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2018.08.02

横田順彌『惜別の祝宴』 帝都に迫る鱗を持つ影 明治SFシリーズ大団円


 横田順彌による長編明治SFシリーズ三部作の三作目――明治末年の帝都を舞台に、皮膚が鱗状になって死んだ少年の謎を調査することとなった鵜沢龍岳たちが、やがて創造を絶する存在の跳梁を知る、ラストに相応しいスケールを誇る、オールスターキャストの物語であります。

 かつて龍岳たちも事件の調査で訪れたことのある貧民窟で急死した少年。死の直前に何者かの施術を受けていたという少年が、体の皮膚に鱗が発生した奇怪な姿と化していたことを知った押川春浪と鵜沢龍岳は、遺体の調査を始めることになります。
 一方、持病の悪化で余命幾ばくもない河岡潮風の前に現れた漢方医を名乗る男は、潮風の治療と引き換えに、自分の計画に協力するよう求めます。しかし計画の内容を一切語らぬ相手に不信感を抱いた潮風はこれを拒絶するのですが――彼の妻・静乃は、その男から人間のものとは思えぬ宇宙磁気を感じるのでした。

 そして少年の死体が大学病院で検査された過程で、少年と同様の鱗が、数年前に暗殺された伊藤博文と実行犯の安重根、そして大逆事件で処刑された管野スガの体にも発生していたことが判明。さらに龍岳たちは、その鱗が乃木希典大将にも現れていることを知ることになります。
 事件の探索を続ける春浪と龍岳たちですが、なおも怪事件は続きます。明治帝の体調が悪化する中、侍医に入り込んだ正体不明の男は何者なのか、市井の変人発明家の大発明とは何か? やがて一見無関係に見えた要素は一つにまとまり、あまりにも意外な真相が浮かび上がることになるのです。


 これまで少女の連続神隠し、病院から姿を消した少年の謎と(もちろんその背後に壮大なSF的真相があるものの)長編でも比較的静かな内容が描かれてきたこのシリーズ。
 しかし掉尾を飾る本作においては大盤振る舞い、爬虫類のように皮膚が変化した死体の発見という常識では考えられない奇怪な事件が発生し、その背後に、何やら暗躍する二人の男が――という幕開けから大いに興味をそそられます。

 さらにそれが伊藤博文暗殺や大逆事件にまで繋がり、そして乃木大将までもが意外な役割を果たすことに――と、伝奇風味も濃厚なのがたまりません。内容の波瀾万丈さでいえば、別世界の(?)明治SFである『火星人類の逆襲』にも並ぶかもしれません。
(冒頭で謎の男の一人が「皇帝陛下」のことを口の端に上らせる時点で、ははぁ、これは時代的に○○○が絡んでいるのだな、と思わせるミスリードもいい)

 さらに冒頭に述べたように本作はオールスターキャスト――龍岳・春浪・時子・黒岩刑事や天狗倶楽部の面々はもちろんのこと、これまでのシリーズに登場したキャラクターが、(もちろん全てとはいかないものの)脇役に至るまで登場してくれるのは嬉しいところであります。
 特に第1作『星影の伝説』のヒロイン・静乃は、その驚くべき正体と能力を生かして本作では中心人物の一人となり、事件の真相に迫る大活躍。第2作『水晶の涙雫』のヒロイン・雪枝も、特殊能力はないものの、要所要所で存在感を発揮しています。

 何よりも本作の題名にある「祝宴」が指すもの(の一つ)は、黒岩刑事と雪枝の、そして龍岳と時子の結婚式。三部作の大団円にまことにふさわしい結末であります。
 作中にも何度も描かれるように、本作は明治帝の崩御直前の物語であり、言い換えれば明治時代の終了を目前とした物語。それは同時に、この明治SFシリーズの終わりを意味しているのですが――それをむしろ新しい時代の幕開けとして、笑顔で送ってくれたのもまた、ファンへの何よりの贈り物と言うべきでしょう。

 もっともまた細かいことを言えば、内容的に偶然が重なりすぎる(作中で自己言及があるほど)点、終盤の○○○○の告白にはちょっと無理があると思われる点(その出自であればそのような体にはならないのでは等)があるのも事実ですが……
 しかしここはまず、波瀾万丈のSFミステリとして、そして明治SFシリーズの暖かい終幕として、本作を素直に楽しむべきなのでしょう。初版時に一度読んではいるのですが、再びの別れを、笑顔で迎えることができたのは、やはり有り難いことであります。


 と、実はもう一作品、SF色はないためにシリーズの番外編とも言うべき長編(今回の復刊からも漏れる形となった)『冒険秘録 菊花大作戦』があるのですが――こちらもまた近日中にご紹介したいと思います。


『惜別の祝宴』(横田順彌 柏書房『風の月光館・惜別の祝宴』所収) Amazon
風の月光館・惜別の祝宴 (横田順彌明治小説コレクション)


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