ、朱音と再会するのでした。
 果たして怪物は何者なのか、何故今現れたのか。そして怪物と弾正・朱音の因縁とは……


 というわけで、文庫本で700ページ近い大作を2時間弱に収めるということで随所にアレンジが施されているものの、基本的な設定と物語展開は原作を踏まえたものであるドラマ版。

 放送前に何よりも気になったのは「怪物」の存在とその暴れぶりですが、これが想像以上に、いや想像を遥かに上回る露出で大暴れしたのが実に嬉しい。ビジュアル的にはいささかイメージと異なる部分もあったように思いますが、昼日中から出現して大暴れするその姿は迫力満点、大満足であります。

 特に村を舞台に暴れまわる場面は、対象物があまりない中で迫力を見せるのは難しいのでは――というこちらの予想を嬉しい形で裏切っての問答無用の大殺戮。地上波ではないとはいえ、老いも若きも容赦なく殺し、喰らう様をここまできっちりと見せてくれるとは思いませんでした。

 キャストの方も好印象で、特にこのドラマ版の二人の主人公とも言うべき朱音と弾正をそれぞれ演じた内田有紀と平岳大はまさにはまり役。優しさと凛とした部分を(そして同時にある陰も)併せ持つ朱音、そして野望と執念の男である弾正を、二人は見事に演じていたと思います。


 そんなこのドラマ版において、原作と比べての一番大きく印象に残る変更は、香山藩側の若侍である小日向直弥とやじの存在がバッサリとカットされたことでしょうか。
 直弥のキャラはおそらく宗栄に反映されている(そのため、原作ではもっと世慣れた人物であったのが随分と若い印象に)のかと思いますが、弾正とはまた異なる武家社会の側面を浮き彫りにするキャラクターだっただけに残念ではあります。

 そしてこの改変に象徴されるように、このドラマ版は永津野側に――そして何よりも弾正と朱音側に大きくウェイトを置いて描く形となっています。
 これはこれで限られた時間で描くためには仕方ないものかと思いますが、これによって、怪物に託して人間そのものの「業」を描いていた物語が、二人のそれを描くものにスケールダウンされてしまった印象は否めません(さすがに原作に秘められているであろう、あるモチーフを描くのは無理だとしても)。

 上に述べたように二人の好演はあるものの、それ故に(そして弾正の妻役の前田亜季のリキの入った演技もあり)二人の過去のエピソードが妙に生々しいものとして浮いてしまった感はありますし、そのために宗栄のキャラクターが浮いてしまったのが勿体無い。

 さらに言えば宗栄が終盤に朱音にかける言葉が、原作では非常に美しくも物哀しい、そして朱音に対する一つの救いを与えるものであったのが、全く趣もひねりもないもの(そもそもこの時代にない言葉だろう、というのはさておき)であったのは、個人的にはこのドラマ版最大の不満点でありました。

(も一つ、原作にはあった怪物の○○○○がなかったのも残念ですが、これはなくても話はまあ通るので……)


 と、厳しいことも書いてしまいましたが、BSとはいえプライムタイムに本作のような怪獣時代劇が、それも相当のクオリティを以て描かれたことは、やはり快挙であると言うべきでしょう。
 怪獣とはいわないまでも、今後も本作のような個性的な作品が映像化されることに希望の持てるドラマ化であったことは間違いありません。



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2018.02.17

北方謙三『岳飛伝 十四 撃撞の章』 決戦目前、岳飛北進す

 気がつけば北方版『岳飛伝』も残すところ本書をいれてわずか4巻。ついに岳飛が北進を始めた中、金が、南宋が、梁山泊がそれぞれの思惑を秘め、決戦に向けて動き始めることになります。そしてその中でまた一人……

 辛晃率いる南宋軍五万の大軍を打ち破った岳飛と秦容。しかしまだまだ南宋は遠く、そこに至るまではあまりに険しい道のりであります。それでもジリジリと力を蓄えた二人はついにこの巻にて北進を開始。秦容が南宋軍を引きつける間に岳飛軍はついに南宋に足を踏み入れ、戦いを始めることになります。

 その一方で秦檜と析律は不戦協定を締結。これにより秦檜は因縁重なる岳飛を迎え撃ち、そして金は領内に存在する異物たる梁山泊攻撃に専念することが可能となったわけですが――もちろん梁山泊も黙っているはずがありません。
 こうして各地で緊張が高まる中、一人の男が胡土児を訪れます。それは九紋竜史進――史進は胡土児に彼の本当の父・楊令が残した吹毛剣を届けに来たのですが……


 これまで力を溜めに溜め、ようやくダッシュを開始した感のある岳飛。秦檜によって完全に復興し、力を蓄えた(もっともこれこそが岳飛が南宋に挑む理由でもあるのですが)南宋を相手に、如何に精強な岳飛軍とはいえ、ほとんど一軍でどうするものか……
 と思いきや、岳飛軍本隊の機動力と、これまで長きに渡り南宋内に潜伏してきた岳家軍残党の連携により、ほとんど電撃作戦といった形で次々と城市を落としていくのはなかなか爽快であります。

 もちろん、これを黙ってみている南宋軍ではありません。地味キャラに見えて、前巻では意外な策を用いて海陵王をあわやというところまで追いつめた南宋軍総帥・程雲は、岳飛はおろか、致死軍でも動きの掴めぬ潜伏作戦で岳飛を徐々に追い込んでいくのであります(この巻の終盤で明かされるそのカラクリにはさすがに仰天)。

 そんな対照的な戦いが繰り広げられる一方で、まだ全面的な開戦には至っていない梁山泊と金ですが、その両者に関わる一大イベントが、吹毛剣継承であります。

 楊志から楊令に伝わることとなった楊家伝来の吹毛剣。元々は宋建国の英雄であった楊業の剣であったものが、今ここでその宋を滅ぼした金軍総帥の養子・胡土児に伝わるのも皮肉と言えば皮肉なのかもしれません。
 しかし楊志と楊令の間には血の繋がりはなかったことを思えば、それにもかかわらず吹毛剣には間違いなく楊令の魂が籠もっていることを思えば、この剣は国を超えた男の魂の継承を象徴するものと言えるでしょう。

 その吹毛剣を胡土児に託すのが史進というのがまた痺れるところですが(そして新・新生梁山泊の統括組がそれを必死に史進に押し付けるのには笑いましたが)、それを託された胡土児が、兀朮の命によって北辺に赴くことになるのが、また意味深であります。
 兀朮が口にするその理由がまた泣かせるのですが、それはともかく北辺での胡土児の任務は、侵入を続ける蒙古の撃退。蒙古といえば言うまでもなく――というわけで、もしかするとここにまた、新たな魂の継承が行われるのかもしれない、というのは深読みがすぎるかもしれませんが……


 そして南で北で、様々な形で戦いが、戦いに繋がる出来事が描かれる一方で、東の果てで、一人の豪傑が静かにその人生の幕を下ろすことになります。
 その名は李俊――韓世忠を斃し、沙門島を奪回しと、ここのところ凄まじいまでの活躍を繰り広げてきた李俊は、密かに慕っていた瓊英と会うために日本に渡るものの再会目前で彼女を喪い、そのまま十三湊に留まっていたのであります。

 そんな、静かな暮らしを送る李俊の前に現れたのは、ついに日本にやってきた王清。
 梁山泊から距離を置いて流浪を続けてきた彼もまた不思議な人生を送ってきたキャラクターですが、あるいは志とは微妙な距離をおいてきた李俊と共通点があると言うべきでしょうか。そんな二人は静かな交流を続けるのですが……

 そこで何が起き、そしてどのように李俊が逝ったのか、その詳細はここでは語りません。しかしそれは間違いなく男の中の男の最期、まさしく大往生としか言いようのない、見事で、そして美しく素晴らしいものであったことだけは、間違いありません。
(ただ、同じ巻で逝った曹正とちょっと被るのが……)


 秦檜の体の異状も描かれ、いよいよ最後の決戦に向かって大きく動き始めた本作。物語の最後に描かれるものは何か、秦容流に言えばどのような「夢という墓標」が残るのか――心して待ちたいと思います。

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2018.02.16

姫川明『カイジ』 暗殺に生きた青年がたどり着いた道

 電子書籍の長所はもちろんその利便性にありますが、まだ単行本化されていなかった作品や長きに渡り絶版だった作品が、電子オンリーで刊行される点も大きいと言えるでしょう。本作もそうした形で刊行された未単行本化作品――数々のコミカライズで名を馳せる作者による戦国アクション漫画であります。

 明国での戦の中で焼き尽くされた村。偶然その地を訪れた日本人・峨竜斉は、その地獄のような跡地で唯一生き延びた少年・カイジを見つけ、共にいた虎・バギとともに日本に連れ帰るのでした。
 以来、カイジは峨竜斉の下で修行を積み、師が組織する暗殺者集団「影龍」の一員として、命じられるままに暗殺を繰り返していくことになります。

 その身に刻み込まれた技術と天賦の才で、影龍の実働部隊の中でも屈指の存在として活躍するカイジ。しかし数々の暗殺を行い、その中で様々な人間模様と出会う中で、彼の中に小さな変化が生じていくことになります。
 子供の頃から失われた自らの記憶。そして異常に傷の治りの早い体質。自分は一体何者なのか、そして何を望むのか。自分の中の変化に戸惑った末にカイジが選んだ道とは……


 その名を聞けばまず『ゼルダの伝説』が思い浮かぶほど、同作のコミカライズで長きに渡って活躍してきた姫川明。
 全く恥ずかしながら、その作者が時代ものを描いていたとはつい最近まで存じ上げなかったのですが――その本作は、1993年に「週刊少年サンデー超」誌に連載された作品であります。

 ざっと20年以上も前の作品ではありますが、作者独特の、柔らかさとシャープさを同時に感じさせる絵柄はもちろんこの頃から健在。
 物語の内容が内容だけに激しいアクションや人死にも少なくありませんが、それらをきっちりと描きつつも、血生臭かったり重かったりするだけでは終わらないのは、この絵柄によるところも大きいでしょう。

 さて物語の方は全6話――カイジと影龍の登場編とも言うべき「謎の刺客」、カイジの標的が父の仇だという少年が登場する「知多丸」、これまで数々の刺客を返り討ちにしてきたという鬼と対決する「鬼が原」、孤児たちを育てる寺の老僧と出会ったカイジの非情の任務「泣き龍」、かつて冷酷非情を謳われた梟雄がカイジを前に告げる意外な願い「雪姫」、戻ってきた自分の記憶に戸惑うカイジの最後の選択「雪消」と展開していくことになります。

 舞台は戦国時代であるものの、あくまでもその「いつか」「どこか」で繰り広げられる物語は史実とリンクすることはなく、その点は些か残念ではあります。
 しかし本作の場合、歴史に縛られないが故に、自由に物語を展開させることができたということも言えるかもしれません。特にカイジのほとんど唯一の「外」との接点とも言うべき、標的となる戦国武将たちそれぞれのキャラクターと生き様は、その自由さによるところが大きいと感じます。

 特にラスト一話前の「雪姫」で、暗殺に現れたカイジを恬淡と迎え入れる武将は、一時の語らいの中で刺客としてのカイジの存在すら肯定しつつも、そうではない新たな道へ一歩を踏み出せと背中を押してみせる姿が強く印象に残ります。


 それにしてもその「外」と接する手段が暗殺――すなわち人殺しのみというのは、いかに舞台が戦国とはいえ、あまりにも非人間的と言うほかありません。
 しかしそんな残酷な環境の中でカイジが少しずつ人間的な感情を学び、そして失われた記憶――それもまたその感情と無縁ではないのですが――を甦らせていくという、一種皮肉ですらある構図こそが、本作の魅力と感じます。

 残念ながらわずか6話と決して多い話数ではないこともあり、カイジの肉体の秘密や影龍のメンバー一人ひとりの人物像など、物語の全てが描き切れたかといえば、疑問の点がないわけではありません。
 しかし初めて自分の意志で行動することによって、刺客としての自分と人間としての自分を統合した新たな道を――そのたどり着く先はもしかしたら死なのかもしれませんが――踏み出したカイジを描く結末は、決して悪いものではないと感じられるのです。


 ちなみに作者の作品では、同人誌で展開してきた長編忍者アクション『ヒウリ』も電子書籍化されており、こちらも近々紹介したいと思います。


『カイジ』(姫川明 オフィス漫) Amazon
カイジ

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2018.02.15

シヒラ竜也『バジリスク 桜花忍法帖』第1巻 彼らを「忍者」と呼べるのか

 この1月からアニメの放映も開始された『バジリスク 桜花忍法帖』――『バジリスク 甲賀忍法帖』の続編ともスピンオフとも言うべき物語の漫画版であります。既に第2巻は刊行されておりますが、まずは思うところあってまだ取り上げていなかった第1巻を紹介させていただきます。

 ただ徳川3代将軍を決するためだけに、十対十の死闘を繰り広げることとなった甲賀と伊賀の忍者たちの姿を描く山田風太郎の『甲賀忍法帖』の漫画版である『バジリスク 甲賀忍法帖』を原案とした山田正紀の『桜花忍法帖 バジリスク新章』の漫画版である本作。
 小説と漫画が交錯して非常にややこしいのですが、本作は元祖『バジリスク』の作画者であるせがわまさきはキャラクター原案というクレジットとなっていますが、本作の作画担当のシヒラ竜也もイメージに合った描き手と感じます。


 さて、この漫画版の内容ですが、小説版ともアニメ版ともまた異なる内容。登場人物等、基本的な設定は一部を除いてほとんど変わりませんが、その物語展開は大きく異なります。
 何しろ冒頭で描かれるのは、江戸城で繰り広げられる甲賀五宝連の一人・緋文字火送と侍たちの死闘。主君のために戦う忍びでありながら、その主君の命に逆らって周囲を業火に包むという、ある意味あり得べき場面であります。

 そしてそこまでして彼が守ろうとするのは、もちろん甲賀八郎と伊賀響。本作では公儀隠密を束ねる服部響八郎の子供として育てられたという設定の二人ですが、八郎の方は忍びの掟など全く頭にはなく、愛する響を守ることだけが自分の目的という、忍びらしからぬ少年であります。

 そんな彼の前に現れたのは、火送を屠ってきた成尋衆の4人。甲賀五宝連と伊賀五花撰は他のバージョンよりも遙かにあっさりと倒され(全く忍法を見せる間もなかったキャラもいたほど)、響八郎も倒された時……


 と、驚くほどスピーディーに展開していく本作ですが、そんなことよりも真に驚くべきは、本作での忍びの扱いでしょう。

 先にも触れましたが、冒頭で火送が「主君のために生き主君のために死ぬるを約定した主に尽くす運命の者」と語るように、忍びとは主君の命あっての存在。
 しかしその火送自身が主命に逆らっているように、本作に登場する忍びたちは、主命に殉ずるという頭はない――というより八郎に代表されるように、それよりも己の想いを優先して生きる者として描かれていると感じさせられます。

 それはそれでもちろん尊い行動原理ではありますが、しかしそれを忍びと言ってよいものか? 主を持たず己の目的のために戦う者は、忍びというより能力者と言うべきではないか……そう感じます。

 いや、本作においては異能者=忍者ということなのかもしれません(ある意味それは世間の山風作品に対するイメージの一つの典型ではあります)。
 しかしそうだとすれば、本当の意味のでの異能者である成尋衆と忍者たちの間の差異はどこにあるのか――それがこの漫画版ではぼやけてしまっていると感じます。

 もちろん「忍法」vs「魔術」は夢の対決、そちらに振り切った物語も普段であれば大歓迎であります。
 しかし本作は(ややこしい関係であるとはいえ)、山風忍法帖を――忍者たちが主命のためにその技を浪費し、物のように死んでいく無常無情の様を、そしてその中で逆説的に描かれる人間性を描いた物語の、その流れを汲むものではなかったでしょうか。

 少なくとも、愛し合いながらも殺し合うほかなかった二人の姿『バジリスク 甲賀忍法帖』の続編である本作からは「時代は変わった――」という言葉などでは拭えない強烈な違和感が感じられるのです。
 果たして本作で描かれるのは「忍者」たちの戦いなのかと……

(原作にはこうした印象はなかったので、これは漫画版の演出によるものでしょう)。


 と、正直に申し上げて扱いに困ってしまったこの第1巻なのですが、先に述べたスピーディーな展開(この巻だけで少年編が終わってしまう)は良いと思いますし、漫画版独自の、響を襲う運命の凄まじさには、「こう来たか!」と驚かされたところであります。

 別途ご紹介する第2巻では本格的にバトルも始まり、これはこれで――とようやく割り切りがつきましたので、今回ご紹介した次第です。


『バジリスク 桜花忍法帖』第1巻(シヒラ竜也&山田正紀 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
バジリスク ~桜花忍法帖~(1) (ヤンマガKCスペシャル)


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2018.02.14

『幕末 暗殺!』(その三) 暗殺を描き、その先にある現在を問う

 操觚の会による暗殺事件をテーマとした全七編の幕末アンソロジー、紹介のその三/最終回です。

『裏切り者』(秋山香乃)――油小路の変
 一連の伊庭八郎もの等、その作品の大半が幕末ものである作者の最初期の作品である『裏切者』(現『新選組藤堂平助』)の裏面とも言うべき作品が本作――新選組を「裏切った」藤堂を「裏切った」者・斎藤一を主人公とする物語であります。

 伊東甲子太郎一派として新選組を脱退した藤堂と斎藤。しかしその斎藤は偽装脱退――土方のスパイとして伊東派に潜入したものでありました。自分を無二の友と遇する藤堂を裏切り、伊東暗殺の機会を土方に伝える斎藤。しかし斎藤にはさらにもう一つの裏の顔が……

 この御陵衛士へのスパイ説のように、間者役・粛清役として、孤独な剣客として語られることの多い斎藤。本作はその延長線上で斎藤を描きつつも、彼と藤堂の間の熱くも物哀しい友情を描くことにより、その孤独感をより一層深いものとして浮かび上がらせます。
 その不思議な友情が剣士同士の死闘という形で描かれるクライマックスが本作の最大の見どころであることは間違いありませんが――しかし同時に本作はとてつもない趣向を秘めているのであります。

 何故斎藤は御陵衛士に潜入したのか、何故伊東ら御陵衛士は死ななければならなかったのか――本作で語られるその真実は、実に意外極まりないもの。かつて伝奇ものの登場人物めいた名を持っていたある人物と斎藤との関わり、そしてその人物の目的は、それだけで一編の伝奇物語と成り得る内容なのです。
 濃厚なセンチメンタリズムを漂わせながらも、同時に濃厚な伝奇性を併せ持つユニークな作品であります。


『明治の石』(神家正成)――孝明天皇毒殺
 そしてラストは、自衛隊ミステリ『深山の桜』で『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞した作者による刺激的な作品であります。これまで操觚の会のトークイベントでは最前面に立って活躍してきた作者ですが、実は歴史・時代小説は本作が初めて。果たしてその内容はと思えば、これが幾重にも趣向が凝らされたものなのであります。

 時は明治4年、江戸城に向かう岩倉具視の前に飛び出した青年軍人。こともあろうに孝明天皇の死の真相を直接問うてきたこの青年に対し、岩倉は自分が毒殺したという噂の真偽を調べるよう命じるのでした。
 それ以来、木戸孝允、アーネスト・サトウ、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通と様々な人物を訪ねてその真相を問う青年。断片的に語られる内容を繋ぎ合わせた末、ついに青年は岩倉に「真実」を突きつけるのですが……

 本書は原則として題材となる暗殺事件を年代順に配置したアンソロジーでありつつも、実は孝明天皇の死は、時系列的には龍馬暗殺や油小路の変以前の出来事であります。
 しかし本作はその原則を敢えて曲げ、明治の世から過去を問うことにより、「藪の中」的状況を作り出すとともに、暗殺の連鎖の末に到来した新時代における人々の胸中を巧みに描き出すのです。

 そしてその果てに、作中でいささかくどいくらいに繰り返されるある言葉が意外な意味を持って立ち上がる真相、そしてそれがさらに冒頭から伏せられていた青年軍人の正体と結びつくことで更なる意味を持つ結末と、物語の構成も見事な本作。
 一種の時代ミステリにして、幕末という時代を総括してみせた、本作の掉尾を飾るに相応しい作品と言えるでしょう。


 というわけで、この三回に渡り紹介してきたように、それぞれの作家が持ち味を出した個性的な作品が揃った『幕末暗殺!』。個々の作品自体はもちろん独立した作品ではありますが、しかし前後の作品に繋がりを感じさせる構成も巧みな一冊であります。

 さて、ここで正直なことを申し上げれば、ある歴史上の事件に対して、一作家ごとにそこに関係した一人物を主人公に描く書き下ろしアンソロジーというスタイルは、どうしても『決戦!』シリーズを連想させるものがあるかもしれません。
 しかし本書においては、(それを構成するのは個々人ではあるものの)集団と集団が戦う合戦ではなく、個人が個人を殺す暗殺を題材とすることで、より登場人物たちの人間性を浮き彫りにすることに成功していると感じさせられます。

 そしてこの幕末の先にあった明治のそのまた先に現在があることを思えば、その明治を導き出した暗殺の姿を描く本書は、現在を問うものとしてより意義深いものと言えます。
 折に触れて攻めた姿勢を見せてきた操觚の会ならではのアンソロジー――そう評すべき一冊であります。


『幕末 暗殺!』(谷津矢車・早見俊・新美健・鈴木英治・誉田龍一・秋山香乃・神家正成 中央公論新社) Amazon
幕末 暗殺! (単行本)

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2018.02.13

『幕末 暗殺!』(その二) 暗殺者たちそれぞれの肖像

 操觚の会による暗殺事件をテーマとした幕末アンソロジー収録作品紹介の続きであります。

『欺きの士道』(新美健)――清河八郎暗殺
 周囲の人間たちを様々に巻き込んだ末、幕府を手玉に取って浪士組を結成した清河八郎。彼が佐々木只三郎によって斬られたのは史実が示すとおりですが、本作はそこに至るまでの只三郎の視点を通じて、清河という人物の姿を浮かび上がらせます。
 実兄である会津藩士・手代木直右衛門に呼び出されて八郎暗殺の始末を命じられた只三郎。北辰一刀流の免許皆伝でもあり、極めて慎重な清河を討つために、その周囲を探る只三郎は、幕府の浪士取締出役を務めながらも実は会津の隠密でもある自分と、清河のある共通点をやがて知ることになるのです。

 ある意味幕末一のトリックスターであったとも言える清河八郎。庄内藩の郷士の三男坊に生まれながら、その弁舌と行動力によって各藩の士のみならず、山岡鉄太郎のような幕臣までも心酔させた彼は何者であったのか……
 獲物を狙う暗殺者たる只三郎の目から丹念に描き出されるのは、周囲を欺き続けて作り出したその巨大な虚像というべきものであり、そして自分自身それに囚われてしまった八郎の姿なのであります。

 「武士」という核を得られず、何者にもなれなかった八郎。デビュー作『明治剣狼伝』で西郷暗殺を題材とし、幕末の、武士の時代の終幕を描いた作者ならではの、逆説的な「武士」の物語であります。


『血腥き風』(鈴木英治)――佐久間象山暗殺
 幕末に横行した暗殺の象徴と言うべきいわゆる幕末四大人斬り――その中でもある意味最も大物を餌食にしたのは、本作の主人公である「人斬り彦斎」こと河上彦斎でしょう。

 師にして友であった宮部鼎蔵が池田屋で5討たれたと知り、手を下したという新選組の土方を討つべく、京に向かう彦斎。しかし彼は正面から土方に事の理非を問い、新選組は命じられて池田屋を襲ったに過ぎないことを悟ることになります。
 そしてその黒幕が佐久間象山という噂を聞いた彼は、今度は象山のもとを訪れて……

 「人斬り」と呼ばれながらも、実は記録上に残った人斬りは佐久間象山のみという彦斎。その陰には記録に残らない暗殺も様々あったのかもしれませんが、本作に描かれる彦斎は「闇討ちのような卑怯な真似は、俺は決してせぬ」と語る人物。
 その記録通りの彦斎像を描くことがユニークな視点に繋がるというのも皮肉な話ですが――ではなぜその彦斎が象山を斬ったのか。本作はそこに本作の彦斎像ならではの答えを用意してみせるのであります。

 脇役ではありつつも、実に格好良い土方のキャラクターも印象に残る作品であります。


『天が遣わせし男』(誉田龍一)――坂本龍馬暗殺
 本書の題材となった暗殺事件において、最も有名なものであろう近江屋での坂本龍馬暗殺。陰謀論めいたものも含めて諸説ある中でも、佐々木只三郎以下見廻組実行説が、現在では定説と言えるのでしょう。
 本作はその説に基づく作品ですが、只三郎ではなく、その指揮下で龍馬を斬ったと言われる桂早之助であるのが、実に興味深いところであります。

 京都所司代同心の家に生まれながらも、小太刀の達人として名を挙げて将軍家茂の上覧試合では講武所の猛者を次々と打ち破り、やがて見廻組に編入されたという早之助。小太刀の使い手(二刀流とも)と言われた彼は、なるほど狭い屋内での斬り合いには向いた男だったのでしょう。
 本作のクライマックスはもちろんその早之助による龍馬暗殺なのですが――しかし斬られる龍馬の方はほとんど遠景として留まり、あくまでも早之助の物語として、彼の出自や暗殺に至るまでが描かれるのが面白い。

 下級武士の生まれながら、武士の表芸たる剣術で見廻組に抜擢された早之助。早之助が本作で見せるのは、動乱の時代において何とか頭角を出そうとする野心であり、そして幕臣の集団である見廻組の一員として京を守ろうとする誇りであり、そして寺田屋で捕方を殺した龍馬での敵意でありと――実に生々しい感情であります。

 新選組など一部の例外を除き、人間の生々しい感情を持って描かれることの少ない印象のある幕府側ですが、それだけに本作の視点は実に新鮮に感じられます。そしてそんな「人間」だからこそ、「英雄」を斬れたのかもしれない――そうも感じられるのであります。


 もう一回続きます。


『幕末 暗殺!』(谷津矢車・早見俊・新美健・鈴木英治・誉田龍一・秋山香乃・神家正成 中央公論新社) Amazon
幕末 暗殺! (単行本)

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2018.02.12

『幕末 暗殺!』(その一) 幕末の始まり、暗殺の始まり

 最近、最も活発な動きを見せている歴史・時代小説家グループ「操觚の会」。これまではトークイベントなどで活動してきたそのメンバーが、小説でも一同に会することになりました。それが本書――メンバーのうち7人が、幕末の7つの暗殺事件を題材としたアンソロジーであります。

 様々な戦が歴史を大きく動かした幕末ではありますが、しかしそれ以上に歴史を動かしたのは「暗殺」ではないでしょうか。日本史を眺めてもこれほど暗殺という行為が意味を持った時代はないのではないか――という印象がありますが、本書はその数々の暗殺が、一人一人の作家の手により、これまでにないような作品として描かれるのです。
 以下、一作品ずつご紹介いたしましょう。


『竹とんぼの群青』(谷津矢車)――桜田門外の変
 巻頭に描かれるのは、操觚の会の切り込み隊長というべき作者による、桜田門外の変異聞。幕府の大老が白昼江戸城の目の前で殺害されるという、幕末の始まりを象徴する暗殺事件を、極めてユニークな視点で本作は描くことになります。

 藩主・斉昭以下、尊皇の志篤く、攘夷の実行を望んできた水戸藩。しかしその一方で斉昭はアメリカから持ち込まれたコルトに興味を持ち、複製を命じることになります。
 その責任者となったのは、主人公・黒澤忠三郎の親友である彦右衛門。急進派で剣一筋の忠三郎に対し、蘭学好きで攘夷に懐疑的な彦右衛門は正反対の性格ながら、何故か馬の合う二人だったのであります。

 忠三郎が手に入れてきたコルトを元に彦右衛門が複製に挑むものの、作業は遅々として進まず、その間に斉昭は蟄居に追い込まれ、変質していく藩論。それに焦る関鉄之介に使嗾された忠三郎は、彦右衛門が一丁だけ複製したという拳銃を持ち出すのですが……

 井伊を襲撃した水戸浪士が複製したコルトM1851を持っていたというのは、それ自体伝奇的で伝説めいた逸話ですが、しかしこれは極めて皮肉で矛盾した話と言えます。
 彼ら水戸浪士の主張は尊皇攘夷。しかしその目的のために、彼らが打ち払おうとする異国が生み出した武器を使うのは如何なものか? いやそもそも、(開国を行ったとはいえ)同じ日本人である井伊を討つことが、攘夷に繋がるのか――?

 本作はその奇妙さ・奇怪さを、その矛盾を体現し、そしてそれゆえに苦しむ忠三郎の姿を通じて痛烈に剔抉します。その姿は、痛ましいまでに一途であるが故に現実の壁にぶつかる若者を描くに筆の冴えを見せる作者ならではのものでしょう。
 彦右衛門のコルトで井伊を撃った忠三郎が本当に失ったものはなんであったのか。そして先に述べたとおり、この暗殺が幕末の始まりを告げるものであったとしたら、幕末は、その先の時代は初めから向かう先を――そんなことをも感じさせる、本書の幕開けに相応しい作品であります。


『刺客 伊藤博文』(早見俊)――塙忠宝暗殺
 本書の主人公たちの中では、最も功成り名遂げたと言うべき伊藤博文。しかし元々過激な尊攘派だった博文であるものの、暗殺まで行っていたことはあまり知られていないのではないでしょうか。
 その標的となったのは塙忠宝――塙保己一の子。失礼ながら現在ではほとんど知られていないこの国学者が、なぜ未来の総理大臣に殺されなければならなかったのかを通じ、本作は暗殺の一つの形を描くことになります。

 最下層の士分の出身であり、高杉晋作の尊攘活動の末席に加わっていた伊藤俊輔(博文)。英国公使館焼き討ちに成功し、意気軒昂な中にも将来への不安を抱える彼の前に、塙忠宝を狙う水戸浪士・大原が現れます。
 老中の諮問を受け、孝明帝廃帝の研究をしていると噂される忠宝。かねてから天誅を加えるに不足なしと考えていた俊輔は、大原に同調して忠宝暗殺を決意するのですが……

 何のために暗殺が行われるのか。それはもちろん様々ではありますが、必ずそこには大義名分が存在します。本作で描かれる俊輔のそれは、廃帝を狙う者に天誅を加えるため、なのですが――しかし俊輔自身は南朝北朝の別も明確ではない男であります。
 そんな彼が忠宝を狙うのは、尊王の大義名分だけでなく、己のため、己がのし上がるためのものであったことを――結末に忠宝の研究の真実を突きつけることによりさらに皮肉に――本作は浮き彫りにするのです。

 博文の最期は歴史が示すとおりであります。それを「歴史は繰り返す」と評するのは不適切かもしれませんが、人間の営みの愚かさは繰り返されるものなのでしょう。


 以降、続きます。


『幕末 暗殺!』(谷津矢車・早見俊・新美健・鈴木英治・誉田龍一・秋山香乃・神家正成 中央公論新社) Amazon
幕末 暗殺! (単行本)

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2018.02.11

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年も早くも1/12が、いや1/6が過ぎようとしている状況に目眩がしますが、しかし春が近づいているのは嬉しいことであります。社会人は年度末で何かと忙しい時期ですが、新しい季節に期待に胸膨らませつつ、3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 といいつつ、文庫小説は寂しい状況。
 一番の注目は、この春新作が連続刊行される平谷美樹のシリーズ第3弾『江戸城御掃除之者! 切磋琢磨』。
また、同じ月に『町奉行内与力奮闘記 6 雌雄の決』も発売される上田秀人は、同時に刊行される『妾屋の四季』が、『妾屋昼兵衛』シリーズとの関わりが気になるところです。

 そして復刊の方では、まず間違いなくベッキー主演のドラマ化効果で山田風太郎『忍法双頭の鷲』が登場。ドラマの方は全く違った内容になりそうですが……
 また、決戦シリーズからは『決戦! 本能寺』が文庫化。そして北方謙三の大水滸伝シリーズも、『岳飛伝 17 星斗の章』でついに完結です。

 一方気になるのは、第9回角川春樹小説賞の最終候補作となった高城亞樹『宿儺村奇譚(仮)』。タイトルを見た限りでは伝奇もののようですが……
 もう一つ、高橋由太『もののけ本所深川事件帖 オサキはおしまい』は、タイトルを見た限りではシリーズ最終巻。ある意味、妖怪時代小説ブームの終わりを象徴しているという印象もあります。


 そして漫画の方では冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第1巻が初登場。あのいろいろな意味で流浪の存在だった黒鉄が復活であります。

 そしてシリーズの続巻では、そういえばアニメ化も近いたかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第9巻、大河ドラマを見ていても誤チェストという言葉がちらつく山口貴由『衛府の七忍』第5巻、ついに二桁突入の吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第10巻、そしていよいよクライマックスの野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻、新章突入もめでたい大柿ロクロウ『シノビノ』第3巻、が登場であります。

 その他、原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第11巻、新井隆広『天翔のクアドラブル』第4巻、重野なおき『信長の忍び』第13巻、唐々煙『煉獄に笑う』第8巻と、信長ネタが偶然ながら重なりまくったこれらの作品も楽しみなところです。



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2018.02.10

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第12巻 クライマックス目前、決闘鍵屋の辻!

 悲劇の父子対決も終わり、いよいよクライマックス目前のせがわ版『魔界転生』。残る魔界転生衆は荒木又右衛門と宮本武蔵のただ二人、しかし三人娘と弥太郎は敵の手に落ち、追いつめられた十兵衛たちに逆転の目はあるのか?

 乱れに乱れた道中双六の末、お雛が、弥太郎が捕らわれ、さらにお縫とおひろまでも捕らえられてしまった十兵衛一行。その乱れの元凶とも言うべき父・宗矩は倒したものの、(いかにツインテールじじいと化したとはいえ)父を斬った十兵衛の心中が穏やかならざるのは当然の話であります。
 しかし悲しんでいる暇はありません。こともあろうに十兵衛たちの拠り所と言うべき柳生に乗り込んできた紀州大納言頼宣の魔手は、今まさにおひろに迫って……


 というところで、ヒロインの危機で始まったこの巻ですが、思わぬ救い主となったのは、江戸から戻ってきた森宗意軒。
 そもそも頼宣が柳生に乗り込んできたのは、将軍家光不例を知り、すわ自分の立つべき時と江戸に行きがけの駄賃だったわけですが――しかし宗意軒は、この情は叛意を抱く者を炙り出さんとする、誰か「公儀の人物」の罠だと語ります。

 おひろさんの裸身をコマの端々に描きながら進む談判の末、大胆にも江戸から出てきたというその「公儀の人物」が滞在するという伊賀上野に、荒木又右衛門を物見に出した宗意軒。
 さらに彼は、牧野兵庫を頼宣の代役(スケープゴート)として伊賀上野に向かわせるのですが――この辺りで宗意軒が見せる邪悪な表情は、彼の真意が決して頼宣の天下取りなどにないことを窺わせて興味深いところであります。

 何はともあれ、頼宣の身代わりとして伊賀上野に入った兵庫を待っていたのは、先に物見に出た荒木又右衛門と根来衆。伊賀上野といえば荒木又右衛門、さすがにその彼が素面を晒してはまずかろうと覆面姿で物見に出た又右衛門ですが……

 さて、本作の趣向からすれば、ここで何も起きないはずがない。ここで繰り広げられる又右衛門と十兵衛の激突、その始まりは意外にも――とこれは伏せますが、ある意味十兵衛らしからぬやり方は、彼の必死さが表れていると見るべきでしょうか。
 個人的には、又右衛門の愛刀にまつわるあの有名な逸話を巧みに活かしてみせた、如何にも本作らしい、そして皮肉な展開にニヤリとさせられたところであります。


 そして、そんな戦いが繰り広げられているとはつゆ知らずにいる頼宣の前には、「公儀の人物」が登場。そのものすごい腹芸の前に、さしもの頼宣も完全に詰んだかに見えましたが……
 ここで再び怪しく笑う宗意軒。今だ今こそ転生だと囁くメフィストフェレスめいた言葉に乗せられ、頼宣は生贄の座に捧げられたお雛とお縫のもとへ――と、またもや落花狼藉目前の場面でこの巻は終わります。

 そしてついに物語は最終局面、次巻で完結。何やら怪しい動きを見せる最後の魔界転生衆、宮本武蔵の動向や如何に……

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2018.02.09

中村理恵『天の破片』 半人前陰陽師と還ってきた偉大なるご先祖様!?

 かの大陰陽師・安倍晴明――の子孫であり卜占の天才として「指神子」と呼ばれた安倍泰親――の従兄弟で半人前の陰陽師・安倍時晴が、復活した晴明に振り回されつつ陰陽師として奮闘する姿を描く、ちょっとコミカルな平安ホラー漫画であります。

 時は12世紀、安倍晴明の子孫でありながなら、術もうろおぼえでビビりの時晴。ある荒れ屋敷に出没するというもののけの祓いを依頼された時晴ですが、もたもたしている間に何者かによって呼び出されたのは――何と彼の祖先である晴明その人だったではありませんか。
 実は晴明を呼び出したのは、陰陽道マニアの少女・瑠璃。父に先立たれ、継母に疎んじられる彼女は、父の屋敷で密かに召鬼の術を行ったというのであります。

 かくて久々の現世を満喫する晴明に振り回される羽目になってしまった時晴。しかし瑠璃の術が平安京に開けた結界の穴から、様々な悪しきものが入り込んできて……


 「有名人の子孫」もの、とでも呼べばいいのかもしれませんが、有名人の子孫でありながらもぱっとしない主人公が、祖先の教え(あるいは本作のように祖先本人)に出会って才能を開花させ、活躍する――というスタイルの物語があります。

 本作はまさにそんな物語なのですが、しかし、そのご先祖様本人が全く自重しないのが面白い。
 本作の晴明はオレ様的な長髪美形、どうやら肉体も完全に復活しているのか、普通の人間のような姿で宮中に出入りしたり瑠璃にカッコいいところを見せたりとやりたい放題であります。

 こうなると時晴はすっかり食われてしまいかねないのですが――しかし未熟ながらに真っ直ぐな心を持つ時晴の熱意、そしてなんだかんだで子孫に優しい晴明の導きで、怪事件を解決していくというのが、本作の楽しいところなのです。

 本作は全3話+1話――復活した晴明と時晴が瑠璃の継母に憑いた鬼と対峙する第1話、女官となった瑠璃が仕える女御の背中に憑いた人面蜘蛛の怪を描く第2話、そして何者かに憑かれたように夜毎都を彷徨う瑠璃を救うため時晴たちが奔走する第3話(そして現代を舞台に晴明が時晴の子孫を助ける書き下ろし番外編)という構成。

 単行本1巻分ということもあり、分量自体は多くはありませんが、人の心の闇の部分にスポットを当てつつも、時晴の善良さや晴明の頼もしさもあり、明るいムードで楽しめる作品です。

 特に第2話からは、冒頭で触れた指神子――安倍泰親も登場。才を鼻にかけ、時晴を見下しては何かとちょっかいを出すライバルキャラとして(しかし目の前の晴明を晴明と気付かないのが可笑しい)、話をかき回すのも賑やかでイイ。
 瑠璃に気のある時晴に当てつけるために彼女を口説こうとするも、彼女の方は……というお約束も楽しいところです。

 ちなみに泰親は(そしてまったく驚いたことに時晴も)実在の人物ですが、本作にはそのほかに藤原頼長も登場いたします。
 物語の時点では権勢の絶頂期ですが、彼が後にどうなったかは歴史が示すとおり。その辺りを踏まえつつ、世の儚さに繋げていくという語り口も悪くありません。


 ……という本作、短編連作というスタイルでもあり、壮大さや深みを求める向きには正直おすすめしませんが――ちょっと変わった平安ものが読みたい、肩の凝らない陰陽師ものが読みたいという方は、手にとっていただいてもよいのではないかと思います。
 現在はKindle Unlimitedで読むことができるのもありがたいところであります。


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2018.02.08

『バジリスク 桜花忍法帖』 第2話「五宝連、推参す」

 駿河大納言忠長に襲いかかる黒鍬者を一蹴する甲賀五宝連。自分の護衛についた五宝連に、忠長はかつての甲賀伊賀の忍法合戦とその結末を問い、語る。同じ頃、高野山で根来転寝と滑婆も、同じことを語り合っていた。そして高野山を出るという八郎と出くわした響は……

 追っかけで恐縮ですが『桜花忍法帖』の第2話であります。今回は予想以上のスローペースで作中の時間はほとんど進まないのですが、それも道理、物語はあの忍法合戦の結末――すなわち『バジリスク 甲賀忍法帖』のラストを語り直すこととなるのですから。

 前回ラスト、刺客の黒鍬者の襲撃を受けた忠長の前に駆けつけた八郎以外の五宝連。草薙一馬の「天竪琴」、口から業火を吐く緋文字火送の「草生炎」、闇の中で燐光を放つ汗を分泌する七斗鯨飲の「蛍烏賊」、周囲に無数の撒き菱を放つ遊佐天信の「千手観音」と、かつての甲賀伊賀の代表選手もかくやという忍法で刺客を一掃した彼らは、忠長を守って江戸に向かうことになります。
 そして渡し船を用意する間に休むこととなった小屋の中で、忠長はあの忍法合戦のことを――弦之介の瞳術や不死身の天膳のことを語り、鯨飲に問いかけます。

 一方、何やら屈託を抱えた八郎は、村を離れることを決意。その八郎と出会った転寝も、それを制止することなく行かせるのですが――それを知って収まらないのは滑婆であります。そんな彼女に対して、転寝は、八郎と響は、弦之介と朧、いやその祖父母の弾正とお幻の悲恋体質を受け継いでしまったのでは、と憂い顔を見せるのでした。

 そして忠長は問います。無敵と言われた甲賀弦之介が伊賀の朧に敗れたのは何故かと。そして転寝は語ります。自害した朧を前に弦之介が伊賀の勝利を記し、自らも後を追ったと。忍びの中でこれらの真相を知るのは、立会役であった服部響八郎のみ……
 そして赤子の八郎と響を連れてきたのは、まさにこの響八郎(そして赤子を見て号泣する鯨飲)。八郎と響が死んだはずのあの二人の子だとしたら、響八郎はどのような役割を果たしたのか?

 そんな中、村を出るところであった八郎と、なんとなく迷子の捜索をした帰りの響が遭遇。八郎は、かつて二人が瞳と瞳を合わせた時に起きた現象を――その時は嵐のように周囲のものを吹き飛ばした現象を――恐れていると語ります。
 これに対して「八郎とならどうなってもいい」と答える響ですが……

 そして忍法合戦の結果について未練たらたらの忠長。あの時を境に彼の運命は天国と地獄が逆転したようなものだったわけで、複雑な想いを抱き続けているのも無理はありませんが――そこに小屋の扉を開けて、天信が現れたものの、どうにも様子がおかしい。
 忠長と鯨飲、火送が唖然と見つめるその前で、天信の首が地に落ちて――次回に続きます。


 というわけで、本当に本筋の方は進まなかった今回ですが、忠長と鯨飲、転寝と滑婆の二組の口から、前作の忍法合戦の結末が語られ、そして我々がよく知るあの結末を知るものが作中にはほとんどいないことが示される――それ以前にあの結末が真実なのかも含め、全ては「藪の中」であることを見せるという演出は実に面白いと思います。(しかし回想シーン、制作会社が変わったために前作の映像が使えない(らしい)のがもったいない……)
 何はともあれ、あれだけ悲劇的な、そして美しい最期を遂げた弦之介と朧が生きていて、子供まで作っていたとしたら、それはそれで涙を返せ案件ですが、それもまた「藪の中」なのでしょう。まあ、甲賀と伊賀であれば、色々な手で本人抜きでも子供くらい作りそうではありますが。

 そして見るからに強豪ムードを出していたにも関わらず、あっさりと倒された天信。いやOPとEDに出てなかったから、予想していた向きも多かったのではないかと思いますが……(この展開、原作初読の時はかなり衝撃的だったのです)

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2018.02.07

夏乃あゆみ『暁の闇』第1-2巻 伝説の廃皇子を巡る群像劇にして陰陽師もの

 帝の第一皇子でありながらも、皇位に就くことなく、隠者として生涯を終えた惟喬親王。本作はその惟喬親王に心酔する若き陰陽師をはじめとする若者たちが、宮中の権力の闇と対峙する、なかなかにユニークな平安漫画であります。

 陰陽道の名門に生まれ、幼い頃からその才能を顕し、将来を嘱望されていた青年・賀茂依亨。しかしその陰陽道の才はいつしか失われ、貴族の使い走りのような暮らしを送るようになった彼の運命は、小野を訪れたことで大きく変わることになります。
 ある貴族に遣わされて向かった小野で、とある屋敷に迷い込んだ依亨。そこである部屋に踏み込んだ時、彼は巨大な龍と出くわしたのであります。

 ――が、それは彼の見た幻であったか、そこにいたのは先の東宮であり、今は廃太子して小野に隠棲する惟喬親王。親王はやはり幼い頃からその天賦の才を謳われながらも、ある事件を引き起こして流罪となり、赦されて都に戻ったものの、訪れる人のない屋敷に暮らしていたのであります。
 しかしその聡明で拘らぬ人柄に触れた依亨は親王に心酔、彼に認められ、仕えることを望むのでした。

 そして親王と出会ったのがきっかけであったか、それ以来かつての霊力を取り戻し、陰陽師として頭角を現していく依亨。彼は親王の腹心である武人・三位中将源由朔、宮中にその人ありと知られる頭中将藤原冬智らとともに、親王の復帰を助けようとするのですが……


 冒頭でも触れたように、文徳天皇の第一皇子でありながらも、権勢著しい藤原良房の娘が新たに皇子(清和天皇)を生んだことから遠ざけられ、皇位に就くことができなかったとも言われる惟喬親王。
 隠棲した先で杣人たちに技を教え木地師の祖と呼ばれるようになった、歌人・在原業平と親交があった等、様々な逸話が残されているものの、やはり歴史に埋もれた人物と言えるでしょう。

 本作は、その惟喬親王を物語の中心に据えた物語であり――少なくとも今回ご紹介する第2巻までの時点では――親王を再び世に出そうと望む者たちの姿が描かれることになります。

 しかしそんな者たちも、決して一枚岩ではありません。
 親王と接したことで力を取り戻し、その力を親王のために振るいたいと望む依亨。かつて妹が親王に寵愛され、自らも親王を深く敬愛しながらも、流罪の時に見捨てたと罪の意識を持つ由朔。そして左大臣に押される一族が浮き上がるために親王に近づいた(らしい)冬智――その思うところは様々であります。

 そして、その動きは敵と味方とを問わず、幾重にも波紋を呼び、次々と広がっていく――そんな宮廷劇が、本作の大きな魅力と感じられます。

 それに加えて、力を取り戻した依亨が対峙する通り神――傀儡に憑き、凶事を予言する妖神の奇怪な姿や、依亨を取り込まんとする左大臣邸に仕掛けられた強力な結界など、いわゆる「陰陽師もの」としての要素もまた、本作の魅力と言えるでしょう。

 そしてこの二つの魅力を繋ぐところにいるのが、親王の存在であります。
 本作は、依亨が親王と出会い、失った力が甦る場面から始まりました。しかしそれは何故なのか――いやそもそも、何故依亨の力は失われたのか。

 それはまだ語られませんが、おそらくはその答えに最も近いところにいる者は、また親王なのでしょう。
 第2巻で親王が垣間見せた異形の闇。それは間違いなく、未だその内容も理由も語られることのない「あの事件」と繋がるものであり――そしてそれはおそらくは、依亨とも無縁のものではないのではないかと、そう感じさせられます。


 宮中の群像劇として、謎多き陰陽師ものとして、他では得難いものを感じさせる本作。
 あえて言えば、親王以外が皆架空の人物である(と思われる)ことだけが残念ですが、それが小さなものと感じられる、そんな大きさを感じさせる物語になると期待できます。

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2018.02.06

永尾まる「まるのみ永尾まる」 ファン必見、三つの物語が待つ一冊

 「ねこぱんち」とその系列誌でエースとして活躍する永尾まる。その永尾まるの作品集として「まるのみ永尾まる」以来実に10年ぶり(!)に刊行された増刊――「江戸人情・猫咄傑作選&妖怪物語」と題して『猫絵十兵衛御伽草紙』の傑作選と、2つの単行本未収録作品を収録した一冊であります。

 というわけで、本書に収録されているのは『猫又と上手に暮らす法。』3編と『飛び耳茶話』3編、そして『猫絵十兵衛御伽草紙』6編の全12編。

 巻頭の『猫又と上手に暮らす法。』は、2010年に「OYATUねこぱんち」でスタートして以来、最近では「世にも奇妙なねこぱんち」誌に登場している現代もの。故あって猫又の一夜と同居することになった人間の少女・咲耶を主人公とするシリーズです。
 好奇心旺盛な咲耶と、イケメンの青年に变化するツンデレの一夜のコンビが楽しいシリーズですが、猫漫画というよりも妖怪漫画としての要素が強いのも本作の魅力。

 今回収録されたエピソードは、山からやってきたアナグマが引き起こす騒動、癇癪を起こして家出した一夜を追って魔所を行く咲耶の奮闘、そして古墳で肝試ししていた最中に本物に出会ってしまった咲耶の友達を救う一夜の活躍と、賑やかなエピソード揃いですが、登場する妖怪たちの描写はどれもなかなかに恐ろしい。
 特に2話目のエピソードで咲耶が踏み込む魔所のビジュアルは、実質的には一コマのみの描写ながら実に恐ろしげで、『猫絵十兵衛』にも幾度か登場していますが、このあたりの異界描写は、実は作者の最も得意とするところでは――という印象もあります。(3話目に登場する魔物たちも実におっかない)


 そして『飛び首茶話』は、「江戸ぱんち」誌に掲載された、そのタイトル通りに飛び首を主人公とした連作。初出時は「猫絵十兵衛異聞」と冠されていましたが、おそらくは同じ世界、同じ時代の別の話でしょう。
 飛び首とは、抜け首、飛頭蛮、落頭民などとも呼ばれる、ろくろ首の原型とも言われる妖怪。夜になると首だけが外れ、耳を翼として飛び回るという、あまり夜道に会いたくない妖怪ですが――作者のお気に入りらしく、『ななし奇聞』でも可愛らしい役どころで登場した妖怪であります。

 本作の飛び首・シノリもまだ年端もいかない少女で、人間の父と落頭民の母の間に生まれたハーフ(ただし体質は母親譲り)。山中で両親と暮らしていたものの、父が、そして母が相次いで行方不明となり、街に出てきて浮浪者のように暮らしていた――というなかなかハードな設定ではあります。
 そんな中で、何故か家に無数の付喪神や妖怪を住まわせている縫箔屋(裁縫師)の老人・将護と出会った彼女が、彼に弟子入りして――という設定で、ハートウォーミングな物語が展開していくことになります。

 上で触れたように、恐ろしいものは恐ろしく、人間とは相容れない存在として描く作者ですが(本作の1話めでも、シノリを攫おうとする魔物の描写がかなり不気味)、その一方で、人間と接する世界に暮らす連中の描写も巧みであるのは言うまでもないお話。
 本作においても、シノリをはじめとして、将護の家に住まう連中は実に人間臭く、「妖怪もの」として楽しめる作品であることは間違いありません。


 そして『猫絵十兵衛御伽草紙』は、作中にしばしば登場するサブレギュラーの二人――猫好きでさばけた性格の老僧・奎安和尚と、木匠を目指す生真面目な少女・信夫の二人を中心とするエピソードが収録されています。

 信夫が依頼を受けた猫と月の欄間が思わぬ奇瑞を起こす「観月猫」、奎安和尚と愛猫・縹の強い結びつきを描く「縹色の猫」、不思議な傀儡芝居を見せる少女と奇妙な猫妖を描く「山猫いたち」、火事で片方が焼け落ちた狛猫のために信夫が腕を振るう「石猫」、破れ寺を再建しようと奮闘する猫又が奎安に弟子入りする「猫和尚の修行」、猫の浮き彫りの入った衝立のために信夫が猫相手に奮闘する「衝立猫」――

 どのエピソードも単行本に収録済のため、ここでは細かく紹介しませんが、どれも本作らしい水準以上の作品揃い。
 特に「縹色の猫」は、和尚と縹の交流はもちろんのこと、本作では比較的珍しい派手なアクションと術描写(そして格好いい西浦さん)、ニタと十兵衛のいちゃつきと、本作全体を通じてのベストエピソードであると今更ながらに確認した次第です。


 以上、それぞれ魅力的な三作品を堪能できる本書、ファンであれば必読なのですが――個人的には『猫又と上手に暮らす法。』はそろそろ単行本化していただけないかなあ、とも思ってしまったところではあります。

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2018.02.05

佐々木功『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』 人間一益の生涯に映る信長

 いわゆる織田四天王の一人に挙げられながらも、その前半生には不明な点が多く、そして信長亡き後には影が薄れるように消えてしまった印象のある滝川一益。本作はその一益を甲賀の忍び出身として描き、謎多き波乱の生涯と信長の交流を独自の視点から描いてみせた第9回角川春樹小説賞受賞作であります。

 甲賀で頭角を現しつつあった父を里の他家の陰謀で失い、その動きに乗せられた兄を殺して出奔した滝川久助。家を捨て、恋人を捨て、全てを捨てて名を一益と改めた彼は、放浪の末に織田信長と出会うことになります。
 信長の計り知れない器量に触れて共鳴し、鬱屈した生を送ってきた自分を託すのに足る相手として、信長に仕える一益。

 優れた忍びとして、射撃の名人として、そして勇猛な武将として信長を支え、家康との同盟や信玄との死闘など、数々の場で活躍した一益は、信長に「お前は俺だ」と言わしめるほどの関係となるのですが――しかし信長は突然に本能寺に消えることになります。
 敵地とも言える関東に取り残され、いやそれ以上に自らの生きる理由とも言うべき存在を失った一益の選ぶ道は……


 冒頭に述べたように、信長の家臣団の中でも有数の出頭人である一益。その本能寺以降のイメージもあってか、今一つ目立たない印象のある彼ですが、しかし信長の天下布武の要所要所で重要な役割を果たしてきた人物であることは間違いありません。
 その一益を描くに、本作はある意味最もメジャーで興味深い説――すなわち、甲賀出身説を採用することで、まずエンターテイメントとして魅力的な作品として成立しています。

 もちろん甲賀出身だからといって忍者とは限らないのですが、そこはより面白い説を採るのも小説の醍醐味。かくて一益は本作において、武将であるだけでなく、凄腕の忍びとして活躍する姿も描かれることになります。
 何しろ、中盤の山場と言うべき武田信玄との対決――信長の生涯最大の危機においては、家康の三方原の合戦に参陣するだけでなく(これ自体は史実とする説もあるわけですが)、忍びとして信玄を狙って動くのですから面白い。

 彼に協力するのは、家康の忍びというべき服部半蔵保長、そして信玄を守るのは、実は生きていた加藤段蔵、飛び加藤なのですから、盛り上がらないわけがないのです。
(ちなみにこの段蔵、ある意味忍びらしい忍びの典型として、忍びの力を持ちつつもそれに縛られない一益とは対極に位置する存在として描かれるのも興味深い)


 しかしそんな展開を描きつつも、本作が荒唐無稽な忍者ものとして終わらないのは、彼と信長の関係性――そしてそれを通じて浮かび上がる信長像があるからにほかなりません。

 忍びの家に生まれ、忍びとして生きるという道を厭い、そこからはみ出しながらも、己の生きる道を見いだせず流離う一益。そんな彼の仰ぐべきものとして、そして彼の同志として、本作の信長は描かれます。
 生まれや育ちなどには拘らず、ただ能力を持つ者を求め、生かし、全く新しい世界を切り開こうとする信長。そんな信長と出会い、「貴様はなんだ」と問われて、一益が「人だ、わしはただ一介の男だ」と答える――そして信長が「おれもだ」と笑って語る場面の痛快さ、清新さは、本作ならではのものでしょう。

 そう、本作は一益という氏素性定かならざる人物、それだけに信長の理想を最もピュアな形で体現しうる人物を一種の鏡として映し出された信長伝でもあるのです。
(氏素性という点でいえば秀吉の方が上ですが、彼には彼自身の、信長がそうだったかもしれないものとは全く異なる後半生があるわけで……)

 だからこそ、信長を失った後の一益の喪失感とその先に彼が至った一種の境地もまた、大きく頷けるものとして成立していると感じます。


 とはいえ個人的に残念なのは、ここで描かれる信長像が、従来のそれの一つ――いわゆる「カッコいい信長」とでも言いましょうか、改革者あるいは革命児として、類い希な先進性をもった人物――から大きく踏み出すものではなかった点であります。

 信長の陽だけでなく陰の部分も――忍びという陰の存在に照らし合わせることで――描くことができたのではないか、というのは一読者の我が儘ではありますが、上に述べたような構造・視点の巧みさがあるだけに、その想いは強くなります。
 作者自身が信長ファンであるらしいからこそ特に……

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2018.02.04

賀来ゆうじ『地獄楽』第1話・第2話 生と死の境で人間の彼岸と此岸をゆく物語

 集英社のwebコミックサイト「ジャンプ+」にて先日連載が始まり、ネット上でも話題となった時代漫画――抜け忍の男と打ち首執行人の女が「極楽」を求めて旅立つ、「生死を悟る男女の忍法浪漫活劇」とキャッチコピーのつけられた本作、さてどこに向かうのか、現時点では先の読めぬ物語であります。

 生まれた時から殺人術のみを叩き込まれるという石隠れの里で育ち、超人的な肉体と技でもって、暗殺を生業としてきた男・がらんの画眉丸。
 しかし里を抜けようとした彼は、任務中に仲間に裏切られ捕らえられ、幕府の役人によって死罪に処されることになって……

 と、物語の開幕早々延々と描かれるのは、画眉丸に対する処刑の数々。数々? そう、打ち首も火炙りも牛裂きも釜茹も、全てを諦めたかのように無抵抗な彼の肉体には一切歯が立たず、彼は無傷のままなのです。
 そんな彼の前に現れたのは、彼の処刑を見守ってきた一人の娘――名を山田浅ェ門佐切。あの御試御用を務める山田家の娘であります。

 自らも打ち首執行人として超絶の腕を持つ佐切の一刀を、これまでの処刑とは異なり自ら動いて躱してしまう画眉丸。佐切はそんな彼の行動から、いや、これまでの処刑を生き延びたことから、彼が死を受け入れたかに見えて、実は自分自身を偽っていると看破するのでした。
 自らを「がらんどう」と称する画眉丸が胸に秘めた想い――生き延びようとする理由。それを聞いた佐切は、死から、幕府や里からも自由となる手段があると告げて……


 というわけで、いきなりの処刑シーンの連続と、それと交互に描かれる画眉丸の過去、そしてその中から浮かび上がる彼が生きねばならぬ理由に圧倒される第1話。
 普段は茫洋とすら見える者が、実は凄まじい殺人術の使い手で――というのはしばしば見るパターンではありますが、しかしそのオリジンと戦う理由を、これほどスピーディーに、そして鮮烈に描くのには驚かされます。

 そしてある理由をもってその画眉丸のバディとも監視役とも(そして処刑役とも)言える存在となる佐切の秘めた想いも、続く第2話で描かれることとなります。
 人の肉体で刀の切れ味を試し、そしてその生き肝で薬を作ることを生業とする山田家。その家に生まれたという運命を正面から受け止め、克服するために剣士として彼女は刃を振るうのですが――しかし恐怖と罪悪感をぬぐい去ることはできなかったのであります。そして彼女はそれを乗り越えるために……

 と、なかなかに重く響く設定の主人公二人の造形に驚かされますが、それを受け止める物語も凄まじい。
 佐切が画眉丸に語った無罪放免の条件とは、不老不死の仙薬を手に入れること――古代より「あの世」「彼岸」「極楽浄土」「常世の国」などと呼ばれてきた世界に向かい、その仙薬を持ち帰ることだったのであります。

 ほとんど夢物語のような話ですが、しかし幕府は海の彼方のその地を発見し、既に探索の者を派遣済み。しかしそこから帰ってきた者たちは、いずれも人間とは思えぬ、奇怪な姿に変わり果てていたのであります。
 かくて幕府が選んだ次の手段は、死んでも惜しくはない者、そしてそう簡単には死なない者を送り込むこと――言うまでもなく、画眉丸はその一人だったのです。

 そして旅立つのは、画眉丸をはじめとする選りすぐられた十人の重罪人と、その監視役である十人の山田浅ェ門一門――!


 というわけで第2話の時点で、早くも宝探し+デスゲームものとも言うべき骨格を見せることとなった本作。
 その構造自体は、正直なところさして珍しいものではありませんが――しかしそこに先に紹介した主人公二人が加わることで、一気に異彩を放つことになります。

 いわば本作の主人公コンビは、共に容赦なく他人に死を与える存在でありながらも、なおも人間としての心を残し、残そうとする者。生と死の境に身を置き、人間という存在の彼岸と此岸を揺れ動く者であります。

 そんな二人が、おそらくは彼らとは心の在りようの異なる殺人者と呉越同舟、不老不死を求める旅に出たときに何が起こるか――想像するだけでもゾクゾクするではありませんか。

 そこに待つものは何か、そしてそれが二人に何を与えるのか――時代伝奇ものとして、そして何よりも生と死と人間を描く物語として、この先を楽しみにしたいと思います。

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2018.02.03

『バジリスク 桜花忍法帖』 第1話「桜花咲きにけり」

 あの甲賀対伊賀の忍法合戦から十数年、高野山慈尊院村で修行する甲賀と伊賀の少年少女たち。その中に、実の兄妹でありながら、契りを結ぶことを宿命付けられた甲賀八郎と伊賀響がいた。一方、母危篤の報に江戸に急ぐ駿河大納言忠長に迫る刺客。そこに甲賀五宝連が駆けつけた!

 既に放送開始から1ヶ月経った時点で恐縮ですが、やはり観ないわけにはいかない、というわけでアニメ『バジリスク 桜花忍法帖』の第1話であります。
 『甲賀忍法帖』の漫画版である『バジリスク 甲賀忍法帖』を原案とした実質続編小説のアニメ版という、ややこしい成り立ちの本作。既に先行して漫画版が連載されていますが、そちらがかなり原作をアレンジした内容なのに対して、こちらは第1話の時点では、基本的に原作小説に忠実な内容の印象です。

 高野山で暮らす八郎と響、そして6人の少年少女――ですが、6人が繰り広げるのは、年相応とは到底言い難い忍法合戦。
 無数の虫を操る蜩七弦、男を恍惚とさせる涙、「犀防具」なる鎧をまとう甲羅式部、連発銃を操る蓮、目ン玉特捜隊……いや両目を飛ばす碁石才蔵、布を用いた幻術使い・現――いずれも「らしい」忍法の使い手、相手の命は奪わないまでも、倒した相手の首筋を薄く切りつけて証とするという、ほとんど真剣勝負であります。

 そのプチトーナメントの勝者は現。どうやら常勝らしく、子供相手はつまらないと居合わせた甲賀五宝連が一人・草薙一馬にちょっかいを出す現ですが、あっさりといなされた上に、強靭な琴の弦を操る彼の忍法・天竪琴で桜の花の下に括られることに……
 子供たちも戦いの中で煽り合っていたように、今なお(不透明決着だったこともあって)続く甲賀と伊賀の確執。それを引きずってか大人気なく現を苦しめる一馬ですが――そこに桜の枝を斬りながら現を解き放ったのは八郎。弦之介を思わせる外見の彼は、弦之介同様、甲賀伊賀の戦いを快く思っていない様子であります。

 そしてそんな連中とは関係なく、一人楽しげに川遊びをしていたのは伊賀の棟梁たる響。やってきた八郎に天真爛漫に駆け寄る姿は、子供の頃の朧もこうであったか、と思わされます。ちなみに彼女によれば、八郎が切った桜は天膳桜と呼ばれている、なるほど何百年も生きていそうな大木。近くに天膳の亡骸も埋まっているとのことですが、桜と一体化してそうで怖いな……

 閑話休題、そんな子供たちの姿を苦笑交じりに見つめているのは、妖艶な伊賀の美女・滑婆。八郎と響の世話役とも言うべき役目の彼女は、同じ立場の甲賀の青年・根来転寝と、八郎と響の「役割」を語り合います。
 実の兄妹である八郎と響――しかし周囲は、それぞれ甲賀と伊賀随一の力を生まれながらに持つ二人を契らせ、その血を残そうとしていたのでした。それに何ら疑問を持たない滑婆と、懐疑的な転寝――体が弱いらしく、発明担当といった彼は、どこか忍者離れした人物といった印象であります(そんな彼のキャラに、三木眞一郎の声が素晴らしくハマる)。

 と、そんなある意味平穏な日常の中、五宝連の下に届く急報。江戸の前将軍・秀忠の御台所が危篤であり、駿河大納言忠長がそれを知って城を飛び出して江戸に向かったというのではありませんか。現将軍たる兄・家光に疎まれる彼にとっては両親が頼みの綱、必死になるというのもわかりますが、僅かな供のみで、しかも豪雨の中、大井川を渡ろうとするのですからいかにも無謀であります。
 果たして彼に襲いかかる怪しの忍び。襲いかかる刃を自在に躱す忍法浮舟を操る怪しの忍びに供回りを皆殺しにされ、窮地に陥った忠長の下に駆けつけたのは、八郎を除く五宝連――草薙一馬・緋文字火送・七斗鯨飲・遊佐天信。なるほど、「敗れた」とはいえかつては忠長(国千代)側を代表した甲賀と縁があるのだなあ、というのはさておき、さて五宝連の力やいかに、というところで続きます。


 冒頭で基本的に原作に忠実と述べましたが、原作どおりの展開は実は後半――というか終盤の駿河大納言のくだりのみ。しかしアニメオリジナルである、甲賀八郎と伊賀響、さらに甲賀の少年忍者3名+1名と、伊賀の少女忍者3名+1名の紹介編とでも言うべき内容は、かなり手際よくまとめられていた印象があります。また、OP主題歌は前作同様陰陽座、ナレーションは朧の声を当てていた水樹奈々と、前作ファンへの目配りも嬉しいところであります。
 が、肝心の絵や動きの質の方は、第1話にしてはちょっと――という印象。あまり効果的とは言えない謎の止め絵演出が随所にあったのには、ちょっとリアクションに困ります。

 そして困ったと言えば、個人的には原作で全く好きになれなかった要素が、思い切り冒頭で触れられている点で――本当に個人的に、ではあるのですが、うーん。



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2018.02.02

霜島けい『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋 商い中』 これぞ妖怪時代小説の完成形!?

 曰く付きの品物ばかり扱う九十九字屋で働くことになった霊感少女・るいが、無愛想な主やぬりかべになってしまった父親とともに怪事件に挑むシリーズもこれで第3弾。今回もるいたちは、個性的で恐ろしく、そしてホロッとさせられる事件たちに巻き込まれることになります。

 ある日突然父・作蔵が呆気なく逝ってしまい、天涯孤独となったるい。死んだ拍子に妖怪ぬりかべになってしまった作蔵がつきまとうおかげで奉公先を次々追い出されてきた彼女は、おかしな品物だらけの九十九字屋でようやく安住の地(?)を見つけるのでした。
 イケメンながら無愛想な主・冬吾にため息をつかれながらも、今日もるいは店に持ち込まれる曰く付きの品物を巡る事件を解決するため、東奔西走することに……

 というスタイルもすっかり定着した感のある本書ですが、今回描かれる物語は、どれもとびきりユニークなもの揃いであります。

 店の品物の虫干しの最中、突然姿を消してしまった作蔵。そこに残されていたのは曰く付きの鏡で――と、その鏡に映るものの意外な正体が語られる「虫干しの日」
 店に出入りする岡っ引き・源次が世話になった隠居同心宅に現れる、今は老同心の亡妻の影。その影が引き起こす奇怪な事件と意外な真実を描く表題作「おもいで影法師」
 お使いの途中、不気味な幽霊に憑かれてダウンしてしまったるい。しかしその夢枕に現れて幽霊を追い払ったのは死んだはずの母親で……という「もののけ三昧」

 以上3話は、キャラクターの個性、描かれる人情の温かさと、どれも魅力的なのですが――それらを超える最大の魅力は、描かれる怪異の斬新さなのであります。

 たとえば第1話に登場するのは、曰く付きの鏡。鏡にまつわる怪談は古今東西あり、時代ものでも名品がいくつもありますが――本作で描かれる鏡の正体(?)は、あまりにも意外としか言いようもないものであります。
 その怪異が生じ、そして明らかになるシチュエーションも含めて、類話はほとんどないのではないと断言できる内容なのです。

 さらに、るいを助ける母親の幽霊の意外な正体が、人ともののけの境を超えた思わずグッとくるような人情話に繋がっていく第3話もいいのですが、圧巻は表題作であります。


 上で触れたように、本作に登場するのは影の怪異。晴れた日に、老同心が暮らす屋敷の離れに既に亡くなった妻の影だけが現れ、まるでそこで生前と同じ暮らしを続けているかのように見えるというのです。
 しかし怪異はそれだけでは終わりません。老同心の跡を継いだ息子夫婦が暮らす母屋の方にも影は現れるのですが――しかしそれは明らかに老女ではなく、若い女性や子供の影に見えるというではありませんか。

 だとすれば――そこに浮かび上がるのは「老同心が妻の影だと思っているものは、本当に妻の影なのか?」という、考えようによってはあまりに恐ろしい疑問。
 果たして「影たち」の主は誰なのか、そして何故影たちが出没するようになったのか――依頼を受けて調べ始めたるいと冬吾、作蔵が知った、意外な真実とは……

 と、老武士と亡妻の交流という少々不気味ながらもイイ話が、一転、奇怪な未知の存在の侵略に見えてくるという、どんでん返しの恐怖感がまず素晴らしい本作。しかしそれだけで終わることなく、その先では二転三転する意外な展開が待ち受けています。
 そこで明かされる真相の、オカルト的な観点での平仄の合い方(この辺りの感覚は、さすがは作者ならでは)がまず見事なのですが――それが明らかになる過程に、本作ならではの、本作でしか描けない要素が絡むのには驚かされます。

 そして変形の○○○○もののように展開しておいて、きっちりと泣かせるジェントル・ゴースト・ストーリーに落とし込んでみせるラストには、ただただ唸るしかないのです。


 文庫書き下ろし時代小説のサブジャンルとしての妖怪時代小説に必要なものは、キャラの個性、怪異の面白さ、そして人情ものとしての泣かせ――その三つではないかと思います。
 それらが極めて高いレベルで融合した本作は、ある意味「妖怪時代小説」の完成形なのではないか――というのは大袈裟に聞こえるかもしれませんが、僕の掛け値なしの気持ちなのです。

 最近はジャンルとしてはいささか元気のない妖怪時代小説ですが、まだまだどうして、と思わされる本書――時代小説ファンのみならず、ホラーファンの方にも是非ご覧いただきたい逸品であります。


『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋 商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)


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2018.02.01

『グレートウォール』 ハリウッド+中国の伝奇怪獣映画!?

 黒色火薬を求めて放浪する傭兵ウィリアムと相棒は、夜営中に謎の怪物に襲われ辛くも生き延びる。翌日、万里の長城の禁軍に捕らえられた二人は、襲ってきたのが怪物・饕餮であること、まもなくその大群が襲いかかることを知るのだった。果たして始まった襲撃の中、禁軍に助太刀するウィリアムだが……

 莫大な資金を投じて怪獣映画を次々と送り出してくれる、私のような人間には大変ありがたいレジェンダリーが、こともあろうに巨匠チャン・イーモウを監督に迎えて製作した伝奇怪獣映画――万里の長城は、実は怪物・饕餮の群れを阻むためのものだった、という途方もないアイディアを大真面目に映像化した作品であります。

 饕餮とは、中国の古代神話に描かれる四凶の一つ――牛のような体に角と牙、人のような顔を持った怪物のこと。古代の青銅器の、獣を正面から開きにしたような独特の紋様・饕餮紋のモチーフとして知られる存在です。
 それを本作においては、太古に北の地に落ちた隕石を起源とし、六十年に一度出現しては大地を埋め尽くす怪物――女王を中心に行動し、現れる度に知恵を付ける強大な怪物として描くのであります。
(しかし北方から来るのであれば、遼や女真はどうしていたのか……)

 主人公は、西方から流れてきた弓の達人の傭兵・ウィリアム(マット・デイモン)。
 長城での宋禁軍と饕餮の攻防戦に巻き込まれた彼が、女武人・リン(ジン・ティエン――『キングコング 髑髏島の巨神』や『パシフィックリム』の続編など、もうレジェンダリーの怪獣映画常連女優さん)やワン軍師(アンディ・ラウ)とともに必死の戦いを繰り広げることになります。

 しかし相手はあくまでも大群――一匹二匹は自慢の矢で倒せても(ウィリアムの矢、作中の他の兵器に比べても異様に強い)キリがありません。そこで古文書に残された饕餮たちの弱点、すなわち磁石が近くにあると女王の指令が届かず、行動が停止するという現象を利用して、ウィリアムたちは反撃に転じようとするのですが……


 というわけで、怪獣の猛威と人類の奮戦・苦戦、そして怪獣の弱点を突いての決死の逆転作戦と、ある意味怪獣ものの定番展開が繰り広げられる本作。
 実質中国映画らしく、凄まじい物量を感じさせる画面や、次々と繰り出される武侠ものライクな面白武器など、期待していたものはまず観れたように思います。

 キャラクター面でも、リンのゲームから抜け出してきたようなビジュアルは素晴らしく、この辺りを正面から映像化してしまうのも、さすがと言うべきでしょう。
(それにしても、あのバンジージャンプ的アタックは命が鴻毛より軽すぎるかと)

 ただ残念だったのは、肝心の饕餮があまり魅力的ではなかったことで――饕餮紋をモチーフにしたデザインは面白いのですが、あまりに数が多すぎる(そして種類が少なすぎる)ために、かえって緊迫感が薄れた印象があります。
 これは『髑髏島の巨神』もそうでしたが、ある意味野獣の群れとさして変わらないように感じられてしまう、とでも言えばよいでしょうか……

 さらに言えば肝心の弱点が早々にわかってしまうのも少々盛り上がりに欠けるところで、終盤の展開もいささか無理がある(あれだけ大きな国なのだから磁石くらい幾らでもあるでしょう)と、減点法で見るとかなり厳しくなってしまう作品ではあります。
(ツイ・ハークのディー判事ものだったら、この辺りは伏せた物語作りをしていたと思う――というのはさておき)

 戦場に生まれてただ金のために戦うことしか知らなかったウィリアムが信の想いを知る――すなわち人間性を獲得していく姿が、ただ命じるままに戦うしかない饕餮と対比されているであろう点はなかなか面白いとは思いますが……


 しかしこれだけの規模で、大真面目に時代伝奇怪獣映画を作ってくれたのはやはり嬉しいお話。

 こうなったらモンスターバースに繋げて、更なる続編を――というのは無茶な希望ですが、この路線の作品もまだまだみたいなあ、と強く感じた次第です。

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