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2018.08.01

サックス・ローマー『骨董屋探偵の事件簿』 怪人探偵、夢見によって謎を解く


 以前から何度か申し上げていますが、私は探偵もの、それもオカルト探偵ものが大の好物。今回ご紹介するのもその探偵の一人――20世紀初頭のロンドンを舞台に、空間に刻み込まれた思念を読み取ることで事件を解き明かす、骨董屋にして夢見探偵、モリス・クロウの活躍を描く事件簿であります。

 名探偵といえば、その源流の時点から、明晰な頭脳を備えることはもちろんのこと、ある種の「怪人性」を備えていることもまた、一種の必要条件のように感じられます。その意味では、本作の名探偵クロウは、その条件を十二分に満たした怪人と言えます。

 ロンドンの貧民街に、その地にふさわしい極めた雑然とした骨董屋を構えるクロウ。
 幾多の小動物が飼われ、オウムが「モリス・クロウ! モリス・クロウ! 悪魔ガアナタヲ迎エニ来タヨ!」と素晴らしいセリフで出迎える店で暮らすクロウは、しかし同時に世界各地を巡った冒険家であり、幽霊屋敷の研究で名著を残した研究者であり、そして何よりもその独特の手法で次々と怪事件を解き明かす素人探偵なのであります。

 その彼の唱える理論は二つ――一つは、犯罪は必ず時を経て周期的に行われるという「周期の科学」。そしてもう一つは、人間の強烈な思念は、その発せられた場に留まり続けるという「思念の科学」であります。そして彼の奇妙な探偵術は、実にこの後者に従って行われます。そう、彼は事件の犯行現場で「寝る」ことにより、彼が言うところの感光板である彼の頭脳に、犯人あるいは被害者の思念を焼き付けるのです!
 その思念を、娘であり助手であるイシスの手を借りて現像(絵画化)することによって、事件解決に結びつける――いわばクロウは、サイコメトリー探偵の先駆とも言うべき存在なのであります。

 そんなクロウは汚れた羊皮紙めいた色合いの肌の年齢不詳の人物。普段は古めかしい茶色の山高帽に黒い外套、金縁の鼻眼鏡という出で立ちで、ビジュアル的にも怪人度高しではないでしょうか(山高帽の中にバーベナのスプレーを入れていて、ことあるごとに自分に吹きかけるのも面白い)。
 一方でイシスは、一体どこで手に入れてきたのかパリの最新モードに身を固めた出で立ちで、クレオパトラめいたしなやかな肢体の傲岸な黒髪美女という、こちらも強烈なキャラクターであります。

 そんな二人が語り手である私ことサールズ氏、他人を利用することでは天才的なグリムズビー警部補らとともに、10の怪事件に挑む物語が、本作には収録されています。

 博物館のギリシャの間で警備員が相次いで奇怪な死を遂げる『ギリシャの間の悲劇』
 古代エジプトの秘宝が刻まれた陶片を狙って怪人が暗躍する『アヌビスの陶片』
 没落貴族の屋敷を奪った札付きの成金が屋敷の斧で頭蓋を割られた謎『十字軍の斧』
 高価な装飾品をまとった美女の彫像が密室のアトリエから消失する『象牙の彫像』
 ロンドン市が購入したインドの宝石が、契約の場から消え失せる『ブルー・ラージャ』
 かつて不審死が相次いだ幽霊屋敷で、夜毎ポプラ並木から呼び声が響く『囁くポプラ』
 扼殺された芸術家の死体に残された巨大な手の痕が殺人犯に導く『ト短調の和音』
 ロンドンで次々とミイラの首が切り落とされる怪事件の真相を描く『頭のないミイラ』
 夜毎悪鬼の哄笑が響く幽霊屋敷の謎に挑むクロウが危機に瀕する『グレンジ館の呪い』
 古代エジプトの秘法に憑かれた男の禁断の実験が招く恐怖の一夜『イシスのヴェール』

 全てが骨董品絡みというわけでも、オカルト絡みというわけでもなく、それどころか事件性も薄いものもある(逆に完全にオカルトものも一編ある)のですが、どの作品もクロウの怪人ぶりが遺憾なく発揮されたユニークなエピソード揃い。
 正直なところ、ミステリとして現代の目から見ると、トリックなどかなり苦しく、拍子抜けな点があるのは否めないのですが、反則技に見えるクロウの探偵術が、実際にはロジカルな推理に裏付けられている(ものもある)こともあり、ご都合主義だけで終わらないのも良いと思います。

 個人的には、豪快なトリックながら犯人の造形が楽しい『象牙の彫像』、奇怪な事件もさることながらクロウのすっとぼけた個性がいい『頭のないミイラ』、トリック自体はすぐに気付くもののクライマックスの追い込みが印象に残る『グレンジ館の呪い』、直球ど真ん中の禁断の儀式ものの『イシスのヴェール』が印象に残ったところです(ただ、最後の作品は、クロウの娘の方のイシスが絡まなかったのが残念)。

 生真面目なミステリファンの方やお仕事小説的内容を期待された方(これは訳題が……)にはどうかと思いますが、好事家は必見の作品かと思います。


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骨董屋探偵の事件簿 (創元推理文庫)


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