横田順彌『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』 晩年の春浪を描く明治のキャラクター小説!?
先日、長編『惜別の祝宴』とともに復刊された横田順彌の明治SF連作「秘聞 七幻想探偵譚」の第三弾にしてラストの作品であります。本書では、春浪の晩年に近い明治末期を舞台とした物語が描かれることに……
日本SFの祖・押川春浪と、その愛弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳、そして彼の恋人の女学生・黒岩時子とその兄で警視庁刑事の四郎を主人公とした連作集である本書。これまで同様、全7話の奇譚・怪異譚・幻想譚で構成されています。
以下に簡単に本書の収録作品を紹介しましょう。
『骨』 浅草の演芸館で米国人が見世物にしていた類人猿「アダム」。航時機で過去から連れてきたと称するアダムの姿は、ジャワ原人に酷似していた。
『恩』 不治の病の母のために、病に効くという猫の肉を食べさせたいという吉岡信敬の友人。一計を案じ、牛肉を猫と偽って食べさせた龍岳たちだが、病が治ってしまい……
『福』 何一つ不自由ない家に暮らしながら、突然失踪した娘。楽琵琶を弾くという彼女を探す龍岳たちは、失踪前に恵比寿のような顔の太った男と会っていたことを知る。
『奇』 巾着切りの指がへし折られるという事件が続発、その元締めも元妻の家で変死を遂げた。元締めは妊娠した元妻に暴力を振るい、流産させていたというが……
『妖』 男と女の声色を使い分けて暮らすという飛田穂洲の隣家の男。二重人格と思われた男は、「妻」との間に子が出来たと語るが。
『虚』 神木を切り倒して以来、かまいたちが頻発するという神社。調査に向かった龍岳は、被害者の少年たちが奇怪なものを目撃していたのを知る。
『雅』 神経衰弱の春浪を養生させるため、等々力での静養を勧めた龍岳。春浪を驚かせて治そうと、天女出現の芝居を打つ龍岳たちだが……
以上7編、正直に申し上げれば、全2冊以上に、ちょっと扱いに困る作品が多いという印象があります。
物語で描かれた事件が、(全て)解決されることなく結末を無迎える――というのは、これは短編怪奇小説などでお馴染みの趣向であり、この点はどうということもありません。そうではなく、ここで描かれる怪異や謎が、さすがにちょっと――と言いたくなるような、素材そのままの生煮え感があるのです。
もちろんこれは個人の趣味嗜好によるところが大であることは間違いありません。私は本書でもある意味最もSF的な「理」が描かれる(ほのめかされる)『奇』と『虚』が一番好印象でしたが、その他の作品が良かった、という方ももちろんいらっしゃるでしょうから……
ちなみに上記に挙げた2編のうち、特に『奇』は、アイディア的には類作がないわけではありませんが、その明治の日本ならではのシチュエーションを活かした面白さ不気味さにおいて屈指の作品。
まずSFホラーの佳品といっても差し支えないと、(両極端の感想で恐縮ですが)感じます。
しかし、厳しいことを言いつつも、結局本書を貪るように一気読みしてしまったのは、これはもう作者の術中にはまったとしか言いようがありません。
明治の(庶民の)世界の描写の巧みさ、登場人物たちの面白さ、親しみやすさ――特に後者は、これまで短編14編・長編2編の蓄積があるとはいえ、やはり巧みの一言で、明治を舞台とした一種のキャラクター小説として、確かに成立していると言えます。
そしてそんな本書の見所の一つが、冒頭でも触れた晩年に近い春浪の姿であります。その詳細はここでは触れませんが、『冒険世界』誌の編集を辞して『武侠世界』誌の立ち上げに向かった当時の春浪の姿が、本書に収録された7編を読めば、自然に伝わってくるのです。
もちろんそれは文字通りのバックグラウンドストーリーであって、ラストの『雅』を除けば、ほとんど直接的に物語に絡んでくることはないのですが――本作がSF小説、幻想小説である以前に明治小説であり、春浪とその仲間たちを描く小説であるとすれば、その試みについて大いに成功していると言えるでしょう。
本書にカップリングされた長編最終作『惜別の祝宴』についても、近日中にご紹介いたします。
『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『風の月光館・惜別の祝宴』所収) Amazon
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