瀬川貴次『ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞』 桜の下で中将を待つ現実
何よりも怪異を愛し、怪異と出会うことを夢見る「ばけもの好む中将」宣能と、彼に振り回される十二人の姉を持つ青年・宗孝の冒険(?)も、早いものでもう7作目。今回は色とりどりの桜を題材とした物語が描かれるのですが――前作で描かれた不穏の種がそこに影響することに?
稲荷山に潜む怪しげな老巫女集団・専女衆に目を付けられてしまったため、八の姉――梨壷の更衣の局に身を寄せることとなった九の姉。しかし彼女はそこで帝と出会い、やはり自分こそが帝と結ばれべきだった! とハッスルしてしまったのでした。
宗孝の捨て身の奮闘もあって何とかその場は収まったものの、傷心の九の姉は、何と梨壷の更衣にとっては敵方の――そして宣能の父である――右大臣に拾われ、彼の屋敷に仕えることに……
という何とも不穏な結末を迎えた前作ですが、右大臣邸で宣能の妹・初草付きの女房となった九の姉は、何だかんだで初草にも慕われ、居場所を見つけたという塩梅に。
(ここで序盤での初草の能力が思わぬ形で九の姉を支えるくだりが実にいい!)
ようやく普段の日常を取り戻した宣能と宗孝は、今日も怪異を求めて西に東に足を運ぶことになります(もちろん宗孝は嫌々)。
かつて霊異を見せたという桜の精霊を求めて山中に足を運んだり、八の姉の出産の最中に宗孝が思わぬ怪異(?)に巻き込まれたり、十二の姉・真白に想いを寄せる東宮(ともう一組)の仲を取り持つため宣能が花見をセッティングしたり……
ようやく久々に二人は怪異巡りに専念を――できないことは、まず大方の予想通り。例によって例のごとく、今回も様々な事件に巻き込まれる二人ですが、その背後に――これまで以上に色濃く――存在するのは、宣能の実家、特に彼の父・右大臣の存在なのであります。
幼い頃から自分に、自分の周囲に冷然とした態度を取り、愛らしい妹すら権力の道具として利用しようとする父に対し、冷淡に当たってきた――ばけもの好む意外は非の打ち所のない貴公子である宣能。
しかし彼が右大臣の嫡男である以上、いずれはその忌み嫌ってきた父の後を継がなければならない。これまでもその現実が宣能を苦しめてきたことは、シリーズ読者であればよく知るところでしょう。
本作では、宣能と宗孝の会話の形で、改めて宣能が怪異を求める理由が語られることになりますが――あるいはその中でも最も強い理由は、その現実から目を逸らし、忘れるためであるのかもしれません。
しかし本作ではその現実が、これまで以上に強く彼に突きつけられることになります。それもあまりに衝撃的な真実とともに……
それはあるいは宣能にとってモラトリアムの終わりというべきものかもしれませんが――しかしそれにしてはあまりに闇が濃すぎる右大臣家。心ならずもその中に取り込まれることとなった彼は、このまま闇落ちしてしまうのか!?
作者的にそれもあり得ないことではない――というのはさておき、この先の物語に大きな影響を与えるのは、彼がこの先どのような道を行くか、そしてそこで何を為すのかという、彼の選択であることは間違いありません。
そして同時に、その宣能を支え、救うことができるのは、愛すべき凡人にして素晴らしきお人好したる宗孝の存在であることもまた……
(本作中で彼がある人物を前に見せる行動は、その彼の彼らしい善き人柄を示す、本作きっての名場面であります)
と、思わず先走ってしまいましたが、本作で描かれるのは、そんな不穏な空気を感じさせつつも、あくまでも純粋に怪異を愛し、そして厄介事を楽しむ、僕らのばけもの好む中将の姿。
前巻から続いてきた九の姉を巡るアレコレも、意外かつ見事な形で解決し、美しくも温かい結末には、思わずニッコリとさせられるのであります。
全体のクライマックスも遠くないのではないかという印象もある本シリーズ。その時もニッコリと終わって欲しい、全てのキャラクターが幸せになれる結末を期待してしまうのです。(とまた先走ってしまいました)
ちなみに作者は本作と同時に発売された『鴻池の猫合わせ 浮世奉行と三悪人』の解説を担当しているのですが――これがまた実に作者らしい内容。そしてある点において本作と重なる部分があるので、ぜひご一読を。
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