赤神諒『大友の聖将』(その二) ただ大友家を救うためだけでなく
大友家が崩壊に向かう中、ただ一人抵抗を続けた豪勇の士・柴田礼能(天徳寺リイノ)。「豊後のヘラクレス」と呼ばれた彼の波瀾万丈の生を描く物語の、後半の紹介であります。島津家久の猛攻の前に絶望と諦めに沈む大友家を、聖将は救い得るか!?
悪鬼のような所業を繰り返した末、主君の側室を奪った咎で牢に繋がれながらも、奇跡的に赦され、信仰に身を捧げる道を選んだリイノ。静かに辺土で愛する人々と暮らしていた彼は、しかし主家の危機に、再び十文字槍を手に立ち上がることとなります。
耳川の戦いでの島津家に対する惨敗以来、没落の一途を辿る大友家。次々と家臣たちが離反していく中、鑑連たっての命で復帰し、以来活躍してきたリイノは、宗麟から天徳寺の姓を賜るほどとなっていたのであります。
それでも島津の勢いは止まらず、ついに秀吉に膝を屈し、援兵を乞うた宗麟。しかし豊臣方の援兵が遅れ、宗麟の丹生島城は他の城からも切り離され、孤立無援の状態に追い込まれてしまうのでした。
この状況を打開すべく、愛息の久三、久三の朋輩で名門吉岡家の甚吉、旧友の武宮武蔵と決死の反撃に打って出んとするリイノですが――主君である宗麟が幾度となく不可解な中止命令を下し、丹生島城は更なる危機に陥ることになります。
この絶対の危機においてもなお、宗麟を、大友家を守るべく戦い続けるリイノ。彼に残された最後の策とは……
第一部において神の愛に目覚めたリイノ。以来二十年、武人としても人間としても大きく成長を遂げた彼は、まさしく聖人、いや聖将。その出自と過去、それとは裏腹の異数の出世により、周囲からは妬みの声も少なくないものの、しかしその武人としての活躍と高潔な人格から、彼は家中で絶大な支持を受けるようになります。
しかしその彼を以てしても、大友家の危機を救うのは容易いものではありません。
島津の猛攻や大友家中の不和は言うまでもないことながら、彼を最も苦しめることになるのは、気まぐれで感情的な宗麟の存在。そして彼の過去からの因縁が全く思わぬ形で――読んでいて思わず天を仰ぎたくなるような形で――彼を、そして彼の子供たちの世代をも苦しめることになるのです。
実は第二部の面白さは、まさにこのリイノの周囲の人々の存在――彼を頼り、助け、悩ませる人々の存在にあると感じられます。
リイノ自身は、既に人間としても武人としても、完成した存在であります。しかしもちろん、誰もが彼のようになれるわけではありません。過ちを犯し、悩み、惑う――そんな彼らの存在が、本作を超人的な英雄の活躍する神話ではなく、我々人間の生きる世界の物語として成立させているのです。
その中で最も印象に残るのは、宗麟の存在でしょう。実のところ、本作におけるリイノの最大の敵はこの宗麟ではないかと思えるほど、彼はリイノの足を引っ張りまくるキャラクターであります。それも意図して、ほとんと尋常ではない執念を以て……
その姿にはこちらも大いにヒートさせられるのですが――しかし、彼もまた一人の人間として悩める存在であったことに気づく時に、彼を見る目も変わることになります。
名門に生まれ、己の理想まであと一歩となりながらも、思わぬところで躓き、転落の一途を辿る――もはや自分自身ではどうにもならない、時代や社会に翻弄された末に無力感に苛まれ、深い諦念に沈んだ宗麟。
そんな彼の姿は――立場は一見大きく異なれど――実は第一部の治右衛門と重なるものであると、やがて我々が気付かされます。そしてまたそれは、現代の我々にとっても、どこか他人事と感じられないものがあるとも。
さらに言えば、そんな他人事ではない感覚は、次の世代――久三や甚吉たちの姿からも感じられます。親の世代が勝手に背負い込んだ負債に苦しめられ、ただそこから逃れるためにもがくしかない――そんな彼らの姿もまた、我々には馴染み深いものでしょう。
そう、本作において描かれるのは、大友家を救わんとする戦いだけではありません。ここに描かれるのは、人間の誇りと信念を賭けた戦い――時代や社会に翻弄される人々に対し、この生には価値があることを示すための戦い。かつてそれを先人たちから教えられた一人の男が、他の人々にそれを伝えるための戦いなのであります。
だからこそ本作は、キリスト教を題材とし、大友家の興亡というある意味局地的な史実を用いつつも、それに留まらないさらに大きな普遍的な感動を与えてくれるのだと感じます。
時代に負けることなく、人間としての生を全うせんとした人間を描く物語として……
『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
![]() | 赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12 売り上げランキング : 211802
|
| 固定リンク