平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
北から来た盲目の美少女修法師と付喪神の対決を描く『百夜・百鬼夜行帖』、第7章は吉原で起きる奇怪な事件に百夜が挑むことになります。今回はその前半、第7章の1(第37話)から第7章の3(第39話)までをご紹介いたしますが、作者のファンにはちょっと嬉しいゲストが登場することに……
『花桐』
吉原大門前に現れ、金棒引き(夜警)たちを仰天させたモノ――それは目撃した者と同じ顔をした花魁の姿をした化物でありました。
その翌日、大見世・常盤楼の客の前にやはり自分と同じ顔の花魁が現れたと左吉から聞いた百夜は、事件が起きた常盤楼には鐵次がぞっこんの花魁・七瀧がいることから、彼女の顔を見物がてら吉原に向かうことに……
というわけでこの第7章のサブレギュラーとなるのは、百夜の兄弟子であるゴミソの鐵次のデビュー作『萩供養』に登場した花魁・七瀧をはじめ、女主人の亀女や七瀧の禿のおなみ&めなみといった常盤楼の人々。同じ世界観の話ですから、登場してもおかしくはないのですが、こうして実際にクロスオーバーされてみれば、作者のファンとしては嬉しい限りです。
さて、この七瀧が鐵次と親しいのは、二人が同郷の津軽出身ということもあるのですが――ということは、百夜とも同郷であるということ。普段は武士の霊を憑かせて堅い江戸弁を話している百夜が、本作ではまるで姉と再会したように、七瀧には明るく打ち解けて語る姿が何とも微笑ましく印象に残ります。
と、そんなイベント性だけでなく、事件の方も極めてユニークな本作。自分と同じ顔を持った花魁という、実に厭な怪異が連夜、様々な人の前に現れるというのはなかなかに不気味で、「影の患い」(ドッペルゲンガー)の疑いも恐ろしいのですが――百夜が解き明かした真相は、この吉原という地にふさわしい切ないものなのであります。
結末で百夜と七瀧が交わす言葉が『萩供養』のそれと同じというのも心憎い趣向です。
『玉菊灯籠の頃』
吉原の末広屋で昼日中に禿が目撃した、縁の下に潜り込んでいた不審な遊女。その晩、末広屋の花魁・芙蓉のもとにその遊女が現れ、四つん這いで近づくと芙蓉の薬指を噛んで逃げた……
そんな不気味な事件が起きたのが玉菊灯籠が飾られる頃であったことから、灯籠のもととなった玉菊の亡魂ではないかと噂になっているのを聞いた百夜は、七瀧とともに末広屋に出向いて謎に挑むことになります。
タイトルの玉菊灯籠とは、吉原の三大景容とも言われる盆灯籠のこと――河東節に優れた玉菊という花魁の死を悼んで彼女の新盆に飾られたのをきっかけに、吉原の年中行事になったというものであります。ということはすなわち本作の舞台はお盆の頃、亡魂が出没してもおかしくない時期ですが――それにしても今回の冒頭に描かれるのは、実に怖い、というより気持ちが悪い怪異の姿であります。
ところがそれが百夜の謎解きにかかれば、一転、何とも切ない真実を明らかにする――というのは前話同様。人情譚の要素も大きい本シリーズですが、この吉原編はその側面が色濃く出ていると感じられます。
ちなみに今回、左吉から吉原に入っても咎められないのは女のウチに入れられていないからと言われて百夜が落ち込む場面があるのですが――それがクライマックスに繋がっていく構成も素晴らしい。百夜と二人の女性が並んで満面の笑みを浮かべる、本シリーズとしては異色の表紙イラストの意味が明らかになる結末には唸らされます。
『雁ヶ音長屋』
吉原の外れ、羅生門河岸を訪れた船乗りの金太。ふと足を踏み入れた雁ヶ音長屋と呼ばれる一角の見世に上がって遊女と一時を過ごした金太ですが、突然部屋の畳が揺れ動き、畳の合せ目から海水が噴き上がると、「もって行け……」と不気味な声が響くのでした。
不可解な事件に震え上がった切見世の主から仲立ちを頼まれた亀女に依頼された百夜は、怪異は金太がいる時に起こることに気付くのですが……
吉原のどん詰まりとも言うべき羅生門河岸で起きた事件を描いた本作は、内容的には小品といったところですが、怪異の不可解さと、原因の意外さが印象に残るエピソード。
置いてけ堀ならぬ「もって行け」という怪異の正体は――これはちょっと事前に予測するのは困難かもしれません。しかし、どんな人間にもその人自身の過去があるという、当たり前のことが、この舞台だからこそ胸に響く――そんな結末には、何とも言えぬ味わいがあります。
『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『花桐』 Amazon/ 『玉菊灯籠の頃』 Amazon/ 『雁ヶ音長屋』 Amazon
関連記事
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」
| 固定リンク