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2018.05.28

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第2巻 天使と女神の間に立つラウールとルパン


 あの怪盗紳士ルパンが実は二重人格者だった!? という意外な切り口でその青年時代を描く極めてユニークなルパン伝、待望の続巻であります。この第2巻から始まる物語は、原典の『カリオストロ伯爵夫人』――ルパン最初の冒険と銘打たれた物語であります。

 サーカスの青年・エリクが出会った天真爛漫な青年ラウール・ダンドレジー。時折別人のような鋭さを見せる彼には大きな秘密がありました。彼は、実はその精神の中にもう一人の人格を眠らせており、誰かの「悪意」に触れた時、彼は意識を失い、もう一人の人格が表に出るのです。
 エリクに見出され、アルセーヌ・ルパンと名乗ることとなったもう一人のラウール。自分自身の体を持たない日陰の存在であるルパンは、自分がここにいることを天下に宣言するために、大胆不敵な冒険児として生きることを宣言して……

 というわけで、非常に大胆な設定ながら、様々な顔を持つ怪盗紳士の在り方を語るに、不思議な説得力を持つ本作。劇場型犯罪者としてのルパンの心中には、ラウールの陰に隠された自分の存在をアピールしたいという切なる想いがあった――というのは、実にドラマチックで良いではありませんか。

 さて、第1巻はほとんどオリジナルエピソードで構成されていた本作ですが、冒頭に述べたとおり、この巻からは『カリオストロ伯爵夫人』――原典のいわばエピソードゼロとも言うべき物語、まだラウール・ダンドレジーを名乗っていた彼が、本格的にアルセーヌ・ルパンとして冒険に乗り出す姿を描いた物語をベースとしています。

 ルパンからの急を知らせる手紙で彼の元に赴いたエリク。そこで彼が見たのは、避暑に訪れた美しい少女・クラリスと親交を深めるラウールの姿でした。しかしラウールは、周囲の悪意に触れても意識を失わず、ルパンは隠れたままだったのであります。
 クラリスが去った後にようやく現れたルパンは、その理由を推理します。クラリスは周囲の悪意を退ける、強い善意の力を持っているのだと……

 つまりルパンにとっては天敵であるクラリス。「自分」の恋路を邪魔してやろうとクラリスの実家であるデティーグ男爵家に近づくルパンですが、豈図らんや、むしろ二人の仲を決定的に近づけてしまう羽目に。

 しかし二重人格だと打ち明けたのを受け容れてくれたクラリスにルパンも好感を抱き、彼はラウールとクラリスの結婚に反対する男爵の弱味を握るため、一肌脱ぐことを決意します。
 その結果、彼が怪しげな一味に加わり、一人の美しい女性に私刑を下そうとしていたことを知ったルパン。そして彼は海に放り出された彼女を救い出すのですが――それこそがもう一つの運命の出会いだったのです。

 女性の名は、怪人カリオストロ伯爵の娘を名乗り、遙か過去から変わらぬ美しさを持つと言われるカリオストロ伯爵夫人ことジョゼフィーヌ(ジョジーヌ)=バルサモ。
 そして彼女こそは、ラウールの存在を完全に消してしまう存在であり、彼女と共にいればルパンは完全に自由になれる――いわばラウールにとってのクラリスだったのであります。

 たちまちジョジーヌに魅せられ、彼女のために動くことを決意したルパン。やがてその熱意は彼女にも伝わって……

 と、この第2巻の時点では原典の1/3程度とまだ序盤戦ながら、原典の設定と本作の設定が見事に噛み合って、早くも見逃せない展開となってきた本作。

 原典では、クラリスと結ばれた直後にジョジーヌに出会い、熱烈な恋に落ちるという、実に節操のない二股を見せるルパン。
 しかし本作では、上に述べたように彼女はルパンが存在するために欠くことはできない存在であり、この選択も無理もないことと――ことに彼の「存在」に対する強い望みと憧れを考えれば!――納得させられるのです。

 原典の設定を、ここまで本作ならではの形で、無理なく、いやそれどころか強い必然性を持ったものとして昇華してみせるとは――あるいはこのエピソードから逆算して物語を作ったのでは!? とすら思わされてしまった次第であります。
(そして原典では正直なところいささか影の薄かったクラリスが、この設定の下ではジョジーヌと全く対極の、そして等値の存在であることが示されるのも嬉しい)

 共に運命の女性に出会ってしまったラウールとルパンは(そして今回も付き合いよく巻き込まれてしまったエリクも)この先どうなるのか。原典既読者も未読者も、誰もが先が気になること受け合いの物語です。

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