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2018.09.30

『Thunderbolt Fantasy 生死一劍』 剣鬼と好漢を描く前日譚と後日譚


 この10月から待望の第2期武侠ファンタジー人形劇『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』――その外伝として昨年劇場公開された作品がこの『生死一劍』。本編の前日譚である「殺無生編」、後日譚であり続編のプロローグでもある「殤不患編」と、二つのエピソードから構成された作品であります。

 伝説の名剣・天刑劍を巡り、謎の美青年・凜雪鴉と、正体不明の風来坊・殤不患が、邪悪な玄鬼宗頭目・蔑天骸と繰り広げた戦いを描いた本編。
 その中で凜雪鴉を不倶戴天の敵として付け狙ってきたのが、江湖に悪名を轟かせた非情の殺し屋にして無双の剣客――鳴鳳決殺こと殺無生であります。「殺無生編」では、その彼が何故凜雪鴉を憎むことになったかが描かれることになります。

 かつて凜雪鴉の用心棒として雇われ、彼を付け狙う刺客たちの始末を引き受けていた殺無生。そんな彼にもっと別の生き方をしてはどうだと、凜雪鴉は四年に一度開催される剣技大会・劍聖會への出場を勧めます。かつての師である剣聖・鐵笛仙が主催するこの劍聖會に、殺無生は「鳴鳳決殺」の名で出場することになるのでした。
 しかし開会早々に現れたのは、どこかで聞いたような声の仮面の射手・神箭手。彼によって出場者の多くが殺傷されたことから勝ち抜き戦に変更となった大会を、殺無生いや鳴鳳決殺は順調に勝ち上がっていきます。

 この戦いに勝ち抜いて、血塗られた生き方を捨て、新たな生を歩む――いつしかそんな夢を抱いていた彼の前に立ちふさがった鐵笛仙は、しかし彼に意外な言葉をぶつけて……

 本編ではひたすら殺伐とした剣鬼ぶりが描かれつつ、どこか純粋な部分もうかがわれた殺無生。本作では、まさに彼のそんな両面がより掘り下げて描かれることとなります。

 誕生の時から周囲に血の雨を降らせた鬼子たる殺無生。鐵笛仙に拾われた後、本作で登場するまでの生き様はわかりませんが、しかしその鬼子としての出生が、後々まで影響を与えたことは想像に難くありません。
 そんな彼が大会で強敵たちと戦う中、命の奪い合いでなく純粋な技の競い合いに目覚めていく。彼の過去が壮絶であるだけに、その姿は一つの希望を感じさせるのですが――それだけに、その先に待ち受ける運命の悲惨さは、目を覆いたくなるものがあります。
(ここで悲嘆に暮れる殺無生の姿は、本作が人形劇であることを忘れるほど)

 終盤の展開の詳細は述べませんが、まあ凜雪鴉が絡んでいる時点で碌なことになるはずもないのは当然の話。これは確かに殺無生も恨むだろう、いや恨まないのがおかしい(というか本編ではむしろ大人しすぎたほど)という凜雪鴉の行動は、鬼畜の所業というに相応しいと感じられます。(本編終盤で描かれた彼の剣の腕を思えばなおさら……)
 本編では、己の剣士としての業を貫いたが故に散ることとなった殺無生。しかし本作を見れば、その最期はむしろ救い――鳴鳳決殺としてのあったかもしれない彼の生を貫いたものとしても感じられる、そんな物語でありました。


 そして「殤不患編」は、うってかわって明るいムードの後日譚であります。
 放浪を続ける中、酒場で自分の名を騙る男と出会った殤不患。偽物が騙る微妙にリアルな、しかし圧倒的にデタラメ(本編のダイジェストかつパロディとなっているのが実に可笑しい)な冒険譚に呆れた彼は、そのうち玄鬼宗の残党の恨みを買うぞと忠告するのですが、果たして偽物は残党の襲撃を受けて……

 達人の名を騙る偽物というのは、これはよく見るパターンではありますが、その正体に一ひねり加わっているのが面白い本作。
 自分という者を持たず、何にもなれない偽者の姿はちょっとグサリとくるものがありますが、そんな相手を咎めることなく命を救い、むしろ自分自身として生きることの大切さと意味を語る殤不患は、まことに大侠と呼ぶに相応しい好漢であります。
(彼を討つために己の身を投げ出す残党たちとの対比もまた印象的です)

 と、そもそも何で偽物が殤不患の冒険に妙に詳しかったかといえば、それはもちろん(何故か道化師の格好をした)あの男が触れ回っていたからで――この辺り、殤不患を煙幕代わりに自らの存在を眩ましたのか、あるいは単なる殤不患への嫌がらせか、どちらとも取れるのが実に楽しい。
 そしてこうして殤不患の名が評判になったことで、彼を追う者たちが、西幽から東離を目指して続々と集結することに――と、続編の序章となっているのも嬉しいところです。

 本編の世界観を広げ、本編の物語をおさらいした上で、続編の興味を否が応でも煽る――理想的な外伝でありました。


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