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2018.10.31

『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』 名作原作の大作映画、そして健気な猫


 チェン・カイコー監督、染谷将太&ホアン・シュアン主演の大作――というよりこのブログ的には夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の映画化作品であります。日本では吹替版のみの劇場公開でしたが、ソフト版では字幕版も収録。私も字幕版で拝見しました。

 唐の時代――病気平癒の祈祷を依頼され、宮廷を訪れたものの、その眼前で皇帝が悶死するのを目の当たりにすることとなった空海。役人たちが死因を風邪とするのに違和感を感じた記録係の白居易(白楽天)は、空海にこの場で起きたことの真実を訪ねますが、彼はその場にいるはずのない猫がいたことを示すのでした。

 一方、宮中を守る金吾衛の陳雲樵の屋敷には、言葉を喋る黒猫が出没。妓楼で遊ぶ雲樵の前に現れた猫は、居合わせた空海と白楽天の目の前で雲樵の取り巻きたちを襲撃し、その場は阿鼻叫喚の惨状となります。
 さらに妓楼で雲樵に付いていた娘が蠱毒に倒れ、これを治療した空海。その腕を見込んだ雲樵の依頼を受けた空海は白楽天とともに彼の屋敷に向かうのですが――そこに現れたのは、猫に取り憑かれ、李白の詩を口ずさむ雲樵の妻でした。

 その詩が、かつて玄宗が楊貴妃のために開いた「極楽の宴」で李白が楊貴妃を詠んだ詩であることに強い関心を惹かれる白楽天。そして二人の前に現れた猫は、自分がかつて玄宗に飼われた猫であり、安史の乱の混乱の中、雲樵の父に生き埋めにされたことから、彼の家に祟ると語って姿を消すのでした。
 しかしなおも怪事は続き、犠牲者が相次ぐ中、玄宗と楊貴妃の過去にこそ事件の鍵があると推理する空海。そして極楽の宴に阿倍仲麻呂の姿があったことを知った空海は、その日記を紐解くのですが……


 冒頭に述べたとおり、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を原作とする本作。原作は単行本全4巻の大作ですが、本作はその骨格をかなり忠実に踏まえつつも2時間強にまとめており、原作での空海の相棒である橘逸勢の存在がそれはもう完璧にオミットされたことを除けば、印象としてかなり原作に沿ったものを感じさせます。
 妖猫の跳梁と宮中にまで繋がる怪異、阿倍仲麻呂も巻き込んで語られる楊貴妃にまつわる大秘事――と、原作の要諦は踏まえつつ、オープンセットの長安に代表されるうような中国の大作映画特有のパワーで一気に走り抜けてみせた作品、という印象であります。

 あまり空海が活躍していない、と感じる方も多いかと思いますが、原作でも空海の活躍はそれなりだったわけで、個人的には許容範囲という印象(尤も、タイトルがタイトルなので期待外れに感じた方が多かったのもわかります)。
 日本側のキャストが中国語の台詞を自分で喋っている(らしい)のも好印象であります。(とはいえ、これは上で述べたとおり、ソフトで初めて確認できるのですが)


 にも関わらず、一本の映画としてみるとちょっとどうかな――と感じさせられる部分も少なくないのが本作。
 なぜ妖猫が今頃活動を始めたのかが今一つ腑に落ちないように感じたり(以前から活動していたとしても、もっと早く関係者を根絶やしにできたのでは)、そもそも一介の沙門に過ぎぬ空海がなぜ冒頭で祈祷に招かれたのか等、入り組んだ物語だけに、細かい点が気になってしまったのは残念なところであります。

 それでも本作が愛すべき作品と感じられるのは――これはある意味原作から最も大きく改変された点と密接に繋がっているのですが――本作における妖猫の大活躍、いや大奮闘に依るところが大きいと言わざるを得ません。
 原作とは異なり、最後までほとんど出ずっぱりの妖猫。本作においては怪異の中心であり、いわば悪役である猫なのですが――その姿が実に泣かせてくれるのであります。

 楊貴妃の最期にまつわる因縁を抱え、ある人物の怨念と絶望を背負い、数十年にわたり跳梁を続ける猫。その姿は恐ろしくもあるのですが――それ以上に可愛い、あ、いや、健気としか言いようがありません。
 これはCGが良くできているため(極楽の宴のCGはかなり微妙だったのに……)ももちろんあるかと思いますが、それ以上に猫にグイグイ感情移入させるドラマ作りの賜物でもあるのでしょう。

 物語の構造がわかってから考えてみれば、本作は往年の怪猫映画的な味わいもあって――特に妓楼での大暴れはまさにそれで――ある意味、史上最もお金のかかった怪猫映画と呼べるのかもしれません。
 もちろんそれは、ある意味非常におかしく、失礼な評価なのですが――本作を観た方は、大いに頷いて下さるのではないかなあ、と感じる次第であります。


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2018.10.30

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第3巻・第4巻 テムジン、危機から危機への八艘跳び


 生き延びた源義経が海を渡り、ユーラシア大陸でテムジンを名乗って大陸制覇に乗り出す――そんな古典的な伝説を題材にしつつ、新たな物語を生み出してみせる『ハーン 草と鉄と羊』の第3巻&第4巻であります。いきなりの挫折からモンゴルに逃れたテムジン。そこから立ち上がる術は……

 兄・頼朝の手の者に追い詰められた末、ただ一人海を渡り、大陸に辿り着いた義経。そこで謎の男・ジャムカと盟友(アンダ)となった彼は、北方の3強の一つ・ケレイトのオン・ハーンの下に身を寄せるのですが――その首を狙った企てはあっさりと失敗、逃亡の果てにモンゴルに辿り着きます。
 そこでお調子者ながら、天下を夢見る青年・ボオルチュと出会い、彼の紹介で、今は亡きキャト氏の族長・イェスゲイの未亡人であるホエルンのもとに身を寄せた二人。しかし敵対するタイチウト族と二人が事を構えたことで、一族全体が危機に晒されることに……

 というわけで、これまで個人レベルの戦いは描かれていたものの、ついに集団レベルの――すなわち、兵を率いての戦いを経験することとなったテムジン。
 多勢に対して少数で策を巡らせて勝利する、というのはというのは定番中の定番ではありますが、源平合戦でも先進的過ぎる(と言われている)戦を繰り広げた男が戦うのですから、負けるはずはありません。

 ……と言いたいところですが、この戦いを収めたのは彼の力だけでなく、介入してきたケレイト軍の力あってこそ。しかしケレイトといえば、テムジンはその長の暗殺未遂犯であります。この時はごまかせたものの、いつかテムジンの存在がばれた暁には、ただで済むはずがありません。
 もちろん、テムジンも座して待つだけの男では当然なく、この戦いで勝ち得た名声をはじめ、使えるものは全て使って自分の勢力を広げるべく動き出すことになります。

 そんなテムジンにボオルチュは「あんたは俺のハーンだ」と語り、そしていまやオン・ハーンの義子となり、モンゴルで一番勢いがあると言われるジャムカも再登場。テムジンとジャムカ、二人のどちらかが高原を統一し、大陸を西進しようと希有壮大な誓いを交わすのでありました。
 しかしその前に、テムジンの首を狙い、ジャムカを追い落とそうとするケレイトの隊長・ダイルが立ち塞がります。そしてさらに、モンゴルにはオン・ハーンその人までもが姿を見せて……


 というわけで、危機から危機への八艘跳び状態のテムジン。普通の国盗り、普通ののし上がりだけでも大変なところですが、そこにテムジンとしての過去、義経としての過去が重なるのですから、さらにややこしい状況であります。しかしそれはもちろん、物語がそれだけ面白くなるということであることは言うまでもありません。
 第3巻のクライマックスがボオルチュと、そしてジャムカと大望を語るテムジンの姿であったとすれば、第4巻のクライマックスは、これは間違いなくテムジンとオン・ハーンの再会でしょう。

 かつて自分を殺そうとした男をオン・ハーンはどう遇するのか、そしてテムジンはそれにどう応ずるのか。
 実はこの二人の再会は、第3巻での次巻予告に取り上げられているのですが、そこで黒塗りにされていたテムジンの台詞にはさすがに仰天。あまりのテムジンの鉄面皮と、それを飲み込むオン・ハーンの腹芸にはただ唸るほかなく、二人のキャラクターが良く出た名場面と呼んでもよいのではないでしょうか。


 しかし、まだまだテムジンの向かう先には前途多難という言葉も生ぬるい困難が続きます。第4巻の終盤においては、テムジンと互いに関心を寄せ合っていたコンギラト族の娘・ボルテがメルキト武の変態じみた長に奪われ、テムジンは単身救出に向かうことになるのですが……

 第2巻に意味ありげに顔を見せたホラズム・シャー朝の少年のドラマも本格的に動きだし、こちらがテムジンの物語とどう交わるのか、それも気になるところであります。


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2018.10.29

野口賢『幕末転生伝 新選組リベリオン』第2巻 新選組のかつての未来、現在という過去


 斎藤一の転生である(と思われる)現代の高校生・幸田ヒロユキが、幕末にタイムスリップして新選組の仲間たちとともに再び戦い始めるという極めてユニークな新選組漫画の第2巻であります。ヒロユキが戸惑いながら戦いを始める一方、彼と同時にタイムスリップしてしまった女性教師・奥山の運命は……

 超高校生級の空手の実力を持ちながらも、その力を持て余していたヒロユキ。ある日突然幕末にタイムスリップしてしまった彼は、かつて街角でやり合ったMMA使いの菊池――今は藤堂平助と名乗る彼から斎藤一と名を呼ばれることとなります。

 わけのわからぬまま、彦根鬼忍衆なる忍者たちとの文字通り真剣勝負に巻き込まれたヒロユキは、試衛館に集う若者たち――近藤・沖田・山南・原田・永倉らとともに鬼忍衆を撃退したのですが――その頃、八王子の山中にタイムスリップしていたのは、ヒロユキの担任の奥山先生。
 山賊に襲われても、大の男に一歩も引かぬ武術の腕で渡り合う彼女ですが、しかし記憶喪失にもなってしまったという状況下で、苦戦を強いられることになります。

 そんな彼女の窮地に現れたのは、坂本龍馬と名乗る男、そして八王子千人同心・井上源三郎。奥山先生を救った二人は、今この時代が幕末であることを語るのですが――彼女を一目で未来人と見抜いた源さんは何者なのか?(そして未来人云々の話に平然とついていっている龍馬も謎だらけですが……)


 と、この巻も冒頭から色々な意味で驚かされ展開の連続ですが、続いて描かれるのは――そしてこの巻のメインとも言える部分は――ヒロユキと沖田総司の対決。
 幕末に来た己にとって唯一の武器ともいうべき空手の鍛錬に励むヒロユキに対し、山南はその技を否定し、総司との無手での三本勝負を命じるのであります。

 言うまでもなく総司は剣士、無手での戦いについての記録は見たことがありませんが、しかし剣の達人が無手であっても強い、というのはそれなりに説得力がありますし――何よりも格好良い。かくて始まった三本勝負、沖田はこちらの期待通りと言うべきか、得意の突き技でヒロユキを圧倒することになります。

 この辺りのアクション描写は、少年ジャンプ時代から空手を題材とし、本人もかなりの腕だという作者ならでは、というべきですが――なにはともあれ、戦いの経験値という点では分が悪いヒロユキは総司に追い込まれることとなります。
 そんな彼に対し、その場に現れた近藤は、ヒロユキにある言葉をかけるのですが――いやはや、これが新選組漫画では空前絶後のアドバイス。というより、本作でなければ絶対出てこないもの凄いセリフであります。

 そもそも本作の近藤は、あの後世のイメージとは全く異なり、剣術はおろかスポーツにも疎そうな、むしろ将棋部にでもいそうな黒縁メガネの青年。
 そんなビジュアルの彼が、幕末の人間であれば絶対に言わないようなことを言うということは、彼もまた未来から来た人間なのだろうとは思いますが――しかしそれはここではまだ明かされず、その代わりに(?)描かれるのは、総司の「未来の記憶」であります。

 「かつて」病に倒れ、仲間たちからおいていかれることとなった「未来」の総司。そこで彼は引き留めようとする斎藤と立ち合おうとしていたのであります。いわば「現在」のヒロユキとの立ち合いは、その「未来」の再戦と言うべきもので――と、実に時制がややこしいのですが、しかしそのややこしさこそが、本作独自の魅力であることは言うまでもありません。

 副題にあるとおり、転生ものであると同時に、タイムスリップものである本作。ヒロユキの存在を見れば、(第1巻の紹介でも書いたとおり)どうやら幕末に倒れた新選組の面々が現代に一度転生し、そして幕末にタイムスリップして戻ってきているようなのですが――さて本作に登場する新選組隊士(になる面々)が全員そうであるのか?
 それはまだまだわかりませんが、この点こそが本作の物語の中核を為す秘密であることは間違いありません。


 そしてこの巻の終盤では、残る最後の試衛館組である土方が登場。薬屋と言いつつ、スパイか大泥棒のようなアクションを見せる彼が、第1巻に登場した勅諚を巡り、鬼忍衆と対決することになるのですが――さて本筋とも言うべきこの展開がどこに向かうのか。

 正直に申し上げれば、漫画的には――絵的にも構成的にも――どうかなあ、という部分が多々あるのですが、この唯一無二の物語がこの先どこに向かうかは、大いに気になるところではあります。


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2018.10.28

風野真知雄『恋の川、春の町』 現代の戯作者が描く、江戸の戯作者の矜持と怒り


 黄表紙本の元祖と言うべき戯作者・恋川春町。彼は晩年、その作品がもとで時の老中・松平定信に睨まれ、その最中に亡くなったことから、自殺説もある人物であります。本作はその春町の姿を通じて戯作者の魂を描く、いかにも作者らしくユニークで、そして一つの矜持を感じさせる物語であります。

 駿河小島藩の年寄本役という歴とした侍でありながらも、売れっ子戯作者として活躍してきた春町。黄表紙の生みの親として、お上を皮肉り、人々を楽しませてきた彼は、共に世の中を遊べる「菩薩のような女」を探す日々を送っていたのですが――そこに思わぬ筆禍が降りかかります。

 時は松平定信による寛政の改革の真っ只中、庶民の生活――なかんずく娯楽への規制が続く中、武家社会を面白おかしく描いた『鸚鵡返文武二道』が大ヒットしたことで、周囲からは不安の目で見られるようになった春町。
 はたして春町に対して届けられたのは、松平定信からの呼び出し。盟友であった朋誠堂喜三二は筆を折って地方に隠居し、太田南畝は文化人に鞍替えし――と周囲が慌ただしくなる中、春町は如何にすべきか、深い悩みを抱えることになります。

 愛する女たち、戯作の道、武士の矜持――様々なものの間に挟まれ、悩み抜いたその果てに、春町が選んだ道とは……


 冒頭に述べたように、その最期には不審な点もある春町。その真実がどうであれ、そこには、寛政の改革の影が色濃く落ちていたことは間違いのないことなのでしょう。
 本作はその春町が最期の日に向かう姿を描いた物語なのですが――それを悲劇のみで終わらせないのが、作者の作者たる所以です。

 何しろ本作の恋川春町は、今一つ格好良くない。歴とした妻子がありながらも、ある時はうなぎ屋の看板娘、ある時は吉原の女郎に熱を上げ、またある時には女性戯作者や幼馴染と怪しからん雰囲気になったりと忙しい。
 と言っても艶福家というわけではなく、むしろ女の子と仲良くなりたいのになかなかなれない冴えないおっさん――というのが正直なところで、その辺りの何ともいえぬユーモアとペーソスは、これはもう作者の作品でお馴染みの味わいであります。

 しかしそんなおっさんでありつつも、しかし戯作者としての誇りは誰にも負けないのが春町。自分の作品で世の中を楽しませることが信条の彼が密かに信奉するのは馬場文耕――30年ほど前にその作品が幕府の逆鱗に触れ、打ち首獄門となった講釈師――なのですから、その根性は筋金入りであります。

 その文耕に倣って権力に屈することなく、ただ己の目指す作品を描く――そんな意気軒昂なところを見せる春町ではありますが、しかしそんな彼に忍び寄るのは、定信の影だけではありません。
 売れっ子戯作者として追い上げてきた山東京伝の存在、自分を応援するといいつつ今一つ信頼できない蔦屋(本屋)――さらに先に述べたような周囲の戯作者たちの変節が、彼を悩ませ、弱らせていくことになります。

 そしてもう一つ、武士であるという己の矜持ににも縛られ、どんどん追い込まれていく(己を追い込んでいく)彼の姿は、それまでが生き生きとしていただけに実に辛い。
 その一方でその姿には作者の自己投影を見てしまうわけで、特に終盤に描かれる春町の八方破れの姿などは、ほとんど私小説の味わいを感じてしまう――というのはもちろん、読者の勝手な思い入れではありますが……


 そんなわけで、様々な意味で実に作者らしい本作なのですが――しかしもう一つ作者らしいのは、それは権力の理不尽に対する怒りが、作品の基調を成していることでしょう。

 本作の悪役ともいうべき定信。しかし彼は最後の最後に至るまで、その姿をはっきりと見せることなく、その真意が明示されるわけでもありません。しかしここに在るのは確かに権力の理不尽の姿であり――そしてそれに押し潰され、消されていく者の姿なのです。

 これは折りに触れて述べてきたことでありますが、デビュー以来作者の作品の底流に着実に脈打っているのは、この権力への怒りであり、そして弱くとも必死に生きる者たちへの慈しみであることは、愛読者であればよくご存じでしょう。
 いわば本作は、その二つの想いに揺れ続けた一人の戯作者の姿を、現代の戯作者たらんとする作者が描いた物語であり――そしてそんな本作が、今この時に書かれたことには、必ず意味があると感じさせられます。

 あくまでもユーモアとペーソスを漂わせつつ、その核にあるのは作者の叫びのような想い――そんな本作を、私はこよなく愛するものです。


『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA)

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2018.10.27

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第10巻 最終決戦目前! 素顔の張良と仲間たちの絆


 抗秦の戦いもいよいよ佳境、単行本もついに二桁に突入した本作。この巻では項羽サイドはほとんど(ただし、極めて重要な場面を除いて)描かれることなく、その全てで劉邦の、すなわち張良の戦いが描かれることとなります。関中を目前とした劉邦軍の行く手に待ち受けるものは……

 先に関中に入り、咸陽を落としたものが天下の王となる――そんな構図の下、再び合流した張良の策により天下の険たる函谷関を避け、武関を目指す劉邦軍。途中、調子に乗った劉邦のチョンボによって窮地に陥るも、張良の機転によって事なきを得た一行は、ついに武関を目前とすることになります。
 しかしここから先は秦の地、兵糧もさることながら兵の志気も考慮に入れることを進言する張良ですが――ここに状況を一変させるような報が入ります。

 そう、なんと秦軍を率いて項羽に真っ向から抗していた章邯が降伏し、これによって関中への障害がなくなった項羽は、一気に西進を始めることとなったのであります。

 これもまた張良の予想通りではあります。しかしこの報を受けて彼の中にたぎるのは、他人の手ではなくこの手で――すなわち項羽軍ではなく劉邦軍が秦を滅せねば気がすまないという強い想い。
 万事冷静さを崩さぬ彼にしては珍しく感情的な姿を見せる場面ではありますが――しかしそんなある意味素顔の彼を理解し、支える窮奇と黄石の姿が実にいい。そして二人の想いに応え、これが「私戦」だと――己の名が地に墜ちても本望と思い定める張良の姿もまた熱いのであります。

 そしてある意味箍を外した張良の策によって武関、そして嶢関攻めが行われることになりますが――ここで武関の将が金に汚いことをついてこれを宝物で落とす張良。
 そして武関の兵とともに嶢関に進軍する張良ですが、彼が珍しく気を緩める姿に不安感を覚えてみれば――いやはやこう来たか、と唸らされる展開が描かれることになります。

 なるほど、史実からすればこの展開以外はないのですが(尤も、あとがきによればこの辺りも作者の苦慮が窺われるのですが……)、しかしこの辺りの盛り上げ方の巧さは、これはやはり作者の業というものでしょう。


 そしてついに関中に入った劉邦と張良ですが――ここで描かれるのは秦国内の混乱と、二世皇帝・胡亥を傀儡とする宦官・趙高の専横の姿。あの有名な馬鹿(うましか)の故事もここで描かれることとなりますが――その後の国を売って己の身を長らえようとする姿といい、いやはや、権力者の醜悪さは古今東西を問わず変わらぬものと見えます。

 それはさておき、その趙高の誘いに対し、毅然と断ってみせる張良の姿もまた格好良いのですが――真に盛り上がるのはここからであります。
 混乱の中にあるとはいえまだまだ秦の国力は強大、正面から咸陽を落とすのは不可能。だとすればどうすればよいのか――ここで秦の「心を折る」策を進言、いや宣言する張良と、劉邦を始めとする仲間たちが張良を信頼する姿は、ほとんど最終決戦直前のような盛り上がりなのです。


 いや、まさしくこれが秦との最終決戦。張良が、劉邦が、窮奇が、そして黄石までもが己の命を賭けて挑む戦いの行方は、劉邦軍優位に進むのですが、ここである事件によって秦軍の志気が一気に高まることに……
 前には秦軍が立ちふさがり、後ろには項羽が迫る中、果たして劉邦と張良の戦いの行方は――心憎いほど先が気になるヒキで終わる第10巻であります。

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2018.10.26

武川佑『弓の舞(クリムセ)』 天下がもたらすものと舞に込められた想い

 これまで戦国時代を題材とした作品を中心に発表してきた武川佑。その作者が、戦国時代の一つの終わりを描く短編――九戸政実の乱の結末を、そこに加わった青年とアイヌの姿から描く短編であります。

 秀吉の奥州仕置が終わり、ひとまずは奥州に新たな秩序が生まれたものの、なおも続く一揆や兵乱。そんな中、南部家の中でも有力者であった九戸政実が、当主・南部信直に対して挙兵し、散々に本家側を苦しめることになります。
 これに対して秀吉は諸大名に号令して大討伐軍を編成、追い詰められた政実は九戸城に籠もり、6万の包囲軍を相手にすることになるのですが……

 本作は、この九戸政実の乱に参加した青年・小本兵次郎を主人公とした物語。半漁半士の閉伊郡船越党の一人として、九戸家への助太刀を命じられた兵次郎が、やはり九戸家に味方するアイヌのシウラキと出会い、彼とともに九戸城に入る場面から物語は始まります。

 彼らが入ってすぐに始まった包囲軍の猛攻の中、シラウキが敵方についたアイヌと戦おうとしたのを兵次郎が止めたことをきっかけに、親しくなった二人。
 その晩、対陣する兵から蝦夷舞の勝負を持ちかけられたシラウキは、兵次郎をパートナーに指名し、見事な『弓の舞(クリムセ)』を舞ってみせるのでした。

 しかし劣勢は覆せず、兵や民を坑道から逃し、開城することとなった九戸城。アイヌに扮するとシラウキと二人、敵陣に潜り込んだ兵次郎は、敵将・蒲生氏郷の前でクリムセを舞うことになるのですが……


 その前年に行われた奥州仕置の、ある意味締めくくりとも言う形となった九戸政実の乱。この局地戦ともいうべき戦いによって奥州は統一され――すなわち、天下は秀吉の下に統一されたことになります。
 この戦いの結末、九戸城落城の際に、「夷人二人」が許され、氏郷の前で舞ったという『氏郷記』の記述を基とした本作。このわずか数行の記述から、本作は深く重い、そして豊かな物語を生み出してみせるのです。

 主人公たる兵次郎は、いわば一族の代表という形で九戸城に入った青年。かつて父を奪った大浦為信が敵方にいることもあり、敵討ちと心を励まして激戦に身を投じるのですが――しかしその実、一族は南部方に付き、彼は一人梯子を外された格好となります。
 そして彼と厚誼を結ぶシラウキは、その大浦氏によって故郷であるト・ワタラ(十和田)の地を奪われ、戦うことで土地を取り戻そうとする男として描かれます。

 この二人に共通するのは大浦氏への遺恨――ではありますが、それ以上に大きいのは、舞台となる九戸城においては局外者であること。彼らは九戸と南部、九戸と豊臣の戦には直接関係のない身でありつつも、二人は九戸城に入ったのであります。

 そんな二人が、城内から脱出する人々のため、アイヌとして敵陣に乗り込むというのは、見方によっては非常に盛り上がる展開ではありますが――しかしそれを単純なヒロイズムの発露として描かないのは、本作の巧みな点でしょう。
 そしてその印象は、氏郷を前にして兵次郎が取ろうとした行動と、それに対するシラウキの行動によって、より印象的なものとなります。

 そこに浮かび上がるのは、この戦いの先に生まれる「天下」がもたらすものの真の姿であり、そしてそれによって踏みにじられる者たちの存在であり、そしてそれに対する「もう一つの」戦いの在り方なのですから。


 本作において二度にわたり描かれることとなるクリムセ。それは野で美しい鳥に出会った男が、弓で射るか射るまいか惑う姿を表した舞であります。それは自然とその美に対する敬虔の念の現れであると同時に、それを奪うことを躊躇う人間性の現れと言うことができるのではないでしょうか。
 だとすればその舞を戦いの最中に、そして敵将を前に踊ることにどれだけの意味が、想いが込められているのか――それを考えたとき、我々の胸は、あるいは熱く高鳴り、あるいは冷たく沈むのであります。

 しかし私は、兵次郎とシラウキが最初にクリムセを舞ったとき、兵次郎は鉄砲を、シラウキは弓を手にしていたことに、一つの希望を感じます。
 アイヌにとっては禁忌でもある鉄砲。それを手にした兵次郎とシラウキが共に舞う時、そこにあるのは決して破壊ではなく、人と人との融和の姿であると――そう信じたいのであります。

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2018.10.25

門井慶喜『新選組の料理人』 人間になった狼の終焉、武士の時代の終焉


 幕末きっての武闘集団である新選組。しかし彼らも飯を食わなければやっていけない――というわけで、成り行きから新選組の賄方(料理人)となってしまった運の悪い男・菅沼鉢四郎の視点から新選組の興亡を描いた、極めてユニークな作品であります。

 禁門の変によって発生した大火――どんどん焼けによって、住んでいた長屋を焼かれた浪人・菅沼鉢四郎。妻子ともはぐれた彼は、偶然口にした会津藩の炊き出しを「まずい」と言ったことがきっかけで、新選組に引っ張り込まれることになります。
 というのもその炊き出しを担当していたのは新選組の十番隊組長・原田左之助。その左之助に見込まれてしまった鉢四郎は、唯一の取り柄である料理の腕を振るい、会津の炊き出しは大評判となるのですが……

 という第一話の展開を見れば――そして作品の題名をみれば――本作は鉢四郎がその料理の腕を活かして、新選組に降りかかる難題を解決していくのだな、と思ってしまうところですが、さにあらず。
 第一話でも、良かれと思って行った炊き出しの工夫が、彼の全く預かり知らぬところで大問題となり、文字通り詰め腹を切らされる寸前までいくことに――と、万事彼は貧乏くじを引く役回りなのであります。

 料理の腕以外は、侍としてはからっきしの鉢四郎。そんな彼は、左之助ら新選組の面々に振り回され、面倒に巻き込まれるばかり。
 ぜんざい屋事件、寺田屋事件、天満屋事件――そんな新選組と幕末の京阪で起きた事件の数々を、鉢四郎はそんな中で目撃していくことになるのであります。

 そしてその鉢四郎が目の当たりにする新選組の姿なのですが、これが良くも悪くも――いや主に後者の意味で――実に生々しい。
 政治家として隊士を駒のように動かす近藤(彼が坂本竜馬と対面した時の一手には仰天!)、剣の腕はいまいちだが内務の鬼の土方、女と酒にだらしない左之助、そんな左之助を軽蔑し対立する斎藤一……

 どれもお馴染みの新選組像から少し(悪い方向に)はずれつつ、それでいて妙に説得ある描写は、新選組ファンとしては実にツラいものがあるのですが、しかしその一方で妙に目を引き寄せられるものがあります。

 それは鉢四郎というある種の局外者の存在を通して描かれる点が大と思われますが、本作においては、そんな鉢四郎とは対になる、もう一人の主人公とも言うべき存在がいます。
 それが原田左之助――ある意味最も新選組隊士らしい男であります。

 先に述べたように、悪い意味で体育会系のキャラクターとして鉢四郎を大いに振り回す役どころの左之助。しかし本作はそれだけでなく、彼のある特徴に注目して物語を描いていくことになります。
 他の誰にもない、左之助のある特徴――それは彼が妻子持ちであることであります。

 いやもちろん、彼のほかに妻(というか愛人)がいる隊士は幾人もいます。作中で言及されるように、近藤には多摩に娘がいるわけですが――しかし京に妻と子を置いていたのは、なるほど左之助くらいのものであります。
 常在戦場は武士の習いですが、幕末においてそれを最も体現していたのは新選組でしょう。そんな状況で、さすがに同居はしていないものの、ごく身近に妻と子を置いている左之助は、ある意味士道不覚悟と言えます。

 士道と縁遠い鉢四郎ですら、成り行きとはいえ妻子と引き離されているという状況で、左之助の姿を面白くないと感じる者も少なくありません。
 そしてそれがやがて、決定的な事件を引き起こすのですが――なるほど、左之助を描くにこういう視点があったか、と感心させられるところですが、しかし本作はさらにその先を描いていくこととなります。

 戦場に生きる武士が一度家族を持ち、その温もりを知った時どうなるか。本作は左之助の姿を通じて、それを容赦なく剔抉するのであります。
 そしてさらにその武士から人間への――他の作品で描かれるのとはある意味逆のベクトルの――変化は、一人左之助だけのものではなく、新選組全体を覆うものであることが、終盤において明らかになるのです。

 しかし、そんな人間になってしまった新選組隊士たちから、その人間性を奪うかのような、二重に皮肉な結末をどう解すべきか――その変化を前にした鉢四郎と左之助の、ある意味逆転した姿は強く印象に残ります。


 料理という題材との食い合わせについては首を傾げる部分はありますが、「新選組」の、武士の時代の終焉を描く、ひどくシニカルで残酷な物語として、珍重すべき作品というべきでしょうか。


『新選組の料理人』(門井慶喜 光文社)

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2018.10.24

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」

 毒に苦しむ殤不患の前に現れた凜雪鴉。相変わらずの調子の良さに呆れる殤不患だが、凜雪鴉は治療を申し出ると、解毒には龍の角が必要と診断を下し、浪巫謠とともに鬼歿之地へ向かう。一方、蠍瓔珞の前に現れた嘯狂狷は、彼女に手を組むことを持ちかけ、彼女もそれを受け容れるが……

 蠍瓔珞の毒を受け、辛うじて内功で抑えてはいるものの行動不能状態の殤不患。彼と浪巫謠が潜む洞窟に、突然凜雪鴉が顔を出して――というある意味一触即発の場面から始まった今回。(嘯狂狷のことはおくびにも出さず)殤不患を探すために刑部に潜り込んでいたという凜雪鴉に露骨にイヤな顔を見せる殤不患ですが、もちろん凜雪鴉が気にするはずもなく、グイグイと懐に飛び込んできます。
 友だから手を借りる→以前お前には散々手を借りた→だからお前は私の友 という謎の逆ジャイアン理論で強引に友人面をする凜雪鴉ですが、何と殤不患の毒を解毒しようと言い出すのは何の企みがあってか……。なるほど、彼も煙管からの幻惑香を操る身、その辺りの知識が豊富でも不思議はないのですが。

 そして殤不患の血を吸わせた布に、様々な種類の毒を垂らしてその反応を見る――という化学実験のような調べの末に、毒は陸に棲む獣の牙からにじみ出るもの、と見抜いた凜雪鴉。細かい種類を調べるよりも、同類でより霊格の高い動物――たとえば龍の力を体内に取り入れて制する方が早いという凜雪鴉ですが、龍なぞそうそう簡単にいるはずがありません。怪物犇めく鬼歿之地ならいざ知らず……
 と、その鬼歿之地を通って東離に来る途中、片翼の龍を目撃したという浪巫謠。片翼ゆえ、簡単に躱すことができたというのですが――実はこれは殤不患の仕業。西幽から東離へと鬼歿之地を通っての旅の途中に、空から狙ってくるのが鬱陶しいのでやっちゃったということですが――その他にも食人鬼の村を壊滅させたりと色々とやってくれたおかげで、鬼歿之地もずいぶんと通りやすくなった模様であります。そのおかげで追っ手たちもまた東離に来やすくなってしまったのは、皮肉以外のなにものでもありませんが……

 と、その追っ手である蠍瓔珞は、森で毒草採集の最中に、禍世螟蝗一党の召集の狼煙を目撃することになります。こんなところで一体誰が――といぶかしみながら向かった彼女の前に現れたのは何と嘯狂狷。捕吏であらば悪党の合図を知っていても不思議ではないと嘯く彼は、同じ殤不患を狙う身として、手を組もうと言い出すのでした。
 彼の目的は殤不患の首、蠍瓔珞の目的は魔剣目録――東離にあるよりも、たとえ禍世螟蝗の手にあったとしても魔剣目録は西幽にあった方が良い、自分の管轄で取り返さないと手柄にならないから――と役人の悪い面を固めたような嘯狂狷の言い草に呆れつつも、蠍瓔珞も手を組むことに合意するのでした。

 さて、龍の方ですが――居所はわかったとはいえどうするのかと思ったら、殤不患を東離に残し、素材ゲットのためにわざわざ鬼歿之地までやってきた浪巫謠と凜雪鴉。浪巫謠はともかく、凜雪鴉が自ら足を運んでくるとは、怪しい以外の何物でもありませんが――何はともあれ、彼の操る魑翼(前作で手に入れたのがよっぽど気に入った様子)で鬼歿之地の入り口辺りまで一っ飛びであります。
 そして龍のエリアまで行こうとする二人ですが――そこに立ちふさがるのは、鬼歿之地の瘴気によってゾンビと化した皆さん。容赦無用の相手に、特撮ヒーローのアイテムチックに聆牙を琵琶から剣に変形させて立ち向かう浪巫謠と、彼に煽られつつも、煙管からの火炎放射で攻撃する(すなわち真の実力は見せない)凜雪鴉と、二人は互いの名刺交換代わりに大立ち回りを繰り広げるのでした。

 一方、再び東離で隠れ家にしている納屋に戻ってきた蠍瓔珞ですが――その納屋に運悪く雨宿りに入ってきたのは、前回登場した謎の行脚僧・諦空。口封じのためと楽しそうに諦空の命を奪おうとする蠍瓔珞ですが、諦空は命を差し出すのはやぶさかではないと言いつつ、今回もまたその行為の意味を問います。もちろん蠍瓔珞がそれに満足に答えるはずもないのですが――だとしたら諦空もまた彼女に従うはずもありません。前回受けた毒はどこかへ消えたのか、蠍瓔珞の攻撃を軽々といなし、諦空は消えるのでした。屈辱に震える蠍瓔珞を残して……


 というわけで、今回も話が動いたような動いていないような展開ですが、やはり凜雪鴉と殤不患の絡みは抜群に面白い。全く以て油断のできない凜雪鴉ですが、浪巫謠とまさかのコンビを組んでの鬼歿之地という展開にはさすがに驚かされました。
 一方、ある意味殤不患以上に色々なキャラと絡んでいる印象もある蠍瓔珞は、悪役としての貫目の足りなさがここに来て露呈した印象。さて、そろそろ彼女はあの魔剣の魔力の前に屈してしまう気もしますが――冷静に考えれば(嘯狂狷を除けば)ただ一人の悪役らしい悪役を務めるだけに、まだまだ彼女の苦労は続きそうであります。


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2018.10.23

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』


 侍言葉の盲目の美少女イタコ・百夜が、付喪神が引き起こす奇怪な事件に挑む『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの第5章の紹介、今回はその前半である第5章の1(第25話)から3(第27話)をご紹介いたします。

『三姉妹』
 呉服屋のドラ息子・仙太郎のもとに毎夜現れる三人の芸者姿の妖。ちーんという金属の音とともにどこからともなく現れる彼女たちは、歯も舌もない真っ赤な口を開けて仙太郎に襲いかかり、どこかへ連れて行こうというのであります。
 依頼を受けた百夜は、仙太郎が怪異が始まる直前に、十二社の池の畔で騒ぎを起こしたことに注目するのですが……

 第5章の開幕編は、何といっても登場する怪異の不気味さが印象に残る一編。見た目は人間ながら、一部分だけ明らかに人外というのは――しかもそれが三人、家に押しかけてくるというのはインパクト絶大であります。
(正体を明かされてみれば、ははぁ……という感じなのですが)

 そして本作で注目は、昌平橋のたもとで百夜の前に現れた謎の色男。彼女に何故か懐かしいものと、胸のときめきを感じさせるこの男は、彼女に水難の相があると警告するのですが――侘助の裏地の着物を来たこの男の正体は何者なのか、それがこの第5章を通じての謎となります。


『肉づきの面』
 江戸を騒がす相模の権兵衛一味。押し入った店の者を皆殺しにするというこの凶賊が、日本橋の紙問屋に入ったものの、蔵にあった「痩せ男」の面を一つ奪っただけで退散したというのですが――その面が、いわゆる肉づきの面のように、権兵衛の顔に張り付いてしまったというのであります。
 そして百夜のもとを訪れる油問屋の手代を名乗る男たち。主の顔から面が離れなくなってしまい、祓うために百夜を招きたいというこの依頼は、どう考えても権兵衛一味からのものとしか思えないのですが……

 肉づきの面といえば、越前吉崎観音の嫁威し説話が思い浮かびますが、本作はそれを題材にしたもの――と思いきや、全く意外な角度から肉づきの面を描くのが面白い0。
 凶賊が盗みに入った先でかぶった面が顔に張り付いて――というだけでもユニークですが、この面を作ったのが元盗賊の面作りという因縁が、本作を幾重にも入り組んだものとしています。

 本シリーズは有名な逸話やそこに登場する存在を題材にした怪異を描きつつも、それをそのままでなく、ワンクッション置くことで独自性を見せるエピソードが少なくありません(例えばこれまで紹介した中では『内侍所』『猿田毘古』がそれに当たります)。
 その構図がまた伝奇的――というのはさておき、本作もまたそんな面白さを持つ作品であります。

 そして前回同様登場する侘助の男は、百夜に剣難の相があると警告。しかし本シリーズでは比較的珍しいセクハラ発言を受けて、「男が近づかぬと言った奴、こっちへ来い!」「お前だけは斬り殺してくれる!」と激高する百夜を見ると、それは相手の方では――と思ってしまったり。


『六道の辻』
 侘助の男の「闇夜の辻は気をつけなよ」という警告から始まる本作の舞台となるのは横山同朋町の小さな辻。その辻に毎月一度、化け物が現れて人を追いかけるというのですが――その姿が凄まじい。
 首は細長く、一つ目に牛のような胴体、短い翼を羽ばたかせ、細長い尻尾に四本の足があるというその姿は、もうほとんどクリーチャーといった代物。これが夜道で人間を追いかけるというのですから、その辻が「六道の辻」と呼ばれてしまうのもむべなるかな、であります。

 もちろん本作では、百夜が依頼を受けてこの怪物と対決することになるのですが――その先で明らかとなったその正体はなるほど、と思うもののいささか拍子抜けではあります。
 これはこれで、いわゆる「化物寺」の問答をビジュアル化したようなもので、付喪神との対決を描く本シリーズのコンセプトに則ったものではあるかとは思いますが……


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2018.10.22

『つくもがみ貸します』 最終幕「蘇芳」(その二) そしてアニメ版を見終えて

 アニメ版『つくもがみ貸します』の最終幕の紹介の後半と、アニメ版全体のまとめであります。江戸に帰ってきたものの行方不明になった佐太郎を、つくもがみや友人たちの協力でようやく見つけだしたかに見えた清次ですが、思わぬ一撃を喰らって……

 と、意識を取り戻してみればどこかの座敷、そこには佐太郎と叔父もいます。聞いてみれば清次を殴ったのはこの質屋の主人、彼を賊と勘違いしてとのことであります。清次には完全にとばっちりですが、これがきっかけで店を訪れた際に誤って倉に閉じこめられ、誰にも気づかれていなかった二人も助かって一件落着、ではありますが……

 もちろん清次とお紅と佐太郎の関係はまだ解決していません。佐太郎などは、もうこれでお紅とは結ばれたものと有頂天になっていますが――そこに当のお紅が駆けつけます。清次が殴られた際に、急を告げるべく出雲屋へ急いだ野鉄から知らせを聞いたお紅ですが、彼女が飛び込んだのは――清次の腕の中。涙ながらに清次の無事を喜ぶ彼女の耳には、後ろから呼びかける佐太郎の声など入るべくもなかったのでした。

 かくて本当に一件落着した物語。勝三郎と早苗は無事に婚礼を挙げ、幸之助とお花もまあ公認の間柄となり――そして佐太郎はお紅にどうしても七曜を受け取ってもらえず、結局叔父が間に入って七曜を半額の40両で買い取り、それを清次たちに渡す、ということになります。その金で件の借金も完済し、めでたしめでたしであります(佐太郎以外は)。

 そして変わらぬ日々を迎える出雲屋。にぎやかに騒ぎ回るつくもがみを捕まえ、商売に向かう清次ですが、一つだけ変わったことがあります。そう、それは清次がお紅を「姉さん」ではなく、「お紅」と名前で呼ぶようになったこと――そしてお紅の簪を褒める清次の言葉に、お紅も嬉しそうに微笑むのでした。


 というわけでめでたく大団円を迎えた、このアニメ版『つくもがみ貸します』。これまでの紹介のなかでも何度も述べて参りましたが、このアニメ版は、原作のキャラクターや設定、物語を踏まえつつも、そのかなりの部分において、オリジナルの物語、オリジナルのキャラクターが描かれてきました。
 これは言うまでもなく、原作が全5話しかなかったことによるものかと思いますが、しかし原作に極めて忠実な内容の、原作そのままと言ってよいようなアニメがほとんどの昨今を考えれば極めて珍しいことで、むしろ快挙と言ってもよいのではないでしょうか。
(もっとも、原作者のアイディアに拠る部分もあるようですが……)

 もっとも原作ファンの目から見ると、人間とつくもがみの一筋縄ではいかない関係性をベースとした時代ミステリ、という原作の構造からは外れるようなエピソードもあり、ちょっとどうかなあ――と思う点は、正直なところ少なくありませんでした。
 しかしその一方で、このオリジナル展開によって、わずか5話だった――それもその半分以上が蘇芳にまつわる物語であった――原作の世界観を大きく広げて見せてくれたのは、非常に大きな意味があったと感じます。
(以前も書きましたが、半助のキャラクターなど、オリジナルでありつつも、非常に原作的な味わいを出していたと感じます。)

 そしてそんな本作の魅力が最も良い形で結実したのが、この最終幕であることは言うまでもありません。人間とつくもがみ(そしてもちろん人間と人間)の関係性が、最もポジティブな形で昇華したクライマックスの展開は、これまでその関係性を様々な形で描いてきた本作だからこそ描けたものであることは間違いないのですから……
 ちなみにもう一つ嬉しかったのは、清次のお紅の名前呼びが最後の最後であったこと。実は原作ではちょっと違うタイミングだったので、上のつくもがみとの関係性も含めて、よりドラマチックな展開となっていたのは、これは個人的には大いに嬉しかったところであります。


 さて、本作はここでめでたく完結ですが、原作には続編『つくもがみ、遊ぼうよ』が存在します(そして第三作も連載中)。
 清次とお紅の子供(!)世代が主人公となるこの続編では、人間と一線を画していたつくもがみたちもすっかり丸くなり、より賑やかな物語となるのですが――こちらもいつかアニメで観てみたいなあ、と願っているところであります。


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2018.10.21

『つくもがみ貸します』 最終幕「蘇芳」(その一)

 佐太郎が江戸に戻ってきたことを知った清次とお紅。しかし佐太郎は翌日からまた姿を消してしまったという。清次は佐太郎が探しているのが蘇芳の兄弟の香炉・七曜であることに気付くが、そのことを聞いたお紅は清次に怒りをぶつける。果たして佐太郎はどこに消えたのか、お紅の想いはどこに……

 いよいよ最終幕の今回、アバンで出雲屋に姿を現したのは佐太郎の母。しかし突然佐太郎の行方を尋ねる彼女に、清次もお紅も当惑するほかありません。彼女が語るには、佐太郎は大坂で叔父を頼り、米相場で一山当てて自分の店を持ったとか――そして叔父とともに江戸に帰ってきたのですが、その翌日から姿を消してしまったというのであります。

 さて、佐太郎の帰還に心中穏やかではないものの、何だかんだで佐太郎の行方を捜して奔走した清次は、佐太郎が探しているものが、蘇芳と一緒に焼かれた香炉の残る一つ・七曜であることに思い当たります。
 同じ職人により三つ作られた香炉のうち、蘇芳は行方不明となり(前回発見されましたが)、以前にお紅が佐太郎のために80両で購った三曜は佐太郎が壊し、残るは七曜のみ。佐太郎は過去のけじめをつけるために七曜を探し出し、それを手にしてお紅に会いに来るに違いない! と、お紅に話す清次ですが――そこでお紅の平手打ちが一閃!

 突然のことに目を白黒させる清次に、「急にぶちたくなったから」と言い放つお紅。さらに、いつまで私を姉さんと言ってるの! と激しく追撃をかけてきます。一見とばっちりに思えますが、しかし、江戸に帰ってきたにもかかわらず過去の約束に拘泥して香炉探しを優先する佐太郎も、そんな佐太郎への引け目か遠慮か、お紅を慕いながらも姉と呼ぶ清次も、己の想いに浸っているばかりで肝心のお紅の気持ちは考えないという点では同様と言えるでしょう。
 この辺り、男性視聴者はむしろ佐太郎たちの方に感情移入していたのではないかと思うのですが――そこに思い切り冷や水を浴びせかけるのは、さすがというべきでしょうか。

 それはさておき、当惑が隠せない清次は一度退散すると、お花の茶屋ですっかり顔なじみとなった面々――勝三郎・早苗・幸之助・お花・半助相手に嘆き節ですが、尋常でないニブチンの幸之助を除けば、皆には清次のお紅への気持ちも、お紅が怒っている理由もバレバレ。挙げ句の果てには勝三郎から、第1話でアドバイスした「綺麗だと言っておあげなさい」という言葉を返される始末……
 と、そこに駆けつけた権平から、佐太郎の母が奉行所に届けたことで大事となってしまったと聞かされる清次。しかしなおも佐太郎の手がかりはなし――と、そこで清次とお紅は閃きます。

 それはこれまでの物語で何度も繰り返されてきたこと――つくもがみたちを貸し出しての情報収集。しかし今までと異なるのは、初めて二人がつくもがみに力を貸して欲しいと頼んだこと――そしてつくもがみたちもまた、人間である二人に話しかけられたのを無視せず、手を貸すと答えたことであります。
 そしてそのつくもがみをあちこちに貸し出すように頼まれたのは、先ほど茶店で会っていた面々。二つ返事で引き受けた彼らの手により、つくもがみたちは江戸の方々へ……

 というこのくだり、実に最終回らしく良い展開であります。実はこの清次とお紅がつくもがみに直接語りかけるというのは原作通りですが、しかしそちらではむしろお紅は飴と鞭でつくもがみを動かそうという展開で、つくもがみたちも意気に感じたりせず、表向きは無視したままという形でした。そしてつくもがみたちを貸し出すのも、清次とお紅自身の手で――と、これはオリジナルキャラが大半なことを考えると当然かもしれませんが、しかし大きな違いと言えるでしょう。
 そう、ここで描かれたのは、本作において清次とお紅がこれまで培ってきた絆が生み出したもの。人であれつくもがみであれ、これまでの二人の想いと言葉に応えて、皆が動いてくれたということにほかならないのであります。

 そしてつくもがみたちの聞き込みで、とある質屋の倉に七曜があることを知った清次は、一緒に行くというお紅を留め、連絡係の野鉄(いつも嫌がっているのが、今回はやる気になっているのもいい)とともに質屋に急ぎます。そして倉まで来た清次は、中から助けを求める佐太郎の声を聞くのですが――そこで後ろから何者かの一撃を受け、意識を失ってしまうことに……


 と、Aパート終了のこの場面で、長くなってしまったので次回に続かせていただきます。


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2018.10.20

木下昌輝『絵金、闇を塗る』 異能の絵師の一代記にして芸術奇譚、そして……


 天才的な才を持ちながらも、故あって表舞台から消え、今は土佐に残された芝居絵にその名を留めるのみの絵師・絵金。本作はその絵金――見るものをしてエロスとタナトスの迷宮に迷わせる魔性の絵を描いた男の物語であります。

 江戸末期に土佐に生まれ、服の上から相手の秘部を完璧に類推して描くという非凡極まりない才を幼少のうちから発揮した絵金。その才に目を付けた豪商・仁尾順蔵によって狩野派に送り込まれた彼は、江戸でわずか三年という異例の短期で修行を終了し、土佐に帰り、藩家老のお抱え絵師となります。

 しかし禁断の贋作に手を染めた咎により土佐から追放され、以降は町絵師として芝居絵などを手がけることになった絵金。
 そんな運命の変転も意に介さぬような彼の描く絵は、彼がどこにいようと何を描こうと、周囲の人々の中に潜む性への渇望を、あるいは死への欲望を掻き立て、破滅に向かわせることになります。そしてそんな人々の中には、歴史上に名を残す幾多の人物たちの名も……


 現在、土佐では年に一度の祭りの際に、町家でその芝居絵が飾られるという絵金。写真で目にするその芝居絵は、夜の灯りに照らされたものであったためか、どこか不吉な赤黒さをまとって感じられます。
 そして本作に描かれる絵金の存在にも、その不吉さはつきまとうことになります。

 初めて絵師としてその才を認められた少年時代。江戸でその破天荒な麒麟児ぶりを発揮した修業時代。地位に恵まれながら、不可解な事件に連座して追放されたお抱え絵師時代。そしてそれ以降、印象的な赤の色を多用した芝居絵を中心に描き続けた町絵師時代――本作はその絵金の生涯を、連作形式で描くことになります。。

 ところが、本作における絵金は、主人公であると同時に、むしろ狂言回しとしての性格を強く持つ存在でもあります。
 実のところ本作において、絵金の心の内が直接的に描かれる箇所はほとんど存在しないように感じられます。彼が何を想うのか――それはその奔放な言動に、そして何よりも彼の作品の中に、間接的に浮かび上がるばかりなのです。

 そんな本作においてもう一人の主役と言うべきは、絵金の絵に魅せられ、取り憑かれ、そして人生を狂わせた者たちであります。
 絵金を狩野派に送り込んだ仁尾、絵金の師である前村洞和、土佐の人斬り・岡田以蔵、若くして散った八代目市川團十郎、土佐勤王党の武市半平太、そして坂本龍馬。

 彼らは皆――特に彼が土佐を追われてから関わった者たちは――絵金とその絵に出会って以来、それまでとは全く異なる道を、それもひどく血腥い、死の匂いが濃厚に漂う道を歩むことになります。そしてそれは時に、この国の歴史に影響を与えたようにすら見えるのですが……

 その意味では、本作は一種の芸術奇譚とも言うべき物語ではあります。しかし本作の絵金は、超自然的な魔力を発揮して、人の心を操るような存在ではありません。
 彼はただ絵を描くのみ――人はただ、その絵の持つ深淵に飲み込まれ、そして新たな、いや本来の自分として生まれ変わるのです。そしてそんな人々が、歴史を動かし、時代を変えていく姿を、本作は描くのです。

 そしてそれは、時にひどく不気味で、忌まわしいことにも見えますが――しかし同時に、ひどく力強く、そして希望に満ちたものにすら感じられるものでもあります。

 絵金が学んだ画派――狩野派。言うまでもなく数百年の歴史を持ち、幕府お抱えとして江戸時代の絵の頂点にたつこの狩野派は、しかし決して新しい絵を描くことを許さず、ただ先人の模倣を以て事足れりとする存在として描かれます。
 それがどれだけ、自由な心を持つ絵師を、絵金を傷つけたか――それは作中でほとんどただ一度、絵金が火を噴くような激越な口調で語る言葉の中に現れます。。

 数百年に渡り、変わらぬ絵を描き続ける狩野派。それが本作において、同時に何を象徴するものであるかは言うまでもないでしょう。
 そう、絵金の絵は、変わらぬ絵を描く画派に挑んだもの。そしてその絵を見た者たちが、その狩野派が仕えた者たちが支配する、変わらぬ時代を変えてみせたのであれば――それは間接的に絵金が、絵金の絵が勝利したと言えるのではないでしょうか。


 性と死を異能の絵師の一代記であり、その絵に狂わされた者たちを描く芸術奇譚であり、そして時代に立ち向かい続けた者の勝利を描く勲でもある……本作はそんな物語であります。


『絵金、闇を塗る』(木下昌輝 集英社)

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2018.10.19

許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第1巻 お喋り子連れ賞金稼ぎ、侠を見せる


 武侠ものの本場・中国のクリエーターによる武侠活劇漫画――隋朝末期を舞台に、凄腕ながらお喋り、そして子連れというユニークな賞金稼ぎを主人公とした大活劇であります。己の腕の他は頼むもの無し――まさに無頼の主人公が、荒野で死闘を繰り広げる相手とは!?

 物語の開幕早々描かれるのは、賊徒・響子組の根城に飄然と乗り込み、頭目相手に平然と取り引きを持ちかける一人の男――と彼が連れる一人の子供の姿。賞金首である頭目に対し、その三倍の額を払えば見逃してやるとふっかける男に、当然ながら頭目と手下たちは刀で以て答えとするのですが――しかしこの男、桁外れに強い。
 連れの子供に、目を閉じて九つ数えさせる間に手下たちを皆殺しにするや、ただ震え戦くしかない頭目から平然と有り金を奪って去っていく――これが本作の主人公・刀馬と、連れの七の初登場となります。

 さて、この二人が帰路に出会ったのは、砂漠に潜む食人鬼・羅刹の群れに襲われた人々の無惨な姿。
 ただ二人の(うち一人は無惨に顔の皮を剥がれた)生存者に助けを求められながらも、容赦なく駄賃を要求する刀馬ですが――彼らが六千銭の賞金首・双頭蛇を追っていることを知るや、一転手助けを申し出ます。

 そして顔なじみであり恩人である砂漠の町の大商人・莫から双頭蛇の行き先の情報を得る刀馬。
 しかし双頭蛇が潜むという赤沙町は、朝廷の役人・常貴人が権力を振るう死の街で……


 と、映画などでいえばアバンタイトルの部分から快調に展開していく本作。この第1巻の大半を占める第一章「遊侠」では、赤沙町を舞台に、刀馬と常貴人、双頭蛇の三つ巴の死闘が描かれることとなります。
 かつては無法の町として恐れられたこの町に赴任し、法による支配を敷いた常貴人。しかしその法とはまたの名を暴力と恐怖――逆らう者は見せしめに街の周囲に吊すという、絵に描いたような恐怖政治によって、この町は支配されていたのであります。

 そんな常貴人――もちろん単なる役人であるはずもなく、七尺はありそうな身の丈に男色家の気配もある怪人――に何故か気に入られた刀馬ですが、もちろんそんな相手に膝を屈するようでは武侠ものの主人公は務まりません。
 意外なところ(……と言いたいのですが、これはまあ定番の展開)から現れた双頭蛇を巡り、刀馬と常貴人の、いやそこに双頭蛇も加わって、誰もが「二対一」のメキシカンスタンドオフ状態からの大殺陣は、最初のエピソードのクライマックスに相応しいテンションと密度の高さ、そして迫力を大いに満喫させてくれました。


 しかしこのエピソードの、そしてとりもなおさず本作の最大の魅力は、刀馬という男の存在そのものにあるといえます。

 少々――いや大いに癖のある、ストレートいハンサムとは言い難いビジュアル(あとがきである俳優がモチーフと知って納得)の刀馬。
 しかも四六時中減らず口を叩いているような男なのですが――しかしそんな彼が抜群に格好良く感じられるのは、その彼独特のキャラクター、生き様に依るところが大と言えます。

 死にかけた人間を助ける時であっても平然と金をふんだくろうとするかと思えば、死んだ人間の物が落ちていても拾おうとはしない(まあ、例外はありますが)。
 相手への貸しは必ず取り立てる一方で、借りは必ず返す。そして何よりも、権力の横暴には決して与しない――そんな彼なりの美学は、力が全ての荒んだ世界によく似合っているようでいて、しかし同時に極めて似つかわしくないものとして映ります。

 その気になればもっと利口に、甘い汁を吸って生きることができそうなところに敢えて背を向け、己の美学に従って生きる――その生き様はまさに「侠」。そんな男が格好良くないわけがないのであります。


 そしてこの巻の終盤から始まる第二章「大漠」では、意外な過去と朝廷との繋がりが語られることとなる刀馬。
 莫の娘・アユアとともに、隋を転覆させると嘯く謎の仮面の男・知世郎を長安に護送することになった刀馬と七の前に何が待つのか、そしてかつて何があったのか。

 気になることだらけの新ヒーローの物語は、まだまだ始まったばかりなのであります。

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2018.10.18

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」

 蠍瓔珞の毒を受けた上、魔剣・喪月之夜の力で操られる人々に苦戦する殤不患。浪巫謠の力によりその場を逃れた殤不患だが、そこに現れた嘯狂狷は人々を平然と犠牲にし、蠍瓔珞も撤退を余儀なくされる。一方、いまだ毒に苦しむ伯陽侯の前に、強力な力を持つ謎の僧・諦空が現れるが……

 蠍瓔珞が奪った魔剣目録の切れ端から呼び出された魔剣・喪月之夜――斬られた者は身体に傷を負う代わりに精神を支配されるその力でゾンビ状態となった町の人々に取り囲まれ、苦戦を強いられる殤不患と浪巫謠。しかも殤不患は少女に化けた蠍瓔珞の不意打ちで猛毒状態であります。
 この窮地に、浪巫謠は少々骨を折られるのは仕方ないと、積極的に町の人々に打撃攻撃を開始、その隙をついて何とか殤不患ともども包囲を突破することに成功するのでした。

 と、ほとんど入れ違いに蠍瓔珞の前に現れたのは、配下を連れた嘯狂狷。捕吏であるからには蠍瓔珞とは不倶戴天の間であるはずながら、小物には構っていられないという態度を取る嘯狂狷ですが――蠍瓔珞が黙っているはずがありません。同じ獲物を狙う者同士、激突する両者ですが――しかし嘯狂狷と配下は、操られているだけの町の人々を、容赦なく斬り捨てていくのでした。

 これは殤不患が奪われた魔剣によるもの、ならば殤不患の罪だと言い放ち、むしろ嬉々として無辜の民を惨殺していく嘯狂狷は、陰険眼鏡というより鬼t――いや外道眼鏡。むしろ蠍瓔珞の方がドン引きする有様で、追いつめられた彼女はひとまずその場を逃れ去るのでした。
 そして惨劇が終わった後にノコノコ現れたのは鬼鳥。彼は嘯狂狷を咎めるでも、もちろん無実の罪を着せられた殤不患をかばうでもなく、自分の見ているところではこういうことはしてくれるなと、見るからに事なかれ主義の役人的なことを言うのですが……

 一方、再び潜伏先の納屋(?)に戻った蠍瓔珞は、不首尾に歯噛みせんばかりですが、そんな彼女に甘く語りかけるのは、前回放り出されたもう一本の魔剣――殤不患たちも恐れるその名も七殺天凌であります。己の意志を持ち、手にした相手を支配する力を持つようですが――本当にギリギリのところまでいきつつも、今回も何とか蠍瓔珞は魔剣の魅了の力を撥ね除けるのでした。

 そしてその彼女の毒の後遺症に未だ苦しむ仙鎮城の伯陽侯は、完璧に殤不患が黒幕と思いこんで、恨みの念を高めるばかり。そんな城主を救うべく、仙鎮城の護印師たちは医師を求めて奔走するのですが、先ほどの嘯狂狷らの凶行もあり、町はそれどころではありません。
 と、そんな彼らが出会ったのは、毒に苦しむらしい老農夫に、無償で気功による治療を行う一人の青年。ビジュアル的にとてもそうは見えないものの――一応数珠を持ち、髪はやたら塊の大きな螺髪ですが――僧侶である青年・諦空を、護印師たちは喜んで仙鎮城に連れ帰るのでした。
(しかしこの人たち、もう少し人を疑うべきだと思います)

 さっそく伯陽侯の治療を依頼する護印師たちですが、諦空はその理由は何かと突然拒絶とも思える態度を見せます。相手は仏僧、しかも農夫を無償で治療するほどの相手であれば当然――と思っていたところに突然の問いかけに憤然とする護印師たちですが、そんな彼らの態度と言葉に納得したものか、諦空は伯陽侯に治療を施すことに同意します。
 が、諦空の力は毒を消すものではありません。彼は伯陽侯の毒を自らの体内に移すという(彼自身にとっての)荒療治をやってのけるのですが、さてその行動は慈悲の心から来ているのか、それとも……

 しかしいま一番治療してもらいたいのは殤不患。洞窟に身を潜めた彼は、気の運息によって体内の毒を一カ所に集めて安静を保っていたのですが――しかしそれ以上の行動はほとんど不可能の状態(瀉血はできないのかしら……)。浪巫謠も手を着けかねているその状況に、突如胡散臭い声が響きます。こういう時は友を頼るべきとかなんとか調子のいいことを言いながら顔を出したのは、もちろん鬼鳥こと凜雪鴉……


 放映開始前に公表されていたキャラのうち、まだ姿を見せていなかった諦空が登場した今回。敵か味方か、その正体は全くわかりませんが、色々な意味でただものではない人物であることは間違いありません。

 しかし新キャラも登場した一方で、前作に比べると少々物語のスピードが遅いようにも感じられるのが気になるところ。前作なんて第1話からネームドキャラが盛大に死んだのに――というのはともかく、まだ物語の向かう先がわからないだけに、早く全力疾走していただきたいという印象はあります。


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2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


「コミック乱ツインズ」2018年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年11月号[雑誌]


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2018.10.16

谷津矢車『しょったれ半蔵』 戦国にもがく半端者たちの物語

 忍びの生き方に反発して家を飛び出し、武士としての立身を目指す服部正成。しかし初陣で再会した父・服部半蔵保長は、謎の忍び・梟に討たれてしまう。心ならずも父の跡を継ぐことになった正成は、武士にも忍びにもなりきれない半端者(しょったれ)ながら、家康を助けて東奔西走するが……

 服部半蔵正成といえば、忍者の代名詞のように思われる人物。しかし史実を見てみれば、確かに伊賀甲賀を束ねていたものの、その活躍は武将としてのものと感じられます。
 本作はそんな半蔵正成の虚名と実像――その間を題材に描く、半端者「たち」の物語であります。

 幼い頃から服部半蔵保長の嫡子として育てられながらも、後ろ暗い仕事ばかりを担わされ、周囲の武士たちから見下されることに嫌気がさしていた正成。
 ある日、初の任務として親友の渡辺守綱(後の槍半蔵)暗殺を命じられた正成はこれに反発し、守綱の郎党として武士としての立身を目指すことを決意します。

 そして守綱と、幼馴染みの稲葉軍兵衛と三人、桶狭間の戦直後で揺れる松平家を扶けるべく奮闘する正成。
 しかし初陣である鵜殿長照の上ノ城攻めの最中、任務を妨害する怪忍・梟によって父・保長が討たれ、正成は全く望まぬまま、服部半蔵の名を継ぐことを余儀なくされるのでした。

 かくて、「志能備」の末裔だという幼馴染みの冷徹な女忍・霧に叱咤されつつ、半蔵は松平家――徳川家を襲う数々の難事に立ち向かっていくのですが……


 という設定で、全八話の連作形式で半蔵の半生と徳川家の興隆を描いていく本作。
 上に述べた第一話に続き、三河一向一揆、掛川城の戦い(の後始末)、姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、徳川信康の切腹、本能寺の変から神君伊賀越えと、戦国期の徳川家を揺るがした戦いや事件――そしてそこに関わった半蔵の活躍(?)が本作では描かれることとなります。

 と、ここで活躍(?)と書いたのは、本作における半蔵は、武士としても忍びとしても、いや人間としても、どうにも半端者であるからにほかなりません。
 忍びの修行を途中で放り出して武士になり、槍一つで身を立てようとしつつも、厄介事にばかり巻き込まれてなかなか思うに任せない。おまけに極度に緊張すれば喘息の発作に襲われる――そんな有様なのであります。

 それでも、父や周囲から押しつけられた生き方ではなく、自分自身の生き方を確立すべく、周囲に翻弄されまくりつつも懸命に生きる半端者・半蔵の姿は、これは実に作者らしい物語として実に魅力的であります。
 しかし――本作で描かれる半端者は、一人彼のみではありません。

 本作の各話に登場するゲストキャラクターたち――市場殿(家康の異母妹)、今川氏真、徳川信康、さらには徳川家康も含めて、いずれも己の置かれた立場に悩み、何とかして自分自身の生を掴もうとあがく者として描かれます。
 そう、彼らもまた、自己を確立できない半端者たちなのであります(そして終盤において、強烈な形でもう一人の半端者の存在が明かされるのですが……)

 デビュー以来ほとんど一貫して、時代に――自分の周囲の環境に翻弄されつつ、自己らしく生きるため、自分らしさを見つけるために奮闘する人々の姿を、「今の我々」に重ねる形で描いてきた作者。
 本作は半蔵という若者だけでなく、その周囲の人々の奮闘も描くことによって、より豊かな形でその物語を描くことに成功していると言えるでしょう。


 尤も、忍者ってそういう存在なのかしら――という設定と描写には首を傾げざるを得ないのですが、これもまた、一つの象徴と言うべきでしょうか。

 何よりも、徳川家康が今川家から、そして織田家の下から離れた時を以て、同時に半蔵のモラトリアムの終わりを告げる構成は心憎く、作者ならではの忍者小説と表すべき作品であることは間違いないのですから……


 ちなみに作者のファンにとって嬉しいのはヒロイン(?)の霧の存在であります。

 作者の『ふたり十兵衛』に登場する女忍と同名にして同様の性格のキャラクターである彼女は、所謂スターシステムのファンサービスかと思いきや――という設定に驚かされつつ、同時にそれが変わろうとする半蔵の存在と対になるものともなっているのには、ただ脱帽であります。


『しょったれ半蔵』(谷津矢車 小学館)

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2018.10.15

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』


 北からやって来た盲目の美少女イタコが付喪神に挑む時代伝奇ミステリ『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの第4章も今回紹介する2話で完結。この章は、付喪神だけでなく神とも対峙することが多かった百夜ですが、今回もまた……

『白狐』
 日暮里の外れの村で祖父母と暮らす少女・おけい。彼女が数ヶ月前から狐憑きとなり、大の男が数人がかりでようやく押さえつけられるほどの力で暴れて弱っている――という依頼を受けた百夜。
 左吉、桔梗といつものトリオで出かけた百夜ですが、彼女には何かの目算がある様子。はたして、彼女が対面したおけいの周囲には、何体もの狐の霊と、一人の男の亡霊が居たのであります。

 果たして男の霊の正体は、そしておけいの狐憑きの真相とは――事件の背後の思わぬ絡繰りを百夜が解き明かすことになります。


 古今の怪異譚ではお馴染みの――というよりお馴染み過ぎて逆に最近ではお目にかかるのが難しい――狐憑き。その狐憑きの少女が、大の男三人を薙ぎ倒す姿から始まる本作ですが、もちろんただの狐憑きが登場するはずがありません。

 冒頭で描かれるおけいの暴れっぷりを男たちから聞き、その中のある行動からこの狐憑きが尋常でないことを見破る百夜ですが――この辺りの謎解きが実に楽しい。
 この尋常でない狐憑きの正体についても、百夜だからこそ見破ることができるものなのも面白く、お話的には比較的シンプルながら、一ひねりの効いた内容の作品です。

 ちなみに本当に珍しく、左吉の推理が的中したエピソードでもあったり……


『猿田毘古』
 かつて『義士の太鼓』事件(文庫第2巻『慚愧の赤鬼』所収)で百夜と対決した不良武士集団・紅柄党の頭目・宮口大学。宮口家の所領である多摩群大平村の別宅を訪れた彼は、その晩、この世のものならぬ怪異と遭遇することになります。
 金属が鳴るような音と共に奥座敷に現れたモノ――それは奇妙な面を被り高下駄を履いた、伝承に言う猿田毘古神そのままの姿をしていたのであります。

 大学の一刀によって面を割わられ、姿を消した猿田毘古ですが、その下から溢れ出したのは強烈な光と熱。翌日、村の神社の宝物庫に収められていた猿田毘古の面が両断されていたことを知った大学は、百夜のもとを訪れることになります。
 不在の彼女に代わり大平村に向かった桔梗は、再び現れた猿田毘古と対決し、これが神だと断じるのですが……


 斜に構えた不良侍ながら、一本筋の通った言動と、百夜と互角以上の剣の腕を持つ大学。先の対決では彼女の仕込みの刃をへし折り、その刃を前差に仕立て直して腰に差しているという、癪に障るほどのカッコイイキャラクターであります。
 しかしそんな彼でも今回の怪異には手を焼いて――という展開となりますが、なるほど今回の怪異も大物。何しろ猿田毘古といえば、紀記の天孫降臨のくだりに登場した由緒ある神なのですから。

 これまで何故か付喪神絡みの事件ばかりに遭遇する百夜ですが、冒頭に述べたように、この第4章においては、何故か神絡みの事件に遭遇することになります。
 それはこの章から桔梗のせいではないか――などと口の悪い左吉は言うわけですがそれはさておくとして、しかしこの怪異、そうそう単純な正体ではないというのがまた本作らしいところであります。

 高い鼻に赤く光り輝く目をもつという何とも謎めいた存在である猿田毘古。
 ここで百夜が語るその解釈は、何やら作者の最近の作品に繋がるものもあって興味深いのですが、百夜の存在こそが……という、大げさにいえば後期クイーン的問題を思わせるひねりも印象に残ります。。

 さほど活躍しないまま桔梗が一端退場というのは残念ですが、この章の掉尾を飾るにはまず相応しい内容だったと言うべきでしょうか。


『百夜・百鬼夜行帖 23 白狐』『百夜・百鬼夜行帖 24 猿田毘古』(平谷美樹 小学館)

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 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

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2018.10.14

武川佑『細川相模守清氏討死ノ事』 天狗という救いを描く太平記奇譚


 「オール讀物」誌の本年8月号の特集「怪異短篇競作 妖し」に掲載された時代怪異譚であります。太平記の巻三十七「細川相摸守討死事付西長尾軍事」を下敷きに、足利幕府の管領にまで登り詰めながらも、幕府を追われ、南朝方として討ち死にを遂げた細川清氏を巡る奇怪な物語です。

 南北朝の動乱期に、足利尊氏に従って数々の軍功を挙げ、ついには二代将軍義詮の執事(=管領)となって権勢を振るった細川清氏。本作は、その小姓として仕えた少年・孫七郎の視点から描かれることとなります。

 かつて讃岐の寺で天狗に攫われかけたところを清氏に救われ、以来仕えるようになった孫七郎。その忠誠は清氏が佐々木高氏の讒言によって地位を追われ、それまで敵であった南朝方に下ってからも変わることなく続くことになります。
 そして楠木正儀とともに京を奪還した頃、正儀から京にあるという化け物屋敷の噂を聞いた清氏は、退治してくれんと孫七郎や正儀とともにその屋敷を訪れるのですが――そこに待ち受けていたのは、かつて孫七郎を襲い、清氏に右腕を落とされた天狗・白峰山相模坊だったのであります。

 魔界に堕ち、天狗と化した大塔宮に仕える相模坊から主を守るため、その片目を差し出した孫七郎。やがて京を追われ、讃岐に落ちた清氏を守るため、その相模坊の力を借りてまで奮戦する孫七郎ですが……


 一度は権力の頂点に立ちながらも、そのある意味猪武者ぶりが災いしてかその座を追われ、やがて従兄弟である細川頼之に討たれることとなった清氏。現代では決してその名を知られたとは言い難い人物の最期を、本作は冒頭に述べた通り太平記を巧みに引きつつも、本作ならではの独自性を以て描き出します。
 そしてその独自性こそが天狗――と言えば、太平記読者であれば、なるほどと納得してくれることでしょう。そう、時として歴史の隙間から顔を出した、あり得べからざる怪異の存在を記す太平記において、強く印象に残るのが天狗の存在なのですから。

 一般に堕落した仏僧が変化すると言われる天狗ですが、しかし太平記に登場するのは、むしろ強烈な恨みや怒りなどの念を残して世を去った者が魔界に堕ち、天狗と化した存在――武将や貴族、帝までもが天狗と変じ、この世に更なる争いと災いをもたらさんとする姿は、太平記の巻二十七「雲景未来記事」などに、生々しく描かれています。

 そしてその天狗たちの中心に在るのは、我が国最強の魔王とも言うべき崇徳院――と、ここで太平記では全く交わることのなかった(はずの)清氏と天狗が、興味深い接近をみせることになります。
 清氏が籠もり、最期を迎えた地は讃岐の白峰城。そして崇徳院が眠るのは白峰山――ここに清氏を守らんとする孫七郎と、崇徳院を守ろうとする相模坊ら天狗たちが思わぬ利害の一致を見せるというクライマックスの展開の妙には、驚き、感心するほかありません。

 しかもその孫七郎と天狗たちが繰り広げる共同戦線の内容がまた――とこれは読んでのお楽しみ。いやはや、ここまでこちら好みの展開が待ち受けているとは、とすっかり嬉しくなってしまったところであります。


 しかし本作に描かれるのは、天狗を用いた伝奇活劇の世界だけではありません。いやむしろ本作に濃厚に漂うのは、天狗にならざるを得なかった者たちの哀しみである――そう感じます。

 自業自得の気味はあるかもしれないものの、裏切られ、陥れられた末に、追い詰められて天狗へと近づいていく清氏。
 その姿はおぞましくも恐ろしいものですが、しかしそれだけに、この世に――すなわち人間の世界に居場所を無くし、もう一つの世界に足を踏み入れるしかなかった彼の、いや彼らの哀しみが、強く伝わってくように感じられるのです

 しかしそれは同時に、一つの救いであるのかもしれません。人間の世界からはじき出され、さりとて成仏することもできない彼ら天狗たちにも、生きる世界がある、同胞がいるのですから……
 本作の結末から伝わってくるものは、そんな不思議な安らぎの形――歴史からはみ出してしまった者たちへの、慈しみの視線とも言えるものなのであります。


『細川相模守清氏討死ノ事』(武川佑 「オール讀物」2018年8月号掲載) Amazon
オール讀物 2018年 8月号

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2018.10.13

赤神諒『大友の聖将』(その二) ただ大友家を救うためだけでなく


 大友家が崩壊に向かう中、ただ一人抵抗を続けた豪勇の士・柴田礼能(天徳寺リイノ)。「豊後のヘラクレス」と呼ばれた彼の波瀾万丈の生を描く物語の、後半の紹介であります。島津家久の猛攻の前に絶望と諦めに沈む大友家を、聖将は救い得るか!?

 悪鬼のような所業を繰り返した末、主君の側室を奪った咎で牢に繋がれながらも、奇跡的に赦され、信仰に身を捧げる道を選んだリイノ。静かに辺土で愛する人々と暮らしていた彼は、しかし主家の危機に、再び十文字槍を手に立ち上がることとなります。
 耳川の戦いでの島津家に対する惨敗以来、没落の一途を辿る大友家。次々と家臣たちが離反していく中、鑑連たっての命で復帰し、以来活躍してきたリイノは、宗麟から天徳寺の姓を賜るほどとなっていたのであります。

 それでも島津の勢いは止まらず、ついに秀吉に膝を屈し、援兵を乞うた宗麟。しかし豊臣方の援兵が遅れ、宗麟の丹生島城は他の城からも切り離され、孤立無援の状態に追い込まれてしまうのでした。
 この状況を打開すべく、愛息の久三、久三の朋輩で名門吉岡家の甚吉、旧友の武宮武蔵と決死の反撃に打って出んとするリイノですが――主君である宗麟が幾度となく不可解な中止命令を下し、丹生島城は更なる危機に陥ることになります。

 この絶対の危機においてもなお、宗麟を、大友家を守るべく戦い続けるリイノ。彼に残された最後の策とは……


 第一部において神の愛に目覚めたリイノ。以来二十年、武人としても人間としても大きく成長を遂げた彼は、まさしく聖人、いや聖将。その出自と過去、それとは裏腹の異数の出世により、周囲からは妬みの声も少なくないものの、しかしその武人としての活躍と高潔な人格から、彼は家中で絶大な支持を受けるようになります。

 しかしその彼を以てしても、大友家の危機を救うのは容易いものではありません。
 島津の猛攻や大友家中の不和は言うまでもないことながら、彼を最も苦しめることになるのは、気まぐれで感情的な宗麟の存在。そして彼の過去からの因縁が全く思わぬ形で――読んでいて思わず天を仰ぎたくなるような形で――彼を、そして彼の子供たちの世代をも苦しめることになるのです。

 実は第二部の面白さは、まさにこのリイノの周囲の人々の存在――彼を頼り、助け、悩ませる人々の存在にあると感じられます。
 リイノ自身は、既に人間としても武人としても、完成した存在であります。しかしもちろん、誰もが彼のようになれるわけではありません。過ちを犯し、悩み、惑う――そんな彼らの存在が、本作を超人的な英雄の活躍する神話ではなく、我々人間の生きる世界の物語として成立させているのです。

 その中で最も印象に残るのは、宗麟の存在でしょう。実のところ、本作におけるリイノの最大の敵はこの宗麟ではないかと思えるほど、彼はリイノの足を引っ張りまくるキャラクターであります。それも意図して、ほとんと尋常ではない執念を以て……
 その姿にはこちらも大いにヒートさせられるのですが――しかし、彼もまた一人の人間として悩める存在であったことに気づく時に、彼を見る目も変わることになります。

 名門に生まれ、己の理想まであと一歩となりながらも、思わぬところで躓き、転落の一途を辿る――もはや自分自身ではどうにもならない、時代や社会に翻弄された末に無力感に苛まれ、深い諦念に沈んだ宗麟。
 そんな彼の姿は――立場は一見大きく異なれど――実は第一部の治右衛門と重なるものであると、やがて我々が気付かされます。そしてまたそれは、現代の我々にとっても、どこか他人事と感じられないものがあるとも。

 さらに言えば、そんな他人事ではない感覚は、次の世代――久三や甚吉たちの姿からも感じられます。親の世代が勝手に背負い込んだ負債に苦しめられ、ただそこから逃れるためにもがくしかない――そんな彼らの姿もまた、我々には馴染み深いものでしょう。


 そう、本作において描かれるのは、大友家を救わんとする戦いだけではありません。ここに描かれるのは、人間の誇りと信念を賭けた戦い――時代や社会に翻弄される人々に対し、この生には価値があることを示すための戦い。かつてそれを先人たちから教えられた一人の男が、他の人々にそれを伝えるための戦いなのであります。

 だからこそ本作は、キリスト教を題材とし、大友家の興亡というある意味局地的な史実を用いつつも、それに留まらないさらに大きな普遍的な感動を与えてくれるのだと感じます。
 時代に負けることなく、人間としての生を全うせんとした人間を描く物語として……


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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2018.10.12

赤神諒『大友の聖将』(その一) 悪鬼から聖将へ――戦国レ・ミゼラブル!


 デビュー作『大友二階崩れ』でいきなり歴史小説シーンに躍り出た作者の第二作は、やはり大友家を題材とした本作。大友家と島津家の決戦――豊薩合戦の丹生島城の戦いを題材に、悪鬼から聖者へと生まれ変わった一人の男を描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき入魂の作品であります。

 島津家の猛攻の前に追いつめられ、次々と配下も離反していった晩年の大友宗麟。本作の主人公・天徳寺リイノ(柴田礼能)は、最後まで宗麟に仕えたキリシタン武将であり、宣教師たちから「豊後のヘラクレス」と呼ばれたという逸話を持つ人物であります。
 しかしその前半生はほとんど記録が残っていないリイノ。本作はその前半生を自由に描きつつ、一人の男の魂が救済に至るまでを、そしてその男が同時代に生きた人々をも救う姿を描く物語なのです。


 丹生島城の戦いから20年前――不幸な生い立ちながら自慢の武芸の腕で名を挙げ、大友の勇将・戸次鑑連に仕官を許された柴田治右衛門。さらに上を望む彼は、大友宗麟の近習となり、宗麟の正室とも誼を通じるなど、順調に出世していくのですが――しかし彼の中にあるものは、己の力のみを恃み、目的のためであれば敵はおろか味方を害しても恥じぬ、悪鬼のような心だったのであります。

 そんな彼が唯一人間らしい気持ちとなることが出来るのは、愛する女性・マリアの傍らのみ。しかし彼女は宗麟の側室――露見すれば共に命はない秘密の関係を、治右衛門は朋輩を殺し、周囲を裏切ってまで守らんとするのでした。
 そして治右衛門を兄のように慕う青年を斬り、二人を見守ってきたイエズス会の司祭トルレスの教会に火を放ってまで、マリアを連れて豊後から逃れんとした治右衛門。しかし彼は幾多の犠牲を出した末、マリアと引き離されて捕縛されることになります。

 城の牢に放り込まれ、変わり者の牢番以外話し相手もいない孤独の中で、死の恐怖に怯える治右衛門。そんな彼の前に、戸次鑑連とトルレスが現れるのですが……


 物語冒頭、丹生島城の戦いの中で語られる颯爽たる聖将の姿が想像できぬほど、人間として下の下の姿を見せる第一部――本作前半のリイノ=治右衛門。上の者には諂い、下の者は見下し、同輩は追い落として、敵を嘲りながら殺す――打算と悪意に満ちたその人生は、どう見ても憎むべき悪役のそれ、であります。
 しかしそんな彼でもマリアに対する愛だけは本物、身重の身となった彼女と生きるためにあらゆる手段を(すなわち悪事を)用いて逃れようとするのですが――しかし最後には彼女も見捨てて逃げようとするその姿は、もはや目を背けたくなるほど無様であるとすら言えるでしょう。

 それでも――そんな憎むべき、あるいは無惨な治右衛門の姿に、どこか頷けるものを感じてしまうのも、また事実であります。
 国人の庶子として生まれたことすら父に知られず放り出され、貧困の中で母と弟を失い、幼い頃から野伏に加わって生きてきた治右衛門。そんな彼が世界は悪に満ちていると信じ、周囲の愛を拒絶して悪に生きようとしても、それは同意はできなくとも理解できることではないか――と。

 しかし本作においては、そんな彼の想いに対し、二人の人物がはっきりと否定してみせるのであります。トルレスは心からの愛を込めて優しく、そして鑑連は心からの叱咤激励を込めて力強く――それでも、この世界には必ず愛が存在すると。それでも、悪を前にして自らも悪に染まってはならないと。
 この言葉だけを見れば綺麗事に過ぎない、と感じるかもしれません。しかし本作において、治右衛門がどん底に落ちていく姿を、どん底に落ちざるを得なかった姿を見れば――それでも、と彼に語りかける二人の言葉は、強い赦しと救済の言葉として胸に迫るのです。


 そして悪鬼から、聖将に生まれ変わった・柴田治右衛門いや柴田礼能。しかし物語は聖将の誕生を描いてまだ半ばに過ぎません。
 後半、第二部に描かれるのはいよいよ丹生島城を巡る決戦、その中で彼は数々の悪意と悪因縁に晒されることとなるのですが――果たして彼は大友家を、そして自らの愛する人々を救うことができるのか。

 第二部については次回ご紹介いたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)

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2018.10.11

山口貴由『衛府の七忍』第6巻 あの惨劇を描く作者の矜持


 ついに六人目の怨身忍者の物語が始まり、いよいよ物語も後半戦か、と思わせる『衛府の七忍』。しかしその一方で彼らの強敵となるであろう魔剣豪たちの物語も平行して描かれることとなり、ますます何が飛び出すかわからない状態であります。何しろこの巻で登場するのは、あの壬生の狼なのですから……

 と、表紙の時点で彼の正体は明らかですが、彼の出番はこの巻の後半1/3頃から。そこまで描かれるのは、第六の怨身忍者・霧鬼の物語なのですが――これがまた凄まじく重くいものを突きつける物語なのであります。

 かつて武田信玄の切り札として、三方原で徳川家康を惨敗させしめた巨大兵器――人間城ブロッケン。この人間城起動の鍵となる軍配を持つ若き大名・諏訪頼水は、今は主なき巨人を復活させ、家康への下克上を目論むのですが――その頼水が、一人の少女を見初めたことから、悲劇は始まります。

 その少女・てやは、かつて壬辰倭乱において日本軍が戦利品として連れ帰った「異民」の子孫。てやを連れ去る際、頼水がてやの主一家を皆殺しにしたことがきっかけで、てやの幼なじみであるツムグたち異民と、倭人の百姓たちの間に、これまで以上に険悪な空気が生まれることになるのでした。

 そしててやを巫女として、人間城を復活させんとする頼水ですが――しかし軍配を手にしたてやはその身に思わぬ存在を宿すことになり、頼水のコントロールを受けずに起動する人間城。
 その人間城が引き起こした数々の厄災が、異民たちと倭人たちの、諏訪家の武士たちとの間で、恐るべき惨劇を招くことに……


 山の民、ヤクザ、蝦夷、琉球の民、切支丹と、これまで虐げられた少数の民の中に顕現してきた怨身忍者の力。次なる民は――と思いきや、ついに彼らを描くのか! と驚かされると同時に不安にもなったこの霧鬼編。
 この難しい題材を如何に描くのかと思いきや、ヤンキーもの調(『パッチギ!』的と言うべきか)のテイストで日朝の若者たちの姿を描いてみせるのは、これは作者ならではのセンスというべきかと思いますが――しかしその先に待っていたのは、本作の約300年後に現実に起きたあの悲劇、いや惨劇をなぞるかのような展開であります。

 ここまで描いてしまうのか、描いてくれるのか!? と唸らされるこの展開、描くには相当の覚悟がいったのではないかと思うのですが――作者が単行本あとがきに参考文献の一つとして『九月、東京の路上で』を挙げていること、そしてその後に掲げられた作者の矜持を見れば、作者の心からの想いが、ここには込められていると思うべきでしょう。

 そして全ての想いを込めて誕生した第六の怨身忍者・霧鬼=ツムグと、拡充具足・無明をまとった頼水(恥ずかしながら、ここに至るまで頼水が伊良子清玄のスターシステムと気づきませんでした)。
 異民として生まれ、軋轢に晒されながらもなおも希望を失わぬ少年と、下克上を目指しながらも、「下」の民のさらに下を作って恥じぬ男と――その対決の行方は言うまでもありません。

 正直なことを言えば、わずか四話のうちにあまりに様々な要素を盛り込んだために、そのそれぞれがいささか消化不良のきらいがあり、展開が唐突に感じられる部分はあるのですが、しかし作者の心意気の前には、それは贅沢の言い過ぎというものかもしれません。


 そして次なる章は再び敵方となるべき魔剣豪鬼譚となるのですが――新たなる魔剣豪、その名は沖田総司! ……はい?

 そう、この章の主人公は正真正銘、あの新選組の沖田総司。すでに幕府が瓦解に向かう中、江戸で静養していた総司がいかなる理由にか江戸時代初期にタイムスリップしてしまうのであります!
 ……もはや新選組にタイムスリップというのも珍しくない印象もありますが、しかしそれだけで作品一つ成り立つような大ネタ。それをさらりと使ってしまう本作のパワーにはただ圧倒されるしかありません。

 しかしネタ的な面白さだけでは決してない本作。ここで描かれる総司の姿は、如何にも壬生狼らしい剣呑極まりない(冒頭、見舞いに来た永倉・原田とのやりとりは傑作)剣士ながら、しかし同時に若者らしい純粋さ、真っ直ぐさを持つ、実に好もしい青年として描かれるのが、強く目を惹きます。

 そんな総司が、この先如何なる経験を経て、魔剣豪と呼ばれるようになるのか――この巻のラストでは思わぬ夢の対決も飛び出し、この先の総司の凄春が気になって気になって仕方ない、そんな新章であります。


『衛府の七忍』第6巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス)


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 山口貴由『衛府の七忍』第7巻 好青年・総司と、舌なき者らの声を聴く鬼と
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 山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

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2018.10.10

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」

 殤不患から魔剣目録の一部を奪い、その中から二振りの魔剣を呼び出した蠍瓔珞。一方、西幽の捕吏・嘯狂狷は、四方御使を名乗る鬼鳥と手を組み、仙鎮城を訪れる。そうとは知らぬ殤不患と浪巫謠の前に、魔剣・喪月之夜を手にした蠍瓔珞が現れる。喪月之夜の恐るべき能力に翻弄される殤不患の運命は……

 はるばる西幽から殤不患を追ってきた陰険メガネ君こと嘯狂狷の前に現れた謎の男()鬼鳥。朝廷から派遣された査察官・四方御使だという彼は、殤不患が西幽の宮廷の宝物庫を荒した逆賊だという嘯狂狷の言葉に、協力を申し出ます。
 東離では特段手配もされていない殤不患ですが、玄鬼宗を壊滅させたという噂(誰が流したのか)もある殤不患を放ってはおけないという鬼鳥ですが、その真意は……

 さて、その殤不患は前回蠍瓔珞に魔剣目録の一部を持ち去られたわけですが――ごく一部とはいえその影響は大きく、魔剣目録の中身を見ることができなくなってしまったのでした。殤不患曰く、これは術を使えない彼でも使えるように巻物の形こそしているものの、その実、一種の宇宙とも言うべき存在。それが一部を切り取られた――巻物の形を失ったことで、その機能そのものが失われてしまったと、わかるようなわからないような理屈ですが……
 と、その一部を持ち去った蠍瓔珞は、どこぞの納屋のような場所に身を隠し、怪しげな魔術を用いて、奪った部分から魔剣を呼び出そうという真っ最中。そしてそこから現れたのは、なんか魂を喰らう剣っぽい有機的なデザインの魔剣・喪月之夜と、豪華な鞘に収められた謎の魔剣ですが――後者の剣は意志があるらしく、危うく蠍瓔珞もそれに支配されかかったものの、ギリギリで手を離すことに成功、その魔剣を雑に放り出してその場を去るのでした(どう考えても後で面倒なことになる予感しかしません)。

 一方、殤不患を追う嘯狂狷と鬼鳥が訪れたのは、前回蠍瓔珞に荒らされた仙鎮城。病床の伯陽侯と言葉を交わす二人ですが、前回殤不患に命を救われた伯陽侯が、どれだけ嘯狂狷が殤不患を悪し様に言おうと、容易に信じるはずがありません。が、そこで口を挟んだのは鬼鳥。丹翡からの紹介状があったと聞けば、丹翡は若輩で未熟者、海千山千の曲者に容易に騙されてもおかしくない――と、なんだかものすっっごく説得力のある言葉で伯陽侯に語りかけます。その結果、ついに伯陽侯は、前回の戦いは殤不患と蠍瓔珞が仕組んだ狂言だと信じ込むことに……

 そんな大変なことになっているとは露知らず、町の宿屋の一室で、一生懸命に糊と紙で魔剣目録を修理している殤不患。この辺りを人形で見せるのはちょっと驚きではあるものの、そんなアバウトな修理でいいのかなあ――と思いきや、大事なのは形らしく、魔剣目録はその機能を取り戻します。そしてそこで初めて喪月之夜が奪われたことを知った殤不患は、屋根の上で待っていた浪巫謠に対して、血相変えて町から出るよう促します。
 というのもこの魔剣の力は――と、時すでに遅し。その場に現れた蠍瓔珞が魔剣で町の人々に次々と襲いかかると、斬られた人々は「喪」の字が描かれた覆面を被ったような姿で立ち上がり、殤不患たちに襲いかかるではありませんか。そう、この魔剣によって斬られた者は、肉も骨も傷つけられぬ代わりに、精神を乗っ取られ、持ち主の思うがままに操られてしまうのであります。

 言ってみればゾンビに襲われるようなものですが、ゾンビと違うのは相手が無辜の生きた市民であること。剣侠たる殤不患としては、相手を殴り倒すくらいはできても、斬り捨てることもできず、無数の敵に取り巻かれて大苦戦を強いられます。とはいえ相手は動きが鈍い上に素人、浪巫謠がマップ兵器的に放った衝撃波で武器を取り落とした隙に、殤不患は蠍瓔珞を探すのですが――そこで目に入ったのは、ただ一人魔剣の犠牲になることなくその場に居合わせた少女の姿であります。
 もちろんこれを見過ごすことはできず、少女を助ける殤不患ですが――どう考えても不自然に見えたこの少女は蠍瓔珞の変身。不意打ちで猛毒の爪を受けて苦しむ殤不患に、トドメの一撃を食らわせようと蠍瓔珞が襲いかかって――と、武侠ドラマにあるまじきキリのいいところで次回に続きます。


 前作同様、本作でも貧乏くじを引きまくる予感しかしない殤不患。誤解と濡れ衣は武侠の華ですが、その上に毒まで喰らうという状態で、この上失恋でもすれば武侠ものの不幸の数え役満状態ですが、さすがにこの方面は大丈夫(?)かな……
 しかしその不幸の原因の一端は、確実に鬼鳥を名乗るアイツにありますが――さて二人がいつ出会うのか、出会った時に何が起こるのか、それが今一番気になることは間違いありません。


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2018.10.09

『つくもがみ貸します』 第十一幕「似せ紫」

 早苗の周りにかつての男の影があるのではと心配する勝三郎に相談された清次。弱った清次は半助に相談し、半助は勝三郎と早苗、さらに幸之助やお花を招いて茶会を開く。その席で男女の間には心の平静を保つことが一番必要と説く半助の話に閃いた清次は、ついに消えた蘇芳の在処を見つけだすことに……

 台風で一週放送延期となったためでもないでしょうが、月夜見が貸し出された先のつくもがみ・猫神に本作の基本設定を語るアバンから始まる今回、その場にもう一人、佐太郎が主人だったというつくもがみ・黄君が現れて――という場面から変わり、またもや勝三郎の相談を受ける清次が描かれます。
 勝三郎との縁談の前、心を寄せた男性がいた早苗。その男性は既に他の女性と結婚したのですが、最近、勝三郎は早苗の屋敷の近くでその姿をみかけてしまったのであります。もしやまだ二人の間に何かが――と気が気ではない勝三郎ですが、それを相談される清次こそいい面の皮。お紅に話しても、早苗と仲の良い彼女に一喝され、弱った清次は第八幕に登場した半助に相談するのでした。

 なるほど、女性の心も男性の心もわかり、恋愛については過去に色々あった半助は適任ですが、彼は清次の相談を二つ返事で引き受けると、勝三郎と早苗、さらに幸之助やお花を招いて茶会を開くことになるのですが――幸之助とお花を呼んでいいの、と気遣う清次に、今は幸之助を鍛えるのが楽しくて仕方ないというようなことを答える半助はまじ神様のような人であります。

 さて清次が出雲屋に帰ってみれば、貸し出されていた品川から帰ってきた月夜見が、黄君から聞いた過去の出来事を語ります。かつて婚約者のお加乃から贈られた蘇芳の香炉が消え、彼女と結婚せざるを得ない立場に追い込まれた佐太郎。そんな彼のために、お紅はかつて佐太郎の母から託された櫛を元手に(清次が懸命にわらしべ長者戦法で)稼いだ80両で、蘇芳と同じ作者の同型の香炉を買い、それを持って帰るように告げたのでした。
 しかしそれは同時に、お紅が佐太郎の母の試験に不合格になるということでもあります。それを受け入れられぬ佐太郎は、二人の目の前でその香炉を割り(当然清次は激高しますがそれもごもっとも)、一旗揚げて帰ってくるので待っていてほしいと告げて、一人江戸を去ったのです。そこから先、佐太郎がどうなったのか――それは路銀を作るために品川で売られてしまった黄君には預かり知らぬことであります。

 それはさておき、半助主催の茶会は終始和やかなムードで進み、半助は清次のフリに答え、男女の仲を壊さぬための大事な方法について、知り合いの話という態で、かつての自分が経験した出来事を引いて語り始めます。
 かつて遊女から煙管(五位)を贈られた男(半助の夫)。妻(半助)からその煙管を隠していた男ですが、いつの間にか煙管はそこから消え、それを知った遊女から男は責められることになります。ついには事を明らかにされたくなければと、半ば脅される形で男は妻と離縁し、遊女と一緒になったのですが――と、何だかどこかで聞いたようなシチュエーションですが……
 実はこの一件、煙管を隠し場所から盗んだのは遊女自身という恐ろしい真実があったのですが、このことから半助は、男女の間で最も大事なのは心の平静を保ち、伝えるべきことを伝えることだと説きます。男を手に入れるために自作自演の挙に出た遊女も、秘密の存在を脅されて離縁に至ってしまった男も、平静さが足りなかった――と、笑って語る半助はもの凄い平静さの持ち主だと思いますが(そしてその言葉を聞いて突然お花に告白する幸之助は相変わらず平静さゼロ)。

 何はともあれ、勝三郎も早苗に平静に問いかけ、向こうの男の独り相撲だと確認して一件落着ですが――ここで清次が閃きます。
 先ほどの半助の話が、平静さを失った女性の自作自演がきっかけだとすれば、蘇芳の件も――と、お加乃の実家に向かった彼は、第九幕に登場した権平の協力で、店の倉から箱が無く袱紗に直接包まれたモノを見つけだします。はたしてそれは佐太郎のもとから箱だけ残して消え失せた蘇芳ではありませんか! そしてその場に現れたお加乃から、佐太郎のもとを訪れた彼女が蘇芳を持ち出し、乳母に密かに持って帰らせていたことが語られ、かつての謎は解けたのであります。

 そしてその晩、料理屋・鶴屋には二人の客が。うち年長の男は、もう一人の若い男を佐太郎と呼んで……


 予告を見ればオリジナルエピソードかと思いきや、実は本作最大の謎である蘇芳消失の謎解き回でもあった今回。本作の裏テーマとも言うべき男女の間柄に絡めて清次が真相に気づくのは面白いのですが、実は原作ではもう一ひねりしてあったトリックが、ここでは非常に単純なものになっていたのが、何とも残念なところではあります(原作ではそこに哀しい人間心理が絡んでいただけになおさら……)。


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 「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に
 畠中恵『つくもがみ貸します』(つばさ文庫版) 児童書版で読み返す名作

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2018.10.08

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 酷暑に痛めつけられ、台風の連打に戦き、ようやく秋がやってきた……と思えば、もう来月は11月。今年ももうラス2! と時間の流れの早さには驚くばかりであります。というわけで平成最後(今頃気づいた)の11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 残念ながらここ数ヶ月に比べると点数がかなり少ない――特に新作はほとんどない――11月。そんな中、文庫新刊では、鳴神響一『鬼船の城塞 南海篇』が登場。あの快作海洋時代伝奇小説『鬼船の城塞』の続編でしょう。これは楽しみであります。

 ……と、今月の新作はこのくらいで、あとは復刊。10月の『血路』に続き復活の名作である長谷川卓『嶽神伝 死地』、単行本では完結したばかりのシリーズが文庫刊行スタートの輪渡颯介『溝猫長屋 祠之怪』、と来て、堀川アサコ『月夜彦』や折口真喜子『おっかなの晩』も要チェック。
 そして畠中恵のしゃばけシリーズ『おおあたり』の文庫化に合わせて、『新・しゃばけ読本』も刊行で、これは楽しみであります。


 さて、漫画の方は、こちらもシリーズの新巻のみ。個人的には揃って数ヶ月に一度のお楽しみである吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻と賀来ゆうじ『地獄楽』第4巻をはじめとして、楠桂『鬼切丸伝』第7巻、シヒラ竜也『バジリスク 桜花忍法帖』第5巻、室井大資『レイリ』第5巻と続きます。

 また海外ものでは真刈信二『イサック』第5巻と皆川亮二『海王ダンテ』第6巻が登場であります。


 ……いささか寂しいラインナップですが、11月は今年読み残した注目の新刊のフォローに「も」充てるといたしましょうか。


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2018.10.07

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』


 北から来た美少女修法師・百夜が付喪神に挑む連作伝奇シリーズ『百夜・百鬼夜行帖』の紹介、今回は左吉が思わぬ危機に陥る第4章の3(第21話)『わたつみの』、ある意味シリーズ最強の相手が登場する第4章の4(第22話)『内侍所』を紹介いたします。

『わたつみの』
 使いで沼津に出かけた左吉が帰ってこないと心配して、百夜のもとを訪れた左吉の主・倉田屋徳兵衛。途中の女郎屋にでも引っかかっているのだろうとにべもない百夜ですが、徳兵衛は、実は左吉は自分の隠し子だと衝撃の告白をいたします。
 流石に放ってもおけず、呪法で居場所を占う百夜ですが、しかし術が何者かに妨害されたことから、桔梗、徳兵衛とともに西へ旅立つことになるのでした。

 一方、神奈川宿近くで「蓬莱屋」なる遊郭を見つけ、思わず足を踏み入れていた左吉。見世の花魁・乙ノ前太夫に見初められた左吉ですが、彼の周囲では次々と奇怪な現象が起きることになります。
 それでも床入りにこぎ着けた左吉ですが、彼の前で太夫が見せた姿とは……

 百夜の後ろ盾である倉田屋と百夜の繋ぎとして、弟子とも助手ともつかぬ位置づけの左吉。何とも頼りないお調子者ですが、今回なんともリアクションに困る出生の秘密が語られることになります。
 そんな彼が巻き込まれるのは、いかにも彼らしい事態なのですが――しかし今回登場するのは、かなり不気味かつ洒落にならない相手。何となくピンチ担当となった感もある桔梗が大苦戦するその敵の正体は――ここからどうやって付喪神に繋げるのだろう、と思いきや、なるほどと感心させられます。

 にしても左吉が遊郭で体験する怪現象描写は、その理不尽さと、それと裏腹の妙なリアリティなど、実話怪談作家としても活躍した作者らしいものを感じます。


『内侍所』
 同じ長屋の住人がもらってきた琵琶の引き取りを徳兵衛に依頼した百夜。しかし琵琶の買い手となった大店・高砂屋では、光る亡魂を目撃した者が鼻血を出し、目を病むという怪事が続発していたのであります。
 調査に向かった百夜と桔梗は、目を病んだ使用人たちから、神罰・仏罰のような気配を感じるのですが――しかし逆に高砂屋からは、土地神も稲荷も気配がない、すなわち逃げだしていたことに気づくのでした。

 この奇怪な現象の陰に潜むものはなにか――犠牲者がいずれも蔵の近くで亡魂を目にしていることに気付いた桔梗は、蔵の中に高砂屋が京で手に入れたある品物が入っていることを知ったのですが、その正体は何と……

 これまでも毎回のように申し上げているように、単純に怪事を引き起こすモノを調伏するのではなく、そのモノの正体をまず突き止める――すなわちフーダニットの要素があるミステリ風味が楽しい本シリーズ。
 今回はその中でも、近づいた者に奇怪な障りを引き起こし、他の神仏が逃げ出すほどの存在という、何とも気になるモノの正体探しとなるのですが――いやはや、解き明かされたその正体には驚くしかありません。

 ここで詳細に触れることはできませんが、冒頭の琵琶で百夜が平家物語を語るという場面が伏線となっているという――そして実は最初からそのものズバリを語っているのですが――ある意味フェアな謎解きに感心しつつ、この相手にはさすがに百夜でも敵うはずがないと納得であります。

 しかしその先のある意味身も蓋もない結末には二度驚くのですが――人間、自分の力でどうにも出来ないものに手を出した時の処分というものは、いつの時代も変わらないと言うべきでしょうか。

『百夜・百鬼夜行帖 21 わたつみの』(平谷美樹 小学館) Amazon
『百夜・百鬼夜行帖 22 内侍所』(平谷美樹 小学館) Amazon
九十九神曼荼羅シリーズ 百夜・百鬼夜行帖21 わたつみの 百夜・百鬼夜行帖シリーズ九十九神曼荼羅シリーズ 百夜・百鬼夜行帖22 内侍所(ないしどころ) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ


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2018.10.06

『お江戸ねこぱんち 紅葉狩り編』


 ほおずきから紅葉へ、季節は変わって5ヶ月ぶりの「お江戸ねこぱんち」であります。巻頭カラーは『寄ってらっしゃい猫まわし!』(糸由はんみ)、お馴染みの作家陣に加えて、同誌に初登場の作家も数名というラインナップであります。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介します。

『ぶち丸日件録』(芋畑サリー・キタキ滝)
 『猫師範ぶち丸』で初登場した剣豪猫・ぶち丸が主人公のシリーズの最新作、今回のぶち丸は用心棒はいらんかニャ、と父を亡くした少女・香代の前に現れるのですが――香代が父の幽霊を探していたことから、話はややこしいことになります。
 父を亡くしたことを受け入れられず、父に懐いていた猫ともうまくやっていけない香代のために一肌脱ごうとするぶち丸ですが……

 武術指南から用心棒に商売替えして(?)登場したぶち丸。猫又なら父の幽霊を見れるのでは、という香代に対して、「しがない妖怪だから人の霊は見えないニャ」と答えるすっとぼけぶりがなんとも可笑しいところであります。
 結末も定番の展開かと思いきや――という一捻りが楽しい作品でした。(が、ぶち丸よ、刀を使わなくていいのか……)


『お江戸むらさき料理帖』(さかきしん)
 新妻のキヨと、彼女を鍛える花嫁指南役の猫・むらさきを主人公とした料理漫画の本作、今回の題材は蛸の駿河煮。猫+料理というのは今の時代もののトレンドど真ん中という印象ではありますが、まあとにかくむらさきが可愛いことこの上ない。

 本作の猫は人語を解する猫ですが、そんな猫が普通の猫の顔をしていてもおかしいですし、かといって人間の顔をするのも違和感しかない。本作のむらさきは、その中間を絶妙なラインですり抜けているのが実にいい。
 海苔をパリパリ食べながら(何故か海苔が好きという設定)「蛸…かぁ…」と呟くコマなど、全く緊張感のない表情が絶品なのであります。


『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 平賀源内と、彼の身の回りの世話をする少女・文緒、猫のえれきてるのトリオ(?)が活躍する本作――今回は漱石香(歯磨き粉)の宣伝をはじめとして仕事が山積みの源内、行方不明になった鈴木春信の猫・おフク探しを頼まれた文緒、そしておフクを拾った少年・寅吉の三者の姿が描かれることとなります。

 本作の魅力の一つである史実の巧みな取り入れは今回は抑えめの印象ですが、しかし実際に源内が担当したという漱石香の宣伝が、クライマックスで意外な役割を果たすのが面白い。
 それまで並行して描かれてきた三つの物語が一気にクライマックスで交錯する姿はなかなか爽快で、悪役の行動がどうかなあ――というところはあるものの、やはり本作らしい味わいのエピソードでありました。
(本作の源内は、基本的に表立って大きく動かないようでいて、さらりと事態を好転させてみせるのが実に格好良いのであります)


『猫鬼の死にぞこない』(晏芸嘉三)
 瀕死の重傷を負い、片手片足に障害を残しながら、一度危機に陥ればその手足が猫のそれに変化する身となった元隠密・彪真。彼が奇怪な妖魔と対決する姿を描く本作もいよいよ佳境であります。
 前回は普通の(?)人情話的な内容で気になりましたが、今回は以前に登場した猿の妖魔が跋扈する村が再登場。一度は解決したかに見えた事件の真相と、本当の結末が描かれることに……

 と、あのいかにも変装っぽい風貌の胡散臭い学者さん、本当に変装だったのか!? とまことに申し訳ない驚き方をしてしまったのですが、その学者・猿舟の正体と過去の因縁が描かれ、物語はクライマックスに突入。
 猿舟を追う妖魔との戦いの中で、彪真を甦らせ、猫の力を与えた謎の女の正体も明らかになって――と、盛り上がったものの、ほとんど最終回のような内容なのは、これはこれで非常に気になるところではあります。

 それでもこれはこれでしっかりと大団円――それも一抹の切なさと温かさが漂う――であり、まずはよい結末であったかと思います(もちろんまだ謎は残っているわけで、この先の物語も大歓迎なのですが)。


 次号は来春ということで、また数ヶ月空いてしまうのが残念ですが、ゆっくりと刊行を待ちたいと思います。

『お江戸ねこぱんち 紅葉狩り編』(少年画報社にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
お江戸ねこぱんち紅葉狩り編 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2018.10.05

『忍者大戦 黒ノ巻』(その二) 忍者でバトルでミステリで


 本格ミステリ作家5人による忍者バトルアンソロジー『忍者大戦 黒ノ巻』の紹介の後編であります。いよいよ後半戦、こちらもこれまでに負けず劣らず、いやこれまで以上にユニークな物語が描かれることとなります。

『下忍 へちまの小六』(山田彩人)
 タイトルからして少々脱力ものの本作は、しかし本書の中で最も頼りなく、そして不気味な忍者が登場する物語であります。
 織田軍による二度目の伊賀攻めが間近に迫る中、偵察中に織田軍に追われることとなった風間十兵衛と配下の下忍たち。その中でも最も能なしの老忍(といっても三十過ぎなのですが)・へちまの小六を囮に脱出した一行ですが――生き延びたのは十兵衛と、何故か小六のみでありました。

 小六は植物の栽培が趣味で、作物を周囲に配ることから人気はあるものの、忍者としてはこれといった特技もない男。それにもかかわらず、これまでどんな困難な状況からも生還してきた小六に運の良さだけでは説明できないものを感じた十兵衛は、何とかその秘密を解き明かそうとします。
 ついに小六を罠にかけ、同じ伊賀忍びに襲わせることとした十兵衛。そして彼が知った真実とは……

 一種の能力バトルとも言うべき忍者ものにおいては、自分の能力は極力秘密にするというのが定番。しかしそもそもその秘密があるのかないのか――本作はそんな謎めいた、どこかすっとぼけた男の姿を描き出します。
 しかしその先にあるものは――ここでは書けませんが、最近時代ものでもしばしば見かけるアレかと思いきや、そこに一ひねりを加えたアイディアが面白くも恐ろしい。そしてそれが、下忍たちを弊履の如く使い捨てにする忍者という社会への、ある意味強烈な皮肉となっている点にも注目であります。


『幻獣 伊賀の忍び 風鬼雷神』(二階堂黎人)
 ラストに控えし作品は、ある意味本書で一番の問題作であります。

 まだ大坂に豊臣家があった頃、反徳川の動きを探るため、甲府に送り込まれた山嵐と桔梗の二人。しかし二人の連絡が途絶え、探索に向かった三人の忍びも消息を絶ち、江戸に届いた「<霧しぶく山><三つ首のオロチ><幻惑>」と記された血文字。服部半蔵はこれを受けて、風鬼と雷神の二人が派遣されるのでした。

 山嵐との間の赤子を育てていた桔梗から、探索に出かけた山嵐が真っ黒焦げの死体となって発見されたと聞かされた二人。藩の鍛錬所に潜入した風鬼は根来衆に襲撃され、昔から神隠しが相次ぐという霧谷山に向かった雷神は、恐るべき<三つ首のオロチ>の襲撃を受けることに……


 とにかく、手裏剣も効かぬ強靱かつ巨大な体に、口から業火を吐く三つの首を持つ怪物という、三つ首のオロチのインパクトが絶大な本作。忍者vs怪獣というのはある意味夢のカード、さらにそこに、ある者は骸となり、またある者は消息を絶った四人の忍びの謎が絡み、エンターテイメント度では本書でも屈指の作品と言えます。
 が、実際のところはまさしく大山鳴動して――といったところで、特撮時代劇では一作に一回はあったエピソードの小説化という印象。小説として見ても苦しいところも多く、正直なところどうなのかなあ――と思わざるを得ませんでした。


 以上5作品、参加した天祢涼の言によれば「忍者が戦って、ちょっとミステリ風味な短編を集めたアンソロジー」というコンセプトだったとのことですが、まさにそれを体現した作品揃い。
 それでいて様々な意味でこれだけバラエティに富んだ作品が揃うというのは、まさにアンソロジーの楽しさが現れていると言えるでしょう。

 個人的にはもう少し一冊として統一感を持たせた内容でもよいのかな、という印象もないではありませんが、この混沌とした楽しさもまた、一つの魅力と言うべきでしょうか。
 何よりも、普段時代小説とは縁遠い作家の方々が、こうして時代小説に挑戦して下さるというのが嬉しいことは言うまでもありません。

 9月には本書と対になる『忍者大戦 赤ノ巻』も刊行されたところ、もちろんそちらの方もご紹介させていただく予定です。


『忍者大戦 黒ノ巻』(光文社文庫) Amazon
忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

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2018.10.04

『忍者大戦 黒ノ巻』(その一) 本格ミステリ作家による忍者大戦始まる


 時代小説界に彗星の如く現れた謎の(?)一冊――時代小説の執筆はほとんど初めての本格ミステリ作家5人が、それぞれ趣向を凝らして忍者と忍者の死闘を描くという、非常にユニークなアンソロジーであります。ここでは一作品ずつ収録作品をご紹介いたしましょう。

『死に場所と見つけたり(安萬純一)
 かつての任務において、その身に深い傷を負った幕府の隠密・右門と相棒の雉八。もはや忍者同士の戦いは不可能と、平穏な小浜藩に派遣された右門は、そこで草の家に生まれた若者・韮山兼明を鍛えることになります。
 厳しい指導もあって、兼明が藩でも頭角を現し始めた頃、彼に下された草としての任務。それは薩摩藩からの暗号解読の鍵となる巻物を、城から奪取するというものでした。

 しかしその任務を伝えてきたのが、自分たちに遺恨を抱くかつての同僚、飛龍と黄猿であることに違和感を覚える右門と雉八。果たしてこの任務の陰には……

 巻頭を飾る本作は、セミリタイアした隠密という、捻りの効いた視点から描かれる物語。一線を退いたはずの老兵が思わぬ力を――という燃えるシチュエーションも実にいいのですが、そこに次代の草の若者を絡ませるのが、物語の深みを与えています。
 右門が抱える秘密の想い――それが昇華される結末が感動的であると同時に苦い後味を残してくれるのが、実に忍者ものらしい味わいと言えるでしょう。


『忍夜かける乱』(霞流一)
 泰平の時代に幕府隠密としての任務は失われ、金で工頼案人(くらいあんと)から雇われて任務をこなす影戦使位(えいせんしー)制の下、影戦人(えいせんと)として活躍する伊賀の忍びたち。今回の任務は、岡場所で腹上死した大洗藩主の死体を寺へ運ぶというものだったのですが――そこに他藩に雇われた甲賀の忍びたちが立ち塞がります。

 かくて繰り広げられる伊賀と甲賀の忍法合戦。伊賀側は狩倉卍丸の逆さ崩れ傘、九十九了仁斉の飛燕腹しずく、天滑新奇郎の陽炎浄瑠璃を繰り出せば、甲賀側は沼鬼泡之介の紅おろちの舞い、霧塚竜太夫の涅槃車が迎え撃つ忍び同士の死闘の行方は……

 バカミス界の第一人者たる作者が忍者ものを!? と思えば、想像以上にとんでもないものが飛び出してきた本作。
 まずギャビン・ライアルに謝りましょう、と題名の時点で言いたくなりますが、繰り出される珍妙な用語(当て字)や奇っ怪な忍法の数々にはただ絶句であります。(特に霧塚竜太夫の涅槃車は、もうビジュアルの時点でアウトと言いたくなるような怪忍法!)

 しかしその果てで明かされる捻りの効いた真実は実に皮肉で、忍者という稼業の空しさをまざまざと浮き彫りにしているように感じられます。この辺りの人を食った仕掛けもまた、作者らしいと言うべきでしょうか。


『風林火山異聞録』(天祢涼)
 幾度も繰り返された川中島の合戦の中でも、最も激戦だったと言われる第四次合戦。この合戦では、武田信玄の軍師であった山本勘助考案の啄木鳥戦法が上杉側に見破られ、一時は武田側が劣勢に立たされた――と半ば巷説的に語られます。

 本作はこの窮地に、実は忍びであった勘助が、己の秘術を尽くして単身上杉政虎(謙信)の首を狙わんと、最後の戦いを決意したことから始まる物語。
 路傍の石の如く、一切の気配を立つ忍術【小石】を用いて上杉の陣深くに潜入した勘助は、政虎を守る軒猿たちと死闘を繰り広げるのですが、その果てに現れた軒猿頭領の恐るべき秘術とその正体とは……

 実は本書で唯一、史実を中心として描かれた本作。勘助自身が忍びというのは、これは伝奇ものではしばしば見かける趣向ではありますが、本作で勘助が死闘を繰り広げるあの人物が忍びというのは、これはほとんどこれまで見たことがないという印象であります。

 しかし本作の面白さはそれに留まらず、勘助の闘志の源――信玄に寄せる忠誠心を軸に、勘助の生き様死に様を浮き彫りにしてみせたことでしょう。そしてその想いが川中島で最も良く知られたあの名場面で、見事に花開いた――そして信玄もそれに応えてみせた――結末は、壮絶なこの物語において、何とも言えぬ爽快な後味を残すのです。

 風・林・火・山それぞれを章題とした構成もよく、このアンソロジーにおいて最も完成度の高い作品ではないかと思います。


 残る二編については、次回紹介いたします。


『忍者大戦 黒ノ巻』(光文社文庫) Amazon
忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

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2018.10.03

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」

 魔剣目録の隠し場所を求め、護印師の砦・仙鎮城を訪れた殤不患。城主・伯陽侯に目録を預けて城を離れた殤不患だが、その前に西幽での旧友・浪巫謠が現れ、仇敵の配下・蠍瓔珞が東離に潜入したと警告する。急ぎ引き返した殤不患だが、既に城内には無数の恐るべき蠍が待ち受けていた……

 世を騒がした恐るべき魔剣妖剣邪剣の数々を集め、封印した魔剣目録。封印されたその数実に36本――から1本減って今は35本ですが、その剣の数々を封印し、それが悪人の手に渡らぬように手に遠く西幽の地から東離までやって来た剣侠こそが本作の主人公の一人・殤不患であります。
 この魔剣目録を封じる場所を求めていま彼が訪れたのは、護印師の一人・伯陽侯が治める仙鎮城。難攻不落と謳われるだけに、門番に早速誰何される殤不患ですが、同じ護印師にして前作で殤不患に助けられた丹翡の紹介状でそこはクリアであります。

 見るからに厳めしい伯陽侯も、さすがに魔剣目録の存在には半信半疑であるものの、しかしここでも丹翡の紹介状がものを言って、殤不患の頼みを聞き入れるのですが――どうも事態を甘く見ている感があるのが気になります。そもそもこういう話で難攻不落を謳うのはフラグであって――というのはさておき、殤不患までもあっさり魔剣目録を預けて去ったのはいかにも油断であります。

 何はともあれ重荷を手放して城を出た殤不患ですが、その前に現れたのは紅蓮の装束をまとった謎の美青年。その手には奇怪な顔のついた琵琶が――と、その姿を目にした殤不患は驚きの表情を見せます。
 そう、この美青年こそは西幽で殤不患の相棒であった吟遊詩人・浪巫謠。極端に口数が少ない(プロの声優さんではないから)のを、手にした喋る琵琶・聆牙が補うという、なかなか愉快な人物であります。

 しかし久闊を叙する間もなく浪巫謠が告げたのは恐るべき知らせ――西幽で殤不患の仇敵であった禍世螟蝗の配下・蠍瓔珞が、彼らより一足早く東離に入ったというではありませんか。蠍瓔珞といえば、毒と忍びの名手と解説してくれながら、一人城に馳せ戻る殤不患ですが――もちろん時既に遅し。
 門番たちが気がつく間もなく、蠍瓔珞の操る恐るべき蠍――一刺しで犠牲者を硬直させ、その命を奪う――の前に城の守備はたやすく破られ、伯陽侯も無数の蠍に囲まれ、その命は風前の灯火であります。

 一歩遅く一刺しを受けた伯陽侯に荒っぽい応急処置をした殤不患ですが、そこに現れたのは真の敵たる蠍瓔珞。無数の蠍を奪って巻物を奪った彼女の術を見破り、相手が美女であろうがかまわず一撃を食らわせる殤不患ですが、力では劣っても、技や奸智では上回るのはこの手のキャラの定番であります。
 隙をついて窓から外に飛び出した蠍瓔珞を追う殤不患の眼前で、目録を開いてみせた蠍瓔珞。明言はされていないと思いますが、おそらくは厳重に術が施され、殤不患以外は魔剣を解放できないと思われた目録の封印をあっさりと破られた殤不患は、さすがに驚きを隠せません。

 が、勝ち誇る蠍瓔珞に後ろから絶技を放つのは駆けつけた浪巫謠。琵琶をかき鳴らすことで衝撃波を叩きつけるという荒技に追いつめられた蠍瓔珞に一撃を放つ殤不患ですが――それが目録を二つに裂いた! やっぱり巻物争奪戦は巻物が破けないと! と喜ぶ一部の視聴者は放っておくとして、敢えて短い方の巻物を取った蠍瓔珞は、その場から消え失せるのでした。

 と、場所は変わって東離の衙門(役所)。ここで東離の役人を前に熱弁を振るうのは、西幽から精鋭を率いてやってきたという眼鏡の青年・嘯狂狷であります。西幽の捕吏である彼は、いかなる理由によってか、殤不患を鬼畜外道の大悪人、残虐非情にして怜悧狡猾な希代の奸賊と呼び、彼を捕らえるために協力を要請するのですが――そこに平然と現れたのは本当の大悪人にして希代の奸賊、本作のもう一人の主人公・凜雪鴉!
 大盗賊が衙門で何をやっているの、と言いたくなるところですが、ちゃっかりと中央より視察にやってきた役人・鬼鳥を名乗る彼は、何食わぬ顔で嘯狂狷との話に加わって――ああ、かわいそうな眼鏡君、と前作からの視聴者が皆思ったところで次回に続きます。


 というわけで始まった、武侠ファンタジー人形劇約2年ぶりの待望の続編。前作では巻き込まれた風来坊という態だった殤不患ですが、本作では彼が台風の目となる様子で、第1話に登場する新キャラが全て彼絡みというのが、今後の展開を期待させてくれます。
 もっとも、前作終盤で呆れるほどの強さ・格好良さを見せてくれた彼にしては、今回はいささか迂闊な場面が多かったような気もしますが――それもまたらしいといえばらしい。ラストに顔を見せただけでその場をさらっていった凜雪鴉ともども、本作での痛快な暴れっぷりに期待するばかりであります。


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2018.10.02

鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む


 吉原で評判の花魁が、実は尾張徳川家の御落胤だった! という大変なインパクトの設定に負けないドラマを描いてみせた『おいらん若君 徳川竜之進』の第二弾が早くも刊行されました。目撃したものは呪い殺されるという妖術使い・滝夜叉姫に竜之進と臣下たちが挑むことになります。

 八代将軍吉宗のライバルであった尾張藩主徳川宗春の嫡男として生まれながらも、藩内の争いに巻き込まれ、赤子のうちにくノ一・美咲と、四人の遣い手・成瀬四鬼によって救い出され、江戸に隠れ住むこととなった竜之進。
 執拗に竜之進を狙う御土居下衆の目を逃れ、吉原に潜んだ主従。そこで美咲はなんと竜之進を表向きは女――それも花魁として育てることで、周囲の目を欺くのでした。

 かくて決して男に靡かぬ花魁・篝火として吉原の名物となった竜之進。その一方で彼は密かに吉原を抜け出し、旗本の四男坊を名乗って太田直次郎(若き日の大田南畝)らとともに交遊する日々を送るようになります。
 そんな中で出くわした江戸を騒がす悪に、竜之進は四鬼破邪顕正の刃を振るうことに……


 というわけで、非常に盛りまくった主人公の設定に驚かされるのですが、しかしその設定を巧みに整理し、きっちり痛快娯楽時代小説として成立させているのが本シリーズ。
 今回竜之進と配下たちが挑むことになるのは、残暑の江戸の夜を騒がす謎の妖女・滝夜叉姫一味であります。

 滝夜叉姫といえば言うまでもなく平将門の娘にして、父の無念を晴らすために妖術使いとして暴れ回ったという女怪。
 その滝夜叉姫が、丑の日の晩になるたびに、谷中に現れると聞きつけた竜之進。しかも滝夜叉姫に出会った者は五寸釘を胸に刺されて死ぬため、避けるためにと成田山新勝寺のお札が飛ぶように売れている――といかにも胡散臭い話まで出てくれば、黙っていられるわけがありません。

 前作で知り合った田沼意次からの依頼もあり、滝夜叉姫の正体を追う竜之進。しかしその一方で、吉原では深夜に不審な小火が連続し、彼の周囲はにわかに騒がしくなって……


 その身の上のことを考えれば――そして美咲をはじめ周囲の者が口を酸っぱくして言うように――悪事に対して自ら乗り出す必要は全くない竜之進。
 それでも彼が世のため人のために飛び出していくのは、もちろん彼の周囲で事件が起こったから――という理由はありますが、それ以上に、性別を変えてまで自分自身を押し殺さなければならないという鬱屈から来ているというのが、面白くも切ないものがあります。

 どれだけ美しく着飾ろうとも、どれだけ多くの者に求められようとも、やはり花魁は籠の鳥――尾張徳川家の身分を隠して生きることを強いられる竜之進は、二重の意味で籠の鳥ということができるのではないでしょうか。
 だとすれば、彼が悪に命を懸けて挑むのは、この籠から飛び出すための行為の代替となのかもしれません。

 そしてこれはあまり詳しく書くわけにはいかないのですが、まさにこの点において本作の敵と竜之進は好一対とも言うべき関係にあるのがまた、実に面白いのであります。


 と、大いに楽しませていただきつつも、本作にはいささか気になる点もあります。

 吉原が巻き込まれるという要素はあるものの、前作に比べると、彼自身の事件とするにはいささか関係が薄いと感じられるのがその一つ。
 もっともこれは、上で述べたように実はあまり大きな要素ではないのかもしれませんが、それでも彼が戦う必然性がもう一つあってもよかったと――前作がそうであっただけに――感じます。

 そしてそれ以上に引っかかるのは、江戸の夜を騒がす怪事に竜之進が首を突っ込み、さらにそこに田沼意次の依頼が――という物語展開が、前作とほとんど同様に感じられる点。
 火付けの手口にもどこか既視感があり、本作ならではの魅力という点からすると、一歩引いた印象があります。

 そんなこともあり、そろそろ本シリーズならではの事件と敵が――すなわち、尾張徳川家が絡む事件、母の仇である御土居下衆との戦いが見たいというのが正直なところではあります。
 インパクトに満ちた設定を120パーセント活かした物語の展開に期待いたします。


『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
仇花-おいらん若君 徳川竜之進(2) (双葉文庫)


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2018.10.01

武川佑『鬼女の飯』 変人武将・長尾景虎が食らったもの


 『虎の牙』で鮮烈なデビューを飾った作者は、短編でも武田ものを手がけており、武田方(?)の作家という印象があります。しかし本作の主人公は、その宿敵たる長尾景虎(上杉謙信)。自らの家を捨てて出奔した景虎が、その途中にある娘と出会ったことでもたらされるものとは……

 戦国大名にまつわる逸話の中でも、ある意味最も異彩を放つ景虎の出奔事件。武田晴信と川中島で激突を繰り広げる真っ最中の弘治2年(1556年)、うち続く家臣同士の争い等に嫌気がさした景虎が突然出家・隠居を宣言、春日山城を飛び出して、高野山に向かってしまったという出来事であります。

 もちろん濁世からの出家遁世を夢見る者は史上無数におりますが、しかし軍神とも呼ばれた人物が、宿敵との死闘のただ中でいきなり自分の家を捨てて出奔するというのは、まず空前絶後の怪事件、いや珍事件と呼んでも良いのではないでしょうか。
 それだけに様々なフィクションでも題材とされているこの事件を、本作は題材としているのですが――しかし本作は文字通り一味違う内容となっています。

 重臣同士の争いに嫌気が差し、武士を捨てて出家することを決意した景虎。偶然その企てを知ってしまった侍大将の安田惣介は、巻き添えを食う形でその旅に同行することになります。
 旅の途中、越中を訪れた二人ですが、その地は長尾家が支援する椎名氏と守護代の神保氏が激しく争う真っ最中。そこで二人は、神保側の奴婢として足軽に混じって戦う少女・鈴と出会うことになります。

 鈴たちが椎名氏の支城・坪野城を攻めることを知った景虎は、何を思ったかその戦に参加すると言い出して……


 我々が長尾景虎という人物に持つイメージは、軍神・義の人など様々あるかと思いますが、その中には、変人・奇矯というものも確かにあるのではないでしょうか。その原因の一つがこの出奔事件かと思いますが、本作の景虎像は、これらのイメージを総合したものと感じられます。
 争いのまっただ中で出家を決断し強引に飛び出す、惣介をはじめとして家臣を振り回す、隣国の争いに首を突っ込んでこともあろうに長尾側を攻める――その言動の数々は滅茶苦茶ではありますが、ああ、この人であればこういうことをやりそうだ、と不思議に納得させられるものがあります。

 が、本作の景虎像は、既存のものに留まるものではありません。ここで描かれる景虎は、こうした様々なイメージ――すなわち周囲からの目や期待に戸惑い振り回される、悩める人間であることが、様々な形で描かれるのであります。
 それはたとえば、旅の途中、担ぐ御輿が誰であろうとかまわぬのだろうと自嘲する彼の(それに返す言葉を持たない惣介の)姿から――そしてその後の「戦はもう、厭になった」という言葉などに、はっきりと示されていると言えるでしょう。


 そんな彼の前に現れ、彼にとって一種の鏡とも役割を果たすのが、タイトルの「鬼女」――鈴であります。

 まだ十代半ばの少女でありながら、戦国の争いの中で家を失い、自由になるために――その条件がまたわかりやすくも凄まじい――戦い続け、新川郡の鬼女とまで呼ばれるようになった鈴。
 鈴にとって景虎は、家を奪った仇にも当たる人物なのですが――その彼女と肩を並べて戦うこととなった景虎が(そして景虎とともに戦うことになった鈴が)何を想い、何を決断したのか……

 不倶戴天の敵同士である二人の運命が一瞬交わったことが、しかし迷い多き二人の道を定め、人間として甦らせることになる――その複雑で皮肉な味わいは、強くこちらの心に突き刺さるのです。

 そしてもう一つ、景虎の人間再生を象徴するのが鬼女とともに題名に並ぶ「飯」――旅の先々で景虎が口にする食事であります。

 本作の各章に冠された食事の名――「昆布の握り飯」「瓜汁」「青菜粥」「どじょうの卵とじ」。これらはいずれも、景虎が口にするには粗末な食べ物ばかりではあります。
 しかしどのような食べ物であっても、人間の生を繋ぐには不可欠なもの。そしてそれを旨いと感じることは、とりもなおさず人間として生きる、生きているということなのでしょう。

 本作の結末において、鈴の作った握り飯を旨そうに食らった景虎。それは悩みの末に仏の道を歩もうとした景虎が、人間として甦ったことを示すのではないでしょうか。たとえそれが無数の人の命を食らう生だとしても……


『鬼女の飯』(武川佑 「小説現代」2018年10月号掲載) Amazon
小説現代 2018年 10 月号 [雑誌]


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