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2018.05.31

モーリス・ルブラン『カリオストロ伯爵夫人』 最初の冒険で描かれたルパンのルパンたる部分

 美少女クラリスと将来を誓い合っていた20歳のラウール・ダンドレジー(ルパン)。「七本枝の燭台」を求める怪しげな一団と共にジョゼフィーヌ・バルサモなる美女を私刑にかけるのを救ったラウールは、名うての女盗賊だった彼女と激しい恋に落ち、共に冒険を繰り広げようになるが……

 『ルパン逮捕される』で初登場し、以後断片的に過去の物語が描かれてきたルパン。しかしその初登場から実に19年後に発表された本作において、彼がルパンとして立った最初の冒険が描かれることになります。
 いわば本作はアルセーヌ・ルパンのエピソード・ゼロを描く物語なのであります。
(そんな作品が描かれたのは、ルブランがルパンシリーズの掉尾を飾るために、最後と対応する最初の冒険を描いたものとでしょうか。その「最後の冒険」はそれからさらに先の発表になるのですが……)

 いずれにせよ、これまでルパンシリーズ(とシリーズ外の『女探偵ドロテ』)で語られた四つの謎の存在をさらりと作中で語るなど、ルパン・ユニバースの確立に一役買っている本作。そしてその謎というのが、かの伝説の怪人・カリオストロ伯爵ことジュゼッペ・バルサモ由来のもの、というのも、何とも嬉しいではありませんか。

 ルパンといえばミステリ、ピカレスクであると同時に、伝奇もの冒険ものとしての性格を色濃く持つ印象があります。
 本作で語られる七本枝の燭台の秘密も、フランス革命で命を落とした修道士が遺した莫大な財宝の在処を示すものとして、伝奇色濃厚。当然、ルパン最初の冒険も、伝奇活劇になるかと思われるのですが……

 しかし、むしろ恋愛ものと呼びたくなる内容なのが、本作の面白いところでしょう。
(もちろん、終盤に明かされる宝の在処は、伝奇性とロマンチシズム濃厚で実に素晴らしいのですが)

 その恋愛の相手というのが、本作のタイトルロールであるジョセフィーヌ(ジョジーヌ)・バルサモ。上で述べたカリオストロ伯爵の娘を称する人物であり、数十年変わらぬ美貌を持つという妖艶な美女です。

 そもそも本作の冒頭で語られるのは、若きラウール(ルパン)が美少女クラリスと恋に落ち、彼女との結婚を夢見る姿。
 しかし男爵の娘である彼女に対し、ラウールは無位無冠の青年、当然ながら結婚に激しく反対する父親の弱みを握るべくその周囲を探ってみれば、彼はボーマニャンなる怪人物の配下として、七本枝の燭台の秘密を追っていて――という展開になります。

 そしてそのボーマニャン一派と対立していたのがジョジーヌ。成り行きから彼女を救ったラウールはクラリスのことはコロッと忘れ、ジョジーヌの盗賊稼業を助けつつ、彼女との愛に溺れることになるのです。
 ルパンといえば、数々のヒロインに惹かれ、愛し合った男という印象もあります。しかし本作のルパンはその片鱗を見せつつも、年齢も盗賊としての経験も悪党としての器も遙かに上の、文字通り美魔女に翻弄されるのが、いかにも若さを感じさせて微笑ましい(?)ではありませんか。

 その一方で面白いのは、ジョジーヌの側も単なる打算や色欲だけでなく、真剣にルパンを愛してしまうことであります。
 そんな二人が互いに互いを求め合い、翻弄し合い、やがて敵として激しく憎み合うという、その関係性の複雑さが、本作の面白さのかなりの部分を占めていると感じます。

 しかし本作はそんなルパンの若さだけを描くものではありません。本作では同時に、ルパンのルパンたる部分――人から物を盗む悪党でありながらも、決して超えてはならない(と彼が自身に誓った)一線の姿を描き出すのですから。

 それは言ってみれば徒に人を傷つけないこと――人を殺さず、拷問などはもってのほか。あくまでも怪盗「紳士」、それがアルセーヌ・ルパンであると、本作は描くのです。その一線を越えた存在――そう、ジョジーヌの姿と対比することによって。
 たとえどれだけ愛し合おうと、強く惹かれようと、平然と一線を越える相手は愛せない。許せない。ある意味それも若さ故かもしれませんが――しかしそれこそが我々のよく知るルパンの姿であり、彼の魅力の一つであることは間違いありません。

 なるほど本作はルパンのエピソード・ゼロであると、感じさせられた次第であり――そしてそれを描いた物語を巧みに織り上げてみせたルブランの手腕にも、改めて感心させられるのです。

『カリオストロ伯爵夫人』(モーリス・ルブラン ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon
カリオストロ伯爵夫人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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2018.05.30

輪渡颯介『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』 ついに大団円!? 江戸と江ノ島、二元中継の大騒動


 長屋にある祠に詣でたことで、「幽霊が分かる」力を得てしまった四人の子供たちと、彼らを見守る大人たちが繰り広げる面白恐ろしい大騒動もいよいよこれで大団円(?)。旗本屋敷の恐るべき物の怪騒動に巻き込まれ、江戸を離れることになった四人を待ち受ける運命は、そして物の怪の正体とは……

 かつて長屋で起きた事件で命を落とした少女・お多恵を祀る祠がある溝猫長屋。
 毎年、その祠に詣でた子供は幽霊が分かる力を得てしまうというのですが、しかし今年順番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、それぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(と「何もわからない」)と分担して感じてしまうという、ややこしい状態になってしまいます。

 そんな四人と、口やかましい長屋の大家さん、岡っ引きの弥之助親分、寺子屋の先生(実は超ドSの腕利き剣士)蓮十郎といった大人たちが騒動を繰り広げてきた本シリーズですが――本作では、その蓮十郎がきっかけで、大事件が発生することになります。

 剣術道場を開いていた頃の門人であり、旗本の次男である市之丞から、屋敷に出る物の怪退治を依頼された蓮十郎。二つ返事で引き受けた蓮十郎ですが、霊感はないため、四人組を屋敷に連れて行くことになります。
 しかし屋敷に着く前に、その強力過ぎる力は子供たちにはっきりとわかってしまう状態。これは危険過ぎると子供たちを返した蓮十郎ですが――時既に遅し、だったのです。

 蓮十郎の前にも何人も存在した、物の怪に挑んだ者たち。しかし屋敷で物の怪の気配を感じた者たちは、いずれも数日のうちに死を遂げていたのです。そしてそれを避けるには、江戸を離れるしかない……
 そんな時、トラブルメーカーの自称箱入り娘・お紺が江ノ島見物に出かけると知った長屋の大人たちは、彼女を追いかける形で、急遽四人組を旅に送り出すことになります。

 自分が生き残り、そして子供たちを救うためには物の怪を倒すしかないと決意を固め、弥之助とその子分で「○○○切り」と恐ろしい二つ名を持つ竜を助っ人に、夜毎現れる物の怪に挑む蓮十郎。
 そして子供たちは子供たちで、お紺が聞きつけてきた怪談話に巻き込まれ、旅先でも幽霊に出くわすことに……

 というわけで、江戸パートと江ノ島道中パートと、二元中継で展開することとなった本作。冒に述べたように特異なルールが設定されているだけに、一歩間違えればルーチンとなりかねない本シリーズですが、前作同様、意表をついた構成であります。
 そのおかげで本作では、子供たちが旅先で出くわす幽霊たちとその因縁を描くお馴染みの面白恐い怪談と、大人たちがこれまでにない真っ向勝負に挑む物の怪退治と、二つの異なった味わいの物語を、同時に楽しむことができるのです。

 もちろん本作において、子供たちと大人たち、それぞれの立場からの物語は一体不可分のものではあります。しかしそれをこうして切り分けてみせることで、お互いの持ち味を殺すことなく、より魅力を増した形で描いてみせたのには感心するほかありません。
(もちろんこれもまた、一回限りの一種の飛び道具ではありますが……)

 しかし本作の面白さは、こうした構成の妙に留まりません。本シリーズに限らず、デビュー以来の作者の作品で一貫するのは、怪異の正体と物語展開を結ぶ伏線――因果因縁と申し上げてもいいですが――の妙であることは、ファンであればよくご存知のとおり。
 そしてそれは本作においても遺憾なく、いやシリーズ最大の形で発揮されることになります。

 その内容はもちろん伏せますが、シリーズを展開する上でいずれ必ず描かれるだろうと予想されていたものを、このような形で描いてみせるとは――と唸らされること必至の展開であることだけは、請け合いであります。
(そして真相を知ったある人物のリアクションが、実にグッとくるのです)

 ことほどさように、本作はまさしくクライマックスに相応しい内容なのですが――しかしそれはそれでファンにとっては不安になってしまうのもまた事実であります。それが描かれる時は、シリーズが完結する時ではないか――と。

 それは正直なところわかりませんが、結末を見れば幾らでも続けることはできる気もするのもまた事実(新たにレギュラーになりそうなキャラも登場したことですし……)
 いずれまた、子供も大人も賑やかな溝猫長屋の連中に再会できることを期待したい――そんな気持ちになれる、最後の最後まで面白恐ろしい快作であります。

『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
物の怪斬り 溝猫長屋 祠之怪

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2018.05.29

瀬川貴次『ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞』 桜の下で中将を待つ現実


 何よりも怪異を愛し、怪異と出会うことを夢見る「ばけもの好む中将」宣能と、彼に振り回される十二人の姉を持つ青年・宗孝の冒険(?)も、早いものでもう7作目。今回は色とりどりの桜を題材とした物語が描かれるのですが――前作で描かれた不穏の種がそこに影響することに?

 稲荷山に潜む怪しげな老巫女集団・専女衆に目を付けられてしまったため、八の姉――梨壷の更衣の局に身を寄せることとなった九の姉。しかし彼女はそこで帝と出会い、やはり自分こそが帝と結ばれべきだった! とハッスルしてしまったのでした。
 宗孝の捨て身の奮闘もあって何とかその場は収まったものの、傷心の九の姉は、何と梨壷の更衣にとっては敵方の――そして宣能の父である――右大臣に拾われ、彼の屋敷に仕えることに……

 という何とも不穏な結末を迎えた前作ですが、右大臣邸で宣能の妹・初草付きの女房となった九の姉は、何だかんだで初草にも慕われ、居場所を見つけたという塩梅に。
(ここで序盤での初草の能力が思わぬ形で九の姉を支えるくだりが実にいい!)
 ようやく普段の日常を取り戻した宣能と宗孝は、今日も怪異を求めて西に東に足を運ぶことになります(もちろん宗孝は嫌々)。

 かつて霊異を見せたという桜の精霊を求めて山中に足を運んだり、八の姉の出産の最中に宗孝が思わぬ怪異(?)に巻き込まれたり、十二の姉・真白に想いを寄せる東宮(ともう一組)の仲を取り持つため宣能が花見をセッティングしたり……
 ようやく久々に二人は怪異巡りに専念を――できないことは、まず大方の予想通り。例によって例のごとく、今回も様々な事件に巻き込まれる二人ですが、その背後に――これまで以上に色濃く――存在するのは、宣能の実家、特に彼の父・右大臣の存在なのであります。

 幼い頃から自分に、自分の周囲に冷然とした態度を取り、愛らしい妹すら権力の道具として利用しようとする父に対し、冷淡に当たってきた――ばけもの好む意外は非の打ち所のない貴公子である宣能。
 しかし彼が右大臣の嫡男である以上、いずれはその忌み嫌ってきた父の後を継がなければならない。これまでもその現実が宣能を苦しめてきたことは、シリーズ読者であればよく知るところでしょう。

 本作では、宣能と宗孝の会話の形で、改めて宣能が怪異を求める理由が語られることになりますが――あるいはその中でも最も強い理由は、その現実から目を逸らし、忘れるためであるのかもしれません。
 しかし本作ではその現実が、これまで以上に強く彼に突きつけられることになります。それもあまりに衝撃的な真実とともに……

 それはあるいは宣能にとってモラトリアムの終わりというべきものかもしれませんが――しかしそれにしてはあまりに闇が濃すぎる右大臣家。心ならずもその中に取り込まれることとなった彼は、このまま闇落ちしてしまうのか!?
 作者的にそれもあり得ないことではない――というのはさておき、この先の物語に大きな影響を与えるのは、彼がこの先どのような道を行くか、そしてそこで何を為すのかという、彼の選択であることは間違いありません。

 そして同時に、その宣能を支え、救うことができるのは、愛すべき凡人にして素晴らしきお人好したる宗孝の存在であることもまた……
(本作中で彼がある人物を前に見せる行動は、その彼の彼らしい善き人柄を示す、本作きっての名場面であります)


 と、思わず先走ってしまいましたが、本作で描かれるのは、そんな不穏な空気を感じさせつつも、あくまでも純粋に怪異を愛し、そして厄介事を楽しむ、僕らのばけもの好む中将の姿。
 前巻から続いてきた九の姉を巡るアレコレも、意外かつ見事な形で解決し、美しくも温かい結末には、思わずニッコリとさせられるのであります。

 全体のクライマックスも遠くないのではないかという印象もある本シリーズ。その時もニッコリと終わって欲しい、全てのキャラクターが幸せになれる結末を期待してしまうのです。(とまた先走ってしまいました)


 ちなみに作者は本作と同時に発売された『鴻池の猫合わせ 浮世奉行と三悪人』の解説を担当しているのですが――これがまた実に作者らしい内容。そしてある点において本作と重なる部分があるので、ぜひご一読を。

『ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞 (集英社文庫)

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2018.05.28

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第2巻 天使と女神の間に立つラウールとルパン


 あの怪盗紳士ルパンが実は二重人格者だった!? という意外な切り口でその青年時代を描く極めてユニークなルパン伝、待望の続巻であります。この第2巻から始まる物語は、原典の『カリオストロ伯爵夫人』――ルパン最初の冒険と銘打たれた物語であります。

 サーカスの青年・エリクが出会った天真爛漫な青年ラウール・ダンドレジー。時折別人のような鋭さを見せる彼には大きな秘密がありました。彼は、実はその精神の中にもう一人の人格を眠らせており、誰かの「悪意」に触れた時、彼は意識を失い、もう一人の人格が表に出るのです。
 エリクに見出され、アルセーヌ・ルパンと名乗ることとなったもう一人のラウール。自分自身の体を持たない日陰の存在であるルパンは、自分がここにいることを天下に宣言するために、大胆不敵な冒険児として生きることを宣言して……

 というわけで、非常に大胆な設定ながら、様々な顔を持つ怪盗紳士の在り方を語るに、不思議な説得力を持つ本作。劇場型犯罪者としてのルパンの心中には、ラウールの陰に隠された自分の存在をアピールしたいという切なる想いがあった――というのは、実にドラマチックで良いではありませんか。

 さて、第1巻はほとんどオリジナルエピソードで構成されていた本作ですが、冒頭に述べたとおり、この巻からは『カリオストロ伯爵夫人』――原典のいわばエピソードゼロとも言うべき物語、まだラウール・ダンドレジーを名乗っていた彼が、本格的にアルセーヌ・ルパンとして冒険に乗り出す姿を描いた物語をベースとしています。

 ルパンからの急を知らせる手紙で彼の元に赴いたエリク。そこで彼が見たのは、避暑に訪れた美しい少女・クラリスと親交を深めるラウールの姿でした。しかしラウールは、周囲の悪意に触れても意識を失わず、ルパンは隠れたままだったのであります。
 クラリスが去った後にようやく現れたルパンは、その理由を推理します。クラリスは周囲の悪意を退ける、強い善意の力を持っているのだと……

 つまりルパンにとっては天敵であるクラリス。「自分」の恋路を邪魔してやろうとクラリスの実家であるデティーグ男爵家に近づくルパンですが、豈図らんや、むしろ二人の仲を決定的に近づけてしまう羽目に。

 しかし二重人格だと打ち明けたのを受け容れてくれたクラリスにルパンも好感を抱き、彼はラウールとクラリスの結婚に反対する男爵の弱味を握るため、一肌脱ぐことを決意します。
 その結果、彼が怪しげな一味に加わり、一人の美しい女性に私刑を下そうとしていたことを知ったルパン。そして彼は海に放り出された彼女を救い出すのですが――それこそがもう一つの運命の出会いだったのです。

 女性の名は、怪人カリオストロ伯爵の娘を名乗り、遙か過去から変わらぬ美しさを持つと言われるカリオストロ伯爵夫人ことジョゼフィーヌ(ジョジーヌ)=バルサモ。
 そして彼女こそは、ラウールの存在を完全に消してしまう存在であり、彼女と共にいればルパンは完全に自由になれる――いわばラウールにとってのクラリスだったのであります。

 たちまちジョジーヌに魅せられ、彼女のために動くことを決意したルパン。やがてその熱意は彼女にも伝わって……

 と、この第2巻の時点では原典の1/3程度とまだ序盤戦ながら、原典の設定と本作の設定が見事に噛み合って、早くも見逃せない展開となってきた本作。

 原典では、クラリスと結ばれた直後にジョジーヌに出会い、熱烈な恋に落ちるという、実に節操のない二股を見せるルパン。
 しかし本作では、上に述べたように彼女はルパンが存在するために欠くことはできない存在であり、この選択も無理もないことと――ことに彼の「存在」に対する強い望みと憧れを考えれば!――納得させられるのです。

 原典の設定を、ここまで本作ならではの形で、無理なく、いやそれどころか強い必然性を持ったものとして昇華してみせるとは――あるいはこのエピソードから逆算して物語を作ったのでは!? とすら思わされてしまった次第であります。
(そして原典では正直なところいささか影の薄かったクラリスが、この設定の下ではジョジーヌと全く対極の、そして等値の存在であることが示されるのも嬉しい)

 共に運命の女性に出会ってしまったラウールとルパンは(そして今回も付き合いよく巻き込まれてしまったエリクも)この先どうなるのか。原典既読者も未読者も、誰もが先が気になること受け合いの物語です。

『ルパン・エチュード』第2巻(岩崎陽子 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
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2018.05.27

高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの


 神代から続く壮大な戦いと、それに巻き込まれた少女を救わんとする少年の奮闘が交錯する、極めてユニークな時代伝奇小説である本作――『宿儺村奇譚』のタイトルで第九回角川春樹小説賞最終候補作に残った作品が、改訂・改題を経て刊行された作品です。

 本作の背景となるのは、永禄から元亀年間にかけての、織田信長が天下布武に向けて動き出した時代。桶狭間で奇跡的な勝利を収めた信長が美濃を攻略し、将軍義昭を奉じて上洛し、周囲の大名たちと戦いを繰り広げていた頃であります。
 そして物語の始まりは、その信長と対立した北畠家領内の南伊勢・宿儺村――はるか昔から「お南無様」なる神を信奉してきた、半ば世間から隠れた村であります。

 織田と北畠の戦で村が揺れる中、村の少女・サヨの祈りを受けて、その姿を現した「お南無様」。蓬髪に巨躯、赤い目と黒い肌という、むしろ明王のような姿を持つお南無様は、戦の世を終わらせると嘯き、サヨを無理やり引き連れて信長の動静を探り始めるのでした。
 これに心中穏やかでないのは、かつて旅の途中に母親を追い剥ぎに殺されたサヨを村に迎え入れ、許嫁として共に育った少年・真吉。サヨを取り返そうとする真吉に、お南無様は遙か西の海で失われた神剣を取り戻すように命じます。

 命がけの苦闘の末、ついに神剣を回収し、お南無様の元に帰った真吉。しかしサヨは人が変わったかのように彼を拒み、神剣を手にしたお南無様と共に姿を消します。
 一度は絶望に沈んだ真吉ですが、お南無様を遙かな昔から付け狙う一門と出会ったことで、お南無様が信長に注目するその真の狙いを知ることになります。

 そしてお南無様を、信長を追って京に出た真吉。果たしてお南無様の正体とは。その彼に従うサヨの真意とは。そして次代の帝たる親王を巻き込んで信長に接近する二人の狙いとは。そして真吉とサヨの運命は……

 曰く因縁の地に封じられた神(あるいは魔王)が復活し、猛威を振るう――というのは、ファンタジーや伝奇ものでは定番中の定番の展開といえるでしょう。
 本作も一見その定番に沿ったものに見えますが――しかし本作におけるその神、「お南無様」の目的と手段は、これまでに類を見ないものであります。

 何しろお南無様の目的は、上に述べたように戦の世を終わらせること。それはその恐ろしげな外見と言動に似合わぬものに見えますが――前回復活した際には平清盛に接近し、今回は信長に興味を抱いた彼の目的が、その言葉通りのものであるかどうか。
 そして信長に近づくことで、如何にして戦の世を終わらせるのか、その先に何が待つのか――それが本作の大きな謎として機能することになります。

 そしてそれと平行して描かれる、神という大きすぎる相手に愛する者を奪われ、そして取り返そうとする真吉の純な想いもまた、共感できるものとして描かれています。
 お南無様を守るため、代々村に伝わる気を操る武術を学んでいるとはいえ、真吉自身は肉体も精神も、あくまでも普通の少年に過ぎません。それが如何にして神に挑むのか――それも、信長の天下布武という巨大な歴史の流れに巻き込まれた中で。

 全てを知り、人外の力を持つお南無様に対し、何も知らず、人より少々優れた力しか持たない真吉は、我々読者の分身といえます。
 神代から人間の歴史に干渉してきた魔人と、彼にかき乱される歴史が、その彼の目に如何に映るのか――日常と非日常、平常と異常の間のふれ幅が大きいほど増す時代伝奇ものの醍醐味は、彼を通じてよりビビッドに伝わってくるのです。

 そしてまた本作の場合、その伝奇的な設定、仕掛けの数々を支え、確たるものとして見せていくガジェットの存在や伏線の描写が抜群にうまいのにも驚かされます。
 並の作品であれば「そういうもの」で済ませてしまいそうな点まで、丹念に理由を(あるいはエクスキューズを)用意し、穴を潰してみせる。当たり前のようでいて難しいこれを、本作は巧みにやってのけるのです。

 それが見えた瞬間の「アッそうだったのか!」「やられた!」感は、大きな快感であすらあります(特に、「お南無様」の真の名が明らかになった時の驚きたるや……)

 そして激しい戦いの末にたどり着く結末も、神や歴史といった巨大なものに抗った人間がたどり着く、ある種のもの悲しさと希望を感じさせるものであるがまた素晴らしい。
 これがほぼデビュー作というのが信じられない、完成度の高い時代伝奇小説であります。

『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

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2018.05.26

宇野比呂士『天空の覇者Z』第5巻 激突! 新生Zvs第三の超兵器

 ギヌメールの犠牲により、要塞島から脱出した天馬たち。彼らのもたらしたT鉱により、ネオ・カイザーツェッペリン号がついに起動する。しかしそこに襲いかかるベイルマン局長率いる第三の超兵器「聖なる道(ヴィア・サクラ)」。戦闘を優位に進めるZだが、ベイルマンは諸共に自爆を狙っていた……

 イタリア要塞島でのT鉱奪取作戦(実は陽動作戦)を成功裏に終え、飛行機で無事に要塞島を脱出した天馬・アンジェリーナ・J・ギヌメール隊長――と思いきや、そこに追いすがる数十機の敵機。そこで隊長は「ここは俺に任せて先に行け」をやり、姿を消すことに……
 悲しみを堪えてZのドックに向かう途中、ドイツ艦に遭遇したかと思えば、それはT鉱を奪取したネモの乗艦。ギヌメールの犠牲を一顧だにしないネモに怒りを燃やしながらも、天馬たちはネモと共にT鉱を積んで先に急ぐことになります。

 一方、Zのドックでは、ウェルの総指揮により生まれ変わったいわばZ(これまでのZは飛行試験も済ませていなかったプロトタイプ)がT鉱の到着を待っていたのですが――そこに突如襲いかかったのは、ベイルマン局長が指揮する要塞島に隠されていた第三の超兵器――「聖なる道」(ヴィア・サクラ)!
 カエサル(つまり第一帝国皇帝)が凱旋した街道を名に冠するこの艦こそは、ルフトバッフェ空中艦隊構想において高速戦闘巡洋艦の役割を果たす双胴の巨艦――居住性や艦載機等の代わりに、装甲と火力、機動性に全振りした戦闘艦であります。

 折角改修されたZも、発進前の猛攻には風前の灯火ですが、そこに駆けつけた天馬の機体は、凄まじい弾幕をくぐり抜け、ついにT鉱を届けることに成功します。しかし上空で待ち構える「聖なる道」はT鉱弾――ロケット弾の先にT鉱を取り付けたいわば小型のZ砲を発射。ドックもろともZは消滅――と思いきや、完全気密により水中から脱出したZは、天馬の操縦によりその姿を現すのでした(ちなみに天馬、前巻受けた重傷のため手術を受けた直後だというのにこの不死身っぷり)。
 しかしベイルマンもさるもの、雲の中に隠れて浮遊機雷でZの動きを封じ込め、さらにT鉱弾を発射! しかしネモの機転によりエーテルガスを放出したZはT鉱弾を逸らすと同時に機雷を跳ね飛ばし、一転攻勢で「聖なる道」に火力を集中。さしもの巨艦も大打撃を受けるのですが……

 しかしヒトラーへの愛、というより強烈な執着からZ打倒、そしてアンジェリーナ抹殺に燃えるベイルマンは最後の手段としてZと強制的に武装強化合体を実行、Zに対して白兵戦を挑むのですが――しかしこれが真の目的ではないと気付いた男がいました。それはギヌメール――撃墜されて捕らえられた彼は、ベイルマンの下に連行され、その戦いぶりを目の当たりにする中で、彼女がZもろとも自爆するつもりであることを見抜いたのです。
 しかしそこで容赦なくギヌメールを貫くベイルマンの弾丸。しかしその重傷の身を押して彼は銃座に向かい、射撃でもってモールス信号を送り、力尽きるのでした。

 そのメッセージを受け取ったネモの命で「聖なる道」にウェルとともに向かう天馬ですが、向かった先の敵のエンジンルームでは既に操作を終えたベイルマンが操作盤を爆破し、エンジンを止めることは不可能に。それならばエンジンを切り離して放棄を、と思えば、既に臨界近くなったT鉱の反重力現象により投下は失敗に終わってしまいます。
 そんな中、ギヌメールの無惨な姿を発見した天馬は、怒りに燃えて流星の剣をベイルマンに向けるのですが――しかしギヌメールの言葉が天馬を止めます(不死身か!)

 一方、敵の白兵戦力に突入されたZは苦戦中。特にその中の一人――到底常人と思えぬ怪力と耐久力を持つ巨漢の前に、次々と兵士は倒されていきます。ついに出陣したJのブーメラン剣でも倒せぬ強敵ですが、しかし突然何かを察知したかのように「聖なる道」に戻っていきます。
 その頃、その「聖なる道」では、ギヌメールの言葉に自分が為すべきことを思い出した天馬が、Zと敵艦を繋ぐアームを両断せんと構えるのですが――そこに割って入ったのはあの巨漢。天馬の刃が割ったヘルメットの下から現れたのは、かつてZ奪取の際に死んだはずの――というところで次巻に続きます。

 予想もしなかった第三の超兵器の存在に驚かされ、その相手をものともせぬネオZのパワーに驚き、そしてさらにそれをひっくり返す敵の攻撃に手に汗握り――と逆転また逆転の展開が非常に盛り上がるこの巻。それを飾る、脂の乗りきった作者の筆も素晴らしく、特にこの巻の天馬の気迫に満ちた表情・姿は絶品であります。

 あと、ギヌメール隊長の不死身っぷりには、リアルタイムで読んでいた時に本当に驚きましたね――立ち位置的にヤバいかと思っていたら、もう。

『天空の覇者Z』第5巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
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2018.05.25

君塚祥『ホムンクルスの娘』 兵器として作り出された者たちの向かう先に

 昭和9年、軍の秘密機関・洩矢機関への所属を突然命じられた青年・羽田九二郎。未来を予言するという宗教団体に潜入することとなった彼は、そこで水中の中で眠る少女・月子と出会う。かつて洩矢機関から奪い去られた「呪物」の一つ、ホムンクルスであった月子を守りつつ、怪事件に挑む九二郎だが……

 昭和初期という時代、そして軍という組織には、何があってもおかしくないというムードがあるのでしょうか、しばしば伝奇ものの題材となっている印象があります。
 まさにその直球ど真ん中である本作に登場するのは、第11帝国陸軍技術部研究所特務・洩矢機関。様々なオカルト的な存在「呪物」を収集し、その軍事利用を目指すという、実に怪しげな秘密機関であります。

 そんな本作の舞台は、浅草に浅草十三階が聳える(!)昭和9年。その浅草で破落戸同然の暮らしを送っていた青年・羽田九二郎が、その洩矢機関にスカウトされたことから、この物語は始まります。
 何もわからぬまま、ほとんど拉致同然に突然機関に加わることとなった九二郎。彼の運命は、初任務である宗教団体への潜入でホムンクルスの娘・月子と出会ったことで、大きく動き出すことになるのであります。

 ホムンクルス――科学や呪術によって作り出された人造人間。科学者であった九二郎の祖父・九太郎によって作り出されたという月子は、かつて何者かの手によって他の「呪物」同様に機関より奪い去られていたのです。
 機関のトップシークレットでありその記憶と力の一部を失なった月子を、地霊を操る鬼道使い・火ノ島、古の水神の血を引く阿曇ら機関の先輩たちとともに守ることとなった九二郎。やがて彼らは、呪物を奪い、様々な能力者を集めて奇怪な事件を次々と引き起こす怪人党なる一団と対峙することになります。

 月子を執拗に狙う怪人党の真の狙いは何か。失われた月子の記憶の正体は。そして何の能力もないにもかかわらず、何故九二郎は洩矢機関にスカウトされたのか。
 数々の謎を秘めた物語は、やがて浅草十三階でカタストロフィを迎えることになるのであります。

 予言者やくだん、帝都地下の大空洞といったガジェットの数々、そして様々な異能を持つ能力者を散りばめて展開する本作。
 九二郎・月子・火ノ島・阿曇の四人が異能を武器に怪事件に挑むその様は、一種の特殊チームものとも言えますが、物語そのものの背景となるのが、彼らの母体である洩矢機関であることは言うまでもありません。

 しかしそこに所属する主人公たちが、人々を苦しめる怪事件解決のために活躍するとはいえ、やはり「呪物」の軍事利用というのは如何にも怪しく、そのためには人体実験、さらにはホムンクルスの製造までを行っていたといれば、到底「正義」の機関とは思えません。
 そもそも九二郎は破落戸同然だったとはいえ、一本気で正義感の強い、昔気質の若者。成り行きから機関に加わり、月子を守ることになった彼が、機関の本来の行動に賛同するはずもないのであります。

 もっともそのあたりの相克が意外と表に出てこないのが少々残念ではありますが、しかし物語が、機関に作り出された存在同士――兵器として作り出され、利用されてきた者たち同士の戦いとなるのはある意味当然の帰結と言えるでしょう。
 そして最終的に、その最たるものとも言うべき月子を中心として物語が展開するのもまた……

 果たして「その時」九二郎が何を語り、何を選ぶのか――そこで本作のタイトルを今一度振り返る時、何ともいえない想いが湧き上がるのであります。

 単行本全2巻と、正直なところ分量としては多くない本作。呪物等の題材は様々にあったであろうことを考えると、もっともっと描けたのではないかと、いささかもったいなく感じます。
 しかし、戦争・軍隊と伝奇というある意味マクロな題材を描きつつ、「人間」とは何か、その幸せとは何かというミクロな物語を織り上げてみせた結末としては、これ以外のものはないでしょう。

 解放感とある種の切なさを残す結末の味わいは、なかなかに得難いものがあったと感じます。

『ホムンクルスの娘』(君塚祥 一迅社ZERO-SUMコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
ホムンクルスの娘: 1 (ZERO-SUMコミックス)ホムンクルスの娘: 2 (ZERO-SUMコミックス)

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2018.05.24

朝日曼耀『戦国新撰組』第3巻 彼らが選び、撰んだ道の先に


 新撰組が突如戦国時代、それも桶狭間の戦直前にタイムスリップしてしまうという、とてつもないシチュエーションから始まった本作もこの第3巻で完結。既に変わり始めた歴史の行き着く先は、そしてその中で新撰組の面々の向かう先は……

 突然、新撰組屯所から戦国時代にタイムスリップし、織田と今川の激突寸前の戦場に現れた新撰組。幕末では最強を誇る彼らも、戦が日常であった時代では分が悪く、初めは追いつめられるものの、大乱戦の中で主人公・三浦啓之助が信長を射殺したことで、大きく状況は変わることになります。

 その中で、織田家に士官しようとしていた木下藤吉郎と結んだ新撰組。しかし戦いの中で深手を負った近藤は、後事を土方に託し、壮烈な最期を遂げることになります。
 近藤の遺志を継ぎ、信長の跡を継いだ濃姫に仕えることになった土方と新撰組。初めは今川方についていた山南・沖田・藤堂も合流し、戦力を増したものの、しかし濃姫の近くに控える明智光秀の正体は、同じくタイムスリップした桂小五郎であることが判明し……

 と、戦国と幕末、それぞれの人物が入り乱れる上に、その生死が史実と変わっていくことにより、向かう先が見えない本作。
 何しろ史実通り今川義元を討ったものの、信長亡き後の織田家が極めて不安定な状況にあることは言うまでもありません。そんな状況だからこそ、新参の藤吉郎、そして新撰組にも台頭の余地があるのですが――さて濃姫の、そして光秀(桂)の次なるターゲットは美濃であります。

 信長が道三亡き後の美濃を攻略したのは史実にあるとおりですが、しかし繰り返しになりますが、本作はその信長も亡き状態。しかも美濃斎藤家――正確には竹中半兵衛の下には、行方不明となっていた最後の新撰組隊長コンビ、原田左之助と永倉新八の姿があるではありませんか。
 しかし史実では最終的に近藤らと袂を分かったこの二人が、戦国時代でおとなしくしているわけがありません。案の定、二人は未来の(幕末の)兵器までも持ち込んでいて……

 というわけで美濃攻めがメインとなるこの第3巻。既に史実とはブレ始めた歴史の中、しかも新撰組同士が激突する戦場で、この戦がどのような結末を迎えるのか、というのが眼目であることは言うまでもありませんが――しかし実はそれ以上に印象に残るのは、新撰組隊士それぞれが辿る運命の結末なのです。

 既に近藤が志半ばにして斃れるという意外な展開となったわけですが、しかし考えてみれば史実においても近藤はやはり志半ばで散ったことに違いはありません。
 だとすれば、他の隊士たちも? というこちらの予感を裏付けるように、生き残った隊士たちも一人、また一人と、あたかも本来の歴史をなぞるかのように……

 これぞ歴史の修正力――というよりは見立ての面白さと言うべきでしょうか。史実での運命をこういう形でアレンジしてみせるか、とニヤリとさせられるような展開を用意してみせるのは、これはやはり原作者のセンスというべきでしょう。
 しかしそうだとすれば、一人、気になる人物が存在します。そう、本作の主人公たる三浦啓之助が。

 史実では新撰組隊士とは名ばかりに適当に歴史の荒波をやり過ごし、実につまらぬ最期を迎えた啓之助。その彼は、この物語においてどのような運命を辿るのか?
 それをここで語るわけにはいきませんが、なるほど、ここでこの違いを使ってくるか! と一捻り(更に漫画ならではのキャラデザインを逆手にとってもう一捻り)した上で、ある種の希望を見せてくれる結末は、大団円と言うべきでしょう。

 正直なところを申し上げれば、歴史の流れを描く上でも、新撰組隊士の運命を描く上でも、もう一巻欲しかった、という印象は強くあります(無情なまでの呆気なさもまた、本作の味わいかもしれませんが……)。
 特に本作においてジョーカーとなるべきある人物が、あまりに呆気なく、便利に使われた感があるのは、勿体ない限りであります。

 それでもなお、新撰組+戦国という、ある意味身も蓋もない取り合わせを、二つの歴史を巧みに摺り合わせながらも再構成し、一つの物語として描き直してみせた本作は、もう一つの新撰組を語る物語として、見事に結末を迎えたと言うことができるでしょう。

 どれほど流されたように見えても、彼らは史実同様に自らの道を選び、撰んだのだと――そしてその先に確かに道は繋がっていたと、本作は描いてみせたのですから。

『戦国新撰組』第3巻(朝日曼耀&富沢義彦 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
戦国新撰組 3 (サンデーGXコミックス)

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 ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』

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2018.05.23

横田順彌『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』 明治の科学小説家が出会う七つの怪事件


 明治SF研究の第一人者である作者による明治ものSFの中でも中核をなす、鵜沢龍岳ものの第一弾――昨年同じシリーズの長編『星影の伝説』と合本で復刊した全七話の短編集であります。新進科学小説作家である龍岳とその師たる押川春浪が次々と出会う、奇怪で不思議な事件の真相とは……

 明治時代に発表されたSFの研究から始まり、その中心人物とも言うべき押川春浪と周囲の人々の伝記執筆、さらには明治文化の研究といった活動を行っている作者。
 しかし作者の本分はあくまでもSF小説であり、この両者が結びついて明治時代を舞台としたSFが発表されたのは、むしろ当然の成り行きというべきでしょう。

 その第一作『火星人類の逆襲』は一大冒険スペクタクルというべき大活劇でしたが、続く本作は、それとは打って変わった、どこか静謐さすら感じさせる、奇妙な味わいのSF幻想譚を集めた作品集であります。

 科学小説家を志し、念願かなって斯界の第一人者・押川春浪に認められ、彼が主筆を務める「冒険世界」誌の連載作家となった青年・鵜沢龍岳。
 ある日、春浪からとある村で起きた奇妙な事件――ギリシア人の未亡人の住む屋敷が不審火で全焼した事件の調査を依頼された彼は、そこで春浪の友人である警視庁の刑事・黒岩四郎と、その妹・時子と出会い、行動を共にすることになります。

 目の不自由な老婆と、生まれつき目の見えない孤児の少年と暮らしていたという婦人。少年の目が手術で回復するという矢先、不審火で婦人と老婆もろとも焼け落ちた屋敷の跡からは、数多くの蛇の死体が……

 という記念すべき第一話『蛇』に始まる本シリーズ。そこで共通するのは春浪・龍岳・時子・黒岩の四人、そして春浪が主催するバンカラ書生団体「天狗倶楽部」の面々が、科学では説明のつかないような事件に遭遇することであります。

 数々の女性を毒牙にかけてきた男が蠍に刺し殺され、高い鳥居の上に放置された姿で発見される『縄』
 畝傍の乗組員を名乗る男が海の上で暴行されかけた女性の前に現れ、彼女を救って消える『霧』
 隕石が落ちて以来、病人がいなくなり、人付き合いが悪くなった村に向かった龍岳が不思議な女性と出会う『馬』
 突然龍岳と友人・荒井の前に現れた何者かに追われる男。その男が荒井の妹が事故に遭う歴史を変えたと語る『夢』
 日本人初の飛行実験中、突如飛行士が取り乱して墜落する瞬間、一人の少年のみが飛行士と何者かの格闘を目撃する『空』
 事故で沈没した潜水艦の艦長の上官が、自宅で頭が内部から弾け飛ぶという奇怪な死を遂げる『心』

 いずれも実に「そそる」内容ばかりですが、しかし本作の最大の特徴は、それぞれの物語の結末にあるかもしれません。

 作者が単行本のあとがきで、どの作品も「起承転結」ならぬ「起承転迷」もしくは「起承転?」となっていると語るように、どの作品も、一応は結末で謎は解けるのですが――しかしその真相が常識では計り知れないものであったり、更なる謎を呼ぶものであったり、何とも後を引くものなのであります。
 作中で春浪が(ある意味身も蓋もないことながら)「これは科学小説、いや神秘小説の世界だ」と語るような結末を迎える本作は、まさに副題にあるように「幻想探偵譚」と評すべきものでしょう。

 もっとも、この趣向は、一歩間違えれば「こんな不思議なことがありました」という単なるエクスキューズを語って終わりになりかねない点があるのもまた事実。
 特に『縄』のオチは、は、いくら明治時代が舞台の作品でも――と、何度読んでも(悪い意味で)唖然とさせられるものがあります。

 もちろんそれだけでなく、例えば『空』は飛行機という当時最先端の科学と、一種の祟りという取り合わせの妙が素晴らしい作品。
 さらにその怪異を目撃するのが少年時代の村山槐多というのもまた、登場人物のほとんどが実在の人物という本シリーズの特徴を最大限に活かした点で、何とも心憎いところであります。

 本作が全体を通じて、いずれも一種プリミティブなSF的アイディアに依っている点は好き嫌いが分かれるでしょう。しかし全体を貫く落ち着いた、ある種品のある文章には、何とも得難い味わいがあり、読んでいて不思議な安らぎを感じるのもまた事実であります。

 今回の合本は短編集3冊と長編3作を合わせて全3巻としたもの。近日中に本作と合本の長編『星影の伝説』、そして残る作品もご紹介したいと思います。

『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『時の幻影館・星影の伝説』所収) Amazon
時の幻影館・星影の伝説 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.05.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり


 その過去も明かされ、西洋料理の封印も解かれて、戦国生活も新たな段階に入ったケン。信長も最前線に出ることもなくなりましたが、まだまだ彼とケンの行方は波瀾万丈であります。この巻では、ついに動き出した謙信に対し、直接の会見を望んだ信長のため、ケンは決死の試みに出ることに……

 というわけで、「わしは謙信に会ってみようと思う」「よっておぬし(ケン)武田勝頼に捕まってこい」と、いきなり衝撃的なことを言い出した信長。
 久々に(?)人の一歩も二歩も先を行く信長の命令が飛び出した印象ですが、突然命令されてしまったケンも、それを聞いてしまった柴田勝家も面食らうどころではありません。

 しかし勝家がツッコんだように、これから合戦中の大将同士が会談するなどという前代未聞な試みを行うのであれば、正規ルートで話を通せるはずもありません。
 そもそも、織田軍は上杉方に攻められる七尾城救援のため、能登を目指している状況。一方、七尾城が陥落すれば、上杉軍は織田軍と対決するために一気に南下を始めることになります。そしてその七尾城では、親上杉方が力を持ち、落城は目前の状況……

 そんな中で、仮に大将同士が会談を望んだとしてもそれが円満に進むはずもありません。そして密使を送ろうにも伝手がなく、また地理的にも潜入は難しい――というわけでケンの出番となるわけであります。
 武将でも官僚でもなく、しかし信長の意を最も良く知るケン。その彼を、上杉とは現在同盟関係にある武田に捕らえさせ、陣中見舞いの名目で上杉に送らせる――いやはや、無茶苦茶ですが、実に本作らしい作戦でしょう。

 そしてそのための細い細い伝手が、以前ケンが協力した織田信忠と勝頼の妹・松姫の恋仲。この無茶な案のために使えるものは何でも使おうという信長の中に、謙信であれば自分の目指すところを理解できるのではないか――と期待する信長の孤独を見て、ケンが協力を決意するという展開も、また本作らしくて良いのであります。

 しかし考えれば考えるほど無茶なこの作戦、そもそも信忠と松姫の仲は秘密である上に、そこから勝頼との面談に持っていく手段がない。
 そして仮に勝頼と対面したとしても、ケンとはやたらに因縁のある彼が、素直に頼みを聞いて上杉に送ってくれるとは限らない。そして上杉に入ったとしても、どうやって謙信と対面し、彼だけに信長の意を伝えて納得させるのか……

 いやはや、あまりの不可能ミッションぶりに、こうして挙げていて逆に楽しくなってきましたが、この難題の数々を料理の力でクリアしていくのこそ本作の真骨頂。
 前巻ではケンの料理シーンが少なかったのが少々不満でしたが、この巻の後半では材料も不十分な中で、機転とテクニックで次々と難関を乗り越えていくケンの姿が存分に味わえるのも嬉しいところであります。
(そして作中で妙に美味しそうに見えたあの料理が、巻末で紹介されているのにも納得)

 また、久々に対面したケンと勝頼の対話の面白さも、これまでの積み重ねがあってこそのものでしょう(勝頼の「おぬしに飯を作らせるとろくなことがない!!」の言には爆笑)。
 そしてその一方で男として、武将としての器を見せる勝頼の描写も良く、ある意味この巻の裏のMVPは勝頼なのではないか――としら感じた次第です。

 さて、何とか上杉の陣中に入り込み、謙信の前で料理を作ったものの、やっぱり窮地に陥ったケン。
 その一方で織田軍の中では、唯一信長の真意を知る勝家と他の将の軋轢が深まり、ついに秀吉は勝頼と対立した末に離陣――のふりをして、独自に状況を探り始めることになります(なるほど、あの史実をこのように使うか、と感心)。

 そしてこの先に待ち受けているのは、手取川の戦い――謙信が織田軍を圧倒したと言われる合戦ですが、実はその規模や結果については諸説あり、不明な点も多いこの合戦を、本作がどのように扱うのでしょうか。
 前巻辺りからクローズアップしてきた、史実との整合性――歴史は変わってしまうのか否か?――も含めて、先が大いに気になるところであります。

『信長のシェフ』第21巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 21 (芳文社コミックス)

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 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?

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2018.05.21

道雪葵『女子漫画編集者と蔦屋さん』 逆ハーレム? 江戸の出版界の変人たち


 お仕事ものというべきか、有名人ギャグというべきか――なんと現代の漫画編集者の女性が江戸時代にタイムスリップ、出版社の元祖ともいうべき蔦屋の下で、様々な浮世絵師・戯作者たちと賑やかな毎日を繰り広げるという四コマ漫画であります。

 祖父の家で、漫画の原点ともいうべき黄表紙を手にした途端、江戸時代にタイムスリップしてしまった女子漫画編集者の千代子。そこで当時飛ぶ鳥を落とす勢いの出版人・蔦屋重三郎と出会った彼女は、なりゆきから彼の店で働くことになります。
 現代でも過去でも変わらぬ(?)編集者の仕事をこなすなかで、後世に名を残す文化人たちと出会う千代子ですが、彼らはいずれもイケメンながらどこかヘンで……

 と、問答無用でタイムスリップした現代の女子編集者(同人経験アリの腐女子)が、江戸の出版界に飛び込んで――というと真面目な(?)お仕事もの、あるいは逆ハーレムものに見えるかもしれませんが、本作の眼目は登場する文化人のエキセントリックなキャラクターであります。

 何しろ、メインキャラたちがこんな調子なのですから――
蔦屋重三郎:人の心に無頓着な根っからの商売人
喜多川歌麿:重三郎にベッタリのオネエ浮世絵師
葛飾北斎:仕事に打ち込むと周囲が見えない浮世絵馬鹿
東洲斎写楽:常に能面を被った超引っ込み思案
曲亭馬琴:上から目線の俺様ドS
山東京伝:何事も体験してみないと気が済まない天然

 いずれもタイプの異なるイケメンなのはお約束ですが、こんな面子とラブい展開になるはずもなく、唯一の現代人かつ常識人である千代子が、彼らの行動にツッコミを入れる――というのが、毎回の定番であります。

 しかし上で述べた文化人たちのキャラクターは、本作独自のキャラ付けも多いものの、しかしその背景となっているのはきっちりと史実通りなのが、本作の最大の魅力であります。
(たとえば馬琴が蔦屋に奉公する前に、武士が商家に奉公できるかとわざわざ名を変えたエピソードなど)。

 また作中で取り上げられる(ネタにされる)作品も、馬琴の「尽用而二分狂言」や京伝の「江戸生艶気樺焼」など、もちろん実在の作品。
 江戸の黄表紙のユニークさ――というよりぶっ飛び具合は、時にネット上で話題になることもありますが、本作でも漫画らしくデフォルメされているものの、描かれる内容はなるほど原典通り。そこに千代子がツッコミを入れることで、さらにおかしみが増してくる、その塩梅も実に良いのであります。

 細かいことを言えば、黄表紙を漫画の先祖として強調するあまり、馬琴や京伝が現代でいう漫画業界の人間のような描写になっている点は気にならないでもありません。
 また馬琴が手代になった時期と京伝が手鎖くらった時期は逆ではないかな、など史実の上でのツッコミもありますが、それはさすがに野暮というものでしょう。

 基本的に(これ大事)史実を踏まえつつ、ギャグでデフォルメすることでその人物の存在やその作品の楽しさ、意義を描いてみせるというのは、これはやはり愛があって初めて為せるものであることは、間違いないのですから……

 ちなみに本作の舞台は寛政年間(1790年代初頭)。寛政といえば松平定信によって出版界が規制された寛政の改革ですが、本作のラストエピソードでこの改革が登場人物たちに与えた影響もきっちり描かれることとなります。
 もっともそれも笑い飛ばすのが本作、ラストは本当にギリギリのひどい(ほめ言葉)オチで終わるのですが……

 もちろんこの後もまだまだ元気な江戸の出版人。ここで終わるなんてもったいない、まだまだ愉快でパワフルな彼らの姿を見せてもらいたいところであります。

『女子漫画編集者と蔦屋さん』(道雪葵 一迅社ZERO-SUMコミックス) Amazon
女子漫画編集者と蔦屋さん (ZERO-SUMコミックス)

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2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

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2018.05.19

宇野比呂士『天空の覇者Z』第4巻 流星の剣の目覚めるとき

 真のヒトラーと対面した天馬は、彼が両親の仇であったことを思い出す。しかし彼の剣は通じず、その場を辛うじて逃れるのだった。そしてT鉱を求めてイタリアの要塞島に潜入する天馬たちだが、罠にはまり分断されてしまう。そこに現れた蜘蛛の能力を持つ獣人に苦戦する天馬だが、その時流星の剣が……

 ムッソリーニの館でついに真のヒトラーと対面した天馬とアンジェリーナ。その顔を見るや問答無用で斬りかかるという彼らしくもない行動に出た天馬ですが、それは彼の赤子の頃の記憶ゆえ――彼は両親をヒトラーに殺され、自らも殺されるところを剣の師に救われたのであります。
 しかしその際に痛撃を与えた陸奥守流星も、天馬では真の力を発揮することはできずヒトラーの体をすり抜けるのみ。絶体絶命の天馬を救うため、自らを差し出すアンジェリーナですが、あわやのところで駆けつけたJと天馬がヒトラーに連撃! が、それすら通じず、ヒトラーは彼らの攻撃に免じてその場は退くと告げ、(どこかで見たようなアングルで)アンジェリーナの唇を奪って去るのでした。

 自らが流星の剣を活かせていなかったことに衝撃を受けるものの、しかしこれ以上ヒトラーに大切な人を奪われまいと――アンジェリーナを守ろうと闘志を燃やす天馬。そしてムッソリーニ邸から奪取した地図を手に、天馬・アンジェリーナ・J・ギヌメールは要塞島――T鉱がナチスによって運び込まれた秘密基地に潜入することになります(その巻き添えで真のヒトラーの顔を見てしまったため殺されたムッソリーニ……)。
 そしてウェルの発明品を使って首尾よく要塞島に潜入した一行。しかし床の崩落に巻き込まれたアンジェリーナを追って天馬は地下に消え、ギヌメールとJのみが先に進むことになります。一方、天馬たちが落下した先は島の地下に広がる古代遺跡――そこに待ち受けるはヒトラーに蜘蛛の獣性腫瘍を与えられた獣人・シュタイナー中佐であります。

 しかしシュタイナーに向けたアンジェリーナの銃口は反転し、避ける間もなく撃たれる天馬。ヒトラーの口づけがアンジェリーナを操ったのか!? ……と思いきや、懐のゴーグルで致命傷は避けた天馬は、それが蜘蛛の糸によって操り人形されていたと見抜き、剣の一閃で彼女を解放するのですが――しかし無数の石柱が存在する遺跡内では数々の蜘蛛糸を操るシュタイナーが有利であります。
 苦し紛れに水中に飛び込んだ天馬ですが、しかし銃創の影響と、ミズグモの能力すら取り込んだ相手の力の前に絶体絶命に……

 と、生と死の境で、流星の剣の真の力に目覚めた天馬。そも流星の剣とは、戦国時代に降ってきた隕石を鍛えた水晶の如き透き通った外見と兜をも砕く強さを持つ刀――やがて千葉周作の手に渡り、北辰一刀流の伝承者の証になったと言われる刀であります。
 その力を十全に発揮すればこの世において斬れぬものなしという流星刀を手に、天馬は一撃で敵もろとも水面を真っ二つに割るという離れ業を見せ、勝利を収めるのでした。

 が、出血多量で意識を失った天馬。アンジェリーナは天馬を背負い、全く道標もない地下遺跡から脱出しようと歩み出すことに……

 一方、残されたギヌメールとJはT鉱の保管所に潜入するもののそこはもぬけの殻。奪取作戦を察知したナチスは、既にT鉱を移送していたのであります。しかしそれこそはネモの策――ギヌメールたちを囮に使ってT鉱をいぶり出すという作戦は当たり、輸送船を鹵獲して見事T鉱確保に成功するのでした。
 しかし元軍人のギヌメールはともかく、駒に使われて怒り心頭のJ。天馬を探すという彼の前に現れたのは――当の天馬とアンジェリーナ。なんと地下遺跡を踏破したアンジェリーナはその後も神がかった感覚を発揮し、一行を水上機の格納庫にまで導きます。

 そこでしぶとく襲ってきたシュタイナーは手加減をしらないJが一蹴し、ようやく要塞島から脱出成功か!? というところで次巻に続きます。


 本作には珍しく、全く空中戦が登場しなかったこの巻。代わって天馬と流星の剣の因縁を中心に、等身大戦が存分に描かれることとなります。
 なんとヒトラーは天馬の親の仇、そして天馬の持つ流星の剣こそがヒトラーを倒すことができる(らしい)というのはいささか出来過ぎた因縁のようにも感じられますが、その辺りはまたこの先に描かれることになります。

 そして因縁といえば天馬とアンジェリーナ。天馬がアンジェリーナに一目惚れしたことから始まったともいえる本作ですが、その二人の運命的な結びつきは、この巻でクローズアップされることになります。
 しかし無敵にすら見えるヒトラーが何故アンジェリーナに目をつけたのか――それもまた、今後のお楽しみであります。


『天空の覇者Z』第4巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
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2018.05.18

柴田錬三郎『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』 登場、名探偵狂四郎!?


 あの時代小説史上に残るニヒリスト剣客・眠狂四郎を、なんとミステリという切り口から扱った作品集であります。確かに柴錬先生の作品にはミステリもありますが、それにしても――と思いきや、これが実に面白く、興味深い一冊なのであります。

 異国人のころび伴天連が武士の娘を犯して生まれたという陰惨な出自を持ち、妖剣・円月殺法を操る異貌の剣客・眠狂四郎。
 襲いかかる敵は容赦なく斬り捨て、女性に落花狼藉も躊躇わない――それでいてこの世の全てに倦み疲れたような虚無の影を背負って放浪する、この世に恃むところのない、まさしく無頼の徒であります。

 さて、1956年に「週刊新潮」誌上で第1作『眠狂四郎無頼控』の連載がスタートし、以降実に20年近くに渡って活躍してきた狂四郎ですが、その(特に第1作の)特徴は、連作短編スタイルであること。
 週刊誌での連載であることから、毎回一話完結を志向した内容は、短いページ数の中で起承転結を収め、さらに長編としての大きな物語も進行させていく――という離れ業をものしてきたのが本シリーズなのであります。

 と、そんな眠狂四郎ものの中から、ミステリ色の強い作品を集めたのが本書。全21編のうち、第3作『殺法帖』からの1編、中短編集の『京洛勝負帖』からの3編を除けば、全て『無頼控』からの収録であります。
 その収録作は以下のとおり――

『雛の首』『禁苑の怪』『悪魔祭』『千両箱異聞』『切腹心中』『皇后悪夢像』『湯殿の謎』『疑惑の棺』『妖異碓氷峠』『家康騒動』『毒と虚無僧』『謎の春雪』『からくり門』『芳香異変』『髑髏屋敷』『狂い部屋』『恋慕幽霊』『美女放心』『消えた兇器』『花嫁首』『悪女仇討』
 いずれもタイトルを見ただけでドキドキさせられる作品揃いであります。

 さすがにこれらの作品を一話ずつ紹介はいたしませんが、収録作はどれも「らしい」作品揃い。大きな物語として見るとかなり間があいているため、混乱させられる点もあるかもしれませんが、基本的にどこから読んでも楽しめる内容であります。


 ……と、それよりも注目すべきは「ミステリ」であります。
 本書は、編者の言を借りれば「密室殺人、雪の密室、呪われた屋敷、山中の怪異、重要書類の消失、雪の密室、首切り殺人など」ミステリ要素の強いエピソードを集めた一冊であり、もちろん探偵役は狂四郎です。

 正直なところ、ミステリプロパーの作者でもなければ、元々の作品がミステリというわけでもないわけで、ガチガチのミステリを期待すれば、さすがに少々拍子抜けの印象は否めないでしょう。
 また使われているトリックなども(特に『消えた兇器』など)ちょっと驚くほどプリミティブなものもあるのも事実です。

 しかしそこまで堅いことを言わなければ、そして広義のミステリというものを含めて考えれば、本書はなかなかの高水準の作品が並んでいると感じられます。
 例えば、美人比べの候補者が次々と無惨な最期を遂げるという事件以上に、サイコスリラーめいた犯人の動機の異常性が際だつ『皇后悪夢像』。
 三幅も現れた家康直筆の天照大神画の真贋を巡り人間心理の綾を巧みに突いてみせる『家康騒動』。
 消えた宝玉の行方を巡り、いかにも本作らしいエロティシズムが漂う『芳香異変』(宝玉の隠し所はすぐ見当がつくものの、それを暴く手段が、裏腹に雅趣に富んだものなのが面白い)。

 そして特に表題作である『花嫁首』は、新婚初夜の花嫁の首が無惨にも奪われ、代わりに凶悪な面相の罪人の首が据えられていたという、猟奇色濃厚な事件のインパクトにまず驚かされるエピソード。
 犯人の企て自体はそれほどでもないのですが(というよりかなり強引ではあります)、そこにさらにある思惑が加わって事件の様相が変わるという展開の妙、そして狂四郎が真相に気付く証拠のユニークさなど、表題作に相応しい内容と感じます。


 それにしても、よく考えてみれば狂四郎は、ヒーローでもなく悪党でもなく――つまりは使命感も目的もなく、ただ自分の興味の惹いたものに首を突っ込む人物。
 そんな人物だからこそ、その『もの』が謎であった時、彼は探偵として活躍するのであり――本書はそんな狂四郎の特異なキャラクターがあってこそ成立したものと言えるのではないでしょうか。

 そんな狂四郎の立ち位置についても改めて考えさせられる本書、シリーズファンにも初読の方にもおすすめできる一冊です。


『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』(著:柴田錬三郎 編:末國善巳 創元推理文庫) Amazon
花嫁首 (眠狂四郎ミステリ傑作選 ) (創元推理文庫)

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2018.05.17

宮本昌孝『武者始め』 将の将たる者たちの第一歩


 宮本昌孝といえば、戦国時代を舞台にした稀有壮大かつ爽快な作品の数々が浮かびますが、本作は戦国時代を舞台としつつも、後世に名を残す七人の戦国武将の「武者始め」を描いたユニークな、しかし作者らしい短編集であります。

 「武者始め」という言葉はあまり馴染みがありませんが、武者が武者としてデビューすること、とでも評すればよいでしょうか。それであれば初陣とイコールではないか、という気もいたしますが、しかし必ずしもそうではないのが本書の面白いところであります。
 そして本書のテーマはその「武者始め」――以下に各話の内容を簡単にご紹介しましょう。

 烏梅(梅の燻製)好きの伊勢新九郎が、様々な勢力の思惑が入り乱れる今川家の家督争いに、快刀乱麻を断つが如き活躍を見せる『烏梅新九郎』
 幼い頃から賢しらぶると父・信虎に疎まれ、老臣にも侮られる武田太郎晴信が、股肱たちとともに鮮やかな初陣を飾る『さかしら太郎』
 幼い頃に寺に入れられ、そこで武将としての英才教育を受けた長尾虎千代が、父亡き後の越後で恐るべき早熟ぶりを見せる『いくさごっこ虎』
 赤子の頃から癇が強く実母に疎まれた織田吉法師が、乳母となった池田恒興の母・徳に支えられて新たな一歩を踏み出す『母恋い吉法師』
 上洛した信長の前に現れ、その窮地を救った持萩中納言こと日吉。やんごとなき血を引くとも言われながらも猿の如き醜貌を持つ日吉の企みを描く『やんごとなし日吉』
 今川家の人質の身からの解放を目指すためには体が資本と、自らの手で薬を作る松平次郎三郎元信の奮闘『薬研次郎三郎』
 生まれつきの醜貌で「ぶさいく」と呼ばれ、上杉・豊臣と次々と人質になりながらもその才知で運命を切り開く真田弁丸の姿を描く『ぶさいく弁丸』

 いずれも年少期の物語ということで、タイトルに付されているのは幼名ですが、それが誰のことかは、申し上げるだけ野暮でしょう。
 そしてその中で描かれるのは史実と、我々もよく知る逸話に基づいたものですが――しかし「武者始め」に視点を集約することで、これまでとは一風変わったものとして映るのが本書の魅力でしょう。

 何よりも、先に述べた通り、必ずしも武者始め=初陣とは限らないのが面白い。
 単なる武士であればその二つはイコールかもしれませんが、ここに登場するのはいずれも将――それも将の将と呼ぶに相応しい者たちであります。そんな彼らの武者始めは、必ずしも得物を手に戦うだけとは限りません。

 本書における「武者始め」とは、武士が己の目的のために初めてその命を賭けた時――そう表することができるでしょう。人生最初の好機に、あるいは窮地に、己の才を活かし、その将の将としての一歩を踏み出した瞬間を、本作は鮮やかに描き出すのです。


 そんな本書で個人的に印象に残った作品を挙げれば、『母恋い吉法師』『やんごとなし日吉』『ぶさいく弁丸』でしょうか。

 『母恋い吉法師』は、その気性の激しさから母・土田御前に疎まれながらも母の愛を求めていた吉法師の姿の切なさもさることながら、面白いのはそこでもう一人の母の存在として池田恒興の母を置き、実母と乳母の争いを重ね合わせてみせることでしょう。
 ラストに語られるもう一つの「武者始め」の存在に唸らされる作品であります。

 また『やんごとなし日吉』は本書の中では最も伝奇性の強い一編。桶狭間前の信長の上洛を背景に、謎めいた動きを見せる持萩中納言とその弟――日吉と小一郎の暗躍ぶりが面白く、ちょっとしたピカレスクもの的雰囲気すらあるのですが……
 最後の最後に、驚かされたり苦笑させられたりのどんでん返しが用意されているのも心憎いところです。

 そして『ぶさいく弁丸』は、後世にヒーローとして知られるあの武将が、実はぶさいくだった、という切り口だけで驚かされますが、その彼がほとんどギャグ漫画のようなノリで名だたる武将たちの心を掴んでいく姿が楽しく、かつどこか心温まるものを感じさせるのが魅力であります。。


 本書に収録された7編は、さすがに短編ということもあり、少々食い足りない部分はないでもありません。作品によっては、もっともっとこの先を読みたい――そう感じたものもあります。
 とはいえ、その史実に対するユニークな切り口と同時に、男たちの爽快かつ痛快な活躍ぶりを描くその内容は、まさしく宮本節。この作者ならではの戦国世界を堪能できる一冊であることは間違いありません。


『武者始め』(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
武者始め

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2018.05.16

『修羅天魔 髑髏城の七人 Season極』 新たなる髑髏城――これぞ極みの髑髏城!?

 天魔王率いる関東髑髏党が覇を唱える関東に現れた渡り遊女・極楽太夫。色里・無界の里に腰を落ち着けた彼女には、凄腕の狙撃手というもう一つの顔があった。無界で徳川家康に天魔王暗殺を依頼された極楽。しかしその前に現れた天魔王の素顔は、かつて深い絆で結ばれた信長と瓜二つだった……

 実に1年3ヶ月にわたり、5つのバージョンで公演された劇団☆新感線の『髑髏城の七人』、その最後を飾るSeason極『修羅天魔』を観劇して参りました。
 それまでにも5回上演され、その度に様々な変更が加えられてきた『髑髏城』ですが、しかし今回の『修羅天魔』はその中でも最も大きく変わった――ほとんど新作とも言うべき物語。何しろ、これまで一環して主人公であった捨之介が登場しないのですから!

 上のあらすじにあるように、本作の主人公は、渡り遊女にして凄腕の狙撃手である極楽太夫こと雑賀のお蘭――かつては信長に協力し、その天下獲りを支えてきた人物です。
 これまでの髑髏城において登場してきた極楽太夫は、雑賀出身の銃の達人という裏の顔は同じながら、初めから無界の里の太夫という設定。そしてお蘭の名を持ち、信長と縁を持つ登場人物としては、その無界の里の主・蘭兵衛が別に存在していました。

 そう、本作の極楽太夫(お蘭)は、これまでの捨之介と極楽太夫と蘭兵衛、三人の要素を備え、それを再整理したかのようなキャラクターなのであります。

 それを踏まえて、彼女を取り巻く登場人物たちの人物関係も、これまでとはまた変わった形となります。
 もう一人のヒロインである沙霧や、豪快な傾き者・兵庫といった面々は変わらないものの、蘭兵衛に代わる無界の里の主として若衆太夫の夢三郎が登場。狸穴次郎右衛門こと徳川家康の存在もこれまで以上に大きくなりますし、何よりも新たな七人目が……

 この変更が何をもたらしたか? その最たるものは、本作における重要な背景である織田信長の存在――信長とメインキャラたちの関係性の変化があるでしょう。
 これまで信長を中心に、捨之介・天魔王・蘭兵衛が複雑な関係性を示していた『髑髏城』。それが本作では極楽太夫・天魔王の関係性に絞られることにより、ドラマの軸がより明確になった――そんな印象があります。

 これは個人的な印象ですが、これまでの『髑髏城』では蘭兵衛の存在――というか第二幕での蘭兵衛の変貌が今一つ腑に落ちないところがありました(色々と理由はあったとはいえ、あそこまでやるかなあ、と)。
 今回、その辺りがバッサリとクリアされた――正確には異なるのですがその変更も含めて――のは、大いに好印象であります。

 閑話休題、その信長を頂点とした「三角関係」の明確化は、これまで(私が見たバージョンでは)背景に留まっていた信長の存在が、回想の形とはいえはっきりと前面に登場したことと無関係ではないでしょう。
 かつては雑賀の狙撃手として信長を狙ったお蘭が、信長の「同志」にして最も愛すべき者となったか――それを描く物語は、古田新太の好演もあって素晴らしい説得力であり、そしてそれだけに登場人物たちの因縁の根深さを感じさせてくれるのには感嘆するほかありません。

 さらにこの過去の物語が、第二幕早々で炸裂する意外な「真実」――これまでの物語を根底から覆すようなどんでん返しに繋がっていくのが、またたまらない。
 実はここまで、如何にこれまでの『髑髏城』と異なるかを述べるのに費やしてきましたが、同時に意外なほどに変わらない部分も多い本作。特に物語展開自体はこれまでとほぼ同じなのですが――だからこそ、この展開には、とてつもない衝撃を受けました。

 そしてその「真実」を踏まえて、極楽太夫が如何に行動するのか、どちら側の道を歩むのかという展開も、本作の人物配置――端的に言ってしまえば男と女――だからこそより重く、そして説得力を持って感じられるのであります。
 ……そしてそれがもう一回クルリと裏返るクライマックスの見事さときたら!。


 もちろん本作の魅力はこれだけではありません。また、生歌が存外に少なかったことや、過剰にエキセントリックな演技(それも演出のうちではありますが)で興ざめのキャラがいたことなど、不満点もあります。
 しかしそれでもなお、本作はこれまで30年近くにわたって培われてきたものを踏まえつつ、それを見直すことでまた新しい魅力を与えた新しい『髑髏城の七人』であり――そして、この1年3ヶ月の最後を飾るに相応しい、まさしく「極」であったということは、はっきり言うことができます。

 実に素晴らしい舞台でした。



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2018.05.15

渡千枝『黒き海 月の裏』第1-2巻 千里眼少女を襲う運命の荒波


 ホラー漫画で活躍してきた作者が、大正時代を舞台に、千里眼の少女と彼女を取り巻く人々の辿る数奇な運命を描いた異色のサスペンスロマン――細谷正充の『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド』で取り上げられた名作の一つであります。

 大正時代の熱海で、芸者の母と暮らす少女・夕里。彼女は生まれつきほとんど盲目ながら、幼いころから人には見えぬものが見え、透視や未来予知すら行う千里眼の持ち主でありました。
 ある日、その力がきっかけで大病院の娘・環とその兄・隆太郎、そして貿易商の息子・俊樹と知り合い、友人となる夕里ですが、母は身分違いだといい顔をせず――特に隆太郎と環に近づくことを強く禁じるのでした。

 しかしその母が、殺人の疑いをかけられ、何故か抗弁もせずに牢に繋がれたことから、母を助けるために念写を使うこととなった夕里。さらに病に倒れた母を救うため、超能力に強い興味を持つ隆太郎の手引きで夕里は東京に出るのですが――そこで彼女は何者かに命を狙われることになります。
 ついには誘拐されて横浜のカフェに売り飛ばされる夕里。しかしそこでも優しさを失わず生きる彼女に、周囲の人々は心を開いていくことになります。

 やがて隆太郎と再会する夕里ですが、しかし彼は以前と打って変わってよそよそしい態度を見せることに。そして環は俊樹に気遣われる夕里に複雑な感情を抱くようになります。
 そんな中、幼い頃から悩まされてきた幻覚――ひたひたと迫る真っ黒な海と廃墟と化した街――がいよいよ強くなるのを感じた夕里は、ついには荒れ果てた街の写真を念写するのですが……

 美しい心と容姿を持ちながらも、貧しくハンディキャップを背負った少女が、苦境に負けず強く生きる――というのはロマンスの一つの定番。
 本作もその一つと言うべきですが――しかしむしろ、その内容と展開には、懐かしの大映ドラマ的な味わいを感じさせる、波瀾万丈過ぎるものがあります。

 幼くして父を失い、母は濡れ衣で投獄されてさらに結核となり、金策のためにカジノに行けばそこで火事に巻き込まれることに。
 さらに執拗につきまとう悪徳探偵に誘拐されて横浜のカフェに売られ、千里眼を見せ物にすることになり、そこでも殺人事件と横領事件に巻き込まれて拉致監禁される羽目に……

 と、次から次へと苦難と不幸に襲われる夕里。そんな彼女の支えになるのが隆太郎と俊樹、そして環たちなのですが――(大体予想がつくように)やがてその中で三角四角と愛憎が入り乱れ、夕里はさらに苦しむことになります。
 その苦しみの何割かは、彼女と母を次々と苦しめ、夕里の命すら狙う隆太郎と環の祖母によるものなのです、しかし何故に夕里はそこまで敵視されなければならないのか……

 この辺り、何となく先の展開は予想できるものの、物語の浮き沈みの激しさと登場人物の運命の触れ幅の大きさを前にすれば、こちらはもう感情を鷲掴みにされ、そして思い切り振り回されるほかありません。(ここまで振り回されればむしろ快感に!)

 そしてそんな物語を引っ張り、動かし、アクセントとなっているのが、夕里の千里眼であることは言うまでもありません。人の未来を見通し(死期を悟り)、隠された物を見通し、遙か離れた地の出来事を知る――そんな千里眼の力は、目の見えない夕里にとって強い武器とも言えます。
 しかしそれは同時に周囲に知られてはならない秘密であり、盲目以上のハンディキャップでもあります。千里眼の女性がその能力の真贋を疑われて命を絶ったのも記憶に新しい中、彼女が千里眼だと知られれば、周囲の好奇の目に晒され、より不幸な目に遭うことは容易に想像できるのですから。

 そしてサスペンス色、ミステリ色の強い本作においては、彼女の能力は、普通であればわからぬことを明るみに出して物語を引っ張っていくものであり、そして同時に知ってはならぬことを知ることで新たなドラマを生み出すものでもあります。
 この千里眼という本作ならではの特色を様々に生かすことで、物語はより予測できない方向に転がり、否応なしに盛り上がるのであります。

 しかし――その物語の先に待つものは何であるのか、その答えこそが「黒き海」なのでしょう。
 夕里が予知したそのビジョンが何を指すのか、それは時代背景を考えれば容易に察せられるところですが――さてそのカタストロフを前に、彼女は、周囲の人々はどのような運命をたどるのか。更なる波乱が待つ後半2巻も近日中にご紹介いたします。

『黒き海 月の裏』(渡千枝 ぶんか社まんがグリム童話) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
黒き海 月の裏 (1) (まんがグリム童話)黒き海 月の裏 (2) (まんがグリム童話)

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2018.05.14

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 長かったはずのゴールデンウィークもあっという間に終わってしまい、次の連休はいつだっけ、と思ってもまだ当分先――という残酷な現実を紛らわせてくれるのはやはり物語の楽しさであります。というわけで6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールをお送りします。

 とはいうものの、正直なところ、5月ほどではないにせよ、アイテムの発売は少な目の6月。

 そんな中、文庫小説の新刊で輝きを放つのは、躍進著しい鳴神響一の『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』。前作『猿島六人殺し』が実にユニークな時代ミステリだっただけに、大いに楽しみであります。

 そして文庫化の方では、木下昌輝の幕末伝奇ホラー連作『人魚ノ肉』、森谷明子の源氏物語ミステリ三部作の三作目、『望月のあと 覚書源氏物語『若菜』』に注目。
 また再刊の方では、シリーズ第2作の柴田錬三郎『眠狂四郎独歩行』上下巻、作者の「秘剣」シリーズの中でも屈指の名作である戸部新十郎『秘剣水鏡』と来て、柳蒼二郎『風の忍び 六代目小太郎(仮)』のタイトルが!

 吉原に潜んで江戸を守る六代目風魔小太郎と仲間たちを描く忍者アクションの快作であった本作、学研M文庫で刊行されていたものですが、復刊にせよ続刊にせよ、こうして再びお目にかかれるのはまことにありがたいお話です。

 そしてもう一冊気になるのは、たかぎ七彦の原作を銅大が小説化した(と思われる)『アンゴルモア 異本元寇合戦記』。原作漫画のアニメ化に合わせての刊行かと思いますが、展開中の物語をどのようにまとめてくるのか、楽しみであります。


 一方、漫画の方はいずれもシリーズものの続刊ですが、これはこれでかなりのラインナップ。

 楠桂『鬼切丸伝』第6巻、村田真哉『蝶撫の忍』第2巻、にわのまこと『変身忍者嵐X』第2巻、賀来ゆうじ『地獄楽』第2巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第5巻、碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第2巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻、皆川亮二&泉福朗『海王ダンテ』第5巻……

 と、舞台となる時代順に並べてみましたが、かなりバラエティに富んでいるのは一目瞭然。いずれも続きが気になる作品ばかりで、これは全て要チェックであります。



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2018.05.13

夏乃あゆみ『暁の闇』第4-5巻 過去と対峙し、乗り越えた先の結末


 その才気で知られながらも、故あって朝廷を追われた悲劇の皇子と、幼い頃の才を失い、皇子と再会することで力を取り戻した陰陽師の姿を描く平安ファンタジーのラスト2巻であります。現世・幽世双方において朝廷に不穏な空気が漂う中、封印された二つの真実がついに明らかにされることに……

 かつて宮中で乱行に及び、一度は流刑に処され、今は洛外で逼塞する惟喬親王。ふとしたことから親王の屋敷を訪れた陰陽師の青年・加茂依亨は、その出会いをきっかけにかつての力の一端を取り戻し、親王の復権を願う人々の一人として動くことを決意します。

 その一環として疫神調伏を行うことになった依亨は、奇怪な双子陰陽師の妨害に遭って術が暴走。親王の力により、辛うじて己を取り戻すことに成功します。
 そして依亨らの奔走もあって、ついに宮中に返り咲くこととなった親王。しかし今上帝を背後から操る左大臣一派は親王を除くために暗躍し、一方、その左大臣に追われて比叡山に上った最延法親王も、親王を支えつつも何ごとかを企む様子であります。

 そんな中、疫神調伏妨害の証拠を掴んだ親王たちに対し、ついに実力行使に出る左大臣一派。さらに法親王も延暦寺の僧兵を動かす混乱の中、宮中から「鏡」が消えるという変事が発生することになります。
 鏡の消失ことは大異変の前触れであることを知り、自分自身の力が暴走することも構わず、鏡を取り戻そうと異界に赴く依亨。そしてついに親王と依亨、二人の封印された過去が明らかになるのですが……


 史実では皇位を継ぐことができず、隠棲のうちにその生涯を終えたという惟喬親王。本作はその親王をモチーフにして(と述べる理由は後述)、その復権を巡る人々の動きを、政治の世界と陰陽道の世界――すなわち此岸と彼岸の双方に軸足を置いて描く物語であります。
 その構造はこの終盤においても変わることなく、そのそれぞれを代表するとも言うべき二人の主人公――親王と依亨は、それぞれの前に立ち塞がる試練と対峙し、そして同時に、自分たちが封印してきた/されてきた過去に向き合うことになります。

 物語冒頭から仄めかされてきた二人の秘められた過去――宮中で忌まわしい乱行に及び、それがために廃太子され、配流という厳しい罰を受けた親王。幼い頃は強大な霊力を持ち、将来を嘱望されていたのが、いつしかその力を全て失ってしまった依亨。
 本作は、共にこうした過去を背負った二人が出会い、支え合い、成長していく物語と言うことができますが――だとすれば、その結末はその過去を乗り越えた先にあるのはむしろ当然でしょう。

 もちろんそれには大きな痛みを伴うことになります。知らなければ苦しむこともなかった過去、知ったとしてももう取り戻せない過去――その過去と向き合わなければならないのですから。
 それでもなお、その痛みを受け入れつつも過去を乗り越え、その先に進む二人の姿を描く結末は、哀しくも清々しいものを感じさせてくれます。


 と、それなりに盛り上がった本作ですが、個人的にどうしても残念な点が二つ。

 一つは、結局左大臣が全ての悪事の源ということで収まってしまったこと――それ自体はさておき、左大臣が親王と対峙するには魅力のない悪役のための悪役であったのがもったいない。
 おかげで終盤は親王側の一方的な勝ち戦的ムードもあり(まさかあのキャラまでも味方になるとは……)、逆転のカタルシスに欠けた点は否めません。

 そしてもう一つは、ラストで親王が○○したことで、完全に歴史が変わってしまったことであります。
 これは物語の流れ的にこれ以外の結末はないことは早い段階で予想できましたが、やっぱり歴史上の人物の名を使うのであれば、もうちょっと――というのは、完全に僕の趣味の問題ではあるかもしれませんが。


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2018.05.12

宇野比呂士『天空の覇者Z』第3巻 激突、巨大空中兵器の死闘!

 アンジェリーナを救出し、Zに合流した天馬一行。しかしそこにクブリック提督が指揮する巨大空中戦艦「G」が襲いかかる。これまでに多大な被害を受けていたZは苦戦するが、ネモの奇策によって逆転、Gの撃退に成功する。そしてT鉱奪取のためムッソリーニ邸に潜入した天馬の前にあの男が現れる……

 流星の剣の一撃で獣化したゲシュタポ将校を斃した天馬。獣人とはいえ人を斬ったことを悔やむ天馬ですが、その暇もなく次々と襲いかかる鉤十字騎士団をJとの抜群のコンビネーションで蹴散らし、救援に現れたZに何とか合流に成功します。
 そしてアンジェリーナの協力により、既に獣性腫瘍が危険な状態となったルーの手術も始まるのですが、そこに現れたのは巨大な敵影――Zと並びルフトバッフェ空中艦隊構想の中核を成す超巨人機・G!!

 Z計画責任者であり、今はヒトラーの命でZを追うインゲ・ベイルマン局長と、誇り高き荒鷲の異名を持つエーリッヒ・フォン・クブリック提督が乗り込んだG。スチームに紛れての接近からドリル付きのワイヤーを打ち込んで動きを止め、さらにガス管を打ち込んでそこから神経ガスを注入、最小の労力でZを制圧せんとするクブリックの策の前に、Zの運命は風前の灯火に……
 と、そこでネモの命を受けて飛び出したのは、タイガー号に乗ったJと天馬。Jのブーメラン剣でパイロットを斬るという無茶を駆使して敵機を抜き、そしてガス管に対して天馬の刀が一閃! ついにZへのガス注入を止めることに成功いたします。

 しかしまだZはGに捕らえられたまま、そして傷ついたZには再度のZ砲発射に耐えられるだけの耐久度はない――が、ワイヤーで固定されたことを逆用してZ砲充填を開始するネモ。さしものGも至近距離からのZ砲をくらってはひとたまりもない――はずですが、何とクブリックは左右時間差でワイヤーを外すことで機体を回転、Z砲を外してみせるという離れ業をみせます。
 ついに万策尽きたかに見えたZ。しかしネモの真の狙いはアルプスの山、Z砲を食らって破壊された山塊はZの上に位置したGを直撃、さしものGも耐えきれずに撤退を余儀なくされるのでした。

 ついにアルプスを越えたZ。ルーの手術も、アンジェリーナの持つ獣性細胞への抗体によって成功し、JたちもZと別れを告げるのですが――しかしただ一機、こんな大きなお宝を見逃す手はないなどとツンデレなことを言いながら戻ってきたJ。Jとエリカを加え、Zはイタリアに向かうことになります。

 そしてイタリアに極秘裏に作られたドックで改修・改造を施されるZですが、しかし命とも言うべきZ鉱は既に艦内には残っておらず、外部からの調達が必要な状態であります。かくてかつての戦友の依頼を受けて、ドイツからイタリアに運び込まれたZ鉱の行方を追うことになったギヌメール隊長。
 その矢先に脱走して上陸したものの隊長に捕まったアンジェリーナと天馬は、ムッソリーニ亭の仮面舞踏会に潜入することになるのですが――成り行きからムッソリーニ、そして謎の仮面の青年とポーカーをプレイすることになります。ゲームは白熱し、ついにサシの勝負となった仮面の青年に対し、天馬は自分の愛刀を賭ける代わりに、その仮面を外すことを賭けるように迫ります。

 大勝負に自ら負けるように仕向け、仮面を外す青年。その下の素顔は真のヒトラー――しかし初対面のはずのヒトラーの顔を見た天馬に戦慄が走ります。かつて何故か日本を離れ、ボロボロになった末にギヌメール隊長に拾われた天馬。ヒトラーこそは、その「何故」と密接に関わる者だったのですから……


 第2巻の後半からこの巻の中盤にかけて、アルプスを舞台に目まぐるしく展開してきた本作。その中でJ、エリカ、クブリックと、後々まで物語で重要な位置を占めるキャラが登場しますが、これほど早くの登場であったかと、今読んでみると驚かされます。

 そしてこの巻ではついにZとG、二つの巨大空中兵器が激突。第2巻の紹介で申し上げたように、本作のバトルは三つのレイヤーが存在するのですが――一つは等身大戦、二つ目は戦闘機による空中戦、そして三つ目がこの空中戦艦同士なのであります。
 ここで本格的に登場したこの三つ目の戦いは、互いが強大な攻撃力を持つ(そして小回りが効かない)中で如何に相手に大打撃を与えるか、という観点で展開されるのが実に面白く、エキサイティング。何よりもそのプレイヤーたるネモとクブリック、二人の名将の読み合いが実に面白くで、本作ならではのバトルの醍醐味がここにはあります。

 そしてもう一つ、この巻の冒頭で描かれた天馬の過去の謎の一端が、巻末の展開に直結していく構成にも、やはり唸らされるところでありますが――その詳細は次巻で描かれることになります。


『天空の覇者Z』第3巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 3 (少年マガジンコミックス)


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2018.05.11

『いとをかし 板橋しゅうほう奇想時代劇漫画集』 異才の描くバラエティ豊かな時代漫画集


 以前にも似たようなことを申し上げましたが、最近の電子書籍は、書籍の電子化のみならず、単行本未収録の作品がオリジナルの単行本として発売されるようになったのが嬉しいところであります。本書もその一つ――副題通り、板橋しゅうほうの時代漫画を集めた短編集です。

 板橋しゅうほう(現在は「SYUFO」名義で活動)と言えば、早くからアメコミの画風・作風の影響を受けたSF漫画家――という印象が強い作家。
 そのため、恥ずかしながら本書を手にするまで、作者の時代漫画を読んだことがなかったのですが――ここに収録されているのは、いずれも「奇想」の名にふさわしい、五編の時代漫画であります。

 以下、簡単に内容を紹介すれば――

『人斬り雀』(SYUFO侍異聞)
 虫も殺せぬ男と言われながらも、不義密通した新妻の相手をあっさりと斬ってのけた青年武士・田中雀三郎。しかし相手は旗本の長男で幼馴染みの兄、仇討ちに出てきた旗本たちを相手に雀三郎の剣が唸る!

『喰らうは地獄』(SYUFO怪異譚)
 二百人以上の極悪人を素手で殺したという怪僧・赤蓮。殺した者の魂を背負った彼の次の標的は、自分に逆らった相手を一家皆殺しにした殺人鬼・石黒三兄弟だった……

『江伝のうなぎ』(SYUFO怪笑譚)
 十年前に家を出た父を探して江戸に出てきた茂太郎は、ある晩夢の中で父に「壺に鰻を入れるんや」と告げられる。鰻屋でその壺を手に入れた茂太郎は、父の生まれ変わりだという鰻と出会い、その言葉通りに江戸中を巡ってみれば……

『赤鰯(レッド・サーディン)』(SYUFO妖刀譚)
 見かけは赤鰯ながら、その正体は相手の魂を斬り、六道輪廻を断つという妖刀「六道斬」。鳴海敬之進は、対立する一門から辱めを受け、復讐のために妖刀を手にして狂った師と対峙する。

『開けるべからず』(忍びの者異聞)
 居酒屋で「穴があったら入りてえ」とぼやく男・半助。さる武士の屋敷に二十年間入り込んでいた忍びの者だという彼は、ある理由から、山田浅右衛門に挑もうとしていた……


 上記のカッコ内は各作品のタイトルページに付された角書ですが、それに相応しいバラエティに富んだ作品揃いの本書。

 作者の独特の濃い画風は想像以上に時代劇にマッチしていたものの、正直なところアクション描写は時代劇特有のテンポとはちょっと食い合わせがよろしくない……
 という印象はありますが、『人斬り雀』『江伝のうなぎ』のような独特のすっとぼけたユーモアが感じられる作品はなかなか魅力的であります。

 しかし本書で一番の収穫は巻末の『開けるべからず』ではないでしょうか。
 とある武家に忠僕として仕えつつも、その実、武家の害になる任務を強いられてきた忍びが、ついに武士を辞めるという主の最後の名誉を守るために一肌脱いで――という展開も十分ユニークなのですが、凄まじいのが結末の展開。

 徒手で首斬り浅右衛門を相手にすることになった彼が、浅右衛門を圧倒し、主の名誉を守り、そして己の身を処すのにいかなる手段を取ったか――実に時代もの・忍者もの的に見事な内容に納得しつつも、その凄まじさに絶句するほかない、忍者漫画の名品であります。


 作者の少々意外な側面を見ることができる本書、Kindle Unlimitedに収録されていることもあり(というより作者の作品は現在かなりの数がUnlimited化されているのですが)、興味をお持ちの方はぜひご覧いただければと思います。

『いとをかし 板橋しゅうほう奇想時代劇漫画集』(板橋しゅうほう 三栄書房) Amazon
いとをかし 板橋しゅうほう奇想時代劇漫画集

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2018.05.10

鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター


 一作一作、趣向を凝らした作品を送り出してく作者の最新作は、いわゆる若様もの。故あって外で育てられた尾張徳川家の若君が主人公なのですが――タイトルにあるように、若君の表の顔は吉原の花魁。とんでもない設定に驚かされますが、しかしその時点で作者の術中にはまっているのであります。

 将軍吉宗と対立した末に隠居に追い込まれた尾張七代・宗春と侍女との間に生まれた男子・竜之進。しかし何者かの手によって母は殺され、竜之進のみ、くノ一の美咲に救い出されることになります。
 密かに竜之進を庇護していた尾張の付家老・成瀬隼人正は、尾張にいては竜之進の身が危ないと、美咲と配下の四人の遣い手・甲賀四鬼とともに江戸に出すことになります。

 そして吉原に潜んだ竜之進主従。それから17年、吉原の女郎屋の一つの主に収まった美咲はそれぞれ使用人に収まった四鬼とともに竜之進を育て上げ、美丈夫に育った彼は吉原一の花魁・篝火として江戸の評判に……

 いやいやいやそれはおかしい、と思われるかもしれません。いや、尾張家の御落胤が吉原で育つのはいいとして、何故女装、しかも花魁に!? と驚き怪しむのが当然でしょう。
 しかし我々がそう考えるということは、竜之進を狙う者たちも同様に考えるということ。まさか徳川の血を引く若君が花魁に身をやつし、しかも吉原にその人ありと知られるような目立つ存在になるはずがない、と。

 そう、木は森の中に隠せと申しますが、これはそれを地で行く――いやむしろ目の前に隠すべきものを晒してみせるという驚くべき奇計なのであります。
 もちろん、まさか実は男の竜之進/篝火が客と同衾するはずもなく(花魁だからこそその我が侭が許されるという設定がうまい)、しかしそれこそ高嶺の花よ、とさらに評判になっていたのであります。

 しかし如何に己の身を案じた末の策とはいえ、青春真っ盛りの若者が、女に身をやつして酔客の相手が面白いはずもありません。
 かくて竜之進は暇を見ては吉原を抜け出して旗本の四男坊を名乗り、馴染みの居酒屋で貧乏御家人の太田直次郎(そう、若き日のあの人物です)や瓦版屋のお侠な少女・楓とともに、様々な事件に首を突っ込むことに……


 という基本設定の本シリーズ、その第1作で竜之進が挑むのは、彼がその二つの顔――吉原での顔と外の顔のそれぞれで聞きつけた、怪しげな事件であります。

 その一つ目は、楓が聞き込んできた天狗騒動。夜毎に江戸に天狗が現れ、怪しげな歌を歌って踊り回るというのであります。
 そしてもう一つは、吉原で、遠州から買われてきた娘たちが、家族と音信不通になってしまったという出来事。いかに篭の鳥とはいえ、手紙のやり取りはできるはずが、里からの返事が来なくなったというのです。

 一見全く関係のないこの二つの出来事。しかし天狗たちが歌の中で賄賂を取る者を批判し、そして娘たちがみな遠州相良出身であったことから、その背後にある人物の存在が浮かび上がることになります。
 そしてそこから事件は思わぬ方向に転がり、悪の姿が浮き彫りになっていくのですが――この辺りの史実との絡ませ方が実に作者らしい、とまず感心いたします。

 これまで縷々述べてきたように、かなり意表を突いた設定の本作ですが、しかしその背後にあるのは、あくまでも確たる史実であり、描かれる事件もそこから生まれたもの。
 この史実の生かし方と距離感、緩急をつけた物語の付け方――題材としてはある意味定番、これまでで最も「文庫書き下ろし時代小説」的な本作ですが、しかしその中でも作者らしさは薄れることはない、と感じました。


 しかしそれ以上に嬉しいのは、竜之進の人物像――彼が悪に挑む、その理由であります。
 そこにはもちろん、若者らしい正義感や好奇心、冒険心というものはあるでしょう。しかしそれだけではありません。彼にはそれ以上に、吉原に暮らす遊女たちへの強い共感があるのです。

 金で売り買いされ、吉原に縛り付けられる遊女たち。もちろん竜之進の場合、その事情は大きく異なりますが、しかし吉原に縛り付けられ、表舞台に立てぬ身という点では彼も同様であります。
 だからこそ、竜之進は彼女たちを傷つける者を、利用する者たちを許さない。単なる(と敢えて言いましょう)正義の味方ではなく、吉原の女性たちの代弁者として破邪顕正の刃を振るう男――それがまた、花魁としての自分を活かした剣法なのも実にいい。

 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクターを備えた物語――また一つ、先が楽しみなシリーズの開幕であります。


『天命 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
天命-おいらん若君 徳川竜之進(1) (双葉文庫)

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2018.05.09

『京の縁結び 縁見屋の娘』(漫画版) 小説から漫画へ――縁見屋再誕


 第15回『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞にして時代伝奇小説である『縁見屋の娘』の漫画版(の第1巻)であります。作画を担当するのは『ホムンクルスの娘』『上海白蛇亭奇譚』と昭和初期を舞台とした和風ファンタジーを描いてきた君塚祥――納得の人選であります。

 天明年間の京都を舞台に、タイトルどおり口入れ屋「縁見屋」の娘・お輪を主人公として展開する本作。
 「縁見屋の娘は男子を産まずに26歳で死ぬ」という祟りによって、三代続いて女性が死に、そして自分もいつかは――と恐れを抱くお輪の前に、謎めいた行者・帰燕が現れたことから始まる、奇怪な因縁とその解放を描く物語であります。

 本書には、原作全395ページのうち、160ページ辺りまでと、約四割分が収録されているのですが、基本的な物語展開はほぼ完全に原作のまま。
 お輪の悩みと帰燕との出会い、お輪を愛する幼馴染み・徳次との微妙なすれ違い、曾祖父が残した火伏堂に隠された天狗の秘図面の謎、そして縁見屋の過去にまつわる忌まわしい因縁――こうした物語が描かれていくわけですが、その語り口の流れがなかなか良いのです。

 たとえ同じ物語を描くにしても、小説と漫画は異なる――というのは当たり前ですが、その差を違和感なく埋めるというのは、簡単なようでいて実に難しい。
 特に時代ものにおいては、どうしても説明文が多くなるのは仕方のないことで、しかしそれをそのまま漫画で描くにもいかないわけで――と、こう書いてみれば当然に必要なことではあるのですが、しかしそれをさらりと実現してみせているのには素直に感心いたします。

 そしてそれを支えるのは、本作の「画」の力、特にキャラクターのビジュアルの力はないでしょうか。勝ち気そうな中に揺れる想いを秘めたお輪、ひたすら謎めいたイケメンの帰燕、脳天気ながらお輪の想いは本物とわかる徳次(ただ、髪型だけはどうかなあ)……
 メインの3人を始めとして、本作のキャラクターのビジュアルには、原作読者として違和感がありません。

 原作ではこの先描かれる部分で、お輪の抱く想いにちょっと違和感を感じてしまったのですが、このビジュアルであればそれも納得できる――というのは言いすぎかもしれませんが。

 ちなみに違和感といえば、原作初読の際にはミステリとばかり思い込んでいたために、物語の内容に色々と違和感があったのですが、それを知った上でこうして漫画で追体験してみればそれも問題なし。
 作中に散りばめられた謎が少しずつ明らかになっていく終盤の展開も面白く、まずは良くできた因縁譚と感じられます。


 ただ唯一驚いたのは、どこにも「第1巻」と書かれていないにもかかわらず、物語が思い切り続いている点。
 もっとも掲載サイトでは既に単行本収録分の先のエピソードも公開されており、ぜひとも完結まで続けていただきたいと思います。

 改めて読み返してみれば、実に漫画映えする物語でもあるだけに……

『京の縁結び 縁見屋の娘』(君塚祥&三好昌子 宝島社このマンガがすごい!Comics) Amazon
このマンガがすごい! comics 京の縁結び 縁見屋の娘 (このマンガがすごい!Comics)


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2018.05.08

『お江戸ねこぱんち ほおずき編』


 驚いたことに通算でもう19号の『お江戸ねこぱんち』の最新号――「ほおずき編」というのは少々気が早い気もいたしますが、それはさておき今回もなかなか面白い作品揃い。以下、印象に残った作品を紹介します。

『猫と左官職人志願』(北見明子)
 働く女性が主人公の作品が多い本誌の中でも、個人的に一番楽しめたのが、題名どおり左官を目指す少女を主人公とした本作です。
 左官職人だった兄を喪い、代わりに自分がその道を目指すお葉。兄の親方には弟子入りを許されたものの、兄弟子たちの目は厳しく、なかなか認めてもらえずに落ち込む毎日であります。そんな中、ようやく兄弟子に作品を作ってみせろと言われたお葉は……

 という物語は定番ですが、明るさを感じさせる絵柄もあって気持ちよく読むことができる本作。何よりも、本誌に掲載される条件とも言うべき「猫」の存在が、物語にきっちりと絡んでくるのがいいのです。
 お葉の作品の仕掛けも楽しく、猫+女性職人ものとしてよくできた作品でしょう。


『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 毎回史実との絡みと一ひねりを加えた物語で楽しませてくれる本作、今回、源内と猫の「えれきてる」、そして文緒が出会うのは、工藤平助の娘・あや子であります(と、ここでニヤリとする方もいるでしょう)。

 仙台藩の江戸常勤藩医という関わりもあって、伊達家の重臣に嫁入りを望まれたあや子。しかし相手の家は家格を鼻にかけた印象で、学問を愛するあや子にとってはどうにも馴染めない相手であります。
 それでも娘のことを思い、縁談を進めようとする平助に対し、相手が嫁入りを望んだ最大の理由が「お石様」のお告げだと知った源内は一計を案じて……

 悩める人に対して、源内がその蘭学の知識で一肌脱ぐ(そしてえれきてると文緒がフォローする)という基本フォーマットも楽しい本作ですが、やはり印象に残るのは、父に禁じられながらも漢学を愛し、学問を究めたいと願うあや子のキャラクターでしょう。
 娘を想いつつも「女性らしさ」という枠をはめてしまう平助と、そんなあや子の「自分らしさ」を認める源内の対比も巧みです。

 そして源内の計らいもあって、学問を続けることを決意したあや子。彼女が後にあの曲亭馬琴をも唸らせる学者になるかと思えば、こちらも笑顔になる結末です。


『猫江戸ものがたり』(山野りんりん)
 本誌の中ではかなり珍しい異世界ものの本作――猫が人間のように暮らすパラレルお江戸を舞台とした一幕であります。
 猫江戸の治安を守る見回り同心・猫野のダンナの一日を描く本作で描かれるのは、浮世絵から抜け出してきたように人間同然の暮らしを送る猫たちの元気な姿。それも単純に人間のパロディではなく、いかにも猫らしい描写になっているのが実に楽しいのです。

 その代表が、後半の舞台となる湯屋。湯屋といっても湯はおまけのようなもので、そこには何も入っていない箱がいくつも置かれていて、猫たちはそこに入って喜んでいるというのが、何とも「らしい」ではないですか。
 ダンナの娘のお侠なキャラも可愛らしく、シリーズ化して欲しい作品です。


『のら赤』(桐村海丸)
 今回ものんべんだらりと暮らす遊び人の赤助を狂言回しにした本作ですが、今回の主役は赤助の友人の女絵師・キヨ。これが粋でカッコいいお姐さんなのですが、感覚が斬新過ぎるのが玉にきず。描いた作品が斬新すぎて師匠をはじめて誰にも理解されず――
 と、そこで赤助の行動がもとで瓢箪から駒、という展開になるのですが、ちょっとトントン拍子にいきすぎの感はあるものの、ちょっと落語めいた明るい味わいは相変わらず魅力的です。


『猫鬼の死にぞこない』(晏芸嘉三)
 任務中に半身大怪我を負い、何者かによって猫の力を与えられた(元)隠密・彪真の活躍を描く本作ですが、今回は伝奇要素なし。隠密時代の仕事が原因で、彪真を付け狙う相手が現れ――と、彼の過去のエピソードが中心となります。

 (悪役が類型的ではあるものの)それはそれでなかなか面白いのですが、しかし本作最大の特徴にして魅力の「変身」なしはやはり残念。このままこの路線になってしまったら――と少々心配にもなります。すっとぼけたオチは何とも愉快なのですが……


 次は10月1日と既に発売日も決まっている本誌。約半年先ではありますが、安定した刊行ペースとなったのはありがたいことです。


『お江戸ねこぱんち ほおずき編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんちほおずき編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2018.05.07

武内涼『敗れども負けず』(その二) 彼らは何故、何に負けなかったのか?


 歴史上の敗者を題材にした短編集の紹介の後編であります。今回ご紹介する二編は、本書のテーマに即しながらも、作者の小説に通底するものがより色濃く現れた作品です。

『春王と安王』
 足利義教と対立した末に討たれた足利持氏の子として奉じられ、結城合戦の大将となった足利春王丸・安王丸。圧倒的な力の前に散った幼い子供たちの姿を、本作は瞽女――盲目の女性芸能者を通して描きます。

 幼い頃に瞽女となり、長じてのち琵琶法師の夫と出会い、坂東に出た千寿。ならず者に襲われていたところを二人の少年に助けられた彼女は、やがてその二人が春王丸・安王丸であったことを知ります。
 義教に反旗を翻し、結城城に依った二公子に求められ、その心を慰めるために城に入った千寿たち。善戦を続けるものの、幕府軍の物量に押されついに迎えた落城の日、城を脱した二公子の伴をする千寿たちですが……

 現代でいえば小学生くらいの年齢ながら、反幕府の旗頭として祭り上げられ、そして非業の最期を遂げた春王丸と安王丸。
 本作はその二人の姿を――その少年らしい素顔を、千寿という第三者の目を通じて瑞々しく、だからこそ痛々しく描きます。そしてそれと対比する形で、「万人恐怖」と呼ばれた暴君・義教の姿が浮かぶのですが――しかし本作が描くのはそれだけに留まりません。本作が描くのはもう一つ、そんな「力」に抗する者――芸能の形で敗者たちの物語を愛し、語り継いできた庶民たちの姿なのです。

 思えば、作者の作品は常に弱者――忍者や暗殺者など、常人離れした力を持っていたとしても社会的にはマイノリティに属する存在――を主人公として描いてきました。その作者が描く歴史小説が、強者・勝者の視点に立つものではないことはむしろ当然でしょう。
 そして本作においてその立場を代表するのが、千寿であることは言うまでもありません。強者たる義教があっさりと命を落とした後に、春王丸・安王丸の姿が芸能として後世に語り継がれることを暗示する本作の結末は、決して彼らが、千寿たちを愛した者たちが負けなかったことを示すのであります。


『もう一人の源氏』
 最後の作品の主人公は、源氏嫡流の血を引きながらも、将軍位を継ぐことはなかった貞暁。頼朝亡き後、頼家が、実朝が、公暁が相次いで死に、源氏の血が途絶えたかに見えた中、ただ一人残された頼朝の子の物語です。

 頼朝が側室に産ませ、妻・政子の目を恐れて逃し、高野山に登った貞暁。彼を四代将軍に望む声が高まる中、政子は九度山で貞暁と対面することになります。表向きは将軍就任への意思を問いつつも、是と答えればこれを討とうとしていた政子に対し、貞暁は己の師の教えを語るのですが……

 本書に登場する中で、最も知名度が低い人物かもしれない貞暁。幼い頃に出家し、高野山で生き、没したという彼の人生は、メインストリームから外れた武士の子の典型に思えますが――しかし本作は政子に対する貞暁の言葉の中で、それが一面的な見方に過ぎないことを示します。
 高野聖に加わり、自然の中で暮らした貞暁。初めは己の抱えた屈託に苦しみつつも、しかし師との修行の日々が、彼を仏教者として、いや人間として、より高みに近づけていく――そんな彼の姿が露わなっていく政子の対話は、静かな感動を生み出します。

 そしてその師の言葉――「この世界は……愛でても、愛でても、愛で足りんほど美しく、さがしても、さがしても、さがし切れぬほどの喜びで溢れとる」は、作者の作品における自然観を明確に示していると言えるでしょう。
 デビュー以来、作者の作品の中で欠かさずに描かれてきた自然の姿。登場人物を、物語を包むこの自然は、この世の美しさを、そして何よりも、決して一つの枠に押し込めることのできないその多様性を示しているのだと――そう感じられます。

 その多様性に触れた末に、武士の戦いの世界を乗り越えた貞暁の姿は、本書の掉尾を飾るに相応しいというべきでしょう。


 以上全五作の登場人物たちが戦いに敗れた理由は、そしてその結果は様々です。しかしその者たちは、あるいはその者たちの周囲の者たちは、戦いに敗れたとしても決して負けなかったと、本作は高らかに謳い上げます。何に負けなかったか? その人生に――と。

 作者はこれまでその伝奇小説において、正史の陰に存在したかもしれない敗者の、弱者の姿を描いてきました。勝者の、強者の力に苦しめられながらも、決してそれに屈することなく、自分自身を貫いた者たちを。
 本書は、そんな作者の姿勢を以て描かれた歴史小説――作者ならではの、作者にしか描けない歴史小説なのであります。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


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2018.05.06

武内涼『敗れども負けず』(その一) 様々な敗者の姿、そして残ったものの姿


 デビュー以来、常に時代伝奇小説を手がけてきた一方で、最近は独自の視点に立った歴史小説『駒姫 三条河原異聞』を発表している作者。本書も伝奇色のない歴史小説――歴史上の敗者とその周囲にあった者を主人公に、「その先」を描いてみせる全五編の短編集であります。以下、一作ずつ紹介してきます。

『管領の馬』
 関東管領でありながら、北条氏康に惨敗し、居城の平井城を喪った上杉憲政。本作の巻頭に言及されるように、甲陽軍鑑において臆病な大将などと厳しい評価を与えられた武将ですが――本作はその己の愚かさから敗北を喫した憲政のその後の姿を、その若き臣・曾我祐俊の目を通じて描く物語であります。

 それまで幾度も北条氏との戦を繰り返しながらも、腰巾着の甘言に乗せられ、戦に出ようとしなかった憲政。その果てに上杉軍は追いつめられて嫡男の龍若丸は討たれ、さらに混乱の中で憲政は居城の平井城を喪うことになります。何とか死を思い留まって再起のために逃れ、平井からの難民の中に潜り込んだ憲政が見たものとは……

 城を奪われた末に民たちの間に身を隠し、そして信じていた者たちから次々と裏切られ、ついには命を狙われる――敗軍の将としての辛酸をこれ以上はないほど舐めた憲政。本作はその苦しみをつぶさに描きつつも、それだからこそ再び立ち上がる力を得た憲政の姿を浮かび上がらせます。
 主がいつまでも主が戦場に出なかったことから、動かぬことの喩えに使われた憲政の馬。その馬が放たれ、自然の中で厳しくも新たな道を歩み始めた姿を、憲政自身が求める新たな戦いの姿に重ねて見せる結末が、何とも爽やかな後味を残します。


『越後の女傑』
 巴御前と並び、女傑として歴史に名を残す板額御前。並の男の及びもつかぬ力を持ちつつも、鎌倉幕府を向こうに回し、いわば時流の前に敗れた女性を本作は瑞々しく描きます。
 叔父・長茂とともに倒幕計画に加わりながらも、長茂を討たれ、鳥坂城に籠城を余儀なくされた城資盛。その甥の救援に駆けつけた板額は、寡兵を率いて幕府の討伐軍を散々に悩ませながらも、しかし衆寡敵せず、ついに城を落とされることとなります。そして捕らえられた板額を待ち受けるものとは……

 正史に記録は残るものの、むしろ浄瑠璃や歌舞伎などの芸能で後世に知られる板額。越後の豪族・城氏に連なる彼女を、しかし本作は蝦夷の血を引く者として描くのが面白い。
 なるほど、彼女が身の丈八尺、美女とも醜女などと評されるのは、当時の人々の尺度から外れる人物であったことを示すものでしょう。しかしその源流に蝦夷を設定したのは、伝奇小説家たる作者ならではの発想であります。(城氏の祖が蝦夷と戦っていた史実からすればあり得ないものではないと感じます)

 自然の中で獣を狩り、そして狩った動物を神として崇める誇り高き狩人であった蝦夷。その血を引く彼女は、武内主人公の一人として相応しいと言えるのではないでしょうか。

 本作の結末は、そんな彼女が武器を捨てて「女の幸せ」を得たように見えるかもしれません。しかし彼女が求めていたのが自分と同じ価値観を持ち、そして自分を一個の人間として認める相手であったと明示されているのを思えば、本作がそのような浅薄な結末を描いた作品ではないことは、明らかでしょう。


『沖田畷』
 その勇猛さと冷酷さから「肥前の熊」と呼ばれながらも、絶対的に有利なはずの戦で大敗し、首を取られたことで後世の評判は甚だ悪い龍造寺隆信。本作で描かれるのは、その疑心故に自滅した彼の姿であります。

 主君の疑心により祖父と父をはじめとする一族のほとんどを討たれ、以来幾度も裏切り裏切られながら、ついに肥前を支配するに至った隆信。本作の隆信は、そんな過去から一度疑った相手は無残に処断する冷酷さを持ちながらも、同時に自ら包丁を振るい周囲に振る舞う美食家という側面をも持つ複雑な人物として描かれます。
 そんな彼とは兄弟同様に育ちつつも、彼に諫言するうちに溝が深まり、冷遇されるに至った鍋島信生(後の直茂)。彼の懸念は当たり、ついに隆信は沖田畷で……

 数万対数千という圧倒的な戦力差、しかも相手の島津家は当初持久戦を狙っていたにもかかわらず、大敗することとなった沖田畷の戦い。しばしばその敗因を増長に求められる隆信ですが、本作においてはむしろ、疑心とそれと背中合わせの独善に求めています。
 その視点は非常に説得力がありますが――敗れた隆信の姿が強烈すぎて、「負け」なかった信生の姿が薄いのは、少々残念なところではあります。

 残り二話は次回に紹介いたします。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


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2018.05.05

宇野比呂士『天空の覇者Z』第2巻 天馬vs死神、天馬vs獣人!

 秘密兵器・Z砲を使用し、一撃で超巨大砲もろともナチス基地を壊滅させたネモ艦長。しかし真のヒトラーの厳命を受けたナチスによって送り込まれた空賊・Jによって、アンジェリーナは捕らえられ、秘密研究所に送られてしまう。人質にされていた仲間を惨殺されたJと共に、天馬は研究所に乗り込む。

 天馬の活躍によりついに離陸したものの、いまだ全ての能力を発揮していない状態で800ミリ砲・ジークフリートの攻撃を食らい、大ピンチのZ――というクリフハンガーで始まったこの第2巻。天馬の奮闘と、ネモ艦長に恩義を感じるリヒトホーフェンのナイスフォローで時間を稼いだものの、再攻撃はもう目前――この絶体絶命の危機にネモはZ砲の発射を命令、艦内に戦慄が走るのでした。
 巨大な鋼鉄の塊であるZを浮かせる原動力――T(ツングース)鉱。1908年、ツングースカに落下し大爆発を引き起こした小惑星は、欠片一つで一つの街を消滅させるほどのエネルギーを持っていたのであります。このエネルギーを利用し、艦首から発射された黒い球弾は迫る砲弾を分解、そのままナチスの秘密基地を文字通り押し潰すのでした――まさに天空の覇者!

 そしてベルリンではあのヒトラーが、執務室である人物と対峙していたのですが――いま向かうところ敵なしのはずのヒトラーが冷や汗をかいて恐れるその相手は、一人の美しい青年。彼こそは真のナチス総統、真のヒトラー――あのチョビ髭は影武者に過ぎなかった! というまことに大胆な展開で、序章は幕を閉じることになります。


 そしてそれぞれの想いを胸に、改修のためにイタリアに向かうZに乗り込んだ天馬、ウェル、アンジェリーナと、天馬の飛行機の師・ギヌメール隊長。実は隊長とネモは先の大戦では宿敵同士だったなどと渋い因縁も描かれ、それまでとは一転静かに物語が進むと思えば、アルプス越えのルートに入ったZを襲う黄色の機体に黒い縞の複葉機の群れ――空賊・タイガー軍団。
 さすがにそのネーミングはいかがなものかと思いますが、しかしアルプスの複雑な気流に乗って襲いかかるその腕は確かで、Zに取り付いた一機によりアンジェリーナは奪われてしまいます。当然その後を追う天馬ですが、恐るべきブーメラン剣を操る敵パイロットは彼女を連れ去ってしまうのでした。

 ……ブーメラン剣!? とここで作者のファンはガタッとなってしまうのですが――宇野作品でブーメラン剣といえば、本作に並ぶ作者の代表作『キャプテンキッド』で大活躍した主人公のライバル兼相棒・死神ジョーカーの得物。これはもしやと思えば、この謎のパイロットの名はJ、そしてその素顔もジョーカーに瓜二つ!
 「大海賊だった爺サンの名にかけて」という台詞があるところを見るとそういうことなのでしょう。ファンにとっては嬉しいサービスであります。(しかしバイキング王国の姫君と結ばれたジョーカーの孫がアルプスで空賊をやっているとは、何があったのか……)

 とはいえ、そんなJが依頼とはいえナチスの片棒を担ぐのは解せぬ、と思っていれば、実は部下の空賊たちがナチスに捕らえられ、人質にされていたという事情。しかし解放された人質たちは直後に体中から血を吹き出し、肌を爛れさせて悶死、唯一生き残った男は奇怪な怪物に姿を変え、Jの弟分の少年・ルーに噛み付いてしまうのでした。
 謎の高熱を発して倒れたルーを救うためにスイス国境のナチス研究所に向かうJ。そしてJを天翔馬号で追ったものの墜落し、ルーに助けられていた天馬とウェルもJの助太刀のため、そして同じ研究所に連れ込まれたというアンジェリーク救出のために、共に研究所に殴り込みをかけることになります。

 もとはいえば、アンジェリークがゲシュタポ将校に追われていたことから始まった本作。その際、自分に噛まれたにもかかわらず彼女が異変を起こさなかったことに将校は驚き、そして真のヒトラーも彼女を特別視していたのですが――研究所でJと天馬を待っていたのはその将校であります。
 J怒りのブーメラン剣に斬られたはずが、次の瞬間には復活、左腕を大蛇に変えて襲いかかる将校。これぞ「獣性腫瘍」の力と嘯く将校に、Jに代わって対峙する天馬を苦戦を余儀なくされますが――ついに天馬が抜き払った愛刀――流星の剣こと陸奥守流星の一閃が敵の不死身の肉体を両断! しかし天馬の顔には喜びよりも憂いの色が濃く――彼の重い過去を想像させつつ、次巻に続きます。


 と、派手な空中戦が展開されたドイツ編とは少々趣を変えて、等身大の人間(ではないのもいますが)同士の戦いがメインとなったこの巻の後半。
 実は本作は戦いが三つのレイヤーに分かれて描かれるのが大きな魅力となっているのですが、この等身大戦はまさに作者の自家薬籠中のもの。ここは作者の達者なアクション描写に注目したいところであります。


『天空の覇者Z』第2巻 (宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 2 (少年マガジンコミックス)


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2018.05.04

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その二) ホームズをホームズたらしめたもの


 様々な有名人が名探偵として活躍す短編集の紹介の後編であります。残る三話も、これまたいずれも趣向を凝らした物語揃いです。

『2001年問題』
 本作に登場するのは、あの黒後家蜘蛛の会の面々――様々な謎を抱えた人々をゲストに、喧々囂々と謎解きを楽しむ六人の男たちと一人の給仕の姿を描いた、アイザック・アシモフの連作ミステリの登場人物たちが、現代を舞台に謎に挑むのですが――その謎というのが、アシモフがアーサー・C・クラークに宛てた手紙から失われた秘密なのであります。

 それも『2001年宇宙の旅』に隠された謎、ディスカバリー号で起きたことの真実――そう、本作はあの名作が現実の出来事として起きた世界での物語。木星に向かったディスカバリー号の事件の顛末をドキュメンタリー化したものがキューブリックの映画であり、クラークの小説だというのであります!

 映画の終盤の、数々の難解な映像。本作では、それは木星で保護され、後に姿を消したボーマン船長の供述によるというのですが――さて本当は船内で何が起きていたのか、船長以外の乗組員の死の真相は何なのか? 
 いやはや、謎のために物語世界を作ってしまうのが本書の特徴の一つですが、ここまでやってしまうとは驚くほかありません。

 しかし、給仕のヘンリーが解き明かすあまりに合理的なその真相もさることながら、彼がそこにたどり着く、その根拠が実に楽しい。
 そういえばアシモフ先生にはそういうミステリもあったなあ……と愉快な気持ちになってしまう本作。その先の更なる真実はどうかと思いますが、本書でも一二を争う好編です。


『旅に病んで……』
 とくれば松尾芭蕉の辞世の句。本作は同じく死を目前とした大俳人・正岡子規と弟子の高浜虚子が、芭蕉の門人・服部土芳の書状から、芭蕉の死の真相に迫ります。

 大阪で客死した芭蕉が直前まで健康であったことから死因に疑問を抱き、調査を進めていたという土芳。芭蕉が死の間際に残した句に着目した土芳は、ついにたどり着いた恐るべき真実は――それは書状に残されていなかったのですが、子規はそこまでの内容から、自力で真相にたどり着いたと語ります。
 しかしその子規もそれを語ることなく亡くなり、残された虚子は一人謎に挑むことになります。そして彼も真相に至るのですが……

 本作は一種の暗号ミステリですが、ある事物を詠んだ俳句の中にまた別の意味が、というのは技巧として存在するわけで、ミステリとの親和性は高いのでしょう。
 そしてそれはまた、一つの言葉を別の言葉に繋げてみせる駄洒落とも親和性が――というのは言いすぎですが、こじつけのような言葉合わせが、とんでもない伝奇的真実を導き出すのは、(人を食ったような結末も含めて)作者ならではのダイナミズムと感じるのです。


『ホームズの転生』
 そしてラストはホームズを探偵役に据えた物語――なのですが本作のホームズは老人。しかも探偵になることなく老いさらばえてしまったホームズなのですから驚かされます。

 町医者として平凡かつ平和な人生を送り、妻に先立たれて一人暮らす老ワトスンが訪れた小さなコンサート。その舞台上で、ホルン奏者が背中から撃たれて死亡するという事件が発生します。警察は当然、被害者の後ろにいた人間を疑うのですが――しかしそれに異論を唱えた人物がいました。
 それは舞台に上がっていた老バイオリニスト・ホームズ――音楽家を志すも芽が出ず、場末の楽団で演奏していた彼は、実は類稀なる推理の才能を持っていたのであります。たちまち意気投合したホームズとワトスンは、事件の捜査に乗り出すのですが……

 ホームズものと言うものの、そのほとんどは正確にはホームズとワトスンものと言うべきでしょう。名探偵は、彼の助手にして記録者、そして親友があってこそ存在し得る――それを本作は、これ以上なく力強く語ります。
 若き日に一度出会いながらも、些細な行き違いからベイカー街で同居することはなかった二人。それが大きな歴史の分岐となってしまうとは――二人のファンには大いに悲しくも、しかし大きく頷ける内容であります。

 もちろん事件の方も、そのトリックの面白さ(そして時代がかった豪快さ)も含めて、実に「らしい」本作。できることなら、ここから始まる二人の物語をもっと読みたくなってしまうような快作でした。

 そして数々のトリッキーな作品を描いた本作のラストに、それらにも負けずトリッキーでいて、しかし見事なパスティーシュを描いてみせる、作者のセンスには脱帽するほかありません。もちろん三冊目も期待したくなる快作であります。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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 「シャーロック・ホームズたちの冒険」(その一) 有名人名探偵たちの饗宴
 「シャーロック・ホームズたちの冒険」(その二) ミステリとして、新解釈として

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2018.05.03

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その一) 有名人探偵たちの饗宴ふたたび


 多芸多才の作家・田中啓文が、実在の、あるいは虚構の中で実在の(?)人物を探偵役に描くミステリ短編集の続編が刊行されました。いずれの作品も、お馴染みの人物が探偵役として、奇想天外なシチュエーションで活躍する作品ばかり。まさしく作者ならではの作品集であります。

 5年前に刊行された前作『シャーロック・ホームズたちの冒険』同様、 巻末の一作を除いて、いずれもホームズとは直接の関係がない名探偵を描く作品が収録されている本書ですが、いずれもユニークな作品揃い。以下、収録作品を一作ずつ紹介していきます。

『トキワ荘事件』
 ミステリではしばしば舞台となる(タイトルに冠される)「○○荘」。では日本で一番有名な○○荘といえば――というわけで本書の舞台となるのは、後に日本を代表する漫画家たちを次々と輩出したトキワ荘。漫画界の特異点のようなこの地を舞台に、ユニークなミステリが展開します。

 今日も若き漫画家たちが奮闘を続けるトキワ荘に現れた編集者・丸谷。某社の手塚治虫番である彼は、〆切当日になっても手塚が行方不明で、このままでは二ヶ月連続で連載に穴が空いてしまうと語るのでした。
 そこで丸谷の依頼に応え、手塚の代作に挑んだトキワ荘の面々は、協力しあって何とか〆切に間に合わせたのですが、描き上げたばかりの原稿がどこかに消えてしまい……

 というわけで、活気溢れる日本漫画界の創世期あるいは青春期の空気も楽しい本作。探偵役も藤子・石森・赤塚・寺田という錚々たる面々が努めることになりますが――実は原稿紛失の謎自体はそこまで面白いものではありません(というよりちょっと無理が?)
 しかしハウではなくホワイダニットの方はなかなか面白く、漫画界のある種の空気(と手塚治虫の逸話)に親しんだ者ほど、気付きにくい真相なのが愉快であります。

 そしてもう一つ、本作には隠れた(?)真実があるのですが――これは正直に申し上げてあまり必然性はないようにも感じられます。
 しかし彼らの存在が一つの分岐点に――それも明るい歴史への――なっていたとすれば、それはそれで素晴らしいことではあると、ちょっと良い気分になれました。


『ふたりの明智』
 名探偵で明智といえばもちろん小五郎。しかしタイトルは「ふたり」、もう一人有名な明智とは――その遠い祖先だという光秀であります。本作はその二人が競演するのであります。死の世界で!

 太平洋戦争中にさる華族邸に届けられた怪人二十面相の予告状。警視庁の中村警部も一度見事に出し抜かれ、明智小五郎が出馬するも、二十面相がまんまと密室から目的の品を盗んだかにみえたのですが――小五郎は皆の前で謎解きを始めることになります。
 しかしそこで何が起きたのか、気付けば死の世界にいた小五郎。そこは自分の死んだ理由がわからなければ天国にも地獄にもいけないルール、同様の立場の光秀を前に、小五郎は自分の死の真相を探ることになります。

 ……密室からの盗難の謎、明智小五郎殺害の謎、それに加えて明智光秀死亡の謎という三つを解き明かそうという本作。いくら何でもそれは――と思えば、それぞれにきっちりと謎が解かれてしまうのはなかなか面白い。
 とはいえ、かなり強引に感じられる部分もあって、特に二番目の謎は、その結末も相まって、どうにもすっきりしないものが残ります(三番目の謎までくると、もう作者らしいとしか言いようがないのですが)。

 この辺り、謎を語るために作られた世界が、逆にその物語を縛る形となってしまっているというべきでしょうか……

 これはちょっと核心に触れずに書くのが難しいのですが、戦前と戦後の乱歩の作風の違い(そして○○○○の年齢の謎)に一つの回答を与えようとしているようにも感じられるのですが、どうにもすっきりしないものが残る結末でした。


 残る三話は次回ご紹介いたします。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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2018.05.02

浅田靖丸『乱十郎、疾走る』 ユニークな超伝奇時代青春アクション小説!?

 秩父・大嶽村で祖父と暮らし、村の若い者を集めて日々暴れ回る少年・乱十郎。しかし村に謎めいた男女が現れたことをきっかけに、彼の日常は崩れていく。乱十郎と祖父を狙う者たちの正体とは、彼を悩ます悪夢の正体とは――そして死闘の末、「神」と対峙することとなった乱十郎の運命は!?

 約5年前に忍者アクション『咎忍』を発表した作者の久々の新作は、江戸時代の農村を主な舞台とした、超伝奇時代青春アクション小説とも呼ぶべき作品です――と書くと違和感があるかもしれませんが、これが本当、そして面白いのであります。

 開幕早々描かれるのは、「宗主」と呼ばれる男が、奇怪な儀式の末に鬼に変化し、それを止めようとした息子に襲いかかるという惨劇。何とかその場を逃れた宗主の息子は、妻と生まれたばかりの子と故郷を捨て――そして十数年後、物語が始まるのです。

 本作の主人公は、秩父の大嶽村で住職にして剣の士の祖父に育てられた少年・乱十郎。根っからの乱暴者の彼は、村の若い者を集めて「乱鬼党」なるグループを作り、似たような隣村の若い衆と喧嘩したり、酒盛りをしたり、農作業に勤しんだりの毎日であります。

 しかしそんな暮らしに安住している乱十郎に業を煮やした乱鬼党のナンバー2・由利ノ丞が、ある日、乱十郎に反発し、村を飛び出してしまうことになります。
 よくある仲間同士の諍いに思えた二人の衝突。しかし由利ノ丞が、山中で怪しげな男女と出会ったことで、大きく運命が動き出すことになります。その男女が探していたものこそは、かつて喪われた「神」の降臨に必要なものだったのですから……


 序章に登場したある一族の物語と、乱十郎たち秩父の少年たちの物語が平行して語られ、やがて合流することになる本作。
 その両者の関係は早い段階で察しがつきますが、全く異なる世界に暮らす人々の運命が徐々に結びつき、やがて「神」との対決にまでエスカレートしていくというのは、伝奇ものならではの醍醐味でしょう。

 筋立ては比較的シンプルな物語なのですが、しかし最後まで一気に読み通したくなるのは、この構成の巧みさが一つにあることは間違いありません。しかしそれ以上に大きな魅力が、本作にはあります。
 それは本作が伝奇時代小説であると同時に青春小説、成長小説でもある点であります。

 上で述べたように、本作の主人公・乱十郎は、力でも武術でも村一番、村の血気盛んな青少年たちのリーダー格であるわけですが――しかし厳しい言い方をすれば、その程度でしかない。将来の夢があるわけでもなく、ただ己の力を持て余すばかり――ちょっとおかしな譬えになりますが、地方都市のヤンキーグループのリーダー的存在なのであります。

 そんな彼が、彼の仲間たちが、外の世界に――それも地理的にというだけでなく、人としての(さらに言ってしまえばこの世の則の)外に在る連中と出会った時、何が起こるか? 先ほどの譬えを続ければ、ヤンキー少年が、その道の「本職」に出会ってしまった時に生まれる衝撃を、本作は描くのです。

 今まで小さな世界しか知らなかった少年たちが外の世界に出会った時に経験するもの――それは必ずしもポジティブなものだけではありません。
 むしろそれは時に大きな痛みをもたらすものですが、しかし同時に、成長のためには避けては通れないものであり、そしてその中で人は自分自身を知ることができる――我々は誰でも大なり小なり、そんな経験があるのではないでしょうか。

 本作で描かれる乱十郎の戦いは、いささか過激であり、スケールも大きなものではありますが、まさにそんな外側の世界と出会い、成長するための通過儀礼と言えるでしょう。
 そしてその視点は、本作のサブ主人公であり、乱十郎のように強くもなければヒロイックでもないフツーの少年・小太郎の存在を通すことで、より強調されるのであります。

 そう、本作は伝奇小説ならではの要素を「外」として描くことによって成立する、一個の青春小説。そしてその「日常」と「非日常」のせめぎ合いが、同時に伝奇小説の構造と巧みに重ね合わされていることは言うまでもありません。


 スケールの大きな伝奇活劇を展開させつつも、それを背景に少年たちの成長を描き、そしてそれによってスケール感を殺すことなく良い意味で我々との身近さを、キャラの人間味を感じさせてくれる……
 唯一、敵キャラに今一つ魅力がないのだけが残念ですが、それを差し引いても非常にユニークで、そして魅力的な作品であることは間違いありません。


『乱十郎、疾走る』(浅田靖丸 光文社文庫) Amazon
乱十郎、疾走る (光文社時代小説文庫)

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2018.05.01

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』 英国怪談の香気溢れる名品

 母を亡くし、故あってダラムの神学校に送られることになった「おれ」が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年・パトリック。周囲から怪談を好んで集めているという彼は、この世ならざるものを見る力を持っていた。寄宿舎でパトリックと同室になった「おれ」は、様々な怪事に巻き込まれることに……

 妖怪や怪異といったモノになにがしかの関わりを持っていた実在の人物は、フィクションの世界においては、そうしたモノたちと実際に出会っていたという設定で描かれることが多いものです。
 その最たるものが、ラフカディオ・ハーン、すなわち小泉八雲でしょう。彼を主人公/狂言回しにした伝奇もの、ホラーものはこれまでこのブログで幾つも取り上げてきましたが、その最新の作品が本作であります。

 しかし本作は副題とは裏腹に、まだハーンが八雲になる、はるか以前の物語――それもまだ彼が十代の少年であった頃、彼が神学校に在学していた時代を舞台とした物語であることが大きな特徴となっています。
 父と母が離婚して母に引き取られたものの、ある事情から母と別れた少年時代のハーン。敬虔なキリスト教徒だった大叔母にによってダラムの神学校に送られた彼は、そこで数年を過ごすのですが――本作はそのダラムを舞台とした連作短編集なのです。


 母を亡くし、父の親族から放り出されるように神学校に入れられることとなった語り手が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年から、この列車と神学校にまつわる因縁話を聞かされる第一話『境界の少年』に始まり、全四編で構成される本作。
 ここで少年――彼の生国流に発音すればパトリキオス・レフカディオス・ハーン、ダラムではパトリック・ハーンと名乗る彼と意気投合した語り手は、同室となったパトリックに半ば引きずり込まれるように、様々な怪異と遭遇することになるのです。

 このパトリック、下級生などからわざわざ怖い話を蒐集しているほどの好事家。しかしそれだけでなく、あちら側と交感し、この世ならざるもののを見る力までも持っているののです(何しろ、亡き兄の魂が姿を変えたという鴉を連れ歩いているというのですから「本物」であります)。

 そんなわけで自分から怪異に首を突っ込んだり、あるいは向こうからやってきたり――第二話以降は、二人が巻き込まれた三つの物語が語られることになります。

 寄宿舎で新入生たちのもとに現れ、目に砂を投げ込むという怪人「砂男」と、学内である生徒が目撃した聖母の存在が、意外な形で交わる『眠れぬ子らのみる夢は』
 曰く付きの品の蒐集家である友人の父が手に入れた日本の人魚の木乃伊を見て以来、語り手の片手の感覚がなくなっていくという怪異の背後に潜むある想いが語られる『忘れじのセイレーン』
 街の無縁墓地に首を吊ったような形の子供の人形が備えられていることをパトリックの顔なじみの墓守から聞かされ、調べることとなった二人が、思わぬ邪悪なモノと対峙する『誰がために鐘は』

 ご覧のとおり、本作に収録されているのは、題材も内容もバラエティに富んだ怪異譚ですが――しかしこれら四編に共通するのは、いずれも良い意味で抑制の効いた、落ち着いて風格のある語り口と物語展開であります。

 言ってみれば本作は、日本の作家の手になるものでありながらも、「英国怪談」という言葉が誠に相応しい物語揃い。
 単に英国が舞台だから、というだけではもちろんなく、背景となる風物の描き方から題材のチョイスとその活かし方、そして何よりもその空気感が、古き良き英国怪談作家たちのそれに通底するものを感じさせる――というのは褒めすぎかもしれませんが、愛好家としてはたまらないものがあるのです。

 そしてそれ以上に嬉しいのは、本作に収録された物語の全てに通底する、怪異に――いやその背景にある人間の想いに向けられた、優しい眼差しであります。

 本作の主役であるパトリックも語り手も、どちらも少年らしい活発さと明るさに満ちたキャラクターでありつつも、しかしその家庭環境に、両親に深い屈託を抱えた者同士。
 そんな二人だからこそ、同様に屈託を抱えた者の想いに共感することができる。(それが危機に繋がることもあるのですが)その構図は、本作に独特の暖かみと後味の良さを与えていると感じます。


 「ふりむけばそこにいる」――怪談小説の題名としては、そこにいるのはどうしても恐ろしいモノを想像してしまうかもしれません。しかしそこにいるのはそれだけではない、確かに温かいものもそこにはいるのだと――そんなことを感じさせてくれる名品であります。


『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』(久賀理世 講談社タイガ) Amazon
ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 (講談社タイガ)

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