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2018.04.29

稲田和浩『水滸伝に学ぶ組織のオキテ』 実は水滸伝概説本の収穫!?


 それほど数が多くない水滸伝本ですが、さすがにノーチェックだったのが本書。『○○に学ぶ』というタイトルの新書は数多くありますが、しかしそれが「水滸伝」というのは珍しい。そして蓋を開けてみれば、これが実は相当に真っ当な水滸伝概説本だったのであります。

 『水滸伝に学ぶ』といえば真っ先に思い浮かぶのが、大分以前にご紹介した『水滸伝に学ぶリーダーシップ』。あちらは原典の設定を踏まえつつ、オリジナルのシチュエーションでリーダーシップを語るという一種の奇書でありました。
 それでは本書は? と思えば、こちらは水滸伝を紹介しつつ、組織――人事論を語るという内容ではあるのですが、目次を見ると「ん?」となるのは、本書は序論を除けば、全百二十章構成であることです。

 そう、本書は実に百二十回本の内容をダイジェストしつつ、その合間に「ノート」の形で人事論を挿入するというスタイル。ノート自体は49個なので、二、三章に一個挿入されているという計算ですが、いずれにせよ、ダイジェスト部分の方が本書の大半を占めるという形になっています。

 そもそもただでさえ数の少ない水滸伝ダイジェスト、あるいはリライトですが、その中でも七十回以降――すなわち百八星終結後をきちんと紹介しているものはかなり少ない。
 圧縮した内容で載っているのであればまだマシな方で、原典の七十回本同様、ばっさりとカットされているというケースも少なくありません。(大きなアレンジなしでしっかり百二十回書いているのは、最近では渡辺仙州版くらいではないでしょうか)

 それを本書では丁寧に百二十回全て取り上げているのは、一つには本書のテーマである組織として梁山泊が動くのが、この七十回以降(以降、便宜上「後半部分」と呼びます)であることによるでしょう。

 戦争の連続で退屈だ、水滸伝の魅力である個人が埋没してしまっている――と評判の悪いこの後半部分ですが、しかし梁山泊が本格的に組織として動くのはまさにこの部分。
 それまで豪傑個人個人の銘々伝という色彩の強かった物語は、ここに来て集団対集団の戦いの物語へと変貌するのですが――それはとりもなおさず、水滸伝が組織の物語になったということにほかなりません。その意味では、後半部分をきっちりと描くというのはむしろ必然にも思えます。


 しかしここからは全くの想像ですが、むしろ本書は、著者が単純に水滸伝好きであったから、その全てを描きたかったためにこの形になったのではないか――そんな印象を強く受けます。

 先に述べたように、本書のメインである組織/人事論のノート部分は、本書においてはあまり大きな割合ではありません。繰り返しになりますが、本書においては原典ダイジェストの部分が――いわばテーマの前提部分が――大部分を占めているのであります。
 しかしテーマの前提として語るのであれば、何も百二十回を丁寧に全て語ることはありません。中にはテーマと関係ないようなエピソードも含まれており(というよりそちらの方が多い)、ダイジェストにしても必要な部分を大きく取り上げる形式でもよかったはずであります。

 それが百二十回、取り上げられることが少ない後半部分を含めてきちんと全て紹介されているのは、これはもう著者の水滸伝愛がなせる技ではと、私はそう感じてしまったのです。
 そう思うのは、本書が水滸伝ダイジェストとして実に面白いから――という言いがかりのような理由ですが、しかし本書では単なる題材に対するもの以上の関心が、原典に対して向けられていることが、確かに伝わってきます。

 こうして見ると、ノート部分もむしろ、水滸伝を題材に組織/人事論を語るというより、それらの視点から水滸伝という物語を補強するようにも感じられるのですが――さすがにそれは牽強付会が過ぎるでしょうか。


 作者の経歴を見れば、本業は大衆芸能の脚本家とのこと。大衆芸能といえば、まさしく水滸伝は本来それであったわけで、ある意味これほど適した著者はいないのかもしれません。
 本書の真に目指すところがどこであれ――少なくとも本書は、作者の水滸伝愛が感じられる、水滸伝概説本としてよくできた一冊であることは間違いない、と申し上げてよいかと思います。


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