輪渡颯介『物の怪斬り 溝猫長屋 祠之怪』 ついに大団円!? 江戸と江ノ島、二元中継の大騒動
長屋にある祠に詣でたことで、「幽霊が分かる」力を得てしまった四人の子供たちと、彼らを見守る大人たちが繰り広げる面白恐ろしい大騒動もいよいよこれで大団円(?)。旗本屋敷の恐るべき物の怪騒動に巻き込まれ、江戸を離れることになった四人を待ち受ける運命は、そして物の怪の正体とは……
かつて長屋で起きた事件で命を落とした少女・お多恵を祀る祠がある溝猫長屋。
毎年、その祠に詣でた子供は幽霊が分かる力を得てしまうというのですが、しかし今年順番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、それぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(と「何もわからない」)と分担して感じてしまうという、ややこしい状態になってしまいます。
そんな四人と、口やかましい長屋の大家さん、岡っ引きの弥之助親分、寺子屋の先生(実は超ドSの腕利き剣士)蓮十郎といった大人たちが騒動を繰り広げてきた本シリーズですが――本作では、その蓮十郎がきっかけで、大事件が発生することになります。
剣術道場を開いていた頃の門人であり、旗本の次男である市之丞から、屋敷に出る物の怪退治を依頼された蓮十郎。二つ返事で引き受けた蓮十郎ですが、霊感はないため、四人組を屋敷に連れて行くことになります。
しかし屋敷に着く前に、その強力過ぎる力は子供たちにはっきりとわかってしまう状態。これは危険過ぎると子供たちを返した蓮十郎ですが――時既に遅し、だったのです。
蓮十郎の前にも何人も存在した、物の怪に挑んだ者たち。しかし屋敷で物の怪の気配を感じた者たちは、いずれも数日のうちに死を遂げていたのです。そしてそれを避けるには、江戸を離れるしかない……
そんな時、トラブルメーカーの自称箱入り娘・お紺が江ノ島見物に出かけると知った長屋の大人たちは、彼女を追いかける形で、急遽四人組を旅に送り出すことになります。
自分が生き残り、そして子供たちを救うためには物の怪を倒すしかないと決意を固め、弥之助とその子分で「○○○切り」と恐ろしい二つ名を持つ竜を助っ人に、夜毎現れる物の怪に挑む蓮十郎。
そして子供たちは子供たちで、お紺が聞きつけてきた怪談話に巻き込まれ、旅先でも幽霊に出くわすことに……
というわけで、江戸パートと江ノ島道中パートと、二元中継で展開することとなった本作。冒に述べたように特異なルールが設定されているだけに、一歩間違えればルーチンとなりかねない本シリーズですが、前作同様、意表をついた構成であります。
そのおかげで本作では、子供たちが旅先で出くわす幽霊たちとその因縁を描くお馴染みの面白恐い怪談と、大人たちがこれまでにない真っ向勝負に挑む物の怪退治と、二つの異なった味わいの物語を、同時に楽しむことができるのです。
もちろん本作において、子供たちと大人たち、それぞれの立場からの物語は一体不可分のものではあります。しかしそれをこうして切り分けてみせることで、お互いの持ち味を殺すことなく、より魅力を増した形で描いてみせたのには感心するほかありません。
(もちろんこれもまた、一回限りの一種の飛び道具ではありますが……)
しかし本作の面白さは、こうした構成の妙に留まりません。本シリーズに限らず、デビュー以来の作者の作品で一貫するのは、怪異の正体と物語展開を結ぶ伏線――因果因縁と申し上げてもいいですが――の妙であることは、ファンであればよくご存知のとおり。
そしてそれは本作においても遺憾なく、いやシリーズ最大の形で発揮されることになります。
その内容はもちろん伏せますが、シリーズを展開する上でいずれ必ず描かれるだろうと予想されていたものを、このような形で描いてみせるとは――と唸らされること必至の展開であることだけは、請け合いであります。
(そして真相を知ったある人物のリアクションが、実にグッとくるのです)
ことほどさように、本作はまさしくクライマックスに相応しい内容なのですが――しかしそれはそれでファンにとっては不安になってしまうのもまた事実であります。それが描かれる時は、シリーズが完結する時ではないか――と。
それは正直なところわかりませんが、結末を見れば幾らでも続けることはできる気もするのもまた事実(新たにレギュラーになりそうなキャラも登場したことですし……)
いずれまた、子供も大人も賑やかな溝猫長屋の連中に再会できることを期待したい――そんな気持ちになれる、最後の最後まで面白恐ろしい快作であります。
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