山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』ついにあの男が参戦!? 大波乱の捜査網
現代の元OL・関口優佳がタイムトンネルで江戸に渡り、十手持ちのおゆうとして難事件に挑むシリーズの第5弾ですが、今回はタイトルの時点でいきなり強烈すぎるインパクト。しかもついにあの男までもが江戸に向かい、さらにおゆうにもライバルが現れと、何かと波乱含みの展開であります。
祖母が遺した家に江戸時代へのタイムトンネルがあったことから、現代と江戸時代で二重生活を送ることになったおゆう(優佳)。持ち前の推理力と、友人の分析オタク・宇田川の科学分析によって、南町奉行所の同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を解決していく彼女ですが、なかなか伝三郎との仲は進展せず――というのが、本シリーズの基本設定であります。
さて、本作でおゆうが挑むことになるのは、連続する蔵破り。引き込み役を用意して鍵を開けさせるという用意周到な手口ながら、盗むものはごく小さな、しかし値打ちもの一つのみという、謎めいた盗賊であります。
それでも相手の手口を読んだ伝三郎は、多勢を率いて待ち構えたものの、しかし常人離れした身のこなしで屋根の上を走り、軽々と道を飛び越えてしまう盗賊によって、まんまと出し抜かれてしまうのでした。
このままでは伝三郎の立場がないと、おゆうは現代に戻り、蔵の錠前を宇田川のラボに持ち込むのですが――いつもであればラボに籠もりっきりの宇田川が、今回は俺も捜査に加わると、おゆうについて江戸時代に来てしまったからさあ大変。
とりあえず格好はそれらしく見繕ったものの、宇田川は現代から様々なアイテムを持ち込むものだからおゆうも冷や汗ダラダラであります。ついには、屋根の上を駆ける盗賊を追うため、宇田川はとんでもないものを持ち出して……
というわけでタイトルの状況となるわけですが、いやはや、ここまで豪快に現代科学を持ち込まれると、逆に爽快ですらあります(江戸時代人は空などそうそう見上げないから大丈夫、というエクスキューズも楽しい)。
そして楽しいといえば、宇田川本人の出馬。これまではほとんどラボに引き籠もり状態で、おゆうが持ち込むアイテムの分析のみを行っていた彼が、今回色々あってラボに居にくくなったことからそこを出て――と思ったら江戸時代にまで乗り込んでくるとは、これはほとんど禁じ手の展開ではありませんか。
しかも科学分析だけでなく、使用する技術もアイテムもおゆう以上、観察力も彼女に負けず劣らず――と、一歩間違えれば主人公を食いかねない宇田川の存在感が面白い。
しかし基本的にものぐさなので、自分の興味のあることしかやらない、という一種の縛りが設定されているのもいいのですが、普段のだらしない格好から着替えてみれば実は! というお約束展開も楽しい。突然現れた謎のイケメンに、伝三郎がやきもきさせられてしまうのですから、読者にとっては笑いを堪えられません。
いや、本作でやきもきさせられるのは、むしろおゆうの方かもしれません。何しろ、本作では伝三郎の知り合いだという女髪結い・お多津が登場。様々な場所に入り込み、噂にもよく接するという職業柄を生かして、伝三郎のために様々な情報を掴んでくる上に、美人というのですから、落ち着いていられるはずもありません。
かくて事件の謎だけでなく、人間関係もややこしく入り乱れていくことになるのですが……
と、実は事件の謎(盗賊の正体)そのものは、さほど意外ではない――ある分析結果が判明した時点で気付く方も多いでしょう――のですが、そのフーダニットだけでなく、その先のホワイダニットは正直想定外。
ここであの史実に繋がってくるか! という驚きもあり、またある歴史上の有名人の存在も仄めかされて、時代ミステリとしての趣向も十分であります。
そしてラストではおっと思わされるような描写もあり、この先の色々な進展も気になってしまう本シリーズ。正直なところ、伝三郎の方のドラマが進展させようがないのが気になるところですが、そこがおゆうのドラマとうまく絡ませられれば、とんでもない作品になるのではないか――という気もいたします。
本作くらいまで書いてしまえばもう怖いものなし、次回作でどこまで行ってくれるのか、実に楽しみなのです。
『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ)
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