« 山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』ついにあの男が参戦!? 大波乱の捜査網 | トップページ | 『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集 »

2018.11.20

『忍者大戦 赤ノ巻』(その一) 再びの忍者ミステリアンソロジー


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトル――そんなユニーク極まりないコンセプトのアンソロジー『忍者大戦』の第2弾であります。数少ない例外を除けば、忍者ものはおろか時代ものは初挑戦の執筆陣が、何を生み出すか――それを楽しみに、今回も一作ずつ収録作品を紹介いたします。

『殺人刀』(鏑木蓮)
 宮沢賢治を主人公とする歴史ミステリ『イーハトーブ探偵』をこれまでに発表している作者ですが、本作は一種の剣豪ものの味わいもある忍者ミステリというべき作品です。

 京の公家方から柳生新陰流に叩きつけられた挑戦状。絶対不敗を義務づけられた柳生を陰から守るために呼び出されたのは、密かに育成された新陰流「印」と呼ばれる苦人・集人・滅人・道人の四人であります。
 殺さずに内部を傷つける「くじき」により、試合の際に相手が実力を発揮できないようにしてのける彼らは、これまで同様に仕掛けるのですが――しかし相手が死体となって発見され、仕掛けた道人は柳生の名を辱めたと仲間たちから追われることに……

 五味康祐の柳生ものを彷彿とさせる味わいの本作は、懐かしの三年殺しを思わせる秘技「くじき」の存在を中核とした物語。殺さないはずの技で相手が死んだのは何故か、そして主人公・道人が狙われることとなったのは何故か――二つの謎を巡り、物語は展開していくことになります。
 その真相がちょっとバタバタしてしまった印象はあるものの、剣豪ファンには有名な史実と繋がっていくラストがユニークです。


『忍喰い』(吉田恭教)
 地獄のような飢饉の中で育ち、軒猿の里に拾われた源蔵。腕利きの忍びとなった彼は、くノ一の桔梗と結ばれたものの、彼を敵視する小頭に度重なる嫌がらせを受け、ついに彼を殺害、出奔することになります。
 そして越中に草として入っている桔梗の元に急ぐ源蔵ですが、彼を追うのは抜け忍狩りを専門とする謎の忍・忍喰い。これまで幾多の忍を葬ってきた敵と死闘を繰り広げた末、源蔵を待っていたのは……

 自由を求めて抜け忍となった源蔵と、追っ手の死闘が次々と繰り広げられる本作。源蔵も敵も必殺の忍術を操るものの、しかしそれはあくまでも人間技の範疇で、リアルな忍者たちの姿を描いた本作は、最も忍者同士のバトルが緻密に描かれた、ある意味最も本書のタイトルに相応しい作品かもしれません。
 残念ながら本作の謎ともいうべき部分についてはすぐに察しがついてしまうのですが、その果てに描かれるもの――地獄に生きた非情の忍びが最後に見せたもの、人間としての心情が切ない。それを以て瞑すべし、と言うべきでしょうか。


『虎と風魔と真田昌幸』(小島正樹)
 かつて懇意だった北条家の家臣から真田家に預けられた美女・さゆきを、上杉家まで送り届けることとなった出浦盛清。重臣からの側室の求めを断って逆恨みされ、風魔に狙われる彼女を守るため、盛清は伊賀の凄腕・横山甚吾らを雇い旅に出ることになります。
 しかし途中の宿で護衛役の一人の牢人が毒殺され、さらに峠で迫る風魔六人衆の一人・三久羅道順が。風魔との決戦の前に、なんと甚吾はさゆりを「消し」てみせるのですが……

 歴史もの、忍者もの、そしてミステリ――この三つの要素がきっちりと絡み合った本作は、個人的には本書でベストの作品と言ってよいのではないかと感じます。

 本作の舞台となる天正13年は、沼田の帰属を巡り、かつて従属した北条家そして徳川家と手を切って、上杉家に接近していた、第一次上田合戦が起きた年。本作はその時期に一人の女性を設定することで、他の大名家と非常に危ういバランスの間で綱渡りしてきた真田家の姿を浮かび上がらせます。
 そんな中で活躍するのは、本作のタイトルのトップに冠された「虎」こと伊賀の横山甚吾。信長に故郷を滅ぼされたものの、その代わりに自由を手に入れたフリーランスの忍者という設定の彼は、本作のような史実の合間に描かれる物語で活躍するのに相応しい、非情の忍びにして快男児とも言うべきキャラクターとなっています。

 そしてミステリ――一行のうちで唯一毒を見抜くことができない人物が、衆人環視の状況で狙われたように毒殺された謎、そして何よりも決戦目前の人間消失トリックと、本作を彩る二つの謎が、物語と有機的に結びついているのも心憎いところであります。
 結末のすっとぼけたようなオチも面白く、是非ともこの奇妙な三題噺の続編を読んでみたい――そう思わされる一編です。

 後半三作品は次回ご紹介いたします。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

関連記事
 『忍者大戦 黒ノ巻』(その一) 本格ミステリ作家による忍者大戦始まる
 『忍者大戦 黒ノ巻』(その二) 忍者でバトルでミステリで

|

« 山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』ついにあの男が参戦!? 大波乱の捜査網 | トップページ | 『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『忍者大戦 赤ノ巻』(その一) 再びの忍者ミステリアンソロジー:

« 山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』ついにあの男が参戦!? 大波乱の捜査網 | トップページ | 『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集 »