上田秀人『妾屋の四季』 帰ってきた誇り高き妾屋たち!
妾屋昼兵衛と仲間たちが帰ってきました。吉原との死闘も終結し、シリーズが一端完結してからはや数年――昼兵衛、新左衛門、将左らの変わらぬ活躍ぶりを、春夏秋冬四つの季節を舞台にして描く短編集であります。
その名の通り妾になりたい女と、妾を持ちたい男を仲介し、結びつける妾屋。妾の顔ぶれもさることながら、時には大名家の側室までも扱うこの稼業は、世間の裏の裏にまで踏み込み、危ない橋を渡ることもしばしばであります。
そんな妾屋でも遣り手である昼兵衛と、用心棒として彼を、そして女たちを守る新左衛門らの活躍を『妾屋昼兵衛女帳面』シリーズは描いてきました。
同じ女で稼ぐ商売ながら似て非なる存在である吉原、さらには妾屋の存在を利用せんとする権力者らを向こうに回し、時に刀を、時に知恵を武器に戦ってきた昼兵衛と仲間たち。その戦いは全8巻でひとまず完結しましたが、ここに外伝の形で帰ってきたのであります。
時系列的にはシリーズ完結後の内容であり、新左衛門は八重と所帯を持ち、将左も吉原の二人の恋人が年期を終えるのを待つ状態と、ファンにとっては嬉しい描写が見られる本書ですが、冒頭に述べたとおりに春夏秋冬四つの短編から構成されています。
シリーズで協力関係となった吉原の頼みを受け、かつての敵・西田屋の妨害から、地方から吉原に買われてくる娘を守るため将左が用心棒を務める秋の章
客としてやってきた横柄な大商人に、不可解な裏があることを知った昼兵衛が、その背後を探るうちに意外な真実を知る冬の章
国元から江戸に出てきたさる藩内の家老が、対抗心からかつてライバルが世話していた女を妾に求めたことで起きる騒動を描く春の章
江戸でも大手の大手の妾屋からの依頼で、さる大店の婿の妾番の話が新左衛門に回ってきたことに不審を抱いた昼兵衛たちが、背後の卑劣な絡繰りに挑む夏の章
いずれのエピソードも、長編の時のように権力の深い闇に根ざした大仕掛けな内容ではなく、(武家の内幕に関わる内容もあるものの)基本的に市井の事件であります。
しかし本作の場合は、その規模感がかえって丁度良いという印象。妾に絡んで起きる様々な事件を、昼兵衛と仲間たちが切れ味良く解決していく様は実に爽快ですし、その事件もそれぞれに趣向が凝らされている内容なのが嬉しいところであります。
その中でも特に個人的に印象に残ったのは、冬の章であります。
ある日突然、昼兵衛のもとにやってきた大奥出入りの大商人・会津屋。横柄な態度で妾を求める会津屋に対し、妾の世話にはまずそちらの身元調査が必要と返す昼兵衛の姿を見れば、ハハァこれは、シリーズでも以前あった権柄尽くの愚か者をやりこめる話だなと思いきや……
昼兵衛の調べが進むにつれて、次々と謎が現れ、最後に待ち受けるのは全く予想もしていなかった男と女の関係と、それを縛る権力・制度のややこしい姿。
それを巧みに捌いてみせる昼兵衛の姿はもちろんのこと、そこに秘められていた何とも粋で気持ちの良い人の情と、物語の見え方がガラリと変わる構造が実に良いのであります。
妾屋という、何とも直截でドキリとさせられる名の稼業。それは確かに女性の体を売り物にする、綺麗事では済まされない世界であります。
しかし同時に妾屋は、少なくとも本作の昼兵衛は、その身を売る女性たちを庇護する存在でもあります。少しでも女性たちへの害が減り、その想いが生きるようにと……
もちろんそれはフィクションだからこその理想論であることは間違いありません。それでも、人間の最も生な欲望がぶつかり合う世界において、少しでも人間を人間らしく生きさせようとする昼兵衛と仲間たちの姿は、一つの希望として感じられるのです。
「顧客と女の人生を預かる妾屋の誇り」と言ってのける昼兵衛。その彼と仲間たちの誇り高き生き様を、短編でも長編でもいい、これからも見たいと願うところであります。
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