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2018.11.30

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」

 辛うじて浪巫謠から逃れたものの、戦意を失った蠍瓔珞に自らの生命を捧げるように命ずる七殺天凌。ついに魔剣を手放した蠍瓔珞は自ら殤不患の前に現れ、最後の戦いを挑む。決着がついても命を奪わない殤不患に強者の道を問うた蠍瓔珞は、その答えに救われた思いで新たな一歩を踏み出そうとするが……

 前回面白悪党コンビの乱入で浪巫謠から逃れた蠍瓔珞は、いつもの納屋で落ち込みモード。しかしそんな彼女を容赦なく七殺天凌は追い込み、手に入れ損ねた人間の命の代わりにお前の血を与えろと無茶苦茶なことを言い出します。一度は逆らえず手首に刀身を押し当てる蠍瓔珞ですが、あまりの仕打ちに耐えかね、七殺天凌を放りだすと、封印の呪符を放つのですが――しかし幾つもの呪符を貼られても堪えることない魔剣に、蠍瓔珞はその場から逃げ出すことしかできないのでした。

 一方面白悪党コンビの方はといえば、いい気になった嘯狂狷は、凜雪鴉に盗品置場に案内するよう強制、その結果によっては捕吏に突き出さないでやらんこともないと上から目線であります。そこで凜雪鴉が案内したのは、前作で追い込みをかけた刀剣コレクターの悪の首領から奪った刀剣置場であります。
 物が物だけに簡単に売り払うこともできないとぼやく凜雪鴉に、嘯狂狷は絶対足のつかない盗品の売り先があると――そう、西幽に持っていって売ればよいと得意顔。もちろん自分がこれまで奪ったブツも西幽から東離に持ち込んで――と、今まで捕らえた相手を殺して盗品を横領していたことを隠しもしない嘯狂狷に、明らかに適当に調子を合わせている凜雪鴉であります。

 さて、視聴者からはポンコツ扱いされ、七殺天凌の魔力の前に薬中→廃人コースを歩む蠍瓔珞。その前に思いとどまり、自分の命運は自ら決めると思い定めた彼女は、その辺を歩いていた殤不患の前に姿を現し、最後の対決を望むのでした。そいてお互い小細工なしの正面からの一刀を放つ二人ですが――しかし殤不患の刀は蠍瓔の刀を珞を粉砕、そのまま彼は刀を蠍瓔珞の細首に――刺さない。

 くっ殺せ! と言う蠍瓔珞に対して刀を収め、殤不患は語ります。弱いから負けて死ぬ。強いから勝って生き残る――世の中そんな単純じゃない、と。勝った奴が生きるのは当たり前だとすれば、負けてなお生き延びた奴はさらに強いのではないか? ……まるでこちらの方が坊さんのようですが、負けても強いという生き方があるということは、ただ強さだけを求め思い詰めていた蠍瓔珞にとって、まさに蒙を啓くものだったと言えるでしょう。
 ならばお前の目指す強さとは、最強の在り方とは? と問いかける蠍瓔珞ですが――これに対して、負けて生き延びた奴の仕返しに怯えない奴が一番強い、と答えて完爾と笑う殤不患。いやはや、親指を立てて賞賛したくなるほどの好漢っぷりであります。

 そして殤不患は七殺天凌を求めて先を急ぎ、蠍瓔珞は、己が勝手に背負っていた重荷を下ろして、足取りも軽く歩み出すのですが――その瞳に、一人佇む諦空の後ろ姿が映ります。自分を見つめ直すきっかけをくれた礼を言い、まだ意味を探して旅をするのであれば、迷惑でなければ一緒に――という彼女に、旅は終わった、答えは得たと振り返る諦空。その手には――七殺天凌が!
 人生は戦うに値する、命は奪うに値する! とよくわからないことを言いながら、凄まじい気を放つ諦空。その気の激しさたるや、毛が逆立つどころか、螺髪がストレートのロン毛に変じるほど(斬新な演出だなあ)。そして彼はあまりの衝撃に立ち尽くす蠍瓔珞に、無慈悲な一刀を放つのでした。

 ついに相応しい遣い手を得たという七殺天凌に、諦空は還俗を宣言、かつて名乗った婁震戒の名とともに、新たな一歩を踏み出します。遅れてその場に現れた浪巫謠は、蠍瓔珞の亡骸の近くに散らばる数珠を見て……


 終盤間近となって、やはりこうなったか、という今回。本作は全般的にスケール――特に悪役のスケール不足の印象が強くありましたが、今回ようやくラスボスに相応しい存在が登場したという印象があります。
 が、それでもいきなり登場感は否めないわけで、果たしてこの先、婁震戒のキャラクターがどれだけ掘り下げられるのかが、大いに気になります。まさか他の作品で描かれたからOKとはしないと思いますが……

 そのスケール不足の悪役のうち、悲しくも今回退場となったのは蠍瓔珞。『生死一剣』の殺無生のような無闇な希望の持ちっぷりからこれは危ないと思いましたが――最期に己の誇りを取り戻せたことを以て瞑すべきでしょう。
 もう一人の悪役の方は、どう考えても簡単には死ねるはずもないのですが――しかしあまりに小物過ぎて、もはや凜雪鴉の獲物に相応しいかも怪しい状態。そもそもこの先話の本筋に絡めるのか、別の意味で心配であります。


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2018.11.29

DOUBLE-S『イサック』第5巻 和平の道、そして新たなる戦いの道へ


 欧州に渡った日本人銃士の活躍を描く本作も、もう第5巻――しかし欧州を揺るがす戦いはまだまだ続き、イサックの苦闘も終わることがありません。宿敵との激突も束の間、イサックはプリンツ・ハインリッヒとともに和解の道を探ることになるのですが、それは同時に新たな戦いの始まりでもあります。

 アルフォンソ王太子の死という意外な展開により、終結に向かうローゼンハイム市防衛戦。しかしプリンツが囚われの身となり、イサックは未だ癒えぬ右肩の傷の痛みを堪えて救出に向かうことになります。
 その前に立ち塞がるのはイサックの宿敵であり、彼が戦う理由であるロレンツォ。伊サックは捨て身の攻撃でロレンツォを追い詰めるのですが……

 と、クライマックスのような展開で始まったこの巻ですが、あっさりとロレンツォは身を引き、イサックはプリンツを奪還。しかし窮地はいまだ終わらず、スピノラ(二代目)率いる追っ手が、二人を追い詰めることとなります。
 ローゼンハイム市も目前の場所まで辿り着いた二人ですが、辛うじて戦いを終えた市側にはスピノラ軍と再び戦端を開く余裕などありません。自力で市にたどり着くしかない絶体絶命の窮地の中、飛び出してきたゼッタのために全力で引き金を引くイサック。しかし二人が三人になっても状況は変わらず――まさに危機また危機であります。

 が、ここからがまたシビれる展開。傷ついたイサックの代わりにゼッタが込めた銃を手に、イサックが狙うのはスピノラ。イサックの腕であればスピノラを確実に殺せるものの、そうすればスピノラの配下が襲いかかり、イサックたちは、そしてローゼンハイム市も皆殺しとなるのは必定であります。
 イサックが撃てばスピノラもイサックも全員死ぬ。スピノラが退けば誰も死ぬことなく戦いは終わる――ある意味メキシカン・スタンドオフ的ですが、たった一発の銃弾が、たった一人の決断が全員の運命を変えるというのは、これは実に本作らしいシチュエーションと言うべきでしょう。

 文字通り皆の命を賭けた勝負の結末は――これは言うまでもないかと思いますが、それでも緊迫感に満ち満ちた名場面であることは間違いありません。


 そして一時の平穏を得るイサックたちですが――しかし厳しいことを言ってしまえば、彼らの戦いは局地戦も局地戦に過ぎません。彼らの戦いはより大きな戦いのごく一部――後に三十年戦争と呼ばれるカトリックとプロテスタントの戦いは、まだ始まったばかりなのであります。
 その戦いの最前線に立たされているのはプリンツであり、プリンツの兄。その兄を支えるため、そして母からの頼みもあって、プリンツはカトリック側との和平交渉のため、バイエルン公国に向かうことになります。

 しかしそこは既に敵地。プリンツと、当然同行するイサック、そして商人への偽装のためについてきたハンスとゼッタの一行は、途中検問に引っかかって窮地に陥るのですが――そこに現れた謎めいた甲冑の騎士こそは、エリザベート・フォン・クラーエンシュタイン男爵。
 エリザベート? そう、彼女はプリンツの従姉妹である姫男爵。彼女の協力もあって、無事に和平のための最初の会談を行うプリンツですが、しかしこれはいわば担当者レベルの合意に過ぎません。この先、本当に責任者同士の合意に繋げていくためには、どれだけの難関が待ち受けていることでしょうか。

 その苦難を予感させるように、再びカトリック側についたロレンツォがプロテスタント側を苦しめているとの報が入り、そして病で余命幾ばくもなかったオーパが、ゼッタをイサックに託して逝くことに……

 恩と復讐に一意専心する迷いのなさこそがその強さの源である(と作中で語られるのですが、なるほどと感心)イサックにとって、ゼッタを引き受けたことは、あるいは重荷にはならないのかもしれませんが――しかしいかにも彼の行く手は前途多難と言うほかありません。

 彼の、ゼッタの、プリンツの運命がどこに向かうのか――正直なところ馴染みの薄い歴史の世界だけに、先がわからなくもあり、そしてそれが楽しみでもあります。


『イサック』第5巻(DOUBLE-S&真刈信二 講談社アフタヌーンKC)

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2018.11.28

鳴神響一『鬼船の城塞 南海の泥棒島』 帰ってきた海洋冒険時代小説!


 鎖国下の江戸時代、大海で暴れ回った海賊衆・阿蘭党の活躍を描いた『鬼船の城塞』が帰ってきました。エスパニア海軍との激闘の傷跡も癒えぬ阿蘭党の前に一隻の無人の南蛮船が現れたことをきっかけに、南海を舞台に新たな冒険の幕が開くことになります。

 「鬼船」と呼ばれた赤い巨船を操り、船乗りたちから恐れられた海賊・阿蘭党。彼らは館島(現在の父島)を根城に、寛保の世までその命脈を保ってきた戦国時代の後北条水軍の残党であります。
 その阿蘭党に、任の最中に襲撃を受け、部下を皆殺しにされて捕らえられたのが、元・鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介。その武芸の腕を認められて賓客となった彼は、館島で暮らすうちに、阿蘭党の人々と少しずつ絆を育んでいくことになります。

 やがて島を狙って襲来したエスパニア海軍に対し、信之介は阿蘭党と協力して立ち向かうことに――というのが、前作に当たる『鬼船の城塞』の物語であります。

 言うまでもなく鎖国によって日本人が海外に渡航することがなかった江戸時代。それ故に江戸時代を舞台とした海洋ものはほとんどなかった中、前作は非常にユニークかつ新鮮な作品として印象に残っています。
 そしてその待望の続編が本作なのですが――冒頭で語られるのは、エスパニア海軍との決戦の影響の大きさであります。

 エスパニア海軍撃退の代償として、彼らの象徴たる鬼船を失った阿蘭党。しかし単に海賊稼業だけでなく、海の向こうから物資を手に入れることによって命脈を保ってきた彼らにとって、それはあまりに大きな打撃を与もたらすことになりました。
 海賊に出ることはおろか、食料や生活必需品、医薬品や武具に至るまで、本土からの物資を手に入れる手段を失った阿蘭党。しかしもはや小早船しか残っていない今、彼らは館島に閉じ込められたも同然なのであります。

 そんな阿蘭党始まって以来の苦境の中、島に漂着した無人の南蛮船。小早船に毛が生えたようなこの船であっても今の彼らにとっては天の助け――限りなく小さい可能性に賭けて、本土への航海に乗り出すことになったのは、阿蘭党の頭領である兵庫、南蛮仕込みの航海術を持つ儀右衛門、そして信之介。
 さらに無理やり乗り込んできた兵庫の妹・伊世や豪傑武士・荘十郎を加えて出向した一行を、激しい嵐が襲います。

 帆と舵を失い、運を天に任せて漂流する一行がたどり着いたのは南洋の緑溢れる美しい島。そこは南蛮人からラドロネス(泥棒)島と呼ばれる地だったのですが……


 というわけで、今回の物語の舞台となるのはサブタイトル通り南海の泥棒島。阿蘭党がいわば海賊島の住人であることを思えば、何やら似つかわしい名前に思えますが――しかしこの名前には事情があります。
 作中では明確にはされていませんが、本作から遡ること約200年前、マゼランがこの島々を「発見」した際に、船の積荷を島の原住民に奪われたことから付けられたのが、この名前。しかしこれはマゼランたちの方が先に食料を強奪したとも言われており、その後の収奪の歴史を鑑みれば、さもありなんという印象があります。

 そう、その後この島々はエスパニアの植民地として収奪され、元々の住民たちは強制的にキリスト教に改宗させられた上に、外部から持ち込まれた疫病によってその数を減らしていくこととなりました。
 信之介たちが漂着したのは、まさしくこのような時代。そしてその島で密かに隠れ住む誇り高き現地の人々と交流した信之介たちは、島に来襲するエスパニア船に対し、戦いを挑むことになるのであります。

 が、その戦力差は前作で繰り広げられた戦いよりも更に上。そもそも信之介たちにはもはや軍船はなく、そして戦えるメンバーもわずか数人という状況なのですが――その絶望的な戦力差をどうするか、それが本作のクライマックスの見所となります。


 終盤にはそんな盛り上がりをみせる本作ですが、全体と通してみたスケール感では前作にはかなり譲るところがあり、温度があまり高くない文体も相まって、かなりおとなしい印象を受けるというのが正直なところ。そんなこともあって、前作の続編というより、後日譚という印象があります。

 その意味では、まだまだもっと先に行くことができるシリーズなのではないかと思いますが――しかし本作を以て、シリーズが再起動したのは、やはり喜ばしいことです。
 前作においては阿蘭党と共に戦ったものの、いまだ自分の在り方に悩む信之介が、ついに居場所を見つけたこともあり――これからの信之介と阿蘭党の活躍に期待したいところであります。


『鬼船の城塞 南海の泥棒島』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫)

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2018.11.27

永山涼太『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』 しまらない二人が挑む「怪異」の意味


 弁慶の亡霊に鬼火、かまいたちに置いてけぼりと、江戸を騒がす「怪異」に挑む者たちを描く本作は、タイトルを見れば一見伝奇捕物帖のようですが――しかし主人公は悩めるおっさんと若者のバディ。そんなしまらない二人が、ままならぬ世の不条理に挑む、何ともユニークで味わい深い連作であります。

 「とりもちの栄次郎」の異名を持ち、若くして隠密廻りになりながらも、やりすぎて周囲から疎まれ、妻にも逃げられた北町奉行所同心・望月栄次郎。江戸を騒がす盗賊一味を追いつめたものの頭目を逃し、謹慎処分となった彼は、好奇心から永代橋のたもとに弁慶の亡霊が出るという噂を確かめに行くのですが――そこで一人の青年武士とぶつかることになります。

 その青年の名は筒井十兵衛――直心影流の名門・団野道場でも有数の使い手であり、名奉行・筒井伊賀守の三男である彼は、父から命を受け、釈然としないながらも亡霊の正体を探りに来ていたのであります。
 互いに胸に鬱屈を抱えた者同士、些細なことから争いとなった二人ですが、場数の違いから叩きのめされたのは十兵衛の方。弁慶の亡霊の正体は成り行きから解き明かされたものの、遺恨を残した二人は、深夜の回向院で立ち会いを約するのでした。

 そして始まった二人の対決。しかしその最中に、パチパチという音とともに不気味な炎が出現して……


 というわけで、本作の主役を務めるのは、公私ともどもドロップアウト寸前の中年と、自分の将来に希望を見いだせず空回りする青年という、なかなか身につまされる設定の二人。

 狙った相手から離れないことから「とりもち」と呼ばれていたものが、役目から外されて町会所見廻となった末に「餅搗き」と呼ばれるようになった栄次郎。弁慶の幽霊の探索を命じられたものの勝手がわからず、橋のたもとの茶店で餅ばかり食べていたために「餅食い」と呼ばれてしまった十兵衛。
 共に餅にまつわるしまらない渾名を付けられてしまった二人が、なりゆきから「永代橋の弁慶」「回向院の鬼火」「八幡宮のかまいたち」「深川の置いてけぼり」といった江戸を騒がす怪事件に立ち向かう姿が、本作では描かれることになります。

 はじめは斬り合いを始めるほど仲が悪かった二人が、同じ謎に挑み、同じものを見る中で、やがて互いの距離を縮め、無二の相棒となっていく――そんな定番をきっちり押さえた展開は、バディもののファンであれば必ずや琴線に触れるはず。
 特に、上に述べたように、二人がある意味世の正道から外れかけた人物だけに、彼らの絆と、そして彼らが事件の最中で出会う人々に向ける眼差しは、強く印象に残るのです。


 そしてそんな二人の存在は、本作で描かれる「怪異」の正体とも、強く関わっていくことになります。

 あまり詳細に触れるわけにはいきませんが、本作で描かれる「怪異」は、いずれも人間が、人間の心が――そしてそんな人々を生み出すこの世の在り方が生み出したもの。
 そうして生まれた「怪異」は、常の法で裁くことはできません。仮に裁くことができたとしても、それは真の解決にならず、新たな「怪異」を生み出すことになりかねないのですから。

 だとすればそれを鎮められるのは、この世を法で治める側の人間にありつつも、「怪異」に関わる人々と同じく、この世のままならなさの前にもがき苦しみ、それでいてこの世を諦めきることもできない者たちでしょう。
 そしてそれは、栄次郎と十兵衛の二人しかいないのであります。
(ただこの二人の――特に栄次郎の視線というか主義主張がえらく保守的に見えてしまうのは、少々、いやかなり気になるところではあります)


 誰が名付けたか、いつの間にか世間に広まった「物怪憑物改方」の名に振り回される二人。しかしこの世において「怪異」が如何なる意味を持つか、如何なる役割を持たせるべきか知った時、二人は胸を張ってその名を受け容れることになります。

 そう、物怪憑物改方 妖同心の活躍はまだ始まったばかり。二人がいかなる「怪異」と出会い、そこに人の世の何を見るのか――この先の物語も見てみたくなる作品であります。


『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』(永山涼太 ポプラ文庫)

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2018.11.26

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第15巻 闘いの獣、死闘の果てに


 ついに近藤が去り、どんどんと寂しくなっていく『PEACE MAKER鐵』。土方が絶望に沈む中も戦いは続き、この巻では大敵・伊地知正治とあの男が激突することになります。新選組十番隊隊長・原田左之助が!

 近藤を救うために宇都宮城で死闘を繰り広げた土方ら新選組の面々。一方、一度は野村利三郎とともに新政府軍の陣から脱出した近藤ですが、追いつめられた土方を救うため、自らの命を笑って投げ出すのでありました。
 近藤の死を知り、廃人状態と化した土方を献身的に世話する鉄之助ですが、しかし土方に復活の兆しはなく……

 と、地獄模様の中始まったこの巻の冒頭に久々に登場するのは、小せー人こと永倉。史実では決別したっきりの人間がこうして登場してくれるのは嬉しいところですが、しかし永倉とくれば、もう一人欠かすことができない男がいるはずであります。
(それにしても、永倉に解説されるまで、いま自分たちが何のために戦っていたかわかっていなかった鉄はマズすぎませんか)

 その頃、近藤の体を取り戻した野村に迫る、野村と近藤にとっては因縁の大熊(本当のクマ)。この野獣と、野村史上に残る激闘を繰り広げる野村ですが、しかし人間と熊ではあまりに分が悪い。彼が絶体絶命の状態に陥った時――凄まじい一撃が熊を貫いた!
 その一撃を放ったのは、誰であろう原田左之助。永倉と別れ、京に晒されていた近藤の首を一人奪取した彼は、今度は近藤の体を取り戻そうとしていたのであります。

 瀕死の深手を負った野村から、彼が近藤の体を取り戻してくれたと聞いて喜ぶ原田。しかしその彼の前に現れたのは、薩摩の豪勇・伊地知正治――白河城攻めを目前に控えながらも、原田の強さに魅せられた彼は、余人を交えぬ一騎打ちを望むのでした。
 かくてここに激突するは、ともに槍一本に命を賭けてきた武士二人。その決着の日は慶応4年5月17日……


 というわけで、新選組ファン、原田左之助ファンにとっては、日にちを見ただけで血が引きそうになるこの第15巻。斎藤改め山口と同じ力を持つ「きせきみの巫女」篠田やそが語る運命の日――5月17日と30日の、その一方がここに訪れることになります。

 原田は、史実ではこの時に彰義隊に加わり、上野戦争に参加したと言われますが――しかしその前後の足取りが今一つ定かでないことから、その後大陸に渡って馬賊となったという、何とも夢のある話が残っているのも有名でしょう。
 それが本作においては、近藤の体を取り戻すために北に馳せ散じるというのは、これもまた胸躍る展開ですが――ここで彼を迎え撃つのが伊地知というのがたまりません。

 この北上編の当初から、いかにも強敵、ボスキャラ然とした存在感を見せていた伊地知。史実では白河城攻めを指揮し、寡兵でもって大勝利を収めたことが知られていますが――寡兵も寡兵、たった一人で原田と戦っていたとは!
 この伊地知は幼い頃から片目片足が不自由であったと言われていますが、本作の伊地知はそれをハンデとも思わぬ怪物。特に片足の義足の中には二本の刃を仕込み、地に刺した槍を軸に回転大キックを放つとくれば、もうどこの世界の人間かわかりませんが――しかしそれがいい。

 重い展開が続く史実にぽっかりと開いた、いや強引に開いた隙間で描かれる豪傑二人のバトルは、これまでの鬱屈を吹き飛ばしてくれるような壮絶な名勝負。ともに戦闘狂の二人の戦いは、いつ果てるとも知れないマラソンバトルとなるのですが――しかしやはり史実は残酷、というほかありません。

 この物語の始まりから、一貫して脳天気で、豪快で、ある意味武士らしい武士として大暴れしてきた「死にぞこない」の原田左之助。そんな彼の姿が、死闘の中に現れるという「闘いの獣」を求めてきた伊地知に対してどう映ったか――それは言うまでもないでしょう。

 そしてその生き様は、人の生死を弄んでいる気になっている鈴ごときでは到底理解できないような、激しくも尊いものであったことも。


 ……そんな死闘が繰り広げられているとも知らず、泥酔してモブおじさんたちに路地裏に引っ張り込まれて着物をはだけられたり、相変わらず大変な土方は果たしていつ復活するのか。
 そしてもう一つの予言の日、5月30日を本作はどのように描くのか――まだまだ地獄は終わりませんが、しかしその中でも新選組の面々が、強烈な生の輝きを放ってくれることを期待したいのです。


『PEACE MAKER鐵』第15巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) 

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 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第14巻 さらば英雄 そして続出する病んだ人

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2018.11.25

山本風碧『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』 自分が自分らしく生きるための冒険


 これは『とりかえばや物語』という大先輩があるため(?)でしょうか、現代のYA層向けの平安ものでは異性装ネタがしばしば描かれる印象があるのですが、本作もその一つ。星に魅せられ、男装して陰陽寮に入り込んだ姫君が、思わぬ運命の出会いをしたことから繰り広げられる大騒動を描く物語です。

 大納言家の姫として生まれながらも、歌や色恋には全く興味を示さず、求婚者から逃げるために庭の池に飛び込むほど無駄にアクティブな少女・小夜。星空に魅せられるあまり夜更かしをしてばかりの彼女は、昼は居眠りばかりという毎日であります。

 そんな彼女が数年前に出会ったのは、凶星の下に生まれたために、父親をはじめ周囲から疎まれる少年・千尋。しかし彼の瞳の中に素晴らしく輝く運命の星を視た小夜の言葉に千尋は勇気づけられ、小夜もまた、陰陽寮に入りたいという夢を、千尋から励まされれることになります。
 しかしもちろん彼女が陰陽寮に入れるはずもなく、空しく時は流れたのですが――数年前に千尋のもとに彼女を誘い、今も彼女が読み解いた星空を宿曜勘文として利用している宿曜師・賀茂信明が、おかしな話を持ちかけてくるのでした。

 病弱のため出仕もままならない息子の身代わりに、小夜に陰陽寮に入らないかと持ちかけてきた信明。彼の言葉に乗り、小夜は療養と称して家を出ると、髪をばっさりと切って男に扮し、陰陽寮に入ることになります。
 そこでも天文観測に明け暮れ、居眠りばかりしていたところが、それがきっかけでさる貴人と出会い、その運命を占うよう求められた小夜。その貴人とは誰であろう千尋、彼こそは帝の第一皇子だったのであります……


 というわけで、異性装だけでなく、運命の再会、正体を明かせない秘密の恋など、定番要素を様々に盛り込んだ本作。女の子向けの小説らしく、甘々の場面も非常に多く、何ともこそばゆい気分にしばしばなるのですが――しかしこれがなかなかに面白いのであります。

 そもそも本作では、大納言の姫が男装して陰陽寮に入ったり、廃位寸前とはいえ皇子に気に入られて個人的に召し抱えられたりと、豪快な展開が多いように見えるかもしれません。しかしそれはそれなりに、大きな嘘を成り立たせるロジックが用意されているのが楽しい。
 もちろんそれでも無理な部分は残るのですが――それが実は一つの伏線になっていたりして、物語構成がなかなか良くできていると感心させられます。


 しかしそれ以上に魅力的なのは、主人公とその相手役、小夜と千尋の人物像でしょう。
 かたや星に魅せられ、生まれつき宿曜の才を持つ姫、かたや生まれた時から不吉の子と呼ばれ忌避されてきた皇子。二人に共通するのは、望んだわけでもない境遇に縛られ、自分らしく生きることを――大げさに言えば、人間らしく生きることを許されない暮らしを送ってきたことであります。

 そんな二人が、自分の存在を認め、自分らしく生きる支えとなってくれる相手と出会い、互いを求め合う姿は――思い切りコミカルに、そしてちょっぴり切なく味付けはされているものの――実に魅力的に感じられるのであります。

 そしてもう一人、そんな二人の出会いのきっかけを作り、その後も二人に何かとかかわっていく信明の存在も実に面白い。
 美形で才能に溢れた陰陽師(宿曜師)という、これまた定番のキャラクターに見える信明ですが、しかし小夜の才を利用して金を稼いだり、貴族(の家の女性たち)に取り入っていたりと、何かと油断できない顔を見せる人物であります。

 そんな彼の姿は、ある種極めて純粋な若者二人とは対照的な、小狡い大人として映るのですが――それでとどまらないのが、これも本作らしい捻りの効かせ方と言うべきでしょう。
 終盤に明かされる彼の真の想いは、その大人なりの生きることのままならなさを描き出していて、物語に陰影を与えているのであります。


 一見荒唐無稽なファンタジーのようでいて、丹念に物語を構築し、その中で読者に身近で、切実な想いを抱えたキャラクターたちの姿を浮かび上がらせる本作。
 宿曜道という、本作ならではのガジェットの使い方も面白く、なかなか良くできた作品であると言ってもよいと思います。


『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』(山本風碧 KADOKAWAビーズログ文庫)

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2018.11.24

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」

 蠍瓔珞が手にした七殺天凌を前に窮地に陥る殤不患。七殺天凌の気紛れで命拾いしたものの、そこに現れた凜雪鴉を見逃した殤不患に怒った浪巫謠は、彼と袂を分かつのだった。一方、鬼鳥=掠風竊塵と見抜いた嘯狂狷は、凜雪鴉に七殺天凌と殤不患を噛み合わせるという策を手伝わせようとするが……

 七殺天凌を手にした蠍瓔珞には殤不患が、桃色光線に魅了されてやたらとアクション作画が良くなった嘯狂狷には浪巫謠が挑む場面から始まった今回。しかし嘯狂狷はともかく、まともに相手を見られない状態で七殺天凌と戦うのはさしもの殤不患にも荷が重く、足に傷を受けてしまうことになります。それだけでもエナジードレイン状態になるのですから始末が悪い剣ですが、しかしここで止めを刺すよりもこやつの大事な者たちを先に殺して悲しませてやろう、的なことを七殺天凌が言い出したことで命拾いした殤不患。しかしこれはどう考えても敗北フラグですが……
 と、この場をひとまず去ろうとする蠍瓔珞を後ろから追いかけ、一撃を食らわす嘯狂狷。どんだけポンコツなのか蠍瓔珞、と思いきや、それは嘯狂狷を止めるための凜雪鴉の幻術だったのですが――ここで彼曰く「オモチャ」である嘯狂狷を連れて行こうとする凜雪鴉を殤不患が放置したのに怒った浪巫謠は、彼とは別行動を取ると告げるのでした。

 一方、刑部に運び込まれた嘯狂狷は、実は途中で意識が戻ってましたよ、この眼鏡は真実を見抜くんです的なことを言いながら、鬼鳥=掠風竊塵という秘密をばらされたくなかったら――わかるよね? 的にヘタレ眼鏡から鬼畜眼鏡に変貌、一転攻勢で凜雪鴉を脅しにかかります。その言葉におとなしく従う凜雪鴉ですが――しかしどう考えても素直に恐れ入っているはずもありません。別に正体がばれた程度で彼が困るとも思えず、むしろ利用する気満々にしか見えないのですが……
 何はともあれ、凜雪鴉を屈服させたと思いこんでご満悦の嘯狂狷は、蠍瓔珞は放っておき、殤不患と噛み合わせて互いに消耗させて漁夫の利を得ようと企てるのでした。

 さて、浪巫謠と分かれて蠍瓔珞を追う殤不患が見つけたのは、何やら地面を掘っている諦空。彼は運悪く七殺天凌に行き合って殺された犠牲者を弔おうとしていたのですが――何とこれは、以前毒にやられたのを諦空に救われた老夫婦ではありませんか。お前が救った蠍瓔珞が、以前お前が救った老人たちを殺したと詰る殤不患ですが、それではこの殺されるために老人たちを助けたかと、平然とこの世の無常――というか無意味さを語る諦空に、殤不患も怒りと呆れ半分。しかしさすがに浪巫謠のように斬りかかることもなく、その場を去るのでした。

 そして当の蠍瓔珞は――いつの間にか西幽に戻り、速水奨の声で喋る石板の前に立っているではありませんか。そして任務を果たさなかったことを咎める速水奨に対して公然と反旗を翻した彼女は、七殺天凌でその場にいる者たちを皆殺し(皆壊し)に――というところでハッと目覚めた蠍瓔珞。七殺天凌に煽られて非常に気まずい気分の蠍瓔珞ですが、絶対の忠誠を誓った主に対する反逆心が自分の中にあったことに衝撃を隠せない彼女には、まだまだ武人の心が残っているようにも見えますが……(にしてもまだあの納屋に起居する蠍瓔珞は、気に入ってるのかしら)。

 そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、さあ食事だと促し、街に出て人々を毒牙にかけていく七殺天凌。再び白黒画面の惨劇が始まったその時――駆けつけたのは浪巫謠であります。桃色光線を避けるべく瞳を閉じた彼をあざ笑う七殺天凌ですが――しかし彼はその状態から全ての攻撃を躱し、そして的確に攻撃を仕掛けてくるではありませんか!
 彼は楽士――優れた音感と聴覚の持ち主。そう、彼にとっては音を聴くことで、視るのと同じく周囲の状況を的確に把握できるのであります。ここで久々に登場した(キャラ数が少ないので)念白が最高に格好良いのですが、音のみで周囲を捉えるのを、色を反転させたようやビジュアルで描くのもまた格好良い。これはもう主人公交代してもいいのでは、というほどなのですが……

 そこに割って入ってきたのは、「喪」顔のゾンビたち。奪った喪月之夜を悪用する嘯狂狷と、目を閉じても効果のない幻惑香を操る凜雪鴉――漁夫の利を狙う二人の妨害を受け、七殺天凌と蠍瓔珞を取り逃がした浪巫謠は、「右も左も曲者ばかり」という聆牙の言葉に、「ここは魔境だ!」と吐き捨てるのでした。いやごもっとも。


 相変わらず話は進んでいるようで進んでいない今回ですが、サブタイトルで示唆されているように、浪巫謠の活躍が見れたのは嬉しいところ。いつか必ず殤不患とは袂を分かつと思っていたのですが、その理由が優しすぎる殤不患を慮ってというのがまたらしいところで、どうしようもない利害関係で結ばれた凜雪鴉ー嘯狂狷と七殺天凌ー蠍瓔珞の二組との違いが際だっているのも良いと思います。


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2018.11.23

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』


 北から来た盲目の美少女修法師と付喪神の対決を描く『百夜・百鬼夜行帖』、第7章は吉原で起きる奇怪な事件に百夜が挑むことになります。今回はその前半、第7章の1(第37話)から第7章の3(第39話)までをご紹介いたしますが、作者のファンにはちょっと嬉しいゲストが登場することに……

『花桐』
 吉原大門前に現れ、金棒引き(夜警)たちを仰天させたモノ――それは目撃した者と同じ顔をした花魁の姿をした化物でありました。
 その翌日、大見世・常盤楼の客の前にやはり自分と同じ顔の花魁が現れたと左吉から聞いた百夜は、事件が起きた常盤楼には鐵次がぞっこんの花魁・七瀧がいることから、彼女の顔を見物がてら吉原に向かうことに……

 というわけでこの第7章のサブレギュラーとなるのは、百夜の兄弟子であるゴミソの鐵次のデビュー作『萩供養』に登場した花魁・七瀧をはじめ、女主人の亀女や七瀧の禿のおなみ&めなみといった常盤楼の人々。同じ世界観の話ですから、登場してもおかしくはないのですが、こうして実際にクロスオーバーされてみれば、作者のファンとしては嬉しい限りです。
 さて、この七瀧が鐵次と親しいのは、二人が同郷の津軽出身ということもあるのですが――ということは、百夜とも同郷であるということ。普段は武士の霊を憑かせて堅い江戸弁を話している百夜が、本作ではまるで姉と再会したように、七瀧には明るく打ち解けて語る姿が何とも微笑ましく印象に残ります。

 と、そんなイベント性だけでなく、事件の方も極めてユニークな本作。自分と同じ顔を持った花魁という、実に厭な怪異が連夜、様々な人の前に現れるというのはなかなかに不気味で、「影の患い」(ドッペルゲンガー)の疑いも恐ろしいのですが――百夜が解き明かした真相は、この吉原という地にふさわしい切ないものなのであります。
 結末で百夜と七瀧が交わす言葉が『萩供養』のそれと同じというのも心憎い趣向です。


『玉菊灯籠の頃』
 吉原の末広屋で昼日中に禿が目撃した、縁の下に潜り込んでいた不審な遊女。その晩、末広屋の花魁・芙蓉のもとにその遊女が現れ、四つん這いで近づくと芙蓉の薬指を噛んで逃げた……
 そんな不気味な事件が起きたのが玉菊灯籠が飾られる頃であったことから、灯籠のもととなった玉菊の亡魂ではないかと噂になっているのを聞いた百夜は、七瀧とともに末広屋に出向いて謎に挑むことになります。

 タイトルの玉菊灯籠とは、吉原の三大景容とも言われる盆灯籠のこと――河東節に優れた玉菊という花魁の死を悼んで彼女の新盆に飾られたのをきっかけに、吉原の年中行事になったというものであります。ということはすなわち本作の舞台はお盆の頃、亡魂が出没してもおかしくない時期ですが――それにしても今回の冒頭に描かれるのは、実に怖い、というより気持ちが悪い怪異の姿であります。

 ところがそれが百夜の謎解きにかかれば、一転、何とも切ない真実を明らかにする――というのは前話同様。人情譚の要素も大きい本シリーズですが、この吉原編はその側面が色濃く出ていると感じられます。

 ちなみに今回、左吉から吉原に入っても咎められないのは女のウチに入れられていないからと言われて百夜が落ち込む場面があるのですが――それがクライマックスに繋がっていく構成も素晴らしい。百夜と二人の女性が並んで満面の笑みを浮かべる、本シリーズとしては異色の表紙イラストの意味が明らかになる結末には唸らされます。


『雁ヶ音長屋』
 吉原の外れ、羅生門河岸を訪れた船乗りの金太。ふと足を踏み入れた雁ヶ音長屋と呼ばれる一角の見世に上がって遊女と一時を過ごした金太ですが、突然部屋の畳が揺れ動き、畳の合せ目から海水が噴き上がると、「もって行け……」と不気味な声が響くのでした。
 不可解な事件に震え上がった切見世の主から仲立ちを頼まれた亀女に依頼された百夜は、怪異は金太がいる時に起こることに気付くのですが……

 吉原のどん詰まりとも言うべき羅生門河岸で起きた事件を描いた本作は、内容的には小品といったところですが、怪異の不可解さと、原因の意外さが印象に残るエピソード。
 置いてけ堀ならぬ「もって行け」という怪異の正体は――これはちょっと事前に予測するのは困難かもしれません。しかし、どんな人間にもその人自身の過去があるという、当たり前のことが、この舞台だからこそ胸に響く――そんな結末には、何とも言えぬ味わいがあります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『花桐』 Amazon/ 『玉菊灯籠の頃』 Amazon/ 『雁ヶ音長屋』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖37 花桐 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖38 玉菊灯籠の頃 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖39 雁ケ音長屋 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)

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2018.11.22

「コミック乱ツインズ」2018年12月号


 号数上は今年最後となるコミック乱ツインズ12月号は、単行本第1巻が発売となった『用心棒稼業』が表紙、巻頭カラーは『鬼役』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介したします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、尾張藩主・徳川吉通が放った刺客団を自宅で迎え撃ち、壊滅させた聡四郎。しかし十数人もの死体はそこに残ったわけで、その後始末が――と、いきなり現実的な(?)問題が発生することになります。どうするかと思えば、聡四郎が声をかけたのは相模屋と西田屋。口入れ屋と女郎屋が淡々と遺体を処理していく姿には、政治経済の闇よりももっと深い闇を見てしまった気が……

 それはさておき、相模屋では聡四郎・伝兵衛・袖吉と紅さんを加えての作戦会議。再び家が狙われることがないようにするためには権が必要、しかし権を振るえばこれまで自分が戦ってきた権力亡者の仲間入りをしてしまうのではないか――それを恐れる聡四郎に、自分がいるから大丈夫、と笑顔で宣言する紅さんのヒロイン力が最高であります。
 そして袖吉が普請場で目撃した出来事から増上寺の霊廟に秘密があると察し、玄馬・袖吉とともに潜入した聡四郎を待ち受けていたのは4人の僧兵。思わぬ強敵を前に聡四郎たちは――というところで次回に続きます(にしても袖吉は情報収集の上に戦力にまで数えられていて真剣に有能過ぎです)。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視)
 周囲の腫れ物を触るような扱いに不満を募らせていたところに、宗桂にまで対局で手心を加えられ、本気で将棋を指すために江戸城を抜け出した十代将軍家治。相手を求めて足を踏み入れた将棋会所でそうとは知らずに家治にボロ負けした田沼勝助は、強い奴を連れてくると宗桂を呼びに行くのですが、事態はさらにややこしいことになっていて……

 と、ある意味時代劇では定番の、偉い人のお忍びが騒動を起こして――というエピソードである今回。なるほど、考えてみれば宗桂の本職は将軍の将棋の相手であるわけで、なるほどこういう話も本作ではできるのか、とちょっと感心いたしました。
 それにしてもヒロイン(?)お香の物理的なメチャクチャな強さにも驚きますが、やはり今回のハイライトは、家治にはこれまで秘め隠していた「本気」を宗桂が見せる場面でしょう。普段出せないその「本気」を描くために、今回のようなお忍びエピソードが必要だった――と思えば、実に面白い趣向であったと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 待望の連載再開となった今回は、出雲編のエピローグ。前回、死闘の末に出雲の国津神・高大殿(タカバルドン)が封印された直後に起きた異変が描かれることとなります。

 土蜘蛛(国津神)を倒す力を持つ謎の剣で、モンコとヤマトタケルを助けた青年・イズモタケル。しかし高大殿が倒された直後、その剣が彼の腕と一体化し、その体の主導権を奪ってヤマトタケルに襲い掛かるではありませんか。しかしカムヤライド=モンコは強敵との戦いの果てに意識を失っており、戦えるのはヤマトタケルのみながら、彼の持つ弓・弟彦公では相手にトドメを刺すことはできません。イズモタケルは、敵を倒すために自分を殺してくれと願うのですが……

 仲間が敵に取り憑かれ、傷つけるわけにいかずに苦悩する――というのはヒーローものの定番パターンの一つですが、そのヒーローたるカムヤライドが戦闘不能となっていることで、さらに絶望的な状況となっている今回。ただ倒すだけでも大変なところに、イズモタケルの命を救うことができるのか、と大いにハラハラさせられるのですが――ここでヤマトタケルがもう一人のヒーローとして立ちあがるのが素晴らしい。
 考えてみればこの出雲編は、大和の王族である自分と、一人の人間である自分との間で悩みながらも、自分の道を――ヒーローであるモンコ、ある意味自分の鏡であるイズモタケルを通じて――ヤマトタケルが掴む物語でありました。だとすればその結末は、彼が決めるのは必然なのでしょう。

 本作のヒーローは一人ではないことを示してくれる、気持ちのよいエピソードでした(しかし活躍するたびに脱がされるヤマトタケル……)。


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は初の連続エピソード。元鬼輪番・夏海の前に、とある藩に草として入り込んでいた彼の旧友にしてライバルが現れて――と、ただでさえ重いエピソードが多い夏海編でも、最も重い内容になりそうな、いや既になっており、次回が気になります。
 しかしその友のことを作中で「同鬼の友」と呼ぶのは、強烈に「らしい」……


「コミック乱ツインズ」2018年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年12月号[雑誌]


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2018.11.21

『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトルアンソロジー『忍者大戦』の第二弾、『赤ノ巻』の紹介の後編であります。引き続き、収録作品を一作ずつ紹介いたします。

『月に告げる』(羽純未雪)
 信長に見初められ、側に侍ることとなった伏屋家の養女・清夜。口が利けない彼女は、召し出されるまで屋敷の奥の離れで侍女とともに静かに暮らしていたのですが――見張りと侍女が離れたほんのわずかな時間に、離れは血がしぶき、無惨に切り刻まれたモノが転がる地獄絵図と化していたのでした。
 実はその惨劇の背後に潜んでいたのは伊賀でも屈指の腕利きの女忍・紫乃。織田軍の侵攻により大切な人々を奪われた彼女が目論む復讐の行方は……

 本作は、この『忍者大戦』でも数少ない女忍を主人公とした物語。本書でも幾度か題材(遠景)となっている天正伊賀の乱に端を発する復讐譚ですが――それが全く思わぬ形で始まるのが面白く、その先の物語をより印象的なものにしていると感じます。
 とはいえ、紫乃の前に立ち塞がる敵の正体がすぐわかってしまうのは残念なところで、途中で語られる信長○○説の処理が至極あっさりしているのも勿体ないところではあります。


『素破の権謀 紅城奇譚外伝』(鳥飼否宇) 難攻不落の市房城を攻略せんとする梟雄・鷹生龍久に、自分ならば籠城した軍勢を城から誘き出してみせると語った元根来衆の素破・田中無尽斎。自らを含め僅か三人の手勢で向かった無尽斎は、底なし沼と広い堀に囲まれた城に巧みに忍び込むのですが……

 戦国の九州を舞台としたゴシック・ミステリともいうべき『紅城奇譚』――紅城に拠る鷹生龍政とその一族が、次々と奇怪な事件に巻き込まれていく姿を描いた物語の「外伝」と冠された本作は、その鷹生家の龍久に仕える素破を主人公とする物語。
 詳細を述べるわけにはいきませんが、次から次へと策を巡らせ、市房家を陥れていく無尽斎の姿には、一種のケイパーノベルの味わいがあります。

 ただ作中、*をつけて「好事家のための忍術解説」がこまめに入るのは、物語のテンポを削がずにトリックを解説する手段として面白いのですが、やりすぎに感じる方もいるのではないかな、という印象。
 また、ある意味本作の肝ともいうべき『紅城奇譚』との関連については――外伝は後に読んだ方がよいかな、とだけ申し上げます。


『怨讐の峠』(黒田研二)
 かつては周囲に一目置かれた腕前だったが、織田軍に眼前で最愛の妻を殺されて以来、無気力に生きてきた下忍・音吉。ある日上がった召集の狼煙に何ごとかと駆けつけれみれば、その場にいたのは服部正成――本能寺の変の発生に、三河へと逃れる家康の警護を求めていたのであります。
 自分には無縁の話と無視しようとしたものの、妻を殺した武士の首元にあった髑髏の形の痣が家康にもあることを知った音吉。彼は仇を他の者に討たせるわけにはいかないと、家康を護衛することを決意するのですが……

 本書の掉尾を飾るのは、これも天正伊賀の乱によって運命を狂わされた忍びの物語。伊賀忍者の功績として史上名高い神君伊賀越え秘話ともいうべき作品なのですが、これが幾重にも捻りが加えられた内容なのであります。
 突然服部半蔵に、つまり家康に頼られていい迷惑なはずが、思わぬことから仇と判明した家康を護る――護った上で自分が殺す――ことを決意した主人公の皮肉な立場がまず面白いのですが、そんな状況下で家康に襲いかかる敵との死闘の様も見所です。

 特にクライマックスは戦場、シチュエーションともちょっと珍しいもので、そんな中で殺したい相手を命がけで護るという音吉の苦闘ぶりが際だつのですが――しかし真のクライマックスはその先にあります。
 思わぬ形で明らかになった真実と、さらにその先にあったものとは――いやはや、その度胸といい狸ぶりといい、天下を取る人間は違う、と嘆息するほかありません。この先の物語も見てみたい、と思わされる結末であります。


 以上、忍者ものとしてもミステリとしても、前作『黒ノ巻』以上に粒よりの印象もある全6編。この巻もまた、極めてユニークな企画ながら、それだけに実に読み応えのあるアンソロジーであったと思います。
 是非また、このような時代小説ファンとミステリファンの双方を楽しませてくれる――そして双方に橋をかけてくれるようなアンソロジーを刊行してほしいと、切に願う次第です。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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2018.11.20

『忍者大戦 赤ノ巻』(その一) 再びの忍者ミステリアンソロジー


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトル――そんなユニーク極まりないコンセプトのアンソロジー『忍者大戦』の第2弾であります。数少ない例外を除けば、忍者ものはおろか時代ものは初挑戦の執筆陣が、何を生み出すか――それを楽しみに、今回も一作ずつ収録作品を紹介いたします。

『殺人刀』(鏑木蓮)
 宮沢賢治を主人公とする歴史ミステリ『イーハトーブ探偵』をこれまでに発表している作者ですが、本作は一種の剣豪ものの味わいもある忍者ミステリというべき作品です。

 京の公家方から柳生新陰流に叩きつけられた挑戦状。絶対不敗を義務づけられた柳生を陰から守るために呼び出されたのは、密かに育成された新陰流「印」と呼ばれる苦人・集人・滅人・道人の四人であります。
 殺さずに内部を傷つける「くじき」により、試合の際に相手が実力を発揮できないようにしてのける彼らは、これまで同様に仕掛けるのですが――しかし相手が死体となって発見され、仕掛けた道人は柳生の名を辱めたと仲間たちから追われることに……

 五味康祐の柳生ものを彷彿とさせる味わいの本作は、懐かしの三年殺しを思わせる秘技「くじき」の存在を中核とした物語。殺さないはずの技で相手が死んだのは何故か、そして主人公・道人が狙われることとなったのは何故か――二つの謎を巡り、物語は展開していくことになります。
 その真相がちょっとバタバタしてしまった印象はあるものの、剣豪ファンには有名な史実と繋がっていくラストがユニークです。


『忍喰い』(吉田恭教)
 地獄のような飢饉の中で育ち、軒猿の里に拾われた源蔵。腕利きの忍びとなった彼は、くノ一の桔梗と結ばれたものの、彼を敵視する小頭に度重なる嫌がらせを受け、ついに彼を殺害、出奔することになります。
 そして越中に草として入っている桔梗の元に急ぐ源蔵ですが、彼を追うのは抜け忍狩りを専門とする謎の忍・忍喰い。これまで幾多の忍を葬ってきた敵と死闘を繰り広げた末、源蔵を待っていたのは……

 自由を求めて抜け忍となった源蔵と、追っ手の死闘が次々と繰り広げられる本作。源蔵も敵も必殺の忍術を操るものの、しかしそれはあくまでも人間技の範疇で、リアルな忍者たちの姿を描いた本作は、最も忍者同士のバトルが緻密に描かれた、ある意味最も本書のタイトルに相応しい作品かもしれません。
 残念ながら本作の謎ともいうべき部分についてはすぐに察しがついてしまうのですが、その果てに描かれるもの――地獄に生きた非情の忍びが最後に見せたもの、人間としての心情が切ない。それを以て瞑すべし、と言うべきでしょうか。


『虎と風魔と真田昌幸』(小島正樹)
 かつて懇意だった北条家の家臣から真田家に預けられた美女・さゆきを、上杉家まで送り届けることとなった出浦盛清。重臣からの側室の求めを断って逆恨みされ、風魔に狙われる彼女を守るため、盛清は伊賀の凄腕・横山甚吾らを雇い旅に出ることになります。
 しかし途中の宿で護衛役の一人の牢人が毒殺され、さらに峠で迫る風魔六人衆の一人・三久羅道順が。風魔との決戦の前に、なんと甚吾はさゆりを「消し」てみせるのですが……

 歴史もの、忍者もの、そしてミステリ――この三つの要素がきっちりと絡み合った本作は、個人的には本書でベストの作品と言ってよいのではないかと感じます。

 本作の舞台となる天正13年は、沼田の帰属を巡り、かつて従属した北条家そして徳川家と手を切って、上杉家に接近していた、第一次上田合戦が起きた年。本作はその時期に一人の女性を設定することで、他の大名家と非常に危ういバランスの間で綱渡りしてきた真田家の姿を浮かび上がらせます。
 そんな中で活躍するのは、本作のタイトルのトップに冠された「虎」こと伊賀の横山甚吾。信長に故郷を滅ぼされたものの、その代わりに自由を手に入れたフリーランスの忍者という設定の彼は、本作のような史実の合間に描かれる物語で活躍するのに相応しい、非情の忍びにして快男児とも言うべきキャラクターとなっています。

 そしてミステリ――一行のうちで唯一毒を見抜くことができない人物が、衆人環視の状況で狙われたように毒殺された謎、そして何よりも決戦目前の人間消失トリックと、本作を彩る二つの謎が、物語と有機的に結びついているのも心憎いところであります。
 結末のすっとぼけたようなオチも面白く、是非ともこの奇妙な三題噺の続編を読んでみたい――そう思わされる一編です。

 後半三作品は次回ご紹介いたします。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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2018.11.19

山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』ついにあの男が参戦!? 大波乱の捜査網


 現代の元OL・関口優佳がタイムトンネルで江戸に渡り、十手持ちのおゆうとして難事件に挑むシリーズの第5弾ですが、今回はタイトルの時点でいきなり強烈すぎるインパクト。しかもついにあの男までもが江戸に向かい、さらにおゆうにもライバルが現れと、何かと波乱含みの展開であります。

 祖母が遺した家に江戸時代へのタイムトンネルがあったことから、現代と江戸時代で二重生活を送ることになったおゆう(優佳)。持ち前の推理力と、友人の分析オタク・宇田川の科学分析によって、南町奉行所の同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を解決していく彼女ですが、なかなか伝三郎との仲は進展せず――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 さて、本作でおゆうが挑むことになるのは、連続する蔵破り。引き込み役を用意して鍵を開けさせるという用意周到な手口ながら、盗むものはごく小さな、しかし値打ちもの一つのみという、謎めいた盗賊であります。
 それでも相手の手口を読んだ伝三郎は、多勢を率いて待ち構えたものの、しかし常人離れした身のこなしで屋根の上を走り、軽々と道を飛び越えてしまう盗賊によって、まんまと出し抜かれてしまうのでした。

 このままでは伝三郎の立場がないと、おゆうは現代に戻り、蔵の錠前を宇田川のラボに持ち込むのですが――いつもであればラボに籠もりっきりの宇田川が、今回は俺も捜査に加わると、おゆうについて江戸時代に来てしまったからさあ大変。
 とりあえず格好はそれらしく見繕ったものの、宇田川は現代から様々なアイテムを持ち込むものだからおゆうも冷や汗ダラダラであります。ついには、屋根の上を駆ける盗賊を追うため、宇田川はとんでもないものを持ち出して……


 というわけでタイトルの状況となるわけですが、いやはや、ここまで豪快に現代科学を持ち込まれると、逆に爽快ですらあります(江戸時代人は空などそうそう見上げないから大丈夫、というエクスキューズも楽しい)。
 そして楽しいといえば、宇田川本人の出馬。これまではほとんどラボに引き籠もり状態で、おゆうが持ち込むアイテムの分析のみを行っていた彼が、今回色々あってラボに居にくくなったことからそこを出て――と思ったら江戸時代にまで乗り込んでくるとは、これはほとんど禁じ手の展開ではありませんか。

 しかも科学分析だけでなく、使用する技術もアイテムもおゆう以上、観察力も彼女に負けず劣らず――と、一歩間違えれば主人公を食いかねない宇田川の存在感が面白い。
 しかし基本的にものぐさなので、自分の興味のあることしかやらない、という一種の縛りが設定されているのもいいのですが、普段のだらしない格好から着替えてみれば実は! というお約束展開も楽しい。突然現れた謎のイケメンに、伝三郎がやきもきさせられてしまうのですから、読者にとっては笑いを堪えられません。

 いや、本作でやきもきさせられるのは、むしろおゆうの方かもしれません。何しろ、本作では伝三郎の知り合いだという女髪結い・お多津が登場。様々な場所に入り込み、噂にもよく接するという職業柄を生かして、伝三郎のために様々な情報を掴んでくる上に、美人というのですから、落ち着いていられるはずもありません。
 かくて事件の謎だけでなく、人間関係もややこしく入り乱れていくことになるのですが……


 と、実は事件の謎(盗賊の正体)そのものは、さほど意外ではない――ある分析結果が判明した時点で気付く方も多いでしょう――のですが、そのフーダニットだけでなく、その先のホワイダニットは正直想定外。
 ここであの史実に繋がってくるか! という驚きもあり、またある歴史上の有名人の存在も仄めかされて、時代ミステリとしての趣向も十分であります。

 そしてラストではおっと思わされるような描写もあり、この先の色々な進展も気になってしまう本シリーズ。正直なところ、伝三郎の方のドラマが進展させようがないのが気になるところですが、そこがおゆうのドラマとうまく絡ませられれば、とんでもない作品になるのではないか――という気もいたします。
 本作くらいまで書いてしまえばもう怖いものなし、次回作でどこまで行ってくれるのか、実に楽しみなのです。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ)

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2018.11.18

皆川亮二『海王ダンテ』第6巻 オーストラリア編完結 動物軍団大暴走!


 謎の超古代文明の遺産「書」を持つダンテこと若き日のホレイショ・ネルソンの冒険を描く本作、長きに渡ったオーストラリア編もいよいよ完結であります。宿敵ナポリオ(ナポレオン)に「書」を奪われ、砂漠に放り出されたダンテたちの運命は、そしてナポリオに迫るとんでもない敵とは……

 かのキャプテン・クックとともに、囚人たちを護送してオーストラリアに向かったダンテと仲間たち。しかしそこには既にナポリオとフランス軍機械化部隊が上陸し、原住民を収奪して巨大なプラントを作り上げていたのであります。
 さらにそこに動物を自在に操る海賊女王アルビダ、今はダンテの味方となったオルカら、「生命」の書によって復活した死人たちまでもが乱入し、事態は一層混迷の度合いを深めていくことになります。

 しかしナポリオの持つ「構成」の書が生み出したオーバーテクノロジーの前にダンテは屈し、彼は「要素」の書を奪われ、着の身着のままで、イギリス海軍の仲間たちとともに砂漠の真ん中に放り出されて……


 というわけで、これまでダンテを支え、その力の源となってきた――いわば彼を主人公たらしめてきた――「書」を失い、ほとんどそのままの意味で、裸一貫のサバイバルを強いられることとなったダンテ。
 だとすればここで描かれるのは、素の彼に主人公としての力が、資格があるかの問いかけであります。

 その答えがYESかNOか、それは言うまでもないかと思います。ダンテをはじめとして、等身大の人間たちが決死のサバイバルを繰り広げる姿は、「書」というガジェットに頼らない本作の持つ素の魅力――未知の世界に挑む人間の姿を描いているとも言えるのかもしれません。


 ……が、自然の驚異はそんな人間の存在の遙か上を行く、ということを、我々は思わぬ人物から、想像を絶する形で叩き込まれることになります。
 その人物とは海賊王女アルビダ――元は「生命」の書を持つナポリオの兄・ジョゼによって送り込まれた刺客であり、数世紀前から甦った死人である彼女は、現地の動物たちを遊び半分に殺すフランス軍たちに激怒し、動物たちを率いて敵に回ったのであります。

 動物といってもオーストラリアであれば、それほど危険なものはいないのではないか、と思うかもしれませんが、さにあらず。そして何よりも、作者がかつて(現代ものとはいえ)猟銃で完全武装した猿を描いて伝説になったことを思えば、この動物軍団の猛威が想像できるはずであります。
 というわけで、屈強なカンガルーの跳び蹴りとフックが荒れ狂い、エミューとジャイアントモア(?)の突進が地を揺るがせ、自ら弾丸となったハリモグラが宙を舞うという、目を疑うようなバトル……!

 その一方でオルカも単身フランス軍の空中戦艦に潜入、ついに体を持ち、戦闘モードに突入した「構成」の書と、これはこれで実に作者らしいバトルを展開することになって――ダンテたちの参戦が遅いこともあり、あやうく主役交代しかねないほどのインパクトでありました。


 しかしもちろん最後に〆るのはダンテであることは言うまでもありません。アルビダに合わせてか、あの神を思わせる幻影を操っての大活躍は、これまでの苦闘の溜飲を下げるものがあったのですが――しかしその途中で描かれた、ダンテに関するある疑惑は果たして真実なのか、大いに気になるところであります。
 そしてラストには、全く思わぬ人物が再登場し、全てが巨大な悪意の手の上の出来事であったことが明かされるに至っては、ただただ驚くばかり……

 最後までダンテやクックの優等生的な植民地主義への態度が気になったところではありますが(それをほとんど一言で史実に押し込めてしまうのは、これはこれで凄いと思うものの)、やはり冒険活劇としての本作としての面白さを再確認させられたところです。

 次の巻からはエジプトが舞台とのこと、イギリスともナポレオンとも縁の深い地で何が待ち受けるのか――これからの物語が楽しみです。


『海王ダンテ』第6巻 (皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) 

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2018.11.17

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」

 諦空との語らいの中で、己の忠義に悩む蠍瓔珞。彼女のもとに喪月之夜以外の魔剣があると睨んだ嘯狂狷は、西に向かう街道に張り込む。その罠にかかり、捕吏たち切り刻まれた末に、蠍瓔珞はついにその手の七殺天凌を抜き放つ。その場に急ぐ殤不患らだが、一歩遅く、恐るべき虐殺が始まった……

 そういえばまだ一緒にいた諦空と蠍瓔珞から始まる今回。悟っているのか無感動なのか、淡々と語る諦空に、いつしか蠍瓔珞は自分の速水奨への忠義のあり方を問いかけるのでした。彼女にとっては、忠義こそが己の存在の証、そのためには魔剣目録を持って帰らなければならないはずが、手に入ったのは二振りのみ――それも喪月之夜は嘯狂狷に奪われ、手元には危険極まりない一振りのみが残ったのみであります。しかも手傷まで負わされた状態で、如何にして忠義を果たすべきか――彼女の悩みは尽きません。

 さてこちらは上で述べたように喪月之夜を奪った嘯狂狷ですが、果たして蠍瓔珞が奪った魔剣がこれ一本なのかはわからない状態――ではありますが、可能性として一本だけとは限らないと睨んだ彼は、蠍瓔珞がそれを手に西幽に逃れることを予想して、街道に網を張る策を巡らせます(こういう所はさすがと言うべきか)。
 と、ここでしれっと掠風竊塵のことを鬼鳥に訪ねる嘯狂狷ですが、凜雪鴉はそんなものは都市伝説みたいなもんですよといなし、そんな刑部の怠慢を糊塗するような話を四方御使のボクの前でされると不愉快ですね――と流してしまうのでした。。

 さて、鬼鳥から今度は凜雪鴉の顔に戻ってのんびり釣りをしている彼の前に現れたのは殤不患。嫌っている相手ながら解毒剤の例を言っていなかったから――とかいう理由で呼び出しに応える彼は本当にお人好しです。
 解毒剤は自分の楽しみのためだったから全然おkと、竜よりもその後に浪巫謠に殺されかけたのも意に介さぬような凜雪鴉ですが、その彼に西幽では皇帝の宝物庫を破ったんだって? と言われて、悪びれずに当然だしと返す殤不患もやっぱり常人と感覚が違う――と思わされます。

 さて、嘯狂狷をハメてメシウマするために奴の情報を教えろという凜雪鴉に対し、嫌な奴が相手でもそんなことをすれば酒が不味くなると答える殤不患。ただし、嘯狂狷が蠍瓔珞に変な追い込みをかけて暴走させるようなことになったら、お前に力を貸してでも奴を止めるという殤不患ですが――時既に遅し。嘯狂狷が蠍瓔珞を待ち伏せしていると聞いた殤不患は、慌てて現場に急ぐのですが……

 そしてただ一本の魔剣を主のもとに持ち帰るべく、西に向かってよろめきながら進む蠍瓔珞ですが、その前に現れるのは嘯狂狷と捕吏たち。一斉に襲いかかるモブ捕吏たちの前に、もはや毒虫を放つ余裕もなくなったか、蠍瓔珞は膾斬りの状態であります。そして地に伏した彼女を、残酷な言葉でいたぶる嘯狂狷ですが――自らの無力さを呪う蠍瓔珞の絶望が、ついに魔剣・七殺天凌に応えた!

 これまで幾度も拒んできた魔剣の誘いに乗り、鞘から魔剣を抜き放つ蠍瓔珞。この段になってようやく彼女が持っていたのが七殺天凌であったことに気付いて慌てる嘯狂狷ですが――さて、彼をはじめ、この魔剣のことを知る者が皆恐れるその力とは……
 と、その刀身から放たれたのは、妖しげな桃色光線、その光を目にした者は、美女に誘惑されたがごとく無我夢中で七殺天凌に群がっていくではありませんか。自ら刃の前に飛び込んでくる者たちを次々と屠っていく七殺天凌と蠍瓔珞――次々と首が飛び胴が断たれるその惨状は、画面が白黒になってしまうほどであります。

 久々の獲物に嬌声を上げる七殺天凌と、魔剣から流れ込む力――犠牲者の生命に恍惚となる蠍瓔珞。魔剣の誘惑の前には嘯狂狷も及ばず、引き寄せられるところに殤不患と浪巫謠が駆けつけますが、彼らとて目にすれば終わりであります。攻撃を躱すのがやっとの有様の殤不患は、かつて封印された怨みを抱えた七殺天凌の猛攻の前に打つ手なしなのか!? というところで次回に続きます。


 比較的動きの少なかった中盤(殤不患と凜雪鴉の会話はいつも愉快なのですが)に対して、終盤は桃色光線飛び交う白黒切株大会という派手な展開となった今回。前作に続き、弱ってる相手に変な追い込みをかけるのはよくないということを教えてくれます。

 それはさておき、ついに今回、魅了効果付きストームブリンガーとでも言うべき厄介すぎる魔剣・七殺天凌が抜き放たれましたが、果たしてこの剣がラスボスとなるのか――まだ物語は折り返し地点、この先どこに転がっていくのかまだわかりません。
 ちなみに七殺天凌が言うには、若造の頃に魔剣を封じたという殤不患。その時は果たして如何なる手段を使ったのか――それはおそらく次回語られるのでしょう。


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2018.11.16

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』


 盲目の美少女修法師が付喪神が引き起こす奇怪な事件に挑むシリーズの第6章の後半、第6章の4(第34話)から6(第36話)の紹介です。今回も、不動の清五郎と傳通院の助次郎親分が絡んだ物語が展開することになります。

『四神の嘆き』
 江戸を離れ、故郷の上州磐座村を訪れた清五郎。そこで白い虎、黒い大亀、空を覆う赤い鳥が出没すると旧友から聞かされた清五郎は、自らも雷雨とともに出現した青龍を目撃することになります。さらに村では様々な怪奇現象が起きていると聞き、江戸に戻った清五郎は百夜に解決を依頼するのでした。
 早速磐座村を訪れ、いまは祀る者もない山の神社に向かう百夜。そこで彼女を待ち受けていたのは……

 というわけで、各巻に一話はある(ような気がする)百夜が遠方の村で起きた事件を解決するエピソードの今回。しかし彼女が対峙する相手は、タイトルにあるとおり四神――白虎・玄武・朱雀・青龍と、相当の大物であります。
 特に冒頭で清五郎が青龍を目撃する場面は、ほとんど怪獣映画のような味わい。百夜はクライマックスでその四神と対決することになるのですが――その果てに明らかになる真実は、実に本作らしいと感心させられるようなものであります。

 怪異を鎮めるための手段も微笑ましく、なかなか盛りだくさんのエピソードであります。


『四十二人の侠客』
 赤坂の旗本屋敷で新たに開かれた賭場で壺振りをすることとなった清五郎。しかしその帰りに、彼は赤鞘の刀を差した2人の不気味な渡世人につけ狙われることになります。その翌日にはその2人に加え、黒鞘を差した4人が現れ、その後も相手の数は12人、20人、30人と増えていくことになります。
 ついに渡世人たちと刃を交えたものの、彼らを斬っても手応えはなく、溶け込むように消えてしまったことから、これがこの世の者でないと気付いた清五郎。百夜のもとを訪れた清五郎ですが、百夜は次には相手は42人になると予言して……

 まず常識では考えられないような怪事件が発生して、その謎を、ある意味ロジカルに百夜が解決していくという基本構成の本シリーズ。その中でも本作で描かれる怪異は、まず桁外れの――というより他のどんな作品でも見たことがないようなものと言えるでしょう。

 初めは2人だった謎の渡世人がどんどん数を増やしていき、最後には42人と赤穂浪士並みの数になるというのは、不気味というよりもはや不条理。
 一体何が起きているのか、清五郎ならずとも困惑してしまうのですが――それが百夜の手によって解き明かされてみれば、なるほど! と唸るしかない真実がそこには存在しているのが、実に素晴らしいのであります。

 怪奇ミステリとしての本シリーズの魅力が、これまでで最もよく現れた名品であると断言してしまってよいでしょう。


『神無月』
 傳通院の助次郎宅の奥座敷で子分たちが遭遇した怪異の数々。寂しいとすすり泣く声や、ピシャッ、ピシャッと断続的に続く濡れた足音に、子分たちはおろか助次郎まで震え上がる中、助次郎に泣きつかれた百夜が意外な真相を指し示すことになります。

 第6章のラストエピソードは、前2話と比べるとちょっと小品の印象もある作品。しかしその意外性はさすがというべきもので、タイトルが一つのヒントとなっているとはいえ、自力ではこの結末にはちょっとたどり着けないかと思います。
(ある程度の予備知識が必要とはいえ、それなりにフェアな内容なのはこれまで同様ではあります)

 そしてこのエピソードで再び旅に出る清五郎。ちょっと唐突な気がしないでもありませんが、本作のちょっと目出度いムードを以て章が終わるのも、悪くはないかと思います。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『四神の嘆き』 Amazon/ 『四十二人の侠客』 Amazon /『神無月』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖34 四神の嘆き 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖35 四十二人の侠客 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖36 神無月 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)

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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

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2018.11.15

柳広司『吾輩はシャーロック・ホームズである』 ホームズになった男が見た世界


 夏目漱石がロンドンに留学していた時期は、奇しくもと言うべきか、シャーロック・ホームズの活躍していた時期と重なっています。それ故、漱石が登場するパスティーシュも幾つかありますが――本作はその中でも最もユニークな作品でしょう。何しろ、漱石自身がホームズになってしまうのですから!

 ホームズが遠方の捜査でベーカー街を留守にしていた時に、ワトスンの前に現れた奇妙な日本人・ナツメ。
 留学中に神経衰弱に陥り、ついには自分のことをシャーロック・ホームズだと思いこんでしまったという彼の治療を依頼されたホームズは、ワトスンにナツメの行動につきあって欲しいと頼んでくるのでした。

 ホームズの真似をして、しかし結果は頓珍漢な推理を繰り広げるナツメに辟易しつつも、彼をホームズとして扱って共に行動するワトスン。
 そんな中、著名な霊媒師の降霊会に参加することになった二人は、ナツメが密かに想いを寄せる美女――かのアイリーン・アドラーの妹であるキャスリーンや、旧知の記者(元病院の助手)スタンフォドと出会うことになります。

 そして彼女たちとともに降霊会に参加したワトスンとナツメですが――真っ暗闇の中で奇怪な現象が次々と起こる中、当の霊媒師が何者かに毒殺されるという事件が発生。隣同士で手を繋ぐしきたりの降霊会の最中に、誰が、どうやって霊媒師を殺したのか。そして何のために?
 勇躍推理を始めたナツメと彼に振り回されるワトスン、二人の捜査はやがてロンドン塔を騒がす魔女騒動に繋がっていくことになるのですが……


 冒頭に述べたような理由で、山田風太郎や島田荘司によって描かれているホームズと漱石の共演。本作もそうした作品の一つなのですが――タイトルの「吾輩は」というワードは、漱石の代表作を指している=本作に漱石が登場しているという意味だろうと思ってみれば、いやはや、本当にタイトル通りの作品だったとは!

 ロンドン留学中の夏目漱石が神経衰弱に陥って大いに苦しんだのは有名な話ですが、本作はそのエピソードを大胆に活用、気晴らしにホームズ譚を読むことを勧められた漱石が、自分がホームズになったと思い込んでしまうというのは、これは空前絶後のアイディアというべきでしょう。
 しかもそれが他の作品のようにホームズ顔負けの推理力を発揮するのではなく、いわゆるホームズもどきものの定番どおり、ホームズの真似をして全然見当違いの推理をするのも、実に可笑しいのであります。(もちろんそれだけではないのですが……)

 そしてホームズの「あの女性」であるアイリーン・アドラーのその後が語られたり、ホームズとワトスンを出会わせて以来登場の機会がなかったスタンフォード(本作ではスタンフォド)が登場したりと、ホームズ譚としても面白い試みがなされているのも目を引きます。
 個人的には、作中の出来事としての『最後の事件』『空き屋の冒険』の発生年と、作品としてのそれらの発表年のズレがガジェットの一つとして使われている――それゆえホームズの不在がさほど不自然に思われない――
というのにも感心いたしました。


 しかし本作は、面白可笑しいパスティーシュだけではないということが、やがて明らかになることになります。
 物語の核心に触れるためにここでは詳述はできませんが、この事件の背後にあるもの、事件を引き起こしたのは、この当時に海外で起きたある出来事であり――そしてそれはやがて、当時のイギリスの、そして白人社会の矛盾と闇を容赦なくえぐり出していくのであります。

 そしてその矛先は、ホームズ譚の現実の生みの親であるコナン・ドイル自身にも向けられることになるのですが――作中でワトスン=ドイルであると、非常にインパクトのある形で指摘が行われるのも印象に残ります――これはドイルの事績を見れば、なるほどと頷けるところであります。
 またその視点が、まさしくそんな白人たちの世界である国際社会の中の、日本の在り方に悩んでいた漱石が本作に登場する必然性、漱石が主人公である理由にまで――漱石の作品を巧みに引用しつつ――繋がっていくに至っては、感嘆するほかありません。


 ユニークなホームズ譚であると同時に有名人探偵ものであり、そしてそれを通じて当時の社会の様相を鋭く剔抉してみせる――これまで様々な有名人探偵ものを送り出してきた作者ならではの作品であります。

『吾輩はシャーロック・ホームズである』(柳広司 角川文庫)

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2018.11.14

室井大資『レイリ』第5巻 修羅場を超え、彼女が知った意味


 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者となった死にたがりの少女・レイリを描く物語も、これではや第5巻であります。織田方による高天神城攻めに対し、命の恩人を救うために単身城に潜入したレイリ。そこで彼女は、若い城兵たちを逃すため決死の任務に挑むことになるのですが……

 信長の命により高天神城を攻める家康軍に対し、救援の兵を送らぬと決めた武田家。しかし城の守将は足軽たちに家族を殺された自分を救い育ててくれた岡部丹波守、恩人を見殺しにすることはできない――と、レイリは単身城に潜入し、丹波守と再会することになります。
 しかしもちろん、如何にレイリが類希なる戦闘力の持ち主といっても、ただ一人で戦況を覆せるわけがありません。そこで丹波守はレイリに対し、若い城兵たちを連れて人一人が通るのがやっとの尾根道・犬戻り猿戻りからの脱出を命じるのでした。

 というわけで、前巻ラストから引き続いてこの巻の前半で描かれるのは高天神城からの脱出作戦。しかし尾根道といっても敵がこれを見逃すはずもなく、味方を逃がす間の時間稼ぎが必要なわけですが――これこそがもちろんレイリの出番であります。

 単身出撃すると、待ち受ける敵兵をある時は刀で、ある時は弓で斃し、そして馬が鉄砲で撃たれればその亡骸を壁代わりにして敵兵をスナイプしていくという恐るべき戦いぶりを見せるレイリ。
 が、しかしそれも所詮は時間稼ぎ、ついに城が落城し、前方だけでなく、後方からも敵兵に挟み撃ちされることとなった彼女は、城兵たちを連れて逃れるものの、文字通り刀折れ矢尽きる形で、雑兵たちに取り囲まれて……


 と、文字通りの修羅場が続いた前半に対し、後半は表向き平和な甲府を中心に、武田家中を舞台とした物語が展開いたします。

 武田を根絶やしにせんとする信長に対し、如何に負けず戦い抜くか――信勝はその策としてなんと籠城を発案、その場として小山田信茂の守る岩殿山をレイリと共に視察することになります。
 ここで信茂の前で信勝が語る策が、ある意味実に壮大で面白いのですが――その合間合間に信勝やレイリが見せる若者としての素の表情もまた面白い。

 本作は戦国ものでありつつも、「派手な」場面はむしろ少な目(来るときはドッと来ますが)という印象ですが、それ以外のいわば「平時」で描かれる人々の姿もまた魅力的であると、今更ながらに再確認させられます。
 もっとも、その「平時」がそう長くは続かないことを、我々は知っているのですが……


 しかしその「平時」を望まない――「死にたがり」だったレイリに、大きな心境の変化が訪れたことが、この後半において示されることになります。

 かつて己の眼前で、自分を庇った家族が惨殺されたのを目の当たりにして以来、早く戦いの中で殺されて家族のもとへと行くことを望むようになったレイリ。
 この主人公の強烈な設定こそが、本作の大きな特徴だったわけですが――しかしここでレイリは、その「死にたがり」を、自らの口から否定するのであります。

 彼らは何のために死んだのか、そして人は何のため戦い、生きるのか――その意味をついに彼女が知った、と文字で書くのは簡単です。しかし恩人である丹波守の死を経験した彼女が語る言葉は、どこまでも重く、そして同時に清々しく感じられるのです。


 そして結末においては、全く思わぬ形で、レイリにもう一つの重大な転機が訪れることになるのですが――死にたがりを止め、そして一つの役目を終えた彼女が、この先如何にして新たな生を生きることになるのか。
 いや、この先の生があるとは限りません。いよいよ信長が武田家殲滅を決定、最後の戦いがいよいよ始まろうとしているのですから……

 おそらくはこの物語もあとわずか、少なくともその時までにレイリが如何に生きるのか、見届けたいと思います。


『レイリ』第5巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)

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2018.11.13

須垣りつ『あやかし長屋の猫とごはん』 少年を広い世界に導くおかしな面々


 この夏に誕生した二見書房のキャラクター文芸レーベル・二見サラ文庫の第2弾ラインナップとして刊行された本作――仇討ちのために江戸に出てきた少年武士を主人公に、「あやかし」「猫」「ごはん」と鉄板の題材3つを贅沢に(?)盛り合わせた、妖怪あり人情ありのお話であります。

 不正を発見した父を殺して逃げた相手を追い、小瀬木藩から江戸にやってきた13歳の少年・大浜秀介。しかし路銀が尽きて行き倒れ寸前となり、もはやこれまでと腹を切ろうとしたその時、彼の前に純白の子猫が現れます。
 寿命が尽きた時に秀介に弔ってもらい、猫又になった今、彼に恩を返すために現れたという猫・まんじゅう(という名前)に導かれ、秀介はまんじゅうの元飼い主が大家を務める長屋を訪ね、成り行きからその住人の一人となるのでした。

 しかしその長屋は、幽霊やら妖怪やらが出没することから、つけられたあだ名が「あやかし長屋」。そんな長屋で秀介は、まんじゅうや隣人の少年職人・弥吉に助けられ、長屋の、江戸の住人として少しずつ馴染んでいくのでした。
 そんなある日、両国で憎き父の仇を見つけた秀介。まんじゅうの止めるのにもかかわらず、単身仇を追った秀介の選択は……


 冒頭に述べたとおり、ライト文芸、いや文庫書き下ろし時代小説鉄板の題材3つをタイトルに掲げた本作。
 なるほど主人公・秀介の住む長屋は妖怪や幽霊が現れるあやかしスポット、彼を助けるのは猫(又。しかし概念的には猫又というより猫の幽霊では――という気も)、そして作中では秀介が様々な江戸の食べ物を口にして――と看板に偽りなしであります。

 その題材通りと言うべきか、非常に気軽に読める本作。深みや重みという点では食い足りない方はいるかと思いますが、こうして楽しくサラっと読める作品も、当然のことながらあってよいと思います。


 しかし本作ならではの魅力もしっかりとあることは言うまでもありません。
 個人的に感心したのは、主人公である秀介が地方の小藩出身の、まだ元服もしていない少年として設定されている点であります。

 特に時代小説にあまり馴染みがない――というよりその舞台となる江戸の文化風物の知識が多くない――方向けの作品として、地方から初めて江戸に出てきた「世間知らず」の人物を主人公として、読者と主人公の視点をできるだけ近づけるのは、これは一つの定番と言えます。
 その意味では本作もそれに則っていることは間違いありませんが、しかしそれだけではありません。本作の秀介はまだ年若く、知識というだけでなく、人としての機微にまだ疎いという、いわば二重に世間知らずの存在なのであります。

 さらに父の仇討ちという武士としてある意味究極の目的を背負ったことで、非常に「堅い」キャラとなっているわけで、そんな(厳しい言い方をすれば)非常に狭い世界に生きていたキャラクターが、一歩一歩人情を、武士以外の世界を知って成長していく様が、本作の魅力と言えるのではないでしょうか。

 しかし秀介を導くのが、ものわかりのいい大人たちであったりすると、何だか説教臭くなりかねないところではあります。
 そこを本作では彼とほとんど同い年ながら、江戸の町人として苦労を重ねてきた弥吉や、見かけは卑怯なくらいに可愛いのに妙に分別臭い(元は享年17歳の老猫なので)まんじゅうという、ちょっとイレギュラーな面々がその役を務めるというのも、また巧みと感じます。


 本作の作者は、幻の(賞は決定したものの刊行されなかった)第2回招き猫文庫時代小説新人賞の受賞者。本作は新作ではありますが、そう言われてみると、あのレーベルの香りが――初心者にも優しく読みやすい時代ものという方向性が――強く漂っている印象があります。

 そんな理由もあって、大いに応援したくなる作者と本作。この先も本作のように、ライトでキャッチーで、それだからこそ新しい読者を惹きつけ、時代小説読者の裾野を広げるような作品を発表していただきたいものです。

『あやかし長屋の猫とごはん』(須垣りつ 二見サラ文庫)

あやかし長屋の猫とごはん (二見サラ文庫)

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2018.11.12

賀来ゆうじ『地獄楽』第4巻 画眉丸の、人間たちの再起の時!


 不老不死の仙薬を求め、謎の孤島に送り込まれた十人の死罪人と十人の山田浅ェ門が繰り広げる戦いもいよいよ佳境。この島を支配する天仙たちの恐るべき正体とは、そして彼らに手も足も出ずに敗れ去った画眉丸たちの再起のチャンスは……?

 無罪放免を条件に送り込まれた死罪人の一人・画眉丸と山田浅ェ門佐切のコンビ。死罪人たちや怪物たちとの戦いの末、謎の少女・めいと奇怪な木人・ほうこと出会った二人は、ほうこから、この島が仙薬を持つ天仙なる存在に支配されていることを聞かされるのでした。
 そして仙薬を求めて単身動いた画眉丸は、件の天仙と対峙することになるのですが……

 しかし異常な回復力を持ち、不可視の奇怪な攻撃を放つ天仙にさしもの画眉丸も大苦戦。持てる力を振り絞ってようやく倒せたかと思いきや、奇怪な怪物となって復活した天仙の圧倒的な力にあわやのところまで追い詰められることになります。
 そして時をほぼ同じくして、他の死罪人、他の浅ェ門たちの前にも天仙が出現、次々と犠牲者が出ることになるのであります。


 ……と、思わぬ強敵の前に、惨敗することとなった画眉丸たち。如何に規格外の戦闘力と生命力を持つ彼らであったとしても所詮は人間、紛れもなく人外の天仙の力とは比べるべくもありません。

 この巻の冒頭で、めいの不思議な力によって辛うじて天仙から逃れた画眉丸の前に現れたのは、死罪人の中でもおそらくは最強の剣の使い手・民谷巌鉄斎。
 しかし人間としてはほとんど頂上レベルの画眉丸と巌鉄斎(対峙した際に、壮絶な読み合い=一種のイメトレを繰り広げるのが実に面白い)であっても、やはり天仙の前には及ぶべくもないのであります。……今は。

 想像を絶する強敵を前に手を組み、再び戦いを挑もうとする画眉丸と巌鉄斎ですが、しかし休む間もなく、天仙たちが差し向けた、島を徘徊する怪物たちの上位存在――知性を持ち、そして何よりも天仙と同様の力を操る「道士」が画眉丸たちに襲いかかることになります。
 そして彼らの口から、これまでその存在の一切が謎に包まれていためいの正体が明らかになるのですが……

 ここで語られるめいの正体から浮かび上がるのは、天仙がこの島で行っている所業の一端であり、何よりもめいがそこで背負わされた役割。そしてその悍ましさたるや、これに不快感を感じ、怒らなければ人間ではないというべき、というほどのものであります。
 この誰もが共感できる理由と想いが、非情の忍びであった画眉丸の魂にも(いや彼だからこそ)火をつけ、彼が立ち上がる場面は、間違いなくこの巻のクライマックス、本作きっての名場面と言うべきでしょう。

 が、怒りだけでパワーアップできるのであれば苦労はありません。道士の力に翻弄される画眉丸たちに対して、めいの口から、道士の、天仙の操る力の秘密が語られるのですが――その力は、画眉丸とはある意味正反対のものであることが明らかになります。
 同じ力を、同じ力の使い方を得れば、画眉丸にも勝機があるはずですが、しかし――いや、彼にもその力はあった!

 その力の詳細は伏せますが、画眉丸の中にある――彼の中に佐切が見出した――もの、彼の秘められた人間性を描くと思われたものが(それも物語の初期で描かれた)ものが、ここでパワーアップに繋がっていくのが実に熱い。
 この舞台設定(物語を貫く法則)と、キャラクターの精神的成長、そして物理的なパワーアップが直結する構造の巧みさには、ただ感心するほかありません。


 そして画眉丸とはまた異なる形でパワーアップを(あるいはその萌芽を)見せる死罪人と浅ェ門たち。さらに以前から登場が仄めかされていた者たちの参戦と新たなる浅ェ門の登場……
 と、ここに来て一気に「人間」側が盛り返してきた展開ですが、しかしこれでようやく天仙たちと戦うことが可能になった、というレベルでしかないのでしょう。

 この巻のラストではまた思わぬ展開が待ち受けているのですが、さてそこから物語がどう転がっていくのか――まだまだ予測不能の物語は続きます。

『地獄楽』第4巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス)

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2018.11.11

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 もう11月、気がつけば気温も下がってきて冬が近づいてきたことを感じさせます。2018年も終わりが目前ですが、忙しい年末だけに、刊行される本の数も少ないのではないか――などと心配してみれば、全然そんなことはなかった! というわけで12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、そんなわけで想像以上に充実の文庫新刊ですが、まず注目は平谷美樹『唐金の兵団』――『鉄の王』シリーズの最新巻ですが、果たして舞台はどの時代なのか、あらすじだけでは謎なのがまた楽しみです。
 そして過去作2作が復刊されたと思えばついに新作も登場! の霜島けい『のっぺら同心 あやかし同心捕物控(仮)』、好調シリーズ第3弾の鳴神響一『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』とシリーズものの楽しみな新刊が続きます。

 その他、作者初の忍者もの(?)の赤神諒『神遊の城』、乾緑郎のピカレスク『悪党町奴夢散際』、カクヨム発の明治ものである作楽シン『ハイカラ娘と銀座百鬼夜行』、内容は不明ですが作者的に一筋縄ではいかないであろう山本巧次『江戸の闇風 黒桔梗裏草子』と、気になる新作の目白押しであります。
 気になる新作といえば、もう一作、主に児童書で活躍してきた中国ものの名手・渡辺仙州の一般向け作品『三国志博奕伝』も必見です。

 そして文庫化・復刊では、風野真知雄『完本 妻は、くノ一 2 身も心も/風の囁き』、西條奈加『睦月童(仮)』が要チェックでしょうか。


 そして漫画の方では、麻貴早人の異形の平安絵巻『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第1巻が登場。また、蜷川ヤエコの『モノノ怪』コミカライズは、ついにラストの『化猫』上巻の登場ですが、合わせて以前全2巻で刊行された『怪 ayakashi 化猫』も、『モノノ怪前日譚』と銘打って1巻本で登場とのことです。

 そしてシリーズの続巻では、この先の展開が色々と心配なTAGRO『別式』第4巻、昆虫忍者の死闘が続く速水時貞『蝶撫の忍』第3巻、相変わらず絶好調の野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻、るねっさんす情熱は健在の寺沢大介『ミスター味っ子幕末編』第3巻と楽しみな作品ばかり。
 その他、原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第12巻、灰原薬『応天の門』第10巻、かどたひろし『勘定吟味役異聞』第5巻、瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第5巻と、一通り読むだけでも大忙しになりそうな年末であります。


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2018.11.10

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』


 北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く短編シリーズの第6章前半――第6章の1(第31話)から3(第33話)の紹介であります。今回からは、第6章のゲストキャラクターである傳通院の助次郎親分と博徒・不動の長五郎が登場することになります。


『願いの手』
 傳通院の助次郎が開く賭場に顔を出した左吉。しかし丁半博打が始まった時、盆ゴザが突然動き出し、丸く盛り上がると大年増女の腕に変化するという怪異が起こります。
 長五郎の刀の一撃で斬り落とされた腕はい草に戻ったものの、何故そんな怪異が起きたのかはわからぬまま、その後も毎晩のように女の手は出現。音を上げた助次郎は長五郎を通じて百夜に解決を依頼してきたのですが……

 というわけで助次郎と長五郎の初登場回である本作。やくざの親分でありつつもどこかすっとぼけた男の助次郎と上州無宿のクールな渡世人の長五郎と、いかにも本シリーズらしい個性を持った二人であります(ちなみに助次郎に賭場の場所を貸していた住持の人を食ったキャラクターもいい)。

 さて、今回の怪異はそんな二人にふさわしいというべきか、賭場で起きた不可思議な事件。その怪異を、百夜が快刀乱麻を断つ――いや断たないようにして解き明かす真実は、意外かつ、この設定ならではの異形の人情話となっており、強く印象に残ります。


『ちゃんちゃんこを着た猫』
 助次郎が妾の芸者・梅太郎のところに泊まった晩に現れた、紅いちゃんちゃんこを着た虎縞の猫。梅太郎は猫を飼っておらず、しかも密室にもかかわらず猫が出没するようになって以来、彼女の周囲には変事が続くことになります。梅太郎から依頼を受けた桔梗は、この一件が付喪神によるものと見抜くのですが……

 表紙イラストの、恐ろしくもなんだか可愛らしい猫の姿が実に味わいのある本作。今回も助次郎周りの事件となるのですが、そんな状況でも登場するなり「百夜ちゃん」呼ばわりするところが助次郎のキャラの面白さであります。
 それにしてもどうみても化け猫としか思えない今回の怪異の正体は何なのか、そして何故梅太郎のもとに現れ、彼女を害しようとするのか? 百夜の推理が解き明かすその謎は、本作ならではの奇怪な、しかし一種の論理性を以て語られるのですが――しかし猫好きとしては、クライマックスに登場するこの猫の姿が何とも泣かせます。

 ちなみに今回久々にゴミソの鐵次がゲスト出演。百夜とは相変わらずのぶっきらぼうなやりとりですが、しかしそれが実にらしくて良い感じです。。


『潮の魔縁』
 紅柄党の一人の屋敷で開かれていた助次郎の賭場に顔を出した紅柄党の頭目・宮口大学。そこで宮口から強烈な磯のにおいを嗅いだ清五郎ですが、宮口はそれが霊的なものではないかと考え、百夜のもとに事件を持ち込むのですが――百夜は宮口の実家で何かが起きたのではないかと語ります。
 はたして彼の実家では、父の寝所に奇怪なものたち――伸び縮みする棒、巨大な黒い幼虫、凄まじい水飛沫、黒壁と巨大な目が出没していたのですが……

 『内侍所』事件以来久々の登場となった宮口大学。強面という点ではやくざ顔負けの不良旗本子弟の頭目ですが、百夜の前では形無しというのはこれまで通りであります。
 それはさておき、今回登場する怪異は、奇怪な現象が少なくなる本作においても滅多にないようなもの。謎が解き明かされてみればなるほど、となるのですが、正直に言って百夜は何でも知っているなあ――という印象もあります。

 ちなみに本作のラストで、一旦清五郎が江戸を去り、故郷に帰ることになるのですが――そこで清五郎が何を見るのか、それはまた次回、であります。


『百夜・百鬼夜行帖 31 願いの手』『32 ちゃんちゃんこを着た猫』『33 潮の魔縁』(平谷美樹 小学館)

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2018.11.09

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」

 解毒薬によって復活した殤不患に圧倒される蠍瓔珞と嘯狂狷。蠍瓔珞は嘯狂狷の裏切りによって傷を受けて逃れ、嘯狂狷もその場に現れた鬼鳥(凜雪鴉)の仲裁で撤退する。逃げた蠍瓔珞を追う殤不患と浪巫謠だが、その前に諦空が現れる。諦空と問答を交わした末、不意に襲いかかる浪巫謠だが……

 前回ラスト、浪巫謠と凜雪鴉が不運な竜から奪ってきた角から作られた解毒薬を口にした殤不患。普通こういう薬は効くまで時間がかかるような気がしますが、飲んだと思いきや何かスゴい光ったりしてものすごい勢いで殤不患は回復、毒を調合した蠍瓔珞も、自分でも解毒の方法を知らないのに――と愕然としております(それはそれでどうなのか)。
 しかし同時に、これが蠍瓔珞の魂に火をつけることになります。自分には毒しかない、毒だけに全てを打ち込んできた。その毒を否定されては――と悪役は悪役なりの矜持があることを見せてくれた蠍瓔珞ですが、彼女が放った奥義・毒蠱驟来(毒ガス殺法)も、高速で刀を回転させる殤不患の拙劍無式・黄塵万丈で無効化されてしまいます。さらに卑怯にも後ろから嘯狂狷に鞭でブン殴られて喪月之夜を奪われ、心身ともにボロボロの蠍瓔珞は蹌踉とその場から消えるのでした。

 そして残る嘯狂狷は、殤不患に町人虐殺の濡れ衣を着せて指名手配にしてやったもんね、と煽るものの、殤不患はそれがどうしたと平気の平左。そういえばこの人は好漢にとって大事な面子や名利といったものに、一向に無頓着なのでした――が、結構つきあいは長そうなのにその辺りが全くわかっていなかった、というより自分の物差しでしか人を測れない嘯狂狷には、そんな彼の姿は不可解極まりないのでしょう。
 蠍瓔珞といい、普通に振る舞っているだけで相手の心をへし折る殤不患は、ある意味凜雪鴉なみに厄介な人間なのかも――と思っていたら、そこに思いっきり棒読みで割って入ったのはその凜雪鴉、いや鬼鳥。鬼鳥として嘯狂狷にこの場は退けと語りかける凜雪鴉の姿に悟っちゃった殤不患は、「可哀想に……」という感じで嘯狂狷を見るのでした。

 さて、嘯狂狷は放っておくとしても、魔剣をまだ手にしている(かもしれない)蠍瓔珞を見逃すわけにはいきません。彼女の後を追う殤不患と浪巫謠ですが――その前に飄然と現れたのは、謎の行脚僧・諦空であります。彼に蠍瓔珞の行き先を聞く二人ですが、諦空は例によってそれに何の意味があるのかと問答を開始。諦空がいちいち相手の行動に意味を問うのは、自分自身にとってこの世の何物も意味を持たないからと聞かされた浪巫謠は――次の瞬間、では死ね! と剣モードの聆牙で斬りかかるのでした。

 さすがの殤不患も相棒の突然の凶行にびっくり仰天、さすがに放っておけないと剣を抜いて割って入り、その間に諦空はその場から立ち去ります。そして相棒の行動を問いつめる殤不患ですが――あいつは悪だ、とだけ語る浪巫謠。代わって聆牙が説明するのは諦空の危険性――彼がいま全てに意味を見出せないとして、とんでもない悪事に意味を見出してしまったとしたら? と。なるほど、そうでなくとも彼は、意味さえ聞かされれば、深手を負った蠍瓔珞の行き先を語りかねない雰囲気もありました。何よりも、全てに意味を見出せないということは、善悪の価値基準を持たないということでもあるのでしょう。
 そして倒れた蠍瓔珞を、いつもの納屋に連れてきた諦空。あんなことがあっても相変わらず平然として――いや、己の目的のために戦い、殺し合う蠍瓔珞らがキラキラ輝いてて羨ましい(意訳)とすら語る諦空に引いたのか、あるいは己の来し方行く末に悩んでいるのか、微妙な雰囲気の蠍瓔珞ですが……

 さて刑部に戻ってきた嘯狂狷は、刑部のおじさん官僚に何気ない態で掠風竊塵とは何者なのか尋ねます(殤不患が鬼鳥に何気なく僧呼びかけたのを聞いたのか?)。と、その質問に、刑部のおじさんがあからさまに不自然すぎるオーバーアクトでワナワナ震えるという謎の場面(この辺り、武侠ドラマらしいと言えばらしい)で次回に続きます。


 折り返し地点を過ぎたものの、相変わらず物語の落としどころがわからない本作。既に悪役二人は小者扱いな状況で誰が敵となるのか(やはり諦空……か?)、そして何を以て物語の終わりとするのか。魔剣たった二本を取り戻して終わり、というのは(少なくとも見た目では)あまりにもスケールが……

 という余計な心配をさて置けば、久々の殤不患の活躍が実に痛快だった今回。凜雪鴉との妙な通じ合いも、二人の腐れ縁を感じさせて実に愉快でした。
 そしてそれ以上に印象に残ったのは、己の矜持を粉砕されて嘆き悲しむ蠍瓔珞の姿。『生死一劍』の殺無生が嘆く場面にも思いましたが、派手なアクション以上に人形で感情の表れ――特に悲しみを表現するのは難しいはずで、それをしっかりと見せてくれたのには驚かされました。台湾布袋劇の奥深さを改めて感じさせられた次第です。

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2018.11.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去


 刀鍛冶の里編もいよいよバトルが本格化し、佳境に入った『鬼滅の刃』。里を襲撃する上弦の鬼2体を迎え撃つ炭治郎、禰豆子、無一郎、そして玄弥ですが、上弦たちの奇怪な能力の前に窮地に立たされることに……

 日輪刀を打つ刀鍛冶たちが住まう刀鍛冶の里。厳重に秘匿されたその里で、慌ただしくもそれなりに平和(?)な時間を過ごしていた炭治郎ですが、そこに上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗の二人が出現したことで、里には血風が吹き荒れることになります。
 そして突如現れた半天狗と対決することになった炭治郎。一見非力ながら、斬られるたびに、空喜・積怒・哀絶・可楽と名乗るそれぞれ異なる能力を持った四人に分裂する半天狗を前に、炭治郎、そして鬼と化して参戦した禰豆子は大苦戦を強いられるのでした。

 と、そこに現れたのは、炭治郎の同期最後の一人である不死川玄弥。短期間のうちに体格が急激に変化したり、抜けた歯がいつの間にか生えていたり、何よりも炭治郎に異常に敵意を燃やしたりと不審な点も多い玄弥ですが、二連のショットガンという本作では珍しい武器を用いて半天狗と戦う姿はなかなかに頼もしいものがあります。
 かくて戦いは炭治郎vs空喜、玄弥vs哀絶、禰豆子vs可楽という団体戦の様相を呈することになる一方、霞柱・時透無一郎は、奇怪な魚(?)を操り、里の刀鍛冶たちを惨殺していく玉壺と対峙することになって……


 と、これまで嫌というほど強豪ぶりを見せつけてきた上弦の鬼が二人も出現という絶望的な状況でのバトルが描かれるこの巻。
 半天狗は「ヒィィィィ」と悲鳴を上げてばかりの老人のような姿、玉壺は壺から現れる無数の短い手を生やした蛇のような体の持ち主と、奇怪なデザインの敵が多い本作においても屈指の異形ですが、それだけに――というべきか、その能力のトリッキーさも群を抜いたものがあります。

 そしてその敵を相手に繰り広げられるのは、上で述べたように半天狗と玉壺、それぞれを相手に炭治郎たちが繰り広げる二元中継――いや、三元四元中継のバトル。
 敵も味方それぞれの特徴的な能力が入り乱れる戦いは一歩間違えるととっ散らかりかねないところですが、そこをギリギリのところ(半天狗の分身たちは結構見分けがつきにくい)で捌いてみせるのは、口で言うのは簡単ですが、相当なテクニックであります。

 いわばこの巻で繰り広げられるのは、登場キャラクターたちのテクニックと作者自身のテクニック、その双方の競演というべきものでしょうか。


 そして本作の最大の魅力と言うべき、そのバトルの中で浮かび上がるキャラクターたちの人間性の描写ももちろん健在であります。

 この巻でスポットライトが当てられるのは、登場自体は相当前だったものの、ほとんど新キャラに近い(名前がわかったのもごく最近という)存在である不死川玄弥。
 上で述べたように不審な行動も多い上に、バトルの中では明らかに常人ではない――というより人間ではない回復力を見せる彼は、一歩間違えれば悪役にも見えかねないキャラクターなのですが、今回描かれるその過去が、その印象を完全にひっくり返すことになります。

 その姓を見ればわかるように、風柱・不死川実弥の弟である玄弥。しかし実弥は俺に弟などいないと言っているという情報が前巻で語られ、複雑な事情が窺われた兄弟ですが――この巻で描かれた彼らの過去は凄絶と言うほかありません。
 そしてそのある意味炭治郎と禰豆子と対になる過去の悲劇を見れば、玄弥が、さらに言えば実弥がこれまで何故あのような行動を取ってきたのか、その一端が明らかになるとともに、これまで憎々しい存在に見えてきた彼らに、一瞬のうちに感情移入させられてしまうのです。

 これまで何度も、登場キャラクターたち――それもつい先程まで戦っていた人食いの鬼たちですら――の人間性をほんの僅かなページ数の中で描き出し、印象を一変させてきた本作ですが、今回もやられた! と大いに唸らされた次第です。

 そしてもう一人、前巻で炭治郎をして「すごく嫌!!」と言わしめた冷徹さが描かれた無一郎も、その人間性の一端を見せ始めた印象。さらに恋柱・甘露寺蜜璃も参戦し、いよいよ激化するバトルの決着はどうなるのか――気になるところだらけであります。


 そして毎回意外な事実が明らかになるおまけページ、今回は柱の中でも異様な存在感を持つ悲鳴嶼行冥の意外すぎる姿が……(一瞬、キメツ学園の方の設定かと)


『鬼滅の刃』第13巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス)

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2018.11.07

陸秋槎『元年春之祭』 彼女たちが挑む謎、彼女たちを縛るもの


 若手中国人作家による、作中に二度の読者への挑戦状が織り込まれた本格ミステリとして、そして何よりも前漢時代の中国を舞台として時代ミステリとして話題となった作品であります。山中の名家で起きた連続殺人に挑む天才少女を待ち受ける真実とは……

 時は武帝の下で漢(前漢)が栄華の絶頂を極めた天漢元年(紀元前100年)、長安の富豪の娘・於陵葵が、楚の山中に住まう観家を訪ねたことから物語は始まります。
 かつて楚に仕えて祭祀を司りながら、今は山中で古えの教えを守って暮らす観家。古礼に並々ならぬ関心を寄せる葵は、忠実な従僕の少女・小休を連れ、春の祭儀を目前としたこの地を訪れたのであります。

 そこで観家当主の末娘・観露申と出会った葵。才気煥発で広く世を旅してきた葵と、人は良いが世間知らずの露申は、正反対の性格ながらたちまち親しくなるのですが――しかしそこに思わぬ事件が起きます。
 この祭りのために長安から帰省していた露申の叔母が何者かに――それも周囲に人の目があった場所で――殺害されたのであります。

 若年ながら多くの知識を持ち、鋭い観察眼を持つことを見込んで、この一件の調べを露申の父から任された葵。露申を助手代わりに調査を始める葵ですが、しかしほどなくして第二の犠牲者がダイイングメッセージを残して殺害され、さらにまた……

 次々と観家に関わる人々を襲う姿なき魔手はどうやって犯行を行い、そしてその動機は何なのか。四年前に起きた観家の前当主一家惨殺事件との関係は。調査と対立の末、葵と露申は、犯人の恐るべき、そして深い想いを知ることになるのであります。


 古からのしきたりに縛られた旧家で起こる連続殺人という、実に古典的かつ魅力的なシチュエーションに、暴君のケのある天才少女探偵が世間知らずのお嬢様と忠実な召使いの少女を振り回すという、ある意味実に今らしい構図の本作。
 そのスタイルは、一種日本の新本格ミステリ的と言ってよいほどで――その衒学的な中国史の知識の連打をさて置けば、日本の読者にとってはむしろ親しみ易さを感じさせるのではないでしょうか。
(というのは、作者が日本のミステリファンであるため、むしろ当然の仕儀なのかもしれませんが……)

 しかしそのフェアで端正に描かれたミステリとしての部分、様々な中国古典の引用が(訳文抜きで)乱れ飛ぶ衒学味など、本作を構成する数々のユニークな要素の中で、何よりも強烈に印象に残るのは、実にヒロインたちの関係性であります。
 強烈なキャラクターの葵を中心に、露甲や小休といった若い女の子たちがわちゃわちゃと入り乱れる様は、ある種の趣味を持った方にはおそらく非常に魅力的であるはず。さらにその関係性は後半に至って全く意外な方向に変質し、とてつもない泥沼ぶりを見せてくれるのですからなおさらであります。

 しかしあるいはこの葵の暴君ぶりに、その知識に裏付けされた突拍子もない視点に、反感を覚える方も少なくないかもしれません。
 そして本作の他の女性キャラのほとんどが――そしてそれは同時代の女性たちも同様だったはずですが――家というものに縛られているのに対し、供を連れて気ままに旅する彼女の姿はあまりに異質にも感じられます。

 しかし本作においては冒頭からさりげなく、そして物語が進むにつれてはっきりと、葵もまた古からの理不尽なしきたりに縛られた存在であることを、明確に描くことになります。
 そして彼女が自由奔放に振る舞えば振る舞うほど、冷徹な論理を振りかざせば振りかざすほど、彼女を縛るものの大きさ、重さはより鮮明なものとして感じられるのです。

 ……先に述べたとおり、本作はミステリであると同時に、様々な顔をを持つ作品であります。それゆえに、どこに魅力を感じるかは人それぞれかもしれません。しかし私はまさにこの点――彼女を、彼女たちを縛るものの大きさと、それに必死に挑む彼女たちの姿を描いた点に魅力を感じます。
 それは本作がこの時代を舞台にして初めて描けるもの、すなわち、本作をして時代ミステリたらしめている根幹なのですから。
(そしてその構図を、現代の隣国の人々に重ねて見るのはさすがに牽強付会が過ぎるかもしれませんが)


 邦訳ではオミットされていますが、本作の原題に付された副題は「巫女主義殺人事件」。何とも奇妙なものを感じさせるこの副題が、どれだけ本作の内容を忠実に反映したものであるか――本作を最後まで読み通した時、痛切なまでに胸に突き刺さるのです。


『元年春之祭』(陸秋槎 ハヤカワ・ミステリ)

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2018.11.06

石川優吾『BABEL』第2巻 第一の犬士誕生の時、そして新たなる舞台へ


 原典を踏まえつつ、その華麗な画でもって新たな伝奇物語を描いてみせる新釈八犬伝、待望の第2巻であります。辛うじて恐るべき玉梓と闇の力を退けた信乃たち。しかしその犠牲は決して小さなものではなく、そしてすぐに魔の手は再び彼らを襲うことになります。窮地の信乃に救いの手はあるのか……?

 奇怪な魔の力を味方につけた山下定包に攻められ風前の灯火の里見家を救うべく、比叡山に神の犬・八房と丶大法師を頼った里見の姫・伏姫。
 里見に向かう彼女たちを山下の兵から助けた信乃と額蔵の二人は、一度は八房に討たれながらも里見義実に取り憑いた魔女・玉梓の闇の力を目の当たりにすることになります。

 その義実が伏姫に刃を振り下ろした時、彼女の身につけた数珠の不思議な力により、一度は退散した闇。しかし数珠の八つの玉はいずこかへと飛び去り、伏姫は生とも死ともつかぬ不思議な状態のまま、八房ともども眠りにつくのでした。

 ……と、我々の知る八犬伝とはある部分で重なり、ある部分で大きく異なる本作。その第1巻を受けたこの巻の前半では、再び信乃を襲う闇の猛威が描かれることになります。

 昏睡状態の伏姫たちをひとまず比叡山に迎えることとなった丶大一行。しかし額蔵は己の無力さに絶望して彼らのもとを離れ、そして信乃は、山下に取って代わった安西景連が村の人々を人質に取って自分を捜していると知り、単身村に取って返すのでした。
 しかし非道にも信乃の目の前で磔にされた人々を処刑する安西軍。怒りに燃える信乃は、ただ一人残された少女を守るため、獅子奮迅の活躍を見せるのですが――しかし多勢に無勢の上、その前に再びあの玉梓が立ち塞がることになります。

 自分の体を奪おうとする玉梓に対し、闇の力に奪われるくらいならばと一度は自刃を考えた信乃ですが、その時、思わぬ援軍が出現。しかし一度は形勢逆転したものの、闇の力が生み出した不死の軍勢を前に、今度こそ絶体絶命となったその時……

 と、早くも絶体絶命の窮地に陥った信乃。原典でも冒頭から辛い目に遭いまくる信乃ですが、本作ではそれとは全く異なるベクトルでボロボロにされていくことになります。しかし苦しい時に彼らを助けるものは――というわけで、いよいよここで待望の場面が描かれるのであります。

 その様は如何にも本作らしく、美しくも外連みに溢れたものですが――それは新たな八犬士の誕生に相応しいものといえるでしょう。そう、本作はここまでが序章、これからが本当の戦いの始まりと言ってよいのではないか、と感じます。


 そしてこの巻の後半では、仲間たちを求めて旅立つことになった信乃と丶大、そして信乃に救われた少女(その名は――ここで登場するのか! と感心)が、不思議な犬たちに導かれて関東管領・扇谷定正の佐倉城を訪れることになります。
 しかし佐倉城はスラムと迷宮と要塞を混淆したような奇怪な城、そしてそこでは城兵が人狩りを行い、犠牲者を闘技場に連行していたのであります。そして人間同士が闘技場で殺し合う姿を喜びながら見つめる奇怪な巨漢こそが定正、そしてその傍らにはまたもや死んだはずの玉梓の姿が……!

 と、ここに来て、別の作品になったかのようにいきなりリアリティレベルが下がる本作(特に定正。史実ではとうに亡くなっている人物ではありますが……)。この辺りは、正直に申し上げて非常に違和感がありますが――しかしここで注目すべきは、闘技場に現れた一人の男の存在でしょう。
 手にした鎌で無表情に対戦相手を斃していく寡黙な男――その名は現八、犬飼現八!

 玉梓の魔力によって早くも正体が露見して逃げる信乃は、この現八に追われることになるのですが――追われた末に信乃が向かう建物の名が芳流閣とくれば、もうニヤニヤが止まりません。


 果たして信乃と現八の戦いの行方は、そして二番目の仲間はどのような形で誕生するのか。上に述べたように、違和感を感じる部分もあるものの、それを吹き飛ばす物語に期待したいと思います。


『BABEL』第2巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス)

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2018.11.05

平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 月下狐の舞』 江戸の出版界を駆ける個性豊かな彼女たち


 江戸の本屋・草紙屋薬楽堂に集う風変わりな面々が、本や出版にまつわる奇妙な事件に挑むシリーズも本作で第4弾。推当(推理)に冴えを見せる女戯作者・鉢野金魚と残念イケメンの貧乏戯作者・本能寺無念を中心とする面々に加え、今回は新顔も登場していよいよ賑やかな物語が展開されます。

 持ち前の頭の冴えと好奇心、気っぷのよさで様々な事件に首を突っ込んでは解決し、それを題材に戯作を書いてきた金魚。
 そんな彼女が顔を出すのは薬楽堂――大旦那から奉公人に至るまで曲者揃いの上に、金魚とはつかず離れずの間柄の無念、女流文学者の只野真葛、薬楽堂の旦那の娘の天才少女・おけいなど、一癖も二癖もある面々が集う草紙屋であります。

 さて、その薬楽堂に居候する無念を訪ねてきた金魚。自分のアイディアがある戯作者とネタかぶりした憤懣を聞いてもらおうとして来た金魚ですが、無念は無念で自分の戯作で忙しくロクに相手もしてくれない状況におかんむりであります。
 と、そんな中に現れたのが、当の戯作者である千両萬両こと紙くず拾いの千吉。一度死にかけた時に、あの世で故人の戯作者・小野萬了に出会って書いたという作品がヒット中の彼ですが、萬了の孫という武士に脅されて弱っているというのです。

 自分が使おうと思っていたネタを使った奴を助ける必要はねェとけんもほろろな金魚ですが、しかし千吉が何かを隠していることを察した彼女は、騒動の裏にある事情を探ることに――という「千両萬両 冥途の道行」に始まる本作、残る3話も個性的なエピソード揃いであります。

 夜な夜な店に現れる河童に友人が脅かされているという事件を戯作に書こうとするおけいとともに、金魚・真葛が真実を探る 「戯作修業 加賀屋河童騒動」
 写本の書き手との身分違いの恋に悩む呉服屋の娘が狐憑きになったという事件を八方丸く収めるため、金魚と新たな仲間が奔走する「月下狐之舞 つゆの出立」
 薬楽堂の新企画・素人戯作試合の最終選考に残った二人の正体を追う金魚と無念が、思わぬ「殺人事件」に巻き込まれる 「春吉殺し 薬楽堂天手古舞」

 日常の(?)謎あり、怪談の真相暴きあり、人助けあり――バラエティに富んだ各話の趣向が魅力であるのはもちろんですが、それぞれが皆、戯作や江戸の出版業界に絡んだ内容となっているのが実に面白い。
 特にラストのエピソードは、江戸の新人賞ともいうべき素人戯作試合の応募者の正体探しというシチュエーション自体が非常に楽しく、推理に関してはほとんど無敵だった金魚が初めて外した!? という興味も相まって、ファンには様々な意味で必見の作品です。


 そしてまた、本作の魅力は物語の内容自体には留まりません。上に述べたように、薬楽堂に集う面々の個性も大きな魅力なのですが――特に本作においては、新顔をはじめとして、女性陣のキャラクターが際立って感じられます。

 その新顔とは、葛飾応為ことお栄――あの葛飾北斎の娘であり、自身も優れた絵師であった女性であります。もちろんお栄は実在の人物ですが、本作では金魚の戯作に興味を持って薬楽堂を訪れ、たちまち金魚と意気投合。その勢いで狐憑き事件の解決にともに奔走することになります。

 このお栄は、小説のみならず映像作品などでも最近様々に題材となっていますが、本作では金魚以上にあけっぴろげでさっぱりした性格の持ち主――それでいて優れた芸術的感性の持ち主として描かれているのが面白い。
 金魚とお栄の感性がシンクロして、月下に舞う妖しい狐の姿を幻視する場面は、本作随一の名場面と呼んで良いかと思います。

 そして面白いのは、そんな金魚とお栄、さらに真葛やおけいといった面々の、その個性を説明するのに、「不思議」に対する態度で表現するのも、またユニークなところでしょう。
 頭っから信じない金魚、信じている真葛、自分で見たことがないものは判断しないおけい、あった方が世の中面白いというお栄――キャラクターの描き分けという点において、このような視点を用意してみせるのもまた、本作らしい巧みさと感じます。


 と、またもや女性キャラクターが増えたことで「少しは活躍させてもらえねぇと、影が薄くなっちまうじゃねぇか」とボヤく無念ですが――その彼と金魚の距離が微妙に、いやかなり近づきつつあるのもまたニヤニヤとさせられる本作。
 この先の作品世界の広がり同様、二人の行き先もまた大いに気になるシリーズなのであります。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 月下狐の舞』(平谷美樹 だいわ文庫)

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2018.11.04

遠藤遼『平安あかしあやかし陰陽師 怪鳥放たれしは京の都』 二人の好人物が挑む怪異


 平安京を守る陰陽師――といえば、もちろん真っ先に名が挙がるのは安倍晴明。しかしそもそも陰陽道の本流は賀茂家であり、この時代、晴明と並ぶ達人として名が挙がるのが賀茂光栄であります。本作はその光栄が紫式部の叔父である藤原為頼を相棒に、都を騒がす怪異に挑む物語です。

 太宰府への赴任を終え、京に帰って早々に幼なじみである光栄のもとを訪れた為頼。実は為頼は、肝試しに訪れた廃屋敷で何かに取り憑かれたので陰陽師を紹介してほしいという貴族から仲立ちを頼まれていたのであります。
 その一件をあっさりと片付けた光栄ですが、それがきっかけで今度は時の権力者である藤原師輔が人面の怪鳥に襲われたという事件に関わることに。さらに宮中でもうち続く怪事に対し、光栄は弟子の晴明、師輔の娘である中宮安子、そして為頼の力を借りて挑むことになります。

 一連の怪事に共通する「もの」とは何か、そしてその背後に潜む存在とは……


 天才陰陽師が、お人好しで心優しい友人とともに怪事件に挑む――このシチュエーションは、もはや平安ものでは定番中の定番と呼んでも良いでしょう。本作もまた、その一つであるわけですが、目を惹くのは、主人公の光栄のキャラクターです。

 陰陽道の天才であり若くして陰陽寮のエースとして知られる存在、そして何より女性と見間違うほどの年齢不詳の美貌の持ち主――実に陰陽師ヒーロー的な光栄ですが、しかしその性格は至って「いいひと」。
 普段は近所の童たちに交じって遊びに汗をかき、甘いものに目がないという人物で、陰陽師という言葉から感じる孤高の天才、あるいは近寄りがたい奇人というイメージからはかけ離れたキャラクターなのです。
(といっても、自分の納得いかないことであれば、師輔を前に一歩も引かない硬骨漢でもあります)

 そしてそんな光栄の幼なじみであり、親友である為頼もまた実に素直な好人物。その歌人らしい豊かな感受性は、時に亡魂相手であっても悲しみや慈しみの念を隠さない――と、こちらは定番の気味がありますが、単なる驚き役で終わらず、彼ならではの特技が役に立つ場面があるのは実に面白いところであります。

 また、光栄が必ずしも作中の事件を超自然的な解釈で片付けない点も目を引くところですが、陰陽師が魔術師である以前に技術者であることを考えればこれも納得で、この辺りのある種の生真面目さは、本作の特色と言って良いかもしれません。


 しかしその生真面目さが少々物足りないと感じてしまうところで、意外性という点では類作に一歩譲る印象があります。
 上で述べたように為頼の特技が事件の真相解明に役立つという部分は面白いのですが、その真相というのがある意味直球であったため、意外性に薄いのは残念なところであります。

 光栄と為頼、さらに晴明や安子のキャラクターもそれなりに面白くはあり、また登場する女性たちに向ける視線の優しさ、温かさも印象に残るところではあるのですが――もう少し尖った部分があっても良かったのではないでしょうか。
 ……というのは派手好きの読者の勝手な感想かもしれませんが、少々もったいなさを感じたというのが正直なところであります。


『平安あかしあやかし陰陽師 怪鳥放たれしは京の都』(遠藤遼 富士見L文庫)

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2018.11.03

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』


 北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く短編シリーズの第5章後半、第5章の4(第28話)から6(第30話)の紹介であります。第5章を貫く謎――昌平橋のたもとに侘助の裏地の着物を着て現れ、彼女を誘う謎の色男と、ついに百夜は対峙することになります。

『蛇精』
 ある晩、婚儀を間近に控えた荏原の大庄屋の娘を襲った怪異。夜中に畳が何かを擦る音で目覚めてみれば、彼女の周囲を這い回るのは蟒蛇――それも笑い声を上げ、髪を生やした物の怪だったのであります。
 依頼を受けた百夜は、「蛇精に気をつけな」という侘助の男の託宣を背に調伏に向かうのですが、娘から感じたのは嫉妬と人ならぬモノの気配。そして娘の母も、かつて同様に奇怪な目に遭っていたことがわかり……

 冒頭、寝ていた娘を蟒蛇が襲うシーンの怪談めいた描写(特に蟒蛇に髪が生えていることに気付くくだりが良い)が中々に恐ろしい本作。しかし真に恐ろしいのは、中盤で語られるある人物の情念の存在でしょう(尤も、そこにきちんと救いが用意されているのもいいのですが)。

 事件は百夜の景迹によって比較的あっさりと解決するのですが――ある意味真のクライマックスはその先。再び百夜の前に現れた侘助の男は、何と百夜を――という表紙の場面がインパクト絶大であります。
 百夜が失明した時も側にいたという侘助の男。百夜を共に行こうと誘い、従わないのであれば別の者を連れていくと語る男の正体は果たして……


『聖塚と三童子』
 陸奥で修行中の桔梗が百夜の危機を察知し、立ち上がる――という冒頭から、クライマックスの近さを感じさせる本作。
 それはさておき、百夜は日野のとある村の入り口にある聖塚――百年ほど前に上人が入定して即身成仏となった地――の麓に、三人の童子が現れるという怪異の調伏を依頼されることになります。

 尖った髪で、左右の童子は直立した真ん中の童子の方に上半身を傾けて現れるという三人。これだけなら別におかしなことはありませんが、真ん中の童子が西瓜でも丸呑みできるほどに口を大きく開き、中で舌を蠢かす――というのは、三人が目撃されるのが夕刻ということもあってなかなかに不気味ではあります。
 しかし有徳の上人が眠る地に、何故このような怪異が起こるのか、そして何故今起きるようになったのか――この辺りの謎解きが、本作の一番の面白さでしょう。

 物語的には小品という印象は否めませんが、クライマックスには思わぬ人物(?)の登場もあり、ちょっと民話めいた味わいもある楽しい一編であります。


『侘助の男』
 そして第5章のラストでは、ついにあの侘助の男を巡る事件が描かれることとなります。

 ある真冬の日、大伝馬町の呉服屋の庭で狂い咲きした侘助の木の傍らに倒れていた店の娘・桃代。一方、原因不明の衰弱状態に陥った百夜は、瓦版でその狂い咲きを知ると、左吉と桔梗に支えられて呉服屋を訪れ、変事の存在を知るのでした。

 そしてその前に現れる侘助の男。自分は百夜が遠い昔に産み落とした存在だと語るその正体は。そして何故今になって彼女の前に現れたのか。烏帽子に狩衣姿の男が夢に現れたと桃代から聞かされた百夜が、たどり着いた真実とは……

 冒頭にも述べたとおり、この第5章において一貫して謎として存在してきた侘助の男。男女間の情とは全く無縁にも見えてきた百夜が、彼の誘いを拒絶しながらも明らかに娘らしく心を動かすという、意外な(?)描写がこの章では繰り返し描かれてきました。
 本作はその解決編、いわば侘助の男との決戦とも言うべき内容なのですが――決して派手な戦いとはなるのではなく、しかし心の深い部分に刺さる展開となるのが、本作らしいところでしょう。

 その詳細はここでは伏せます。しかしこれまで断片的に語られてきた百夜の過去が改めて語られ、そしてその中で――という、いわば過去との対峙編でありつつも、そこに少女修法師が付喪神に挑むという、本作の基本構造を踏まえた物語が生み出されているのが、実に素晴らしいのであります。
 第5章は正直なところ比較的小粒なエピソードが多い印象でしたが、このクライマックスはそれを補って余りある名品と言ってもよいかと思います。


『百夜・百鬼夜行帖 28 蛇精』『29 聖塚と三童子』『30 侘助の男』(平谷美樹 小学館)

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2018.11.02

睦月れい『空海 KU-KAI』 元作品の構造を再確認させてくれた漫画版


 一昨日ご紹介いたしました映画『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』の公開前後に刊行された、睦月れいによる全二巻のコミカライズであります。原作小説を漫画化したものではなく、原作小説を映画化したものの漫画化という立ち位置の作品であります。

 というわけで、夢枕獏の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』をベースとした映画を、ほぼ忠実に漫画化した本作。
 すなわち、入唐した沙門空海が皇帝が不可解な死を目撃したのをきっかけに、白居易とともに跳梁する妖猫と対峙し、そしてその陰に潜む楊貴妃の死を巡る謎に迫っていく――その物語を、本作は上下巻で描いています(上巻は空海と白居易が阿倍仲麻呂の日記を読み始めるところまでを収録)。

 冒頭こそ、空海の「皇帝の死因はショック死です」という台詞に驚かされますが(これはおそらく作者の責任ではないのだろうなあと想像しますが)、基本的に物語を丹念に再現してみせた本作。
 スケール感は流石に映画に一歩譲りますが、適度に漫画的表現を織り交ぜた画作りはなかなか巧みで、特に下巻冒頭で描かれる「極楽之宴」の場面は、個人的には映画よりも良かった――と感じます。

 また、これは映画ではなかったように記憶していますが(記憶違いであれば申し訳ありません)、極楽之宴で李白が池に筆を投げ捨てたというエピソードを踏まえ、それを見ることができたのは誰であったかと空海が推理する場面など、随所で物語を補強する箇所があるのも嬉しい。
 もちろん、史実に対する言及も映画よりも豊富で――映像の情報量・質と書籍(漫画も含めた)のそれはもちろん異なるところではありますが、本作はその後者の長所を上手く活かしている印象があります。

 さらに言えば、本作は物語の結末――空海が大青龍寺である人物と出会う場面から始まっており、ある意味原作読者ほど結末のインパクトが大きい仕掛けとなっているのも、なかなか面白いところであります。


 その一方、映画のある意味最大の特長ともいえる猫の活躍については、本作はそれほどでもないのですが――と言いつつ、終盤で見せる泣き顔がえらくグッとくるのですが――ある意味、そのために物語の構造がかえってスッキリと見えてくるのも面白い。

 そう、本作は、登場人物のほとんどが過去の幻想に魅入られ囚われていたものが、それにただ一人囚われなかった(いやもう一人、全てを知る人物がいますが)空海の導きによってその先の真実を知り、それを受け容れる物語――その構造が、本作においては明確に感じられるのです。

 そしてまた、その真実は必ずしも客観的なものではなく、時に主観的なものであるにもかかわらず、それだからこそ、そこにその者にとっての真実が含まれる――本作の持つ、そんな一種逆説的な視点もまた明確になっているのもいい。
 この視点こそがある意味仏教的であり――その意味では、上に述べたように幻想に囚われなかったのが空海ともう一人というのは実に象徴的であると、今更ながらに感じさせられました。


 映像作品のコミカライズは、特にそれが元の作品に忠実であればあるほど隔靴掻痒のきらいがあるものです。
 しかし本作は元の作品に忠実でありつつも、そうした不満を感じさせない――それどころか元の作品の描こうとしていたものを再確認させてくれた、なかなかによく出来た作品であると感じた次第です。


『空海 KU-KAI』(睦月れい&夢枕獏 KADOKAWA単行本コミックス全2巻)

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2018.11.01

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」

 業火の谷を訪れた凜雪鴉と浪巫謠の前に現れた龍・歿王。その火炎に苦戦する二人だが、凜雪鴉の口車と浪巫謠の絶技により、無事龍の角を得る。しかし解毒薬の製法を聞いた浪巫謠は意外な行動に出るのだった。一方、隠れ場所を知られた殤不患は、嘯狂狷率いる捕吏の包囲に窮地に陥るが……

 蠍瓔珞の毒に苦しむ殤不患を救うため、はるばる鬼歿之地にやってきた凜雪鴉と浪巫謠。目指す龍がいるという業火の谷に到着した二人の前に龍が現れますが――微妙にサイズが小さい。あっさり凜雪鴉に撃退される龍ですが、その時、巨大な影が現れ、龍を文字通り叩き潰してしまうのでした。
 その影こそは、オープニングに登場していた謎の怪獣――確かに片翼状態の龍であります。何と人語を喋るこの龍、自らを歿王を名乗り、この小龍を食うからお前らは失せろと親切にも二人に語りかけますが――もちろん二人が引くはずもありません。それどころかいけしゃあしゃあとその角が欲しいと言い出した凜雪鴉にもちろん歿王はエキサイト。グワーとひらいた口から炎、あたり一面焼け野原であります。

 もちろん周囲に散在する石柱に隠れてこの攻撃を躱す二人ですが、炎をはき続ける歿王に接近するのはほとんど不可能。さらに凜雪鴉が、お前の片翼を斬った男のために力を貸して欲しいなどとまたもや歿王のヒートを煽るのですが――凜雪鴉は浪巫謠に対し、龍の火炎は気息(ブレス)、すなわち声だから、お前の魔性の声で太刀打ちできるのではないかと無茶振りをするのでした。
 これに応えた浪巫謠は、歿王を前にオープニングのサビを熱唱! 浪巫謠の歌エネルギーは何と歿王の炎を圧倒、炎を出せなくなったところに挑発をかましてきた凜雪鴉を襲おうとして歿王は石柱に激突、そのまま下敷きに。そしてその隙に剣モードの聆牙を手に背中を駆け上がった浪巫謠は、見事に角を切り取るのでした。石柱に押し潰されてジタバタしながらも、二人に対して呪いの言葉を吐く歿王ですが、再登場はあるのかなあ……

 何はともあれ龍の角を手に入れ、凜雪鴉から解毒薬の製法も聞いた浪巫謠。これであとは殤不患のもとに戻るだけ――と思いきや、突如凜雪鴉に音撃を食らわせる浪巫謠。お前は殤不患のためにはならん、お前は悪だ、生かしておいては世に災いをなすのためにならない奴と見た、だからコロス! ――と、実は最初から凜雪鴉を斬るつもりだった浪巫謠の理屈は、好漢的に正しいのか間違っているのか悩ましいところではあります。が、こういう行動に出るところを見ると、浪巫謠は殤不患よりは頭が固い、というか生真面目なのかもしれません。
 もちろん凜雪鴉がここで倒されるはずもなく、魑翼でその場を去るのですが――この展開を彼が予想できなかったとは思えないわけで、それでは今回の行動はなんのためのものであったか、気になるところではあります。

 さて、そんな状況とは知る由もない殤不患は、不眠不休で調息を続けることで毒を抑えてきましたが、常人を遙かに越える内功を持つ彼でもこれは無茶というもの。ほとんど限界寸前の状況ですが――悪いことに、そこに蠍瓔珞と嘯狂狷、さらに彼の部下たちが近付いてきます。自分の作った毒であれば匂いで察知できる――と、蠍の一匹を探知機代わりに使う蠍瓔珞の前には、浪巫謠のカムフラージュ策も通じず、急いで洞窟から逃れる殤不患ですが、しかし弱った身体で遠くまでいけるはずもありません。
 捕吏たちに見つかり、たちまち追いつめられる殤不患。いくつもの傷を負いつつも、その場から何とか逃れようとする彼の姿は、大侠らしからぬものがあるかもしれませんが――しかし自分のために仲間たちが命を賭けている時に、自分が倒されるわけにはいかないという彼の意地は、やはり好漢のそれと言うほかありません。
(そんな殤不患の――江湖の好漢の行動原理をあざ笑う嘯狂狷は、やはり江湖に対する官の側の人間なのだと感じます)

 しかしそんな殤不患の心意気を理解できぬ蠍瓔珞と嘯狂狷は、それぞれ調子に乗った悪役そのものの、余裕こいて油断しきった台詞を吐くのですが――そこに空から駆けつけたのは浪巫謠! しっかり解毒薬を完成させていた浪巫謠から薬を受け取った殤不患が思い切って飲み込むと――何かスゴい光とか飛び出して、一瞬のうちに毒はおろかダメージも回復した様子。さあ、今度は殤不患のターンだ! というところで次回に続きます。


 OP映像を見た時はてっきりラスボスかと思ったら、単なる素材の元だった龍との対決が描かれた今回。その対決の模様や、その後の思わぬ仲間割れなどそれなりに楽しめたのですが、やはり物語は前に進んでいない印象であります。
 そろそろ物語は折り返し地点にさしかかりますが、物語の向かう先がまだ見えないのは、正直に言って不安なところです。


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