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2018.07.24

小松エメル『一鬼夜行 鬼の嫁取り』 「小春とは何者なのか」の答えと理由


 閻魔顔の若商人・喜蔵と、居候の自称大妖怪・小春のコンビが様々な妖怪騒動に挑む『一鬼夜行』シリーズも、ついに本作で第二部完結であります。再び東京の水妖を騒がす事件に巻き込まれた二人。事件の背後に潜むものは、そして誰が誰を嫁取りするのか……?

 弟である猫股の長者との死闘の末、妖怪としての力をほとんど失った小春。喜蔵の家に居候を決め込んだ彼が勝手に妖怪相談処の看板を出したことで、喜蔵まで妖怪絡みの様々な事件に巻き込まれることになります。
 そして今回彼らのもとに来たのは、顔馴染みの河童の棟梁・弥々子の依頼。以前東京に出現し、水妖たちが争奪戦を繰り広げた謎の妖怪・アマビエの鱗を探して欲しいというのであります。

 といっても幻の妖怪の鱗が簡単に見つかるはずもなく、家に帰る喜蔵が途中に出会ったのは、彼が密かに想いを寄せる綾子が、額に傷を持つ男に食ってかかられる姿。
 実は綾子は飛縁魔なる女妖に憑かれ、これまで前夫をはじめとして数々の男性に災いを齎してきたという女性。もちろん喜蔵もそれは知っての上ですが、彼女の過去を知るらしい男の出現に、冷静ではいられません。その場に、彼らにつきまとう妖怪・百目鬼が現れたとあればなおさら……

 一方弥々子の態度に不審なものを感じた小春は、親友の妖怪・かわその力を借りて、河童たちの動向を探ろうとするのですが――彼の前にも百目鬼は現れ、小春は奇怪な世界に消えることになります。

 そして頻発する小火騒ぎをはじめ、東京で怪現象が相次ぐ中、次から次へと意外な方向に転じていく事態。そしてその果てに恐るべき魔が姿を現すことになります。果たして魔を倒すことはできるのか。そして喜蔵の想いの行方は、失われた小春の力は……


 と、いかにも本シリーズ、いや作者の作品らしく、謎めいた序章から始まり、過去と現在、夢と現が複雑に入り乱れて展開していく本作。その中で大きな役割を果たすのは、二体の強大な妖怪であります。

 その一妖は言うまでもなく飛縁魔。シリーズ初期にその存在と因縁が語られたものの、綾子の身に深く眠っていたかに見えた女妖が、ついにその姿を見せることになります。
 男に傷つけられ、裏切られ尽くした末に妖怪と化した女の怨念は深く、綾子が――そして彼女が想いを寄せる喜蔵が幸せを掴むのに最大の障害と思われた飛縁魔。しかも怨念のみならず、名に「ひ」がつくように、強大な炎を操るこの妖怪に、喜蔵たちは苦しめられることになります。

 そしてもう一妖は――これは飛縁魔以上に物語の内容に深く関わるためにその名を挙げるわけにはいきませんが、「こいつがいたか!」と言いたくなるような強敵中の強敵。しかもその能力といい由来といい登場人物との因縁といい、あらゆる点で飛縁魔と対になる存在であるのには唸るほかありません。


 こうした強敵たちが揃ったからには、小春の奮闘に期待するしかないのですが――しかし先に述べたとおり、未だ彼は力を失った状態。そればかりか、平気な様子で振る舞っているために忘れがちですが、百目鬼に片目を奪われたままでもあります。

 猫の経立「二」として生まれ、強大な猫股「三毛の龍」に変じながらもその力を捨て、猫股鬼「小春」となり――幾度もその名と姿を、その在り方を変えてきた小春。そのいずれにおいても、彼は強力な妖怪でした。
 それではその強大な妖怪の力を失ったいま、小春は一体何者なのでしょうか。作中で小春のこれまでが追体験される中で、小春はその問いに直面することになります。

 しかし――我々はその答えを知っています。その理由を知っています。喜蔵と小春の縁がもたらしたそれを。そしてそれがこの先にもたらすものを。


 正直に申し上げれば、結果を描いてから原因を描く作者独特のスタイルが多様されすぎているきらいはあり、小説としてはかなり粗い印象がないわけではありません。
 それでも、これまで長きに渡りシリーズを見守ってきたファンの誰もが笑顔になる結末が、ここにはあります。

 しかしまだ物語そのものの結末が訪れたわけではありません。作者の予告によれば、幻の『くらぼっこ』を含めて最低でも六作が予定されているというのですから!
 前作までに描かれた(特に個人的には前作ラストで炸裂した爆弾が……)伏線の数々が、如何に解決するのか――大いに気になるところですが、しかしその先に待つものが、本作を上回る笑顔と感動であることを、私は心から信じているところなのです。

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(P[こ]3-11)一鬼夜行 鬼の嫁取り (ポプラ文庫ピュアフル)


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