横田順彌『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』 明治のリアルが描く不思議の数々
先だって復刊された横田順彌の明治SF連作の第二弾――日本SFの祖・押川春浪と、その弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳が次々と遭遇する不思議な事件を描く、全七話の連作短編集であります。
『海底軍艦』をはじめとする熱血科学冒険小説家として、雑誌「冒険世界」の主筆として、そしてバンカラ書生団体・天狗倶楽部の中心人物として活躍する春浪。その春浪に見出されて科学小説家として成長著しい好青年・龍岳。
さらに二人の友人である警視庁刑事・黒岩と、その妹で龍岳とは憎からず想い合う女学生・時子の四人を中心に展開していく本シリーズは、「幻想探偵譚」と角書されるに相応しい内容の連作であります。
ここで描かれるのは、いずれも明治の世を舞台とした、登場人物たちも出来事も社会風俗も、明治のリアルを丹念に拾い上げた物語。
しかしその中で描かれるのは、明治の常識や科学では計り知れない――いや、現代のそれらを以てしても摩訶不思議な、説明のつかない奇怪奇妙な事件たちなのであります。以下に述べるような……
『夜』映画館で発見された首を刺された死体。一人の女性が容疑者と目されたものの、彼女にはアリバイがあった。しかし事件を捜査していた刑事が何者かに殺害され……
『命』ふとしたことから日露戦争の脱走兵と知り合った龍岳たち。彼は旅順攻略前に、宙に銀の球体が浮かび、兵士たちに光線を照射していたと語るが。
『絆』自分の乗った漁船が徐々に浸水していくという夢に夜な夜な悩まされる男。催眠療法により沈没船から救い出される夢を見て完治したかに思われた男だが……
『幻』博覧会に展示されていた発明品の兜を被った途端意識を失った龍岳。目覚めた時に違和感を感じる龍岳だが、実は彼は日露戦争で日本が敗れた世界に迷い込んでいた。
『愛』醜聞に巻き込まれて死んだある女性の絵から、夜な夜な幽霊が抜け出すという現場を目撃した龍岳たち。その中で画家の倉田白洋だけは幽霊の出現する理由を看破して……
『犬』弓館小鰐の友人が、西洋から珍しい犬を連れ帰った。それと時同じくして、素っ裸の変態が女性を襲うという事件が発生、龍岳たちはその思わぬ正体を知る。
『情』女性のマネキン制作に度を超した情熱を注ぐ青年と出会った龍岳。その青年がやがて生み出したものとは……
これらの物語は、いずれも本シリーズらしい、どこか懐かしさを感じさせる――古典的なSFアイディアを踏まえた――不思議の数々。完全にその謎が解かれるわけではなく、どこかすっきりとしない後味を残すところが、また実に「らしい」味わいであります。
その味わいといい、同時代人のリアルを描いた(と見紛う)文章といい、岡本綺堂の怪談をどこか彷彿とさせるところがある……
というのは少々褒めすぎで、前作同様にいささか評価に困る作品も幾つかあるのですが、しかし一度その世界に浸ってしまえば、ひどく心地よい、そして龍岳や春浪たちとともに冒険してみたくなる、そんな作品集であります。
そんな中で個人的にベストだったのは『命』であります。
旅順要塞攻略直前に宙に浮かぶ銀色の球体が兵士たちに光を浴びせ、その後戦死したのは、皆その光を浴びた者だった――という戦争怪談的な内容だけでも十分不気味でありますが、その後の展開も実に恐ろしい。
球体を目撃した男がその光景を、そしてさらなる恐るべき「真実」を記したという原稿を預かった春浪たちですが、しかし彼らの周囲にも現れ、怪現象を起こす謎の物体。
さらに男が残した幾つかの数字の羅列――西暦と思しき数字と、別の数字が組み合わさったその意味が暗示される(そして現代に生きる我々はそれが「真実」であると知っている!)結末の不気味な後味は絶品であります。
実は本作は、ある有名な古典SFテーマを題材としているのですが、作中で描かれる怪異の無機質さ・理不尽さといい、それを引き起こしたモノの描写といい、UFOホラーの佳品と評してよいのではないかと思います。
と、自分の好みの作品ばかり大きく取り上げてしまいましたが、おそらくは人それぞれに琴線に触れる作品があるであろう本書。随分と久々に読み返しましたが、今読み返しても様々な発見のある一冊であります。
本作とカップリングで復刊された長編『水晶の涙雫』、そして残るもう一冊の作品集も、近日中にご紹介したいと思います。
『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
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