さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 三』 優しい嘘に浮かぶ親の愛
新聞社のグータラ記者・久馬と役者崩れの美男子・艶煙、そして明るく真っ直ぐな少女・香澄のトリオが、妖怪を題材とした新聞記事で人助けを行う姿を描くシリーズもこれで三作目。今回はこれまで謎だった艶煙の過去が語られることに……
ある事件がきっかけで久馬と艶煙と出会い、悩める人々からの秘密の依頼を受けて、その悩みの源を、妖怪の仕業として片付けてしまうという彼らの裏稼業を知った香澄。
その裏稼業の片棒を担いだのをきっかけに二人の仲間となった彼女は、様々な事件を経て二人とも絆を深め、特に久馬とは何となくイイムードになったりしながら、今日も奔走するのであります。
そんなわけで今回も全三話構成の本作。今回も表沙汰にできない悩みを抱える人々を、妖怪の仕業になぞらえて助けることになるのですが――しかし本作の重要なバックグラウンドとなるのは、艶煙の過去なのです。
普段は浅草の芝居小屋の花形役者として(しかし結構適当に)活躍する艶煙。久馬とは昔からの付き合いで、町奉行所の与力だった彼の父のことも知る仲、そして芝居小屋の面々も彼らの裏稼業を知り、しばしば積極的に協力してくれる関係にあります。
そんな様々な顔を持つ艶煙ですが、しかしその過去は、香澄にとって、すなわち読者にとってこれまで謎に包まれていました。それが今回語られるのですが――そのきっかけとなるのが、第一話「雲外鏡の怪」の依頼人である彼の昔馴染み・藤治郎との再会です。
これまで様々な苦労を重ね、そして艶煙たちに助けられて、今では自分の小間物屋を持つまでになった藤治郎。しかしかつては自分を何かと助けてくれた菓子屋の主人が、今では自分のことを疫病神呼ばわりして、周囲にも悪い噂を広げているというのです。
しかしそれはむしろ菓子屋の評判を下げて店を傾ける有様。主人の変貌が、妻を亡くしてからだと知る藤治郎は、何とか主人を昔に戻してほしいと願っていたのでした。
そんなちょっと厄介な依頼も、三人のチームワークで見事に解決するのですが――しかしそこで艶煙の過去の一端に触れた香澄に、艶煙は第二話「鬼火の怪」でその全容を語ることになります。
まだ徳川の世であった頃、ある事件で父を亡くし、遊び人のように女物の衣装で浅草をぶらついていた艶煙を、姉と間違えて声をかけた藤治郎。同じ店に奉公していた姉が姿を消してしまったという彼の話に興味を持った艶煙は店を探ることになります。
そこで彼が見たのは、店に町の鼻つまみ者の破落戸・定七が出入りする姿。そしてこの定七こそは……
その先は詳しくは語りませんが、ここで語られるのは、艶煙がどのような家庭に生まれ、何故芝居の世界に入ったのか。そして何より、何故裏稼業を始めるに至ったのか――その物語であります。
そう、ここで描かれるのはいわばエピソードゼロ。こうしたエピソードの楽しさは、本編で確立しているスタイルがどのように生まれたかが描かれることにありますが、本作においても、なるほどこういうことかと、シリーズ読者には興味深い内容となっています。
そして幼なじみから嫁にと望まれながら何故か断ってしまった奉公人の少女と、店のお嬢様の友情を描く第三話の「嘆きの面の怪」もまた、艶煙の過去と関わってくるのですが――しかし本作の全三話には、もう一つ通底するテーマがあります。
それは子に対する親の愛――それも特に、今は亡き親の愛であります。
親が子よりも先に逝くのはこの世の定め、避けられないことではあります。しかし残された子にとっては、定めだからと納得できるものではありません。もっと生きていて欲しかった、自分を見守って欲しかった――そんな気持ちになるのが当然でしょう。
本作で描かれる物語に共通するのは、そんな親を喪った子の姿であり、その悲しみを抱えながらも懸命に生きる人々の姿なのです。
そして、悲しみを抱えた人を助けるのが裏稼業であることは言うまでもありません。
本作において久馬たちは、そんな子たちの想いに対してそれとは表裏一体の想い――子を残して逝く親の想い、子を気遣う親の心残りを、怪異として甦らせ、人々を救ってみせるのです。
妖怪や怪異を通じて描かれるもの――そこには、真実がそのままの形で明らかになってはならないものだけでなく、それを通じてしか語れないものも含まれます。
そんないわば優しい嘘を語ってみせる本作。本シリーズの最大の魅力である物語の暖かさ、心地よさは、そんな妖怪たちの在り方と結びついて、本作において特に強く感じられると、僕は感じます。
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