青柳碧人『彩菊あやかし算法帖』 前代未聞、数学少女vs妖怪!
人間と妖怪の触れ合いや、人間と妖怪の戦いを描く妖怪時代小説。その中でも本作は極めてユニークな部類に入る非常にユニークな一冊――数学の天才の少女が、数の力で妖怪を退治するという物語であります。妖怪時代小説はかなりの数を読んできた私も、他で見たことがないような個性的な作品です。
常陸国牛敷藩のとある村に現れる賽目童子――毎年若い娘を生け贄に求め、食らうというこの妖怪に頭を悩ます郡奉行・木川は、一人の少女を呼び出します。
その少女とは下級藩士・車井家の娘・彩菊。幼い頃から算法に優れ、今では町で人に教授するほどの彼女であれば、賽目童子に勝てるかもしれない――奉行はそう考えたのであります。
というのもこの賽目童子、生け贄に対してサイコロ勝負を挑むという妖怪。さいころを同時に投げ、童子よりも大きな目を出せば勝ち――そして百回中六十回以上勝たなければ、相手を食らってしまうというのです。
一目でこの勝負の不利を見抜いた彩菊は、一計を案じて……
というのが、第1話「彩菊と賽目童子」のお話。我々にとってなじみ深いサイコロというアイテムを題材に、確率を武器とした戦いが繰り広げられるこのエピソードは、本作のなんたるかをはっきりと示していると言えるでしょう。
力では到底及ばない怪物に、知恵で人間が打ち勝つ――それも、相手が設定してきた謎かけや条件を受け止めつつ、それを逆に使って相手をやりこめるというのは、古今東西の昔話に共通するモチーフであります。
本作もその流れにある作品ですが、その人間の武器たる知恵を数学に限定しているのが実にユニークな点であります。
(そして妖怪たちが自分の設定したルールによって素直にやりこめられるというのも、また実にそれっぽくて楽しい)
その後も、刻限内に畳替えを行うよう迫る城の呪われた離れの亡霊との勝負を描く第2話、何者かの呪詛を受けた味噌屋の店主を救うため千手観音の怪と秤で勝負する第3話、奇怪な数字で相手を支配する一千八十九稲荷に同じく数字で挑む第4話、手鞠を求めて次々と村の人々を殺す子供たちの亡霊と対決する第5話、そして呪いの書に取り込まれ、死神に追われる者を救うために奔走する第6話……
と、暴れ回る妖怪や亡霊たちに、徹頭徹尾数学で立ち向かうのが本作の意外性であり、楽しさであります。
そしてその数学を操る彩菊が、おしゃれ好きで目の覚めるような黄色の着物を好んで着る――要するに、数学以外はごく普通の少女というのも面白い。
「化け物奉行」を兼任するよう命じられてしまった木川や、後半登場する水戸藩の血気盛んな若侍・高那半三郎らレギュラーとの絡みも物語に花を添えて、キャラクターものとしても楽しめる作品であります。
が、楽しませていただきつつも、不満がないかといえばそうでもないのが正直なところであります。
てっきり彩菊が操るのが和算かと思えばそうではなく、実質的に西洋数学というのは、これはこちらの思いこみがいけないのですが(そもそも作者ははっきりと和算ではないと宣言しているのですが)、しかしそれを抜きにしても少々引っかかるところ。
後の時代に発見される数学の定理や法則に、実は彩菊も気づいていました、という展開は――そのすっとぼけぶりが楽しくはあるものの――ちょっと便利すぎるのではないかな、と感じます。
そしてその彩菊と対決する妖怪たちも、(エピソードにもよりますが)題材となる数学ありきの能力・設定なのがちと苦しい。第1話や第6話の展開はそれなりに納得がいきますが、第3話や第4話はさすがにちょっと問題ありきではないか――という印象で、何だか数学クイズの本を読んでいる気分になってしまうのです。
自然の法則と人間の叡智の結晶である数学。それが超自然の怪を打ち破る、というダイナミズムをもっと期待したかったのですが……
先に述べたように、キャラものとしての面白さもあり、そして何よりも題材のユニークさでは群を抜く作品であるだけに、この点は気になってしまったところではあります。
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