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2018.11.26

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第15巻 闘いの獣、死闘の果てに


 ついに近藤が去り、どんどんと寂しくなっていく『PEACE MAKER鐵』。土方が絶望に沈む中も戦いは続き、この巻では大敵・伊地知正治とあの男が激突することになります。新選組十番隊隊長・原田左之助が!

 近藤を救うために宇都宮城で死闘を繰り広げた土方ら新選組の面々。一方、一度は野村利三郎とともに新政府軍の陣から脱出した近藤ですが、追いつめられた土方を救うため、自らの命を笑って投げ出すのでありました。
 近藤の死を知り、廃人状態と化した土方を献身的に世話する鉄之助ですが、しかし土方に復活の兆しはなく……

 と、地獄模様の中始まったこの巻の冒頭に久々に登場するのは、小せー人こと永倉。史実では決別したっきりの人間がこうして登場してくれるのは嬉しいところですが、しかし永倉とくれば、もう一人欠かすことができない男がいるはずであります。
(それにしても、永倉に解説されるまで、いま自分たちが何のために戦っていたかわかっていなかった鉄はマズすぎませんか)

 その頃、近藤の体を取り戻した野村に迫る、野村と近藤にとっては因縁の大熊(本当のクマ)。この野獣と、野村史上に残る激闘を繰り広げる野村ですが、しかし人間と熊ではあまりに分が悪い。彼が絶体絶命の状態に陥った時――凄まじい一撃が熊を貫いた!
 その一撃を放ったのは、誰であろう原田左之助。永倉と別れ、京に晒されていた近藤の首を一人奪取した彼は、今度は近藤の体を取り戻そうとしていたのであります。

 瀕死の深手を負った野村から、彼が近藤の体を取り戻してくれたと聞いて喜ぶ原田。しかしその彼の前に現れたのは、薩摩の豪勇・伊地知正治――白河城攻めを目前に控えながらも、原田の強さに魅せられた彼は、余人を交えぬ一騎打ちを望むのでした。
 かくてここに激突するは、ともに槍一本に命を賭けてきた武士二人。その決着の日は慶応4年5月17日……


 というわけで、新選組ファン、原田左之助ファンにとっては、日にちを見ただけで血が引きそうになるこの第15巻。斎藤改め山口と同じ力を持つ「きせきみの巫女」篠田やそが語る運命の日――5月17日と30日の、その一方がここに訪れることになります。

 原田は、史実ではこの時に彰義隊に加わり、上野戦争に参加したと言われますが――しかしその前後の足取りが今一つ定かでないことから、その後大陸に渡って馬賊となったという、何とも夢のある話が残っているのも有名でしょう。
 それが本作においては、近藤の体を取り戻すために北に馳せ散じるというのは、これもまた胸躍る展開ですが――ここで彼を迎え撃つのが伊地知というのがたまりません。

 この北上編の当初から、いかにも強敵、ボスキャラ然とした存在感を見せていた伊地知。史実では白河城攻めを指揮し、寡兵でもって大勝利を収めたことが知られていますが――寡兵も寡兵、たった一人で原田と戦っていたとは!
 この伊地知は幼い頃から片目片足が不自由であったと言われていますが、本作の伊地知はそれをハンデとも思わぬ怪物。特に片足の義足の中には二本の刃を仕込み、地に刺した槍を軸に回転大キックを放つとくれば、もうどこの世界の人間かわかりませんが――しかしそれがいい。

 重い展開が続く史実にぽっかりと開いた、いや強引に開いた隙間で描かれる豪傑二人のバトルは、これまでの鬱屈を吹き飛ばしてくれるような壮絶な名勝負。ともに戦闘狂の二人の戦いは、いつ果てるとも知れないマラソンバトルとなるのですが――しかしやはり史実は残酷、というほかありません。

 この物語の始まりから、一貫して脳天気で、豪快で、ある意味武士らしい武士として大暴れしてきた「死にぞこない」の原田左之助。そんな彼の姿が、死闘の中に現れるという「闘いの獣」を求めてきた伊地知に対してどう映ったか――それは言うまでもないでしょう。

 そしてその生き様は、人の生死を弄んでいる気になっている鈴ごときでは到底理解できないような、激しくも尊いものであったことも。


 ……そんな死闘が繰り広げられているとも知らず、泥酔してモブおじさんたちに路地裏に引っ張り込まれて着物をはだけられたり、相変わらず大変な土方は果たしていつ復活するのか。
 そしてもう一つの予言の日、5月30日を本作はどのように描くのか――まだまだ地獄は終わりませんが、しかしその中でも新選組の面々が、強烈な生の輝きを放ってくれることを期待したいのです。


『PEACE MAKER鐵』第15巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) 

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