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2018.06.25

銅大『アンゴルモア 異本元寇合戦記』 良質で良心的な小説版、もう一つのアンゴルモア


 ついにこの夏からアニメも開始の『アンゴルモア 元寇合戦記』。そのノベライゼーションが本作であります。副題には「異本」とありますが、内容自体は原作に忠実な本作。しかしそこから受けるイメージは、原作からほんの少し異なったものがある、まさしく副題通りの作品であります。

 流人として対馬に流された元御家人の朽井迅三郎。対馬で意外な歓待を受けた迅三郎たち流人ですが、しかしすぐに元軍が対馬目前まで迫っていること、自分たち流人がその戦いの駒として用意されたことを知ることになります。
 ほどなくして対馬に来襲する無数の元軍。地頭代の宗助国をはじめ、迎え撃った対馬の兵たちは善戦するも、初めて目にする元軍の戦法・兵器、そして何よりも物量の前に瞬く間に潰走する羽目となるのでした。

 そんな中、奇策を以て元軍に挑み、痛撃を与えた迅三郎と流人たち。しかし彼らをしても元軍の動きを一時的に抑えることができたのみ、対馬の難民たちとともに、迅三郎たちは絶望的な撤退戦を繰り広げることに……


 そんな原作序盤――単行本でいえば第5巻の冒頭、迅三郎がある人物と対面するまでを描くこの小説版。先に述べましたが、「異本」とは言い条、その内容は驚くほど原作に忠実で、物語展開はもちろんのこと、キャラクターの動きや情景描写、台詞のひとつ一つまで、原作を再現したものとなっています。

 もちろん本作で初めて『アンゴルモア』という物語に触れる読者にとってはそれで良いと思いますが、しかしそれでは原作読者はわざわざ本作を読む必要はないのか――と思われるかもしれませんが、その答えは否。むしろ原作を読んだ人間ほど楽しめるのではないか――そんな印象すらあります。
 しかし原作に忠実なのに新たに楽しめるとはいかなる理由か? それは本作が小説として再構成される際に、新たに付け加えられたもの、補われたものによります。

 その一つは、史実に基づく、史実に関するデータや解説の補足であります。
 作中で描かれる数々の史実や、独自の用語や事物――特に兵器の数々。それらは、もちろん原作でも説明はされているのですが、漫画という作品のスタイルを考えれば、それにも限界があることは言うまでもありません。

 それを本作は、地の文できっちりと補っていきます。例えば原作冒頭で「アンゴルモア」の意味を語る際に描かれたポーランド軍と元軍の戦い――そのポーランド軍がいかに戦い、そして敗れた後に何があったのか。本作はそれを簡潔かつ丁寧に語り、より物語の輪郭を明確に浮かび上がらせるのです。

 そしてもう一つ、個人的にはより大きな意味を持つものとして感じられるのが、登場人物たちの心理描写の補強であります。
 こちらももちろん原作では様々な形で描かれているところですが――しかしその内面を事細かに描くわけにはいきません。

 しかし小説であれば、それを――漫画では見えなかった部分まで――不自然さなく、丹念に描くことが可能になります。もちろんそれはあくまでも補強に過ぎませんが、しかし「ああこの時、この人物はこんなことを考えていたのか!」と(違和感なく)感じさせてくれるのが実に大きいと感じます。
 特に序盤、宗助国が迅三郎に郎党たちの面前で面罵されるくだり――それ自体は原作にもありますが、ここで助国が無表情な外見の内側で「――よし、殺そう。」と思っていたという描写など、実に中世武士らしくて良いではありませんか。

 そしてこの内面描写の影響を最も大きく受けているのは、やはり迅三郎でしょう。戦場での獰猛さと裏腹に、平時は飄々とした人物であるだけに、内面が比較的見えにくい人物だから――という点はもちろんありますが、しかしそれだけではありません。
 原作の、特に序盤ではかなり色濃く感じられる迅三郎のヒロイズム。絶望的な戦いの中でのそれが作品の魅力の一つであるのはもちろんですが、時に超人的なヒーローに見えてしまった彼の姿を、本作は良い意味で抑え、人間として再構築してみせていると感じます。

 それは同時に、原作を読んでいた時に常に頭の片隅にあった、侵略戦争を――それも自分の国でかつて確かに行われたものを――エンターテイメントとしていかに描くか、という問いへの答えともなっている、というのはいささか考えすぎかもしれませんが……


 しかしいずれにせよ、ノベライゼーションとして、本作がかなり良質で良心的なものであることは間違いありません。
 先に述べたとおり原作半ばまでで終わっている本作ですが、この続きもぜひ読んでみたいと感じさせられる一冊であります。


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