柴田錬三郎『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』 登場、名探偵狂四郎!?
あの時代小説史上に残るニヒリスト剣客・眠狂四郎を、なんとミステリという切り口から扱った作品集であります。確かに柴錬先生の作品にはミステリもありますが、それにしても――と思いきや、これが実に面白く、興味深い一冊なのであります。
異国人のころび伴天連が武士の娘を犯して生まれたという陰惨な出自を持ち、妖剣・円月殺法を操る異貌の剣客・眠狂四郎。
襲いかかる敵は容赦なく斬り捨て、女性に落花狼藉も躊躇わない――それでいてこの世の全てに倦み疲れたような虚無の影を背負って放浪する、この世に恃むところのない、まさしく無頼の徒であります。
さて、1956年に「週刊新潮」誌上で第1作『眠狂四郎無頼控』の連載がスタートし、以降実に20年近くに渡って活躍してきた狂四郎ですが、その(特に第1作の)特徴は、連作短編スタイルであること。
週刊誌での連載であることから、毎回一話完結を志向した内容は、短いページ数の中で起承転結を収め、さらに長編としての大きな物語も進行させていく――という離れ業をものしてきたのが本シリーズなのであります。
と、そんな眠狂四郎ものの中から、ミステリ色の強い作品を集めたのが本書。全21編のうち、第3作『殺法帖』からの1編、中短編集の『京洛勝負帖』からの3編を除けば、全て『無頼控』からの収録であります。
その収録作は以下のとおり――
『雛の首』『禁苑の怪』『悪魔祭』『千両箱異聞』『切腹心中』『皇后悪夢像』『湯殿の謎』『疑惑の棺』『妖異碓氷峠』『家康騒動』『毒と虚無僧』『謎の春雪』『からくり門』『芳香異変』『髑髏屋敷』『狂い部屋』『恋慕幽霊』『美女放心』『消えた兇器』『花嫁首』『悪女仇討』
いずれもタイトルを見ただけでドキドキさせられる作品揃いであります。
さすがにこれらの作品を一話ずつ紹介はいたしませんが、収録作はどれも「らしい」作品揃い。大きな物語として見るとかなり間があいているため、混乱させられる点もあるかもしれませんが、基本的にどこから読んでも楽しめる内容であります。
……と、それよりも注目すべきは「ミステリ」であります。
本書は、編者の言を借りれば「密室殺人、雪の密室、呪われた屋敷、山中の怪異、重要書類の消失、雪の密室、首切り殺人など」ミステリ要素の強いエピソードを集めた一冊であり、もちろん探偵役は狂四郎です。
正直なところ、ミステリプロパーの作者でもなければ、元々の作品がミステリというわけでもないわけで、ガチガチのミステリを期待すれば、さすがに少々拍子抜けの印象は否めないでしょう。
また使われているトリックなども(特に『消えた兇器』など)ちょっと驚くほどプリミティブなものもあるのも事実です。
しかしそこまで堅いことを言わなければ、そして広義のミステリというものを含めて考えれば、本書はなかなかの高水準の作品が並んでいると感じられます。
例えば、美人比べの候補者が次々と無惨な最期を遂げるという事件以上に、サイコスリラーめいた犯人の動機の異常性が際だつ『皇后悪夢像』。
三幅も現れた家康直筆の天照大神画の真贋を巡り人間心理の綾を巧みに突いてみせる『家康騒動』。
消えた宝玉の行方を巡り、いかにも本作らしいエロティシズムが漂う『芳香異変』(宝玉の隠し所はすぐ見当がつくものの、それを暴く手段が、裏腹に雅趣に富んだものなのが面白い)。
そして特に表題作である『花嫁首』は、新婚初夜の花嫁の首が無惨にも奪われ、代わりに凶悪な面相の罪人の首が据えられていたという、猟奇色濃厚な事件のインパクトにまず驚かされるエピソード。
犯人の企て自体はそれほどでもないのですが(というよりかなり強引ではあります)、そこにさらにある思惑が加わって事件の様相が変わるという展開の妙、そして狂四郎が真相に気付く証拠のユニークさなど、表題作に相応しい内容と感じます。
それにしても、よく考えてみれば狂四郎は、ヒーローでもなく悪党でもなく――つまりは使命感も目的もなく、ただ自分の興味の惹いたものに首を突っ込む人物。
そんな人物だからこそ、その『もの』が謎であった時、彼は探偵として活躍するのであり――本書はそんな狂四郎の特異なキャラクターがあってこそ成立したものと言えるのではないでしょうか。
そんな狂四郎の立ち位置についても改めて考えさせられる本書、シリーズファンにも初読の方にもおすすめできる一冊です。
『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』(著:柴田錬三郎 編:末國善巳 創元推理文庫) Amazon
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