梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と
織田軍が上杉軍に大敗を喫したと言われる手取川の戦い。実はこの戦いの背後では信長と謙信が対面していた!? という、実に本作らしい展開の『信長のシェフ』。当然(?)そのお膳立てをする羽目となったケンですが、ようやく謙信にまで近づいたもの、まだまだ試練は続きます。
諸大名による信長包囲網が狭まる中、迫る軍神・上杉謙信。しかし謙信に興味を持った信長は、「わしは謙信に会ってみようと思う」「よっておぬし武田勝頼に捕まってこい」と爆弾発言。
今は上杉と同盟関係にある武田経由で謙信に接近し、信長の意思を伝えることとなったケンは、大奮闘の末に謙信に膳を出すまで漕ぎ着けるのですが――ここでまたもやというべきか、牢に入れられる羽目になります。
その間にも、謙信と会談すべく単身動く信長。そしてその動きを知らぬ秀吉が独断で動き、信長の意志とは正反対に謙信の命を狙うことに……
ここでサバイバルアクションものでお馴染みのアレを使って窮地を脱するケンにも痺れますが、インパクト絶大なのはここから。ついに対面を果たした信長と謙信が果たして何を語り合うのか――って、ええええ、何やってるの二人とも(というか謙信)!? と言いたくなる超展開が待っているのですから。
……いや、冷静に考えてみれば、これは戦国大名としてはごく当たり前、特にこの二人であれば当たり前にやりそうなイメージもある行動。そしてまた、実に本作らしい展開でもあるのですが、あまりにいきなりだったので困惑&大笑いしてしまいました。
しかしその先に待ち受けるのは、これまた実にこの二人らしい和解、いや理解の姿。
あまりに信長が通俗的なイメージどおりですし、格好良すぎる姿ですが、旧世代の権威の最後の継承者たる謙信と、その権威(の源)を打ち壊してきた信長の出会いとして、本作ならではの説得力を感じさせられます。
そしてこの時代の移り変わりの象徴とも言うべき姿を目にしたケンもまた、ついに信長に対してある告白をすることになるのですが――そこから、ケンはついにある決意を固めることになります。
そのために必要になる条件は二つ。一つは、今が西暦何年であるか確認すること。そうしてもう一つは、この時代にやって来たもう一人の現代人・望月を探すこと……
一つ目については、正直なところ、今までわかってなかったの!? あれだけ細かい史実を知っているのに――という驚きはあるのですが、西暦と和暦の対比がわからないというのはある意味リアルといえばリアルでしょう。結局今回もその細かい史実の知識が解決に繋げるわけですが、そこに先の秀吉の独走のフォローと、そして実に意外かつ美味しそうな料理が絡む辺りも、本作らしいといえるでしょう。
そして二つ目は、いずれ必ず語られるであろうと思われたものが、こう絡んでくるか、と少々驚かされたのですが――ここで物語はあの人物の最期に向けて動き出すことになります。
その人物とは松永久秀――本作においては飄々としたしかし全く油断ならぬ老人として、そして何よりも、未来人の一人である果心居士こと松田と長らく行動を共にしていたと描かれる人物であります。
史実では手取川の戦いとほぼ時を同じくして信長に反旗を翻し、その結果信貴山城に立て籠もることとなった久秀ですが、何と本作においては、久秀はケンとの対面を要求。
ケンにとっては久秀は望月の手掛かりを知っているかもしれない数少ない人物、信長の信貴山城を開城させてこいという、なにげに無茶ぶりもあって、ケンは森長成(!)とともに、信貴山城に入ることになります。
しかし久秀といえば、信長も欲した平蜘蛛の茶釜もろとも爆死したという、戦国史でも屈指のなんか凄い最期を遂げた人物。そんなところに乗り込んでいって大丈夫なのかどうか(というかその辺りの知識はなかったのかケン)。果たして――という、実にいいところで次巻に続くことになります。
冷静に考えてみると、この巻の内容の背景となっている出来事は、信長自身が合戦に参加するわけでもなく、歴史に及ぼす影響としてもさまで大きくないものではあります。
しかしだからこそ、その中で信長を、ケンを自由に動かし、物語を作ることができる――最近の本作は、初期のような勢いを感じるのですが、あるいはこの辺りの構図にその理由があるのかもしれません。
本能寺の変まであと5年、それまでに何が描かれるのか、まだまだ楽しめそうです。
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